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――第三者視点――
ヤマトの姫ユーフェミア擁するアルフォンス・B・グレイと、帝都を占領しているオルデア共和国総督との面会の約束の日まで後5日というところで、オルデア側が動きを見せた。
早朝から堂々と、この面会の申込みが陽動だという可能性も考慮の上で、総督府の防衛に最低限必要な戦力だけを残して、アルフォンスの潜伏先である、郊外にある廃寺へと兵を向けた。
対するアルフォンスに動きはなく、オルデアにとっては想定外の形で、あっさりと布陣が完成してしまう。
とはいえ、その廃寺は、戦車では到達できない山中にあって、地形的に完全に包囲することはできていない。
それでも、廃寺から麓を見下ろせば、眼下を埋め尽くすように展開している戦車隊に絶望することだろう。
当然、そこを突破して逃げることなどできるはずがない。
また、山中に隠れようとしても、洋上の戦艦からの艦砲射撃や航空機による爆撃で、やはり逃げきることなどできるはずがない。
オルデア側からしてみれば、これ以上ない布陣である。
実際に戦闘に発展してしまうと、オルデア側の目的であるユーフェミア姫や赤竜の捕獲は難しくなるだろう。
しかし、どんな英雄でも、この光景を見ればそんな選択ができるはずがない。
ヤマトのように、現代兵器の脅威を知らない蛮族であればその限りではないが、それでも力の一端を見せれば大人しくなるのは証明済みである。
無論、ユーフェミアたちのように、敗北を認めてしまうと、処刑か生き地獄が待っているような者たちは必死で抗っているが、それも帝城防衛戦で虫の息である。
近隣諸侯に協力を求めて、再起を果たす可能性もなくはないが、それよりもオルデアがヤマト侵攻の真の目的を果たす方が早いだろう。
アルフォンスたちに対する対処も同様である。
赤竜やユーフェミアという土産が手に入れば文句無しだが、そうでなくても、ここで彼らを撃退してしまえば、ヤマト侵攻の真の目的を阻むものはなくなる。
そして、彼らにとって最大の懸案であった、逃走防止用の《転移》防止装置の配置も完了した。
当然、その効果も確認済みである。
これで、《転移》を用いた逃亡も不可能。
そして、上空にも飛行隊が到着し、百を超える戦闘機が飛び交っている。
必要があれば、更なる増援も駆けつける手筈になっている。
神や悪魔であっても逃れられない完璧な布陣である。
しかし、それがかえってチェンロン将軍の不安を煽る。
(上手くいきすぎている。罠か、陽動の可能性も――いや、この数日、廃寺を監視していた兵からは、何の連絡もなかった。《転移》発動の兆候もなかったというし、考えすぎか?)
チェンロン将軍は、作戦の指揮を執るために参加していたが、あまりにも作戦が上手くいきすぎていることに一抹の不安を覚えていた。
もっとも、罠であったとしても、この布陣を破られることなど想像もできない。
しかし、陽動であった場合、総督府が奪われる可能性がある。
メッセンジャーを務めた赤竜の行き先や、その後の動向は確認したが、アルフォンス・B・グレイの姿はいまだに確認できていないのだ。
とはいえ、帝城――総督府を奪われたとしても、捕虜のうちの重要な何名かは連れてきているし、シェンメイを失っても、個人的には思うところはあっても、オルデアにとって痛手とはならない。
少なくとも、ここで赤竜を入手できれば、それに勝るものはない。
ユーフェミア姫を捕らえることができれば、将軍の欲望も満たされる。
万一、戦闘に発展してその両者を失ったとしても、赤竜を斃したことで付く箔は、それを補って余りある。
オルデアの勇者ヒロユキも、当然帯同している。
(こういう作戦だと、飛行機よりヘリの方がいいと思うんだけど――現場を知らないオッサンはこれだから。まあ、変に助言してオッサンの株を上げる必要も無いし、赤竜を手に入れれば済む話だよな)
当然、後方で指揮を執るチェンロン将軍とは違って、彼は味方の士気を上げるために最前線にいる。
先頭を走る戦車の砲塔の上に立っていたことに特に意味は無かったが、彼の堂々とした姿に勇気づけられた兵士もいたことを考えると、全くの無意味ではなかったのかもしれない。
配置が完了したとの報告を受けたヒロユキは、砲塔からひらりと飛び降りると、兵士たちに敬礼で見送られながら、降伏勧告をすべく、単身で廃寺へと向かった。
ヒロユキにとって、先制攻撃以外では味方の歩兵や戦車は邪魔にしかならない。
下手に支援されるより、惜しみない称賛や声援を送ってくれるだけで充分だった。
ヒロユキは、面倒だとは思いつつも、降伏勧告を行う。
傍目には侵略戦争でも、彼らにしてみれば女神の名の下で行う聖戦である。
いたずらに女神の名を出してはいけないことにはなっていたが、女神のお墨付きというのは、元は無神論者であったヒロユキでも心強く感じる。
同時に、女神に承認された上で、イキった英雄気取りをボコボコにする展開には心が躍る。
アルフォンスが出てきた場合と、赤竜が人型で出てきた場合は、ヒロユキひとりで相手をするつもりで、古竜としての赤竜が出てきた場合は航空機に任せて分断する。
空でも人並み以上に戦える自信はあったが、古竜を相手に無双できると考えるほど、彼は自信過剰ではなかった。
アルフォンスと人型の赤竜になら勝てると考えているのは、若さゆえの浅慮という面もあったが、自信を持つだけの力があったことも大きい。
◇◇◇
――ユノ視点――
<大罪人アルフォンス・B・グレイ! ユーフェミア皇女殿下を誑かせて、いたずらに戦乱を長引かせようとする悪逆の徒よ! 貴様は我らが神の御名の下、断罪されねばならない! しかし、我らの神は寛大である! 今すぐ投降して、その身とユーフェミア皇女殿下、そして赤竜を差し出せ! そうすれば、その罪は減じられるだろう!>
外から、オルデアの勇者さんによる口上が聞こえてきた。
要するに、因縁をつけているのだと思うけれど、そこに神の威を出されると少しイラっとする。
本当に神が罪とか罰とか言っているなら、是非とも連れてきてもらいたい。
邪魔の入らないところで、ゆっくりと話をしようじゃないか。
『悪逆の徒だって。まあ、神を神とも思わない所業をしてきてるし、あながち間違いでもないのがいいよね』
「よくないよ……。ってか、神よりアイドルがマシってのはユノの判断だろ?」
確かに、アイドルの真似事をしているのは、私自身の決断だ。
それに、確かにマシだ。
会うたびに平伏されたり、お供え物をされたり、祈りを捧げられたりするよりは、握手を求められたり応援される方がいくらかマシだ。
……マシだよね?
むしろ、私としては、奥さんの目の前で、他の女の人に鼻の下を伸ばしたりしている方が問題ではないかと思う。
いや、シズクさんも鼻の下を伸ばしているし、似た者夫婦なのかもしれない?
「何それ詳しく」
一方で、トシヤさんが、これまでに見たことのないような真剣な顔で食いついていた。
これから大きな戦いになるというのに、全く気負っていない――というか、全く緊張感が無い。
対して、顔面が蒼白になっているユーフェミアさんたちについては、アルが生きている間は私が守るという約束になっている。
もっとも、実力も素性も分からない、バケツを被った女を信用しろというのが無理な話だけれど。
なお、「怖〜い」などと言いながら、鼻の下を伸ばして私にしがみついているシズクさんも護衛対象なのだけれど、この人は一体何をしに来たのかと、疑問を抱かずにはいられない。
「最終確認です。戦って勝つ必要はありません。後日に控える会談で有利となるだけの力を示せれば、引き分けで構いません。というか、やりすぎると禍根を残すことになりかねないので、程々でお願いします。それじゃあ、行きますか」
「「「おう!」」」
アルの号令で、みんなそれぞれ気合を入れて外へと飛び出していった。
同様に、やる気満々のカムイをどうするべきか迷ったけれど、保護者もついているし、危なくなりそうなら助ければいいだろう――ということにした。
小さくても竜だなあ……。
◇◇◇
地上に出てみると、山の麓を真っ黒に染めるほどの戦車の群れが、砂糖に群がるアリを彷彿とさせて気持ち悪い。
せめて、カラーリングが違えば……。
空にもかなりの数の飛行機が縦横無尽に飛んでいて、こちらもハエみたいで気持ち悪い。
十数キロメートル離れた海では、更なる飛行機が船の上でスタンバイ。
ついでに、さすがに届かないであろう戦艦の艦砲も、こちらを向いている――と、それはそれは盛大な出迎えを受けた。
「人道を謳っておきながら、人道を踏み躙る貴方方に、悪逆の徒と言われるのは心外ですね。それに、あまり神が神がと言わない方がいいと思いますよ? あれもこれもと言われても、神様だって困ってしまいますし。人の手でできることは、人の手でした方がいいと思いますが」
そんな中でも全く動じず、アルがオルデアの口上に返答した。
さすがアル、良いことを言う。
「なるほど。ロメリア王国の貴族は、神を敬う精神を持ち合わせていないらしい。やはり話をするより先に、神の偉大さを教えた方が――」
「いえいえ、神様のことは、心から尊いものだと思っていますよ」
オルデアの勇者さんの言葉を、アルが途中で遮った。
「貴方方の神様がどうかは知りませんが、私たちの神様はとても身近なところにいます。それこそ、選ばれた者や巫女でなくとも話ができるほどに」
それはいいのだけれど、こっちを見ないでほしい。
「そんな神がいるわけないだろう。何かそんなデータでもあるのか? 話にならないな」
オルデアの勇者さんは、呆れたように嘲笑を浮かべる。
中々にイラっとする表情である。
「いるさっ、ここにひとりな!」
なぜかトシヤさんが変なポーズで叫んだ。
「やだ……! 格好いい……!」
この姫、目か脳の病気らしい。
そんなことより、私を巻き込まないでほしいのだけれど。
「これ以上、言葉は要らない。決着をつけよう」
「お断りします――と言っても、帰ってくれそうにないのでお受けします。では、アーサーさん、ミーティアさん、カンナさん、お願いします」
アルもオルデアの勇者さんも元日本人だ。
茶番でしかない舌戦より、分かりやすい実力行使を好むようだ。
……日本人は、意外と戦闘民族だったらしい。
「我が友アルフォンスよ、今こそ約束を果たそう!」
「お主にもいろいろと世話になっておるしの。ここらで借りを返させてもらうとしよう」
「私が戦うのはあくまでカムイのためだ。勘違いするなよ」
「ユノ、ヤク〇ト」
古竜たちもひと言ずつ言い残すと、竜型になって空へと上がっていった。
カムイは相変わらず可愛い。
「なっ!? 古竜――が3頭!? と、小っちゃいのだと!? 貴様、卑怯だぞ!」
なぜかオルデアの勇者さんが、アルを非難している。
なお、戦闘が始まってしばらくしてから、シロとレオンが偶然を装って参戦する予定になっている。
茶番はまだ続いているのだ。
「何をもって卑怯なのかは分かりませんが、こちらの主張はデータなんかじゃなくて、実物と実力で示しますよ。じゃあ、始めましょうか」
アルはそれに全く気にした様子もなく、余裕を持って手招きした。
オルデアの勇者さんの顔色が変わった。
相手からすると、アルの煽りも中々ムカつくのだろう。
◇◇◇
上空で大きな爆発音――古竜たちに向けて一斉に発射されたミサイルの雨が、彼らの障壁に阻まれて爆発した音が、戦端を開く合図となった。
「《詠唱短縮》! ――《世界を万物流転の理から解放せん》! 《時よ止まれ》! 《時間停止》! ――――――? あれっ!? エラーって何だ!?」
地上では、開幕からオルデアの勇者さんが、ひとり漫才を始めていた。
「「《火弾》!」」
その大きな隙に、アルとトシヤさんが、オルデアの勇者さん――の後方の山林に向けて、魔法を放った。
《火弾》というのは、その名のとおり、ただの火の玉である。
込める魔力の量や圧縮率、熟練度によって、その大きさや熱量は変わるけれど、結局は矢のような貫通力も壁のような持続力もない火の塊である。
初級に分類される魔法で、よほどの大魔法使いでもなければ、鉄製の盾のような遮蔽物で簡単に防げてしまう代物だ。
もちろん、それで発生した熱は別だけれど。
アルとトシヤさんの放った《火弾》は、バレーボール大のものが百数十ほどもあった。
ただ、数は多いけれど、熱量も弾速も殺傷目的としては微妙だろうか。
そもそも、勇者さんを狙って撃っていないし。
山を焼いて、歩兵や戦車と分断するにしても、すぐに火の手が大きくなるわけでもないし、何のつもりだろう?
なんて思っていると、予想に反して、着弾点のいくつかで大きな爆発が起こった。
そして、それがどんどん連鎖して、本来は魔法の射程外にあった戦車隊の一角を呑み込んでいく。
まるでナパーム弾でも落とされたかのように炎に包まれて、オルデアの兵士さんたちの悲鳴と怒号が上がった。
ナパーム弾とか見たことないけれど。
もっとも、この程度の攻撃では、戦車に直接的なダメージを与えることはできていないようだ。
それでも、随伴歩兵は丸焼きになっているし、搭乗員は蒸し焼きになっていることだろう。
なるほど、こういった事態に備えて、仕込みをしていたのか。
それも、この数日は何もしていなかったことを考えると、かなり前から――ここまで読んでいたなら、かなりすごいのでは?
上空でも、早速シロとレオンが参戦していた。
古竜にとっても、飛行機の機動力と、兵器の射程は厄介なようだ。
しかし、飛行機に搭載されているミサイルの誘導性能は高くはないみたい。
なので、本体に命中させるには射程を犠牲にするくらいしかないものの、近づきすぎると撃墜されるおそれがある。
そして、その危険を冒しても、確実に障壁を回避できるわけではないし、単発の威力では彼らに致命傷を与えることもできない。
問題は数の差だけれど、それは彼らにとっても同じこと。
古竜を4頭同時に相手にするなど、想定していなかったのだろう。
1頭に集中砲火を浴びせれば、足止めから封殺もできたかもしれない。
しかし、1頭に集中して他をノーマークにするなんて、自殺行為でしかない。
飛行機の動きについていけずに右往左往しているカムイも、いい囮になっている。
思わず狙いたくなる隙の大きさだけれど、カムイを落としたところで戦況は何も好転しない。
というか、カムイを泣かしたりしたら、私が地獄を見せてやるけれど。
とはいえ、私が何かをするまでもなく、カンナがサポートに徹しているので、出番は無さそうだけれど。
さらに、カンナのサポートは、攻撃偏重になりがちな他の古竜たちにも及んでいて、飛行機部隊の行動を大きく制限している。
結果、オルデアの飛行機部隊は、古竜たちの行動を若干制限する程度の消極的な攻撃しかできずに、地上部隊の受けている被害を食い止めることもできないでいる。
話は変わるけれど、何日か前、アルと古竜たちの会話の中で、核爆弾への対処という話題になった。
「爆発の規模が上がったところで、当たらねば意味が無いじゃろうに」
「多少速いだけで、真っ直ぐ飛んでくるだけの物などどうにでも対処できよう」
「私の氷は時間も凍てつかせるのよ? 人の作った玩具でどうにかなるほど柔くはないわ」
「私の水は、人どころか神魔も及ばぬ深淵だが」
「む、それをいうなら儂も――」
「俺だって――」
などと、見栄の張り合いになっていたけれど、案外見栄だけではなかったのかもしれない。
なお、結論としては、《時間停止》をはじめとした禁呪でどうにでもなるらしい。
もちろん、それは単発ならという前提ではないかと思うけれど、まあ、最悪になりそうなら、「核爆弾が不発する世界」にでもしてしまおうか。
さておき、みんながそれぞれ頑張っている中、私も私の役目を果たすべく、何が禁忌なのかを見定めようと目を凝らしてみる。
とはいえ、見るべきものは飛行機に絞られていたので、問題点というか違和感のようなものもすぐに見つかった。
戦車も飛行機も、兵器に使用されている火薬などを除けば、魔力を主動力源にしている。
一応、化石燃料も使えるような仕様に見えるけれど、この世界では、その採掘や精製手段も確立されていないのだから、当然のローカライズだといえるだろう。
性能的には、安定の化石燃料と、魔石や操縦者次第では化石燃料以上の出力を得られる魔力といった感じだろうか。
どちらにも長所と短所があって、どちらが優れているのかは判断ができないけれど、今はそんなことはどうでもいい。
戦車の方は、よくこれだけの魔石を集めたものだと感心するものの、それ以上に問題視するようなことは無い。
問題は、飛行機の方である。
魔力が主動力源であることは同じなのだけれど、人間が魔石の代わりというか、人間が魔石化しているというか……?
何といっていいのか分からないのだけれど、とにかく、機内にいるのはパイロットではなく、装置という方が適切かな?
人間というより、アンデッドに近い――出来損ないのヴィクターさんやグレゴリーというのが正確だろうか。
魂はあるものの、精神が仮死状態? 何だかおかしな状態で固定されているっぽい。
当然、自我とか意思も無いはずだ。
つまり、あれらは飛行機というより、人間擬きを核にした飛行型ゴーレムといった方が近い。
よくよく考えれば、長い時間と労力を使ってパイロットを育成するより、少しばかりあれな魔法を使って、ちょいちょいとお手軽に改造できるのなら――という考え方も理解できる。
人道的には完全にアウトだけれど、禁忌的には判断しづらい。
そもそも、魂や精神まで喰らうような私が判断していい事柄なのだろうか?
今更だけれど。




