25 コンタクト
かつてはヤマトの繁栄の象徴として存在していた帝城は、現在ではオルデアの総督府として使用されている。
同時に、勇者同士の戦闘で一部が大きく損壊していたそれは、今ではヤマトの敗北の象徴となっている。
今現在、その頂点に君臨するのは、総督である女性【シェンメイ】――ではない。
実質的な最高権力者は、陸軍を率いて帝都を占領した【チェンロン】将軍である。
シェンメイは、容姿が優れているだけで、軍事や政治の知識などまるでないマスコットのようなもので、時折、大衆に向かって綺麗事を並べるだけの簡単なお仕事である。
しかし、事実はどうあれ、大衆の側からすれば、チェンロン将軍のような厳つい武人より、シェンメイのような若く美しい女性の方が受けがいいのは間違いない。
無論、彼女の美しさに嫉妬する者もいるが、女性の社会進出の象徴として、憧れの的にもなる。
万人に好かれることが不可能である以上、ターゲットを明確にして、その支持を確実に得られるようにするのは間違いではない。
そして、目立つところで強硬路線を唱えるチェンロン将軍を、彼女が正論でやり込める寸劇などを繰り広げて見せれば、いいパフォーマンスになる。
相変わらず、末端のオルデア兵士による、ヤマトの民の不当な扱いは続いている。
しかし、被害を受けておらず、更にシェンメイの美貌に誑かされた、若しくはパフォーマンスに騙された者の間には、「虐待されている方に問題があるのではないか?」という空気すらも形成され始めていた。
◇◇◇
ノックもせずに執務室に飛び込んだ少年は、オルデアの当代勇者【ヒロユキ】だ。
「将軍、呼びました? 俺、これからまたクイダオレの方に行かなきゃなんで、手短に頼みますよ」
チェンロン将軍とヒロユキは、祖父と孫ほど年が離れていて、当然血縁などはない。
ヒロユキの言葉遣いは、彼がチェンロン将軍の指揮下にないことを考慮してもかなり無礼なものだが、将軍がそれを咎めることはなかった。
当然、将軍も最初のうちは――今でも腹立たしく感じている。
それでも、ヒロユキはヤマト侵攻の真の目的達成に欠かせない人物であり、その機嫌を損なうようなことはできないのだ。
ヒロユキの態度は、将軍だけでなく、本国の議員や議長にまで一貫してこのような感じであったが、それを通せるだけの立場だったこともあって、やむを得ず見逃されていた。
もっとも、勇者が勇者としていられる期間は、平均すると十年にも満たない。
戦いの中で命を落とすにせよ、勇者を続けられなくなるだけのダメージを負うにせよ、勇者の末路の大半はろくなものではない。
その間を我慢すればいいと分かっていれば、この程度のことは耐えられた。
「それは少し延期しろ」
将軍にはヒロユキに対する命令権は無かったが、それを踏まえた上で、将軍は彼に命令した。
「はあ。でも俺のは女神様からのお告げ――最優先事項っすよ? それより大事なことなんすか?」
日本の若者らしく、他人に命令されることが嫌いなヒロユキは、感情のまま挑発的な態度で返した。
それでも、一応話を聞く姿勢を見せたのは、同席しているシェンメイの気を惹きたいがためである。
硬派を気取っている彼は、気になる女性に直接的なアピールができなかった。
デキる男を演出して、シェンメイの方から迫ってほしかったのだ。
「ロメリア王国辺境伯、アルフォンス・B・グレイが面会を申込んできた。お前も名前くらいは聞いたことがあるだろう」
「へえ、マジっすか。確か、自分のことを人類最強とか言っちゃってる痛い人ですよね。こんな所にまで出張って来るなんて、マジで英雄気取りなんだ」
アルフォンスの名はその功績と共に、周辺諸国のみでなく大陸中に知れ渡っている。
それは辺境といわれるオルデア共和国でも例外ではなかった。
もっとも、影響力はチェストと同じく、お伽噺か子供騙しの物語程度のものだが。
当然、ヒロユキの表情には恐れたような様子はない。
それどころか、嘲笑うかのように吐き捨てていた。
「そうだ。だが、その力は決して侮れるものではない」
しかし、チェンロン将軍は、アルフォンスを警戒していた。
「え、噂をマジで信じてるんですか? いくら強いっつっても人間レベルでしょ。嘘を嘘だと見抜けない人に、将軍は難しいんじゃないですか?」
「無論、神の力を授かったお前たちに勝てるとは思わん。だが、奴は先触れとして赤竜を寄越してきたぞ」
「赤竜って、あの赤竜? 古竜の? マジで?」
アルフォンスの名前には動じなかったヒロユキも、赤竜となるとそうはいかない。
赤竜の話は、ただの噂では終わらないレベルで各地で流れていた。
先日、初の自分以外の勇者との戦いで圧倒的な勝利を収め、同郷殺しの葛藤も乗り越えて自信としたヒロユキだが、竜――それも、古竜ともなると、慎重にならざるを得ない。
「人の姿に化けていたが、間違い無い――という報告を受けている。……古竜に易々と侵入されるとはな。城壁すらない後進国はこれだから……」
チェンロン将軍は、アーサーに侵入されたのが、城壁や城門が無く、出入りのチェックができないからだと考えていた。
しかし、竜が偽装をすることが滅多にないだけで、人族の能力では、竜の偽装を見破ることは難しい。
今回見破れたのは、アーサーが見破れるように偽装していたからにほかならない。
「……そっちは俺じゃなくて、本国にいるオッサンの担当っすよね。まあ、本気を出せばどうにかなると思うけど、女神様の仕事の前に消耗するのはまずいっすよ」
ヤマトの勇者を圧倒したヒロユキでも、古竜を相手にするとなると平常心ではいられない。
それでも、現地産勇者程度に支配される竜など大したことはないと、根拠の無い推測で基づいた上で強がった。
シェンメイが見ている前で、弱音を吐くことはできなかったのだ。
相手の能力も分からないうちから、「本気を出せば」などと言っているあたりに認識の甘さが窺えるが、それだけ大きな力を手にしている余裕のようなものもあった。
「無論、本国には増援の要請はしておる。10日後の予定日には充分間に合うだろう。――いかに古竜とて、人型では充分な力は振るえぬであろう。人型ならお前が、竜型なら飛行隊が追い詰め、弱ったところを隷属させる。どうだ、面白そうな話だと思わんか?」
古竜を隷属させる。
ヒロユキは、その将軍の言葉に思いを馳せた。
(確かに、赤竜を隷属させることができれば大きな功績になる。そうなったとき、赤竜に乗るのは間違いなく俺だ。――悪くない。そうなりゃ本国のオッサンとの立場も逆転する。良いこと尽くめじゃないか?)
「了解。赤竜が手に入れば、こことクイダオレを往復するのも楽になりそうだし。で、グレイはどうするんだ?」
力の象徴ともいえる古竜を駆る想像上の自身の姿は、小康状態にあった中二病を再発させるには充分な威力があった。
また、「女神の使徒」という称号より、「ドラゴンライダー」の方が彼の好みだった。
そして、ヒロユキは、しなくてもいい言い訳をしながら、予定を勝手に変更した。
「捕らえるのが最善だが、目的はあくまで赤竜だ。邪魔になるなら殺して構わん」
チェンロン将軍は、赤竜の使用権をさらりと要求するヒロユキに不快感を隠せない。
いい歳をした彼でも、「ドラゴンライダー」の響きには抗い難い魅力を感じていたのだ。
しかし、ヒロユキがいなければアルフォンスに対抗することは難しく、古竜を隷属させるのにも彼が必要である。
そもそも、チェンロン将軍の能力や立場を考えれば、前線で竜に乗ることなど許されない。
当然、古竜を後方で運用するような贅沢も許されない。
それは分かっているが、それでも諦めきれない彼は、そこには触れないように話を進める。
当然、彼がどう思おうが、作戦が成功した場合、赤竜を駆るのはヒロユキの役目となるだろう。
(こいつに赤竜を盗られるのは癪だが――せめて、ユーフェミア姫の身柄は儂の方で押さえるとしよう。ヤマトの太陽とも称される美姫、処刑する前に存分に愉しんでやろう)
なお、将軍には、赤竜の言葉が一語一句、余すところなく伝えられていた。
当然、アルフォンスがユーフェミア姫を保護していることも知っていた。
それをヒロユキに伝えていないのは、失念していたわけではなく、わざとである。
もっとも、知らせたところで、初心な少年が姫に手を出せるとは思っていないが、つまらない正義感という横槍を入れられては堪らない。
シェンメイは、この場にあって、何の動きも見せていない。
彼女は、自身の立場を正確に把握していた。
総督という立場にありながらも、彼女の代わりはいくらでもいる。
総督としてのイメージを守るため、また、組織内の規律を守るという観点から、将軍や勇者であっても、彼女に個人的な関係を強要することはできない。
それに、総督になる前は巫女をやっていたこともあって、お飾りであっても、いたずらに不当な扱いを受けることはない。
それでも、その両者でも庇いきれない失敗や不興を買うことでもあれば、簡単に首が飛ぶ。
当然、物理的な意味でも。
シェンメイは、この件において、自身の得になるものは無いと認識していた。
ただ、どう転んでも保身ができるよう、適度に従順で、適度に無能であることを演じるだけだ。
シェンメイは、彼女が持つただひとつの武器、「美貌」を使う最も効果的なタイミングを計っていた。
チェンロン将軍につくか、勇者ヒロユキにつくか、それ以外の誰かにつくか。
どれもろくなものではない。
むしろ、大した能力はなかったが、巫女として働いていた時の方が幸せだった。
しかし、彼女の信仰の結果がこれだとするなら、これが彼女の運命なのだとするなら、全力で応えなければならないと決意していた。
三者三様の思惑の中、事態は推移していく。
敵がアルフォンスと赤竜だけではないと推測しつつも、それ以上はないという根拠のない推測の上で。
◇◇◇
――ユノ視点――
「ユノ様、言われたとおり、面会の約束を取りつけてきました」
「ご苦労様」
おつかいを済ませて帰ってきたアーサーに、労いの言葉をかける。
お駄賃は、今晩お風呂で背中を流すこと――と、下心満載ではあるものの、それくらいなら可愛いものだ。
なお、アーサーをメッセンジャーに指名したのは、背景と容姿の兼ね合いだ。
ミーティアの露出の多い服は、メッセンジャーとしては不向きである。
もしも、慰安のために訪れた踊り子とか娼婦だと勘違いされた場合、どうなるかを考えると任せられない。
魔王レオンのパートナーであるシロは駄目。
魔王と人の争いにするわけにはいかないからね。
カンナは人慣れしていないので保留。
人と竜の感性の違いをよく理解してからでないと任せられない。
本人は「長生きしているから知識は豊富だ」とは言うものの、禁忌に対する判断は「飛行機は禁忌だ」と駄々っ子みたいに言うだけだし、信用できない。
トシヤさんも同様の理由で却下。
人格というか性癖というかが常人と違うような気がするのもあるけれど、気がついたら脱いでいる人に任せられない。
シズクさんでは能力に不安が残る。
アルが言うには、「捕まって、『くっ、殺せ――!』と言っている姿しか思い浮かばない」らしい。
アルが直接――ということも考えたけれど、アルのユニークスキルを考えると、単独行動はさせたくない。
アルは行く先々で問題を起こす。
チェストとか酷かった。
そして、私も論外だ。
なぜか分からないけれど、想定外のことがよく起きる。
アーサーも問題児ではあるけれど、嘘は見破れるし、《未来視》の竜眼もある。
それに、多少の問題が起きても自力で乗り越えるだろうし、余計な口さえ開かなければ、執事服もよく似合っている。
「お疲れ様です。それで、どうでした?」
「10日後――ということらしいが、嘘だな。それに、お前の予想どおり、尾行された。それ以前に仕掛けてくると見るべきだろうな」
アルフォンスの予想では、素直に面会に応じてくれる可能性は高くなかった。
ロメリア王国と地続きとはいえ、遠く離れたオルデア共和国にとって、アルフォンスの影響力はそう大きなものではない。
むしろ、無視されなかっただけでも充分な成果だ。
そのためにアーサーを派遣したところもあるのだけれど、やるじゃないか、アーサー。
「そうですね。彼らの準備が調い次第、仕掛けてくると考えて間違いないでしょう。それを凌いだ上で面会、ですかね」
「ようやく出番じゃな」
「久々に暴れてやるとしよう」
「もちろん、MVPにはご褒美があるのよね?」
「私も、ここ最近の湯治や飲酒で随分と力を取り戻した。血が騒ぐ――こんな感情を再び抱くほどにな」
「ヤク〇トがいい」
古竜たちは、今からやる気満々だ。
そして、既にMVPを取った気でいるカムイが可愛い。
「グレイ殿、勝算はおありなのでしょうか? ――貴殿のお噂は聞いておりますし、古竜殿の協力もあるとはいえ、この人数で正面から迎え撃つのは……。私たちと比べるのは失礼でしょうが、空を飛ぶ兵器に一方的に蹂躙され、勇者様同士の戦いでも一方的に敗れている私たちからすると……」
やる気満々の古竜たちとは違って、ユーフェミアさんたちは不安なようだ。
オルデアの力を知っていて、私たちの戦力は知らないというところが大きいのだろう。
「せめて、ヨアヒム様やクズノハ様、シヴァ様――他にもいらっしゃるのですよね? その神々に、お力をお貸しいただくことはできないのでしょうか?」
ヨアヒムたちは、ユーフェミアさんを確保した後、もう出番もないだろうということで湯の川に戻している。
その中に、しれっとクズノハが混じっていたけれど、誰も何も言わないので気にしないことにした。
「駄目ですよ。ヨアヒム様たちには戦う理由がありません。戦うのは、飽くまで戦う理由のある我々でなければなりません。ただ勝てばいいというものではないのです」
ユーフェミアさんに反論するアルが格好よく見える。
そういうのは大好物だよ。
確かに、ただ勝つだけならもっと楽な方法もあるだろう。
それこそ、上手く立ち回って、オルデアを私に敵対させればよかったのだから。
アルなら、やろうと思えば可能だっただろう。
そういうところも好印象だ。
やり方は学べていないけれど、在り方がとても好ましい。
「もちろんユノ様も駄目ですよ。ユノ様はオルデアの禁忌に対応するために来ていただいているのであって、オルデアと戦うために来たのではないのです。皆さんには納得し難いでしょうが、そこのところは重要なのです」
アーサーが誰の指示で動いたのかとか、いろいろと今更な感はあるけれど、社会生活において建前は大事なのだ。
もっとも、ユーフェミアさんたちに変な影響を与えないようにと、彼女たちの前ではずっとバケツを被っているので、私は変な人だとしか思われていないはずだ。
自分で言っておいて悲しくなるけれど、私か彼女たちのどちらが変になるかの選択であるなら、私ひとりが変だと思われた方が被害は小さい。
狂信者になってしまうと、もう元には戻れないみたいだし。
「……分かりました。私たちも全力を尽くさせていただきます」
ユーフェミアさんの視線が助けを求めるように彷徨い、トシヤさんに留まって顔を赤く染めたかと思うと、不承不承といった感じで合意した。
やはり彼に負い目でもあるのだろうか。
十年も前のことなら時効でいいと思うのだけれど。
さておき、湯の川の方でも問題が起きているし、こちらの方で解決の目処が立ったのは有り難いことだ。




