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22 オワリ良ければ総て良し

――第三者視点――

 クイダオレより東に位置する【オワリ】の町。

 その領主の城。


 春うららというに相応しい日に、領主としては若い壮年の男は、荒れに荒れていた。


「まだか! 小娘ひとり、まだ捕まえられんのか!」


「も、申し訳ございません! ただいま全力で捜索しております……! 包囲網も着実に狭まっておりますゆえ、今しばらくのご辛抱を……」


「辛抱? 辛抱と抜かしたか!? 貴様もヤマトやクイダオレがどうなったのかを知らぬわけではあるまい!? その辛抱をしておる間に滅ぼされるやもしれんのだぞ! 一刻も早く、小娘の身柄を土産に奴らに取り入り、身分を保証してもらわねば、我らに生き残る道はないのだぞ!」


「分かっております! 分かっておりますれば、城や町の警備も最低限しか残さず、残る全てを追手として差し向けている次第であります!」


◇◇◇


 ユノと愉快な仲間たちは、ヤマトの姫が最後に確認された場所に到着すると、予定どおりに班を分けて、行動を開始した。



 その一方、シヴァが襲撃者たちの匂いを辿ってきた先にあったのが、このオワリの町だ。


 そこでは、領主が家臣を激しく責め立てている、そんな光景が繰り広げられていた。

 その様子は、ミーティアの《遠視》の竜眼で捉えられていて、それは高レベルの《念話》で、アルフォンスたちにも伝えられている。



「なるほど。姫の身柄と引き換えに、自分たちだけ助かろうと……」


 《遠視》の竜眼では音声情報は得られないが、彼らくらいになると読唇術くらいは普通に極めているため、問題にはならない。

 そして、そういう前提で話が進められる。


「充分に予想できたことだ。それより、向こうの状況は?」


 また、姫と襲撃犯、それぞれを同時に追跡するために二手に分かれての行動だが、当然連絡は取り合っている。



 襲撃犯追跡のメンバーは、アルフォンスとレオン、ミーティアとシロ、そしてシヴァである。


 こちらは、当初はそれほど人数を割かない予定だったが、シズクの配慮によって、アルフォンスがこちらに回されていた。



「お前様が姫様捜索の方におりますと、変なフラグを立ててしまいそうですので」


 アルフォンスは愛されてはいたが、(こと)女性関係においては信用されていなかった。


 そして、余計な面倒を避けるために、レオンもこちらに志願した。

 そこに《遠視》の竜眼を持つミーティアと、《過去視》の竜眼を持つシロが加わった。



 状況はレオンの言ったとおり、事前に予想されていたもののひとつである。

 分岐点において姫一行が捕まっていた痕跡がなかったので、その可能性は低かったとはいえ、いまだ捕まっていなかったのは、その中でもマシな方だ。


 もっとも、同様のことを考えている他の領主がいないとも限らないし、逃避行の中で遭難死している可能性もなくはない。



「向こうは所属不明の部隊を発見しているらしいわ。こちらの情報も伝えておいたけれど、場合によっては少し戦闘になるかもしれない、ですって」


「極力戦闘を避けるとか言ってなかったか? いや、状況的にはやむを得ないんだろうが」


「いちいちユノや朔の言うことを真に受けるな。それでは湯の川ではやっていけん。じゃが、儂らはどうする?」


「しばらく待機ですかね。あっちが姫様を発見したら合流で、既に姫様が捕らわれてて搬送中だったりしたら、挟撃する感じで――いっそ、こちらで奪還しましょうか」


 アルフォンスたちの役割も、アプローチが違うだけで姫の捜索である。

 首謀者を討つとか捕らえても根本的解決にはならないし、後のオルデアとの交渉が不利になる可能性がある。


「なるほど。そうやってフラグを立てていくわけだな」


「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。狙ってやってるんじゃないんですから……。それに、今回はあっちにユノがいますし、そんな単純にはいかないんじゃないですかね? というか、流れ的には何かあるのはあっちの方だと思います」


「そりゃそうだ」


「あやつの行った先で、何が起こるか……。そこの狗神を見ても分かるように、儂らのような常識人には全く分からんからのう」


「あの娘が何かをするたびに、この世界の常識が崩れていくのだから、予想なんて不可能よ」


「それが良いことなのか悪いことなのかは、誰にも分からぬ。だが、私は主神様の管理する今までの世界より、ユノ様と共に歩む新たな世界の方が気に入っている。貴殿らもそうではないのか?」


 シヴァの問いに、全員が無言で頷いた。


 言葉に出さずとも、全員が理解している。

 ユノと出会ったことで、様々な柵から解放されていることに。



 当然、良いことばかりではない。


 それでも、英雄だから、魔王だから、古竜や神だからといって、それに囚われる必要は無いのだと気づかされたのは、それを苦痛に感じていたり、()んでいた彼らからすれば、新しい世界が開かれたような気持だった。


 当然、責任を放棄したり、勝手を通したりしてもいいということではないが、自分を殺してまで役割を演じる必要は無い。

 自分のまま、自分なりにそうあればいいのだ。



 それを、ユノは自らの身をもって示している。

 神をも超える力を持っていながら、頭の中身は残念で、ドジっ娘属性持ち。


 もしかすると、彼女の敵となって散っていった者の方が正常だったのかもしれないとさえ思えるほどの迷走ぶり。


 老若男女、種族を問わずに魅了する可愛さで許されているだけで、そうでなければ、世界の敵となっていたであろうポンコツ邪神。


 それでも、それが私なのだと胸を張って存在しているのだ。


 そんな彼女を見れば、自分たちの悩みや失敗など、大したことのないものに思えてしまうのも無理はない。


 もっとも、それらも全て含めてユノの魅力なのだが、それこそ言葉にする必要も無いことである。


◇◇◇


 アルフォンスたちがオワリに辿り着いた頃、そこより南西へ約70キロメートルにある山中を、西へと進む20人ほどの集団と、それを遠巻きに追い詰めてゆく一千人を超える大部隊。


 そして、更にその後方から、気配を消してそれらを追跡する数人の集団がいた。


 逃げているのは、ヤマトの皇女【ユーフェミア】とその護衛で、追っているのは、オワリ領主の命を受けた兵士や、近隣の村から集められた案内人たちだ。

 そして、その後方にいるのが、ユノの一行である。




 ユーフェミア一行は、帝城奪還に失敗した後、僅かに残った味方と共に、南西へと逃れた。


 特に目的地があったわけではないが、帝都のすぐ東は海であり、そこにはオルデアの戦艦が何隻も停泊していて、袋小路同然である。

 また、西にはクイダオレに侵攻したオルデア軍がいる。


 必然的に、選択肢は北か南に絞られたのだが、ユーフェミアは南を選択して――地形の都合上、南西へと進路を取ることになったのだ。


 その選択が間違いであったとは誰にも言えない。


 むしろ、海を挟んでいるとはいえ、北の大陸にはオルデアの本国がある。

 海どころか、空すら障害にならない彼の国の戦力を考えれば、北を選択しなかった理由ももっともなものだ。



 しかし、その道中で「御三家」とよばれるほどの力を持つオワリ領主に、その身柄を狙われたのは想定外だった。


 帝都ヤマトと、オワリの関係性は悪くなかった。

 むしろ、官民共に交流が盛んで、非常に良好だったといえる。


 しかし、それは平時の話であり、帝都の陥落後は、完全に交流が途絶えた。




 オルデアの侵略は、ヤマトからしてみれば奇襲のようなものだった。


 理不尽ともいえる一方的な宣戦布告から数時間後。

 轟音と共に、編隊を組んで飛来した鉄の鳥――飛行機の攻撃によって、城門、城壁、兵舎などの軍事施設をことごとく破壊された。

 同時に、海からは巨大な鉄の船からの砲撃と、上陸してきた数え切れないほどの自走砲と歩兵によって、ヤマトの(つわもの)たちは抵抗らしい抵抗もできないまま蹂躙された。



 ヤマトの民のほとんどが知らない恐るべき力に、帝をはじめ、多くの重鎮たちが混乱していたところを、それが何なのかを知っていた勇者の進言によって、ユーフェミア以下二百余名は、帝城陥落前に脱出することができた。


 しかし、その時間稼ぎにと城に留まった帝と、重臣たちは捕らわれてしまった。



 その場は辛うじて逃げ延びることができたユーフェミアたちは、奪われた帝都を取り戻すために――帝や帝城に捕らわれている人々を救出することを決意した。


 しかし、オルデアの兵器は強力で、正面から挑んでもほぼ勝ち目がない。

 それどころか、いたずらに被害を大きくするだけだ。


 そう判断したユーフェミアたちは、近隣の有力諸侯には無理に協力を求めず、勇者を軸とした有志のみでのゲリラ戦を選択した。


 もっとも、それは彼らの中に、大軍を率いる指揮能力を持った者がいなかったこともある。

 そこまで諸侯に頼っては、ヤマト奪還に成功しても、その後の力関係にも影響する――と、甘いことを考えていたのだ。


 とはいえ、もしもここで大規模な武装蜂起などを行えば、オルデアの方針が変わっていたかもしれないこと考えると、最善ではないが最悪でもなかった。



 そんな細々としたゲリラ活動の中で、千載一遇のチャンスが訪れた。


 オルデアがクイダオレに派兵する情報を入手した彼らは、すぐに帝都の奪還計画を立て、実行した。



 一時的に薄くなった帝都の警戒網をかいくぐって、帝城に侵入を果たしたところまではよかった。


 しかし、そこに待ち受けていたのがオルデアの勇者だった。

 チャンスに思えた一連の流れも、皇女たちに引導を渡すために仕組まれていたのだ。


 予想してしかるべきだったと後悔しても遅い。


 結果として、多くの仲間と勇者の命を代償に、ユーフェミアはまたもや逃げのびた。

 しかし、この状況はほぼ詰みであった。




 状況の推移を見守っていたオワリ領主は、勇者死亡の報を聞いて心が折れた。


 オルデアの、「共和制」などという戯言を認めるなど言語道断。


 しかし、報告にあった戦場の光景は、想像を絶する凄惨さだった。


 強い弱い以前に、戦争の在り様が全く違う。

 いくら精鋭を集めても、空を飛ぶ敵には「卑怯者」と罵る声すら届かない。


 運よく空爆を生き延びても、戦闘車両を主軸とした地上部隊の侵攻を止める力など残されていない。


 最後の望みであった勇者も斃れたとあっては、ヤマトがオルデアに対抗する術はない。



 こうなっては、帝を悪役に仕立て上げ、姫を手土産にオルデアに取り入るしかない。

 それで取り入れるのかは定かではないが、そう信じなければ、心の平穏を保てなかった。


 幸いなことに、姫一行が近隣の村で補給を行ったとの報告があったばかり。


 この機を逃してはならないと、領主は、帝の一族をヤマトを私欲を肥やす道具にした大罪人だとして、大々的に追手を差し向けた。


◇◇◇


 ユーフェミア一行は、オワリ領主の放った追手の第一波は辛うじて振り切った。


 しかし、帝都での敗戦以降、満足に補給や休息が得られていない状況で、逃げ続けることにも限界を迎えていた。


 水は魔法で簡単に作れるのでともかく、食料は既に尽き、ここ何日かはまともな食事を摂れていない。


 幸運にも野生の獣などが獲れたとしても、血抜きなどの処理を充分に行う時間も、不用意に火を使って目立つようなこともできない。


 最低限食べられるようにした物を、鼻を摘まんで無理矢理飲み込むようにして、どうにか命を繋いでいるような状況だった。

 当然、体力などろくに回復しない。



「――っ」


 木の根に足を取られたユーフェミアが、派手に転んだ。


 それほど速足だったわけではないが、疲労と空腹のため、身体は重く、思うように動かせない。

 更に注意力も散漫な状態では、僅か数センチメートルの起伏ですら大きな障害となっていた。



「姫様!?」


 その音に気がついた女官が振り返って声をかけた。


 しかし、助け起こしに行こうとする気持ちとは裏腹に、女官の体も動かなかった。


 女官といっても、武術の盛んな国での護衛も兼ねた戦闘女官であり、体力には人一倍自信を持っていた者たちですらこのような状態だった。


 ユーフェミアの転倒も、不注意やミスというより、本当に限界だっただけである。


 そして、そんな彼女を庇いながら無理を重ねてきた者たちも限界が近かった。



 ユーフェミアに立ち上がる余力が残っていないわけではないが、立ち上がる気配はない。

 後方からは、気配が感じられるほどに追手が迫っているのが分かる。


「もう、いいわ。貴方たちだけでも逃げなさい。――ここまでついてきてくれたこと、礼を言います」


 立ち上がったところで、逃げ切れない。

 奇跡でも起きなければ。


 ここまでか――と、観念したユーフェミアが、しばらく前から考えていた言葉を口にした。



「姫様、諦めないでください! もう少し頑張れば海に出ます!」


「そのとおりです! 船に乗ってしまえば、追手も易々とは追ってこれません!」


「「「姫様、どうか!」」」


 こうしてユーフェミアを励ましている者たちも、そこまで逃げ切れるとは考えていない。


 それでも、ここまで残っているのは、心の底からヤマトに忠誠を誓っている者ばかりである。

 ユーフェミアを置いていくことなどできない――そうするくらいなら、ここで運命を共にするつもりだった。



「逃げて、生きなさい。これが最後の命令です。――お願いですから、行って……」


 ユーフェミアは体力だけでなく、精神もまた限界を迎えていた。



 これ以上、自分のために死ぬ人を見たくない。

 今の彼女にあるのは、ただそれだけだった。


 精神が疲弊しているからか、若しくは罪悪感からか、目を閉じれば、彼女のために死んでいった者たちが、代わる代わる現れて、彼女に呪いの言葉を吐いていく。



「お断りします。我らは最後まで姫様と共に」


 ユーフェミアがこれ以上動けないと判断した忠臣たちは、彼女の許へ集い、彼女を護るように包囲して、追手との遭遇に備える。



 次が最後の戦いになるであろうことは、皆が理解していた。

 むしろ、数の差は絶望的なもので、戦いになるかどうかも怪しいが、ユーフェミアより後に死ぬわけにはいかない。

 戦う力など残っていない女官たちですらも、ユーフェミアの盾となる覚悟だった。


「莫迦者たちが……」


 ユーフェミアは、それ以上の言葉を口にすることもできず、擦り剥いて血の滲んでいる膝を抱え込んで目を伏せた。




 ユーフェミアの瞼に浮かんでくるのは、やはり自分のために命を落としていった人々だ。


 その中には、彼女の婚約者だった勇者の姿もあった。


 異性として好き――という感情はなく、立場上拒否できない婚約だった。

 しかし、勇者自身は誠実な人柄であり、彼女のことを愛してくれていて、彼女のために命を懸け、そして散っていった。

 もっと優しくしてあげればよかったと後悔しても、時が戻ることはない。


 それから、彼女がよく知る者たちは当然として、名前も知らない兵士や、その家族などが浮かんできては、彼女を責める。

 全ては彼女の想像の出来事だが、自責の念とはそういうものである。



 そして、いつも決まって最後に、困ったように笑う青年の顔が浮かぶ。

 イケメンとはいい難いが、不細工というほどでもない、それでいて温和な性格がよく表れている、どこか安心できる顔。


 彼は、剣の腕はからっきしだったが、魔法においては右に出る者がいなかった。

 特に、回復魔法は、勇者どころか、神の御使い称しても過言ではないレベルだった。


 幼い頃のユーフェミアは、生傷の絶えないお転婆な子供だったが、彼女が怪我をするたびに優しく癒してくれる、そして、誰も知らないことを教えてくれる博識な彼に、淡い恋心のようなものを抱いていた。


 しかし、子供の可愛らしい初恋とするには、彼女の身分は高すぎた。


 ただ相手にしてもらうのが嬉しくて、いつも無理難題を突きつけては困らせて、そして、照れ隠しで放ったひと言で、まさかの追放処分を受けてしまった先代勇者。


 ユーフェミアの、最初で最大の後悔である。


 本当は物知りで、優しくて、格好よくて(※ユーフェミアの主観)頼りになる、大好きだったお兄ちゃん。

 何度も何度も助けられて、そのたびに優しく微笑みかけてくれた人の、追放を言い渡された時の困ったような笑顔が、10年経った今でも忘れられない。


 ユーフェミアは、何度も謝ろうと、謝りに行こうと考えたものの、そんな機会があるはずもない。

 その後に召喚された勇者との婚約は、その罰だとさえ思った。



 オルデアの侵攻後、生き残った者たちの中には、彼に頼ろうという意見もあった。

 しかし、彼女には彼に合わせる顔がなかった。


 何より、彼を巻き込みたくなかったので却下した。

 拒絶されたくなかったというところも大きい。


 彼から遠ざかるように南に逃げたのも、そんな理由があったからかもしれない。


◇◇◇


 ユーフェミアたちの耳に、遠くの方から追手の叫ぶ声が聞こえた。


 詳細までは聞き取れないが、痕跡を見つけて仲間を呼んでいるのだろうと推測できた。


 発見されるのも時間の問題だった。


 それは、捕虜になるつもりなどない彼女たちにとっては、人生の終焉(しゅうえん)であることを意味していた。




 そのうち、彼らの目にも、追手の姿が捉えられるようになる。


 先頭を歩いているのは案内人。

 続いて斥候。


 戦闘要員の到着にはまだしばらくかかりそうだが、その到着を待つ必要も無いくらいの数の追手が集結しつつあった。



「さて、おいでなすった」


「これまたすげえ数だな。いくら有象無象つっても、この数はちとしんどいか」


「何、後のことを考えねばどうにかなるじゃろう」


 しかし、彼らの表情に変化は無い。


 元より、ここで捨てると――使い切ると決めた命である。

 ある程度より上の数に意味は無い。



 しかし、彼らの覚悟とは裏腹に――むしろ、覚悟が伝わっているからだろうか。

 追手たちは充分な距離を確保したまま、彼らをぐるりと包囲するように展開し始めた。


 彼らをここに追い詰めるまで、追手たちもかなりの被害を出している。


 彼らは、元々が帝や帝城の守護を担っていた近衛――エリート集団である。

 半農半兵のような者が大半を占める追手たちとは、レベルもスキルも何もかもが雲泥の差なのだ。


 それでも、数の力で押し潰せることも証明されているのだが、最初の何十人かは確実に命を落とす。


 何人もの自称剣豪たちが、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)にされたところを目の当たりにしてきたのだ。

 最初に飛びかかるどころか、投降を呼びかけることすら目をつけられそうで、二の足を踏んでしまっていた。


 手柄は欲しいし、出世もしたいが、二階級特進をしたいわけではない。

 それに、「お前たちの暮らしが貧しいのは、全て帝とその一族によるものだ」と、領主の言葉に踊らされた熱も、この頃にはすっかり冷めていた。


 ここまで忠義に篤い者たちが護っている存在が、そのような愚物であるはずがない。

 むしろ、愚物は踊らされた自分たちの方である。

 とはいえ、この場の同調圧力や、同じく愚物である領主の沙汰を考えると、任務放棄という選択肢は無い。


 その結果、追手たちには、とりあえず包囲して、退路を断ったように見せかけておけばいいだろう、と暗黙の了解ができていた。




 この奇妙な睨み合いは、ユーフェミアたちにとって想定外だった。


 生き永らえることができたといえなくもないが、このままの状況が続けば、不利になるのはユーフェミアの方だ。

 交替で食事や休息の取れるだけの人員がいる追手たちとは違い、食料も無く、眠っても体力を回復することもできない状態の彼らは、時間が経つほどに追い詰められていく。


 このままでは、戦わずして負ける――が、包囲を破って逃げようとしても、ユーフェミアが動けない以上は失敗する公算が高い。


 当然、ユーフェミアを差し出して、自分だけ助かろうとする者などここにはいない。

 残された道は自害のみか、とユーフェミアが短刀に手をかけた時、それは空から降ってきた。

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