20 神おねだり
ヨアヒムに連れられてやってきた、ヤマト方面を担当する調和を司る神々が住まう所、通称【高天原】。
高天原は、秩序を司る女神ディアナさんの領域と同様の、特殊な異世界だ。
もちろん、セキュリティ面は万全らしく、今回はヨアヒムに案内してもらったけれど、本来は、高位の神格保持者か、その許可を得た人でなければ立ち入ることはできないらしい。
そんな所に私を招いてもいいのかと思わなくもないけれど、面倒事に発展しても困るので、余計なことは言わない。
さて、ここ高天原には、12柱の神々と、その補佐をする高位天使たちが二百弱在籍している。
その彼らが交代で、ここからヤマトの監視を行っているそうだ。
つまり、私たちの行動もしっかり監視されていたということで、その目的も筒抜けだったのだ。
私たちが高天原に足を踏み入れた直後に目に飛び込んできたのは、“歓迎! ユノ様ご一行様”と、大きく書かれた横断幕。
そして、私たちを拍手で出迎える、調和を司っているであろう12柱の神々と、クラッカーを鳴らしたり紙吹雪を撒き散らす天使たち。
調和の神が住むに相応しい、自然と人工物の調和がとれた箱庭のような世界――を台無しにする、異様な光景。
「「「ようこそおいでくださいました!」」」
何だこれ?
何だこれ!?
◇◇◇
「ありがとうございます! 家宝にします! ――あ、握手もいいですか?」
「応援しています! 頑張ってください!」
「神族らしく、行儀よく並べ! ユノ様への貢物はこちらに、握手はひとり5秒までだ! 握手の前に《洗浄》《消毒》《浄化》も忘れるな!」
挨拶もそこそこに始まった、サイン会兼握手会。
ヨアヒムや有志の神が、列の整理や進行を務めてくれている。
何を応援されていて、何を頑張れと言われているのかも分からない。
状況にはついていけないけれど、いつものように営業スマイルと中身のない相槌で、どうにか乗り切った。
サイン会兼握手会が終わると、ようやく事情を聞くことができた。
なお、彼らが最初に私のことを知ったのは、私が天使に襲われて、返り討ちにした直後のこと。
一旦は神敵として要警戒対象に指定されるも、主神からのそれ以上の命令も無かったので、監視に留まっていた。
その後の私は、人間界のあちこちで問題を起こすのだけれど、どれも神罰を与えるようなものではなかった。
それどころか、「人間にとって良い薬となるのでは?」という肯定的な意見もあったそうだ。
それ以上に、私の観測は彼らの娯楽になっていたようで、高天原以外にも数多くある各支部とも連携を取り合って、私の情報を交換していたらしい。
そして、私が考え無しに世界樹を創ったところで、彼らに判断できる案件ではなくなった。
世界樹そのものは悪いものではない。
むしろ、世界に恵みを齎すもので、管理が正しく行われるのであれば、システム以上に有益なものになる可能性がある。
しかし、それを生み出す力を個人が持っているというのはどうなのか。
そうして、私はより一層の監視を受けることになった。
そして、ライブの日を境に状況が一変する。
<こんなにも素晴らしい歌と踊りをする彼女が、邪神などであるはずがない>
<彼女が真に邪神であるなら、我々は神を騙る何かだろう>
<マルコのことは残念だったが、不幸な事故だったのだ。むしろ、あの時マルコが正しい判断をしていれば、彼女が神族をこうも嫌うことはなかったのではないか?>
<全く、【ヴァルハラ】のせいで私たちまで――>
<待ってほしい。悪いのはマルコではなく――あれは、主神様直属の天使からの救援要請で、断れるはずがなかったのだ。そもそも、なぜ主神様直属があんなところにいたのだ? ――ともかく、マルコも被害者ではないだろうか?>
マルコって誰?
そんな疑問もあったけれど、とにかく、ロメリア方面の神々からのそんな報告が、各地の神の間に流れることになったそうだ。
<こちら高天原。チェストにて彼女のライブを確認した。確かに素晴らしいものだった。まだ興奮が冷めない>
<くっ、羨ましい! 羨ましすぎて、堕天してしまいそうだ……!>
<続報だ。さらに、彼女を祀る神殿――いや、彼女のための舞台を建設するようだ。人間も捨てたものではないな!>
<こちら【崑崙】。ディアナが彼女に手を出して、返り討ちに遭ったらしい。ざまあ>
<ディアナは最近おかしかったからな、良い薬になるだろう。――ああっ、こちらでもライブ確認! こっ、これは――>
<ええい! なぜ【ガンダーラ】には来てくれないのだ!?>
<【ニルヴァーナ】にもだ! どうにか彼女を呼び寄せる方法はないのか!?>
<ヨアヒムの野郎、上手いことやりやがって……! どうやら、神罰を与えねばならんようだな……>
<待て! どうせなら奴を利用して、彼女との接触を図った方が得策ではないか?>
<<<なるほど!>>>
などというやり取りがあったとかなかったとか。
『それで、ボクらの行動は全て筒抜けだったわけだ』
「全てではないですが、ほぼほぼは」
「一部の迷宮のような異世界でもなければ、大抵のところは観測できるのですが、ユノ様の周囲100メートル以内には《神眼》を設置できないので――」
彼らの観測とは、例えるなら目に見えない魔法的なドローンを飛ばすようなもので、ステルス性を極限まで追求した結果、異世界や朔の領域などには侵入できないそうだ。
なので、室内の様子などは覗かれていなかったようだけれど、朔の領域外からでも、光の通る状況のことはほぼ全て見られていたらしい。
ヨアヒムからはそこまでは聞かされていなかったけれど、普通に考えれば機密上の問題もあるし、私だけならともかく、他の人に聞こえる状況では話せないことだったのだろう。
もちろん、高天原の神々にも、他言無用と釘を刺されている。
何にしても、露天風呂とかは覗かれていたと考えると、私はよくてもアイリスたちは嫌がるだろうし、不用意に他人に話せる内容ではない。
その対策は後で考えるとして、常に覗いて情報を共有していただけあって、私たちの目的も充分に把握していたし、更に情報をまとめてくれていたことは有り難い。
◇◇◇
まず姫の行方だけれど、帝城奪還作戦失敗の直後、一行が帝都より南西へ逃れたところまでは確認していたらしい。
しかし、その時はそれほど重要な情報ではないと、注意を払っていなかったそうだ。
その後、私たちが姫の捜索をしていることを知ってから、改めて調査してみたものの、発見できたのは小規模な戦闘の跡と、抵抗勢力のものと思われるいくつかの死体のみで、現在は生死すら不明だそうだ。
役立たず――というのは、彼らの役割を考えると酷か。
ただ、逃げた方角から察するに、目的地の候補は絞られる。
最も有力なのは、ヤマトで最も有名な神である、【オオクニヌシ】さんを祀る神社だ。
もっとも、そこに神がいるわけではないし、神社も既にオルデアによって破壊されているのだけれど、もしかすると、私たちと同じく神頼みでもするつもりだったのかもしれない。
しかし、オオクニヌシさんは農業・商業・医療など、幅広い分野で信仰されている神だけれど、実際はクライヴさんと同じく武神だそうで、人の世の支配者が変わることには興味など無いらしい。
彼は、自身を祀る神社が破壊されて激怒はしているものの、それでも神罰を与えたり、抵抗勢力に力を貸したりはしないだろうということだ。
それでも、そんなオオクニヌシさんでも動かなければならないケースがある。
彼の領域のすぐ近くには、詳細は話せないそうだけれど、ヤバい存在が封印されているらしい。
それを、オルデアが、さきに占領したクイダオレを足掛かりにして調査している。
万一その封印が綻ぶようなことがあれば、オオクニヌシさんだけではなく、調和を司る神や、近隣の力のある神が総出で対処することになるのだとか。
なお、抵抗勢力の目的もそれだった可能性もあるけれど、どちらにしても、人間の能力でどうにかなる封印ではないらしい。
姫の行方に関してはひとまずそんなところで、ここにきた一番の目的、禁忌についての確認をする。
カンナは、飛行機の存在自体が禁忌だと断言していたけれど、それには竜ならではのバイアスが掛かっている可能性がある。
彼女の言葉を信じた私が莫迦だった。
そこで、彼らにも訊いてみた。
飛行機自体が禁忌である派の、「即戦争に利用する時点で、人間にはまだ早いものである」という意見。
禁忌ではない派の、「戦争自体は飛行機がなくても行われることで、むしろ、飛行機の存在のおかげで被害が少なく終わったことは良いことなのでは」という意見。
現在は禁忌ではないけれど、今後は禁忌となり得る派は、「圧勝したオルデアが、さらに戦域を拡大する、若しくはオルデアに対抗して兵器開発に拍車が掛かって、結果として被害が大きくなるのでは」という意見。
そんな感じで、意見はまとまらなかった。
「主神様からの連絡も無いので、ユノ様たちの現場の判断に任せますよ。管轄外の神からクレームが来た場合は、私たちの方で対応しますので」
仮にも神がそんなことでいいのかと思うけれど、白紙委任を貰えるのは有り難い。
「そんなことより、せっかくの機会ですのでお食事でもどうですか?」
「その後で、一曲――いや、十曲でも二十曲でも歌っていただけると――」
「そのために情報を集めて時間を作っていた――というわけではありませんが……」
「ユノ様、ここは私に免じて、願いを聞き届けていただけませんか。彼らはその役割上、娯楽というものをほとんど知らないのです。私は所属は違えど、かつての同志たちに、生きる喜びを感じてほしいのです!」
ヨアヒム、どっちに援護射撃しているの?
というか、自分が聴きたいだけじゃないの?
それでも、最初に出遭った天使のように上から目線で命令されるわけでもなく、子供のように目をキラキラと輝かせて期待している彼らには、それほど嫌悪感を感じない。
ちょっとキモいけれど。
「みんなを待たせているし、少しだけですよ?」
「「「イェーイ!」」」
私が折れると、途端に歓声が上がった。
私の中の神のイメージがどんどん崩れていく。
頭ごなしに押さえつけるようなのは論外だけれど、最低限の威厳は残してほしい――と思うのは贅沢なのだろうか。
とはいえ、これも人脈――いや、神脈作りの一環だと思えば……。
それに、下手に考えて喋らなくていいのなら、是非もない?
◇◇◇
――神視点――
「至福の時だったな……」
「ああ、映像で見るものとは比較にならない感動があった」
ユノのミニライブが終わり、彼女が地上に戻った後も、高天原では、地上の監視もそこそこに、彼女の話題で持ち切りだった。
高天原の神々や天使たちに限ったことではないが、神族の多くは娯楽とは無縁な、仕事や使命中心の生活を送っている。
しかも、男神と天使だけで構成されている高天原では、ユノのライブは刺激が強すぎたのだ。
「無暗に人前に姿を現すことを禁じられている私たちが、ユノ様の生のライブを見ることはないと諦めていたが……。これも主のお導きということか」
「主が健在であれば、許可されなかった可能性が高いだろう。正しく、『主神元気で留守がいい』というところだな」
「滅多なことを口にするものではないぞ。――もっとも、気持ちは分かるがな」
「うむ。しかし、ユノ様の歌や踊りが至高のものであることは確認できたが、それ以外はどう感じた?」
彼らがライブを心の底から楽しんだことは紛れもない事実だが、目的はそれだけに留まらない。
ユノ自身を判断するためでもあった。
さすがの神格保持者というべきか、魅了されてはいても、使命は忘れていなかったのだ。
「歌うだけで、あれだけの奇跡。私には、ユノ様の神格は測り知れない」
その男神が語ったように、それは確かに奇跡だった。
とはいえ、ユノの歌を聴いた人間たちのように、死者や毛根が蘇ったというような、目に見える変化はなかった。
ただ、彼らの心身が軽くなり、活力に満ち溢れた程度だが、これは人間と神族の相対的な能力や階梯差によるものだ。
神をも癒す力となると、少なくともシステムと同等以上のものである。
それ以上に、ユノの歌は、使命しか知らなかった神々の心に、これまで味わったことのない未知の感動と満足感を彼らに与えていた。
それは、初めて知った「生きる喜び」とでもいうべきものだった。
いくら呼びかけても応えない主神に抱いた、不安や不満のような感情――実際にはそれ未満の小さな綻びに、ユノの歌がするりと侵入して、それを確かな感情として認識させてしまった。
そして、彼らの労を労うどころか、姿を見せることすらない主神より、呼びかければ律義に応え、願えば思いのほか叶えてくれるユノに好感を抱いた。
「悪用するような気配がないのは幸いだが、性格には不安が残る。――具体的に言うと、執着や頓着が無さすぎる。これでは、いいように利用しようと考える愚か者が現れるかもしれない」
「そうだな。実際に好き勝手に利用できることはないだろうが、それを見抜けないからこその愚者なのだ。無用な被害を出さないためにも、誰かがフォローしなければならないだろう」
ユノを見て、付け入る隙が多いと感じる者は少なくない。
実際に、アイドルをさせられたり給仕をさせられたりと、そう見える面も多々あるが、当然、「ユノの主義思想や目的に反しない限り」という条件がついている。
そこに気づかなかったり、見誤った者がどうなるのかは、これまでユノの調査観測を続けていた彼らには充分に理解できていた。
「主との連絡が取れない緊急事態につき、ユノ様を緊急対策マニュアル5条2項、特定保護対象に指定することを提案する」
「なるほど、種子に関する第4条ではなく、第5条の例外規定を適用するのか」
「確かに、マニュアルのどこにも実体と意思を持つ種子の対策など記されていない。種子との交渉や協力など、最初から想定されていなかったのだから、例外とするのも無理はない、か」
「それに、例外適用なら、管轄外での観測や調査も可能になる! ――よく思いついたな!」
世界の守護者である彼らは、基本的に融通など利かないものだが、この時ばかりは規定を都合よく解釈していた。
「当然だ。――と言いたいところだが、これを私に教えてくれたのはヨアヒムだ」
「何と! 奴め、まさか我らが堕天しないように……!」
実際には、ヨアヒムによる、彼の新たな主の布教活動なのだが、純粋な彼らは好意的に受け取った。
ヨアヒムが堕天していれば話はまた違っていたのかもしれないが、彼は狙ってではないにしても、上手く堕天を回避していた。
堕天とは、通常は主神に対しての反逆や、命令違反によって引き起こされる。
しかし、ヨアヒム以下7柱の神々は、主神からの卒業という、システムの想定外の行動を取り、更にユノが主神なのだと認識したことで回避した。
できてしまった。
結果として、ヨアヒムたちは「想定外の行動を取っているが、主神の忠実な僕である」とシステム上では認識され、堕天には至らなかったのだ。
しかし、高天原の神々も堕天せずに済むかは別問題である。
表面上では主神の僕ではあるが、邪神のサインを大切に飾っていて、あまつさえ、職務そっちのけでユノの話題に興じている。
「今度、湯の川に御神体の購入に行きたいと思う」
「それは良い案だ! 私も行くぞ!」
「ふっ、お前たちだけに任せてはおけん!」
「まあ、待て。まずは軍資金の調達が先であろう。まずは予備の神器を下界で売って換金しなければ」
「しかし、神器程度で御神体が手に入るものなのか?」
「そもそも、湯の川では貨幣が使えないのではなかったか?」
「なんと! それでは、どうやって御神体を入手すればいいのだ!?」
などと言っている彼らは、かなり崖っぷち――主神がこの様子を見ていれば、確実にアウトだった。
一方で、布教に手応えを感じたヨアヒムは、自信を深めていた。
いろいろな柵から解放された彼の目には、世界はより一層素晴らしいものに見えていた。
命令に従うだけではない生き方は新鮮で、これまでに感じたことのない生き甲斐を感じていた。
(使命ではなく、ただ素晴らしいと感じることを皆で共有できることが、これほどの幸福とは――。ディアナに操られていた時の、偽りの幸福とは違う、真の幸福。それを皆で共有しようという考え方――なるほど、「尊い」とはよく言ったものだ。アルフォンス・B・グレイか、人間も捨てたものではないな)
ヨアヒムの中で、アルフォンス株が急上昇していた。
無論、それはヨアヒムだけでない。
湯の川でのアルフォンスは、ユノのプロデューサーとして尊敬の念を集めていた。
その知名度は、ユノの参謀や片腕として尊敬される、アイリスやミーティアたちにも引けを取らない。
(私も負けていられないな!)
「どうかした?」
無言で頻りに頷いていたヨアヒムに、ユノが声をかけた。
「いえ、ユノ様がお優しいなと。――そして、私も更に精進せねばと思っていたところです」
その短いやり取りでも、彼にとっては天にも昇る幸福を感じる。
使命を胸に、世界のために働いていたことには後悔は無い。
むしろ、誇りをもってやっていたし、今でもその想いは変わっていない。
誰に褒められることもなく、認められることもなかったが、それでも世界が平和であれば満足だった。
しかし、彼らは知ってしまった。
打てば響くことの喜びを。
もう知らなかった頃には戻れない。
「……そうなんだ。頑張って」
ユノは一瞬ヘブン状態になったヨアヒムに気圧されるも、触れない方がいいと判断して、無難な答えを返した。
そのつもりだった。
「はいっ!」
その真意が伝わったかどうかは、また別の話である。




