19 神頼み
――ユノ視点――
トシヤさんが仲間に加わってから数日。
トシヤさんの家だけでなく、その近隣の町や村にまで網を張っていたけれど、抵抗勢力もオルデアも掛かることはなかった。
どうやら、トシヤさんは本当に忘れ去られているらしい。
「まあいいけどねー。かーっ、これで心置きなく湯の川に行けるわー」
そんなことを言って強がっていたトシヤさんだけれど、彼がヤマトで過ごした十年や、心なしか震えていた後姿を思うと、かける言葉が見つからない。
せめて、湯の川での生活が、彼を満たすものであることを願うばかりだ。
その湯の川だけれど、今とても大変なことになっている。
亜人とか魔物とか精霊とか、合わせて二千ほど人口が増えた。
ちょっとした手違いで狂信者化してしまった彼らを、野に放つわけにはいかなかったのだ……。
さらに、元大魔王が住みついた。
後から彼を慕う眷属も越してくるらしい。
そして、神まで住みついた。
帰るところがないらしいのだけれど、さすがに町に放り込むわけにはいかないのでお城で――というか、私が預かることになった。
誰か、元いた所に返してきてほしい。
とはいえ、全ては私の帝国領での活動が、想定外の方向にだけれど進んだ結果である。
責任の一端が私にあることは間違いない。
それが、数日経った今でも、アイリスやアルには報告できていなかっただけ。
どう報告すればいいのか分からないという理由以上に、無駄な心配をさせたくないところが大きかった。
もっとも、何を言っても言い訳にしかならないけれど。
もちろん、アイリスやアルならこの程度のことで――小言くらいは貰うかもしれないけれど、最後には「仕方がない」で済ませてくれるだろう。
しかし、問題はそれだけではないのだ。
なぜか、ロメリア王国内で私を信奉する集団が出現しているらしい。
現状、特に問題行動を起こしたりはしていないそうだけれど、国民の急速なホーリー教会離れが問題となっているらしい。
そして、キュラス神聖国がこの噂に対して、「経典に記されていない神を信奉することに懸念を覚える」と公式に声明を出した。
また、帝国も、「邪教徒が、帝国国内で破壊活動を行っている」と、私の関与を疑っている。
前者の方は申し訳ないとしかいえないのだけれど、後者は舐めるなといいたい。
破壊活動を行っているのは、邪教徒ではなく私である。
あるいは私以外もいるかもしれないけれど、それと湯の川は関係無いはずだ。
そして、西方諸国連合も、この機に乗じて何やら行動を起こそうとしているらしい。
そう教えてくれたのは、大陸の西の最果てに領域を持つ魔神バッカスさんだ。
彼は、筋肉の魔王との異名のとおり――筋肉というより、腫瘍ではないかと思える肉の塊に、安心していいのか微妙なブーメランパンツのみを身につけて、更に全身テカテカに光らせて笑みを絶やさない変態、若しくは悪夢だけれど、中身は比較的常識的で紳士な魔王だ。
もっとも、手土産がダンベルだったりと、脳まで筋肉でできているようだけれど。
そのバッカスさんが、かつては六大魔王のひとりであったレオや、元土地神や調和を司る神々を見ても、特に何も言わなかった時に気づくべきだった。
「今日はお前さんに頼みがあって来たのだが、また随分とおかしなことになっておるな……。だが、既に大魔王やそやつらまでいるなら話は早い」
忙しいから嫌、と言えればどんなによかっただろう。
しかし、バッカスさんの持ってきた話が、またもや禁忌絡み。
しかも、今度は判定の必要の無い、既知の禁忌だという。
全くもう、どいつもこいつも禁忌禁忌と、どれだけ禁忌が好きなのか。
禁忌の申し子なのか?
禁忌キッズか?
どうでもいいのだけれど、英語で「kinky」というと、あまりよろしくない意味なので、近畿地方の方は、自己紹介とか気をつけた方がいい。
さておき、私も帝国領の件で少しやらかしたのは事実だし、それに、主神がこれに介入できないことの責任の一端は、私にもある――かもしれない。
何より、世の中とは持ちつ持たれつで成り立っているところが大きいので、そこを無視して自分の主張だけを通そうとすると、どこかでその反動がくる。
恐らく、私が最も困るタイミングで。
そう考えると、ここで恩を売っておくというのも悪くはない。
こんな筋肉の塊や、クビになった神だって、味方にしておいて損はない。
もう、そう思わないとやっていられない。
本当に、どこかで貸しを返してもらえるといいのだけれど。
後は、ロメリア王国内の問題はアルにも原因があるのだろうし、アルに解決させればいい。
もちろん、あっちもこっちもと手を出して失敗されると、後始末が面倒になるので、ヤマトでの件が落ち着いてからになるけれど。
とにかく、問題が次々と発生しているのだけれど、それ自体は仕方がないと諦めるしかない。
それだけ火種があったというだけのことなのだから。
ただ、問題の発生のペースが、解決のペースより早いことがつらい。
このままでは、いつか押し潰されてしまう――ことはないにしても、破綻することはあるかもしれない。
もちろん、私が発破をかけるまでもなく、アルたちも頑張っている。
ただ、情報を得られそうなところにはオルデアの監視の目があるし、容姿すら分からない人たちを探すなど、ほぼ運頼み――努力ではどうにもならない部類のことだ。
一応、そんな見つからない抵抗勢力を捜すより、帝城に囚われている帝や重臣たちを救出するといった案も出た。
しかし、それでは町にいる重臣たちの親族が代わりに人質になるだろうし、下手をすれば見せしめに殺される人がでるかもしれない。
オルデアが人質を盾に取ったりしないのは、一応でも大義名分に基づいているからだろう。
しかし、こちらがそれに付け込めば、それを名目に不幸な事故が起きても不思議ではない。
私の能力で複製を創って誤魔化すことも可能だけれど、それをするくらいなら私が抵抗勢力を捜した方がいい。
もちろん、最善は、私が手を出さずに状況を打開することだけれど。
みんなの努力を台無しにするのは、私の望むところではないし。
そこで思いついた、いろいろなことを一気に解決できる妙手。
正しく神の一手。
『運頼みで駄目なら、神頼み――ってことで、こちら、元調和を司る神の一柱のヨアヒム』
「私が来たからには、この任務の成功は約束されたも同然。何、畏まる必要は無いぞ。ユノ様のお役に立つことこそが、我が喜びゆえ」
私の隣で光り輝くこの男神は、ヨアヒムという名の元調和を司る神で、現在は湯の川在住のただのイケメン神格保持者である。
この数日前、私は帝国領でのトラブルで、秩序を司る女神とやらに呼びつけられるという、迷惑極まりない出来事があった。
そこでいろいろあった結果、ヨアヒムを含む8柱の元調和を司る神と、ヨハンという秩序の女神の元配下を引き取ることになった。
引き取るにあたって、いろいろと葛藤はあったけれど、拒否して放り出すより、目の届くところに置いておいた方がいいと思ったのだ。
もっとも、彼らは監視する必要も無いくらいにすぐに馴染んで、今ではお城で事務方の仕事を自発的に手伝ってくれていたり、私としてはかなり助かっている。
『元土地神のシヴァにも来てもらいました』
「私はユノ様の忠実な剣。ユノ様をお護りすることが我が使命だが、こう見えても、私は鼻にも自信がある。人捜しなら任せるがいい」
ヨアヒムとは反対側にいる彼は、顔は犬、手足と尻尾も犬。
しかし、モフモフと神格を持って二足で直立している、犬神のシヴァである。
シヴァが守護していた土地に、ちょっとした手違いで世界樹の苗を植えてしまったことで、力を失っていた彼の復活を助けて懐かれることになってしまった。
意図したことではないのだけれど、野良犬に餌を与えてしまったようなものである。
なお、彼の「こう見えても〜」は、彼の鉄板ネタらしい。
人語は解するけれど、ユーモアセンスは解さないらしく、あまり面白くない。
やはり、私を護る剣より、番犬がお似合いである。
ふふふ。
彼らは、停滞してしまっているこの状況に、そろそろ新しい展開がほしい――と、湯の川から呼び寄せた。
もちろん、戦力として期待してのことではない。
さすがに神まで巻き込んだ大事にするつもりもない。
飽くまで、抵抗勢力――ヤマトの姫を捜すのを手伝ってもらうだけだ。
なお、アナスタシアさんに確認と許可を取っておこうと思ったのだけれど、どうにも連絡がつかなかったので、代わりにバッカスさんから、「表沙汰にならなければよい」との承諾を貰っている。
万全とはいえないけれど、やれることはやっているのだ。
「何の脈絡もなく、突然神様の紹介をされた。どこからツッコんでいいのか分からねえ……」
アルががっくりと肩を落として項垂れ、シズクさんは突然の出来事に気を失って倒れてしまった。
「ついに神まで誑かしたか……」
「さすがユノ様だな」
「ユノ、すごい」
ミーティアは呆れながらも、アーサーはさも当然のように、カムイは目をキラキラさせて賞賛してくれた。
リリーと同じ目だ。
可愛いけれど、重い。
どこに褒められる要素があるのか分からないけれど、私にはカムイの期待を裏切るようなことは言えそうにない。
「え、それで済ませんの? 軽くね? え? 邪神が神をだぜ? 完全に世界にケンカを売ってるだろ?」
「平穏……? 平穏って一体何だったかしら? 貴女に悪気がなかったことは想像できるけれど、もう少し考えて行動できないのかしら?」
レオンの指摘はもっともなもので、シロの言葉も正論である。
「ユノ様に非はない。もし非があるのだとすれば、それは私の弱い心なのだろう。調和を守護する任を解かれた私は、主の御許に帰るべきだったのだが、そんなことよりも、ユノ様のお役に立ちたいと思ってしまったのだ」
「間違っているぞ、ヨアヒム。ユノ様は、主をも超えたお力とお優しさを兼ね備えた御方だ。そのユノ様にお仕えし、お役に立つことは、世界のため――ひいては元主の御心にも沿うことになるのではないか?」
「シヴァ……、そうだな。まさか、お前に諭される日が来るとはな……」
こっちでは寸劇が始まっていた。
「恐ろしい……。これがこの深淵に堕ちた者の末路か……」
カンナはさすがにビビりすぎだ。
青い顔が更に青くなっている。
それと、「末路」という言い方は、私が悪いことをしているように聞こえるので、止めてほしい。
「思ってた展開と違うすぎる! もしかして、湯の川って、俺が思ってたよりもっととんでもない所? ――いや、これはチャンスかも――ユノさんは別枠としても、俺好みの清楚貧乳系女神様もいるかもしれない!」
トシヤさんは、今頃気づいたのかと思ったら、思いのほか逞しかった。
しかし、そういう言い方では、まるで私が清楚ではないように聞こえる。
というか、あんなことをしていた人の口から出る清楚とは何なのだろう?
世の中には不思議がいっぱいだ。
『ヨアヒムには、このエリア担当の調和の神と話をつけてもらって、シヴァにはこの地の土地神からお姫様一行の情報を聞き出してもらおうってだけで、ほかに良い案があるなら帰ってもらうけど、何かある?』
こう言われてしまうと、成果を出せていないアルたちは沈黙するしかない。
それに、悔しさもあると思うけれど、状況の一刻も早い打開は、アルたちだけでなくみんなの望むところだろう。
「いや、ない。正直手詰まりだったんで、手伝ってもらえると有り難いです」
この切り替えの早さは、アルの長所のひとつだろう。
「シズクやトシヤが姫さんの顔でも知っていれば違ったんだろうが、まともに聞き込みもできず、人海戦術も使えず――ではどうにもならんよな。それでも、元勇者がこれだけ揃っていれば、ご都合主義的な展開でもあるかと期待もしたが。――まあ、現実はそんなに甘くなかったな」
「こんなこと言っても仕方ないんすけど、皆さんがもうちょっと早く来てたら、違った形になってたかも……。多分、帝城奪還作戦失敗で、もう活動する力がないんだと思います。それに、ヤマトは内乱の多い国で、決して一枚岩ではないですし、下手すれば味方だと思ってた人に売られる可能性もあります。ですから、慎重になってるのかもしれません」
状況は、レオンやトシヤさんの認識に近いものだったのだろう。
彼らの能力ではお手上げで、私の能力は借りたくない。
ここで私にできるのは、いろいろと台無しにすることだけだしね。
だったら、それ以外の選択肢を用意すればいい。
これに先だって、シヴァからは土地神の、ヨアヒムたちからは調和の神の体系やら役目について教えてもらっていた。
それらは、当然、このヤマトにもいる。
そして、その役割上、担当する地域で起きている問題は把握しているはずなのだ。
それを聞いた時、ピンと閃いた。
これなら、オルデアに知られることなく、情報収集ができるのではないかと。
少々反則気味かと思ったけれど、妹たちから聞いた話では、霊が見えて会話ができる探偵がいるらしいし、それならこれもセーフだろう。
念のために、ヨアヒムたちに相談してみたところ、
「さすがユノ様、素晴らしいアイデアです! その役目、ぜひ私めにお任せください!」
そう絶賛されたので、問題無しと判断した。
もっとも、私が何をしても――それこそ、椅子に座っているだけでも大袈裟に絶賛する人たちだけれど、任せろと言うくらいなのだから、問題は無いのだろう。
それに、何といっても、ここで成果を出しておけば、彼らを受け容れたことも「仕方ないなあ」で済むかもしれない。
ヨアヒムたちを受け容れたのは、私自身の決断と行動の結果でのこと。
怒られることも覚悟はしているけれど、だからといって、怒られたいわけではないのだ。
そして、この人脈を作る力こそ、私の本当の力――というと、少し格好いいような気がする。
もう開き直って、この路線でやっていくのもいいかもしれない。




