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14 青竜

 アルが戻ってきたことで、作戦を次の段階に進めることになった。


 アルが、チェストの領主にまで私を神だと認識させてしまったことで、チェストに居づらくなったともいう。




 幸いなことに、これまでの偵察活動で、オルデアの帝都周辺での大まかな戦力分布は判明している。



 まずは、オルデアの手が届いていない青竜と接触して、その足でヤマトへ潜入。

 その後、内地で情勢の調査や抵抗勢力との接触、場合によってオルデアの高官との接触も目指す。

 それを、一か月を目安に、というのが当面の目標となる。



 状況の割にのんびりとしているものだと少し意外に思ったけれど、この段階での見落としや、焦って行動して失敗したりすれば、取り返しがつかなくなるかもしれない。

 建物と同じで、基礎で手を抜けば、上の建物は不安定なものになる――と、建築のプロたちが言うと、不思議な説得力があった。


 もっとも、帯同して、ご飯を美味しくするだけが役目の私には関係の無いことだけれど。


◇◇◇


 オルデアの捜索網にもかからず、ミーティアの竜眼でも居所を掴めなかった青竜だけれど、アーサーに心当たりがあるということで、彼の案内で、ヤマトから結構南にある群島を目指す。


 青竜の別荘的な所らしいのだけれど、なぜ彼がそんなことを知っているのかには、誰も触れなかった。

 ここで重要なのは結果だし、聞いてもどうせろくなものではないはずだから。




「どうやら当たりのようじゃな。ここまで来れば、さすがに儂にも分かるわ」


「でも、青も気づいているはずでしょうに、なぜ出てこないのかしら?」


 ヤマトの南方二千キロメートル付近。

 そこにある群島の中のひとつ、その中でも特に特徴のない島の上空で待機して十数分。

 どうやら大当たりらしい。


 インターホンでもあれば手っ取り早いのだけれど、どうにもそれは普及していないらしく、《通話》や《念話》の魔法はレジストされて繋がらない。

 過去の勇者、仕事しろよ。



「構わずに踏み込めばいいんですよ」


 などと言うアーサーを(なだ)めて、青竜を必要以上に警戒させないように、また、青竜からの攻撃に備えて警戒しつつ、青竜から出てくるのを待っていた。


「古竜が3頭もいるから、出てきにくいんじゃないですか?」


「あの(ばばあ)もいい歳だからな。足腰が立たんか、呆けているのかもしれん――うおっ!?」


 アルの疑問にアーサーが答えた直後、眼下の島から、消防車の放水のような水の砲撃がアーサーを襲った。


 しかし、警戒態勢にあったアーサーは難なくそれを躱す。



「これは青のブレスか? 随分と弱々しいのう」


「でも、射程はかなりすごいと思いますよ。一キロメートル以上離れてますよ?」


「魔力の練り方が見事だな。これは参考になる」


「アーサーの言い方は悪いけれど、確かに古竜の中でも高齢だったからねえ」


「あの婆、年寄りのくせに耳だけは良い――おおっと」


 続け様に放たれたブレスを、ひらりひらりと躱すアーサーだけれど、背に乗っている人のこと――私のことを全く考えていない。


「これが挨拶、ということでいいじゃろう」


「そうね。これ以上は時間の無駄だし、行きましょうか」


「ああっ、ユノ様!? 糞婆、いいかげんにしろよ!」


 狙われ続けるアーサーの背から、アル夫妻の乗っているミーティアの背に移って、アーサーを囮にして島へと降りた。


◇◇◇


 手付かずの大自然。

 巨木の乱立する森の中。

 その中でもひと際大きな、樹齢数千年はあろうかという大樹の麓――私の世界樹と比べれば些細なものだけれど、そこに青竜はいた。


 ミーティアたちよりもふた回り以上も大きな身体を横たえて、私たちを威嚇するように首だけを持ち上げて――実際に、大きな口から鋭い牙を見せつけて威嚇しているのだろう。


 青竜という名前のとおり、青い色の――かつては綺麗な色だったであろう鱗は、傷付き、くすみ、ところどころ剥がれ落ちていて、弱々しい状態の魂と合わせて、古竜たちの言うとおり、高齢――死が近いことが見てとれる。

 といっても、まだ何百年かは生きると思うけれど。



「ちなみに、“青竹”とか“青菜”とか、ひと言で『青』といっても、実際は緑色を指している単語も数多くあるんだ。これは、古代の日本語の色名には、アカ、クロ、シロ、アヲの4語しかなかったからで、四神の青竜は本来緑色なんだ。諸説あります」


 アルが耳元でそんなことを教えてくれたのだけれど、「こんな時に何を言っているの?」としか思わない。

 青竜は青色だよ?



「久し振りね、青。大体五百年ぶりくらいかしら?」


 まずは、青竜と最も親交が深い――というか、歳が近いシロが挨拶をした。


 それにしても、なかなかタイムスケールが大きい。

 よくそんなに昔のことを覚えていられるものだと感心してしまう。



「何をしに来た? 雁首揃えて、私が死にゆく様を見物にでも来たか?」


 大抵の竜がそうであったように、青竜もまた初対面なのに喧嘩腰だ。


「貴女、確かに老いたわねえ。すぐに死にそうには見えないけれど」


「儂は銀竜ミーティアじゃ。こうやって顔を合わせるのは初めてじゃな。警戒する気持ちは分かるが、お主をどうこうしようとして来たわけではない」


「静かに余生を送っていたところに押しかけられては、貴様らではなくとも迷惑だ。それと赤、貴様には二度と来るなと言ったはずだが」


「俺も来るつもりはなかったのだが、事情が変わったとしか言えん」


「それに何なのだ、その奇妙な生物は? いや、生物――なのか!? 全てを呑み込む深淵――いや、深淵すら呑み込む化物め! そんなものを連れて来ておいて、警戒するなだと?」


 む、化物というのは私のことか?

 古竜に化け物扱いされるとは……。


 そんなことより、挨拶をするべきか。

 挨拶はコミュニケーションの基本だしね。


「こんにちは。初めまして、ユノです」


 それに、初対面でバケツに触れられなかったのは、久し振りのことかもしれない。

 表面的なことに囚われないところは有り難い。



「それが物事の本質を視ることができる《浄眼》か? 良いところをついておるようじゃが、それでは満点はやれんのう」


「竜眼にも老化ってあるのかしら? それとも耄碌(もうろく)したの?」


「ふ、俺には竜眼などなくても分かるぞ。数分後の貴様が、ビショビショになって物欲しそうにしている様がな!」


 私の挨拶は見事にスルーされた。


 それと、青竜が言っているのは、私の能力の一部に関して――表層のことであって、決して私の本質ではないと異議を唱えたい。


 後、アーサーが言っているのは涎のことだよね?

 老齢による粗相のことじゃないよね?



『少し落ち着いてほしいな。君の感じたことも間違いじゃないけど、ボクらは何でもかんでも呑み込むわけじゃないし、こうして対話することもできるんだ。ただ少し話をしたいだけで、それが終われば大人しく帰るよ』


「力を背景に脅しをかけるのが対話だと? 笑わせるな! 老いさらばえ、戦うほどの力も残っていないが、竜としての誇りは失っておらんぞ!」


 竜といい魔王といい、なぜみんな揃ってこうも拗らせているのだろう?


 中途半端に力を持っているからか?


 もちろん、突然大勢で押し掛けた私たちにも非はあるのだけれど、こうまで拒絶されると、器の大きさを疑わざるを得ない。



「突然押し掛けて申し訳ありません。ヤマトの件で話をしたかったのだけれど、今日は都合が悪いみたいなので日を改めます」


 悪いのは、都合ではなくて虫の居所というか、コミュニケーション能力の無さだと思う。

 今日明日でどうにかなるものではないとはいえ、今日は出直した方がよさそうだ。



「二度と来――」


 恐らく、「二度と来るな」と言いたかったのだろう。


 青竜の口からは、その言葉の代わりに涎が滝のように流れ出していて、その下に大きな水溜まりを作っていた。

 アーサーの予言が的中していた。



「「「出た―、《竜殺し》!」」」


 古竜たちが、嬉しそうに声を揃えて叫ぶ。


 拗らせていた古竜たちも、一度素直になればこのとおりだ。



「こ、こんろは、もろで釣ろうというのか!」


 溺れそうなほどの涎のせいで呂律が回っていないけれど、恐らく「今度は物で釣ろうというのか」と言っているのだろう。


 五百リットルくらい入るサイズの樽で出したのだけれど、竜の巨体からするとグラス程度のもの。


 その程度の物に、それ以上の量の涎を垂らしているようでは説得力がない。



「物騒な名前だけれど、ただのお酒です。今日のお詫びとご挨拶に、差し上げます」


「こんらもろでごはかほうはど、みくひふな!」


 さすがにもう何を言っているのか分からない。

 最後は「見縊るな」かな?

 説得力無いなあ。



『それじゃ、帰ろうか』


「少し早いが、帰ったら宴会でもするか!」


「いいですね! 毎日しているような気もしますけど、美味い料理と美味い酒があるんだから仕方ないですよね!」


「「「イェーイ!」」」


 煽るレオンとアルに、陽気な外国人並みのテンションでハイタッチを交わす古竜たち。

 そして、何かを言いかけた青竜を残して、帰途に就いた。


◇◇◇


 ヤマトでの行動拠点は、シズクさんの家の人に手配というか紹介してもらった、帝都郊外にある廃寺になる。


 オルデアは、君主制の廃止と同時に、彼らの信仰する神への改宗を推奨していて、他の神を祀った神社仏閣神殿を破壊して回っている――事実上、信仰を強制していた。


 神の実在する世界で、なかなかロックな活動である。

 そこだけは賞賛してもいい。



 さておき、このお寺も、その活動の一環で破壊された物である。


 しかし、ヤマトの国の八百万(やおよろず)ともいわれる神に相応しい施設の数や、オルデアのヤマト駐留部隊の人員不足もあって、破壊された施設まで警備や巡回に来ることは滅多にない――という理由で決定したそうだ。


 もちろん、使用不可と判断される程度には破壊されているのだから、居住には不向きなのだけれど、私たちには、アルとレオンという土木建築の匠がいる。


 勇者とか魔王とかって何だろうとか考えてはいけない。



 さて、破壊された外観はそのままに、地下に居住空間を造って、当然のように温泉も引いていた。


 レオンの温泉に懸ける情熱は本物だった。


 もっとも、スペースの都合上、混浴で設備も完璧とまではいえないものの、仮宿としては充分なものだ。



「しかし、お主も悪よのう」


「悪というより悪魔の所業よね」


「そこは邪神と言うところでしょう」


「相手の弱点を突いて、確実にプライドを圧し折りに行くスタイル。竜を相手になかなかできることじゃない」


「青竜様は、古竜の中でも特に長く生きている方だと聞いていますが、どれくらい抵抗できるのでしょうね?」


「あんな愚物に“様”など付けなくていい。しかし、そうだな。俺たちが去ってから3秒ともたんだろう。だが、あれっぽっちの量では――くくく、ひとときの至上の快楽から永遠の絶望へ。ユノ様は本当に恐ろしいお方だ」


 そんな匠たちの仕事を見物しながら、古竜たちはひと足早い宴会モードである。

 協調性とか皆無だね。


 それはそうと、ただ土産を置いてきただけなのに、みんな言いたい放題だ。


 《竜殺し》をチョイスしたのは、彼らが言うような悪意があったわけではなく、純粋な好意からのものだ。

 それに、竜型ではグラスサイズのものでも、人型では相当な量になる。


 彼女が長く生きた竜だというなら、人型にくらいはなれるはずだ。



「くくく、次に奴の顔を見るのが楽しみじゃな」


「ふふふ、次はいつ行くのかしら? 明日?」


「まあ、待て。そんなに焦っても仕方がない」


 当然、次にいつ青竜のところに行くのかも話し合う。


「3日後くらいでいいんじゃない?」


 それくらいなら頭に上っていた血も下がって、落ち着いて話しができるのではないだろうか――と思って、提案した。


 人間なら明日でもいいと思うけれど、竜のタイムスケールだと年単位か?

 とはいえ、こちらの都合で一年も待てないので、間を取った。

 ……間か?



「やはり、邪神。竜の天敵じゃのう」


「くくく、さすがユノ様! 奴のいい顔が見られそうで、今からワクワクしてきますな!」


「ああ、本当に楽しみだわ……! 早く3日後にならないかしら」


 古竜たちが邪悪な笑みを浮かべていた。

 それでも、判断を誤ったとは思わないので変更はしない。


「俺たちも行きたいところだけど、俺とレオンとシズクは内地の調査があるから、そっちは任せるよ」


 内地の調査、特に聞き込み系のものや、シズクさんの伝手を使うものは、彼ら3人だけで行うことになっている。

 この手の調査は目立たないことが第一なので、頭髪がカラフルな古竜たちや、バケツを被った私は不適格なのだ。


 なお、バケツを外した私は論外だと、訊いてもいないのに釘を刺されている。


 言わなければ分からないことは確かにある。

 しかし、言わなくてもいいことも存在するのだ。


◇◇◇


「遅い!」


 それから3日後。

 改めて青竜のところを訪れると、開口一番、挨拶をする暇もなく怒鳴られた。


「貴様は一体どういうつもりなのだ!? あんな物を置いていくなど!」


 あんな物とは、恐らく《竜殺し》のことだろう。

 しかし、その竜殺しは、樽すらもどこにも見当たらない。


 まさかとは思うのだけれど、口に合わなかったので樽ごと捨ててしまったとかだろうか?

 だとすれば悪いことをした。



「くくく、儂らが帰った後、大方『酒に罪はないし、味見だけでも』とでも言って口を付けたのじゃろう」


「くっくっくっ、味見だけのつもりがついつい止まらなくなり、気がついたら我を忘れて飲み干していたというところか」


「うふふ、人型でじっくり楽しめばよかったと後悔しながら、それでも未練がましく樽をしゃぶり続けて、気がつけば跡形もなくしゃぶり尽くしていたというところね」


 まさかそんな、いくら何でもそれは莫迦にしすぎだろう――と思って青竜の方を見ると、青竜は気まずそうに視線を逸らしていた。



「仕方ないだろう。あんな物を目の前に出されて、辛抱できるはずがない」


「くくく、それでどうじゃった?」


「あんな酒は初めてだった――。《竜殺し》だったか。確かに、魂を奪われたといっても過言ではないくらいの衝撃を受けた。あれに抗える竜はいないだろうさ」


 そうはいっても、ただのお酒だよ?

 竜の誇りはどこに行ったの?



「くっくっく、聞いて驚くな。その竜殺しより更に美味い酒がある。俺たちも滅多に飲むことはできんがな」


「なん……だと!?」


 何を吹き込んでいるのか。


 この蟒蛇(うわばみ)どもは、酔ってくると、「美味しくな~れ」をしろと連呼して結束し始める。

 いろいろな意味で面倒くさい。



「それより貴女、なぜこんなところに引き籠っているの? 前はもっとヤマトに近いところに住んでいたと思ったのだけれど。もしかして、逃げてきたのかしら?」


 いつまで続くのかと思っていたお酒の話題だけれど、この中では比較的真面目な性格のシロが、本題へと舵を切った。


「莫迦を言うな――と言いたいところだが、この様では何を言われても仕方がない」


「事情があるのなら、聞かせてもらいたいのじゃが――む?」


 ミーティアが青竜に事情を尋ねようとしたその時、それは現れた。



「かか様、お酒の人、来た?」


「こ、これ、隠れていなさいと言っておいただろう!」


 人間でいうところの2、3歳くらいの、長い青髪の幼児が現れた。

 可愛い。

 人型なのだけれど、短く太い尻尾や、飾りのような未発達な翼に、精一杯自己主張している小さな角など、隠しきれていないのか半竜型なのか、とてもキュート。



「何じゃこれは?」


「竜の幼生かしら?」


「ひっ!?」


 興味深そうに覗き込むミーティアとシロの大人の竜の迫力に、その子が怯えて尻餅をついてしまった。


「さ、下がれ! 怖がらせるな! おお、【カムイ】。かか様が悪い奴らを追い払ってやるから、安心するがいい」


「竜が子育てじゃと? 竜なら放っておいても成長するじゃろうに、何をやっておるのじゃ?」


「本当に――それに、こう言っては何だけど、あまり懐かれてないわよね?」


「ほっとけ!」


 シロの言うとおり、その幼児は同じ年頃の人間の子のように、母と呼んでいる青竜に甘える――というか、依存している様子はない。


 竜という種族の習性なのだろうか、知らない大人に囲まれる恐怖の中にあって、青竜の力は借りずに必死に自分の力で立ち上がろうとしている。

 その健気な様子に胸がキュンキュンする。


 これが大人の行動ならばその意思を尊重するべきなのだけれど、今ここにいるのは大人に庇護されるべき幼い子供である。

 竜の習性など知ったことではない。



 怖がらせないようにバケツを外して、ミーティアの背中から翼を広げて飛び降りる。


 もちろん、驚かせないように、音を立てずに着地した。

 私の静音性能は猫よりもすごいのだ。


 そこからゆっくりと、その子から三メートルくらいにまで近づいて、そこでしゃがんで目線を合わせる。

 それから「大丈夫、怖くないよ」と、優しく語りかける。


 子供に対するというより、ペットなどの動物に対する態度のようにも思えるけれど、幼くても竜眼があるのなら、私が嘘を吐いていないことくらいは分かるだろうし、青竜にも理解できるはずだ。



「お、おい、待て――」


「じっとしていて」


 それなのに制止しようとする青竜を、能力を使って封じる。


 分かっていても心配なのが親心なのだろう。

 しかし、今は相手をするのが面倒臭い。

 しばらく我慢してもらおう。



「こんにちは。お姉さんはユノっていうの。貴女のお名前、教えてくれる?」


「カムイ」


 多少戸惑っているようだけれど、素直に名前を教えてくれたし、ミーティアたちに睨まれた時のように怯えた様子はない。


 なお、この子はボサボサに伸びた髪と貫頭衣、そして男の子っぽい名前のせいで分かりづらいけれど、女の子である。



「良い名前だね。お母さんが付けてくれたのかな?」


「そう」


 返事は短いものの、会話には応じてくれる。

 良い傾向だ。


「カムイちゃんは今いくつ?」


「?」


 しかし、年齢を尋ねると、首を傾げられてしまった。

 そんな仕草も可愛くてキュンキュンするけれど、抱っこするのはもう少し信頼関係を築いてからだ。

 もう少しの辛抱だ。


「そんな(なり)をしておるが、お主より年上じゃぞ?」


「竜はあまり年齢を気にしないものなのですよ」


「種族にもよるけれど、古竜なら大体二百年くらいで成体になって、後は死ぬまでゆっくりと成長をし続けるものなのよ」


 なるほど。

 数千年も生きる竜にとって、年齢など大した意味はないのかもしれない。

 しかし、カムイちゃんがまだ子供であることには変わりはない。



「カムイちゃんは、ずっとここで暮らしていたの?」


「カムイ」


「カムイちゃんは――」

「カムイ」


「カム――」

「カムイ」


 しかし、その後はこんな感じで、会話が成立していないやり取りが続いた。


 何を訊いても名前を答えるので、青竜の教育が悪いのかと思って彼女の方を見るけれど、青竜は私の創った『身動きできない世界』に囚われているので動けない。



「カムイ?」


「ん」


 それが、「ちゃん」付けで呼ばれることを嫌がっていたのだと、彼女が機嫌を損ねる前に気づけたのは幸運だった。

 細かい年齢は気にしなくても、自分の方が年上だというプライドでもあるのかもしれない。


 そう思って、一応「さん」付けでも呼んでみたけれど、拒否された。

 呼び捨てがいいのか、敬称を付ける習慣がないのか――それはどうでもいいことだ。



「ユノはお酒の人?」


「そうだよ」


 呼び名の件が落ち着くと、カムイの方から質問があった。


 その「お酒の人」とやらが何のことを指しているのかは定かではないけれど、

青竜にお酒を渡した事実はあるので、「お酒の人」を名乗っても問題ないはずだと解釈した。



「カムイも欲しい」


 そうきたか。


 さすがは竜と言うべきか、「お母さんにプレゼント」とかそういうことではないのは、子供ながらに獲物を狙う目をしているので分かる。

 竜の習性がどういうものなのかは知らないし、だからといってミーティアたちに訊いても、まともな返事が返ってくるとは思えない。


「ごめんね。子供がお酒を飲むと、成長に悪い影響が出るから、大人になってからじゃないと駄目なの」


 私の知識が竜に当て嵌まるのかどうかは分からない。

 それはいつかクリスあたりに調べてもらうとして、害があるかもしれないものを飲ませるわけにはいかず、心を鬼にして諭した。


 それを聞いたカムイの表情が、まるでこの世の終わりかのような絶望に染まった。

 その様子もまた可愛い――というか、何をしても可愛い。



「カムイにはお酒はまだ駄目だけれど、代わりにこの乳酸菌飲料をあげよう」


 そう言って、乳白色の液体で満たされた小瓶に、ストローを刺したもの――どう見てもヤク〇トなそれを、カムイの前に差し出した。


「こうしてまたひとり、犠牲になってしまうのじゃな」


「酒が竜を殺すのではない。ユノ様の魅力が竜を殺すのだ」


「まだ幼いのに、これ無しでは生きられない身体にされてしまうのね……」


 古竜たちの不穏な台詞に焦ったか、青竜が必死に無駄な抵抗をしているようだけれど、私の創った世界は簡単には壊せない。

 肝心のカムイは、私の手に被せるようにぷにぷにした手で小瓶を掴むと、そのまま躊躇(ちゅうちょ)せずにストローに口をつけた。


 はぁ、可愛い。


 そして、ひと口吸い上げると驚きに目を丸くして、その後んくんくと夢中になってヤク〇トを吸い続ける。



「ぷはぁ」


 そして満足そうに息を吐いた。

 容器はすっかり空になっているけれど、まだ私の手を放そうとしない。

 超可愛い。


「美味しかった?」


「ん。でも、なくなった……」


 味にはご満足いただけたようだけれど、量的に物足りなかったのか、空の容器と私を交互に見続けている。


 しかし、ヤク〇トの目安摂取量は一日一本だ。

 どこかでそう聞いただけで、理由は知らない(※糖分等を含んでいるので、カロリーの過剰摂取になるおそれがあるそうです)。



「ごめんね、ヤク〇トも一日一本だけなの」


 もしも、身体に悪い――乳酸菌飲料を飲んでそんなことにはならないと思うものの、私には想像できない理由があるのかもしれないので、物欲しげに見上げるカムイには悪いけれど容量用法を守ることにする。


 しかし、目に見えて消沈してしまったカムイを見ているだけなど、私にはできない。

 要はヤク〇ト意外ならいいのだ(※良い子は真似をしないでください)。


「違うの飲む?」


 今度はイチゴミルク、バナナミルク、ミックスジュースなど、子供が好きそうなものをセレクトして、カムイの前にずらりと並べてみた。


「ほおぉぉ」


 カムイの目がきらきらと輝いて、口からは溜息が漏れた。

 そんな超可愛いカムイに「好きなのを飲んでいいよ」と告げると、花が咲いたように表情が綻ぶ。


 うむ、至福。


「人に懐くことなど滅多にない――親子の情すら持たぬ竜の子が、こうも容易く落ちるとはな」


「ユノ様にとって、は人の子も竜の子も変わらんのだろう。哀れだな、青」


「でも、青には悪いけれど――。活き活きとしているあの娘は尊いわね……」


「うむ。キラキラしておるユノは、竜でなくとも心がときめくものじゃろう」


「ふっ、お前たちも分かってきたようだな」


「ふふっ、どこまでも竜の天敵なのね。敵わないわね、全く」


 背後のノイズも気にならない。

 片っ端から試飲して、その度に満足そうに「むふー」と息を吐いて、幼い翼を閉じたり開いたり羽ばたいたり、尻尾もご機嫌に振り振り、もう可愛すぎて死にそう。


 やはり、子供は良いものだ。



 そんなこの子も、恐らく二百年もすれば、立派な蟒蛇になっているのだろう。

 しかし、期間限定だからこそ、今を精一杯愛でなければならないのだ。

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