13 解決?
――ユノ視点――
アルが捕まった。
いつかはやらかすと思っていたんです――なんて、みんなで冗談を言っていたのだけれど、それがあんなことになるなんて……。
◇◇◇
アルが捕まったからといっても、私たちのやることは変わらない。
そもそも、アルが自分の意思で捕まったのだ。
何らかの目的があってのことだろうし、アルがいなくてもできることは沢山あったので、危なくなるまでは放っておこうということに決まった。
それに、シズクさんが、
「いつもいつも自分勝手に行動して、私たちに心配ばかり掛けるんですから、たまには痛い目を見ればいいんです」
などと、真っ先に突き放していたし。
それには少し驚いたものの、奥さんの同意もあるなら、私にとってはアルの手腕を見る絶好のチャンスでもあった。
幸いなことに、偵察では私は役に立たないので、アルの観測に集中できる。
むしろ、なぜ偵察に帯同しているのか分からない。
そもそも、私はどこにいても、効率は大して変わらない。
とはいえ、みんなの邪魔になっている様子もないので、気にしないことにした。
◇◇◇
しかし、無抵抗に殴られるアルを見ていても、面白いものではない。
むしろ、なぜか少し不愉快だ。
それに、拷問温くない?
レベル差のせいか、指を折ろうとして折れなかったのは笑ったけれど、ただ殴る蹴るとか生爪を剥がすとか、やることが小さすぎる。
まあ、アルの身体にいろいろ巻きつけられているのが封印具なのか、それを壊さないようにしようとすると、あまり派手なことはできないのかもしれない。
それでも、アルから聞いた話では、痛みや恐怖を軽減するスキルはあるけれど、頼りすぎるとまずいとかで、戦闘とかに影響しない設定にしているらしい。
それと、レベルが上がると簡単には気絶しなくなるそうなので、拷問や嬲り殺しにされる状況はかなりつらいらしい。
つまり、現状のアルは結構ピンチなのかなと思うけれど、まだまだ余裕があるように見える。
本当にピンチなら何らかのサインを出すだろうし、こうやって大人しく殴られていることにも何か意味があるのかもしれないので、干渉はヤバそうな器具を使用不可にするに止めておいた。
もしかすると、それも余計なお世話だったかもしれないけれど、それで策の成否が左右されることはないだろうし、なぜか尊厳を傷付けられるアルを見たくなかった。
それが影響したということはないと思うのだけれど、それからしばらくは何の進展もなかった。
むしろ、拷問役を代わってあげようかと思うくらい、生温い日々が続いた。
確かに目についた器具は潰したものの、それでもやりようなどいくらでもある。
というか、なぜに領主が直々に尋問などやっているのか。
農業をしようとする勇者もだけれど、そういうのは専門家に任せるべきだと思う。
それに、お供もひとりだけいるけれど、こっちも役立たずである。
というか、領主の仕事はしなくてもいいのか?
アルの方もチャンスを待っているのか、打つ手がないのか、それともこのプレイを楽しんでいるのかの判断がつかない。
何かのサインでも出れば、すぐに対応しようと注視していたけれど、それも飽きてきた。
もう少しドラマチックな――とまでは言わないけれど、新しい展開でもないと徒労感ばかりが募るだけで、見ているこっちが拷問されている気分になってくる。
そんなことを考えていたから罰が当たったのだろうか。
今日も何もないまま一日が終わる――そう油断していたほんの少しの間に、大きく局面が動いていた。
家族を想う気持ちは私にも分かる。
恋愛に夢中になるのも、そういうものだと認識している。
しかし、この人は、実の兄に恋をしてしまったらしい。
しかも同性で、更に相思相愛ときた。
愛の形は人それぞれだとアルは言っていたけれど、理解が追いつかない。
確かに、本人同士が納得しているなら善悪を論じる意味も無いし、祝福すべきことなのだろうか?
しかし、その、何というか、私に子宝を祈願されても困る。
それは私の管轄外なので、担当の神に頼むか、iPS細胞の研究の発展にでも期待してほしい。
いや、あるいは朔ならできるのかもしれないけれど、性の悩みを抱えた人の駆け込み寺になるつもりもないので、そんな前例は作りたくない。
それと、何の問題も解決していないのに、そういう行為を始められても困る。
というか、アルはこういう事態を狙っていたのか?
分からない。
アルの考えていることが全く分からない。
手腕は分からないけれど、結果がアクロバティックすぎる。
分かったとしても、私にはこれは無理だ。
まねできない。
◇◇◇
「どうした? 気分でも悪いのか?」
私の様子がおかしいのを察したのか、隣にいたレオンが私の顔を覗き込んできた。
今日はシロに乗るローテーションの日で、そうすると、隣には当然のように彼がいる。
レオンは、空の上に限ったことではないけれど、やたらと私の手を取ったり腰に手を回したりする。
しかし、それはセクハラではなく、レディファースト――もちろん、良い意味でのものを実践しようとしている感じに思える。
そうだとすれば、紳士たらんとする彼の努力を踏み躙りたくはない。
それはさておき、あまりに衝撃的な展開に、動揺が表情にまで出てしまっていて、それをレオンの紳士センサーで察知されたのだろうか。
分体の一喜一憂が全体に伝播するなんて、修行不足というしかない。
「いや――」
アルの方に動きはあったけれど、助けを求められているわけでもないので「何でもない」と答えようとして踏み止まる。
せっかくなので、経験者の考えを聞いてみるのもいいかもしれない。
「ええと、レオンとシズクさんに訊きたいのだけれど、ふたりにとって恋愛感情ってどんなもの? 家族に感じる感情とは別のもの?」
いきなり核心を突くとドン引かれそうなので、オブラートに包んでみた。
それでも、偵察中に突然の、何の脈絡もない質問である。
引かれただろうか?
「は? いきなりどうした? 熱でもあるのか?」
「コイバナですか!?」
引かれた様子はないので安心した――というか、レオンには体調不良を心配されて、結構離れた位置にいるはずのシズクさんは、すごい勢いで食いついてきた。
そういえば、妹たちも、そういう話題やドラマには興味津々だったように思う。
女子はいくつになっても、そういう話が好きなのだろうか?
ということはつまり、私の精神は女子っぽくないということか?
「熱はないけれど、そういうのがよく分からないから、興味があるだけ」
熱を測ろうとしているのか、額を接触させようとしているレオンを遮って、上手く暈しながら言葉を紡ぐ。
さすがに、同性の近親者に恋慕の情を抱くものなのかとか、劣情を催すものなのかとは訊けない。
「あら、私たちには訊かないの?」
「とりあえず、人間の感性での話が聞きたい」
シロが不満そうにこちらを振り返るけれど、竜の感性は上級者向けすぎて、初心者以下の私にはハードルが高すぎる。
というか、竜ってお酒を飲ませていれば、簡単に落ちるでしょう。
「そういうことなら――といっても、飽くまで俺の考え方の話になるが」
「それでいいよ」
「んー、感情的には似ているところもあるのか? でもそうだな、家族と恋人じゃ温度が違うっていうか、家族には運命とかときめきは感じないけど、恋人には感じるというか。子供でもできればまた変わるのかね?」
「よく、恋はするものではなく、落ちるものだといいますが、あの理性では抑えきれない感情や、報われたときの感情なんかは、経験しないと分からないでしょうね。家族は――私は我が子のためなら何でもできます。私の命で子供が助かるなら、迷うことなく差し出せます。多くの母親はそうではないでしょうか? と、そんな感じのものが『愛』で、さきのが『恋』でしょうか」
「なるほど」
とは言ったものの、よく理解できなかった。
しかし、見栄を張って分かった振りをしたのではなく、シズクさんの言うように、経験しないと分からないことであれば、口頭で聞いてもどうにもならないと判断しただけだ。
それと、ここまで全く役に立っていなかったシズクさんが、今日は一番役に立っている。
世の中、何がどう転ぶか分からないものだ。
「恋に落ちたらどうなるの?」
少し攻め方を変えてみた。
「恋に落ちると、寝ても覚めてもその人のことしか考えられなくなります。考えている間、幸せになったり、不安になったり――」
「恋は盲目っていうしな。周りが全く見えていないバカップルとか見たことあるだろ? ああはなりたくないって思ってても、気がついたらなってたりするんだよ」
「なるほど」
情緒不安定になって、自制が利かなくなって、周りが見えなくなる――確かに当て嵌まっている。
次は、もう少し核心に踏み込んでみよう。
「ええと、恋に落ちるのはどうしようもないってことは分かった。でも、国や身分の違いとか、種族の違いって悩んだりしなかったの?」
本当に聞きたかったのは性別のことなのだけれど、変に詮索されても答えようがないので、彼らのことに置き換えて訊いてみた。
「そりゃ悩んださ。でも、悩んでも結論は変わらない。惚れた女に、格好悪いところなんか見せられんよ」
「レオン……」
レオンが男らしさを無駄に発揮するものだから、足下のシロが照れてくねくねと悶え始めてしまった。
レオンに抱えられているので振り落とされはしないけれど、その手に無駄に力が入るので、必要以上に密着してしまう。
それ自体は仕方がないのだけれど、シロというパートナーの手前もあるし、何のつもりかは分からないけれど、息を荒げるのは勘弁してほしい。
「障害が多いほど、大きいほど燃え上がるともいいますし、私も最初は随分と反対されたものですが、不思議と諦めようとは思いませんでしたね」
「なるほど」
聞けば聞くほど、彼らの感情や行為を肯定する結果になる。
つまり、あれは私には理解できなくても、常識の範疇なのか。
「お、俺は種族の違いなんか気にしないぜ? 翼があろうが尻尾があろうがウエルカムだ」
「?」
そんなことは言われなくても知っているのだけれど――惚気か何かのつもりなのか?
「わ、私は性別も気にしません!」
「?」
訊いてもいないのに、訊きたかったことが聞けた。
やはり、相手の性別を気にしない人も一定数いるのだろう。
理解はできなくても、納得するしかないのか。
◇◇◇
その日の夜、何ともいえない顔をしたアルが帰ってきた。
どうやって解決したのかというみんなの問いに、
「本当に大切なものに気づかせてやっただけだよ」
と、そう答えていたアルは、やり遂げた男の顔をしていた。
言葉の上ではそのとおりだけれど、あれで「解決した」と言っていいのかには疑問が残る。
もちろん、アルだけではなく、町の人たちも解放されて、領主たちも今後はこういう手段は採らないことを誓ったという意味では解決したのかもしれない。
しかし、そうなるように誘導するために、
「せっかくおふたりの想いが通じたのに、まだ続けるおつもりですか? 欲張りすぎて全てを失うなど、よくある話ではありますが……。いえ、失うだけならまだマシでしょう。神の呪いを受けて、死ぬことも許されない――そんなことにでもなれば、人間の精神では耐えきれないでしょうね」
などと、私をダシにして脅迫していた。
さらに、
「そんなに怯えないでくださいよ。決して脅しているわけではないんです。人間なんですから、間違えることはあります。大事なのはその後どうするかです。そうですね、迷惑を掛けた人たちにきちんと謝罪して、神の怒りを鎮めるために祭壇でも造りましょうか? 神様に歌や舞を捧げるための舞台と、多くの人がそれを見物できるスペースがあるような物がいいですね。それに町の人たちを雇えば、多少の補償にもなるでしょうし、不満も抑えられるでしょう。そうやって立派なものができれば、神様が気紛れに祝福をしてくれるかもしれませんしね」
と、唆して誑かしてもいた。
「ここだけの話ですが、かの神様は、可能性に形を与えることができます。領主殿の望みもあるいは――。飽くまで可能性の話ですけどね。ああ、神様の名前はユノ様です。聞いたことがないのは当然でしょう。最も新しい、若しくは原初の神様ですから。何か問題が起きれば、ユノ様の名前を出せば――そういうことです」
そして、全部私にぶん投げやがった。
しかし、口八丁で人死にも出さずに乗り切ったことは評価せざるを得ない。
◇◇◇
「アルは私をどうしたいの?」
みんなが眠りに就いた深夜、アルが私のところに謝罪に来た。
部屋に入るなりの土下座だった。
「本当に悪いとは思ってる。だけど、あの時はそれしか思い浮かばなかったんだ……」
もちろん、アルも私が観ていることは予想していたらしい。
しかし、突然の展開に軽いパニック状態になって、他に良い案が思い浮かばなかったそうだ。
というか、私のインパクトや説得力が無駄に強いせいで、どうしても思考が引っ張られてしまうのだとか。
他人のせいにしないでほしいのだけれど……。
「『間違いは誰にでもある』だったかな? この後どうするつもりなの?」
とはいえ、アルを責めても何も解決しない。
アルの言うとおり、間違えたことは仕方ない。
間違いをどうフォローするかが重要なのだ。
「これから考える」
分かっていたことだけれど、いくらアルでも、この状況をひっくり返すのは難しいのだろう。
「はぁ、また貸しにしておいてあげる」
アルに貸しを作るのは、これで何度目だろうか。
「悪いな、いつかちゃんと返すよ」
「期待しないで待っているよ」
とは言ったものの、本心ではアルには期待している。
というか、今回の件でも、方向性はともかく、私の予想を超えたのは間違いないし。
すぐに人をダシに使うし、わけの分からないことばかり企画するし、面倒事を持ち込むけれど、どんなことにも本気で取り組んでいるのは分かる。
その姿勢はとても好ましいし、それだけで貸しなんてチャラにしてもいいくらいなのだけれど。
もっとも、そんなことをすると調子に乗りそうなので、アルの死の間際まで黙っておこうと思う。




