12 拷問
きっとシズクやユノたちが助けに来てくれる。
そう信じて、待ち続けること5日。
まあ、助けに来られたら来られたで面倒なことになるんだけど、確認しに来るくらいはあってもいいんじゃないだろうか?
俺が囚われているのは、魔法無効化術式完備で、風呂トイレ無しだけど、拷問設備付きの部屋。
しかも、部屋に施されてる術式だけじゃ俺を無力化できなかったので、更に魔法封じや弱体化の装具をこれでもかとサービスしてもらえた。
これで、お家賃驚きの、1日5文――というか、拷問。
唯一の不満点が、拘束具に統一性がなくて、しかもいっぱい付けられてるから、ヤベー儀式の御神体みたいになってることかな。
さすがにダサすぎて、嫁や子供やユノには見せられないな。
なんて余裕を見せているけど、英雄の威光も遠く離れた島国では通用しないし、世界有数の大国であるロメリア王国も、チェストではお伽噺の中に出てくる国と変わらない。
中々に厳しい状況だ。
それでも、相手にとっても俺のレベルの高さは誤算だったみたいで、レベルの高い呪具をありったけ付けても無力化しきれなかった時にはちょっと笑った。
システム的な、装備の部位や数の制限があるから、それを無視しても効果が激減するし、魔法の装備や呪具には相性があるから、何でもかんでも付ければいいってものじゃないんだよな。
こういうところに、研究の積み重ねとかセンスが出るんだけど、魔法を疎かにしてるチェストだと、こんなものなんだろう。
っていっても、《固有空間》の死守だとか、ある程度の身体強化は維持できてるけど、《念話》を送ることもできない。
どうしたもんかねえ。
それで、俺を尋問してくれているのは、何と領主が直々にだ。
魔法無効化空間内だと、領主も身体強化とかはできない。
でも、チェストの町の領主だからか、素の身体能力だけはかなり高い。
ゴリラ――いや、ゴリラに失礼か。
良くも悪くも人間だな。
欲望のために、同族を殺す。
自分の所の領民にまで危害を加えるとか、悪い方に振りきれてるけどな。
レベル差はあっても、拷問はとてもつらい。
スキルも軒並み封じられてるから、《苦痛耐性》もほとんど仕事してなくれないし。
だけど、喋っても解放されるとは考えにくい。
むしろ、喋らないうちは、少なくとも殺されることはない。
彼ら――領主が欲しているのは、ユノの奇跡を起こせる力だ。
先に捕らえられた町の人たちによって、奇跡は実在すると証明されてる。
領主が直々に尋問を行っている――自分以外が尋問することを認めていないのも、獄卒や他の役人に、掻っ攫われないようにという判断だろう。
その他人を信用していない彼のおかげで、彼が休憩する時間は俺も休憩できるんだけどな。
だから、自ずと尋問は俺に集中することになって、奇跡を受けただけの町の人たちに対しては、ほとんど行われていないようだ。
っていうか、自分の欲望のために自領の人々を拷問するなんて、同じ領主として許し難いものがある。
領主は決して完璧な存在じゃない。
時には判断を誤ることもある。
問題があると分かってても、領地全体のことを考えて、最大多数の最大幸福を選択しなきゃならない時だってあった。
それでも、やらないともっと大きな損失だとか被害が出るんだ。
そうやって、最大限に領民のことを考えて運営していても、不満があればその矛先は領主に向けられるし、飴を与えてもすぐに慣れてつけあがる。
お前らが考えてるような、完璧な統治や自由なんてものは存在しないんだよ! ――って文句を言いたくなったことも何度もあるけど、それでも人あっての町であり国なんだ。
正直、領主なんて、我が身ひとつで生きていける人にはお勧めできない職業ナンバーワンだ。
それでも、何のための権力なのかを勘違いするような人が就く職業じゃない。
◇◇◇
「ちっ、強情な奴め。素直に話せば、楽にしてやると言っておるのに……」
「素直に話していますよ? 何のための力かも考えず、分不相応な力を求めた先には破滅しかありませんよって、何度言えばいいんですか?」
嘲り混じりに言ってやると、返事の代わりに無言で殴られた。
もう何度も繰り返したやり取り。
「……もう一度、最初から訊く。お前はどこから何の目的でやってきた? 領民どもに与えた力は何だ? その力を持つ魔女はどこにいる?」
「ロメリア王国から、世界を平和にするためにやってきました。ちょっとした神の奇跡です。神を冒涜すると罰が当たりますよ?」
そしてまた何度も殴られる。
素直に話してるのになあ。
「その魔女が本当に神なら、なぜお前を助けに来ない? 信徒を見捨てるなど、大した神もいたものだな」
「神様に、貴方のような醜い性根を持ってる人をお見せするわけにはいきませんので、来ないでほしいと祈ってますよ」
本心では今すぐにでも助けてほしいんだけど、領主の皮肉に皮肉で返してやった。
鼻っ面を殴られた。
かなり痛かったけど、奴の拳が俺の歯に当たったようで、痛そう手をさすっていた。
ざまあみろ。
「神様を呼びたいのなら、私をここから出せばいいんですよ。いつでも呼んでみせますよ。もっとも、今の私を見た神様が、どう感じられるかの保証はできませんが」
少し《威圧》を込めてそう言ってやると、今度は殴られることはなかった。
魔法無効化空間のせいで、大して《威圧》もできてないはずなんだけどなあ。
まあ、ユノを呼べても――ユノがどうするかは分からないけど、彼らがどうするか、どうしたいかは分かる。
ユノを捕獲したいのだ。
自分たちにも奇跡を――ではなく、独占したいんだろう。
でも、俺程度に梃子摺っているようでは難しい。
彼らも、それくらいは理解しているようで、弱味を握りたいとか、保険になるものを欲しているのだろう。
欲しがってばかりだな!
まあ、何かに追い詰められてるような余裕の無さなんで、いろいろ破綻しててよく分からんけど。
それとも、俺を人質にして何かを要求するつもりか?
それで、俺に人質としての価値を残さないといけないので、度を超えた拷問ができないのかも?
やっぱ、根本にあるものが分からんと判断できん。
どちらにしても、現状は無謀以外の何物でもないけどな。
それでも、この手の連中は、自分が失敗するとは考えないんだよなあ。
結局は俺を外に出すつもりはないだろうし、怪我をさせようが何だろうが関係無いはずだけど。
だったら、躊躇っているのは、俺がいつまでも余裕を失わないことを警戒してのことか?
そう考えると、方向性は悪くないかも。
まあ、俺の方はもう少し情報がないとどうにもならない感じだけど、この状況をユノが見れば、どう思って、どう行動するのだろうか。
まずいのは、俺の状況以上に、町の子供まで監禁されている可能性があることだ。
さすがに拷問までは受けていないと思いたいけど、ここからだとさっぱり状況が分からん。
てか、特に子供には優しいユノにしてみれば、監禁の時点でどう言い訳してもアウトだろうしなあ。
人をヒトデに変えてしまう、人でなしのあいつのこと――十年経てば元に戻すと言ってたけど、十年後にはきっと忘れてる。
断言してもいい。
あいつなら、皆殺しで済めばマシな方――下手すれば、俺までとばっちりをくうかもしれない。
やはり、何とかして、自力で状況を打開しなくちゃいけない。
「全く……。レベルが高すぎて、このままやっても埒が明かんな……」
先に音を上げたのは、殴られていた俺じゃなく、殴っていた領主の方だった。
額の汗を手で拭う彼は、恐らく四十代後半くらいか、結構くたびれた印象があるけど、レベルが25もある。
《鑑定》もほぼほぼ封じられてるので、分かるのはレベルくらいだけど、無いよりはマシだ。
一応、レベル25は、一般的には達人と呼ばれる領域だ。
ただ、レベルが120を超えて、人外の領域に足を踏み入れている俺が相手では分が悪いだけで。
「一体どんな修羅場をくぐればこんなレベルになるんですかね」
いつも領主と一緒にいる男は、彼の側近だろうか。
三十代半ばくらいで、レベル30と破格の腕前。
領主以外で、俺の拷問に立会う唯一の人で、かなり領主からの信頼を得ているのは間違いない。
「魔女の力に決まっている。でなければ、人間がこんなレベルになることなどあり得ん」
転生した時はレベル1だったし、大半は自力で上げたものなんだけど、そんなことを言っても信じてもらえないだろうな。
「自分の目には、それだけではないような――『強者の風格』があるように見えますが……」
おっ、見る目があるねえ。
「それこそ、魔女の力ではないのか? それより、やはり奴らを使った方が効果的なのではないか? いくら自分の痛みには強くても――」
「それはいけません。それをやってしまうと、彼らだけでなく、この件に関わった全員の口封じをしなければならなくなります。それでも、秘密はどこかしらか漏れるものです。何度も申上げておりますが、領主としての資質を疑われるようなことはお止めください」
領主の言う「奴ら」とは、恐らく奇跡を受けた町の人たちのことだ。
この領主は、領民を勝手に生えてくる雑草だとでも思っているのか、彼らから奇跡に関する情報を得るために、人道に悖ることをしようと何度も提案していた。
そのたびに側近の人に諫められてたけど。
クソ以下の領主が領主でいられるのは、彼らの力があってのことだろう。
排泄物にもその辺りは分かっているようで、彼の言葉を無視してまで無理を通そうとはしない。
落とすなら彼だろう。
「後の始末は自分がしておきますので、今日はもうこのくらいにしておきましょう」
「……そうだな。ふんっ!」
本日最後ということで、気合の入った一発が飛んでくる。
「お疲れさまでした」
痛みは表に出さないように必死に我慢して、にっこり笑って皮肉を口にしてやる。
「くっ……! 後は任せる!」
昨日までは、「負け惜しみを」とか、「明日こそは喋らせてやる」と意気込んでいたけど、今日は少し心が折れたらしい。
弱みを見せるのは論外だけど、完全に諦められるのもまずいよなあ。
そろそろ、多少強引でも、本当に何とかしないと危ない段階に来たのかもしれない。
もちろん、危ないのは彼らの方だ。
一応、この状態からでも、《固有空間》から神剣でも出せば、切り抜けられちゃうんだよなあ。
ものすごい代償を払うことになるけど。
「はぁ……、殿にも困ったものです。もちろん、貴方にもですが――5日間も飲まず食わずで殴られ続けて、よく平気な顔をしていられますね……。いい加減、吐くか死ぬかしてほしいのですが、もしかして不老不死だったりしますか?」
領主が立ち去ってしばらくすると、側近の男が愚痴を零した。
「ははは、まさか。結構きついですし、このまま百日くらいすれば、本当に死ぬと思いますよ」
チャンス――かどうかは分からない。
だけど、チャンスにしなきゃいけない。
さっきのも、ただ愚痴を零しただけで、まともに会話をするつもりがないのは、目を見れば分かる。
百日と言ったのはハッタリで、本当は、後数日もすれば衰弱の兆候が出始めるだろう。
それが露呈するまでに、彼を揺さぶらなければいけない。
「ああ、神様が言うには、不老はともかく、不死ってのはあり得ないらしいですよ」
揺さぶるといえば、神様の小話なんて最高だろう。
スケールが違いすぎて、マジなのか冗談なのか理解できないからな。
「不死っていわれてるもののスケールが人間には測りきれないだけで、全てのものには終わりがあるそうです。そうやって測れないってことは、身の丈に合っていないってことで、仮に手に入れたとしても、制御できずに振り回されて、自分だけじゃなく周囲の人も不幸にするだけだそうです。そんなものを求めて無駄な時間を過ごしても、仕方がないでしょう?」
「……そんなことは分かっている上でやっています。だからこそ、貴方に死んでほしいのですが……。それにしても、よく喋りますね。そろそろ危機感でも出てきましたか?」
おっ、食いついた。
で、分かっていると言いながら、分かってないパターンだな。
覚悟してるなら、反応する必要無いからな。
「領主殿と違って、貴方には話が通じそうですので。まあ、危機感が出てきたというのも間違いではないです。もっとも、私の身にではなく、貴方方のですが」
「ふ、強がりもそこまでいくと大したものです」
「ははは、本当に強がりならいいんですけどね。薄々は気づいてるんじゃないですか? 私が大人しく捕まっているのはなぜか、一向に助けが来る様子がないのはなぜなのか」
半分はハッタリ、もう半分は信用――いや、願望だ。
返事こそなかったけど、それまで背を向けていた彼が、こちらに向き直った。
やっぱり俺はやればできる子だ。
「おかしいと思いませんでしたか? そこらに転がってるヤバ気な拷問器具がことごとく壊れていたり、整備不良で使い物にならなくなってたり。偶然で済ませてもいいんですかね?」
ユノの干渉によるものか、俺の主人公補正かは分からないけど、主人公として受けてはならないような拷問器具が、様々な理由で使い物にならなくなっていたことをここで持ち出す。
――いや、本当に助かった。
どれもこれもヤバそうな物ばかりだったんだけど、特に巨大な張形が使われなくて本当に助かった。
俺が純潔を奪われてメス堕ちしたりとか、アヘ顔曝してダブルピースとか誰得なんだか。
ともかく、側近の男もそれは不自然だと思っていたらしくて、僅かに表情に迷いが出た。
もうひと押しだ。
「人間に限ったことではありませんが、生きていく中で、間違いを起こすことは多々あります。それでも、その間違いを正そうとか、反省して次に活かそうとできるのが人間ですよね」
「我々を試しているというのか……?」
また釣れた!
ハゼ並みのチョロさだな。
「私を含めて、でしょうね。――どれほどの時間が残されているのかは分かりませんが、よくお考えになられた方がよろしいですよ」
ここであえて突き放す。
話術だと分かっていても、一定の効果はあるだろう。
「――――このままだと、どうなりますか?」
腕を組んで長考していた男が、呟くように訊いてきた。
「正直、予想できません」
人間をヒトデやグロい何かに変えたり、魂まで残さず喰ったりするような奴だぞ?
どうなるかなんて、俺にも分かんねーよ。
「魂を汚染――いえ、否定されるような、祝福とは真逆の呪い……。そういうものも見たことがあります。あれと比べれば、死は幸福ですね」
思い出しただけでも心が凍りそうなほどの恐怖に襲われる。
あいつ、可愛さもだけど、恐怖も突き抜けてんだよなあ……。
その恐怖は側近の男にも伝わったようで、それまで無表情だった男の顔に、焦りの色が見えた。
「今度は脅しですか……」
「どうでしょう? 私は一貫して本当のことを話しているつもりですが」
彼の抵抗も、既に形だけのもの。
後ひと押し、何か切っ掛けを与えてやれば落ちる気がする。
「これは私見ですが、貴方が忠義に篤いことは充分に理解できました。ですが、これが本当に領主殿のためになるんでしょうか? その先には何があるのでしょうか?」
月並みな台詞だけど、彼のようなタイプにはそれが効くとみた。
それに、結論は飽くまで本人に出してもらわないと、ユノの不興を買う恐れがある。
というより、それが一番怖い。
「……耳が痛いですね。いや、本当は分かっていた――分かっていたのですが、殿を――弟を喜ばせたいと――」
「弟!?」
あまりに衝撃的な告白に、思わず話の腰を折ってしまった。
聞き間違いかとも思ったけど、俺は難聴系主人公ではないので、それはあり得ない。
「やはり驚きますよね。……異母弟なのですよ。もっとも、母も父も――大殿様も、流行り病で随分前に亡くなっていますので、私以外にそれを知る者はいませんが」
当然、これが話術である可能性も考えたけど、話術でこんな危険球を放り込んでくるとは考えづらい。
それに、複雑な家庭環境や、お家の事情というのは、貴族社会の中では珍しくない。
しかし、オッサンの完全体のような領主が弟とは――悪い魔女の呪いにでも掛かっているのか?
だからユノを狙っているのか?
いや、話半分で聞いておくべきだろう。
「残された、たったひとりの家族なんです。……虫がいい話なのは分かっていますが、弟が助かる方法はないでしょうか? 私にできることなら何でもします」
「それは――まずは、領主殿自身が、迷惑を掛けた町の人たちに謝罪して、赦しを請うべきではないでしょうか?」
それでも一応、解決に向けて話は動いているようだ。
最善の解決策は、領主がユノを狙うことを諦めて、迷惑を掛けた町の人たちと和解することだ。
これなら、ユノが介入することなく解決する。
次点で、町の人たちには手出しせずに、直接ユノを狙うことか。
彼らがユノだけを標的にするなら、ユノが彼らの相手をしなければ済む話だ。
それに、ユノは直接挑むと案外寛容な気が――いや、どうかな?
うっかりも多いからなあ。
「殿の性格上、他人に頭を下げることは難しいかと――彼らには、自分が殿の分まで謝罪と償いをさせていただきます」
「それだと根本的な解決になりませんよ? 同じことを繰り返しでもしたら、それこそ最悪の結果になるかもしれません」
「それも自分が説得します――最悪、腹を切ることになるかもしれませんが」
「どうしてそこまで……?」
いくらたったひとりの家族だからとしても、これは異常だ。
「……あれも可哀そうな男なんです。あれも大殿様と一緒に母を喪い、自分という兄がいることも知らないので、天涯孤独の身――いえ、全く血の繋がっていない弟たちはいるのですが、奴らは領主の座を狙って弟を亡き者にせんと企む敵なのです。そんな環境で、弟の味方だった者は殺されるか、理由は様々ですが寝返るか。――今や、味方とよべるのは自分ひとりだけになってしまいました。弟は、そのストレスから若くして髪は抜け落ち、肌の張りや艶は失せ……! お労しや……」
「なるほど、それで力を求めて……。ですが、貴方が腹を切るようなことになっては、領主殿が本当に孤独になってしまうのでは?」
「一時的にはそうなるでしょうが――。弟の願いが叶えば、きっと私がいなくても大丈夫、幸せになってくれるはずです。それでいいのです」
「それは無責任というものでしょう。貴方が本当に領主殿を大切に思っているなら、領主殿が幸せになるまで見守るべきでは?」
領主はともかく、彼を失えば、領主が、この国がどうなっていくのか想像に難くない。
彼は死なせてはいけない。
「自分が生にしがみつけば、きっと弟を不幸にしてしまいます」
「そんなはずは――」
「自分は弟を家族として――いえ、ひとりの男性として愛しています。性的な意味で」
おおおい!?
こいつ、何かとんでもないことをカミングアウトしたぞ!?
「弟が幸せな家族を築く――そんな様を見て、平常心でいられる自信がありません」
そんなこと聞かされて、こっちが平常心でいられねえよ!
「ふふふ、やはりこんなことはおかしいですよね。しかし、不思議ですね。――貴方になら、どんなことでも話せてしまう」
話すなや!
そんな話は聞きたくなかったよ!
「もし、殿と出会う前に貴方と出会えていたら――」
「愛の形は人それぞれだと思いますよ」
その先は言わせない!
絶対にだ!
「その話……本当なのか?」
そんな時、突然尋問室の扉が開いて、領主が姿を現した。
さっきの話を聞かれていたのか?
気づかなかった。
魔法無効化空間のせい――いや、そんなことよりどこから聞かれていた?
「姫……ゴホン、殿……」
こいつ、今なんて言った?
目――いや、脳みそ腐ってんのか?
「遅いと思って、様子を見に来てみれば……。それより、もう一度訊く。さきの話は真実か」
「――は。すべて真実にございます。墓場まで持っていくつもりでありましたが――自分のことはいかようにも処分してください。ですが、御身の――」
「よい。それ以上申すな」
そう言って側近の男の話を遮ると、領主は尋問室に入ってきた。
その手には短刀が握られていて、そして小刻みに震えていた。
「タマキ、お前が余の兄で――そして、余を愛しておる、と?」
確認事項のように呟いた領主が、返事を待たずに側近の男――タマキという名だろうか、彼に向かって駆け出した。
タマキは頭を垂れ、全てを受け容れる姿勢だ。
領主の目がヤバい。
タマキの覚悟と頭もヤバい。
だけど、拘束されているのですぐには動けない。
「おらぁっ!」
ありったけの力を込めて、右手に繋がっていた鎖を引き千切ったけど、ちょっと間に合いそうにない。
しかしここで、またもや俺の想定外のことが起きた。
「余もだ!」
そう言って、タマキに抱きついた領主のオッサン。
「余もタマキをひとりの男として愛しておるぞ! もちろん、性的な意味でだ!」
おおおい!?
「姫!? ――それでは!?」
「マンジロウ、と名前で呼ぶがいい――いや、呼んでほしい。お兄様――」
おっさんふたりで抱き合って照れんなや!
キモすぎるんだよ!
そして、ふたりの距離は近づいていき――シルエットとふたりの心がひとつに重なる。
これ何て拷問?
助けてユノ!
◇◇◇
「お兄様の帰りが遅かったので、もしや、この男と不埒なことを――と心配になって」
「そんなことがあるはずがないでしょう。自分が愛しているのは、おマンただひとりだけですよ」
目の前で展開されてる、ハートフルラブコメディの破壊力すげえ。
ゲロ出そう。
「でもこの男、ちょっとイケメンだし……。お兄様はおモテになるので、余はいつも気が気ではないのですよ?」
「自分がモテる? ――気がつきませんでした。自分はいつもおマンだけを見ていましたので」
「ずっと余を見ていてくれたなんて――。でも、お兄様はひとつ勘違いしています。余が欲しいのは力ではありません。子宮が――お兄様とのお子が欲しいのです」
「おマン……。いつかきっと――いっぱいすれば、奇跡もきっと起きるでしょう!」
「いやだ、お兄様ったら、こんな人前で……。でも、とっても素敵です」
ツッコミどころが多すぎて――いや、ここはツッコむとか下品なこと言っちゃいけない場面だ。
墓穴を掘る――ってか、掘られそう。
幸いなこと――といっていいのか迷うところだけど、すっかり――いや、しっぽりとふたりの世界に入ってしまった彼らの目には、俺は映っていない。
そのせいで、濃厚なラブシーンが繰り広げられることになってしまったけど、強制参加は嫌なので、目を閉じ、息を殺して耐えるしかなかった。




