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10 偵察三日目

 この日の偵察は、ヤマトの国土から遥かに離れた海上から、ミーティアの《遠視》の竜眼と、《念写》の魔法を組み合わせて、主にオルデアの海洋戦力の調査を行う。


 《遠視》のスキルや魔法は、射程距離の長さが売りとはいえ、魔法の原理原則に則った限界が存在する。

 それに、詳細な情報を調べたければ、接近した方がいいのは当然で、同じ距離から調査をするなら、パラメータやスキルレベルが高い方が有利である。



 なお、今回の調査で重要なのは艦種の判別とか、兵器の配備数とか配置状況だそうだ。

 もっとも、地球の現代兵器を用いた戦術に明るい人はいないので、大体雰囲気で言っていると思う。

 その言っていることも、その時々で二転三転するので、あまり信じてはいけない。


 私たちは、雰囲気で調査している。



 さて、武装の詳細などは、ドワーフ製の物は彼らに訊けば明らかになる可能性がある。

 それらを調べるだけなら、危険を冒して接近する必要は無い。


 そして、その線から、オルデア共和国がドワーフから大量の兵器を購入していることが判明している。

 なので、その配備状況と、データに無い物の割合などの調査をしてみようということらしい。



 そこで、ミーティアの出番となる。


 彼女の《遠視》の竜眼は、一般的な《遠視》の数倍の射程と精度を誇る。

 さらに、私が背に乗ることでミーティアの機嫌が良くなって、効率も上昇するらしい。

 竜とは度し難い生物である。


 しかし、ミーティアの竜眼の性能が優れているといっても、現代兵器の知識が乏しいミーティアが判断できることは多くない。



 そこで、《念写》の魔法の出番になる。


 《念写》とは、カメラのような物理的な撮影機材を使うものではなく、基本的には、魔法によって術者の視界を映像化するものだ。

 もっとも、今回は物理的な物に転写するわけではなく、高レベル《念話》をテレパシー的な使い方をして、ミーティアの視界をみんなで共有する実験を兼ねて行う。


 一応、視界などの共有は理論上は可能で、一部は証明済みなのだけれど、情報量が多くなるほどに難しくなって、リアルタイムの視覚の共有の成功例は無い。


 以前、アルの視界をモニターした時は、アルの視覚と聴覚の一部を、テレビのような魔法道具で再生したけれど、情報量がかなり抑えられていて、無いよりはマシ程度の物だった。


 私としては、映像や音声を再生する程度なら、そんなに難しいことではないように思うのだけれど、映像か音声かのどちらかならともかく、要素が増えるほどに処理と負担が多くなって、さらに、リアルタイムでやろうとするとかなりの負担になるらしい。

 リアルタイムでなくていいなら、魔石に記録する方法もあるようだけれど、精度などは魔石の質に左右される。


 もちろん、古竜のように高スペックな術者が試したことはないので――というか、古竜には何かを共有するような相手がいなかったので、そんなスキルを持っているはずもない。

 竜と人が感覚を共有できるのかという問題もある。

 竜の感性って、かなり特殊だからなあ……。



 とにかく、ミーティアはこれまで貯め込んでいたスキルポイントを使って、《念写》の魔法を取得して偵察に臨む。

 それから、実際に使って熟練度を上げたり、更にスキルポイントを注ぎ込んだりして、スキルレベルを上げていくことで実用に耐えるものになる。


 もちろん、システムのサポートによって成り立っている能力なので、私には何がどうなっているかさっぱり分からない。

 同じ空間にいるはずなのに、みんなの輪の中には入れない。

 この歳になって、いじめを経験するとは思わなかった。


◇◇◇


「なるほど……。悪くはないんですけど、もう少し鮮明に写すことはできそうですか?」


「任せよ。今日中に――いや、2、3時間でカンストさせてやろう!」


「ふっ、ミーティアの奴が、これほど頼もしく見える日が来るとは――」


「ええ、そうね。私も《念写》のスキルを取ってみようかしら……」


 みんながミーティアの《念写》を見て意見を交換している中、私にはただ四方に広がる大海原を眺めていることしかできない。

 システム的に共有はできないとしても、共有する努力くらいはしてもいいのではないだろうか。


 もっとも、船の形を見ても私に分かることなどないので、私は私にできることをやった方が建設的なのだろう。


◇◇◇


 そんなわけで、非常に気は進まないものの、新しい分体の私で、昨日の後始末に向かうことにした。


 問題が起きると確定しているわけでもないし、どうしようかと今の今まで悩んでいたけれど、問題が起きてからでは遅い。

 私も責任を問われるかもしれない。

 なので、報告だけはしておくべきだろうという結論に至ったのだ。



 その相手は、魔神アナスタシアさん。

 報告対象のクライヴさんと同じく、神格を持つ魔王なのだけれど、そのクライヴさんも恐れるアナスタシアさんは、私にとっても苦手な人物である。


 なぜかと問われても、「なんとなく」としか答えようがない。

 そんなあやふやな理由で人を避けるのは駄目だとは思うけれど、今までに会ったどんな人より油断ができない雰囲気を纏っているのだ。



 とはいえ、アナスタシアさんに限らず、今のところ、直接戦闘になって私が負けることはまずない。

 ただ、戦って解決することならいいのだけれど、世の中には暴力では解決しないことも多い。

 むしろ、世界中の人を皆殺しにするくらいのつもりでもなければ、問題の先延ばしにしかならないだろう。

 というか、先延ばしにした分だけ問題が大きくなったりするので、そもそも、戦わないで済むような状況を作ることが重要なのだ。

 何かいい方法はないものか。




 ひとつ深呼吸をした気になって、心を落ち着かせてから、アナスタシアさんの居城へ瞬間移動する。

 もちろん、突然女性の部屋に直接押しかけるような、非常識なまねはしない。

 喧嘩を売りに行くのではないのだから、正々堂々と、正門から乗り込まなくてはいけないのだ。



「こんにちは。私はユノと申します。突然の訪問で申し訳ありません、アナスタシアさんは御在宅でしょうか? あ、これ、つまらないものですが。こちらは皆さんでどうぞ」


 私の突然の出現に驚いていた守衛さんっぽい人に、精一杯の営業スマイルで対応する。

 もちろん、手土産を渡すのも忘れない。


 お城でも「在宅」と表現するのか少し迷ったけれど、きっと彼らの《翻訳》スキルが勝手に変換してくれるだろうと割り切った。

 《翻訳》スキルとは、言語ではなく認識に働くものなのだ。


 そもそも、神のお宅を訪れる際の礼儀なんて全く知らない。

 いや、二礼二拍一礼だったかな?


 とにかく、知らないなら、勢いと可愛さで押し通すしかないのだ。



 目論見通り、ほんのりと顔を赤く染めた守衛さんが、「ゆ、ユノ様ですね、少々お待ちを――」と言いかけたところで、重厚な扉が開いた。

 そして、中からいつか見た執事さんが姿を現した。


「ユノ様、ようこそいらっしゃいました」


 侵入――というか、訪問がバレているのは想定内だ。

 出迎えがあるのも想定内だったものの、恭しく頭を下げる執事さんに釣られて、私も頭を下げそうになってしまった。


 もちろん、踏み止まった。

 多少変なポーズになっているけれど、このくらいは愛嬌なのでセーフだろう。



「……ご案内いたします。どうぞこちらへ」


 執事さんは、特に気にした様子もなくエスコートしてくれた。

 いろいろな意味で訓練されているようだ。 



 しばらく歩いて通されたのは、応接室などではなく、アナスタシアさんの私室だった。

 アナスタシアさんはすぐに来るとのこと。


 というか、遊びに来たとでも思われているのだろうか?


 さておき、室内はピンクを基調とした暖色系のパステルカラーに彩られていて、可愛らしいぬいぐるみや、小物が所狭しと陳列してあった。

 というか、私がモデルらしいぬいぐるみまで置いてあった。

 湯の川産だろうか?

 ……いつの間に?


 とにかく、少女趣味とでもいうのだろうか。

 普段の彼女からは想像できない、とてもキュートな部屋だった。


 そして、クローゼットに吊るされている本人の私服も、私のゴスロリ衣装をピンクにしたようなフリフリでヒラヒラな物が多く見受けられた。

 似合っていない――とまでは言わないけれど、普段の彼女のイメージからほど遠く、何かの罠かと警戒してしまうくらいだ。



「いらっしゃい、ユノちゃん! ん〜〜〜っ、今日も可愛いわぁ!」


 私が部屋の様子に気を取られていた隙に、いつの間にかやってきていたアナスタシアさんに飛びつかれて、強く抱きしめられてクンカクンカと匂いを嗅がれた。

 やはり罠だったか。


「こ、こんにちは。放して」


『可愛い部屋だね。ボクには美術的な感性はよく分からないけど、貴族的なピカピカしたのよりは、こっちの方が好きかな』


「うふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわぁ」


『世辞じゃないのは、ユノの衣装見てもらえば分かると思うけど』


「そうねえ。素材が良いのはもちろんだけど、センスもとても素敵よね。ただちょっと、男の子の欲望が溢れてるところが気になるけど……。それでも、こんなに可愛い生物? は初めてだわ!」


『生物かどうかは定義次第かな。それで、本題だけど――』


 聞いていない……。

 アナスタシアさんに抱きしめられたまま――というか、がっしりとホールドされて頬擦りされながら、朔と彼女の間で話が進んでいく。

 ずっと脱出を試みているけれど、気合込みの物理的な力や技術だけではビクリともしない。


 もちろん、世界を改竄すれば逃げられるとは思うけれど、体術にはそこそこの自信があった私にそれは、敗北と同義である。

 ……もしかすると、私は私が思うほど強くはないのかもしれない。


 それだけでなく、私にしか触れないはずの服を掴まれたりしている。

 さすが、クライヴさんたちが恐れるだけのことはある。

 まともにやり合うのは、私でも危険かもしれない。


 恐るべし、暴虐の魔王。


◇◇◇


「なるほどねえ。魔界の方は進展なし。でも、状況は結構分かったわ。引き続き調査の方よろしくね。それで、極東の方はクライヴが動いたの……? あの莫迦……!」


『流れ的には、アルフォンスが炊き付けた形になったんだけど、まさか、本人が動くとは思わなかったんだ』


「でも、禁忌のことを考えれば、あいつが動くのが正解でしょうね……」


『それも訊きたかったんだ。結局、禁忌って何なの? 神にとって都合の悪いこと? それとも、世界にとって?』


「何が――何を以て禁忌なのかは、その時々によって変わるから、一概には答えられないわね」


 だったら、なぜ私を巻き込んだ?

 ……ああ、もののついでか。


「例えば、飛行機。今回は軍事利用されているけれど、用途なんて使う人や使い方次第でしょう? でも、竜を滅ぼしでもしない限り、平和利用なんて夢のまた夢。兵器として運用するにも、竜と戦うより、人間の国家を侵略した方が楽だって考えに行き着いたようだしね」


 それは私も思った。

 それはそうと、いい加減に放してくれないかな?


「人間の種としての存在の位階がそんな段階だと、禁忌だと判断せざるを得ないのだけど、その判断を下す主神が不在――っていうのが、今の状況なの。つまり、現状は禁忌ではないんだけど、極めて不適切だから、その地域の神が、神託か何かで戒めるべきことだと思うわ」


『へぇ。それじゃあ、オルデア共和国の行動は、オルデア担当の神に黙認されてるってことなのか――いや、その神も不在ってこともあるのかな?』


「それは――不在ってことはないと思うわ。私の知っている彼女は、優秀だけれど、人間に甘い子だったから。この状況でも、まだ人間を信用しようとしているのかもしれないわね……」


『じゃあ、もしもボクらがそれを禁忌と見做して対処をすれば、その神と敵対する可能性も出てくるってことなのかな? それを阻止するために、クライヴが動いたとか?』


「その可能性はあるけど……、それよりも、クライヴは彼女との相性が悪いのよねえ。まあ、私も嫌われてるから、他人のことは言えないんだけどね」


『うーん、だったらボクらで話をしてこようか?』


「それも……どうかなぁ。ユノちゃんは、きっと無自覚にあの子のプライドを圧し折っちゃうと思うわ」


 む、呼ばれた気がした。

 脱出に夢中になっていて、話を聞いていなかった。

 何の話をしていたのだろう?

 変な流れになっていなければいいのだけれど。



「仕方がないか。お姉さんが行ってきてあげるから、ユノちゃんはここで待っててね?」


「?」


 アナスタシアさんはどこに行くのだろう?

 そして、なぜ私がそれを待っていなければいけないのか。


「ついでに、オルデアの状況も調べてきてあげる。私の下僕を通じて報告させるから、帰っちゃ駄目よ?」


『分かった』


「うふふ、帰ってきたら、一緒に遊びましょうね!」


 勝手に返事をする朔に、支度をしに出ていったアナスタシアさん。

 そして、取り残される私。


 何が何だか分からないまま、私がひとり囚われの身になった。

 まあ、何もせずに情報が手に入るならいいのか?


◇◇◇


「ほどよい肉感、そして、この曲線! 最高だな! ミーティアさん、もうちょっと下から、抉り込むようにお願いします!」


「上からのも頼む! この谷間、そして隙間! 堪んねえな、おい!」


 彼らは、私がひとり分軟禁されたとも知らずに、《念写》大作戦で盛り上がっていた。

 随分と楽しそうで、ちょっと羨ましい。


 というか、男の子って兵器とかメカとか好きだよね。

 メカの谷間とか隙間に興奮するのはニッチすぎると思うけれど。



『何か分かった?』


「黒のひ――いや、まあ、いろいろと」


「お、おお! ま、まあ、帰ってから説明する!」


 朔の問いかけに、よほど集中していたのかビクリと震えた一同。

 邪魔をしてしまったのだろうか。


 それでも、ある程度の調査はできたようなので、今日は引き揚げるらしい。


◇◇◇


「《念写》と《念話》のコンボ、最高だな……」


 帰りの空の上で、ふと、レオンが溜息混じりの声を洩らした。


「そうですね……。俺も《念話》ついマックスまで上げちゃいましたよ。ただ、メモリーがすぐいっぱいになって……。《念写》の分だけじゃ全然足りないですね。代用できる他のスキルってないものかな……」


 レオンの言葉は、誰かに向けたものではなかったように思えたけれど、アルがそれに答えた。


「眠ってしまうとリセットされる仕様はいただけんが……。どうにかして、脳内に――魂に保存する方法はないのか?」


 アーサーは魔法の仕様に不満があるようだけれど、兵器のイメージなんて記憶してどうするつもりなのだろう。

 もしや、「彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず」的な?

 それとも、これから狩る獲物の魚拓のようなものなのだろうか。



「ふふふ、やっぱり貴方は莫迦ね。誰かが撮った、その時限りの素敵な一枚を、みんなで共有する。それで充分じゃないかしら?」


「ユノの言っておった『一期一会』というやつじゃな。どんな念写もその時限りのものと考え、精一杯愛でればそれでよいのじゃ」


「素敵な考え方ですね」


 男の子だけでなく、女の子や古竜までをも虜にする兵器に、少々興味が湧いてきた。

 というか、シズクさんって何か役に立っているのかな?

 いや、役に立たなければ価値が無いとはいわないけれど。



 とにかく、私の貧困な想像力では、スワンボート的なものしか思い浮かばないけれど、それが編隊を組んで航行している様子を想像すると、心がほっこりする。

 ……これは、湯の川に必要な物かもしれない。

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