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09 モンスターとバケツ仕掛けの神

 ホテル正面玄関前にいるレオンに近づくにつれて、喧騒が大きくなる。


 ホテルの突然の閉鎖に不満を持つ人たちと、この機会に一儲けしてやろうと企んでいる人が各々に騒いでいるため、収拾がつかなくなっているようだ。


 というか、バケツ越しにもかなりの喧騒なので、朔にお願いして情報を少し絞ってもらう。

 むしろ、ノイズは全て遮断してもらっても構わないまである。


 問題解決の助けにはなりたいけれど、私にできるのは聞いている振りくらいで、実際に聞いている必要は無いのだ。

 もっとも、アルの手腕を見るという目的もあるので、最低限必要な分は見聞きしなければならないけれど。




「おうおうおう、この騒ぎは一体何だ?」


 そんなところに、ひと際声の大きい人が群衆に近づいてきた。

 喧騒の中でもよく通る、いい声だったけれど、どこかで聞いたような気がする。


 そこにいたほぼ全員が声の主の方に振り向いて、その姿を確認すると道を譲る。


「おっ、クラさんじゃねえか! 久しぶりだな! 今までどこで何してたんだよ?」


「俺ぁ根っからの風来坊だからな。風の吹くまま気の向くままってやつよ!」


「クラさん、聞いとくれよ! この湯屋、いきなり店を畳むってんだよ」


「そうそう! 俺たちの憩いの場が、わけも分からず無くなっちまうんだ! 釈明も『一身上の都合』とだけで、要領を得ねえしよ!」


「あたいなんてポイントいっぱい貯まってたのに、どうしてくれんのよって訊いても返事もありゃしない」


「一億万ポイント貯めた!」


 私たちの位置からは確認できない「クラさん」とやらは、随分と人望がある人物のようだ。

 流れ的には、不満のある人たちは、彼を代理人にでもするつもりだろうか?


 一部には、事実と異なる証言も交じっているけれど、彼やアルはどうするつもりだろう。



「そいつぁいただけねえな。おう、お前さん。この落とし前、どう付けるつもりだい?」


「ですから、ずっと申上げているとおり、私たちはこの地での営業を続けることができなくなりました。急な閉館になってしまったことは、大変申し訳なく思っております。ですが、施設の方はこのまま残していきますので――」


「施設だけ残ったって仕方ないでしょ! こっちはあんたらのサービスにお金払ってたのよ! 『えすて』をやってるとこなんて他にないのよ!? 分かってるの? この余った回数券どうしてくれんのよ!」


「一億万ポイント!」


 代理人にするのではなくて、虎の威を借りたいだけなのか?

 彼を代理人にするかどうかはさておき、せめて争点を整理してくれないと、話が進まないと思うのだけれど。


「チケットやポイント類は、証明できたものについては返金か換金させていただきますので……」


 レオン、魔王なのに頑張るなあ。


「お金が欲しいんじゃないわよ! 莫迦にしてるの、あんた? いいから券が切れるまで営業を続けなさい! お客様は神様なのよ!」


「一億万ポイント! 証拠は無くした!」


 町の中なのに、神を僭称(せんしょう)する魔物がいた。

 後、一億万を連呼している一億マンは、竜眼がなくても嘘だと分かる。

 1回の利用で1ポイントで、1日1回――いや、1日3回利用したとしても、9万年以上かかる。

 盛るにしても加減しなさい。


 レオンもかなり頑張っているけれど、弱くても一応魔王である。

 放っておけば、問題を起こすかもしれない。

 というか、既に青筋が浮いている。


「ヤバそうなんで行ってくる」


 アルもそう感じたのか、小走りでレオンの許へと向かっていった。




「すみません、私の方から説明させていただきます!」


「アル……。すまない。だが、この状況を任せてもいいのか?」


「何よあんた!? 邪魔しないでhkっこdwなdsいよ! spれと、p、あんttsgあにbbでくれるの!?」

「一億万!」


 アルがレオンの横に並んでそう声を上げると、当然のように群衆の騒めきは大きくなり、魔物も更に興奮する。

 もう何を言っているのか、私にも分からない。

 一億マンも頑張っているけれど、魔物の声にかき消されている。


 というか、もう遮断してもらってもいいかな?



「ご婦人、落ち着いてください。それと、神を名乗られるのは冗談でもお止めになった方がよろしいかと。さすがに理由が回数券云々では、本物の神様も擁護しようがないでしょうし」


「あんっ――キィェエエエーッ!」


 魔物が吠えた。

 次はブレスを吐きそうな勢いだ。



「おう、いきなり何でいお前さん? ――まあ、姉さんも落ち着きなって。せっかくの美人が台無しだぜ」


「はぁっ、はぁっ……、クラさんも言ってやっておくれよ」


 クラさんとやらが魔物を(なだ)めると、魔物が人語を話すようになった。

 これが愛の力か?



「だがよう、そこの兄さんが言うように、神を騙るのは感心しねえな。しかし、兄さんも、もう少し言い方ってもんがあるだろう?」


「仰るとおりです――が、本物の神様の前でそんな発言をされますと、ご婦人が不幸に見舞われるかもしれません。ですので、私に矛先を変えてもらおうと考えた次第です」


 アルの考えというのが、また私をダシに使うことなのだと気がついたのと、私が彼らの許へ辿り着いたのはほぼ同時だった。



「おい、兄さ――ふぁっ!?」


 そこでクラさんと呼ばれていた、頭ひとつ飛び出ていた背の高い偉丈夫と、バケツ越しに目が合った。


 上手く人間に化けているけれど、どう見てもクライヴさんだった。


 アルやレオンは気づいていないのか?

 いや、私も今気づいたところだけれど。


 古竜たちは当然のように気づいているらしく、後ろでヒソヒソ話をしているけれど、アルが気づいていてやっているのであれば、かなりの挑発をしていることになる。



「余計なお世話よ! ――いえ、あんたの方こそ神様を騙ってるじゃない! そんなことで煙に巻こうたって、そうはいかないわよ!」


 一時は落ち着きを見せていた魔物が、再び興奮し始めた。


「いえ、神様がここにいるのは本当ですよ? ユノ様、どうぞこちらに」


 などと言われても、この状況で出ていくのは嫌だなあ……。



 それでも、出ていかなければ収拾がつかないのだろう。

 覚悟を決めてバケツを脱ぐと、女神ルックに着替えさせられた。

 そして、重い足をどうにか動かして、進み出る。




「「「―――っ」」」


 静まり返った場に、群衆の息を呑む音だけが、やたらと大きく聞こえる。


 神として紹介されて、瞬きや呼吸も忘れるレベルでガン見されて、何かに酔ったように恍惚とした表情に変わっていく人たちには恐怖しか感じない。

 一部例外はいるけれど、この居た堪れなさにはいつまで経っても慣れない。


「我々は、こちらのユノ様と共に、世界平和を祈願する旅の途中なのですが、このたび、こちらのレオン氏とレオンホテルのスタッフ一同にも、私たちの旅に帯同していただく運びとなりました。彼らの協力があれば、より多くの人々を幸せにすることができるのです! 彼らにはそれだけの力があるのです!」


 どんな設定だ。

 そんな莫迦な話が通じるはずが――なぜか、拍手をされている?

 ……通じているだと!?


「レオンホテルをご愛顧いただいた皆様には申し訳ありませんが、世界平和のため、またレオン氏とスタッフ一同のより一層の活躍のため、気持ちよく送り出してあげてはいただけないでしょうか?」


 ……何とまあ、よく回る頭と舌だ。


「そういうことなら、まぁ……」


「ありがたや、ありがたや……」


「これまためんこい神様だのう。どれ、飴ちゃんいるかい?」


 信じるの、早い。

 飴ちゃん美味しい。


「だ、騙されちゃ駄目よっ! こ、こんな可愛いだけの小娘が神様だなんて、そんなわけがあるはずがないわ! zwったいsdaぎしよ!?」


 私を神だと認められない――認めることが恐ろしいのか、神を騙った魔物がまたしても吠えた。

 むしろ、反応的にはこちらが正解のような気がする。


 自身のことを「神」だなんて名乗るのは、詐欺師くらいのものだと思うし。



「おい、このババアを摘まみ出せ」


「クラさん!?」


 クラさんことクライヴさんに切り捨てられた魔物は、両脇にいた女性たちに両腕を拘束されて、どこかに出荷されようとしていた。

 なお、一億マンはいつの間にか姿を消していた。

 判断が早い。


「お待ちください! 確かに不敬ではありますが、ユノ様は寛容なお方ですので、その程度のことを(とが)められたりはしません。それに――、そちらの男性の方、ちょっとこちらに来ていただけますか? そう、貴方です」


 アルに呼ばれたのは、若い男性だった。


「ユノ様、この方の荒れ果てた大地に、今一度、命の恵みを」


 言い方。


 アルの言葉を聞いた男性の顔が、怒りと羞恥で真っ赤になった。

 茹蛸(ゆでだこ)みたい。


 本人が気にしていることに無遠慮に踏み込むとか、失礼にもほどがある。


 その男性の頭部は、若さとは裏腹に見るに無残なもので、寄せて上げて、涙ぐましい努力で必死に取り繕っているものの、資源不足はいかんともし難いものだった。


 そんな、今にもアルに殴りかかりそうな男性の荒野に手を(かざ)して、「美味しくな〜れ」と念じると、あっという間に不毛な大地から新たな生命が生まれて、茹蛸から青のりのかけられたたこ焼きに進化した。

 美味しくなったのだろうか?



「ふぁっ!? こっ、これは!?」


 男性が自身の変化を感じ取って、慌てて頭に手をやったので、それに合わせて私も手を引いた。


「いかがでしょう? どんな魔法でも、どんな霊薬でも治せなかった薄毛も、ユノ様のお力ならこのとおりなのです!」


「「「おおー」」」


 アルの言葉に、群衆から感嘆の声が上がる。

 何だか深夜の通販番組のようなノリだけれど、それより、薄毛がそんなにも根の深い問題だとは知らなかった。


 根がないのに、根が深いとはこれいかに。

 なんちゃって。



「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「嘘……。本当に神の奇跡……!?」


「ほっほっほっ、最後に良いものを見せてもろうて、ありがたいことですじゃ。これで心置きなくお爺さんのところに逝けますじゃ……」


 アルの言葉が出任せではなかったことを、彼の様子を見て確信したのだろうか。

 フサフサになった男性はもちろん、摘まみ出されようとしていた魔物も人の心を取り戻したようだ。


 そんなことより、神の奇跡というより、髪の奇跡!

 今日の私はキレキレである。


 後、私はお婆さんのお迎えに来たわけではないので、安心して長生きしてほしい。



 さておき、クレームの件は一段落したものの、別の問題が浮上した。


 ただ問題が置き換わって、より悪化したともいう。


 ある人には手を擦り合わせて拝まれているし、またある人には飴やお饅頭などをお供えされていて、大半の人には期待の籠った目で見上げられている。


 そして、当然のように、クラさんにも拝まれている。

 こんな異常事態に、「またか」と思っている自分が少し悲しい。




「どうするの、これ?」


「はぁん」


 アルの耳元に口を寄せて、他の人には聞こえないように小声で囁くと、妙に艶めかしい吐息と共に、アルの身体がブルリと震えた。


 少しイラっとしたので、お尻を軽く抓ると、アルがとても良い笑顔でサムズアップした。

 それは「任せろ」ということなのか、「良い具合」ということなのか――できれば前者であってほしい。




「えー、皆様。皆様の歓迎のお気持ちに、ユノ様は大変感激しておられます」


 どうやら前者だったようで、内心ホッとした。


「本来であれば、奇跡は簡単に起こしてよいものではないのですが、今回は私たちの事情で皆様にご迷惑をお掛けしたという経緯もありますので――」


 もちろん、七割くらいは信じていたけれど、きちんと着地点を定めていたようでひと安心。

 とにかく、過程については目を瞑るので、丸く収めてくれるなら良しとしよう。



「今回は特別大サービスです! ユノ様が、可愛い衣装を着て歌って踊ります!」


「!?」


「更に今回は何と! グッズの販売も合わせて行います! もちろん、ポイントや回数券と交換もできます! こんなチャンス滅多にないよ!?」


 はぁ?

 大安売りじゃないか!


「イエェェェエイ! やったぜ!」


 クラさんが両手を天に突き上げて、どこかで見た芸人さんのような雄叫びを上げた。

 それが口火となって、群衆が上げた雄叫びが夜のしじまに響き渡った。


◇◇◇


 私の心中とは裏腹に、歌もダンスもキレキレだった。


 おかげで、ライブも大盛況。

 もちろん、奇跡も大奮発。


 怪我は最初から無かったかのように消え去り、病気はたちまち快復した。

 腰痛に悩んでいたお年寄りも、激しいダンスができるまでに回復――いや、若返った。

 薄毛に悩む人はいなくなって、更には、エステなど比べ物にならない美肌効果やダイエット効果、果てには一部の人には豊胸効果まであったらしい。

 そのうち、宝(くじ)が当たったり、恋人ができる人まも出てくるかもしれない。


 グッズもあっという間に売り切れて、私のファン――というか信徒は、着々とその数を増やしていた。




 結果として、騒ぎは収まった。


 むしろ「世直し頑張ってください!」と励まされるまでになった。

 所定の目的は果たしははずなのに、なぜか胸の中にモヤモヤしたものが残る。


 何かがおかしい。



 惜しまれながらも、解散には素直に応じてくれたことは、不幸中の幸いとでもいうべきだろうか。

 むしろ、解散した先で問題を起こさないかが不安になる。

 そのくらい不気味な素直さだった。



「ユノ殿、今日も良かったでござるよコポォ!」


 そんな中、ひとり残ったのは、六本の腕に大量のグッズを抱えてご満悦な、クラさんことクライヴさんだ。


 一応、変化(へんげ)は継続しているようだけれど、最早正体を隠すつもりなどないらしい。

 アルとレオンも、ここにきてようやくクラさんがクライヴさんであることに気がついたようだ。



「全然気がつきませんでしたよ……」


「こんな所で何してんだ、師匠……」


「いつものように山で修行をしておったのでござるが、ふとユノ殿の気配を感じてな。――これも愛の力でござろうか? んふ、それで急ぎ汗を流し、金をかき集めて気配の許へと馳せ参じたというわけでござるよ」


 愛?

 愛って何だ?

 もう、「愛」って言っておけば何でもありな気がしてきた。


「師匠が滅茶苦茶なのは、今に始まったことじゃないが……。師匠の領域を勝手に間借りしていたことは謝る」


「お前がここにいることくらい、最初から知っておったでござるよ。悪さをするでもなし、たまに修行にも来ていたでござるし、取り立てて騒ぐようなことではござらん」


 さすが神格保持者、というべきなのかどうか。

 クライヴさんの情緒不安定さを知っていると、どうにも素直に評価しづらい。



「それで、勝手ばかりで悪いんだが、今度からユノの所で世話になることになった。これからは、修行にも参加しづらくなると思うが――」

「はぁ!? 師匠を差し置いてユノ殿の所に住むだと!? おのれ……! よくも抜け抜けとそんなことを口にできたものだな! この裏切り者の恥知らずめが!」


 突然興奮するクライヴさんに、一同ドン引きである。


「いや、そこまで言われるようなことじゃ……」

「それより重要なことなど、この世には存在しないでござる! ようし小僧、お互いの居住権と生存権を賭けて勝負だ!」


「駄目だよ。レオンにはこれから役に立ってもらう予定なのだから」


 レオンには、是非とも大吟城のお風呂の改修をしてもらわねばならない。


「そんな!? 拙者よりいろいろと小さいこやつの方がよいと!?」


 決してどちらがよいという話ではないけれど――器、小さいな。


『クライヴは、アナスタシアやバッカスの許可を貰ってこれたらいいよ』


「そんなの無理でござるよ!?」


「まあまあ、イベントがあるときには呼ぶようにしますから……」


「うおぉぉん! アルフォンス殿の優しさが目に染みるでござる! アルフォンス殿――いや、これからは師匠と呼ばせてもらうでござるよ!」


 マジ泣き!?

 それと、心じゃなくて目に染みたの?

 物理攻撃だったの?



 クライヴさんは、アルによる新イベントの予定という精神攻撃や、新グッズの試作品という物理攻撃を受けて、虫の息――興奮しすぎて息も絶え絶えで、そう表現するほかない有様だった。


「でも、世界がこんな状況だと、あれもこれもと実行するのは難しいと言わざるを得ないんですよね……。クライヴさんのお知り合いにでも、オルデア共和国の内情に詳しい人とかいたりしませんかね?」


 すごいな、アル。

 馬の目の前にニンジンを吊るすような、神を神とも思わぬ恐れ知らずな所業だ。

 いや、それ以前に、無断でニンジンにされる人の気持ちとかを考えたことがあるのだろうか?



「よし、拙者に任せるでござる!」


 クライヴさんはそう言うと、止める間もなく飛び出してしまった。

 不安しかない。


『責任、取れるの? アナスタシアとかにバレたら大変なことになると思うよ?』


「あっはっはっ、まさか本人が動くなんてな! ……どうしよう?」


 そんなことを私に訊かれても困る。


 みんながどう考えてどう動くのかに興味があったけれど、どうにもその場の思いつきと勢いだけで行動しているようにしか思えない。


 本当にどうするのだろう?

 さすがに神格保持者だし、変なことはしないよね?

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