07 偵察一日目
――ユノ視点――
嫁とよばれたり、ママとよばれたり、古竜たちの話し合いの間ドリンクバーにされたりと、いろいろあった日の翌日。
予定されていたヤマト周辺の偵察は、深酒したミーティアを残して、酔いの醒めているアーサーとシロに乗って行うことになった。
私のお酒は悪酔いすることはないので、体調面は問題無い。
それでも、アルコールが抜けていない状態での飛行を許可することはできない。
ミーティアは悔しそうにしていたけれど、アーサーとシロに煽てられて調子に乗ったか、それとも、おっぱいから出るお酒がそんなに美味しかったのか。
よほど鬱憤でも溜まっていたのか、あんなに駄々を捏ねるミーティアは初めて見た。
泣く子と地頭には勝てぬというけれど、泣く地頭にはもっと勝てないということなのだろう。
とにかく、何にしても、ミーティアの幼さが敗因となった形だ。
さておき、班分けは、私とレオンでシロに乗って、アルと妙に艶々しているシズクさんがアーサーに乗る。
なお、レオンたちから協力を得る対価として、この件がどう転ぶかにかかわらず、レオンとその眷属、そしてシロを湯の川に迎えることになった。
その際に、名前を呼び捨てで呼ぶことを許可されたのだけれど、私としては、年上の人に敬称を付けないのは気が進まない。
湯の川での立場を考えると致し方の無いことかもしれないけれど、むしろ、湯の川での立場をリセットしたい。
とにかく、彼らが湯の川の所属になるまでは、従前と同じで「さん」付けで呼ぼうとしたのだけれど、なぜか前言を撤回されて、今から呼び捨てで呼べと命令された。
……釈然としない。
さておき、今更魔王のひとりが増えたくらいは大した問題ではない。
しかし、古竜については、そうもいかないことくらいは私にも想像できる。
それでも、レオンのお風呂制作能力は、喉から手が出るほど欲しい。
そのために必要なリスクなら、古竜の一頭や二頭――ひとりやふたり? など、安いものである。
「それじゃ、出発前の最終確認だ。俺たちも調査し尽くしたわけじゃないから、想定外のことも多々あると思って聞いてほしい」
出発前の挨拶というかブリーフィングというか、前日にもしていたものの再確認のつもりか、それを多少なりとも現場を知っているレオンが担当する。
アルではないのは、年長者に花を持たせた形か。
「今日の偵察の目的は、オルデアの航空戦力の観測だ。先入観を与えないため詳細は省く。戻ってきた時にそれぞれの所感を出し合おう。ひとまず、高度18,000以上をキープしていれば攻撃を受けることはないと思うが、念のため《認識阻害》も使用する。もしも攻撃を受けた場合は、更に上空に退避して、どこまで追撃されるのかを確認しよう」
「AWACSを発見してもスルーですか?」
アルが、昨日は――酒の席ではなかった確認をした。
意味は分からない。
「AWACSか……。潰しておいた方がいいのは確かだが、今回はやり過ごそう」
「待て、そのエーワックスとは何だ? 強いのか?」
「ええと、確か早期警戒管制機っていって、直接的な戦闘能力は皆無に等しいですけど、索敵とか情報処理なんかを担当する機体で、部隊を生物に例えると目や脳に相当するものです」
「ふむ、実戦の際にはそいつを狙えばいいのだな」
「莫迦ね。人間だってそこまで浅慮ではないのだから、簡単にいくはずがないでしょう? それよりも、青が出てきたらどうするの?」
「話をしたいところだが――簡単には聞いてもらえないだろうな。ユノ、悪いが切っ掛けだけでも作ってもらえないか?」
『その時の状況次第かな』
「うん」
何の話か聞いていなかったけれど、名前を呼ばれた気がしたので、とりあえず頷いておいた。
「質問が無ければ行動を開始しよう。ミーティアは、酔いが醒めたらみんなを湯の川に頼む」
『シャロンには話を通してるから』
レオンの眷属で、特に非戦闘員や戦闘能力の低い人は、万一の場合に備えて、先に湯の川に送ることになっていた。
私たちがヤマトに移る時には、全員を湯の川に送る予定だけれど、それまでは拠点の維持をするために、何人かは貧乏籤を引いて残ってもらうことになる。
なぜか、湯の川移送組の人の方が悔しがっていたけれど。
そんなにレオンのことを慕っているのか。
いい関係のようで微笑ましいね。
「分かっておるよ」
ミーティアは、文句のひとつでも言うかと思っていたけれど、思いのほか素直に従っている。
本当に反省しているのか?
少し不気味な感もあるけれど、わざわざ藪をつついて蛇を出す必要も無いか。
◇◇◇
「あぁ、テンション上がるわぁ! レオンとふたりだけの空のデートも素敵だけど、貴女を乗せて飛ぶのは――そう、尊いの! 私は今、確かに世界と繋がっている――そんな実感があって、とても尊いのよ! ミーティアのことを侮っていたわ……。こんな素敵な宝物を見つけるなんて! それに、アルフォンス・B・グレイも侮れないわ。竜でも知らない世界や価値観を知っているなんて! もちろん、レオンの方が素敵よ? でも、『尊い』という感情や、『心の嫁』という概念を発見した彼の功績は賞賛されるべきだわ! いえ、これはもう歴史の転換点といっても過言ではないわ!」
シロの背に乗って空を飛んでいたのだけれど、彼女のテンションが――精神状態がおかしい。
錯乱一歩手前にしか見えない。
もっとクールな女性かと思っていたのだけれど、人は外見では判断できないものだとつくづく思い知らされた。
さておき、ヤマト偵察はかなりの高高度から行われていて、視界に映るのは青い空と海と白い雲ばかりである。
隣を見れば、私が振り落とされないようにと要らない気を遣って、腰に手を回してくれているレオンがいる。
少し離れた所にアーサーたちも飛んでいるけれど、ずっと眺めていられるものでも、見ていて面白いものでもない。
時折、遥か遠くに編隊を組んで飛んでいる飛行機を見かけるものの、さすがに遠すぎて、領域に頼らない私の視力だけでは細かいところまでは見えなかった。
それでも、アルやレオンの《遠視》の魔法で、最低限必要な情報は得られているそうなので、私のするべきことは何も無い。
端的にいうと、暇だ。
そんな様子を察したレオンとシロが、彼らが出会った時のことや、レオンが魔王に堕ちた時のことなどを話してくれた。
◇◇◇
レオンを召喚したのは、魔族領からずっと東、ヤマトの北にあるオルデア共和国からさらに北東、大陸の東端にある小さく貧しい国だった。
貧しさの理由は、地形と寒さ――農作物が育ちにくい環境だったことだ。
この世界の定番だね。
何なら、作物の育ちの良い所は魔物にも大人気だから、豊かな国というのは中々ないね。
レオンを召喚した国も、温かいところに移動――魔物の領域の開拓や、他勢力を侵略できるだけの国力はない。
そのような国が、勇者召喚に頼るのは珍しいことではなかった。
もっとも、小国の勇者召還が成功する確率はごく僅かなのだけれど、その国は幸運にも成功したのだ。
レオンは、召喚されて一年くらいは、周辺の魔物の巣を潰して回る日々を送っていた。
それがある日、この国が置かれている苦境の元凶だという、白竜の討伐を命じられた。
今にして思えば、それまでの期間は、レオンの価値を測っていたのだろう。
この勇者、領土開拓にはあまり役に立たないな、と。
そして、決断したのだ。
一発が狙えるスキルも持っているし、やらせてみるか! と。
なお、彼らの言う苦境――その地域の寒さは、白竜が原因のものではない。
白竜は、ただ寒い所に居を構えていただけで、彼女を斃したからといって、誰も救われない。
しかし、彼らの言うことを信じて疑わなかったレオンは、仲間たちと共に討伐隊を率いて、白集退治に向かった。
その国が、勇者と従者と多少のお供だけで古竜を斃せると信じていたのか、それとも理解した上で唆したのかは分からないけれど、どちらにしてもなかなか悪質である。
◇◇◇
――第三者視点――
レオンの昔話は続く。
レオンたちが、白竜の棲み処に辿り着くまでにいろいろとあった。
その「いろいろ」の辺りでユノの集中力が切れたため、以降の彼女は聞いている振りで通していた。
レオンが初めて白竜と遭遇したのは、彼女が縄張りに侵入してきた赤竜を追い払うために戦っている時だった。
それは、魔法やスキルの届かない高高度で行われていたため、彼らが手を出せるような状況ではなく、また、白竜の方も彼らを認識していなかった。
それでも、古竜同士の戦いは、離れていても分かるほどに熾烈なものだった。
しかし、その様子に尻込みしてしまう者たちの中で、レオンだけは恐れを抱くどころか、白竜の堂々と立ち回る姿に心を奪われていた。
両者が必要以上に高高度で戦っていたのは、地上に被害を出さないようにするために白竜が誘導していることは、その動きを見れば明白である。
それは、自らの縄張りを荒らされたくないこともあるのだろうが、不利を背負ってまですることではないはずだ。
そして、その白竜の様子は、レオンたちが聞かされていた無慈悲なものとは異なるものだった。
むしろ、案外話せば分かり合えるのではと思ってしまったほどだ。
だからといって、白竜討伐が中止されることはない。
そこからの行程は、環境との戦いだった。
吐く息さえ凍る極寒の空気の中では、そこに生息する魔物と戦えるような状況ではない。
狼や熊のような獣ですら平時の魔物以上に苦戦したし、氷巨人などの魔物をいちいち相手にしていては、体力や魔力、そして、討伐隊の人員を消費するだけで、肝心の白竜の領域にはとても辿り着けない。
ここで必要になるのは戦闘能力ではなく、過酷な環境の中で生き残るためのサバイバル能力だった。
無論、レオンや従者にそんなスキルはなく、討伐隊は自分たちのことだけで手一杯。
そんな状況でどうにか生き延びられたのは、レオンのユニークスキルがあったからである。
レオン一行は、不必要な戦闘を避けながら、貴重な物資を爪に火を点すように節約に節約を重ねて、前進を続けた。
そうして、長い苦難の末に、少なくない犠牲を払って、白竜の巣まで辿り着いた。
巣に踏み込んだのはレオンと、彼の当初からの仲間だけだ。
討伐隊の残りのメンバーは、白竜の力を封じるための細工を施し、それが終わり次第レオンたちと合流する手筈になっていた。
レオンたちは、その間の白竜の監視と、もしも白竜に動きがあった場合は足止めをしなければならなかった。
万事上手く事が運べば、危険は避けられたのかもしれない。
しかし、過日の白竜の姿に一目惚れにも近い感情を抱いていたレオンは、正面から挑むことを選んだ。
といっても、彼の目的は武力ではなく、対話ではあったが。
その蛮勇ともいうべき行動は、思わぬ方向に転ぶ切っ掛けになった。
白竜も、自身の巣に侵入されて気づかないほど鈍くはない。
長く生きている白竜にとって、人間にちょっかいを出されるのは初めてのことではない。
古竜らしい性格の白竜は、強者と戦って、自身の力を証明することは嫌いではなかった。
それゆえ、弱者では到達できない地に居を構えていたのだ。
ゆえに、外でコソコソ活動している人間たちには嫌悪感を覚えるものの、堂々と乗り込んできたレオンには興味を持った。
直近の戦闘が、《未来視》の竜眼に振り回されている似非強者で、しかも、会話のセンスもない男だったこともあって、彼には期待が掛かる。
ただの気紛れではあるが、彼女は彼の出方を見てみようという気になっていた。
そんなレオンと白竜が遂に出会った。
レオンは、悠然と佇む白竜の姿を目にして、ただただ美しいと思った。
気がつけば、仲間たちの存在も頭から消えて、想いと言葉の限りを尽くして彼女を褒め称えていた。
白竜は、こんな人間を見たのは初めてだった。
これまでも、命乞い代わりに彼女を褒める者はいたが、竜眼を持つ彼女に、上辺だけの賛辞は届かない。
しかし、レオンには、彼らのような恐怖や嘘がない――つまり、本気で白竜を口説いていたのだ。
戦闘能力では白竜の足下にも及ばないレオンだが、想いの強さだけは竜にも届くものだった。
そんな折、討伐隊の細工が完了する。
そして、作動した。
彼らの細工とは、「瘴気兵器」とよばれる、現代におけるNBCR兵器のようなもので、対象やその周辺を瘴気で汚染し、甚大な被害を長期間にわたって与えるものだ。
さらに、それに必要な触媒が、生きた人間――特に、負の感情を溜め込んでいるほど効果が増すという、非人道的な――禁忌に触れるものである。
かつて魔王に滅ぼされた国が研究していたものが、秘かに継承され、また、拡散されていて、多様な発展を遂げて現在に蘇ったものだった。
特殊な術式が必要になったり、触媒――贄を用意する必要があるとはいえ、他の大規模儀式魔法や禁呪と呼ばれるような魔法に比べれば、個人の才能に頼る部分が少なく、行使は容易である。
しかし、瘴気に汚染された土地は、魔物の発生リスクが高くなる。
また、浄化にもかなりの年月がかかるので、侵略に用いられることはなく、テロに用いるにはハードルが高い。
そういった理由から、滅多に使われることのない外法だが、百年に一度くらいは試そうとする莫迦が出る。
ほとんどの場合は、術式が間違っていてただの拷問プレイになっていたり、術者が真っ先に瘴気に呑まれて、儀式を完遂できないなどの理由で失敗するものの、その時は運悪く発動してしまった。
討伐隊が用意していたのは、術式の核となる術具と、超長距離《転移》のための目印となるものである。
そこへ、本国から、贄として充分な呪いを蓄えたモノを送るだけで、術式の八割方は完成してしまう。
気がついた時には手遅れになっていることが多いのもこの呪いの特徴のひとつで、レオンたちが瘴気に気づいた時には、既に退路は断たれていた。
この窮地から生き延びるためには、この騙し討ちに激怒している白竜を倒すか、逃げきるかしかなかった。
白竜としても、この状況はかなり危険だった。
古竜は、精霊に近い性質上、魔素や瘴気の影響を強く受ける。
瘴気に汚染されたからといっても、即座に命を落とすようなことはない。
しかし、理性をなくした災厄の化身になる可能性もあって、それは、誇り高い彼女にとって、死ぬこと以上に許容し難いことだった。
戦闘はおろか、飛んだりして魔力を消費するだけでも、彼女の魔力の回復速度が仇となって、瘴気汚染が進む。
最善の手段は、地を這って、魔力を消費せずに逃げることである。
それでも全く瘴気に汚染されないわけではないが、最も被害が少なく済むだろう。
しかし、目の前の人間たちに背を向けることは彼女のプライドが許さず、また、人間たちがそれを許すとは思えない。
何より、時間をかければかけるほど状況は悪くなる。
この呪いを成就させるために、どれだけの命を冒涜したのか。
急速に濃度を増していく瘴気の前にして、白竜は追い詰められていた。
それぞれが逡巡していたのも束の間のこと。
レオンは、白竜に彼を含む人間の非道を詫びると、自分が瘴気の発生源を止めてくるので、白竜には仲間たちと協力して逃げるようにと頼んだ。
意外なことに、この状況の危険性や対処法に最も詳しいのはレオンだった。
レオンが勇者として召喚された際、この世界での生活に必要な《翻訳》スキルなどと一緒に、万一の場合に自動的に解凍される、災害対策マニュアルも勝手に付いてきていたのだ。
レオンは、返事も聞かずに、まだ瘴気が及んでいないであろう上空への転移《門》を設置すると、自身は瘴気の発生源へと駆け出した。
そんな勇者として相応しい姿に、彼の仲間たちは当然として、なぜか白竜も彼を信じてみようという気になり、それぞれ人間に対して思うところはあったが、その場から協力して離脱することを決めた。
レオンは、彼のユニークスキル《九死一生》に全てを懸けた。
しかし、それは九分の一以上の可能性がなければ発動すらしない。
彼は少しでも可能性を上げることができればと、僅かな時間の中で、できることは全て試しながら、徐々に魔物と化しながらも術式を守る裏切り者を斬り捨て、瘴気の発生源を潰していく。
しかし、いくら瘴気に対して高い耐性を持つ勇者でも、限界は存在する。
もう少し――というところで、瘴気に侵されきった身体は限界を迎えた。
一方で、瘴気の発生源の大半をレオンが潰したことで、目印を潰されて《転移》させられなくなった大量の贄が、呪いの失敗の反動もあって暴発した。
そして、彼は間接的にではあるが、彼を召喚した小国を瘴気の海に沈めた。
自業自得の者も、無関係の者も、まとめて大虐殺したことで、レオンのカルマが急上昇する。
絶体絶命の状況の中で、《九死一生》がアクロバティックな解を出した。
そうして、彼は勇者の身でありながら、魔王に堕ちた。
しかし、彼は魔王になった際に得た能力のおかげで、それまでの彼では届かなかった新たな可能性を引き寄せた。
◇◇◇
――ユノ視点――
恐らく、レオンの昔話には、ハリウッド映画のクライマックス並みのあれやこれやがあったのだろう。
途中で私の集中力が切れたので、内容はよく覚えていない。
印象としては、多分に惚気が混じっていたくらい――そんな気がする。
まあ、お年寄りは何度も同じ話を繰り返すものだし、また聞く機会もあるだろう。
もちろん、当事者の主観による話なので、事実とは異なるところもあるとも思うけれど、ツッコむのは野暮というもの。
なので、そんなことはおくびにも出さずに、「素敵な話だね」と答えておいた。
「そう言われると、何か照れ臭いけどな」
レオンの反応は悪くない。
さすが私。と、褒めたいところだけれど、若干の後ろめたさはあるので、私の腰を抱き寄せる腕に力が入っていることを咎められない。
◇◇◇
――レオン視点――
昔話が一段落したところで、改めてユノの方に目を向けると、妙に距離が縮まっていることに気がついた。
どうやら話に熱中しすぎて、つい腕に力が入ってしまったようだ。
というか、最初から腰に手を回していたとはいえ、その時は腕一本くらいの隙間があったのだが、今では誰がどう見ても言い訳できないレベルで抱き寄せている。
腋に当たる、温かく柔らかな感触。
上目遣いで見上げてくるキラキラした瞳。
ヤバいな、可愛すぎる。
初めてシロを見た時以上の衝撃だ。
しかし、心の嫁なので浮気ではない。
心の嫁って、どこまでしてもいいんだろう?
「素敵な話だね」
ユノの口から甘い吐息と共に、熱の籠った言葉が囁かれた(※レオンの主観)。
少し盛りすぎたかと思った昔話だったが、予想以上に好評だったのか?
確かに、物語の中の俺は、超格好いい主人公だったが――もしかしてこれ、今ならいける?
いや、いくしかねえ!
真剣な目でユノを見詰めると、彼女は少し照れたかのように俯いた(※レオンの主観)。
逃がさないぜ、子猫ちゃん――と、彼女の顎に手を添えようとしたその時、彼女が呟いた。
「あ、飛行機」
ブチ殺すぞオルデアのクソがあ!
◇◇◇
――シロ視点――
性の概念が薄い古竜でも、やはり女に生まれたのだから、一度くらいは素敵な王子様との出会いを――と、夢見ることもあるわ。
王子様と出会ってからは、ずっと人間の振りを続けていたけれど、やはり自分が竜であることは偽れなかった。
いえ、彼女の前で、自分を偽ることができる者などいないでしょう。
彼女は特別なのだから。
彼女が背にいると思うだけで、気分が高揚するの。
天にも昇る気持ちとは、こういうものなのかしら?
彼女となら、月までも飛んでいけそう。
もちろん、いくら竜が空の支配者だからといっても、魔力を消費して飛んでいる以上、いつかは大地に降りなければいけない。
なのに、ずっと飛んでいられる――ずっと飛んでいたい、そんな気になるの。
彼女が触れている所から、暖かい何かが私に流れ込んでくる(※高濃度の魔素)。
その温かい何かが、私を満たしていく感覚がとても心地よくて、疲れを全く感じないの(※高濃度の魔素が失われた魔力を補填し、身体を活性化させて疲れを取り除いています)。
これは、彼女が心の嫁だからなのかしら?
レオンが彼女を抱き寄せているけれど、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ、私の方が彼女と深く繋がっているし、レオンに悪い気すらするわ。
あ、レオンったら、彼女にキスするつもりかしら――その後に、私がレオンとキスをすれば、間接キス!?
やだ、歯を磨かなくっちゃ――
「あ、飛行機」
ブチ殺すぞクソがあ!
◇◇◇
――ユノ視点――
半日ほどヤマト上空を飛んで、本日の偵察は終了した。
戦闘はなかったものの、突然シロが暴れ始めて、振り落とされそうになったところをレオンに抱きしめられるという一幕もあった。
とはいえ、シロからは謝罪があったし、そもそも、受け身は得意なので、振り落とされても怪我をすることもない。
なので、何も問題無い。
「それで、どう思った?」
「うーん、俺も軍事に詳しいわけじゃないんで、的外れかもしれませんけど、今日見た戦闘機はどれもかなり低いところを飛んでたんで、空に対する警戒ってより、地上に対する威嚇なのかな、と。でも、それだったらヘリでいいはずだし、機体が全部同じっぽいし、AWACSいないし、もしかしたら、相手も素人なんじゃ? って」
「俺も同意見だ。機体はマルチロールって可能性もあるが、ヘリや大型爆撃機がいないのは腑に落ちない。威嚇ならそっちのが効果的だろうしな。で、ユノは何かあるか?」
「私は飛行機の型とかはよく分からない。車もあんまり見分けがつかない。こういうことでは役に立たない」
「まあ、女の子なら興味が無くても仕方ないか」
元は男だったのだけれど、機械関係は全く駄目なのだ。
というか、自動ドアが開かないことだって珍しくなかったし、コンビニにさえ滅多に行かなかった私に、現代知識を求められても困る。
「問題は戦力評価ですよね。武装は恐らくミサイルがメインだと思いますけど、射程、弾速、誘導性、威力なんかのデータが欲しいですね」
「そうだな。空対地の威力だけなら、戦場跡にでも行けば分かるかもしれないが……。後は、ヤマトの勇者に訊いてみるくらいか。まだ生きていればだけどな」
「燃料の問題、制御の問題、他にもいろんな問題がありますから、そのまま現代兵器ってことはないと思いますけど。戦うなら、どうやってこちらの射程まで呼び込むかですよね」
「届く位置まで行っても、あの速度で戦闘機動されたらどうやって魔法当てるよって問題がなあ……。こっちも兵器積んでみる――っても、焼け石に水だしなあ」
アルとレオンが、チラチラと私の方に意味ありげな視線を送ってくる。
私に丸投げということではなく、何かしらの助け舟かヒントが欲しかったのだと思うけれど、今のところ、私にできることは何も無い。
いや、飛行機を落とすだけなら「落ちろ」と命じればいいのだけれど、そういうことではないのだろうし。
「兵器の脅威は私たちにも分かっているけれど、少し警戒しすぎじゃないかしら?」
「うむ。確かに俺たちでも及ばない射程は面倒だが、こちらの防壁を破られる前に肉薄してしまえば関係無い」
「うーん、こっちの兵器でも充分厄介なんだけど、向こうの現代兵器は、それこそ全ての桁が違うんだよ」
「それに、原爆とか化学兵器とか、洒落にならないのもあるから――」
慎重に慎重を重ねるアルとレオンに、アーサーとシロは若干の不満を感じているようだ。
災厄の化身たる彼らの力を、過小評価されていると感じているのかもしれない。
しかし、人間も案外捨てたものではない――というか、莫迦さ加減では他の追従を許さないと思う。
何といっても、禁忌に触れているとはいえ、神に危機感を抱かせるほどの力を手に入れておいて、それを何に使うのかと思えば侵略戦争だ。
人類を魔物の脅威から解放するとか、そういう名目で立ち上がるとか、他にも方法はあったと思うのだけれど、結局のところ人間を信用できないのだろう。
『そういうのはこっちで対処するよ。――ああ、もちろん、君たちでどうにかできるなら、それに越したことはないけど。とにかく、今日だけで結論は出るものでもないし、明日以降も続けるんでしょ?』
「ああ、うん。海と陸の兵力と、戦場跡の調査に、帝都への潜入捜査、後は青竜にも接触しておきたいな」
「欲をいえば、オルデア本国の情報も欲しいところだが、人手が――いや、時間の猶予が無い。俺としては――というか、普通に考えればヤマトのことは諦めて、万全を期すべきなのだろうが」
普通に考えれば、アルやレオンにも、諜報活動を専門とする部下はいるはずだ。
ただ、万一捕らえられたりして、所属がバレたりするとまずいのだろう。
それで、チラチラと私の方を窺っているのは、暗に私に人を出せといっているつもりか。
とはいえ、新体制が始まってから、私は以前ほど気軽に人を使えなくなったのだけれど。
もちろん、私がお願いすれば断られることはないとは思うけれど、必要以上に頑張られそうなので困る。
朔もそれを案じているから請け合わないのだろう。
いっそ、また私が単身潜入してみるか?




