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03 チェスト

 湯の川からチェストまで、およそ五時間の空の旅。

 ご機嫌なミーティアには悪いけれど、代わり映えのしない風景――特に海の上になると、すぐに飽きた。


 それでも、瞬間移動や《転移》魔法のように全く風情が無いものや、ひたすら陸路や海路よりはマシなのだろう。


 ひとまず、ミーティアの上でもできる暇潰しでも考えるのが建設的か。

 しりとりでも――いや、リリーやアイリスたちも一緒に散々やったし、わざわざ空の上ですることでもないな。

 また何か考えておこう。



 さて、上空から遠目に見えるチェストの町は、そこそこ立派な和風のお城を中心に、日本の某所にある太秦何某村のような街並みが碁盤の目のように広がっている。


 ロメリア王国やゴクドー帝国では星形要塞が多かったこともあって、何だか新鮮な感じがして、「遠くに来たなあ」と実感する。



 そして、その外縁部には、広大な農地や牧場に、畜産用の物だろうか、厩舎が立ち並んでいる。


 総面積ではロメリア王国の王都にも匹敵するだろうか。

 しかし、ほとんどが低層の木造建築ばかりのせいか、これまた王国や帝国の町とは違う趣がある。


 都会という感じではないものの、親しみとか懐かしさのようなものを感じる、そんな町だった。



 しかし、その一番の特徴は、町を覆う城壁が無いことだろう。

 魔物被害が少ない平和な地域なのか、町のすぐ――五キロメートルほど東にある、濛々と噴煙を上げている火山が関係しているのかは分からないけれど、とにかく、この町には囲いがないんだって。

 へー。


 ……景観としては、こちらの方が断然いい。



 なお、チェストの町より北に二百キロメートルほどの所にも火山があって、その火口付近のどこかに、クライヴさんの拠点があるらしい。

 つまり、彼がおかしくなったのは私のせいではなく、元々おかしかった――熱さで脳がやられていた可能性もある。


◇◇◇


 平和な暮らしをしている人を、無暗に驚かせるようなことは本意ではない。


 なので、町から離れた人目のない所に着陸して、そこからは陸路で――私だけは人型アーサーに乗って、チェストの国を目指す。



 アーサーに跨った私を見る、シズクさんの目が痛い。


 羨ましそうに見ているミーティアの目も、違う意味で痛い。



 その視線に耐えかねて、「何とかして」とアルにアイコンタクトを送ってみたところ、彼は《固有空間》からオートバイのような物を取り出して、ドヤ顔をしただけだった。


 意味はよく分からないけれど、アイコンタクトは失敗したのだろう。

 ただ、安全のためにもヘルメットは被った方がいいと思う。




 徒歩から一転、ツーリングになった。

 もちろん、微妙な雰囲気は変わらない。


「貴様! さっき飛んだじゃろう! 低空飛行であっても、飛ぶならユノを背に乗せるのは儂の役目じゃ!」


「貴様の目は節穴か! さっきのは飛行ではなく跳躍! 跳躍はセーフ! ふごぉ!」


 ギリギリを攻めるアーサーに、少しでも飛ぼうものなら取って代わろうとするミーティア。

 何の争いなのだか。

 縄張りか?



 それより、システムのサポートが受けられない私は、振り落とされないように工夫をしなければならない。

 どれだけ体幹が強くても、乗っているのが暴れウマというか、竜なのだ。

 馬力でいうと、軽く一千万を超えるのではないだろうか。

 もちろん、アーサーも全力ではないと思うけれど、システム補正の受けられない私はかなり振り回されるのだ。


 なので、内ももでアーサーの胴を強く挟んで、手綱を――鼻フックを握る手に力を籠める。

 同時に、翼を自動車のリアウイングのように使ってダウンフォースを稼ぐ。


 そうすると、体勢は自然と競馬の騎手のような前傾姿勢になる。


 当然、短いスカートを穿いている私は、後ろから――アルからはパンツ丸見え状態である。


 まあ、何度か裸も見られているし、今更パンツくらいでどうこう言うつもりはないけれど、アルの後ろに乗っていて陰になっていたとしても、シズクさんにはバレていると思うよ?

 女性の勘は、変なところで鋭いのだ。


 とにかく、私のパンツを夫婦不和の原因にだけはしないでほしい。



 ちなみに、世界にアンカーを打ち込めば、変な体勢でアーサーにしがみつく必要もないのだけれど、この場合だと、打ち込むべき世界がアーサーになるので躊躇(ちゅうちょ)している。

 これ以上彼がおかしくなると、手に負えないから。


◇◇◇


 地上に降りてから一時間ほどで、チェストの町が目視できるところまで到達した。

 そこからは、今度こそ徒歩での移動になる。


 とても満ち足りた顔をしているアルと、それとは対照的に不機嫌そうな顔をしているシズクさんは華麗にスルーして、今度は彼らの後ろをついていく。



 今日の予定は、町を見て回って宿を取るくらいで、アルのやり方を学ぶようなイベントはないと思う。

 とはいえ、何をするにしても、バケツを被った私がするより、アルに任せた方がいいのは間違いない。


 というか、今更だけれど、もうひとりくらい常識的な人を連れてくればよかったかもしれない。


 アルとシズクさんと別行動をとることになった場合、古竜のふたりは移動と戦闘以外では当てにならないし、私もバケツを被っていると不審者でしかないので、現地の人とのコミュニケーションは難しいだろうし。


 しかし、常識的な人か……。

 シャロンたちは私が絡むと狂信者だし、クリスたちは最近ちょっとあれだし、リリーに頼むのは大人として情けなさすぎる。

 ……該当者が思い浮かばない!


 まあ、最悪はバケツを外して対応すればいいか。



「うーん、城壁が無いから門も無いし、衛兵とかも見当たらないんだけど、このまま入っちゃっていいのか?」


「私もチェストは初めてですので……。誰か捕まえて訊いてみましょうか?」


 先頭を歩いているふたりの会話から、彼らもこの町に来るのが初めてであることが分かった。


 チェストを拠点にすると決めたのはアルだったので、てっきり来たことがあるのか、しっかり下調べしているものだと思っていた。

 今回はそれほど時間がなかったということなのかもしれないけれど、もしかすると、今回の遠征はサンプルケースとして不適切だったりするのだろうか。


 いや、準備不足を現場でどう補うのかを見るのもまた勉強だろう。


◇◇◇


「あのー、すみません」


 そんなことを考えていると、アルが畑仕事をしていたお爺さんに話しかけていた。


「チェストー!」


 そして、なぜか振り向きざまに、(くわ)で斬りかかられていた。

 いや、得物が鍬なので、本来は「殴る」と表現するところなのだけれど、その見事な刃筋は、どう見ても「斬る」と表現すべきものだった。

 恐らく、お爺さんの長年の研鑽(けんさん)の賜物だろう。



 もちろん、自称チート主人公のアルは辛うじて避けた。

 しかし、動揺は隠せないようだ。


「な、何を!? お、お前様、大丈夫ですか!?」


「あ、ああ。大丈夫」


「むぅ? 魔物かて(かと)思うたや(思ったが)人やったか(人だったか)すみもはんじゃした(すみませんでした)


 お爺さんが、アルに向かって神妙に頭を下げた。

 ただし、何を言っているのかはよく分からなかった。



「に、人間ですよ。異国の出ですが。……すみません、少しお尋ねしたいのですが」


「おいも耄碌(もうろく)したとじゃろうか(したのだろうか)……。そいでないや(それで何だ)?」


「私たちは旅の者なのですが――」


 アルにはお爺さんの言葉が分かっているようだけれど、やはり、私には何を言っているのか分からないところが少なからずある。


(ボクにも分からない。内容は前後の繋がりとか推測で補える範囲だけど――《翻訳》スキルは、ボクには再現のしようがないからなあ)


 《翻訳》スキルか。

 そういえば、そんなものもあったなあ、と当時のことを思い返す。


 この世界に来たばかりの頃の私は、右も左も言葉も分からず、運良く日本のことを知る錬金術師のクリスたちに出会ったので助かったのだけれど、会えていなければどうなっていたことか。


 やはり、重要なのは相互理解。


 そのためには、言葉が理解できなければ不可能――とまではいわないけれど、難しい。



 さておき、今の私には朔という心強い相棒もいるし、易々と加減を間違えないだけの技術もある。

 ということで、相互理解のために、お爺さんを少し糧にさせてもらおうかな。


 もちろん、物理的に食べるわけではないので、痛くも痒くもないようにできる。

 それに、喰らった分は創り直しておくので、心配はしないでほしい。

 むしろ、健康になるくらいだと思う。


 といっても気づかれないだろうし、断りは入れない。



 不可視化した領域を展開して――。


「キエェェ!? ――むぅ?」


 まさか、気づかれた?

 明後日の方向を向いて身構えているので、偶然かもしれないけれど、やはりリリー以外にも勘の良い人はいると思った方がよさそうだ。




 残念ながら、このお爺さんは有益な情報を持っていなかった。


 そもそも、この町に外部の人が訪れること自体が稀らしく、お爺さんに至っては、外部の人を見たことすら初めてなのだとか。

 そんな人に町に入る手続きを尋ねても分かるはずがない。



 なお、お爺さんが突然斬りかかってきたのは、背後に尋常ならざる気配を感じたからだそうだ。

 それを聞いたアルが、何かを言いたげな様子でこちらを見ていたのだけれど、私の――というか、朔の気配は漏らしていない。


 その後の領域の展開には気づかれたかもしれないけれど、私だということまでは分かっていないようだし、セーフだと思う。


 それに、アルだって、一般の人から見れば、「英雄」という名の魔物なのだ。

 あれ? 何だかちょっと格好いいかも。


 冗談はさておき、魔素は観測できないらしいし、可能性でいうならミーティアかアーサー、大穴でシズクさんのものだろう。



 その後、お爺さんが斬り殺そうとしてしまったお詫びとして、町一番の温泉宿を教えてくれた。

 というか、外部の人が滅多に来ないので、宿はその一軒だけしかない。

 むしろ、宿よりも、地元の人向けの温泉がメインらしい。


 温泉と聞くと、ちょっと心が弾んでしまう。

 我ながらチョロいなあと思う。


◇◇◇


 その宿は市街の方にあるため、そちらに向かって歩いていれば、当然すれ違う人も増える。


 お爺さんの、「外部の人が滅多に来ない」との言のとおり、黒髪黒目の人が多いこの町では、銀髪のミーティアや赤髪のアーサーが、服装も含めて珍しいのか、好奇の目を向けられている。

 あるいは余所者を警戒しているのかもしれない。


 しかし、私の姿――バケツを被った翼と尻尾付きゴスロリ少女を目にすると、みんな二度見三度見した後、スッと目線を逸らしてしまう。


 まあ、今日のバケツは無地なものの、被っているだけでも危ない人なのに、その上からヘッドドレスを付けているので、普通の人の感性なら正気を疑うものだろう。

 気持ちは分からなくもない。



 なので、先導はアルに任せて、問題を起こさないように後方で気配を殺して歩く。

 最初から不可視化していた方がよかったかもしれない。

 今更だし、突然消えても問題なのでやり通すけれど。



 一時間ほど歩いて辿り着いたのは、宿というよりホテルといった方がしっくりくる、洋風の大きな建物だった。


 看板には大きく「レオンホテル」と表示されているし、名前も和風ではなかった。

 それか、キラキラしているのか。


「何だか親近感を覚える名前のホテルですね」


「創業者の名前なのかな? まあ、うちの子たちにも、名前を残すくらい立派になってほしいところだね」


 ……立派?

 隣の建物――地元の人向けの温泉の方は盛況みたいだけれど、ホテルの方は閑古鳥が鳴いているっぽいけれど?


 そんなことより、温泉が楽しみなので、アルを置いて先にホテルへ向かうことにする。




 ホテルは外観同様、中も洋風で、高級感のある立派な物だった。

 しかも、他にお客さんがいないようなので、貸切り状態。

 お得というか、贅沢である。


 しかし、余計なお世話だけれど、維持費とか大丈夫なのだろうか。



 さておき、お客さんもいない割には、私が帝国の辺境で泊まっているホテルよりもグレードが高い気がする。

 あそこも、この世界ではかなり格式の高いホテルなのだけれど。


 そういえば、アーサーの似非執事服はともかくとして、私のゴスロリバケツや、ミーティアのアラビアン露出狂は、ドレスコード的に大丈夫なのかと心配になる。


 どこよりも豪華な私のお城がドレスコードフリーなので、ついつい常識を忘れてしまう。

 最悪、また顔を出すか。



「あ」


 そんなことを考えていると、ミーティアが間抜けな声を上げた。


「お客様、申し訳ございません。当ホテルにはドレス、コード、が……」


 ミーティアの視線の先には、アーサーよりも更に似非感の漂う支配人らしき人の姿があった。

 その支配人さんも、ミーティアを見て驚きに目を丸くしている。


 ……どこかで見たことのある顔だな?



「お待たせ――って、どうした? あ、ドレスコードか?」


 そこへ、アル夫妻が遅れてやってきた。


 あ、思い出した。


「どうしたの、レオン――って、貴方たち!?」


 様子のおかしい支配人を心配してか、スタッフルームから、長く白い髪に白いドレスを纏った、とにかく白い女性がやってきて、私たちを指差した。


「え、何? 知り合い?」


「やっぱり貴方たち、私とレオンの愛の巣を壊しに来たのね! 絶対にそうはさせないわよ!」


「お前様、どうにも様子がおかしい――気をつけて」


 ここの支配人は、元人間の魔王レオンさんだった。

 それで、こっちの白いのはハクだったかシロだったか、そんな感じの名前の白い古竜だ。

 それがなぜこんなところにいるのだろう?



「レオン様、どうしました? ――もしかして敵、ですか?」


『やあ、久しぶりだね。ボクらは君たちの邪魔をしに来たわけじゃなくて、この近くで用事があるんで、普通に宿を取りたいだけなんだけど』


「レオン様に向かって、なんて無礼な物言いを!? ――こいつら、やっちゃっていいですか?」


 いきなりやって来た、知らない顔のスタッフは、彼の配下だろうか?

 お客様に向かって「こいつら」とか、喧嘩を売っているような態度とか、教育が足りないといわざるを得ない。


 湯の川は……ホテルではないので問題無し!



「貴様こそ、誰に向かって口を利いている? ユノ様、こやつらの焼き加減、いかがいたしましょう?」


「アーサー、ステイ」

「はっ!」


 ……まだ焼いていないので問題無し!



「え、あれ? え、魔……王?」


「ロメリア王国の英雄、か。すぐ人に《鑑定》を仕掛けるのは感心せんな」


 アルもようやくレオンさんの正体に気づいたようで――というか、ミーティアとアーサーも、ここに来るまで気がつかなかったのか?



「古竜を2匹も連れてくる用事って何かしら? 平穏を望んでいるなんて言った奴のすることじゃないわよ」


「逆じゃ、莫迦者。こやつを野放しにした方が、平穏から遠ざかるのじゃ」


「ユノ様の手となり足となるのが俺の役目。邪魔をするなら容赦はせんぞ」


「ステイ!」

「はっ! いや、ですが――」


 私もペット――押しかけ従者の教育が足りていないようだ。


「ぐふっ! こ、この圧力は! ユノ様の重み―――――――――良いっ!」


 私の指示を無視して喧嘩を続けようとしたアーサーを教育しようと、不可視の領域を展開して踏みつけたのだけれど、どうやら喜ばせただけの模様。

 教育者って大変だね。



「ああっ!? 認識阻害の多重結界がっ! ぐぬぬ……! 何てことを……、お前ら何しに来たんだよお!?」


 レオンさんが、見るからに悲痛な叫びをあげた。


 領域を展開した際に、何かが壊れたような気がしたのは気のせいではなかったらしい。

 結界って、気づきにくい割には簡単に壊れるんだよね。

 中途半端なことをせずに、強度か秘匿性のどちらかに振りきればいいのに。


 まあ、黙っていれば分からないか。



「何かあったの?」


「『何かあったの?』じゃねーよ! 魔法やスキルの発動も無しに結界ぶっ壊すとか、普通はあり得ないんだよ! 何でバレないと思ってんだよ!?」


「クックックッ……。じゃから言うたじゃろう。こやつはこういう奴じゃ」


「確かに、野放しにするのは危険なようね……!」


「あの、うちの連れが済みません……」


「……いや、構わん。お前も相当苦労しているんだろう……」


 なぜかというかやはりというか、バレているらしい。


 物証も無しに犯人を決めつけるなど言語道断だと思うのだけれど、ここは残念ながらそういう世界なので仕方がない。


 そして、犯人だと決めつけられても――本当に犯人だったとしても、力ある者が罰を受けることはない。


 ふはは、やれるものならやってみろ。


 本当に残念だけれど、そういう世界なのだ。

 なんてね。


 私は謙虚なので、反省するのだけれど。

 詫び代わりに世界樹でも創ろうか?

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