02 スタート
アルの準備が終わったとの連絡が入ったので、出発前に最後のブリーフィングを行う。
まずは状況確認。
今から約三か月前、魔族領東部にある中堅国家【オルデア共和国】が、専制君主国家【ヤマト】に対して宣戦布告、それと同時に進攻を開始した。
宣戦布告の理由は、「悪しき王より民衆を解放する」といった、ありがちな大きなお世話だ。
アルの奥さん――ヤマト出身の【シズク】さんの話では、ヤマトは王国ほど豊かな国ではなく、内乱も絶えない国だけれど、帝は取り立てて騒ぐほど悪い君主ではないらしい。
強いていえば、一人娘に甘すぎるのが玉に瑕らしいけれど、そういうことを聞きたかったわけではない。
なお、このシズクさんは、和風の甲冑を装着して、長い黒髪を後ろで束ねた、どこからどう見ても立派な女武者である。
クラスもやっぱり女武者だそうだ。
アルの奥さんのタイプに、統一性というか共通点があるとすれば、「美人」という一点だけしか思いつかない。
あちこちで、映画ばりの活躍をして、ロマンスがあったのだとしても、何というか、彼は割と節操のない人なのかもしれない。
いや、全員に全力というのは何となく伝わってくるので、当人同士がよければそれでいいのだけれど、可愛ければ誰でもいいということなら、アイリスやミーティアやソフィアたちが狙われることもあるかもしれない。
もっとも、まだ幼いリリーに手を出すのは許さないけれど、それ以外は当人同士のこと。
というか、私も危ない?
いや、元は同性だし、お互いに友人感覚の方が強いと思うけれど。
さておき、問題となるのは、宣戦布告の理由ではなく、その手段にある。
情報提供者によると、それはこの世界では禁忌スレスレのものらしくて、従来の戦術で対抗しようとしたヤマト勢では歯が立たなかった。
本来ならシステムのアップデートや、神の手によって対処されるレベルの問題らしいので、致し方ないといえばそうなのだけれど、裁量権を持たない人――というか、神の言葉なので、鵜呑みにしてもいけない。
最低限、立場の異なる神の意見も聞くべきなのだろう。
会えればだけれど。
とにかく、現在はいろいろあってシステムが不調らしく、問題が放置されたままになっている。
そんなわけで、ヤマトが陥落――むしろ、滅亡するのも時間の問題である。
次に目的の確認。
アルとシズクさんの目的は、ヤマトを含めた極東地域を守ること。
具体的には、オルデア共和国の撃退、若しくは可能な限り有利な条件で停戦に持ち込むこと。
ついでに、禁忌もどうにかしてくること――は、私への注文である。
いつの間にか、禁忌で確定している体で話が進んでいる。
それを信じて行動しても、何かあれば怒られるのは私なので、慎重に判断させてもらうつもりだ。
作戦等の確認。
具体的には、現地に行ってみないと分からないことも多々あるものの、作戦の第一段階は交渉である。
それで戦争が終結すればいいのだけれど、恐らく、世界はそんなに甘くない。
とにかく、まずはアル夫妻が遅めの新年の里帰りという名目で、ミーティアとアーサーはその移動手段、そして、私はただの観光客として、ヤマトへ向かう。
その後、ヤマトの現状を確認し次第、共和国の大義名分を崩した上で、アルの名で抗議する。
この時点では、抗議だけで実力行使はしない予定。
アルの後ろに、王国やそれ以外の勢力の姿があるよと圧力を掛けるわけだけれど、突っぱねられた場合は作戦を第二段階へ移行する。
第二段階は、現地の軍や勇者、その裏で神の力も借りて――というより、それらを隠れ蓑にして反攻作戦を開始する。
現地の人は当事者なので言うに及ばず、神には「あれ禁忌だろ、何とかしろよ。あんたらがしないならユノを放つぞ」と嗾けるのだ。
脅し文句が少しおかしい気がするけれど、状況が状況だけに名前だけならまあいい。
ついでに、ヤマトのどこかにいるという、青竜を焚きつけるのもいいかもしれない。
それでも、「ヤマト負けそう!」というときは、第三段階――というか、最終段階。
私の出番。
といっても、禁忌を排除するだけの予定だ。
禁忌が無くなれば、後は自力でどうにかなるだろうということらしい。
なお、私が動いた後の作戦はなく、全てをアドリブで行う。
「ユノが動いたら何が起きるか分からないし、作戦の立てようがないんだよな……」
「そうじゃな」
「こんなにも可憐な方に、そのような力があるようには見えませんが……」
「見た目に騙されるのは、誰もが通る道じゃな」
私が悪いみたいに言われるのは心外である。
「前にも言ったけど、これ、こう見えても神だから」
神扱いされるのは好きではないけれど、「これ」扱いもどうかと思う。
「全く、どいつもこいつも――阿頼耶識にガツンとくる、ユノ様の素晴らしさが分からんとは……」
アーサーが何を言っているのか分からない。
まあ、いつものことなのだけれど。
シズクさんは、私の能力に懐疑的なようだけれど、特に信じてもらう必要も感じない。
そもそも、私の出番がないまま済むのならそれに越したことはないので、説明はしない。
むしろ、後が無いと思っていた方が、その分頑張ってくれるだろうし、疑ってくれている方がいいような気がする。
◇◇◇
翌朝、久々の長距離フライトが待ちきれず竜型になっていたミーティアとアーサーを見て、心なしかお肌がツヤツヤしていたシズクさんの顔色が、一瞬で蒼白くなった。
昨晩は盛り上がっていたのか、そのまま浮かれた気分でいたのか、そのあたりのところには踏み込むつもりはないけれど、あまり委縮されると、彼女を乗せるアーサーの機嫌が悪くなる。
竜は、その背に乗せる人に並々ならぬ拘りがあるらしくて、弱者や臆病者を乗せるのを極度に嫌うのだ。
ミーティアは、「竜とは誇り高い生き物なのじゃ」などと、常々言っている。
もしかすると、彼女の言う「誇り」の意味が、私の知っているものと違うかもしれないけれど、そういうことらしい。
それでも、私が命令するとか、頭を下げてお願いすれば、嫌々ながらも従ってくれるのだろう。
しかし、私も彼女たちの主義主張は尊重したいので、そこまでする気はない。
シズクさんが、ヤマトのために何かをしたいという気持ちも理解できるものの、こんなことで躓かれると、さすがに足手纏いというほかない。
そもそも、戦略的にも戦力的にも、別にいなくても構わないのだ。
むしろ、いない方がいろいろと手っ取り早い気がする。
素直に諦めてくれればいいのだけれど、最悪はアルと《転移》で移動してもらおう。
残念ながら、私が何も言わないのを見て察したのか、アルが背中を押したというか「何があっても俺が守るから」と臭い台詞で勇気づけたというか、シズクさんも無事にアーサーの背に乗った。
「はぁ……」
自らの背に乗るアルとシズクさん、そしてミーティアの背に乗る私を見比べて溜息を吐いたアーサーだけれど、どうやら乗車拒否まではしないようだ。
プライドと、欲望の間で揺れ動いているのだろう。
そして、欲望に屈したか。
◇◇◇
「それじゃあ、行ってきます」
「土産を楽しみにしておれ」
見送りに出てきた私とリリーとソフィアに手を振る私とミーティア。
奇妙な光景だけれど、二度目ともなると、みんなも慣れたらしく、何のリアクションもない。
「俺が留守の間のユノ様の新作グッズ蒐集、確かに任せたぞ」
「は、はい! 種類を問わず、全てのバージョンを3つずつですね、心得ております! で、でも、ポイントは大丈夫なんですか?」
アーサーが、見送りに来ていた――いや、今の時間は仕事中だろうし、たまたま近くに来ていたアンネリースにお遣いを頼んでいた。
「心配するな。この仕事が終われば、大量のポイントでウハウハの予定。――いや、俺の目にはその未来しか見えぬ。安心して立替えておくがいい」
アーサーの目が曇っていた。
どう考えても《未来視》ではなく、希望的観測だ。
確かに、ポイントは入るだろう。
しかし、大量かどうかはまだ分からない。
時間をかけて、交渉だけで終わった場合では――アーサーの活躍にもよるけれど、微々たるものではないかと思う。
それより、アンネリースに頼んでいたのは主にペットの世話だったのだけれど、彼女はアーサーもペットだと思っているのだろうか?
しかし、考えてみれば、城内ではアーサー(人型・四つん這い)に乗って移動することもあるし、ペットに見えなくもない。
そもそも、バトラーだとかサーバントだとか、日によって名称は変わるけれど、それらは基本的に名誉職のようなもので、アーサーは実際にはこれといった仕事をしていない。
少し前までは、魔王たちの研修を手伝ってくれていたけれど、今は、精々が初めてのお客さんに、「あの赤竜を執事に使うなんて――!」と思わせることくらいである。
それは必要なことなのだろうか?
つまり、現状はヒモを養っているようなものなのかもしれない?
いや、一応ポイントは入っているようだし、役に立っていると判断されているのか?
誰に?
私としては、ペットの方が可愛げがある分、良いと思うのだけれど。
◇◇◇
湯の川を発った私たちが向かうのは、ヤマトの南西にある国――というか町、【チェスト】だ。
ヤマトから目と鼻の先にあるその町は、武の聖地ともいわれるほど武術が盛んな町で、彼らが発する掛け声が町の名の由来だといわれている。
そして、三魔神の一柱、クライヴさんの領域である。
オルデア共和国がこの町にまで侵攻していないのは、クライヴさんを警戒してか、二正面作戦を嫌ったか、その両方か。
作戦は後者であることを期待してのものだけれど、そうでなくても、チェストに戦火が及んでいない事実は変わらない。
ひとまず、そこを拠点にヤマトの調査を行って、充分な量の情報が集まり次第、改めてヤマトへ乗り込む。
もちろん、私が領域で一気に調べることもできるのだけれど、私の価値観を通して調べたものが、みんなの役に立つとは限らない。
というか、私の目というか認識能力はちょっとすごいのだけれど、口は並――というか、少し駄目なので、認識したものを上手く伝えられる気がしない。
そもそも、実際に対処するのはアルたちなので、その目で確認した方がいいのだ。
それに、リリーのように勘の鋭い人がいれば、私の領域でも察知される可能性もある。
そして、それが敵対行動と判断される可能性だってあるのだ。
という建前ではあるけれど、私と朔にも少々思うところがあって、チート主人公と公言しているアルのやり方を学びたいと思っている。
もちろん、チートはどうでもいいし、主人公になりたいわけでもないけれど、迷走しがちな私の参考になるものがないかと期待してのものだ。
アルが波乱万丈な人生を送っていることは百も承知だ。
しかし、それらは最後にはハッピーエンドというか、幸福に繋がっている。
アルの主観で、現状は――ではあるけれど。
私も、お嫁さんは要らないけれど、妹が欲しい。
あ、この表現だと意味が変わってくるか?
まあ、誰かに聞かせるわけでもないからいいか。
とにかく、私の性別が変わったのは、コンプレックスも解消できたりと、結果オーライといってもいい。
妹たちにどう説明するかは別として。
しかし、神になったり、アイドルになったりが、私の幸福に繋がっているかは不明である。
いや、アイドルになったのは、神になってしまったことへの対処療法のようなもので、幸福とは関係無い。
少なくとも、現時点では、メリットがデメリットを上回っていない。
そもそも、なぜ神になんてなってしまったのか。
私は種子で、種子は可能性。
だからといって、よりにもよって神になることはないでしょう?
……いや、まだ間に合うはず。
諦めたらそこで試合終了ということは、諦めなければ終わらないのだ。
試合のように制限時間やルールがあるわけでもないし。
とにかく、私が二十余年もの間信じてやってきたことが、間違っていたとは思いたくない。
それでも、結果が気に入らないのであれば、そして、その先の人生が良くなるのであれば、改めるべきことがあるならそうすべきだ。
何を改めればいいかは分からないけれど。
それを理解するために、アルを観察しようと思っているのだ。
それに、「六十の手習い」という諺もある。
何かを始めるのに、遅すぎるということはない。
他の人より始めるのが遅かったことでハンデを背負ったとしても、その人にとってはそのタイミングが最速なのだ。
ということで、じっくりとアルのお手並みを拝見しようと思います。




