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01 お仕事

 4月中旬。


 さきの満月の夜に、アルに案内されてアイリスと一緒に魔界に旅立ってから、数日が経過していた。

 アルは、魔界での協力者というか、彼の義理の両親と私たちを引き合わせると、すぐに領地に戻って、ヤマトに向かうための準備をしている。


 それで、私たちはそれが終わるのを待っている状態だ。


 魔界への送迎の後、すぐにヤマトに向かうものだと思っていたので、少々拍子抜けした感がある。



 ついでに、私と同様の想像をしていた同行者たちも、暇を持て余している。


「くそっ、もう一度だ!」


「くくく、その眼に頼っているうちは儂には勝てんぞ?」


 目の前には、暇さえできればすぐにじゃれ合うミーティアとアーサーが、人型で模擬戦を行っている。

 何だかんだと言いながらも、結構仲が良いのかもしれない。



 なお、ふたりが行っている模擬戦は、死なない程度にやり合う結構ガチめのもの。

 泡沫魔王が相手だと、数秒で決着が――場合によっては死ぬレベルのもので、一定以上のレベルがなければ、見学しても参考にならないものらしい。


 それで、詳細な通算成績までは覚えていないけれど、それぞれの勝率は、ミーティア七割、アーサー二割、引き分け少々といったところだったと思う。



 アーサーは、《未来視》という、ほんの1秒とか2秒先の未来を観測できる竜眼を持っている。

 もっとも、不確定要素が多いと観測できない未来があったり、また、視えていたからといって対応できるとは限らなかったりして、それ単体でのアドバンテージは限定的だ。


 なので、ミーティアが言うように、視られていることを前提に、更にその先を読んで誘導されると、いいように遊ばれることが多い。

 アーサーも、先の先まで読むために、更にはその上で《未来視》を併用すれば大きなアドバンテージになるのだけれど、それは理解していながらも、長年にわたって染みついた癖は中々抜けないらしい。


 もっとも、ミーティアも偉そうなことを言っている割には、読み間違えたりして負けているのだけれど。


 経験則に基づく勘と、希望的観測は違うのだ。


 とはいえ、精度を上げるには場数を踏むしかないので、その負けこそが経験となるのだろう。

 それはアーサーもだけれど。



 さておき、そんなふたりの怪我を、模擬戦のたびに癒していたのがアイリスだったのだけれど、彼女は今、私と一緒に仲良く魔界へ出張中である。


 ここにはアイリス以外にも回復魔法が使える人は数多くいるものの、このふたりの怪我を回復できるだけの人となると、簡単には見当たらない。


 当然、人数でカバーすることもできるのだけれど、それぞれが忙しい中、このふたりの遊びに付き合わせるのも気が引ける。


 というか、湯の川で最も仕事をしていないのは私である。



 無職だと思われると世間体が悪いので、少し言い訳をしておくと、湯の川での私は、視察という(てい)で散歩をしたり、神座に座ってボーっとしていることが仕事である。

 給料は出ない。

 むしろ、出す方だ。

 現金ではなく、現物とかポイントだけれど。


 さておき、実際には、帝国だったり、魔界だったり、みんなには見えない所で仕事をしている。


 などと、誰に言い訳しているのかは分からないけれど、私は「湯の川で手の空いている回復魔法使い」という条件に当て嵌まってしまう。

 正確には回復魔法――システムの提供するものではないのだけれど、結果だけを比較すれば回復魔法以上なので問題は無い。

 というか、私の領域操作の方が魔法の本質に近いので、当然なのだけれど。



 とにかく、それくらいは大した労力ではないので構わないのだけれど、なぜか治療される方が、「魔法のような味気ないのは嫌じゃ」とか、「愛が、愛が足りませんぞ!」と治療方針に口を出してきて面倒くさい。

 そして、接触及び経口摂取――私の指から出るお酒をしゃぶって心身を癒すという、わけの分からない治療を要求されているのだけれど、当然理解できない。


 というか、最近の模擬戦の頻度の高さは、これがしたいからかと疑わずにはいられない。


 そうすると、この妙に息の合った悪巧み――このふたりは、やはり本当は仲が良いのだろう。


 竜は群れないだとか、孤高の存在だとか言っていたのは、コミュ障の言い訳のようなものだったのかもしれない。


◇◇◇


 春は多くの種族にとって出産シーズンということもあって、町の人口が一気に増えた。


 町を歩いていると、赤ちゃんを抱いた幸せそうな母親もちらほら見かける。

 そういった光景は、他人事ながら心がほっこりする。


 そして、そんな母子が不自由しないようにと、自分の子でもないのにあれこれ世話を焼いている人たちを見かけて、またほっこりする。


 私が「子供は世界の宝」だと言ったことも関係しているのかもしれないけれど、こういう心温まる感のある世界は、とても素晴らしいものだと思う。



 余談だけれど、日本において、こういう状況を指して使われることが多い「ハートフル」という言葉は、実は和製英語だそうだ。

 しかも、本場では、なぜか全く逆の意味にとられる可能性があると、学生時代に教師から聞いたことがある。


 なお、本場では、「ハートウォーミング」というのが一般的らしい。

 私には、本場に行くことも、そんな言葉を使う機会も無かったので、特に役に立つことのない知識だったけれど、どこかの誰かの役に立てばと――あの教師も、そんな気持ちで話したのかもしれない。


 更に余談だけれど、その言葉を冠した、人間と鳥類との恋愛を描いた狂気のゲームが存在するそうだ。

 それを聞かされた時は、人間の可能性に戦慄したことを覚えている。


 しかし、今にして思うと、私のように翼の生えた人間――神もいることだし、人間の想像力を賞賛するべきだったのかもしれない。



 そんな心温まる人情味に溢れた町だけれど、困ることがひとつある。

 本当はひとつどころではないけれど。



 そのひとつが、

「あ、ユノ様! 娘が生まれたんですよ! どうかこの子を祝福していただけませんか?」

「ユノ様、この子に名前を付けてやってくれませんか?」

 などと声をかけてくる人がいることだ。


 私が祝福?


 この世界的には私は邪神なのだけれど、それでもいいのだろうか?



「貴方の歩む道に、常に可能性という名の灯がありますように」


 とはいえ、台詞は朔が考えてくれたし、それを言うだけならタダだ。

 親御さんの方も、何かがあっても私に責任を問うようなことはないだろうから、気軽に応えてあげればいい。



 しかし、さすがに名付けはあり得ない。


「名前は、両親から子供への初めての贈り物なのだから、貴方たち自身が、心を込めて素敵な名前を付けてあげて」


 マリンとカリンの卵が(かえ)って名前を付けることになったのだって、思いつかずに【ラスカル】と【パトラッシュ】って付けたくらいなのに。


 元ネタを知っているらしいアイリスの視線が痛かった。


 しかし、決してふざけていたわけではなく、咄嗟(とっさ)に出たのがそれなのだ。

 そして、一度出るとそれに引っ張られて、次の候補が思い浮かばないのだ。


 とにかく、一生付きまとうようなものを、軽々に付けるわけにはいかない。

 それに、クモの子の名前をなんて話になったときには、どうすればいいのか分からない。

 虫が苦手なのはいうまでもなく、数も多そうだし、見た目で区別がつかないだろうし、いろいろな意味できつい。


◇◇◇


 町を歩いていると、最近になって増えている物がもうひとつあることに気がつく。


 ポスター、写真集、人形など、私のグッズが公然と取引されているのだ。

 ひとつどころではなかった。


 それより、私の肖像権はどこにあるの?


 隙間特集第一弾というポップは何だろう?

 何の隙間?

 というか、続くの?


 人形の穿いているパンツが、実物そっくりなのはどういうこと?

 中には、脱衣ができる人形まであった。

 さすがに細部までは作りこまれていなかったけれど、局部が光る仕様になっていた。

 本当にどういうことだ。



 まあ、ポスターや写真の私は、確かに可愛い。


 人形の造りもかなり精巧だと思う。


 私のこの町での人気を考えると、確かに需要はあるのだろう。


 しかし、目の前で売り買いされる私を見る、本人の気持ちも少しは考えてほしい。


 なお、町で取引されているのはごく一部で、更に出来の良いオフィシャルグッズは、神殿で、貢献ポイントのみでの取扱いになっているそうだ。


 ……オフィシャルってどういう意味だったかな?



 とにかく、最近はどこを見てもそんな光景が目に入ってくるので、以前のように無邪気に町を楽しめない。


 それでも、神扱いからアイドル扱いになっていると思えば、少しはマシなのだろうか……?




 だからといって、私の散歩は視察という名目になっていたりするので、サボってばかりもいられない。


 冒険者ギルドに顔を出して、冒険者や職員と世間話をする。

 病院を訪れては、世間話をする。

 時には、井戸端会議をしている主婦たちの間に交じって、世間話をしていたりもする。



 そこで聞いた話なのだけれど、どうやら色街を作ろうという提案が出ているらしい。

 しかも、男性からだけではなく、女性側からの要望も多かったのだとか。



 どうにも、私が可愛すぎるのと、女性の数に対して男性が少なすぎることが問題らしい。


 前者は意味が分からないし、どうしようもないとしても、後者は、一夫多妻制とかにするにしても、異種族間での共同生活には慣れてきたとはいえ、婚姻とか異種交配なると、また別の話である。

 多分。


 なので、もうしばらくは様子見というか、ケーススタディとでもいうのだろうか、とにかく、時間が必要になる。


 しかし、種族によっては男性が存在しないこともあるし、そういった種族への配慮も必要になる。

 そこで、裸の付き合いとでもいうのだろうか、相互理解を深める場が必要だ――というのが主張らしい。

 私にはよく分からないけれど。


 とにかく、はめを外さない限りは好きにやればいいと思うし、そもそも、私が口を出す問題ではないと思う。

 ただ、子供たちへの教育上の配慮はしてほしい。


◇◇◇


 とにかく、今日も平和で何よりである。


 そこで、今日は学園にも足を延ばすことにする。

 本当はもっと頻繁に覗きに行きたいところなのだけれど、私が来ていると分かると、子供たちがそわそわして勉強どころではなくなってしまう。

 もちろん、子供たちの可能性を狭めるのは本意ではないので、そういったことは避けなければならない。


 なので、今日も姿を消して潜入しようと思っている。



 領域を不可視化する要領で、姿も消して潜入開始。


 本当はこんなことをしなくても覗くことができるのだけれど、プライバシー保護の観点から、湯の川での領域展開は控えている。


 それに、リリーも日中はこの学園に通っているのだけれど、なぜか彼女には気づかれてしまう。

 なので、視えていないから形は適当でもいい――とはいかず、あまり人間離れした姿は晒せないのだ。


 それに、可能だからと無茶苦茶なことをしていると、そのうち人間性を失くしてしまいそうなので、多少面倒でも、人間の姿を保つことを心がけている。

 耳とか翼とか、他にもオプションが付いているけれど、それは個性ということで納得しておこう。



 それはともかく、リリーの授業風景を見に行ったところ、早々にバレた。


 バレてしまったものは仕方がないので手を振ってみたところ、嬉しそうに微笑んでくれた。

 可愛いなあ、もう。


 リリーの隣の席で、怪訝(けげん)な表情をしているのは、アルの息子のレオンくん。

 同年代の人族の子と比べると才気に溢れていて、人族の学校では彼の能力を伸ばせないそうなので、湯の川の学園の開始に合わせて入学してきたのだ。


 なお、元人間の魔王と同じ名前だけれど、彼の場合はこの国では一般的な名前なので、キラキラネームではない。


 それと、あの魔王は、どうやら名前も知られていないようなマイナーな存在らしいので、狙って付けたわけでもないのだろう。



 名前はさておき、湯の川に来た当初のレオンくんは、少々問題児だった。


 英雄を父に持ち、父に負けない英雄を目指して英才教育を受けていた彼の目には、魔物と共存するこの町が、彼の正義とはかけ離れていたのだ。


 そんな彼は、自身の能力に自信があったこともあって、同年代の最も邪悪な――彼にはそう見えた少女に突っかかった。


 そこまでなら「子供だから」で済んだのだけれど、彼は実際に剣を抜いて向けてしまったのだ。

 少女とその後ろにいた私に向かって。


 とはいえ、私もいた場でのことなので、大事になることはないのだけれど、リリーが殺気というか《威圧》を返しただけで、レオンくんが一瞬で失神してしまった。

 もちろん、私もいたのですぐに意識は戻ったけれど、《威圧》の余韻で少々パニックになってしまった。



 当時のことを、アルはこう語っている。


「うちの息子が悪かった――いや、頭が固かったことは確かなんだが、あの殺気は子供にゃきついわ。ってか、幼女が出す殺気じゃねえ。あれは魔王級だよ。正直、俺もビビった。これじゃあいい薬どころか、トラウマになるかもって焦ったわ。でもお前のおかげで助かった――と、いえなくもないのか? いや――」


 アルが言及したように、心神耗弱状態にあったレオンくんを慰めたのは私である。


 生まれたての小鹿のように、ガクガク震える彼を優しく抱きしめながら、

「人は生まれを選べないけれど、生き方は選べるの。ここには人間や魔物だけじゃなくて、魔王の子とか魔王級の子とかいろいろいるけれど、私にとってはみんな湯の川の子なの。貴方もて、ここにいる間だけでもいいから、湯の川の子としてみんなと仲良くしてくれると嬉しいな」

 などと言って宥めたのだ。


 そんな子供騙しの綺麗事を素直に受け容れられることを思えば、レオンくんは、アルが言うほど頭は固くないように思う。



 確かに、町中で――学園内で剣を抜いたレオンくんの非は大きい。


 しかし、バケツを被ったままだった私にも問題があったのではないだろうか?


 すっかり慣れてしまって失念していたけれど、本来バケツとは被るものではないのだ。

 とはいえ、今さらバケツを止めることなどできないので、せめてバケツを外すタイミングだけでも真面目に考えた方がいいかもしれない。



 とにかく、レオンくんにも、「人間だから、魔物だから」という線引きは、湯の川では意味が無いことは理解してもらえたと思う。


 ただ、彼の将来の夢が「立派な領主」から「ユノ様の騎士」になっていたと、後になってアルからクレームが来た。

 少々想定外の刷り込みがあったのかもしれない。

 マジでごめん。


 とはいえ、これは子供が「幼稚園の先生とケッコンする!」というような麻疹(はしか)的なものだろうし、大人になったらしっかり跡を継いでくれるはずだ。

 何も心配する必要は無い。



 そんなレオンくんも、今ではすっかり魔物の子たちとも打ち解けている。

 そして、リリーのことも、他のみんなと同じように、「姐御」と呼んで親しくしている。


 当初はその呼び名に戸惑っていたリリーだけれど、存外嫌そうな感じでもない。

 そんなことより、友達ができたことが嬉しいのだろう。


 まあ、私の学生時代のあだ名の「雄姫様(おひめさま)」みたいなものより遥かにマシだし。

 とにかく、これから精一杯青春を謳歌してほしい。


◇◇◇


「でもやっぱすげーよなー」


「僕らは運が良かっただけだよ」


 リリーたちとはまた別のクラスも覗いてみる。


 そこでは、帝国で保護したエルフの子供たちが、随分と湯の川に馴染んでいた。

 休憩時間に、みんなと一緒に楽しくお喋りしたり、遊んだり――と、帝国で負ったトラウマも随分とマシになっているように見える。

 非常に喜ばしいことである。



「でよ、他の奴に聞いたんだけど、お前ら、ユノ様と一緒にお風呂に入ったんだって?」


「すげえな、お前ら勇者だな」


「もー! 男子、またそんな話して! エッチなのは駄目なんだよ!」


「うるせー、邪魔すんな! 男にとっちゃ大事なことなんだよ!」


「で、おっぱい触ったのか?」


「先っちょ見たんだよな?」


「うん、ものすごく柔らかくて、もちもちでふわふわで幸せで――後、先っちょは光ってた」


「いいなあー、うちのかーちゃんなんか、萎びた大根みたいで、先っちょなんかどす黒いんだぜ?」


「やっぱりユノ様はすごいなー」


 この子たちは何の話をしているのか……。


 しかし、私の光る人形の情報源が判明した。

 子供たちから大人へ、そして職人へと伝わったのだろう。


 分かったからといって今更どうにもならないし、トラウマを克服しようとしている子供たちを叱るのも気が引ける。


「もー、そんなことばっかり言ってると、ユノ様に怒られるんだから!」


「うう、それは嫌だなあ」


「うるせーブス! モーモーって牛かてめー! 黒乳首は向こう行ってろ!」


「く、黒くなんてないわよ! 大きくなったら光るって、ユノ様言ってたもん!」


 ごめんよ、普通は光らないんだ。


 え、大人の事情で光る?

 どういうこと?


 とにかく、貴方たちがあまりに凝視するものだから、教育上よくないのかと思って隠しただけなの。


 いや、でも、頼んでもいないのに鼻が光るトナカイなんて狂気じみた歌もあるし、割と何でもありのこの世界なら、乳首くらい光るかもしれない。

 人間の可能性は無限――でも、そんなところに可能性を求めないで、もっと有意義なことに情熱を注いでほしいと切に願う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 地の文に突っ込む人が一部以外は基本居ないからツッコミ不在で延々と垂れ流されてるのが笑える。
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