幕間 アルフォンス・B・グレイの策略
――第三者視点――
ロメリア王国王都、その中心に位置するロメリア城。
その大会議室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
議題は、アルフォンス・B・グレイ辺境伯の予定についてのもの。
「では卿は、我が国とは直接関係の無い国同士の争いに介入するというのか?」
「はい。既に陛下の許可はいただいております」
それは、貴族としての最低限の責務を果たしていて、特段の理由や国家の不利益となるようなことがなければ、本人の裁量に任せるものだ。
無論、王国とは無関係の戦争に介入することは特段の理由に該当するもので、到底許容されるものではない。
国王に許可を貰えたのは、水面下で様々な取引が行われていたことと、ユノの存在が影響しているのだが、前者はともかく、後者はまだ公にはできない事情がある。
ゆえに、多くの貴族たちには、裏工作があったことは推測できても、アルフォンスが依怙贔屓されているように感じられても無理はない。
それも、アルフォンスの重要性を考えれば、ある程度は仕方のないことではある。
とはいえ、今回の件は度を超えている。
王国の英雄として、平民から貴族にまで認められているアルフォンスは、その役職にこそないものの国防の要である。
さらに、多くの貴族の見ている前でデスを撃退した今では、王国が団結するための旗印でもある。
その彼が長期間国を留守にするなど、国王が許しても、彼らには認め難いことである。
新年会以降、彼を敵視する勢力はほとんどいなくなった――が、それゆえの弊害も発生していたのだ。
「しかし、卿が介入しては大事に――共和国と極東だけの問題では収まらず、帝国などにも口実を与えることになりかねないのでは?」
「できる限り表舞台には出ず、現地の人や勇者をサポートする形をとる予定です」
「卿の能力を疑うわけではないが、そう上手くいくものだろうか?」
「それについては善処するとしか言えませんが」
「それ以前に、卿がいない間、この国はどうなる? その――何というたか、卿が交渉役になっておる――」
「ユノ様ですね」
アルフォンスとユノは、普段は敬称抜きで呼び合う仲だが、この場においてはわきまえた。
既に新年会の時とは事情が違う。
国王をはじめとした一部の者は既に知っているが、現在の彼女の立場は神である。
否定しているのは本人だけで。
歌わせたり、躍らせたり、セクハラしたりもしているが、それは彼女が寛容、若しくは無頓着だからであって、世界樹を創るような存在が神でなくて何なのかという話である。
しかし、そんな存在を軽々に公表するわけにもいかない。
事情を知らない貴族を勘違いさせるようなことがあってはならないが、情報を流すにしてもどこまで流すのか、どのタイミングで流すのか――などなど、非常に扱いの難しい問題だった。
王国貴族や王族などといった肩書など、神であるユノの前では大した意味は無い。
それを勘違いして彼女を怒らせれば、その莫迦の命だけで済めば御の字である。
むしろ、彼女自身は気にしない可能性が高いが、彼女を慕う者と王国との争いに発展する可能性も否定できない。
それこそ、実際にその目で見たものにしか分からないだろうが、あそこはヤバい狂信者の巣窟である。
そして、そうなった場合、彼女はそれを止めないだろう。
「そう、そのユノとやらは、魔物を集めて強大な国家を作っておると話に聞いたが――」
ユノが自らを崇拝する者たちを集めて、町を造らせている。
若干の語弊はあるが、アルフォンスが王に報告し、報告を受けた王が自らの目で確認したことだ。
その情報は、情報統制の下で国の要職を担う人物にも共有されていたが、漏洩を完全に防ぐことはできない。
そうして、不完全な情報が、一般の貴族の下へ、多少異なった形で伝わっていた。
そんな不完全な情報を基に、湯の川を誤解していた貴族の発言を切っ掛けに、同様の情報を得ていた貴族たちが騒めき始める。
「静まれ。いくつか誤解があるようだが――。グレイ卿、説明を」
それを王が一喝すると、詳細な説明をアルフォンスに振った。
「はい。どうやら様々な憶測が飛び交っているようですので、事実だけを述べさせていただきます。まず最初に、ユノ様が、ユノ様を慕う者や、行き場のない者――こちらもユノ様を慕っておりますが、それらを集めて町を作らせていることは事実です。また、その中に魔物だけでなく魔王や古竜までもがいることも確認しております」
「そ、そんな!? いや、卿が嘘を言っているとは思わんが――」
「危険などというレベルではないではないか! 早急に何らかの対策をとる必要があるのでは!?」
「そ、そうだ! これは国家の一大事、そんな時に卿が国を空けるなど!」
アルフォンスの発言に、多くの貴族たちの間に動揺が広がる。
「話を最後まで聞かぬか」
王の語気は強いものではなかったが、それでも動揺する貴族たちを黙らせるには充分な力があった。
「対策は確かに必要ですが、それは戦う用意をすることではありません。というより、戦えば必ず負けます。仮に王国の戦力を――総合力で100だとすれば、帝国は180、西方諸国連合は60くらいでしょうか。対して、ユノ様の国――正確には、ユノ様を慕う者たちの町ですが、少なく見積もっても10,000――いえ、制空権を取られることを考えれば、それ以上でしょう」
アルフォンスの戦力分析はかなり雑なもので、その差は戦略次第で大きく変わるものではあったが、むしろ控え目なものである。
何より、戦えば負けるという点では、極めて正確な分析といえる。
「そんなに……!? そんなになるまで、卿は何をしていたのだ!?」
「そんな国に攻め込まれては、ひとたまりもないではないか!」
当然、それを聞かされた貴族たちは冷静ではいられない。
「落ち着いてください。かの町の人々が、我が国を攻めることなどありません。――もっとも、こちらから仕掛ければ、その限りではないでしょうが」
「なぜそう言い切れるのだ!? 楽観がすぎるのではないか!?」
「かの町――『湯の川』は、湯の川だけで生産、流通、消費が完結――いえ、飽和しています。ですので、他国にそれらを求める意味が無いのです」
アルフォンスはそこで一旦言葉を切り、何やら思案を始めた。
「新年会、神前試合の時に我々が目にしたユノ様は、かろうじて英雄でした。ですが、現在は神になられております。――ああ、ここにおられる方々に言う必要も無いでしょうが、あまり口外しないようにお願いしますね」
アルフォンスは僅かな沈黙のあと、とんでもない爆弾を放り込んだ。
「ば、莫迦な。いくらなんでもそれは――」
「与太話にしてもさすがに酷い。卿を見損なわせないでくれ……」
「神の名を騙るなど恐れ多い、そのような者との関係は見直すべきではないか?」
「お静かに願います! もちろん、実際にその目で見ないことには信じられないことでしょう。陛下でもそうでしたから」
アルフォンスがそう言って王に目配せをすると、王も大きく頷いた。
「確かに、あれは衝撃的な経験であった。つい先日、ユノ様の居城に招かれる機会があったのだが――竜や魔王が闊歩している中では、いかに一国の王といえど、人の王など何の権威も無かった。鼻息ひとつで殺されるやもしれぬのだ、委縮するなという方が無理というもの。だが、そのような強大な力を持つ者たちが、そろってユノ様に傅いておった。そんな彼らが、『ここでは腕力や権力、当然財力にも何の意味も無いのだ』と言って、対等の立場で接してくれたのだ。その時、私は国を治める者として感じたのだ。種族、性別、年齢、そして能力。それらの壁を越えて協力し、尊重し合い、許し合う――ここは理想郷なのだと」
国王の言葉は、その内容は当然として、当時を思い出して興奮していたせいか、かなり早口になっていたこともあって、にわかには理解し難いことだった。
「それをなし得ているのが、ユノ様の齎す様々な恵みです。先ほど、湯の川がそれだけで完結した町と申しましたが、正確にはユノ様自身が完結した存在であり、町はそのお零れにあずかっているだけなのです。つまり、ユノ様に見放された時点で、町は終焉を迎えるのです」
王の言葉に続き、アルフォンスが口を開く。
しかし、既に話の内容は貴族たちの理解を遥かに超えており、質問はおろか、ツッコミどころさえ見つけられない。
アルフォンスは、この状況を待っていたかのように歩き出すと、外務大臣の横にまで移動した。
「大臣、先の戦争より難しい情勢の中、大変な苦労の連続だったことと、当事者のひとりとしてお察しします」
アルフォンスが言うように、西方諸国連合との戦争以降、外務大臣は苦労などという言葉では語れないくらいの苦労を重ねてきた。
彼は、戦争勃発直後、派閥争いなどの末に大臣職に就かされた、事実上の人身御供だった。
しかし、彼を若造と侮っていた狸たちの想像以上の優秀さと不断の努力によって、今日まで務め抜いてきた。
しかし、その代償として、精魂どころか毛根まで使い果たし、若くして――三十路を前に、見事な禿頭になってしまった。
彼は、常々それを、「執務に邪魔だから」と言って、気にしていないアピールをしていた。
しかし、彼の周囲から鏡が消えたことや、様々な薬品や魔法を買い集めては、夜な夜な頭にペタペタしていることなど、本心は誰の目にも明らかだった。
「さて、こちらをご覧ください。これは、湯の川で採れた、新鮮なユノ様の恵みを、一滴一滴、丁寧に精製してできた薬品で、『エリクサーR』――という秘薬を、千倍ほどに薄めた物なのですが」
アルフォンスが中身の見えない小瓶を取り出し、皆に見せる。
「大臣、失礼します」
そして、おもむろに小瓶の蓋を外して、中の液体をほんの一滴、大臣の頭に振り掛けた。
その直後、大臣の頭が七色に輝きだす。
「お、おい、何を――な、何だ!? あ、頭が温かい――いや、心が、心までもがポカポカするんじゃあ〜」
突然の未知の衝撃に、だらしない顔をした大臣が叫ぶ。
その様子を目にする貴族たちの顔には驚愕しかない。
普段から明るい頭ではあったが、ここまで眩い光を放つものでは、ましてや虹が架かるようなものではなかった。
奇跡というに相応しい光が、奇跡には程遠い状況で発生している。
心の整理が追いつかない。
やがてその光が収まると、大臣の頭頂部には、ひと房の髪が、まるでトマトのヘタのように生えていた。
アルフォンスは、大臣に無言で鏡を差し出した。
反射的にそれを見るのを躊躇った大臣だが、目の端で自身の変化を捕らえると、それを確かめるように頭を触る。
「こ、これは!? 夢か幻術――いや、この感触は! おお、おお! おかえり――」
感無量といった感じの震える声で、どうにかそれだけを口にした大臣。
その目の端には、キラリと光るものがあった。
「効能は、病気や怪我の治療はもちろん、発毛から男性機能回復まで幅広く、塗って良し、飲んで良しの万能薬です。大臣、残りは差し上げます」
「は? いい、のか? いや、本当に――感謝する、グレイ卿、いや友よ!」
大臣は滂沱の涙を流しながら、受け取った小瓶を大事そうに胸に抱えた。
「グレイ卿! それはちょっとずるいんじゃないかなあ!?」
「グレイ卿、それは一体いくらで買えるものなのかね!?」
「私と君とは友達だよねえ?」
当然、他の貴族たちは収まらない。
そんな物があるなら、誰だって欲しい。
普段は澄ましている貴族たちが、獣のように荒々しく音を立てて席を立ち、我先にとアルフォンスに詰め寄る。
「鎮まれ! 鎮まれというのに!」
その様子を見た王が一喝したが、今回ばかりは王の威光も届かない。
そうして、騒ぎは運動不足の貴族たちの息が上がるまで続いた。
◇◇◇
「ええと、今回持ち出し許可を頂けたのは、さきの1本だけでして――」
酸欠を起こした貴族の介抱などを経て、会議は再開された。
アルフォンスのその言葉で、またもブーイングが起きたが、今度は王が腕を上げるとあっさり鎮まった。
王の威光などではなく、身体がついてこないだけだったが。
「ここから先は、私より、かの町の方の生の声を聞かれた方がいいかと思いまして、ゲストをお呼びしております。――お待たせしました、どうぞこちらに」
アルフォンスに促されて大会議室に入ってきたのは、白衣緋袴千早――巫女装束の可憐な女性だった。
頭の上には特徴的なウサ耳があり、亜人であることは明らかだが、ただの亜人とは明確に違うオーラを纏っている。
王以上に存在感のある巫女を前に、貴族たちも襟を正す。
「こちらは、湯の川でユノ様の巫女を務められています、シャロン殿です。ではシャロン殿、よろしくお願いします」
「先ほどご紹介にあずかりました、ユノ様の巫女長を務めさせていただいておりますシャロンと申します」
折り目正しく頭を下げるシャロンに、かつてのユノの姿を重ねた者も少なくなかった。
それゆえにか、シャロンの言葉を遮るような者もおらず、以降の進行はスムーズなものになった。
◇◇◇
「――というわけで、私たちは、他の国や部族と戦ってまで欲しいものはありません」
アルフォンスの話の繰り返しになる部分もあったが、シャロンは湯の川の状況と立場の説明を終えた。
さきの秘薬の存在や、シャロンの美貌や《巫女》スキルもあって、疑念などは湧いてこない。
「ただ、ユノ様におかれましては、少々事情が異なっておられまして、完成された存在であるからこそ孤独なのでしょう。ですので、友人や家族といったものを、口には出しておりませんが求められておられます。であるからこそ、ユノ様は私たちが成長する様子に喜びを感じておられるのでしょう」
シャロンの話は、町のことから離れて、ユノ本人に及ぶ。
町のこと以上に情熱的に、そして饒舌になっていたが、シャロンとしては、ユノの素晴らしさを表現しきれない自身に不甲斐なさを感じていた。
「少々話が変わりますが、先ほどグレイ様がお使いになった薬、あれと同じ効果――いえ、比べ物にならない効果がユノ様の歌声にあります。当然、そう易々と聴けるものではなく、私たちの努力をユノ様がお認めになったからのご褒美なのでしょうが、私たちは『兎人族』から『首狩り兎人族』に、そして、今では『月に代わっていろいろする兎人族』に進化しておりまして――」
しかし、ユノの良さの全てを語ろうすると、三日三晩などでは到底足りない。
それに、彼女にとって、3日もユノの世話ができないのは苦痛以外の何ものでもないので、涙を呑んで簡略化した。
なお、ここでの「月」とは、朔や十六夜のことを指している。
朔や十六夜がするまでもないことをいろいろとする兎人族ということで、何も間違っていない。
「――そういうことですので、湯の川以外でも、精一杯生きている人たちがいれば、そこにユノ様が現れて、何らかの恩寵を残していく――ということはあり得るでしょう」
シャロンの言葉は、ユノの力を借りた《巫女》スキルにより、充分以上に貴族たちに伝わった。
むしろ、適度に端折られたことで、ちょうどいい塩梅になっていた。
シャロンの話を要約すると、良い子にしていれば、サンタさんが来る――というようなもの。
いい歳をした中年以上の男性に向かって言うことではないが、いい歳をしているからこそ、枯れた大地に生命が戻ることには激しく心を揺さぶられる。
歳をとって、身体が思うように動かなくなってきた彼らだからこそ分かる、若々しく健康な身体の有り難味。
それは、地位や名誉や富などよりも、遥かに価値のあるものである。
いくら無理をしても、ぐっすり眠れば翌日には回復している体力。
好きな物を好きなだけ食べてももたれない丈夫な胃。
髪はフサフサ、あっちはギンギン。
そういえば、国王陛下は何だか若々しくなっているよな――と、その可能性に気づいてしまうと、洗脳完了。
それが手に入るなら、悪魔や邪神に魂を売ることさえ厭わない。
ある意味では、洗脳官僚である。
「つまり、我々が善き王、善き領主であろうと努力を重ねておれば、ユノ様の目に留まる。――と、そういうことであろう」
「なるほど、私のこの十余年の努力、そして、成果を認めてくださった――そういうことでしたか!」
王の総括的な言葉に反応して、外務大臣が声を上げた。
「ひとつ訂正しておきますが、必ずしも成果は必要ありません。とはいえ、良いところを見せようと、身の丈に合わないことをして、失敗ばかりというのは論外ですが……。例えば、最高の職人が、努力の末に最高の物を造ることと、自分より上がいると知りつつもなお諦めず、葛藤しながらも努力して造り上げた物は、ユノ様にとって等しく価値のあるものです」
それをシャロンが訂正する――が、これは彼女の作った詭弁である。
最高の物を作りあげた職人と、僅かに及ばない物を作った職人とでは、本来高評価を得るのは前者の方であり、本来の能力差や努力のほどなどは考慮されない。
システムの仕様上、武器や防具、そして個人の能力まで数値で測れる世界だが、ユノに限ってはその数値を見ることができず、細かい性能の差など分からない。
そもそも、彼女を基準にして考えた場合、誤差でしかないものの優劣に拘る意味が無い。
シャロンはその評価に不満を抱く者を宥めるために、心の在りようだとか、努力の方向性などといった、数値では測れないものを口実にして言い包めていたのだ。
当然、常識的な評価などのフォローも忘れない。
それが勝者にも敗者にも、能力がある者にもない者にも、一層のやる気を起こさせていた。
そして、貴族たちもその気にさせた。
「つ、つまり、我々も努力をしていれば、可能性はあると――いやしかし、十年は長い――」
「年月の長さや、努力の量が重要なのではありません。その心の在りようと、なそうとする強い意志、行動に移す勇気、それこそが――」
微妙に言っている内容が変わっていたりもするシャロンだが、目の前にぶら下げた大きなニンジンを囮にして、勢いで押し切ってしまった。
シャロンがこの役目を引き受けたのは、偏にユノの素晴らしさを世界に広めるためである。
「私が極東に赴くことも、私が私であるために、私にできる最大限のことをするため、とご理解ください」
アルフォンスの目的は、いくら敵対派閥が少なくなったとはいえ、通常の手段では、他国で起きている戦争に介入などできない――それを覆すためである。
「なるほど、よく分かった! グレイ卿、この国のことは我らに任せて、思う存分、卿のなすべきことをなしてくるがいい!」
外務大臣が、いつの間にかふさふさになっている頭髪をかき上げながら、アルフォンスを後押しした。
「ふっ、大臣ばかりに良い格好はさせませんぞ! 私たちの国は、私たちで守る! それが王国貴族としての心意気でしょう!」
「「「そうだそうだ!」」」
効果は覿面だった。
かくして、アルフォンスの国外での活動は、外遊という名目で、満場一致での承認を受けた。
そして、ユノは王国で新たな神として認知されることとなった。




