26 決戦前夜
「私の歌を聴けえー☆」
とりあえず、歌ってみることにした。
ステージも、音響設備も何も無いけれど――いや、照明とお花のエフェクトは自分で出せる。
というか、勝手に出る。
いろいろと問題があるので、エアバンドの私たちもいない。
音源は朔が用意というか再現してくれるので、アカペラで歌うことは避けられた。
少し恥ずかしいけれど、これ以外に思いつかなかった。
自発的にこんなことをする神はいない。
とにかく、神のイメージから離れてくれれば御の字だ。
恥ずかしくても、ここで頑張らなければ、挽回はもっと難しくなるのだ。
一応、歌う前にいろいろと考えた。
神扱いを止めてもらうために私ができること。
その1、皆殺し。
その2、侵食。
その3、歌う。
どう考えても3しかない。
他に料理も出せたりするけれど、素敵なお肉の時のように、獣や魔物を呼び寄せても困る。
とにかく、やると決めたからには全力で。
ライブの名目は、夜明けとともに町へ攻撃を仕掛けることになった、帝国軍別働部隊への壮行会とかそういったもの。
食事が一段落してから、みんなを集めて、前振りもそこそこに歌い始めた。
普通に考えればドン引きされるか、白い目で見られてもおかしくない行為だ。
それでも、私にとっては神扱いよりマシなのだ。
しかし、ここにいるみんなは、すぐに順応してしまった。
それどころか、合いの手を入れたり、好き勝手に踊り始めたり、隣にいる人と肩を組んだり、何だかよく分からない感動を共有していた。
それは、種族や性別、年齢の壁を越えた素敵な光景だった。
その裏にある事情を知らなければ。
とはいえ、ある程度の事情を知っていて、客観的に判断すれば、これは邪教徒たちの熱狂する儀式と何ら変わらない。
何かにキマっている人も散見――いっぱいいる、ヤバい集会である。
いや、ネガティブな考え方は駄目だ。
きっと、アルたちの言うとおり、歌にはみんなの心に響く何かがあるのだ。
そういうことにしておこう。
◇◇◇
ミニライブは大盛況のうちに幕を閉じた。
しかし、息つく暇もなく、なぜか握手会なるものが始まった。
本当になぜなのか理解できないけれど、とにかく整列した順番にひとりずつ、ひと言ふた言交わしながら握手をしていく。
「ユノ様、俺、次のライブも絶対見に行きます! この戦争に勝って!」
「ユノ様、これからも頑張ってください!」
これから頑張るのは彼らの方だと思うのだけれど、そのやる気を削ぐような無粋なツッコミはできない。
「うわあ、ユノ様の手、めっちゃスベスベで柔らかい!」
「俺、この手を切り取って、額縁に入れて家宝にするよ……」
猟奇的な行為は止めてね?
「おい、そこ! 神の名において割り込みは赦さんぞ!」
「持ち時間はひとり10秒だ! 手を洗って静かに並べ! おっと、口付けは不許可だ! 不届き者は、神の炎によって浄化されるであろう!」
列整理に勤しむ神々だけれど、彼らとの握手はひとり30秒くらいで、手に口付けもされた。
……どういうことだ?
というか、最初に口付けをしたヨアヒムさん以外は、彼や後続の人との間接キスになるのだけれど、それでいいのだろうか?
◇◇◇
それからどれだけ時間が経ったのだろう。
握手会が終わった頃――終わったのは神族と人族だけだけれど、その頃には空が白み始めていた。
つまり、これから戦争に行く彼らは、徹夜で戦闘に臨むことになる。
私が始めたことだけれど、頭おかしい。
「では、行ってきます!」
しかし、彼らの士気は高い。
死期も近いかもしれないのに。
「ユノ様、神様方、そして友人たちよ。ここまでありがとうございました!」
「うむ。ここより先、我らは手出しはできぬ。だが、ユノ様と共に、お前たちが勝利することを祈っておこう」
「必ず生きて戻れ。これは神としての命令ではない。友としての願いだ」
「くそっ、俺らもお前らと一緒に戦いたかった! あの時、死んでさえいなけりゃ……! 畜生っ!」
「その気持ちだけで充分だ。君らは、ユノ様の不興を買うことを覚悟の上で、俺たちを助けに来てくれた」
私たちに向けて敬礼する別動隊の面々と、それを見送る残りの面々。
ここだけを切り取れば感動的な場面かもしれないけれど、つい先ほどまで、握手ひとつで大騒ぎしていたのを見ていた身としては、結構もやもやする。
しかし、私は空気が読める女。
「貴方たちが――」
「傾聴せよ!」
「ユノ様からのお言葉である!」
くっ、神、邪魔……!
見事に出端を挫かれたけれど、気を取り直してもう一度。
「貴方たちが、貴方たちの望みとは無関係な戦いに巻き込まれていることには同情します。とはいえ、人生とは得てしてそういうものです。それでも、決して勝ち負けだけに囚われないで。勝たなければ始まらないことは確かにあるけれど、負けることが終わりであるとも限らないから。勝ち続けることに拘って可能性を狭めるより、可能性を広げる負けを選ぶことも選択肢としては重要? ――上手く説明できないけれど、それぞれの先に何があるのか、自分が何を求めているのかよく考えて、最後まで諦めないで」
考えがまとまらないうちに話し始めてしまったことと、邪魔が入らないうちに話を終えようと急いだこともあって、結局グダグダになってしまったけれど、言いたいところは伝わっただろうか?
生きていれば、自分の都合や意思などお構いなしの状況に巻き込まれることなど珍しくない。
彼らや今の私のように。
だからといって、腐っても事態は好転しない。
それぞれにできる範囲で、できることをやるしかないのだ。
とにかく、今のところ出ていないけれど、「ユノ様に勝利を!」などとやられても困る。
彼らが私たちのことを無暗に洩らすとは思ってはいない――思いたくないけれど、今際の際に玉砕覚悟の特攻とか、テンション上がった人間は何をするか分からないのだ。
そこまで切羽詰まる前に逃げればいい。
しかし、みんなが勝利以外の選択肢がないと思っていると、同調圧力やら何やらでそれも儘ならない。
私だって、今回の作戦では敗色が濃い。
今回のことをアイリスたちに報告すれば、怒られ――はしないかもしれないけれど、きっと呆れられる。
いや、やっぱり怒られるかも?
そして、アナスタシアさんには間違いなく怒られる。
クライヴさんには、何だかんだと口実を与えてしまうかもしれない。
そうすればまた怒られる。
それだけの犠牲を払って何を得たかといえば、何も無い。
本当に、何も無い。
むしろ、重荷を背負わされたような……?
もう笑うしかない。
なぜか盛大な拍手が起きていることも、笑うしかない。
何か誤解させてしまっただろうか。
やはり、朔に任せればよかった。
◇◇◇
――第三者視点――
帝国軍東部魔王領攻略部隊総司令官【キャメロン】の予想より早く、別動隊は予定どおりの時刻に現場に到着していた。
兵士の疲労などまるで考慮されていないスケジュールに加えて、別動隊の大半は、愛国心も根性もない異世界人である。
予定どおりに事が運ぶとは考えていなかったし、スケジュール的に達成したとしても、戦えるようなコンディションでも士気でもないだろう。
戦力としては期待できず、囮になれば上出来だ。
当初はそんな風に考えていたキャメロンだったが、到着の合図となる狼煙を見た瞬間に考えを改めた。
別動隊に戦意が無ければ、何かしらの理由をつけて到着を遅らせただろう。
戦闘ができないような状況であれば、その旨の報告があっただろう。
しかし、別動隊からの合図は狼煙だけ。
詳細な報告などは後であるだろうが、まずは敵に居所を明かして、囮としての役割を果たそうとしている。
それはつまり、作戦続行可能――その意思があることにほかならない。
それ以前の、別動隊からの最後の報告は、「道中で吸血鬼に襲撃されたが、応戦の末に撃退した」というもの。
被害は軽微とのことだが、隊長は死亡――これは、言い訳を並べて任務を放棄しようとする、よくあるパターンである。
それなのに、別動隊は予定どおりに配置に就いている。
それどころか、「現地で反魔王勢力の協力を得たので期待してほしい」との、想定外の報告も入った。
勇者の戦線離脱以降、帯同していた周辺貴族の騎士団も、あれこれと理由を並べて、結局のところは命惜しさに撤退していった。
総司令官とはいえ、彼らを止める権限は持っていなかったが、どのみち士気を失った貴族の私兵など、賑やかし以上の役には立たない。
それどころか、ただの穀潰しだとか、味方の足を引っ張る害悪となるだけだ。
後々、中央から厳しい処分が下るようにと、報告書にあることないこと書き連ねたキャメロンだったが、彼の心中も、続行と撤退の間で激しく揺れていた。
当初は勝算も充分にあった。
さらに、ユノという冒険者の助言も得て、それは格段に跳ね上がっていた。
そして、凡夫がドラゴンゾンビを斃すなど、かつてない快挙に、士気は大いに上がっていた。
しかし、物事には必ず表と裏が存在するように、良いことがあれば悪いこともある。
不運にも、勇者が砲撃の着弾点に飛び込んでしまった。
キャメロンや帝国にとっては不運では済まされない事態だが、性格的に問題があった勇者がいつかこうなるのは分かっていたことである。
それが、たまたま今この場所だったというだけだ。
そして、勇者が斃されたという事実は、カバーストーリーの効果もあって一時的に士気を上げることができたものの、すぐに現実に打ちのめされることになる。
戦力も士気も低下して、切り札の勇者も失った。
そんなところに現れた別動隊は、キャメロンにとっては救世主だった。
もっとも、彼らが間に合わなかったり、作戦の続行に難色を示した場合は、撤退も考えていた。
攻略可能な状態まで兵器が無力化されている本隊側とは違って、彼らの方は、防衛機能が十全な状態で残っているのだ。
しかし、別動隊の隊長ふたりの判断は、両者とも「勝利の女神は、我らと共にあり!」と頼もしいものだった。
キャメロンは感動した。
彼らほど愛国心に溢れ、そして勇気ある者たちはいない――と。
本隊に残された戦力や物資では、この一両日中に――できれば今日中に城壁を突破できなければ、作戦は失敗となる公算が高い。
充分な休息も取れていない別動隊には申し訳なかったが、ゆっくりと休んでからなどといっていられる余裕は無かった。
キャメロンは、夜明けと同時に、作戦開始の合図を出した。
◇◇◇
戦闘開始から一時間弱。
勇者の献身によって、大半の兵器は無力化されていたこともあって、城壁に取りつくのはそう難しいことではなかった
無論、この世界でも星形要塞などは広く普及していて、理論上は死角は存在しない。
しかし、知性の無いアンデッドによる精度の低い砲撃は、城壁を破壊するおそれがあるため、それを防ぐために射線や射角に制限が設けられていた。
そうすると、長射程の兵器も、俯角がつけられない距離まで接近すれば脅威ではなくなるし、知性の無いアンデッドには、それで攻撃手段を変えるということもできない。
残る危険は、城壁外を徘徊しているアンデッドだけ。
それもこの数日の攻略戦でかなりの数を駆除していたため、大きな問題とはならない。
それでも、城門を突破することはできなかった。
人員不足が、どうにもならない現実として彼らを阻んでいたのだ。
城門の損傷も、見た目で分かるほど激しい。
後ひと押しで突破できるはずなのだが、そのひと押しが非常に遠い。
アンデッドはともかく、敵も莫迦ではない。
砲撃は届かなくても、守るべきポイントは補強してあるし、罠も仕掛けてある。
その上で、アンデッドを惹きつけるような大きな魔力を使えないとなると、なかなかに難しい。
何より、城門を破壊して終わりではなく、そこからが本番なのだ。
何にしても、一刻でも早く城門を突破して、内部の敵を一掃しなければ、別方面で敵を惹きつけている別動隊は、危険に曝され続けることになる。
無理を押して進軍し続け、休息も儘ならないまま任務に就いた彼らに応えるためにも――という想いはある。
しかし、城門を突破しても、中にいるであろう万単位の敵を相手にしなければならない。
日中とはいえ、そんなことが本当にできるのか。
そんなことを一度でも考えてしまうと、全てが無駄なことに思えてしまう。
そんな折、城門の遥か向こう側で何かがあったのか、彼らを狙っていたアンデッドの迎撃の手が緩んだ。
そこに通信珠から報告が入る。
<我ら、敵地に侵入せり。これより、殲滅戦に移行する>




