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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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24 裏切り

 クライヴさんの時と同じくらいを目安に、領域を解放する。

 そこまでは必要無いかなとは思うけれど、横槍が入る可能性も考えて、充分なマージンを取っておくことにした。


 なお、今回は時期的なことを考えて、牡丹を模してみた。

 色彩が色彩なので、私以外にどう見えているかは分からないけれど。


 ただ、ミーティアたち古竜や魔王たちの感想が当てになるかは分からないけれど、不可視化すると「ズルい!」とか「これでは訓練になりません!」と不満が出るし、形態を限定せずに効率的に運用すると、「ズルい!」とか「風情がありません!」と不満が出る。

 まあ、花を模しても不満は出るのだけれど、他のものよりは若干マシなのだ。


 というわけで、地獄が楽園に思えるくらいの光景だけれど、これでもかなりマイルドになっているはずなのだ。



 さておき、領域を展開の段階で、特に抵抗らしい抵抗も受けずにあっさり動きを封じられていることを思えば、ディアナさんがクライヴさんより格下なのは間違いない。

 とはいえ、飽くまで侵食に対する耐性だけの話だけれど、打たれ弱いことは明白だ。

 手加減は慎重に行わないと。


 もっとも、朔の協力の賜物で、領域の隠蔽(いんぺい)性能だとかがかなり向上しているので、一概には比べられないのだけれど。



 それでも、解放まで見せたのは、主神とかに対する警戒もあるけれど、脅迫の効果向上も狙ってのことだ。


 しかし、残念ながら、朔の気配は出せない。

 ディアナさんが参るレベルだと、先にレオとヨハンさんが死んでしまうかもしれないから。




 花弁状の領域を、見せつけるようにゆっくりと、動けない天使たちに向かって伸ばしていく。


 こうなると、もう牡丹ではなくイソギンチャク――いや、私が牡丹だと思えば牡丹なのだ。


 ここは私の認識と朔のサポートで成り立っている世界である。

 余計なことを考えてはいけない。


 イメージが足りなくてもいけないけれど。



 領域が天使を侵食すると、その部分だけが消しゴムで消された落書きのように消失する。

 しかし、それによって血飛沫が舞ったり、臓物が零れ落ちたりはしない。

 しかも、本来ならフィードバックされるはずの各種感覚も朔によって遮断されていて、更には断面にもモザイク加工済みの、グロ耐性のない人にも優しい世界。


 現実世界もかくあるべきではないだろうか。


 いや、お医者さんが困るか。

 ブラインド手術とか、患者さんも困るだろう。



 それはさておき、神や天使の目にこれがどう映っているのか、どこまで認識できているのか。


 いまだに主神からの攻撃とか接触がないことを思えば、今回は魂には触れていないことが認識できているのだろうか?


 やはり、前回は魂まで喰ったからなのか?

 とはいえ、魂なんて根っこで繋がっているものだし、あの時もその繋がりまで断ち切ったわけではないので、私としてはそれほど問題ではないと思うのだけれど。


 しかし、私の方に認識できていない何かがある可能性も排除できないし、それこそ、主神が出てきて指摘でもしてくれないと分からない。



 そうして、主神からの干渉に警戒しながら天使を喰い続けること10分。


 飽きた。


 なお、「喰う」といっても食事とはまた別のもので、それこそ、それを表現する言葉がないので、それっぽい言葉を当て嵌めているだけだったりする。


 つまり、食事のように、生存のためとか欲求を満たすものではなし、楽しくも何ともない単なる作業でしかない。

 飽きるのも致し方ないのである。



 その作業目的である脅迫も、ディアナさんは私の言動不可領域に囚われているままなので、効果のほどは分からない。


 ただ、腰を抜かしているのか、奇妙なポーズで主に赦しや救いを求めているヨハンさんを見ると、何らかの効果はあるのだろう。


 ……ヨハンさんは、主神に見捨てられたのだろうか?

 それとも、実は現場放任タイプなのか?


 私が言うのもどうかと思うけれど、部下の尻拭いや責任を取るくらいはした方がいいと思う。

 自主性を重んじるといえば聞こえはいいけれど、それと放置とはまた別のものだ。

 それでは部下はついてこないと思うし、育たないのではないだろうか。



 さておき、飽きてしまったものは仕方がない。

 スピードアップ――いや、もう省略してしまおう。


 さくっと半分くらいになるように――私がそう念じた瞬間、室内にいたものだけでなく、《門》の向こう側にいたものまでがごっそりと姿を消した。


 しかし、想像していたよりも多く残っている。

 まあ、厳密に指定したわけではないし、これくらいは誤差か?


 ……あっ。


「ひいっ!?」


 ヨハンさんが悲鳴を上げた。

 私も危うく上げそうになったので、気持ちは分かる。



 確かに、天使は半分になった。


 ただし、数ではなく、上下にとか左右にとか前後に半分になっているものが、少なからず存在している。

 完全な形で生存しているのは、元の数の四割ほど――いや、内部が半分になっているのもいるかもしれないので、それ以下か。

 つまり、内臓が無いぞう!

 なんちゃって。


 ……ごめんなさい。



「ちょっとした冗談。てへっ」


 これで誤魔化せただろうか?


 普通に考えれば無理だよね……。


 アルが「困ったときにはこれをやっとけば大丈夫だから!」と言って教えてくれた、「てへぺろ」なるポーズを取ってみたけれど、特に反応は無かった。

 もっとも、システム由来のものなら、システムのサポートがなければ意味が無い――どころか、これでは喧嘩を売っているだけのように思う。

 今更だけれど。


 それに、確かにあざとさは感じるけれど、これで許されることなんて、精々が悪戯レベルのものだろう。

 というか、アルが言ったというところに最も不安を感じる。



「あ、やっぱり冗談なんですね! あは、あははあは! ですよねー!」


 効いた?

 いや、錯乱しているっぽい――効いていることにしておこう。



 天使の生き残りと残骸を《門》に放り込んで、《門》を無理矢理閉じて、完全にモザイクが見えなくなれば一件落着。

 朔が何か言いたそうにしているけれど、この件を蒸し返しても誰も得をしないので一件落着!


 未来志向って良い言葉だと思う。




 大本命の主神は釣れなかったものの、本命のディアナさんの下拵(したごしら)えは終わった。


 どう仕上げるかを考えながら、ゆっくりとディアナさんに向かって歩を進める。



「さて、ディアナさん」


 手を伸ばせば届く距離までディアナさんに近づいて、顔にはアルカイックスマイルを張りつけて話しかける。


 私としては、大きな声を出したりして威圧するより、こういう物静かな相手の方が怖い。

 例えばアイリスとか。



「もう動いてもらっても結構ですよ」


 私が告げた途端、彼女の目から鼻から他にもいろいろな所から、一気に液体が漏れ出した――というか、勢いよく噴出した。

 それによって、当然、化粧も崩れて、酷い有様になる。


 ……何だか、一気に老け込んだように見える。

 というか、あまりに予想外の反応に、ちょっとびっくりした。



 それを極力表情に出さないように眺め――もちろん、吹き出ている液体に引っ掛けられないようにも細心の注意を払って、一段落したところで再び口を開く。


「先ほども申上げたように、秩序を守りたいのであれば、私に手を出さない方がよろしいかと思います。もちろん、無理強いするつもりはありません。とはいえ、私としても、この世界の秩序が壊れることなど望んでおりません。ただ、この世界のとある神に少々仕事を依頼されておりまして、その件で多少のご迷惑をお掛けすることもあるかもしれません。しかし、私の本来の目的は、ただふたりの人間をこの世界に召喚することです。もっとも、やろうと思えばいつでもできるのですけれど、そうしますと、この世界が壊れてしまいかねませんので、自重している次第です。そのふたりを呼ぶために必要な世界ですから、私としても大切にしていきたいと思っているのです。ご理解いただけましたでしょうか?」


 よし、言い切った!

 私はやればできる子――しかし、さすがに疲れた。

 たかが数十秒のことなのに、天使の相手より疲れた。


 若干朔の指示とは違うところもあったような気もするけれど、恐らく大した問題ではない。

 というか、朔に話してもらえばよかった。


 とにかく、噛まずに最後まで話しきった私を褒めてあげたい。



 さておき、妹たちを呼べない世界に価値はない――そこまでは思っていないけれど、そう解釈されても仕方ないメッセージは伝わったのだろうか。



 ……伝わっていなかった。


 ディアナさんは、完全に放心状態――気絶していた。


 目を開けたまま――こちらを見ているように見えるのは、防衛本能のなせる業か。


 あんなに頑張って話したのにと思うと、怒りが込み上げてくる。

 おのれ、神め。


 しかし、ここで暴れては全てが無駄になるので、ひとまず我慢するしかない。




 何にしても、とにかくディアナさんを起こさなければ始まらない。


 しかし、呼びかけてみても、揺さ振ってみても意識が戻る気配がない。



 ――ちょっと侵食してみるか。

 もちろん、殺したり壊したりするつもりはないので、表層だけ。



 ディアナさんの髪をひと房掴んで、喰らう。

 もっとも、肉体的には問題無い部位だけれど、魂や精神には特に関係無いので、かなりきついダメージを受けていると思う。


「う゛びぃいぃ!?」


 ディアナさんの身体が一瞬びくりと跳ねて、そしてかなりアレな悲鳴と体液を撒き散らしながら飛び起きた。

 よくもまあそんなに出るものだ。

 さすがは神といったところか。

 若しくは女体の神秘か。


 というか、さすがに神でも、存在を喰われるあの感覚は怖いらしい。



 とにかく、ディアナさんは目を覚ました。


 今度はガクガク震えっ放しなので、気を失っていないことも確実だ。

 目の焦点は合わず、歯の根も合わない様子を見ると、正気を失っているかもしれないけれど、それはどうしようもない。



 しかし、彼女の傍らに倒れていた男神たちまで目覚め始めてしまった。

 彼女の撒き散らした体液が降りかかったせいだろうか。


 眠った姫を起こすのは王子様の口づけらしいけれど、男神は女神の汗とか涙とか涎で目覚めるのか?

 これは一体何のプレイだろう?

 何に目覚めているのやら。



「ディアナさ――ま? きさ――きゅんっ」


 覚醒した男神たちが、ディアナさんと私を交互に見比べて、そして壊れていく。

 寝起きに見せられる愛しい人の変わり果てた姿は、いろいろな意味で刺激が強かったのだろうか。



「先ほども申し上げましたように――」


 男神たちは無視して、(はなは)だ面倒だけれど、先ほどと同じ台詞をもう一度繰り返す。


 先ほどと違うのは、私に男神さんたちからの賞賛が驟雨(しゅうう)のように降り注いでいることだ。


 何に目覚めているの……。


 そして、逆転した数の力で、ディアナさんが糾弾(きゅうだん)されていること。

 また気絶されないように、ほんの少しだけ朔の気配を解放していることだ。



 男神さんたちは、全員私の側に寝返っていた。

 というか、魅了が解けた反動から、可愛さあまって憎さ百倍状態?

 そして、魅了から解放してくれたと思い込んでいる私への好感度に、その分が反映されているというべきか。


 朔の気配にしても、死にそうなほどに怯えているディアナさんとは違って、男神さんたちは痛気持ち良いとか、怖いけれどそれが癖になるとか、その奥から感じる私の感触が――などと、新たな世界を開拓しつつある。

 目覚めすぎである。


 想定外だ。

 どうすればいいのこれ?



『そんなに虐めないであげて。彼女も、ただ秩序を守るのに必死だっただけでしょ。だからといって彼女のしたことが正当化されるわけじゃないけど、易々と彼女の術中に落ちた――下心を持って彼女のところに赴いた君たちにも、責任の一端はあるんじゃない? だからというわけじゃないけど、男として大きな度量を見せてほしいな』


「さすがはユノ様、お優しい!」


「私、ユノ様の海より――(そら)より広い御心に感服いたしました!」


 朔がいつものように適当に収めると、いつものように、私への賞賛大会が始まった。


「ああ、ユノ様! 私の意思ではなかったとはいえ、貴女に悪意を向けた私を赦し、なおかつ、お側に置いてくださるとは――! 私、誠心誠意お仕えする所存です!」


 おい、ちょっと待って。


 長台詞を二度にわたって言い切ったことで油断していた。


 そこにヨハンさんが仕掛けてきた。



「「「我らが忠誠をユノ様に!」」」


 え、あ、あれえ?

 なぜか、他の男神たちも同調してきたのだけれど?


「「「歯向う者には神罰を!」」」


 ちょ、え、どうしよう?


 気炎を上げる男神たち。

 項垂れ、ただ涙を流す女神。


 私を挟んで正反対の状況。


 実は、脅迫なり証拠なりに使おうと、ここでの出来事を録音していたのだけれど、私の気のせいでなければ、誰にもお見せできないものになってしまった気がする。


◇◇◇


――第三者視点――

 眼球は動かせないし瞬きもできないが、見ることも、それ以外の音や臭いを感じることも、考えることもできる。

 ただ声が出せず、動くことができない。

 呼吸もできないが、息苦しさはない。


 もっとも、ディアナは、そんなことにも気づけないくらいに混乱していた。



 その直前の、小さな人形の性能にも驚いた。

 禁忌目録にはなかったが、天使を喰うなど、どう考えても禁忌そのものである。


 たった一体で数千の天使と渡り合うなど、下手な神より力がある。

 それは、アナスタシアでも手を焼くであろうレベルで、ディアナが天使を増やしていなければ、それ一体に負けていたかもしれない。


 しかし、数の力はそれに勝った。

 そして、ディアナは自身のやってきたことは間違いではなかったのだと確信した。



「動くな」


 ユノがそう口にするまでの短い時間だったが。



 ディアナだけでなく、百九十九万の天使の軍勢全てが動きを止めた。

 それだけではく、撃ち出された投擲(とうてき)物や魔法までもが止まってしまった。


 《強制の呪言》という能力があることは、ディアナも知っている。

 しかし、彼女の《傾世元禳》同様、相手に直接作用する能力は、エクストラスキルの域にあっても、成功率は100%にはならない。


 それに、それは慣性などの物理法則や、既に発動された魔法までをも止めるような力はなかったはずである。



 そして、それらの疑問に答えが出る前に、ユノが本性を現した。


 世界が形を失い、色彩や音が暴走する。

 そんな世界で、彼女はただひとり原形を保っている。


 その彼女の周りで渦巻く、闇のように見えるそれが何かは、ディアナにも分からない。


 それはただただ恐ろしく、同時にある種の神々しさのようなものも感じさせる。



 そして、ディアナは確信した。


 それが真の禁忌――世界樹の裏の――若しくは本当の姿なのだと。


 それの前には、彼女が神であるという事実など、何の役にも立たない。

 それに喰われたとしても、養分にすらならないだろう。


 それを証明するかのように、百万もの天使が一瞬で喰い荒らされた。

 手段すら分からなかったようでは、抵抗などできるはずもない。


 数千の天使を喰らった、先ほどの人形も相当の脅威だったが、世界樹を操るそれに比べれば、人形など枝葉のひとつ程度のものでしかない。


 しかも、彼女はそれを冗談で行ったという。


 正気ではない。

 狂っている。


 こんな化け物が存在するなど、想定外だった。

 秩序ある世界を造るために、最大の障害に対抗するための――できるだけの戦力が、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)というのも生易しい蹂躙(じゅうりん)劇だった。

 そんな存在が、何にも縛られることなく、自由に世界を闊歩しているなど、悪夢以外の何ものでもない。


 ディアナが想い描いていた、秩序ある世界が音を立てて崩れていく。



 負けたときは、潔く「くっ、――殺せ!」と死を選ぶ覚悟のあったディアナだが、死よりも恐ろしいものがあると知った今、そんなことを口にする勇気はない。

 精々、楽に死ねるように祈る――むしろ、「可及的速やかに、及び楽に殺してください」と懇願(こんがん)するくらいしかできない。



 そんなディアナの許へ、世界樹の支配者が近づいてくる。


 動けないディアナは、目を逸らすことも、瞬きすらもできず、ただその様子を見ているしかない。


 間近で見る世界樹の支配者の姿は、「美しい」のひと言――それを表現する言葉が存在しないレベルの美しさだった。

 いかにディアナが神族の中でも突出した美しさを持っていたとしても、それと比べると出来の悪い乱造品である。

 異性であればヨハンたちのように魅了されていただろうし、同性であったとしても、ディアナでなければ心を奪われていたことだろう。



 しかし、自身の美しさに自信のあったディアナは、比べるのも烏滸がましいその差に精神を抉られ続ける。


 そして、口元のみに優しげな笑みを浮かべたユノの、狂った頭の中を想像すると、今度はただただ、ひたすら恐怖しかない。



「動いてもらっても結構ですよ」


 その心にもない優しげな口調に、ディアナは自らの運命を悟った。

 その瞬間、ディアナの精神はいろいろと振り切り、彼女の意識は闇に沈んだ。




 束の間の安寧の闇に揺蕩(たゆた)っていたディアナだったが、突如として、言葉にできない恐怖や不快感と、喪失感で強制的に覚醒させられた。


 その後に待っていたのは「もう殺して」と懇願できればどれほど楽なものか、というような針の(むしろ)だった。


 しかし、先ほど感じた、感情が振り切れるほどの恐怖をもう一度味わうことだけは、死などとは比べ物にならないくらいに耐え難かった。

 反抗的な態度をとる気概など、もうどこにも無い。


 その恐怖の前には、男神たちが盗られたことなど些末なこと。


 彼らに罵られる程度のことは、心地良さを感じるくらい温いものだった。



 最後の頼みの綱である、主神への呼びかけすら通じない。


 最早ディアナにできることは、自身の不幸を嘆くことだけ。

 暴虐の魔王に敗れた時でも折れなかった心が、粉々に砕けていた。

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