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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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22 それぞれの戦い

 秩序を司る神ディアナさんの居城は、異世界にあった。

 正確には、世界というには不足しているものが多い、亜空間とでもいうべきところだけれど、明確に定義されているものではないので適当でいいだろう。


 そこに入るために、繋がりやすい所に移動して、ヨハンさんが魔法的な符丁のようなものを示して、ようやく入り口が現れる。



 薄々はそういうことなのだろうと予想はしていたものの、これで謎がひとつ解けた。


 神は思いのほか身近にいるのだ。

 といっても、少なくとも、別動隊のいるキャンプから五千キロメートル以上は移動したけれど。


 それに、解けたからといっても、これといって役に立つ情報ではない。

 精々が、見つからないものを探す努力が必要無くなる程度だろうか。


 そこにあると知っていなければ、砂の山から一粒の砂糖を見つけるようなものだし、強引に暴こうとすると世界を壊してしまうかもしれないし、気軽に手を出すには面倒すぎる。



 今回はヨハンさんに連れてきてもらったのだけれど、連行されているという(てい)の私は、魔法的な拘束具でぐるぐる巻きにされている。

 もちろん、システム的な拘束は私にとって何の意味も無いけれど、現代日本でこんな物を運搬していたら間違いなく職務質問を受けるくらいに絵面は酷い。


 それ以上に、それを取りつけていたヨハンさんが妙に興奮していたのが気持ち悪かったので、そっちの方でも事案発生である。



 ディアナさんの居城に入ってしばらく、大吟城ほどではないにしても、無駄に広い城内を引き回される。


 そうして、ようやく辿り着いたのは、恐らく謁見の間。


 恐らくというのは、その部屋が巨人のサイズに合わせて造ったのかと思うほどの広さで、部屋というよりはドームとかホールと称した方が合っているのだ。

 湯の川のものも大概だけれど、ここもどうにも威圧的な空間である。

 ハッタリを利かせたいのは分かるけれど、実用性を無視しすぎるとギャグにしかならないと思う。



 さて、その最奥の玉座――神座? に気怠げに頬杖をついているのがディアナさんだろう。

 第一印象は、「姿勢が悪い」。

 頬杖もそうだけれど、猫背だし、足もだらしなく開いているし。

 美しさって、そういうところも大事だと思うのだけれど?



 そんな彼女の周囲には、魅了で操られているのであろう神が8柱。


 なお、全員タイプの違うイケメン男子――男神である。

 これが噂に聞く逆ハーレム?

 恋愛関係には疎いのであまり口出しはしたくないけれど、それぞれと真剣に向き合えているならともかく、スキルで魅了して侍らせるのは不誠実じゃないかな?



 さておき、ディアナさんは人間ではないので実年齢は分からないのだけれど、見た感じでは二十代後半――いわゆる、アラサーである。


 ブロンドの長い髪に、青く澄んだ瞳の整った顔立ち。

 私の方が胸が大きくて腰回りも細いし足も長かったりするけれど、スタイルも良い方だと思う。


 それと、そこはかとなく年相応の色気のようなものもある気がする。

 ……いや、適当にいってみただけ。


 正直にいうなら、少し背骨が曲がっている気がする。

 素材は良いだけにもったいない。

 やはり、普段からの姿勢の悪さが影響しているのかもしれない。


 個人的な総評としては、「美の女神」は少し過大評価な感があるけれど、本人が納得しているならそれでいいと思う。

 一応、容姿はかなりの美人――美神? だと思うし。



「ご苦労。して、そやつがユノか? 美的センスの欠片もない……」


 そんな彼女に酷評された。

 もっとも、身体の方は、以前ソフィアにしたのと同じレベルの蓑虫状態だし、初対面の人と会うときのエチケットとして、バケツも被っているので当然の感想だろう。


 しかし、仮にも神が、人を見かけで判断するのはよくないと思う。


 それに、務めを果たしてきたヨハンさんに対する態度がぞんざいすぎる。

 いくら魅了で操っているからといっても、そういうのはよくないと思います。



「だが、その隣の男は獣王か? どういう経緯があったのかは分からぬが――」


 なお、ディアナさんが困惑していることからも分かるように、なぜかレオがついてきている。



 ここに来る前、一旦キャンプに戻って、みんなに「ちょっと神に会いに行ってくる」と告げたところ、なぜかレオとシヴァさんまでもがついてくると言い出した。


 もちろん、ついてこられても困るので、シヴァさんには「後できちんと話を聞くから」ということで、お留守番をしてもらうことを了承させた。

 しかし、レオがどうしてもついてくると言って聞かない。

 イヌ科とネコ科の違いだろうか。


 とにかく、ネコの性質を思うと残していくのも不安なので、何があっても自己責任ということでこういうことになっている。



「まあよい。毛深いのは私の趣味ではないが、何かに使えることもあるやもしれぬ。――もうよい、下がれ」


 ディアナさんが、神座に頬杖をついたまま、空いた手でヨハンを追い払うようなジェスチャーをした。


 しかし、ヨハンさんは下がらない。

 それどころか前に出た。



「ディアナ殿、今日こちらのユノ様をお連れしたのは、貴女の命令ではなく、ユノ様が貴女に話があるからです」


 あれ?

 事前に決めていた段取りでは、ヨハンさんは私を引き渡した後、すぐに逃亡するはずだった。


 神の中でも上位に君臨するディアナさんと、末端のヨハンさんの実力差は天と地ほどもあるそうで、戦っても勝ち目はないらしいから。


 現に、私とディアナさんの間に立ち塞がったヨハンさんの膝は、緊張か恐怖かは分からないけれど、残像が見えるレベルでガクガクと震えている。


 彼にはここに案内してもらうだけでも、充分な貢献をしてもらっている。

 そんな彼に、この後のことで迷惑が掛からないようにしようと思っていたのに、わざわざ台無しにするとか物好きなものだ。

 もしかすると、ディアナさんの魅了の後遺症とか何かなのだろうか。


 それとも、こんな拘束具で、私が本当に無力化されているとでも思っているのだろうか?

 そうだとしても、私が望んでこうなっているのだから、自己責任でいいと思うのだけれど。

 お人好しすぎる。



「殿? 様? ……まさか、貴様!? 一体どうやって!?」


 ヨハンさんの態度に、「ビシリ」とでも音がしそうなほど見事な青筋を立てたディアナさんが、勢いよく立ち上がった。


 さすが神。

 沸点が低い。


 そんなことを考えている間に、ディアナさんを中心に、かなりの範囲に彼女の神域が展開された。



 神域の展開速度、強度共に、以前遭遇した天使のものとは比べ物にならない。


 レオは当然として、同じ神であるはずのヨハンさんも能力を封じられているようで――というか、やはり敵味方の判別がつくらしい。

 その証拠に、彼女に魅了されているであろう神々には影響を及ぼしているようには見えない。



「全てのものは私に傅け――《傾世元禳(けいせいげんじょう)》!」


 ディアナさんのよく分からない口上と同時に、神域がとても気持ち悪いもので満たされた。


◇◇◇


――第三者視点――

「まさか、魅了が解けることがあるとは……。この奇妙な存在のせいなのか? いや、それも今となってはどうにもならんが……。割に合わぬな……」


 ディアナがヨハンにかけていた、魅了系エクストラスキル《傾世元禳》の効果が消えていた。


 それに気づいたディアナは、初めての経験に焦りを覚え、咄嗟(とっさ)に全力でスキルを発動してしまった。



 エクストラスキル《傾世元禳》は、魅了系アクティブスキルの中でも最上級のものである。

 通常の状態異常魔法ではあり得ない成功率の高さと、レジスト貫通能力を持っているが、対象との距離に比例してレジスト貫通能力が落ちる。

 他にも細かな制約はあるが、スキル抜きでも類稀(たぐいまれ)美貌(びぼう)をもっていたディアナとの相性が良く、制約やデメリットを差し引いても破格の性能を誇っている。


 とはいえ、スキルや魔法に絶対はない以上、魅了に失敗することもある。

 それでも、一度掛かれば更新は容易で、定期的に更新し続けていさえすれば、自然に解けることはない。

 その上、解呪するには、高い解呪の適性と術者と同等以上の能力が必要になる。


 つまり、ディアナが術者であれば、事実上ほぼ不可能という凶悪なスキルである。



 さらに、彼女の居城には、魅了の成功率や効果を更に高める仕掛けも施してあった。


 その中でも最大のものが、ディアナの傍らに立つ、現在は魔力を使い果たして床に倒れている8柱の神々である。


 彼らは、彼女の神域を強化するための触媒だった。


 彼らの魔力を使って強化された彼女の神域内では、スキルの射程や成功率、そして効果が劇的に上げることができるのだ。



 彼女はかつて、同格の神を魅了しようとして失敗――中途半端に成功して、好意は持たれたが操ることができず、付きまとわれて迷惑したという経験があった。


 それで懲りた彼女は、分の悪い賭けをしなくなった。


 その時はセクハラを受けただけで済んだが、もしも魅了に失敗して反撃を受けることがあれば、特殊能力に特化している彼女では、同格の戦闘に特化した神には敵わない。

 そう考えると当然の判断だろう。



 ディアナは長い年月をかけて、魅了成功率を上昇させる神域の開発と、他の神格保持者を自身の神域を強化するための補助装置にする方法を編み出した。

 それは、人族が編み出した邪法をベースにしたものだが、秩序ある世界を造るためには、多少の逸脱はやむを得ないと割り切った。


 そうして、彼女は自身のスキルの弱点を補うだけでなく、戦闘中であってもローリスクで《傾世元禳》を発動できるようになった。



 しかし、補助装置にするのは誰でもいいというわけではなく、本人の神域展開能力に加えて、彼女との相性も必要になる。


 そして、様々な条件をクリアしても、術の行使は彼らに大きな負担を強いる。

 結果、今回のように昏倒してしまったり、場合によっては回復が見込めないほどのダメージを与えてしまうこともある。

 そうなると、いかに神といえど手の施しようがない。



 そうして、長い年月をかけて集めた8柱。


 彼らを使えば、今度こそクライヴや【オオクニヌシ】といった、戦闘能力の高い神をも魅了することができるはずだった。


 彼らを手に入れれば、アナスタシアに対する強力な手札となる。

 それでようやく彼女の目的――秩序ある世界造りに着手できる。



 それを、いかに焦っていたとはいえ――正体不明の不安に襲われて、魔王や奇妙な生物を相手に使い潰してしまったのだ。

 奇妙な生物――ユノとよばれるものがいくら世界樹を生み出せるといっても、あの程度の世界樹では、倒れている神の一柱とも釣り合わない。


 それでも、それがアナスタシアや、他の秩序を乱す者の手に渡ることは看過できない。



 倒れた神々を見下ろしながら考えを巡らせていたディアナが、ふと違和感を感じてその元凶へと目を向けた。

 そして、その光景を目にすると、視線を戻して再び考え始める。


 ディアナは我が目を疑い、二度見した。




 そこにはなぜかお花畑があった。


 その中央には、バケツを被った奇妙な生物が、楚々(そそ)と立っていた。

 そして、その大きな漆黒の翼で、ヨハンとレオナルドを守るかのように包み込んでいる。


 ヨハンとレオナルドの表情は恍惚としたものだったが、明らかにディアナの魅了による反応ではない。



「どさくさに紛れてお尻を触らないで」


 魔王にチョップを落とす様から、それに魅了が届いていないことも明白だった。



「ところで、秩序って、みんなで作っていくものなんじゃないかな?」


 獣王にチョップを繰り返していたそれが、唐突に口を開いた。



 長い年月を、完全な秩序の下にある世界を目指してきたディアナにとって、それは挑発にしか聞こえなかった。

 それがただの理想論であることや、現実はそう単純ではないことなど、今更言われるまでもなく、充分に理解している。


 しかし、バケツを被った奇妙な生物に意見されるなど思ってもいなかった彼女は、それが何の話をしようとしているのかが理解できない。

 そして、ただただ屈辱感だけが募っていく。


 今すぐにでも、「無礼者めが!」と、塵ひとつ残さず消し飛ばしてやりたいと思う反面、いまだ展開中の神域の中にあって平然としていて、魅了も効いていないそれに、よく分からない不安を感じて実行に移せない。


 不安といっても、高い神格持ちの感じるものは、ただの不安で終わらない。

 未来を高い精度で予測して、巫女に神託を下せるのは、神にそういった権能があるからにほかならない。

 無論、外れることも多く、自由自在にとはいかない予測だが、その有用性を知っていれば、不安や予感といったものも莫迦にはできない。


 そして、信じたくはないが、あのふざけた存在は、神であるディアナに不安を覚えさせているのだ。


 そもそも、封神の鎖で簀巻きにされていたはずのそれが、なぜ脱出できているのか。

 一切の魔力の波動を感じなかったことから、完全に近いレベルで封じられていたことは間違いない。

 《認識阻害》などのスキルが使われていた形跡もなかったし、そういうことを見逃すほど無能ではない。

 つまり、少なくとも、それがディアナが知らない何かを持っていることは間違いないのだ。



 それでも、ディアナにはまだ切り札が残されていた。

 ただし、それを実行するには大きな隙を晒すことになる。


「だから、こういうやり方はよくないと思う。もちろん、必要悪とか、そういうこともあると理解はしているけれど――」


 しかし、ディアナの葛藤とは裏腹に、それは愚にもつかない、着地点も見えない話を延々と垂れ流しているだけである。

 誘われているのかと疑ってしまうほど隙だらけだった。



 事実、それ――ユノも、こんな寝言が通用するなど思っていない。


 彼女の本来の目的は脅迫である。

 彼女が綺麗事とも呼べない――寝言以下のポエムを垂れ流しているのは、どこかで見ているかもしれない主神に対する牽制のつもりなのだ。


 ディアナが、焦れて先に手を出してくるならそれでよし。

 交渉が拗れて戦闘に発展したとしても、自身は対話による解決を求めていたと言い張るための行動である。


 ただし、主神に悪巧みの段階から監視されているかも――といったことには頭が回っていない。


◇◇◇


 ユノと一緒に、ディアナの居城に連れ込まれたレオナルドは必死に足掻いていた。


 ひとりの男として、惚れた女を、危険な所にひとりで行かせるわけにはいかない。


 しかし、彼にとっては、ピンチはチャンスでもある。

 いいところを見せて、今度こそ好感度アップ!


 レオナルドは一度はきっぱりと振られはしたものの、まだ諦めていなかったのだ。


 先刻は《神域》とやらの不意打ちに不覚を取ったが、次は気合で克服する――若しくは、愛の力で新たな力に目覚めるかもしれない。



 そんな甘い考えでついてきたレオナルドだったが、現実は非情だった。


 ユノと同様に――幾分――いや、かなりマイルドに取りつけられた封印具と《神域》のせいで、指一本どころか、声を出すことすら難しい為体(ていたらく)である。


 しかし、抵抗を諦めることなどできない。

 すぐ側にはピクリとも動かないユノが――今はどう見ても蓑虫にしか見えないが、確かにそこにユノがいるのだ。



(今こそ目覚めよ我が野生!)


 絶体絶命の窮地の中、レオナルドは必死に抗っていた。




 ディアナの前に立ち塞がったヨハンも、必死に戦っていた。


 事前に取り決めていた作戦は「連れていってくれるだけでいいから、邪魔はしないで」と、ただそれだけだった。


 そうは言われても、一緒に連れていくことになったレオナルドと共に、ユノの実力は見ていない。

 その前の段階でノックアウトされたのだから当然なのだが。


 過剰なほど拘束具を巻きつけられた――巻きつけたのはヨハン自身で、柔肌に拘束具が食い込む様に随分と興奮したが、そんなユノを置いて下がっても本当に大丈夫なのか――。



 ヨハンは悩んだ。


 ユノは、彼の魂を牢獄から解き放ってくれた恩人であり、神として不適当だと分かっていてなお、心からついていきたいと思える存在である。


 そして、お嫁さんにしたい女性ランキング堂々の一位でもある。



 そんな尊い存在を見捨てて逃げるなど、いろいろなものが廃ってしまう。

 音を立てそうなほどに震える身体をどうにか動かし、ユノとディアナの間を遮るように立ち塞がる。



(ヤバいです。漏らしてしまいそうなほど怖いです)


 ディアナに睨まれただけで、ヨハンの恐怖はピークに達していた。


 ここに来る前は、「BBAの時代は終わったのですよ!」と啖呵(たんか)を切ってやるつもりだったのだが、とてもそんな精神状態ではない。 


 ヨハンは、後ひと押しでもされれば漏らしてしまいそうなプレッシャーの中で、必死に戦っていた。




 そして、ディアナが能力を発動した。


 それと同時に、レオナルドとヨハンは得も言われぬ良い香りに包まれた。

 ふたりは、その香りがユノのものであることをすぐに理解した。



(俺様は違いの分かる男。ユノの放つ天然物の香りは、婆くせえ香水なんかとは比べ物にならねえ)


(この瑞々しい感じは、BBAに出せるものではありません。例えるならユノ様の香りは華麗、BBAは加齢でしょうか)



 存分に香りを堪能した彼らが目を開けると、そこにはたわわに実ったふたつの果実があった。


 ふたりは、いつの間にか拘束から抜け出していたユノの両脇に腰を下ろしていて、ユノの大きな翼によって、ディアナから隠されるように庇われていた。


 それは、女性なら身を挺して庇われたことにときめくシチュエーションだろう。

 そして、男性であっても、下から見上げる揺れるお胸と、目の前にある瑞々しいお尻にときめく完璧の布陣だった。




 レオナルドは、彼の内に目覚めた野性を抑えきれなかった。


 こんなことをしている場合ではないと頭では理解しつつも、その手は無意識にユノの尻へと向かってしまう。


 そして、間もなくレオナルドの肉球に幸せが舞い降りた。

 肉球と肉球の奇跡の邂逅であった。


 直後に顔面に激痛が走ったが、彼の野生は留まるところを知らない。

 何度叩かれようが、邪魔をされようが彼は挫けない。



 ユノのお尻は、彼女がこれほどの打撃を放てることが信じられないほど、ふわふわモチモチと柔らかかった。

 それでいて、全く垂れていないどころか上を向いている、物理法則すら超越した尻であった。



 その尻の前には、自称美の女神など単なる背景でしかなく、顔面に走る痛みも天上の感触を彩るスパイスにすぎない。


 欲をいえば、その胸に実ったふたつの肉球にも手を出したかった。

 しかし、彼の童貞力では触った瞬間に暴発してしまうことは避けられず、彼自身もそれを理解していたため、涙を呑んで堪えた。


 もっとも、尻でも限界は訪れるので、早いか超早いかの違いでしかない。


(くっ、もう限界とは情けねえ……が、やれるだけのことはやったぜ! 悔いはねえ……)


 レオナルドの孤独な戦い(セクハラ)は、この日何度目になるか分からない暴発で、彼の敗北という形でひっそりと幕を閉じた。 




 ヨハンは神の(いただき)を目にしていた。


 この世界において、最も尊い場所。

 近くて遠い――手が届きそうで届かない場所。


 その持ち主が身振り手振りをするたびに、たゆんたゆんと形を変える。

 そんな思わず拝んでしまいそうになる、真理にも似た柔らかさは、触らずとも容易に推測できるが、想像はできない。


 全く垂れていないどころかツンと上を向いている、世界の理すら越えたところにあるそれは、彼に測れるものではない。


 正に、神の頂である。


 ヨハン、そこに乳なる神の存在を確かに感じ、「そこにおられたのですか」と拝謁――いや、パイ謁したくて堪らない。

 手を伸ばしたい――むしろ、むしゃぶりつきたい。


 しかし、そんなことをすれば、もう神ではいられない。

 その代償として、堕天するどころか、ただの性犯罪者として生きていかなくてはならない。


 そんなヨハンの葛藤とは裏腹に、彼の手はユノのお尻へと伸びていた。



 幸か不幸か、彼の手が触れたのは、ゴワゴワした毛に覆われた巨大な手だった。


 先客――不届き者がいたのだ。


 神の頂越しに、不遜なる魔王と目が合う。


 これ以上触らせてなるものか、とばかりに陣取り合戦が始まった。


 《神域》を展開していなければ、素の身体能力はレオナルドに軍配が上がる。

 しかし、ヨハンは自らの不利を信仰心で補って、どうにか食らいついていた。


 そんな激しい攻防の最中、弾みでヨハンの手が幸せに包まれることもあったが、飽くまで不可抗力である。


 ヨハンは聖地を守るための聖戦に身を投じているつもりだった。



 そして遂に神判が下った。


 激しい攻防の末、神の敵、邪悪なる魔王は力尽きた。

 魔王の自爆ではあったが、勝ちは勝ちである。


(この世に悪の栄えた試しはない。正義は必ず勝つ! ――いや、最後に愛が勝つのだ!)


 ヨハンが勝利をその手に掴んだと同時に、彼の眼前に火花が飛んだ。



 勝利を祝う花火が上がったわけではない。


 彼が本当に掴んでいたのは、勝利ではなく尻だった。

 彼の顔面に、ユノのチョップが降り下ろされていたのだ。

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