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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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21 事情聴取

 私が顔を出したら、神は地に落ち、魔王は地に伏し、人は大地で溺れて大惨事。


 もちろん、最後のは比喩である。

 ただ、陸に上がった魚のように喘いでいて、放っておくと死んでしまいそうだ。


 何にしても失礼な話である。



 さて、このまま静観していると生還できなくなってしまうので、トリアージ開始。

 なお、「トリアージ」と言ってみたかっただけで、診断するまでもなく、みんな息をしていないのでみんな黒である。



 ひとまず、息どころか息の根が止まりかけていた人たちに、エリクサーAをぶっかけて蘇生させる。


 地面にうつ伏せに倒れて、ビクンビクンと痙攣していたレオには水をぶっかけておいた。

 ライオンなら心配ないさー。


 そして、イヌは一応は神の面目躍如(やくじょ)といったところか、息は止まっていない。

 ただ、興奮のあまり粗相をしてしまったらしく、泣きながらパンツを替えに行っている。

 面目は保ったけれど、尊厳は失った――勝負に勝って試合に負けた感じだろうか?



 さて、気を失ってしまった神にも水をぶっかけようかと思ったけれど、それで怒らせて戦闘に発展したりすると、今までの努力が水の泡になってしまう。

 水だけに。

 なんちゃって。


 もっとも、努力といっても、鎧とバケツを脱いだだけなのだけれど、結果がこれでは冗談では済まされないかもしれない。


 とにかく、やるなら最後までやり通すしかない――ということで、膝枕の大サービス。

 ああ、でも、想い人がいるらしいし、余計なお世話か?

 それでも、地面に寝かせておくよりマシだろう。


 いつの間にか帰ってきていたレオやイヌに恨めしそうな目で見られているけれど、そんないわれはないはずだ。


◇◇◇


 それから十数分が経過した。


「こいつ、本当はもう起きてるんじゃねえか?」


 人族たちも全員が目を覚ましたというのに、いまだに目覚めない神。


 それに業を煮やしたレオが、そう吐き捨てるように言うと、神の身体がビクリと反応した。



「オラァ!」


 本当に起きていたのか、ジャーキングなのかは分からないけれど、レオが神の腹部に思いっきり蹴りを入れた。


 いい度胸をしている。

 そういうところは嫌いじゃないよ。



「ゴフッ!? か……は……、わ、私は一体!?」


「白々しい……。手前、どさくさに紛れてユノの太もも舐めようとしやがったろ」


 彼が吹き飛ぶ瞬間、すごい顔になっていたのは事実なのだけれど、あれは私を舐めようとしていたのか?


 何それ気持ち悪い。

 ひとまず表情を変えずに少しだけ距離を取る。



「ま、待ってほしい。何のことやらさっぱりなのだが――端くれとはいえ神である私が、そんなまねをするはずがないだろう!?」


 神のすごい焦りよう。

 眼の泳ぎ方が尋常ではない。


 本当に舐めようとしていたのか?


 私だけではなく、人族のみんなまでもがドン引きである。


 しかし、かつてこれほどまでに蔑みの目で見られた神がいただろうか。



「それでどうだ、ヨハン。ユノ様――真の美の女神を見た感想は? いや、答えを聞くまでもないか」


「ああ、私が間違っていた……。いや、分かってはいたのだ。私があの方の《魅了》に支配されていたことは。しかし、分かっていても抗えない――そんな呪いにも似た魅了から、貴女の真実の愛によって私は解放されました!」


 あ、壊れている。


 解放されたというか、違う形に壊れただけっぽい。


「ちょっと待てや! ゆ、ゆゆユノは俺と付き合うことになってんだ! 寝惚けたこと言ってんじゃねえぞ!?」


「貴様こそ何を莫迦な! ユノ様は私のご主人になられる御方! 魔王ごときが(つがい)になろうなど、天が許しても私が許さん!」


「ちょっと待て、今し方運命の出会いを果たしたのはこの私! それに見ろ! 翼といい、ハローといい、これはもうペアルック! 運命確定!」


「それを言うなら、俺様だって耳と尻尾でぺ、ペペペアルックだぜ! 手と手を合わせても幸せなだけだけどな、尻尾と尻尾を合わせたらこ、交尾なんだぜ!」


「ふっ、運命というなら、私など既にユノ様の愛で進化までしておるわ! 貴様らとは格が違う――」

「うるさい、黙って」


 またも私を置いてけぼりにして、話があらぬ方へすっ飛んで喧嘩を始めそうだったので、今度こそはと止めに入った。

 争うなとは言わないけれど、私が理由なのは困る。

 せめて、私のいない所でやってほしい。


 さておき、命令系で止めたとはいえ、それほど大きな声でもなく、世界を改竄したわけでもないけれど、喧騒はぴたりと止まった。

 もしや人徳のなせる業か。



『事情が全く分からないから説明してほしいんだけど……。ああ、人族は聞かない方が幸せかもしれない。よほどの覚悟がなければ、キャンプに戻った方がいい』


 善意からの忠告だったけれど、誰もこの場を離れようとしない。

 本当に覚悟ができているのかは分からないけれど、彼らが決めたことである以上、さすがにそこまでは知ったことではない。


『レオナルドは、こんな所まで、本当は何しに来たの?』


「ゆ、ゆユノと戦いに来たんだよ。ヴィクターの野郎から目撃報告もらったし、集会でもなんかそんなこと言ってたからな。この辺りで探してたんだ」


「と言っておりますが、どうやら一目惚れしていたようでして」


 レオの説明を、お供の獣人が補足してくれた。

 どのみち意味が分からないのだけれど。


『集会の時には、君には顔を見られてないはずだよね? それなのに一目惚れ?』


「その超セクシーな尻尾っすよ。俺らも長く生きてるけど、こんなイカした尻尾見たことねえっすよ」


「良い女は、尻尾も良い。その毛並は、どんな宝石より美しい」


「耳の形も最高です。無論、それ以外も最高以上に最高ですが」


 なるほど、私の尻尾は良いものらしい。

 確かに、尻尾に限ってはあった方が便利なパーツである。

 重心をキープできる幅が若干広がるし、ちょっとしたことなら手足の代わりにも使えるし、ちょっと敏感だけれど手触りも良いし。



「そういうことなら、気持ちは嬉しいけれどごめんなさい。他に優先したいことがあるから。そもそも、私には恋愛感情とかよく分からないから」


 とにかく、せめてもの誠意として、正直に答えた。


 なぜかレオだけでなく、この場にいる全員が魂にダメージを受けていたけれど、さすがにいつかの吸血鬼のように灰になるような人はいなかった。



『それで、シヴァはユノとどこで会ったの?』


 レオだけでなくシヴァさんも放心の真っ最中だったけれど、空気を読まない朔は構わず質問をぶつけていく。


「――はっ、その、ここより遥か西の地、かつては聖域であった場所で。私が力を失い、穢れてしまった地で、ユノ様が歌っておられるところを拝見しました。そのお姿はとてもお美しく、歌声も穢れ切ったこの身を浄化し、私だけでなく大地までも――」


「待って!」


 この話題は危険だ。


 恐らく、奇妙な怪物を祀っていた邪教徒の集会所のことだ。

 あそこの話題はいろいろとヤバい。


「その件は誰にも話してはいけない。いいね?」


「はっ! ユノ様の、自らの功績を誇らぬその謙虚さ、このシヴァ、(いた)く感じ入りました!」


 まさか目撃者が残っていたとは思わなかったのだけれど、当の目撃者は忠誠心の高そうな顔をしているし、これで一安心と思ってもいいだろう。

 いいのか?



「横から申し訳ありませんが、その件なのですが……」


 シヴァさんの件が一件落着したところで、確かヨハンと呼ばれていた神がおずおずと手を挙げた。

 彼にも話を聞きたいと思っていたところなので、ちょうどいい。


「その地で起きたことについては、憶測なども入り混じってはいますが、既に多くの者が知るところとなっております。特に、あれが実在するなど、私たちでも耳に覚えのないことですから――」


 あれとは世界樹のことで間違いないだろう。

 このあたりのことは、アナスタシアさんたちにも糾弾されたばかりのことなので、驚くようなことではない。


 そして、ヨハンさんは人族の人たちの手前か最後まで口にしなかったけれど、その視線だけで言いたいことも充分伝わった。



 お前がやったのか?



 はい、そうです。

 湯の川にはもっと立派な世界樹があります。



 私の想いも伝わったかな?


 とにかく、神のネットワークがどうなっているのかは分からないけれど、ある程度の確信は持っているのだろうし、ここで誤魔化しても仕方がない。


 なお、私の想いが通じたのかどうかは分からないけれど、ヨハンさんは神妙な顔でひとつ頷いた。



「問題は、ユノ様の存在を知る者がいること、そして、関与を疑われていることです」


『どこからユノに繋がったのかは気になるけど……。あれは世界に害のあるようなものでもない――争いの種になることはあるかもしれないけど、それは人間たちの在り方の問題であって、あれに限ったことじゃない。むしろ、有益なことの方が遥かに多いと思うけど、何が問題なの?』


 朔もまだ知らないようだけれど、世界樹は人々の希望とか願いなどのプラスの感情によって成長するように創ってある。

 逆に、マイナスの感情では衰退するようになっているので、あれを巡って争いでもしようものなら、いずれは枯れる。

 なので、大きな問題にはならないはずなのだ。


 ふふふ、私だってちゃんと考えて行動しているのだよ。



「あれが自然発生したものなら、仰るとおりでしょう。私たちに与えられた役目も、当初は監視だけでした。ですが、それを創造した者がいるとなれば、話は違ってきます」


『それが何で被造物だって分かったの?』


 朔の当然の問いに、ヨハンさんの視線がすーっと移動して、シヴァさんのところで止まった。


「そこの莫迦者が、それの周りで『ユノ様ユノ様』と喚いておりましたので……。人間にまで聞こえていたかは定かではありませんが、それで監視と捜索対象がひとつ増えた次第です」


「ふ、不覚! このシヴァ、決してそのようなつもりでは――、しかし! しかし! この失態をどう償えば――」


「お座り!」


「はっ!」


 興奮して騒ぎ始めたシヴァさんは、私が一喝すると瞬時に大人しくなった。

 なかなかお利口なワンコだ。



「続けて」


「は! それを問題視している者のひとりが、私にユノ様の捜索と連行を命じた神、【ディアナ】です。ここから先は、人の子に聞かせるのはまずい話になりますので――」


 私にとっては充分にアウトな話題だったので今更だけれど、神にそう言われてしまうと、さすがにこれ以上同席させるわけにはいかない。


 そこで、人族には一旦キャンプに戻るように可愛くお願いしたのだけれど、誰ひとり文句を言うことなく――というか、レオたちまで大人しく従ってくれたことには驚いた。


◇◇◇


 その先の話は、確かに人間に聞かせるのはまずいと思える内容だった。


 神――神格保持者は、自分を含めた神格保持者を殺すことはできない。



 そもそも、神格所持者とは、それぞれの主義の下で世界を守護するものである。


 ふざけているようにしか見えないアナスタシアさんでも、世界の守護者なのだそうだ。



 ただ、主義主張が真っ向から対立する神というのも、当然のように存在する。


 それが万が一にでも衝突するようなことがあれば、世界を守るべき存在である神自身が世界を壊すことになりかねない――という理由で、神には神を殺せないという制約がつけられているのだとか。



 なお、主義的に役立たずの神というか、悪神――時代の移り変わりによってそうなった神というのも、中には存在する。


 それらは、排除するべき存在ではあるものの、それができるのは主神と竜、そして人間だけなのだそうだ。


 抜け道とか例外がないわけではないけれど、この話の要点はそこではない。


 人間には神の高みに、たとえ一瞬でも到達する手段があるということだ。


 なるほど、彼らには聞かせられないという意味が私にも理解できた。


 私に聞かせてもいい理由は理解できなかったけれど。



 人間の可能性は素晴らしいものだというのは同感だ。


 とにかく、それだけならそこを(ぼか)して話せばよかったのではと思うのだけれど、話は神同士の勢力争いとか、構造的問題にまで及んだ。




 ディアナさんは、正確には秩序を司る神だそうだ。


 そこから何だか難しい話になったので、後のことは朔に任せて大半は聞き流した。



 まとめると、ディアナさんが求める秩序のある世界の構築と、それを守るためには、それなりの数と力が必要になる。

 そのために、《魅了》を使って下僕を作ったり、邪魔になる神の力を削いで封印したりと、様々な工作をしているのだそうだ。


 なお、魅了被害の当事者たちの証言として、ディアナさんのエクストラスキルによる《魅了》と私の魅了は全くの別物だそうで――そもそも、私は魅了しているつもりはないので酷い言いがかりである。


 とにかく、ディアナさんのスキルによる《魅了》は呪いのようなもので、レジストに失敗すれば、操り人形同然の屈辱の日々が始まるらしい。

 対する私のそれは、魅了されていると分かっていても、胸がポカポカして幸せな気分になるし、何なら胸以外もいろいろポカポカして超幸せ! なのだそうだ。


 ちょっと何を言っているのか分からない。



 さておき、そんなディアナさんにとって、私の存在は全ての前提を覆すもの――というか、秩序を乱すものだった。


 世界樹は、魔石などの動力源や、地脈や竜脈といったパワースポットの上位互換である。

 つまりは力そのもので、そんなものを創る私を、彼女は支配するか排除したいのだ。




「私が言うのもどうかと思うけれど、秩序は大事なことだと思う」


『しかるべきところから要請があって、その必要があるのなら、秩序の維持に力を貸すこともできなくはないと思う』


 それは同感だ。

 報酬に釣られた形とはいえ、アナスタシアさんの依頼も受けているわけだし。


『だけど、今聞いた話だけで判断すると、その秩序の正当性を担保するものが、彼女ひとりの考えだけだ。ボクたちは現場の状況を知らないし、彼女も必要悪だと割り切ってるのかもしれないけど、手段にも大いに問題がある。よって、ディアナにはさきの提案を出すことはできないし、当然支配下に置かれたり、黙って排除されるつもりもない――というのが回答になるけど、それでは納得してくれないよね』


「恐らく――いえ、間違いなく。貴女に、そして貴女の周囲に、あらゆる手段を用いて揺さぶりをかけてくるでしょう」


「何か抑止力になるようなものとかない? 他の神に仲裁を頼むとか――アナスタシアさんとか、バッカスさんとか、クライヴさんとか」


「ディアナは、単独で絶大な能力を持つアナスタシアを恐れていますので、恐らく逆効果かと。バッカスは分かりませんが――クライヴは一度は魅了したものの効果が浅く、それゆえに切り捨てられた経緯がありますので、やはり難しいかと」


 そういえば、クライヴさんは昔こっ酷く振られたとか言っていたか。

 そんな彼に仲裁を頼むとか、危うく外道になるところだった。



『殺す――のは最後の手段かな』


 別に殺さなくてもいいのではと思うけれど、あまり意地を張られるようだとそうなる可能性もある。

 住み分けできるならそれでよかったのだけれど、直接手を出してくるようになってはそうもいっていられない。


 殺す殺さないは別として、干渉がエスカレートする前に、一度話はしておかなければならないと思う。



「神を、殺せるのですか……!? いや、ユノ様ならあるいは――」


『死ねれば幸せな方かもね』


 人聞きの悪いことを言わないでほしい。



「とにかく、余計なことをされないうちに一度脅迫してみようと思う。ヨハンさん、案内してもらえないかな?」


 何をするにしても、神を知らなければ始まらない。


 シヴァさんやヨハンさんも神だけれど、どちらも病み上がりで壊れているし、サンプルとして適当なのかは分からない。

 ディアナさんが適当かといわれると、微妙な気もするけれど、それでもサンプルは多い方がいい。



「ええ!? しかし――はい! お任せください!」


 何だかんだと渋っていたヨハンさんだけれど、彼の両手を握って可愛くお願いしてみると、見事に了解を得ることができた。

 これは魅了ではないと思う。

 きっと、誠意とかそんな感じ。



 今回の件は、事が事だけに、もしかすると主神が出てくるかもしれない。


 そのときは、主神も脅迫しようか。

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