17 合流
――ユノ視点――
なぜこんなことになっているのか。
予想外のことばかりで、本当に嫌になる。
もうひとつの別動隊が、吸血鬼に襲われていた。
それは見れば分かることだし、その吸血鬼が、ヴィクターさんの配下ではなく、以前私たちと遭遇した吸血鬼のグループだということも、あの慌てようを見れば疑いようもない。
私たち――というか、少し前にアドンとサムソンが東の方で暴れたので、吸血鬼たちがそれを避けて西の方に狩りをしに来たとかだろう。
いや、それにしても、ものすごい遠征だけれど、それだけ怖かったということなのだろうか。
とにかく、被害を被った別動隊の子たちは不運としかいえないけれど、世界とは案外狭く、そして弱肉強食であることもまた理のひとつなのだ。
そこまではいいとして、なぜこの子たちはこんな所に来ているのか。
「ユノ様、お知合いですか?」
スティーヴさんが、質問という形を装って尋ねてきたけれど、疑っている様子は一切ない。
理解不能なことは全て私に関係しているという風潮はよくないと思う。
「ワタシタチ、バケツノ民。ジンルイ、ミナキョウダイ」
「ねえ、貴方【ハルト】でしょ!? 生きてたの? こんな所で何をしてるの!? 何でバケツ被って、作り物の羽を背負ってるの!? 何なのこれ!?」
「ピンチトキイテソクサンジョー! ウェーイ!」
「お前、アツヒコか!?」
最悪のタイミングで合流してしまった。
ヒカルさんが、私とハルトを交互に見ながら喚きたてる。
ユウジたちも、アツヒコたちの存在に気づいたようだ。
他にもあちこちで感動の再会の真っ最中――感動?
私にも本当に何なのか説明してほしい。
◇◇◇
私が回収して生き返らせていた子たちの何人かが、揃ってバケツを被って、作り物の翼を背負って、同じく作り物の尻尾を生やしてこんな所にいる。
私は村で大人しくしているようにと言ったはずだ。
もちろん、命令ではないし、助けに行きたいという子が出ることも想像はしていたけれど、これは何なの?
私への挑戦?
戦争に託けて、喧嘩を売りに来たの?
状況的には、私の変装をした集団が、吸血鬼に襲われて、絶体絶命の別動隊の救援に駆け付けた――といいたいところだけれど、恐らく吸血鬼の餌が増えただけ。
村で訓練はさせていたものの、暇と体力を持て余した子たちが暴走しないようにという配慮であって、吸血鬼に対抗できるほどには成長していなかった――と思う。
ユウジたちを含めて、この子たちの強さの差なんて分からない。
勇者レベルで、ようやくちょっとマシなのかな? ――いや、派手だなと感じる程度で、それも誤差といってしまえばそれまでだ。
しかし、吸血鬼の中に私を知っている人が何人かいたようで、その人たちが「で、デスが来る!」「もうしませんから許して!」などと叫びながら、慌てて逃げ出してしまった。
そして、残りの吸血鬼たちも、彼らの尋常ではない様子に不安を覚えて退却してしまったようだ。
それで、結果的に別動隊は命拾いしたのだけれど、死んだはずの子たちの登場で、アンデッドに過敏になっている生き残った子たちが困惑していたところに、私たちが合流したという流れである。
とまあ、事実は理解したものの、何がどうなってこうなっているのかはさっぱり理解できない。
「ハルト、シンダ。ワタシ、バケツノ民。トモダチネー」
「バケツ、サイコー。ウェーイ」
これで変装のつもりなのか、誤魔化しているつもりなのか。
しかしながら、バケツとか翼といった挑戦的なオプション以外の装備は生前の物なので、あっさり本人バレしていた。
頭隠して尻隠さずとでもいうのだろうか。
やはり、莫迦は死んでも治らないようだ。
「ハルト、どうしちゃったの!? 変なものでも食べた? ユノさん、これは一体どういう――」
「様を付けろやボケェ!」
「舐めとんのかワレェ!」
「いてまうどゴルァ!」
ヒカルさんが私の名前に付けた敬称が気に食わなかったのか、ハルトやスティーヴたちから、正に口角泡を飛ばすといった感じでかなり厳しい言葉が飛んだ。
「ふ、ふぇ……」
ヒカルさんが怯えて涙目になっている。
というか、私も怖い。
ヒカルさんとハルトは恋人同士ではなかったのか?
これもシステム上のことで、死んだらリセットされるのだろうか?
◇◇◇
どうにも収拾がつかないので、ハルトやアツヒコたちには粗悪なコスプレを止めさせて、これまでの経緯を話すことにした。
何だかもういろいろと台無しだよ。
まあ、みんなそれぞれの意思で行動してのことだから、それを責めたりはしないけれど、尻拭いをする方の立場も考えてほしい。
もちろん、説明したとはいっても、私の素性や目的は伏せているし、どうやって生き返らせたかなどの具体的な内容も話さないようにした。
私の新興宗教の教祖のような状況と合わせて、かなり胡散臭い話になっていると思うけれど、信じる信じないは個人の裁量に任せる。
また、口封じの可能性は伏せたままで、ほとぼりが冷めればハルトたちを解放することは話した。
ただし、私は帝国の――というか、人族の味方ではないので、私の目的の邪魔になりそうな場合の保証まではしないことは警告した。
私の目的について話すかどうかは、かなり迷った。
今の雰囲気なら全員からヒアリングが行える――のだけれど、スティーヴやイアンさんの手前、帝国の闇について触れるのは憚られる。
それに、日本人たちが、善意で他の子に訊いたりして拡散した場合を考えると、変な先入観を与えない方が良いかと思って、「個人的なこと」で済ませることにした。
「ユノ様、ご歓談中失礼いたします。こんなことをお願いできる立場ではないことは充分理解しておりますが――」
ひととおり話し終えた頃、そういって進み出てきたのは、別動隊の副隊長であるイアンさんだ。
彼にはこれが歓談に見えたのだろうか?
いや、それよりも、ナチュラルに「様」付けで呼ばれたことや、跪かれていることが気になる。
「いいですよ、イアンさん」
重苦しい空気に耐えられずに思わず言ってしまったけれど、もう少し砕けた感じで言った方がよかったかもしれない。
「私ごときに敬語などお止めください。もちろん、私のことは呼び捨てで願います。それでですね、先ほどの戦闘で、私の部下が5人攫われておりまして――その、救出にご助力いただけないかと。私にできることであれば、何でもいたしますので、何とぞ――」
イアンさんは、流れるような動きで、額を地面に擦りつけるくらいに平伏していた。
こういうのは本当に止めてほしい。
日本人を失うことは私にとってもマイナスなので、奪い返すことに異存はないのだけれど、こんなことをされると、逆にとてもやりにくくなるのだ。
「助けるから頭を上げてください。もちろん、頼まれたからではなくて、私の都合です」
「さすがユノ様!」
「ユノ様ならやってくれるって信じてましたよ!」
「ナイスツンデレ!」
私がイアンさん――いや、イアンに頭を上げるように促すと、ハルトたちから妙な歓声が上がる。
誰がツンデレか。
やはり、この子たちは私に喧嘩を売っているのだろうか。
この子たちからも改めて話を聞かなければならないのだけれど、どういう経緯があって、こんな奇行に出たのか理解できる気がしない。
訊いてもいないのに自慢気に「渓谷を越えてきました!」とは聞かされたけれど、確かに不可能ではないにしても、かなりの危険があったはずだ。
そこをどんな努力で乗り越えたのかには、ちょっと興味がある。
しかし、バケツの下に作り物の猫耳をつけていた理由なんかは聞きたくない。
そういう方向の努力は要らない。
「ユノ様の着てる鎧って、実は生きてる竜なんだぜ」
莫迦な子がそんなことを洩らしてしまったおかげで、鎧を脱ぐのに普通に脱がなければならなくなった。
なぜ脱ぐのか?
着たままでは、大掛かりな能力を使えない――使えなくはないけれど、私の力に鎧の子が耐えきれず、死んでしまうおそれがあるのだ。
分体を出してそっちでやってもいいのだけれど、それはそれで説明が難しい。
不可視化した分体を出すのも、状態の違う分体の制御は混乱の素になるし、何にしても手間が増えるだけだ。
走って追いかけて回収しようかとも考えたけれど、追いかけてくる人が出ても困るので、確実な方法を採る。
「あ、あの! ユノ様の鎧って封印具のようなものじゃ……」
町での勇者さんとのやり取りを見ていたらしい子が、私が鎧を脱ぎ始めるのを見て慌てふためく。
どうやら、私が領域を出して「鎮まれー」などと演技をしていたのを見て、制御できない力なのだと本気で信じているようだ。
私の演技力も大したものだ。
「あれ、嘘」
誤解を解くためというより、恐怖で卒倒しかねない人が数人いたため、何か漏らされたりする前に撤回して脱衣に戻る。
◇◇◇
――第三者視点――
「あれ、嘘」
などと言われても、実際にあれを目にして「はい、そうですか」と納得できる者などいない。
しかし、ユノはそんなことには構わずに手甲を外して、透き通るような白さの、芸術品と見紛うばかりの造形の手で、背部にあるファスナーに手を掛ける。
「え!? あれ、着ぐるみなの!?」
「生きてる竜じゃなかったの!?」
「外した手甲、何か動いてね!?」
それを目の当たりにすると、それまで恐怖と猜疑心で溢れていた者たちの頭の中は、違う種類の恐怖と猜疑心で塗り替えられた。
しかし、それも長くは続かなかった。
背中の開口部から、夜の闇より暗く美しい翼が姿を現すと、続けてその手と同様に、完成された芸術――人間の感覚では認識しきれない美を湛えた女性が姿を現した。
それは、まるで蛹から羽化する蝶のような――この救いのない世界に、神が顕現する瞬間を目の当たりにしているようだった。
それを見ていた者たちにあるのは言葉にできない感動だけで、恐怖も猜疑心もすっかり消え失せていた。
残念ながら――彼らの心の声を代弁するなら、本当に残念ながら、鎧を脱いだユノは一糸纏わぬ姿ではなかった。
こんな感動的な場面で、なぜそんな俗な想いを抱くのかは彼ら自身にも分からない。
ただ、鎧を脱いだ――正確には半脱ぎの彼女の存在に、彼らは本能やもっと奥底にあるものを刺激されていて、自制はできているものの湧いてくる想いは止められない状態だった。
もっとも、ユノは裸ではなかったとはいえ、身体のラインがはっきり分かるレオタード姿である。
ラスボス装備として作られたそれは、威圧感こそないものの、彼らに羽化登仙とでいうような酩酊感や高揚感を与えていた。
この程度で済んでいるのは、ユノがバケツを外していないためだ。
もしもこのタイミングで素顔を晒していれば、心が壊れる者も出ただろう。
ユノ自身は無自覚だが、彼女はハロー効果やゲインロス効果を巧妙に使っている。
そして、やはり無自覚ながら、限界の見極めが非常に正確である。
もっとも、その「限界」というのは人間の基準ではないが、その匙加減の上手さは、正に小悪魔――むしろ、邪神級である。
失敗したといえるのは、アーサーとクライヴくらいのものである。
それでも、彼らの人格を捻じ曲げたりはしていない。
他人の目からは彼らが異常に見えるかもしれないが、あれはあれで彼らの偽らざる姿なのだ。
「あれ――?」
いつの間にかそこにいた、吸血鬼に攫われたはずの5人。
そのうちのひとりが発した言葉によって、静寂が破られた。
ユノに見惚れていた者たちの意識が、ほんの一瞬だけ彼女たちに向いた。
そして、再びユノに視線を戻した時には、彼女は銀の鎧姿に戻っていた。
「ここは……?」
「戻って――これた?」
「何がどうなってるの?」
「私たち、助かったの?」
「みんな、ただい――あれ? みんな何で怒ってるの……?」
理由は分からないが、助かったことに気がついた――そうして、彼女たちが喜びを爆発させようとしたところ、それにしては雰囲気がおかしいことに気がついた。
普通に考えれば、再会を喜び合う場面のはずである。
彼女たちは、吸血鬼たちが餌に選ぶレベルの容姿と貞操観念を持っていたこともあって、日本人の中でも人気があったはずで、同性の少女たちともそれくらいに仲は良かったはずだ。
しかし、彼らを見る仲間たちの表情は、一様に無念や憤怒に彩られていた。
何か悪いことをしてしまったのだろうかと思い、考えを巡らせるが思い当たる節はない。
それでも、空気の読める彼女たちは、吸血鬼に攫われた時以上の理不尽から救ってくれる存在を、息を潜めて待っていた。
◇◇◇
――ユノ視点――
別に裸になるわけではない。
もちろん、見られて恥ずかしい身体はしていないのは事実なのだけれど、見せる相手や範囲は選びたい。
まあ、レオタードくらいなら誰に見られても構わないのだけれど、この場でレオタードというのはどうなのだろう。
誰がどう見ても場違いだよねえ……。
それに、さすがに脱いでいるところを見られる――凝視されるのは、少々恥ずかしいような気がする。
もっとも、恥ずかしがる姿を見せるのは、余計に恥ずかしいことになる。
大丈夫。
アイドル活動に比べれば大したことはない。
あれを経験した私には、もう怖いものはない。
能力を行使しても大丈夫だと思われる、半分くらい脱いだところで、不可視の領域を展開して攫われた子たちを捜索する。
……拉致被害者がすぐに見つかったのはいいとして、なぜかこっちの方が深刻だったりする。
比喩ではなく、本当に息をするのも忘れている子もいるのだ。
その理由は定かではないけれど、死者が出る前にさくっと奪い返す。
吸血鬼たちが「神隠しだー!」「止めて、来ないで!」「デデデデス出ちゃうのおおぉ!?」と、取り乱していたけれど気にしない。
というか、高い不死性が売りの吸血鬼が、デスを怖がるのはどうかと思う。
これでは普通の人と変わらない。
さておき、助け出した子たちは、状況の変化を理解できていない。
まあ、彼女たちは極度の恐怖や緊張に曝されていたのだから、この反応も仕方がないのかもしれない。
それよりも、私にばかり気を取られて、仲間が戻ってきたことに全く気がつかない子たちの方が問題である。
まあ、鎧の内容量を大きく超えた翼が出てくるとか、完全変態する昆虫みたいでショッキングな光景だったかもしれないけれど、それでも全く気づいてもらえない子たちが不憫で仕方がない。
「あ――」
私が助け出した子のひとりが発した声が、長い沈黙を破った。
彼女はようやく現状の理解が追いついてきたようで、他の子たちも、それに釣られるように、吸血鬼の手から逃れたことに気づき始めた。
そして、その様子でみんなの気が逸れた一瞬の隙に、再び鎧の中に潜り込んだ。
「あぁっ!?」
それに気づいたひとりが、驚きと絶望の混じった奇妙な声を上げた。
「吸血鬼が、いない?」
「みんながいる……? あれ、でも、死んだはずの人も……」
「もしかして、助かった……? それとも、みんな死んだ……?」
「そんなぁ!」
「なんてこった……」
「ううぅ……」
私が吸血鬼から救出した子たちが困惑している。
普通に考えれば、ここは再会を喜び合う場面のはずだと思うのだけれど、残っていた人たちは、親でも死んだかのような悲嘆に暮れている。
それどころか、一部には親の仇のような目で彼女たちを睨んでいる子までいる。
もしかして、私に見惚れていたのか?
顔は隠していたのに――ああ、もしかして、これが溜まっているとかいう状態だったのか?
まあ、若い子たちが多いし――いや、少なからず女の子もいるのだけれど?
いやいや、どちらにしてもおかしい。
私が頼まれたのは――頼まれたからやったわけではないけれど、拉致被害者の救助だったはずで、ストリップなどではないはずだ。
いや、実際にストリップを目にしたことがない――というか、亜門さんの話では絶滅危惧種らしく、つまりそれがどういうものかは詳しく知らないので、あれが該当するかどうかは分からない。
私は誰に言い訳をしているのだろうか。
さておき、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
救出した子たちが不憫なこともあるし、それ以上に何だか嫌な予感がするのだ。
私の勘は、こういう時だけは当たる。
そして、避けられない。
とはいえ、もう一度脱ぐ気などないので「落ち着いて」と一喝し、簡単に状況を説明して――朔にしてもらって、みんなには被害状況の確認や装備などの点検をさせた。
というか、なぜ私が――いや、朔だけれど、指示を出しているのか。
ちょっと面倒なことになりそうな気がするので、悠長に構えていられないのは事実だけれど、嬉しそうに従っているスティーブとイアンの態度は新たな問題になる気がする。
しばらくして、少し離れた所で、肉塊と化していた別動隊の隊長さんが発見された。
どうやら彼――名前も知らない人は、戦闘の末にこうなったわけではなく、《転移》魔法の致命的失敗が原因でこうなったらしい。
こういった事故は、適性も能力もない人が無理して《転移》しようとすると起きやすいらしい。
彼については、副隊長のイアンが、「自意識過剰で、世間知らずで我儘で臆病で、現実が全く見えていない人でしたから、この結末も仕方ないんでしょうね」と、埋葬しながら若干嬉しそうに話してくれた。
《転移》魔法、ヤバいね。
私も、ハルトたちひとりひとりに、万一のときの保険として、湯の川製《転移》のアミュレットを渡していたのだけれど、もしかすると、こうなっていた可能性もあったのだろうか?
しかし、それは湯の川で採れた魔石――賢者の石とか秘石ではないけれど、とても良質な魔石である。
湯の川では、通常は生物の体内からしか取れない魔石が、山から、畑から、海から――と、所構わず採れる。
更に質も良い。
それを素に、湯の川が誇る優秀な職人たちが作り上げた特注品だ。
迷宮で拾えるものとは一線を画すそうだけれど、私にはその違いは分からない。
とにかく、もう遅いかもしれないけれど、後で注意喚起だけはしておこう。




