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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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15 末路

――第三者視点――

 帝国の当代勇者であるシロウは、自信を失っていた。



 たったひとりの冒険者にいいようにあしらわれたことが、全ての始まりだった。


 負けたわけではない――結局勝負は有耶無耶になったのだが、そのまま続行していても、勝ち目がなかったことくらいは理解している。


 それでも、戦って負けたのであれば、もう少しくらいは納得できたのかもしれない。

 しかし、シロウの名誉に傷がつかないようにという配慮が、彼を余計に惨めな気持ちにさせた。


 子ども扱いされたと感じたのかもしれない。

 事実そのとおりなのだが、それを認められないところが子供扱いされた理由なのだと気づいていなかった。



 それに追い打ちをかけるように、彼女の周りには人が集まり、シロウの周囲からは人が去っていった。


 事実としては、元より彼が作戦会議に出席する予定は無く、現実的な作戦を立てるために多くの知識を持つ彼女の助言を貰っていただけなのだが、シロウはそう捉えてしまった。



 シロウの考えでは、本来そのポジションにいたのは自分のはずである。

 では、今ここにいる自分は何なのか?

 力だけが拠り所だった彼は、それが揺らいでしまったことで、自分を見失っていた。


 この世界に来て、桁外れともいえる力を得て身につけた自信は、それ以上の力を前にして脆くも崩れ去った。


 それは、日本にいた時と同じ――この世界での命の軽さを考えれば、それ以上に自信を失った状態だった。

 そして、彼がこれまで勝ち続けてきたのは、彼がただ強かったからであり、自分より強い相手に立ち向かった経験など無い。

 結局、本質的には何も変わっていなかったのだ。

 それゆえに、彼はこの状態を克服する術を知らなかった。



 ただ少し調子に乗っていただけ。


 この年頃の少年にはありがちなことといえばそれまでで、それを責めるのは少々酷というものだろう。

 むしろ、それを(たしな)めてくれる大人がいなかったことの方が問題なのだ。


 ある意味では、ユノがその役割を果たしたともいえるが、その後でフォローをする者がいなかった。

 しかし、ユノは自身の都合により、帝国の勇者に深入りすることはできない。


 そして、本来であれば、様々なサポートをしなければならないはずの従者の少女たちは、落ち込む彼を励ますどころか、付け込むチャンスと捉えたり、自身の身の振り方ばかりを考えている有様だった。



 シロウに全く非がなかったわけではない。

 しかし、彼は自分が負けたせいで、弱いせいでこうなったのだと、全てを背負い込んでしまった。


 そんな彼に残された希望は、この戦争で結果を出すことだけだった。


 少なくとも、彼の中ではそういうことになっていた。



 結果さえ出せば、離れていった人たちの心も取り戻せる。


 その思いとは裏腹に、彼の心は恐怖に支配されていた。



 何気ない日常の中にさえ魔物は潜んでいる。

 この世界では、子供でも知っているようなことに今更気がついたものの、それを克服する方法が分からない。

 当然のことではあるが、簡単に克服する方法などないし、完全に克服できる者もまず存在しない。


 それは地道に努力を積み重ねて少しずつ克服していくしかないのだが、労せずして力を手に入れ、その後も死線とはほぼ無縁だったシロウには、そんなことにも考えが及ばない。


 もっとも、この世界の人たちの大半も、勇者のような絶大な力を持つ存在が、この世界のどの国よりも平和な世界から来ているなど思いもしない。


 勇者にしても、誰にも理解できない世界の話をしたりはしない。

 話したとしても、証明する手段もなく、冗談だと思われるか、勇者のおかげでそうなっていると思われるか、勇者だらけの世界なのか――正確に伝わることはまずないのだ。



 そんな感じで、世界が違う者の間では、上手く馴染んでいるように見えても、価値観の壁が存在する。

 少なくとも、シロウの周囲には、彼が今更そんなことで悩んでいると想像できる者は誰もいなかった。



 その結果、シロウは何ひとつ問題を解決できないまま戦場に立つことになった。


 それでも、シロウは必死に足掻いた。

 生き残るために、そして居場所を取り戻すために。


 本来、そうやって少しずつ成長して自信をつけていくものなのだが、タイミングの悪いことに、彼の活躍よりも、別動隊の活躍ばかりが取り沙汰される。


 噂をする彼らに悪気があってのことではない。

 ユノの助言があってのこととはいえ、彼らと変わらない普通の人間だけで、大量のアンデッドを殲滅しただけではなく、ドラゴンゾンビまでをも撃破したのだ。

 凡夫でもやればできるのだと、自分たちと重ねて浮かれるのも無理はない。



 何しろ、町を占拠している敵の中には、アンデッドを指揮する知性を備えた存在の姿も確認されていたため、魔石を使った陽動をここで明かすわけにはいかない。


 結局、本隊の戦法は旧態依然のもの。

 アンデッドの索敵範囲の限界もあって、兵器の射程を有効活用できていないとはいえ、それでも危険度は高く、ストレスやフラストレーションも溜まる。

 一応、シロウの奮闘もあって、上々ともいえる戦果を挙げながらも、別動隊には遠く及ばないのだ。


 そんな状況から、「自分もあっちに参加すればよかった」と口にする者も少なくなかった。




 それが更にシロウを追い詰める。


 もっと戦果を。


 シロウの頭の中にはそれしかなかった。

 戦列が伸びている――というより、突出しすぎていることには気づいていた。

 しかし、それも、戦果を出していないから、誰もついてきてくれないのだと自己完結してしまっていた。



 そんな状況で、これまで無事だったことが奇跡だった。


 城壁に取りつけられているのは、知性の無いアンデッドにでも使えるような、精度や威力なども控えめで、コストも低い単純な兵器である。


 とはいえ、砲煙弾雨の中を、単身で突破しようとしているのだ。


 勇者くらいになると、目視で避けることも可能な物が大半とはいえ、それは飽くまで単発であればの話。

 疲れ知らずのアンデッドによる釣瓶打ちの密度は莫迦にできないし、時折アンデッドそのものも飛んでくる。


 いかに勇者といえど、飛んでくる砲弾の直撃を受ければ、良くて戦闘不能、悪ければ即死することもある。

 魔法やスキルで無力化や威力の低減ができなくもないが、スキルとスキルの繋ぎの時間は無防備になるし、魔力にも限りがある。


 結局は、運用する能力こそが重要で、ただスキルが使えるというだけではその場凌ぎでしかない。



 当然、足を止めて集中砲火を受けたりすれば、あっという間に力尽きる。


 防御に特化した勇者であれば多少は耐えられるかもしれないが、多くの勇者は攻撃偏重であったり、特殊能力が強い傾向があり、シロウもその例外ではない。


 もっとも、中途半端に生き残ったとしても、その後に集中砲火や嬲り殺しに遭うことを考えれば、即死した方が幸せなのかもしれないが。




 先行するシロウに砲火が集中する。

 従者の少女たちも、能力差に保身もあって追いつけない。


 本来の作戦では、一般の兵士が先行して攪乱(かくらん)する――砲火と迎撃に出てきたアンデッドを分散させ、弾幕の薄い所から勇者が気配を消して進軍して、城門や城壁に接近してから一気に突破、若しくは砲台などの兵器の破壊を目指すはずだった。



 しかし、シロウの先行により役割が入れ替わってしまった。


 結果としては、本来の作戦よりも大きな戦果が上がっていた。


 ひと際強い魔力を放つ勇者は囮としては最適で、隠密工作部隊が城壁にとりつくことは難しくなかった。


 とりついてから若干梃子摺るものの、全体的な進捗(しんちょく)度は一割ほど早い。


 それでも、替えの利かない――ものではないが、替えの難しい勇者に囮のような役割をさせるなど、帝国からしてみれば許容できる話ではない。


 それは軍としても同様で、万が一でもあった場合は、責任者の首が飛ぶくらいでは済まない。



 できれば止めさせたいところであり、指揮官も止めるようにと通達もしたのだが、鬼気迫るという表現がぴったりのシロウの様子に、それ以上強くは言えなかった。


 そもそも、勇者に対する命令権は、皇帝にしかないのだ。

 その皇帝も、この数年姿を見ることがなく、現場には命令書が届くだけ。

 現場の指揮官レベルではどうしようもなかったのだ。




 肉体的にも精神的にも状況的にも追い詰められて、進むことも戻ることも立ち止まることさえできない――と思い込んでいたシロウに、遂に現実が牙を剥いた。


 シロウが回避行動を取り続けた先は、運悪く――あるいは必然か、全く逃げ場の無い状況だった。

 魔力に惹かれるアンデッドが、最も強い魔力を発しているシロウに惹かれるのは当然のことである。

 そして、処理能力を超えれば、いずれはこうなることも必然である。



 スローに映る景色の中、シロウは自らの見ているものが信じられなかった。

 脳が、心がそれを認識することを拒否しているのだ。


 それでも、熟練の冒険者であれば、最悪の状況の中でも最善を尽くそうと努力するだろう。

 しかし、シロウはただ、「なぜこうなった?」「これは夢だ。起きれば自宅のベッドの上なんだ」「誰のせいでこうなった?」「早く夢から覚めて」などと、現実から目を背けているだけだった。


 そして、最後まで現実を認めることができないまま大きな衝撃に襲われ、シロウの意識は闇に閉ざされた。


◇◇◇


 シロウが後送されてから数日。



 帝国の辺境にある、特に珍しくもない廃教会。

 そこに出現したあるものを巡って、帝国でも屈指の研究者たちが、秘密裏に調査を行っていた。



「すごいな」


「それはどっちの話だい?」


「両方――いや、これだけの傷を受けて、しばらく生きていたという勇者の生命力もすごいが、ここに運ばれてきた時点で肉塊としか見えなかった彼が、ほぼ完全な状態にまで復元されるとは、まさに神の奇跡としかいいようがない! 意識が戻らないのは残念――いや好都合か? とにかく、やはりこれが――」


「ああ、間違いない。世界樹だ」


「伝説上の存在だと思っていたが、まさか実在するとは――歴史に残る大発見だな」


「なぜこんなところに――などと考えても、無駄なのだろうな」


「神の考えることなど、我々には分からん。目の前にあるこれが、いくら調べても我々には理解できないことと同じように」


 この数日、研究者たちは、睡眠はおろか食事も忘れるほど調査に没頭しており、疲労も極限を超えているはずなのだが、新たな展開に興奮が収まらない。

 何しろ、これまで観測も干渉もできず、何も分からなかったに等しいものが、現実として目の前にあるのだ。



「それで、本当にやるのか?」


「――ああ」


「神の奇跡が存在するこの場所で、神を冒涜するようなことを――」


「我々は研究者で、君は無神論者だと思っていたが。――まあ、たった今、あんな光景を見せられてしまったのだから、気持ちは分かる。だが、今更我々のやってきたことを悔いても遅いのだ。過去は消えない。――ならば、我々にはもう神を殺して、その先へ進む以外の道は残されていない」


「そう……だな。これがその最後のチャンスかもしれない」


「彼には悪いが、帝国の未来のための礎になってもらう」


 いまだ意識の戻らないシロウに、研究員たちの視線が注がれる。



 それから数日後、帝国より現勇者の引退及び新勇者の召喚予定が発表された。

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