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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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12 戦闘開始

――第三者視点――

「うわあ……。改めて見ると、やっぱりすごい数だね……」


「しかも、これで氷山の一角……」


 作戦の開始を告げる朝日が昇ると、ユウジたちの目に映るのは朽ち果てた教会と、その周辺を徘徊している大量のスケルトンだった。

 当初の予想どおり、ゾンビなどの(なま)ものは少ない。

 長期保存技術が確立されていないことを理由とする、消費期限の問題である。


 もっとも、ゾンビ系は動きは鈍重だがパワーと耐久力に優れていて、スケルトン系は敏捷性が高く、武器や防具を装備したり、魔法を使える個体まで存在する――と、どちらがマシかと一概に判断できるものではない。

 それのみの臭気に関してはスケルトンの方がマシだが、腐敗した沼沢地が近いせいで、《消臭》の魔法に頼らなければならないという点で同じである。


 それがざっと五、六百はいるだろうか。


 とはいえ、事前の偵察で分かっていたことでもあるし、ユノからは墓地にはこの数倍はいるだろうとも聞いている。

 それでも、今から実際にこれと戦うのだと思うと感想も変わってくる。


 ユウジたちの受けた、ユノとのスパルタというのも生易しい訓練でも、これだけの数を相手にした経験はない。

 さらに、肝心のユノはここにはいない。


 当然、一度にこの全てを相手にするわけではないが、誘き出しに失敗すれば即撤退戦――ただし、本隊への合流が認められている3日後まで逃げ続けなければならない。


 アンデッドには、日中は弱体化するという弱点はあるものの、動力が切れるまで活動可能なアンデッドとは違って、人間には食事や睡眠が必要になる。

 さすがに、よほどのレベル差でもなければ、3日間飲まず食わずで眠らずに戦い続けるのはまず不可能である。

 むしろ、死の危険がない訓練であっても、三日三晩ぶっ続けはきついだろう。


 なので、その時間は交代で作り出すしかないのだが、撤退戦になってしまうとそんな余裕も無くなる。

 つまり、早い時点で撤退戦になれば、それは死んだも同然である。


 そして、そうなった時の保険がさきに行っていた工作であり、ユノである。

 最悪は、ユノをここで使い捨てるのも帝国の作戦のひとつである。


 無論、そう都合よく機能するとは考えていないが、作戦を中止はおろか延期もできない都合上、希望的観測にも頼らなければならなかったのだ。




 肝心の振り分けは、ユウジたち軍属が、日の出から日没までの半日を、三十人弱での交代制で受け持つことになっている。


 無論、アンデッドをここに釘付けにできるのであれば、無理に戦う必要は無い。

 しかし、何らかの切っ掛けでアンデッドが一斉に動き始めたときのことを考えれば、安全に削れるうちに削っておいた方が被害が少なく済む。


 日本人に付けられている首輪で位置を特定されるせいで、任務を放棄することもできない以上、何が一番マシかを判断して行動するしかない。



 そして、ユノは、残りの半日――最も危険な時間帯をひとりで担当する。


 さすがにそれは無理がある――と、誰もが思った。

 ユノ自身がどれだけ強かったとしても、その能力が護衛や防衛に向いていないのは周知の事実である。


 ユノの鎧がアンデッドの攻撃を一切通さないとしても、アンデッドの放つ瘴気の中に長時間いれば体調の悪化は避けられないし、あのヤバい触手にしても、長時間使用できるようなものではないはずだ。



 しかし、どれだけユノを心配してみたところで、彼女に頼らなければ夜は越えられない。



 それに、ここまでの道中、彼女から受けた手解きは、彼らの価値感を大きく変えるものだった。



 魔力による身体強化は、身体の使い方と合わせて、基本にして奥義であることを、実演も交えて説明された。

 その神懸かった精度は、圧倒的な説得力として彼らの心に刺さった。


 そして、魔力は全てのものに宿っている――当然、空気にも宿っていて、体内を循環している酸素にも宿っているのだと教えられた。

 それを意識してあれしてこうすれば――と、ジェスチャー混じりの説明で言葉足らずだったものの、彼女の言いたかったことを何となく察した何人かに、ステータスやパラメータには表れない効率化が進んだり、何かしらのスキルを獲得する者も出た。



 さらに、彼女は少し目を離した隙に、底が見えないほど深い穴を掘っていた。

 どうやって戻ってくるつもりなのか、それ以前に酸素は大丈夫なのかと心配していると、勢いよく噴出した温泉に乗って戻ってくるというミラクルを起こしていた。


 そんな存在が、彼らの常識で測れるようなものではない。



 結局、不安は残るものの、「大丈夫だから任せて」と言うユノを信用するしかなかった。


◇◇◇


 アンデッドまでの距離、およそ三百メートル。


 達人の扱う長射程の魔法がどうにか届くかという距離――命中精度や威力を考えなければの話だが、まだアンデッドに動きはない。



 アンデッドの索敵範囲は、実はかなり狭い。

 そもそも、感覚器官の死んでいる、若しくは存在しないアンデッドに、索敵ができることが異常なのだが。


 ユノが言うには、「アンデッドは動くものや音に反応したりもするけれど、本質的には普通の人の目には見えないものを追いかけている」そうで、更に「基本的にアンデッドと死者の魂には関連性が無い。だから、弔いとかそういう考え方は駄目とまでは言わないけれど、特に効果は無いかな」と、彼らでは理解できない知識まで披露してくれた。


 彼女がなぜそんなことまで知っているのかとの疑問もあったが、今大事なことはそこではない。



「それじゃあ、明るいうちに数を減らしますか」


 彼らが選択したのは戦うことだった。

 損得勘定や保身など、いろいろな思惑もあったが、一番の理由は、ユノが「生き残る――上手くやれば勝てるだけの材料は揃えてある」と言い切ったことだ。


「じゃ、一回目釣ってくる。援護と迎撃準備よろしく」


 シノブはそう言い残すと、単独でアンデッドの群れに――その中でも、密度の薄いところに向かって駆け出した。



 戦うといっても、いきなり総力戦を仕掛けるわけではない。

 手間と時間はかかるが、少しずつ誘き出して安全に撃破を繰り返す算段である。

 ただし、敵指揮官などがいた場合や、誘き出しに失敗した場合には、即座に撤退戦に移ることになっている。


 なので、シノブの足取りは軽いが、決して警戒を怠っているわけではない。


 彼女が一番手に選ばれたのは、クラスとレベルの高さによるものだが、索敵能力についてはユノの指導範囲外である。

 つい先日も、「レベル以外は鍛えていない」とユノに指摘されていることもあって、決して油断できるような心境ではない。

 無論、怖いのは目の前のスケルトンの群れより、「うっかり」をやらかした後のユノのお説教である。


 拳大の石をいつでも投げられるように握り締めているユウジたちも、違和感を見逃すまいと、瞬きする暇すら惜しんで、シノブとシノブの向かう先を凝視していた。

 シノブがやらかした場合、連帯責任を取らされるのは間違いないのだから。



 ほどなくして、シノブがスケルトンの索敵範囲に入った。


 スケルトンの索敵手段が目視であるなら完全にアウトの状況だが、スケルトンは自らの骨をカタカタと鳴らして反応はしているものの、シノブを捕捉できていない。

 しかし、そうして反応したスケルトンの骨の音に触発されて、周囲にいた多くのスケルトンが連鎖的に警戒状態になった。


 それを見たシノブは、反射的に声を上げそうに、そして逃げ出しそうになったが、ユノに言われたことを思い出してどうにか踏み止まった。


 シノブにとっては、数百のアンデッドよりも、ユノひとりの方が怖いのだ。

 そうでなければ、この緊急時に彼女の言葉を思い出すようなことはなかっただろう。



 シノブが《潜伏》のスキルを使ってしばらく息を潜めていると、警戒状態が拡散したときとは逆に、端の方から正常化、若しくは休止状態に戻っていく。


 この段階でも敵指揮官は姿を現さない。

 不在なのか罠なのかは分からないが、ひとまず作戦の第一段階を開始する条件が満たされた。



 そして、「これより行動を開始する」と、シノブが手信号で後方の味方に合図を送る。


 これもまた、ユノから「アンデッドは魔力の流れ、というか魔力そのものに敏感だ」と聞かされていて、その対策として、通信方法にも魔力を用いない手段を導入していたのだ。


 大きなアクションをすれば捕捉されるかもしれないと全員が緊張していたが、シノブに最も近い位置にいるスケルトンは相変わらず休止状態のままで、これといった反応を示していない。


 事前に検証は行っていたとはいえ、これだけの数にも例外なく通用するのだと、ユノの知識の正しさをひとつ証明したことになった。

 しかし、それについて何かを考える間もなく、隊長から了承の合図が返された。



 シノブは背負っていた長弓を手に取ると、一度に複数の矢を番えて、空に向けて複数回射出する。

 《遠距離攻撃射程延長》、《命中率上昇》などのパッシブスキルに分類されるものは常時発動状態にあるが、《弾幕射撃》などのアクティブスキルに分類されるものは、その都度使用しなければならない。


 その際に多少の魔力などを消費するのだが、シノブがスキルを使用した瞬間に、それを感知した多くのスケルトンが、一斉にシノブを捕捉して動き始めた。


「ひええぇぇ!?」


 当然、シノブは一目散に逃げだした。

 ユノからはできる限り大声を出すなとも言われていたが、さすがに大量のスケルトンに捕捉された状況では、そんなことはもう頭にはない。


 ユノも怖かったが、やはりスケルトンの大群も怖かった。



 必死に逃げるシノブの後方から、カタカタカタカタと、乾いた音を鳴らしながら彼女を追ってくる大量のスケルトンの気配が迫る。


 さらに、遥か後方から、「ドン」という爆発音が連続して上がる。


 シノブが撃った矢の(やじり)に付けていた、《炎壁》の魔法を込めた魔石が作動した音だ。

 追撃を断ち切るためのものだが、当の本人には結果を確認する余裕は無い。



 スケルトンの足が速いといっても、熟練の斥候であれば振り切れないほどのものではない。


 ただ、通常のものより能力が高い特殊個体などと遭遇した場合、生者と違ってスタミナという制限のないアンデッドと走りで勝負するのは分が悪い。

 今回のケースにおいて、特殊個体がいたかどうかは定かではないが、シノブの予想以上にスケルトンの足が速かった。

 実際には充分に余裕があるのだが、大量のスケルトンと、それが立てる騒音に追われている本人にしてみれば、そう感じられてしまうのも無理はない。


 振り切れないどころか、徐々に追いつかれているようにすら感じていたシノブの頭には、一刻も早く仲間のところへ戻ることしかなかった。



「よし、完璧!」


 シノブの見事な誘き出しと分断を確認したユウジが小さくガッツポーズを取る。


「いや、ちょっと数が多すぎるでしょ!?」


「大丈夫、いけるいける!」


「まあ、この後もあるって考えれば、順当な数じゃないかな?」


 狼狽(ろうばい)気味のヒカルに対して、サヤとメイコは余裕さえ見せている。


 大量のアンデッドが大挙して押し寄せる様には動揺したものの、ゴブリンが空から降ってきた時や、自身が空を飛んだ時ほどの衝撃はない。

 数にしても、今シノブを追いかけているくらいのものは経験済み――というより、まだまだ序の口だ。


(なるほど、ユノさんはこういうことも見越して僕らを鍛えてたのか)


 などと、ユウジが都合のいい解釈をしているのは、他にも理由がある。


「では予定どおり、極力スキルや魔法は使わず、デコイを切らさないように! ――戦闘用意!」


 ここまで若干雰囲気に呑まれていた隊長のスティーヴだったが、我に戻った瞬間、絶好のタイミングで、この世界の常識では考えられない号令を出した。


 当然、錯乱してのことではなく、ユノの進言に従ってのことである。


 スキルや魔法に頼って戦うことに慣れた者にとってはかなりの勇気が必要になる作戦だが、ここまできてユノの言葉を疑う者はいない。


「ええい、やったらあ!」


「うおおお!」


 スティーブの号令と同時に石を投げ始めたユウジたちに続いて、残りの面々も負けじと石を投げ始める。


 ユウジたちの投石は、ただの石とは思えないほど豪快に、そして驚くほど的確にスケルトンの正中線を破壊していく。


 しかし、ユウジたちのように基礎能力や、《投擲》スキルの高くない者たちには、破壊するどころか命中させることすら難しい。

 それでも、シノブが前線でばら撒いたデコイ――活性化された魔石に惑わされたアンデッドは、彼らに向かっていくどころか獲物を捉えきれずに右往左往しているだけだ。


 活性化した魔石が出す魔力が、それが生けるものが出している魔力か魂の輝きかと、アンデッドを惑わせているのだ。


 もっとも、惑わせているだけなので、一定以上接近したり、魔法やスキルを使おうとすれば普通に捕捉される。

 それに、まぐれ当たりもあるので、油断していいわけではない。



 無論、そのあたりはユノから充分に注意されていたが、戦闘が始まった途端にすっかり頭から消えていた。


 密集しているので、石を投げれば何かに当たる。

 一発では斃せなくても、反撃を受けないので、力が続く限り何発でも投げられる。

 時折群れから孤立したアンデッドは、スキルや魔法を用いない近接戦闘で確実に破壊されていく。


「マジか、こんな簡単な方法で――」


「莫迦! 大きな声出すなよ!」


「あんたら、静かにしなさい!」


「でも、気持ちは分かる――こんな裏技があったなんて!」


 労せずして――というのは言いすぎだが、苦労に見合わない経験値を得られる予想外のボーナスステージに、少年たちは興奮を隠せない。

 ユウジたちの証言にあるような、連続撃破ボーナスこそ付かなかったが、それでも充分すぎるほどの成長の真っ最中だ。


 少しでも知性のあるアンデッドや、指揮官に相当する存在がいると使えない手段だとか、他にもいくつかの注意を受けていたが、それらはすべて忘却の彼方である。


 そして、そのお祭りのような緩んだ雰囲気は、ユウジたちにも伝染していた。


◇◇◇


 この日3度目となる、そして最後になるであろう誘き出しが開始された。


 ここまで大きな問題もなく――2度目の誘き出しで分断に手間取り、想定以上のスケルトンを相手にすることになったりもしたが、大きな損害を受けることもなくやってきた。


 コストとして、大量の魔石を消費――消えてなくなったわけではないが、瘴気に汚染されたものは粗悪品として価値を半減させるため、かなりの散財をしていることになる。


 しかし、これらは全てユノの私財であり、「命に代えられるものでもないし、惜しみなく使って」と言われている物なので、実質彼らの支払ったものは労力くらいのものである。

 そんな経緯もあって、また当初より確認できる敵の数が減っていたこともあり、ほんの少し警戒感が薄れていた。




 大幅なレベルアップに気分を良くしていて、少々雑な感じで誘き出しに向かっていたレンジャーの少年の視界の隅で地面が動いた。


 彼がその原因を確認するより早く、その上にいたスケルトンがバランスを崩して大きな音を立てた。

 その音で更に周囲のスケルトンが反応してしまい、緩んでいた空気が一瞬で緊張に変わる。



 よくよく注意して観察していれば、その一帯の地面だけが不自然に盛り上がっていたことに気づけていたかもしれない。



 地面が隆起して、その上にいたアンデッドを振り落としていく。


 そして、それはゆっくりと起き上がると、大きく翼を広げて、呆然と佇むレンジャーの少年の方に顔を向けた。


 ユノの話を信じるなら、必ずしも目視されているわけではなく、ただの偶然である。

 つい先ほどまでは、その言葉に疑いなどなかった。


 しかし、極限状態でそんな理性的な判断などできるはずもない。



「ドラゴンゾンビ……!」


 後方で待機していたユウジたちは、比較的冷静にそれを認識することができた。


 とはいえ、飽くまで最前線にいるレンジャーの少年と比較してであり、その対処にまでは頭が回らない。


 そういえば、ユノが「この場所は年季が入っているし、ヤバいのもいるかも。攻撃範囲の広いものにデコイは役に立たないよ」と言っていた――ということを、今更ながらに思い出していただけだ。


 そして、初めて見る竜――ゾンビとはいえ、圧倒的な存在に恐慌状態に陥ってしまったレンジャーの少年は、追撃の分断という手順も、大声は出すなという忠告も忘れて、一目散に逃げ出した。



 当然、近くにいたアンデッドはそれに反応する。


 そして、ドラゴンゾンビもその例に漏れず、ゆっくりとした動きで歩き始める。

 身軽なスケルトンとは違って、まだ肉の残る――肉に縛られている身体の動きは鈍重で、サイズの違いを差し引いても、スケルトンのような追撃速度はないのは救いに思えた。


「撤退準備! ――スケルトンとドラゴンゾンビを分断、その後スケルトンの殲滅、ドラゴンゾンビは――後で考える!」


 隊長であり、この中では最年長であるという責任感と矜持(きょうじ)が、辛うじてスティーヴを突き動かした。


 若干声が上ずっていたものの、彼とてドラゴンを目にするのは初めてのことである。

 そもそも、彼の号令によって我を取り戻した少年たちに、それを笑う余裕のある者はいない。



「そうだ! 落ち着いて行動しよう! アキラには頑張って走ってもらうしかないけど、ドラゴンゾンビのスピードなら振り切れる!」


「お、おう! 後ろの奴らにも伝えてやらないと――」


「後方には頑張って作った仕掛けもあるし――」


 彼らの後方にはこの数日間、額に汗して作った様々な仕掛けがある。


 ドラゴンゾンビに効くものがどれほどあるのかは分からないが、少なくとも、ユノが掘った温泉なら、ドラゴンゾンビの巨体でもすっぽりと嵌るサイズだ。

 せっかくの良質な温泉を失うのはもったいなかったが、命には代えられない。

 むしろ、こういうことを予見した上で用意していたのではないかとさえ思える。


 さらに、それより後方にはユノが控えている。

 助けてくれるかどうかは定かではないが、せめてアドバイスだけでもと期待せずにはいられない。



 しかし、それが甘い考えだとすぐに現実を突きつけられた。


 撤退を始めようとした彼らの視界に、ドラゴンゾンビが大きく鎌首を擡げる様が映った。


 次の瞬間、ドラゴンゾンビの口からブレスが吐き出される。

 ブレスはその前方を走っていたスケルトンの群れを呑み込み、先頭を走るアキラを吹き飛ばした。


 生前のドラゴンであれば、属性に合わせた強烈なブレスで、その射線上にいたものは無事では済まなかっただろう。


 しかし、ドラゴンゾンビのそれは、その名残があるという程度のもの。

 脆いスケルトンの体程度であれば、風圧だけで粉砕することもできたが、鮮度の高いアキラは射程ギリギリにいたこともあって、大きなダメージを負ったものの生存していた。


 ただし、ダメージ以上に深刻だったのが、ブレスに含まれていた瘴気による中毒だ。

 重度なものになると命の危険もあるが、中・軽度のものであれば、能力の低下程度で済む。

 もっとも、瘴気の充満する環境での能力低下は致命的ともいえるのだが。



 一刻も早くアキラを回収して治療する必要があったが、状況は待ってはくれない。


 ドラゴンゾンビが一度、二度と大きく翼をはためかせると、その巨体がゆっくりと宙に浮く。

 そのまま三度四度と翼を動かして、徐々に高度と速度を上げると、アキラの吹き飛んだ方へと向かい始める。



 前回は力が足りないことを理由に、「諦める」という決断をしたユウジと、自ら決断することなく、全ての責任をユウジひとりに背負わせてしまったサヤ、シノブ、メイコ。


 彼らに再び決断の時が訪れた。


 与えられた時間はそう長くはなく、状況はゴブリンを相手にしていた時より遥かに悪い。



「残念だがアイツのことは諦めろ! あの速度ならまだ逃げ切れる――魔石はありったけを撒いていけ! 活性化させるのを忘れるな!」


 スティーヴは、隊長として命令の遂行と全隊員の安全を考え、最適だと思った指示を出した。


 彼を含め、隊員のレベルは軒並み上がっていて、中にはマスタークラスに手が届きそうな者もいたが、それでもドラゴンゾンビは難敵である。

 決して戦って倒せない相手ではない――ただ、空を飛ばれていることと、アンデッド対策で魔法やスキルが制限されていることで、有効打を与える算段が付かないのだ。


 それらを総合的に考えると、やはりこの場でスケルトンと同時に迎え撃つことは現実的ではなく、逃げ遅れたアキラのことは諦めざるを得ない。

 ただし、逃げ切れるというのも希望的観測である。



「すみません。隊長とみんなは行ってください」


 しかし、ユウジの下した決断はそれとは違うものだった。

 ユウジはユノの弟子ということで、意見を尊重してもらえることもあった。

 それでも、さすがに今回ばかりは明確な命令違反であることは認識している。


「莫迦野郎! ユノちゃんの弟子だからって、できることとできないことがある! いや、ユノちゃんの弟子だからこそ、分かってるはずだろう!」


 今は一刻を争う状況であり、言い争いをしている暇などないのだが、スティーヴには、ユノの弟子をむざむざ死地に赴かせることなどできなかった。


「分かってるから、ユノさんの弟子だからこそ行くんです!」


「できるかできないかじゃないんです! やるかやらないか、私たちがどうしたいかなんです!」


「それに、ユノさんはどんなことにも対処できるようにって、いろいろ教えてくれました! だから今回だって、きっと何か方法があるはずなんです!」


「え? え? ええ!?」


 スティーヴの思惑とは裏腹に、サヤ、シノブ、メイコの三人もユウジと同意見だった。

 話し合って決めたわけではないことは、置いてけぼりになっているヒカルを見れば一目瞭然である。


 それが、それぞれの意思で決めたことなのだと、その結果どうなるかも覚悟していると、その目が物語っていた。


「くそっ、そんな顔でそんなことを言われてみすみす行かせちゃ、ユノちゃんに合わせる顔がない――仕方ない、付き合ってやるぜ! 他の奴らは逃げろ。で、後はユノちゃんの指示を仰げ!」


 そんな彼らに触発されたのか、それともユノに毒されているのか、スティーヴが常識的に考えればあり得ない指示を出した。


「そんな水臭いですよ!」


「俺らだって、ある意味もうユノの弟子でしょう?」


「『さん』を付けろボケェ! 何呼び捨てしとんじゃあ!? いてまうぞワレェ!」


「うおおおお! やったらああぁ!」


 不可解な選択をしたのは、他の少年たちも同じだった。

 彼らも危険を認識していないわけではないが、それ以上にユノのことを信頼していた。


 そして、それぞれが武器を手に押し寄せるスケルトンの群れに、そして悠然と空に浮かぶドラゴンゾンビに向き直る。


「「「俺たちの戦いはこれからだ!」」」


 少年たちの、新たなステージでの戦いが幕を開けた。

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