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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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11 下手の考え

「あ、貴方たち、いつも、こんなペースで、探索、してたの?」


 ヒカルさんがゼイゼイと息を乱しながら、この日何度目になるかも分からない、遠回しな泣き言を口にしていた。


 出発した直後こそ、「私の実力、見てなさいよ!」と息巻いていたものの、二時間もしないうちに愚痴を零し始めたのだ。



「うん? 今日は戦闘も少ないし、楽な方だよ。まあ、ちょっと荷物は重いけど」


「すまない、私が不甲斐ないばかりに……」


 ユウジさんに背負われている隊長のスティーヴさんが、申し訳なさそうに頭を下げた。

 彼も当初は妙に張り切っていたけれど、張り切りすぎたのか、早々に足が攣って動けなくなっていた。

 子供みたいだ。


 以降、ずっとユウジさんに背負われての移動になっている。



「あはは、気にしないでくださいよ。僕らはユノさんにみっちり鍛えられてますから、これくらいは楽勝です!」


「今日は歩きだし、休憩もあるし、ユノさんは優しいし、これから戦争なんて実感まるでないよね」


 何だか失礼なことを言われたような気がしたけれど、それを口にしたサヤさんだけでなく、他の面々も感慨深そうに頷いているので味方はいない。

 私としては、死なないように最大限の配慮をしたつもりなのだけれど、やはり口に出して言わないと伝わらなかったのだろうか。



「戦争前に、死にそう、なんだけど……、確かに、このペースで、進めば、現地で、ゆっくり、休息、できそうだけど」


 彼女は一体何を言っているのだろう?

 多少急がせているものの、それは現地で生き残るための工作をさせる予定だからで、ゆっくりはできないのだけれど。



「喋る余裕があるうちはまだ大丈夫だよー。本当にヤバいのは、幻覚見たり、うわごとを言い出してからだから」


 ユウジさんも、ただ走らせただけなのに大袈裟だと思うものの、事実として、彼らの心はたびたび壊れかけた。


 私だって、彼らが本当に限界なら休憩を取るつもりでいた。

 しかし、泣き言を漏らすのは余裕がある間だけで、私が危険だと判断する頃には「休む?」と訊いても、なぜか無視して必死に走ろうとするのだ。


「そうなったら、ポーション口に突っ込まれてぶん投げられるのよね」


 そうでもしないと死にそうだからやっただけのことだ。

 空中にいる間は、どう足掻いても走れないからね。


「目は覚めるし体力も回復するんだけど、SAN値はみるみる下がるの……。本当に空の彼方にキラーンって消えるの、分かる? 飛んでる自分が、ゴブリンとダブるの」


 当時のことを思い出しているのか、死んだ魚のような目になっているユウジさんたちの言葉に、彼ら以外の同行者さんたちの顔色も青くなってしまった。


「貴方、たちが、何を、言って、いるのか、分からない、けど――ゴブリン、は、飛ばない」


「ちゃんと死なないように受け止めていたでしょう」


 何だか雰囲気が悪くなりそうだったので、フォローを入れておく。


 本音を言えば、いろいろなものに塗れていた彼らを受け止めるのは嫌だったのだけれど、受け止めなければ更にいろいろなものをぶちまけただろう。

 鎧越しなので、直接触れるわけではないというのが妥協点だった――鎧は生きた竜なので、かなり抵抗されたけれど、貴方の犠牲は無駄にはしないので許してほしい。



「分からない、方が、幸せ、なの、かも……」


「お前、よく、こんなのに、喧嘩、売りに、行ったな」


「勇者との、争い、見たけど……、死神、どころじゃ、ねえ。死神だって、泣いて、謝る、レベル、だぜ」


「ああ……、今だって、荷馬、担いで、平然と、歩いてる……普通じゃ、ねえ。てか、荷馬の、意味、あるのか?」


 ヒソヒソ話もできないほどに息の上がっている日本人たちに、微妙にディスられていた。


「貴方たちと同じように、お馬さんも疲れているの」


 彼らのレベル帯の《固有空間》容量は、個人差はあるものの平均すると二十日分の食料、予備の装備やポーションなどの道具が収まるかどうかというところだった。


 当然、足りない分や、端から収めるつもりもなかった野営道具などは、荷馬に積んでの行軍になる。


 その荷馬も、必要が無くなれば処分しても構わないような老馬である。

 それでも、老体に鞭打って、馬車も通れないような道を懸命に歩いていたのだ。

 少なくとも、泣き言ばかりの日本人たちよりは助けてあげたいと思う。


 それと、処分されるくらいなら、湯の川で余生を過ごさせてあげたい。



「Bランクって、聞いてたから、頑張って、Bランクまで、上げて、挑みに行った、けど……、冒険者の、ランクって、軍の、基準とは、違うん、ですか?」


「ユノちゃんのランク? フッ」


 ヒカルさんの問いかけに、ユウジさんに背負われている隊長さんが鼻で笑った。


「お前らみたいな子供にはまだ分からんかもしれんが、世界には、力の格付なんかより大事なものがあるんだよ。それでもあえてつけろというなら――愛、かな」


 とても良い表情で語っている隊長さん。

 しかし、何を言っているのか全く分からなかった。


 もしかして、煙に巻こうとしてくれているのだろうか?


 実際、その後の追及はないし、無駄話もピタリと止まった。

 何だか分からないけれど、有り難いことだ。


◇◇◇


 行程の半分ほどを消化した頃には、ユウジさんたち以外の子たちにも若干の余裕が見て取れるようになった。

 レベルが上がった――というわけではないけれど、レベルの上昇による恩恵に(かま)けて軽視していた、基本的な身体の動かし方などを覚えて、簡潔にいうと無駄が少なくなったのだ。


 このペースでいけば、現地でいろいろと工作する時間も増える。


 私の都合で、死んでも生き返らせるつもりでいるけれど、だからといって死んでほしいわけではない。

 むしろ、精一杯努力をして、生き残ってくれればそれが一番だと思う。


 私の都合で振り回すところも多分にあるし、可能な限りの配慮はしておきたい――とは思っているのだけれど、望んでいない苦難を押しつけるのは、結果的には私の嫌いな神と大差がないような気がする。


 とはいえ、私が関わらなくても戦争は起きていたのだろうし、みんな自分の意思で行動していることがせめてもの救いだけれど、きちんと反省して次に活かしたい。

 朔は私は成長しないと言うけれど、だからといって諦めてしまっては本当に成長できないだろうし。



 そして成長といえば、ユウジさんたちを始めとした、日本人たちの成長は目覚ましい。

 といっても、能力的なことではない。

 精神的にというか、人間的にというか、私の目にも分かる範囲のことでだ。


 つい先日までは、私とユウジさんたちの訓練の思い出などという無駄話に興味を示していて、少し歩いただけで泣き言ばかり言っていた緊張感の欠片もない子たちが、いつの間にか事の重大さを認識していて、生き残るために何をするべきかをそれぞれが考えて、連携を始めたのだ。


 声を出し合っての安全確認や意思疎通、問題が発生すれば即座に解決に当たるけれど、独断専行はしない。

 何が切っ掛けなのかは分からないけれど、人間の可能性とは素晴らしいものだと再認識させてくれた。




 現場に近くなってくると、圧倒的不利な状況を少しでも改善するための工作が始まった。


 作るのは、撤退戦になったときの保険である。

 使う機会がこないのが一番だけれど、有ると無いでは、戦いに臨む際の心理状況にも影響するだろう。



 みんなで力を合わせて木を切って、穴を掘る。

 土を盛って壁を造る。

 木を組んで柵を作る。


 工作というより、土木工事だ。



 アルのような土木の達人でもいればよかったのだけれど、土木スキルを所持している人が皆無で、時間も限られている中では、当然大したことはできない。

 しかも、彼らはろくな道具を用意してこなかった――とはいえ、《固有空間》の容量的に仕方がないところもある。

 やむなく湯の川製の道具を貸与したことで効率が上がってしまったけれど、このくらいは誤差だと思おう。


 そうやって作っているのは、落とし穴――というか、大きな穴と、簡単な壁に柵。


 イヌでも引っ掛からないような粗末なものだけれど、敵の大半は知性の欠片もないアンデッドである。

 獲物に向かって直進するしか能のない低級アンデッドなら、見えている落とし穴やバリケードでも充分な効果がある。

 また、木々の間にロープを張り巡らせるのも有効だろう。

 避けるという発想に至らず、学習もできないアンデッドには最適ともいえる罠である。

 一体が引っ掛かれば、連鎖的に後続も引っ掛かって、上手くいけば踏み潰される――ということも考えられる。


 戦術自体は遥か昔からあるもので、効果も保証されている。

 そして、実際に低級アンデッドの管理というか介護をしていた人たちにもお墨付きを貰っている。



 ただ、千を超えるアンデッドの群れに使用された記録は無い。

 そこまで規模が大きくなると、大量の魔法使いや僧侶、兵器を投入して、一気に殲滅するというのが最も被害を少なくできるからだ。


 私たちが相手にするのは、その数倍の規模。

 人手が足りないのは仕方がない。

 作戦開始の日時が決められているので、手持ちの材料でやりくりするしかない。


 万全の準備は望もうとして、機を逃しても意味が無いし。


 もうしばらく工作の時間はあるものの、どこまで準備できるだろうか。


◇◇◇


 アンデッドに限らず、魔物の大半は満月時に力を増す。

 人間の中にもそういった人は存在するけれど、全体的に見ると魔物の方が有利になる。


 逆に、新月時には魔物の多くは力を失って、アンデッドもその例に漏れない。

 しかし、アンデッドや夜行性の魔物と、月明りもない闇夜に戦うことを考えると、能力差以上に危険が付きまとう。

 視覚に頼らない索敵能力があれば別なのだけれど、そんな特殊能力を持っている人はごく稀で、敵が見えないからと灯りを持てば格好の的になる。


 低級アンデッドだけなら光源の有無はあまり関係が無いけれど、知性のあるアンデッドとか、それ以外の魔物が交じっていたりするとどうなるかは考えるまでもない。

 それに、暗闇だと同士討ちの危険もある。



 なので、下弦の月、その夜明けと同時に本隊が一斉に行動開始して、次の新月までには町を完全に掌握しなければならない――という日程は崩せないのだ。


 準備不足なら、中止や延期にするべきだと思うし、そう進言もしたのだけれど、勇者まで投入された作戦で、それは許されない――というか、その権限が無いのだと、中間管理職の悲哀を垣間見ただけだった。



 どうにも、総指揮官さんは、能力は高くて実績もある、更に愛国心や忠誠心に篤いと文句の付けようもない人物なのだけれど、帝国軍人の誇りとやらを理由に亜人狩りを拒否していたらここに飛ばされたそうで、ある意味、なるべくしてなったとしかいえない状況だった。


 有能だけれど、扱いに困る――私にもシャロンという巫女がいるので、その気持ちは分からなくもない。


 もっとも、シャロンは扱いに困るというより、変なところで融通が利かないだけで、それ以外は私の都合を優先してくれる。

 どちらかというと、有り難い存在である。



 また話が逸れたけれど、この戦争の流れは止められない――強引に止めようと思えばできなくもないけれど、余計な面倒事を招くだけだろう。


 私の個人的な事情で首を突っ込んでいるものの、本来なら、当事者同士で片を付けるべきことである。

 下手に部外者が首を突っ込んでも、状況が複雑になるだけだろう。

 あるいは、一見して解決したように見えたとしても、根本的な解決には程遠い――そんな状況になるかもしれない。


 もっとも、それも当事者同士でもあり得ると思うけれど、同じ解決しないにしても、部外者がいない方が納得しやすいのではないだろうか。


 というか、なぜに私がこんなことで悩まなくてはいけないのか。

 私には直接関係の無い争いなので、はっきりと落としどころが決まっていないからか。

 一応、事態がどう転んでもいいように、プランは用意しているけれど……。


 小難しいことを考えるのは、私には向いていない。

 努力を放棄するための言い訳ではなく、私が不向きなことを努力してもろくなことにならないという経験からだ。


 しかし、考えなしで行動しても、ろくなことになった例がない。


 どうしろというのだ――などと考えながら穴を掘っていたせいか、掘りすぎて温泉が湧いた。

 どうしよう……?

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