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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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08 掌返し

誤字脱字等修正

――ユノ視点――

「というのが今回の作戦の概要だが、何か意見はあるかね?」


 などと意見を求められても、軍事関係の知識など、私は当然として、朔にも皆無なので答えようがない。



 あれから、場所を軍の施設内にある会議室に移して、作戦の概要を聞かされていた。

 勇者さんとの問題からエスケープできたのはいいのだけれど、別の問題が発生した形である。



 なお、この場には、実際に軍を動かす司令官と、部隊長クラスの人、冒険者の代表など現場の人間が多く集まっているけれど、作戦上重要な位置にいるはずの勇者さんの姿はない。


 どうにも、期待されているのは戦闘能力だけらしく、作戦立案は彼ら抜きでやる方針らしい。

 というか、彼を作戦会議に参加させても役に立たないどころか、邪魔になると思われているようだ。


 一般的な現場を知らない――知ろうともしない彼の理想論は、「それができれば苦労しない」と周りを呆れさせたり苛立たせるだけで、それでいて無下にすることもできない――と、困った状態になるのだそうだ。



 そんな背景もあってか、あの騒動は、そんな彼らにとって良い薬になったと思っているようで、軍の皆さんは溜飲も下がったと喜んでいる人もいた。

 それで、実際に誰かが被害を受けたわけでもないからと、責任とか罪については不問にされた。


『軍事に関しては門外漢ですので、作戦の内容について評価をすることはできませんが、かの魔王は盤外戦を得意とするタイプです。帝国中枢部にも魔王の配下が潜り込んでいるようですし、この侵攻計画自体が罠である可能性もあります』


 私の人脈や神脈、協力者から得た情報のうち、私の目的の妨げにならないであろう部分を朔に選別してもらって、彼らに流すことにした。


「何を莫迦な!」


「いや、言われてみれば、確かに思い当たる節も――」


「近年の政治の腐敗振りに、辺境での非道な任務。そもそも、陛下のお姿をここ何年も見ていない――」


「おい、滅多なことを言うものではないぞ! ――だが、それは本当の話なのか?」


『証拠となるような物はありませんが――というより、そんな迂闊な者はいないようですが、例えば――』


 全てを暴露してヴィクターさんを刺激してもいけないので、ヴィクターさんにとっても価値の低そうなところをいくつか挙げた。

 もちろん、朔が。



「なんと、あのお方が……! いやしかし、言われてみれば怪しいところも……」


「いきなり信じるわけにはいかんが、調査は必要かもしれんな」


 今日は不調なのかと思っていた朔だけれど、失敗を挽回するどころか、それすらも利用して大きな成果を上げている。


 勇者さんとのいざこざを、私には分からない理屈で有耶無耶にしてしまったことをはじめ、軍のお偉いさん方の信用もあっさりと得たことといい、私ではこうも上手くはいかなかっただろうし、素直に賞賛せざるを得ない。




 ほんの少しばかり前のこと。


『可視化した領域を見せよう。ついでに、人が死なない程度に僅かに気配を乗せて』


 朔からそんな提案を聞いた時は、皆殺しにする――のは人が死なない程度と言っているのと矛盾するので違うとして、全員の記憶でも奪ってしまうのかと思った。


 そうでもなければ、私を特定できるような能力を、人前で曝すなど正気の沙汰ではない。


 しかし、駄目なら駄目で、その時に記憶を奪ってしまえばいいことである。

 何より、代案もないので、ひとまず朔の提案を受けてみた。



 結果は、私の予想に反して、私の能力は「何だかよく分からない訳ありのもの」だと認識させることに成功した。


 それだけでなく、その力を抑えるために鎧を着込んでいるのだとか、味方を見殺しにするのもやむを得ないだとか、それ以外のことにも勝手に納得してくれた。

 それに、私が釘を刺すまでもなく、口外しないことを誓ってくれた。


 私がしたことといえば、理解不能な小芝居を挟んだことくらいだ。

 それが理由とは思えないけれど、ほかに思い当たる節もない。


 結果オーライ――ではあるものの、この理由が分からないことが後々問題になりそうな気がしてならない。


 それでも、冒険者さんたちの援護もあってのことだけれど、このネタひとつで軍の人の信用まで得られたことは大きい。

 どうやって従軍するかというところから悩んでいたのに、全てとはいわないまでも、多くの問題が解決したのは幸運だった。




 もっとも、軍の人たちが信頼しているのは、私の人格にではなく、魔王についての知識にだ。


 とはいえ、私もあの魔王とは一度顔を合わせただけなので、知っているというほどではない。

 ただ、情報提供者がそれなりにいる。


 というか、それ以上に彼らが何も知らなかっただけなのだけれど。



 彼らの知っている情報は、「不死の大魔王」「ヴィクター」という名と、大量のアンデッドを使役できるというくらいで、具体的なことは何も知らないのだ。

 そんな相手と、よく戦争をしようと思ったな。



 そもそも、アンデッドの知識からして間違っていることも多かった。


「アンデッドの特徴は、休息を必要としないこと。アンデッドに殺された者はアンデッドになりやすいこと――つまり、奴らに殺されれば、それだけ奴らの戦力が増す。それに、兵站を必要としないことも大きい」


 彼らの大半の認識は、この程度のもの。


 確かに、アンデッドは食事や睡眠を必要としない。

 生者を襲って食うこともあるけれど、それは恐らくアンデッドの習性であって、食事とはまた別のものだ。


 ちなみに、私も食事や睡眠をとらなくても死なないけれど、アンデッドではない。

 多分。



 ふたつめの、アンデッドに殺された人がアンデッドになりやすい――というのは、決して間違いではないのだけれど、少し語弊(ごへい)がある。


 アンデッドとは、強烈な残留思念と結びついた魔力、若しくは瘴気が、死体などを動かす現象というか、そうやって発生する魔物である。


 人為的に、残留思念の代わりに術式を核にしてアンデッドを造る方法もあるけれど、どちらも基本的に感染するようなことはない。

 一応、人工ゾンビだと術式次第らしいけれど、膨大な魔力を使ってそんな設定を組み込むのは、無駄としかいえないらしい。


 ただ、アンデッド自体が、微量ではあるものの瘴気を撒き散らす存在である。

 それと、アンデッド――特に弱いゾンビなどに襲われて死んだ人は大体なぶり殺しになるので、より強い恐怖や怨嗟(えんさ)の念を残す。

 そのため、アンデッドに殺された死体も、アンデッドになりやすい――実際には、ほかにももう少し条件があると思うのだけれど、そう表現するのがより正確だろう。



 ここまではいいとして、兵站を必要としないというのは完全に誤解である。

 確かに、食料などは必要無いものの、代わりに魔力や瘴気といった動力源が必要になる。

 おかしな表現になるけれど、アンデッドの体力が自然に回復することがないように、魔力も回復しないし、核となる残留思念も永続しないし回復もしない。

 アンデッドが生者を襲う理由がここにある――のだと思う。


 アンデッドの気持ちは分からないけれど、恐らく、生存本能――アンデッドに使うには微妙な言葉だけれど、それに従って、魔力を補充するために人を襲っているのではないかと思う。

 いや、魔力と魂は似ているから、もしかすると、魂の向こう側にあるもの? に還りたいのかもしれない。

 そのあたりは、もう少し観察してみないと分からないかな。



 とにかく、永続する魔法は存在しないので、魔力が回復しないアンデッドは、天然人造関係無く、いずれ動力源が尽きて消滅する。

 燃費は良いみたいだけれど。


 同様に、瘴気もシステムが徐々にではあるけれど浄化しているので、やはりいずれは消滅する。

 ただ、肉体――というか、器に守られた瘴気の浄化ペースは非常に遅いようなので、こちらの方が若干厄介である。


 つまり、彼らが思っているように、増える一方ではないのだ。



 それでも、水も食事も休息も――と、いろいろと必要な人間よりは、コストが格段に低く済むのは事実である。


 そして、本当に問題になるのは、死体ならではの運用法と、大量のアンデッドが集まる所には瘴気が溜まりやすいため、個体数は減少しても、それ以上に厄介なアンデッドが生まれること――だそうだ。



 私も、ソフィアやミーティアに教えてもらっただけのことも多いので、理解できていないことも多いけれど、「アンデッドは感染する」などという迷信まであるような世界では、発見次第殲滅するのが基本である。

 そのためか、研究対象にしようなどという物好きなどいなかったのが、彼らの無知の理由らしい。



 なお、ソフィアやかつてのグレゴリーのようなのは、似非アンデッドとでもいうような存在である。

 魂と精神は健常で、肉体という器が違うだけ。

 特に、ソフィアのような吸血鬼は、アンデッドの特性がある亜人といった方が正確だと思う。


 恐らく、不死の大魔王といわれるヴィクターさんも同様だろう。


 もっとも、身体と魂と精神はそれぞれ影響し合っているものなので、身体がホネだと魂や精神も乾いていくかもしれないし、もしも身体がゾンビだったなら、身体と共に腐っていっただろう。



 対して、似非でないアンデッドには魂――明確なものは存在しない。

 精神の代わりとなるものが思念で、魂を代用しているのが魔力や瘴気だ。

 肉体はあってもなくても構わない程度の付属品だろう。


 なので、発生時に器があればゾンビやスケルトンに、無ければゴーストになる。


 しかし、器にはあまり意味が無いのかと思いきや、ゾンビが風化してスケルトンになったり、スケルトンが風化してゴーストになったりはしないようだ。


 本来なら、身体と魂と精神がそれぞれ影響し合うはずなのだけれど、ゾンビが風化というか進化すると【グール】になるとか、スケルトンが進化するとアーチャーとかメイジとかの職を得るとか、意味が分からなさすぎる。

 恐らく、システムが関与しているせいだと思うけれど、そういうふうに決められているからとしかいいようがない。

 つまり、なぜそんなことになっているかは、システムを作った神に訊かなければ分からない。


 なお、ゴーストのような剥き出しの霊体というか魔力体は、物理攻撃こそ効かないものの、魔力による攻撃や概念攻撃に極めて弱い。

 それこそ、清められた聖水やら塩を撒くだけでも、それなりに効果が出る。

 読経など効果覿面(てきめん)だ。


 ただし、私が読経すると成仏を通り越して蘇生、若しくは再誕するかもしれないので注意が必要だ。




 さておき、情報提供者たちから聞いた知識と、魂や精神も見える私の認識能力のおかげで、充分な信用を得ることができた。

 それに、冒険者さんたちから伝えられた私の戦闘能力と合わせて、作戦に口を出すことまで許された。


 どこまでが計算だったのかは分からないけれど、今日の朔は絶好調である。




「なるほど。先ほどの件と合わせて確認は必要だが、アンデッドが際限なく増えるものではないというのは朗報だ」


「しかし、言われてみればという点も多い。それに、彼女ほどの実力者が、こんなくだらないことで嘘を吐くメリットがない」


 強さが信用に繋がるとは、実にチョロい世界である。

 もっとも、日本でも経済力とか資本力――お金も力だと考えれば、そう大差はないのかもしれないけれど。


「それは構わないんだが、要は今まで偵察してきた情報だけでは不十分ということだろう? 作戦を延期するべきでは?」


「それはできんだろうな。帝国の中枢部に魔王の手下が潜り込んでいるのが本当だとすれば、恐らくこの件も知られているだろう」


「ならば、余計に延期――いや、中止にするべきでは?」


 罠があると疑われるところに好き好んで飛び込む物好きはいない。

 延期や中止という判断になるのも当然だ。

 なるほど、こうやって時間を稼ぐのが朔の目的か。



「――ここにいる皆は、先日、西の第一〇八砦が崩壊したことは知っていると思う。幸いなこと――というのはどうかと思うが、砦が受けた損害の割には人的被害は少なかった」


「ああ、超大型の嵐に遭ったとかなんとか」


「まあ、築二百五十年くらいだったか? 老朽化も進んでて、補修も追いついてなかったらしいしな」


 突然話題が変わったのだけれど、話題の砦とは、恐らく私が襲ったもののことだろう。


 その日はちょうど春の嵐とでもいうか、雨風が激しかったこともあって、「ちょうどいいや」ということで、それらを激しくしてみたのだ。

 もちろん、私には天候を自在に操るような能力はないので「そう演出した」というのが正しいのだけれど、被害者からすればその差はどうでもいいことだろう。


 とにかく、私としては囚われていた亜人さんたちはもちろん、帝国兵さんにもほとんど被害を出さなかったし、いい仕事ができたのではないかと思っている。



「表向きはそういうことになっているんだが、当時砦にいた者たちの間で、悪魔を見たという証言が出ているのだ」


 は?


「その悪魔が嵐を操って砦を攻めたとでも? それだけの力がある悪魔がいたなら、もっと人死にが出てるはずじゃねえか?」


「緊急事態でパニックになっていたとか? まあ、普通に考えれば見間違いだろう」


「大きな角と翼――さすがにシルエットくらいしか見えなかったそうだが、同じ証言が何人もから寄せられているのだ。見間違いでは済ませられん。――それに、半年ほど前に全壊した、南の第一三九砦でも同様の報告が上がっていたのだ」


 それは、もしかして、ミーティアに会う前に襲った砦のことだろうか?


 まずい。


 あの頃の私はまだバケツを被っていなかったはず。


「そこでも、大きな角に鋭い牙、そして、蝙蝠のような翼に太い尻尾――恐ろしい姿をした悪魔が目撃されているそうだ。もっとも、こちらは証言がバラバラなのだが――」


 あれ?

 バケツ以前に、翼も尻尾も生えていなかったはずなのだけれど、もしかして、私のことではないのだろうか?


 本当に、私とは別に砦を襲っている悪魔がいるのか?



「証言が統一されているのは南西の第一三砦で、そこにはデスが出現したらしい。無論、こんなことが公になれば国内は大混乱だ。だが、いくら緘口令(かんこうれい)が敷かれていても、これだけの事件を隠蔽し続けることは不可能だしな。また、それらとの関連性は不明だが、他にも6つもの砦が破壊されている」


 あれあれ? 数だけみれば私のやったものだと思うのだけれど?

 もしかすると、極限状態の彼らには、私の姿がそう見えたとか、そういう話なのだろうか?


 肉体の構造的には人族と大差ないはずなのだけれど、環境が変わるとものの見方も変わるとか、そういうことなのだろうか。

 とにかく、私と結びつかないなら何でもいいのだけれど。


「一年もしないうちにそんなにも砦を失ったってのか? 増えるにしても減るにしても、普通は十数年に一度ってところだろうに、さすがにそれは異常だな。――だが」


「私のようないち軍人でも知っているのだ。民衆や他国に知られる日もそう遠くない。それまでにどこかで挽回しておきたい。――というのが上層部の考えなのだろう。それに、私も帝国がまだまだ健在だということを知らしめることこそが、正体不明の悪魔に対する牽制になると考えている」


「砦を襲うような好戦的な奴なら、戦場に姿を現さないとも限らんと思うが……。待っていてもそれは変わらん――むしろ、それを利用して、魔王軍のみに被害を与えることができればってところか」


「うむ。いや、そんなに上手くはいかないだろうが――。そういえば、行商から聞いたんだが、王国の方でも悪魔が出たってな。それはかの英雄が退治したって話だが――悪魔の活動が活性化してるのか?」


 なるほど、アルも私の知らないところではしっかり仕事をしているらしい。

 それはともかく、悪魔が何かを画策している?


 ほかの件とも何か関係があるのか、単独なのか、誰かが裏で糸を引いているのか――。


(ユノ……)


 なぜか残念そうな朔の呟きが頭の中に響いている。

 何かあったのだろうか?


 とにかく、誰が何をしようが構わないのだけれど、私の邪魔だけはしないでほしい。


◇◇◇


『アンデッドの利点のもうひとつは、伏兵として配置しやすいことでしょうか』


「そうだな……。極端な話、墓場を見れば――それこそ、掘れる硬さの地面があれば、伏兵を配置しておける。そう考えれば――」


 朔の(もたら)した情報によって、作戦は白紙――とまではいかないけれど、大幅な見直しを求められているらしい。


『現実的には死体の数も有限ですし、効果的なポイントに集中させるでしょうが――』


「となると、怪しいのはここと、ここと、ここと……。どう考えても全てに対処するのは不可能だな……」


 軍のお偉いさんが地図上のポイントを指していく。


 なお、この世界の地図の見方がよく分からないので、合っているかどうかは分からない。



「それでも、ゾンビとかスケルトン程度ならどうにかなるだろうが……。そいつらを指揮する個体とかがいると厄介だな」


 湯の川に身を寄せているヴィクターさんの元配下には、そんな中間管理職的なポジションだった人が多い。

 その中には、バンシーやシルキーのような戦闘には不向きな種族もいたけれど、ただ正常な思考能力があるというだけで、下位アンデッドの指揮をさせられていたらしい。


 もっとも、指揮といっても、名実共に脳が腐っていたり無かったりする底辺アンデッドには、命令を理解することなどできるはずがない。

 なので、実際は、最低限それらしい形になるように誘導したり、世話をしたりするのが、彼女たちの仕事だったそうだ。



「そんなことを言われても、知性の欠片もないようなものをコントロールするなんて不可能ですよう!」


 かつてその役職にいたバンシーはそう語っていた。

 聞いた話では、バンシーとは泣くのが仕事らしい。

 泣き言はその範疇に含まれていないはずである。

 何が何だかよく分からなくなってきた。



「引率がいないと邪魔でしかない。引率がいても生ゴミでしかない。――それでも、最悪は私たちごと切り捨てても構わない。それはさすがに酷いのではないでしょうか?」


 かつてその役職にいたシルキーはそう語った。

 シルキーは家事が得意な妖精だそうだけれど、介護はそれに含まれないらしい。


 というか、いくら酒の席で無礼講だとしても、私にそんなことを聞かせてどうしようというのだろう。


 もっとも、その愚痴交じりの――大半が愚痴の情報が今役に立っているのだけれど、世の中どこで何が繋がるか分からないものだ。




『仕掛ける側の観点だと、やはり強大なアンデッドが生まれることを期待して、ある程度は集中させたいと考えるでしょう。その前提で考えれば、危険なのは、目標の町の北東にある墓地と東にある沼地でしょうか』


「確かに。墓地は瘴気が溜まりやすいし、沼地は死体を隠すには好都合の場所だろう」


「まあ、よく考えりゃ、平地や山だと、埋めるのが浅ければ獣に掘り返されるだろうし、川だと増水するたびに流されるか……」


「大量に隠せる場所は限られる――か。とにかく、挟撃されるような位置ではないことは救いだが、これらからの増援が到着する前に町を落とせるかの勝負になるのだろうか」


「大博打だな。――だが、そういうのは嫌いじゃない」


「大魔王がなんぼのもんじゃあ! 人間の意地見せたるわ!」


「おうよ! この町だって、いつまでも無事って保証はねえ! だったら、やられる前にやってやるぜ!」


「お前たちばかりに良い格好はさせないぞ! 俺たちだって、帝国軍人の心意気ってものを見せてやるぜ!」


 軍のお偉いさんが下したのはかなり投げやりな決断だったはずなのだけれど、それがかえって冒険者さんや軍人さんたちの士気に火をつけたようだ。


 みんな被虐趣味でもあるのか?

 いや、そうでもしないとやっていられないのかもしれない。


 私としては、そうまでして戦争などしなくても――と思うのだけれど、彼らにも彼らなりの理由があるのだろうし、朔にも朔なりの考えがあるのだろう。



『盛り上がっているところ悪いんですけど、私がそのうちの一箇所の墓地を攻略――というか、陽動でもして、町に向かう増援を足止めしましょうか?』


「な!? そんなことができるはずが――いや、話に聞いた君の能力ならあるいは……。しかし、相手の数も分からないのだぞ?」


『いえ、まともに戦う気はありません。そもそも、私ひとりでは囮としての魅力はありませんし、私を無視されて進まれても困りますので――何人かをお借りして、「敵がここにいるぞ」と相手に意識させた上で、遠回りしつつ本隊への合流を目指す。――それで、三日ほど時間を稼いでみるというのはどうでしょう?』


「なるほど、それなら――三日でも猶予ができればかなり助かる。だが、いいのか? 当然だが勇者やここにいる面々は攻略の要だ。救援には回せない」


『それは理解しています。もっとも、死神とよばれている私と組みたいと仰られる方はそういないでしょうし――軍の下部組織でしたか、以前パーティーを組んだ子たちを貸していただければと思います』


 なるほど、そうきたか。

 やるなあ、朔!


「ここにいる連中で、ユノちゃんを死神だなんて思っている奴はいないぜ!」


「おうよ! むしろ、天使だと思ってるぜ!」


「くっ、できることなら俺がユノちゃんを助けたかったのに……!」


 私の顔を知っている人たちが何やらフォローしてくれているので、何となく会釈を返しておく。

 でも、「天使」呼ばわりは止めてね。


『ありがとうございます。お気持ちだけいただいておきます。それと、申し訳ないのですが、もう一方の沼地にも同様の囮を配置していただけませんか? あ、もちろん、囮といっても生贄にするつもりではなく、あの辺りには、こんなこともあろうかと私の仕掛けておいた罠がありますので、墓地よりは生還率は高いかと』


 罠なんていつ仕掛けた――いや、これから仕掛けてこいということか。


「内容は詳しく聞かせてもらわなければならんが、これだけは言っておく。素晴らしいな、君は!」


「先見の明までもってるとは、さすがユノちゃんだな!」


「ユノちゃんマジ天使! いや、女神様だぜ!」


「女神来た! これで勝つる!」


 賞賛されるのは悪い気がしないのだけれど、神扱いは気分が悪くなるので止めてほしい。


 とにかく、朔はもう一方の囮に異世界人をと提案するつもりらしく、彼らの扱いを考えると、却下される可能性は低い。



 勇者さんたちがいる面倒な本隊からは隔離された状況で、異世界人たちには最初から撤退戦をしてもらう。

 重傷者や死者を回収して搬送する余裕は無いだろうし、全滅しても目撃者がいないのであれば回収は容易だ。


 何だか分からないけれど、私にとってとても都合の良い形になっている気がする。

 全く、朔様様だ。

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