07 衝突
――第三者視点――
今でこそ帝国の勇者として名を馳せているシロウだが、この世界に召喚される前の彼は極めて目立たない存在だった。
元々運動は得意ではなく、学力が高いわけでもない。
かといって、落ちこぼれというわけでもない。
いわゆる、どこにでもいる普通の少年だ。
ただ、他者とのコミュニケーションが苦手――というより、恐怖に近い感情を持っていた。
コミュニケーション能力が高い人からすると理解できないかもしれないが、最初からコミュニケーション能力が高い人はそう多くはない。
大抵の人は、試行錯誤しているうちに慣れていくものだ。
ただ、中にはそれができない人も存在するのだ。
もっとも、彼の場合は、単純に自分に自信が持てなかったことと、空気を読まない言動をして、嫌われたり虐められたりしたくない――そんな強迫観念にも似た想いを抱いていて、最初の一歩を踏み出す勇気がなかっただけである。
当然、シロウにも言い分はある。
彼の中では、なぜか「取り柄のない奴には発言権がない」というような考えが確立していた。
それゆえに、特段秀でたところのない彼は、自分と同じような、取り柄のなさそうな者たちとしかコミュニケーションを取ることができなかった。
その範囲内であれば、どうにかコミュニケーションを取ることもできた。
それでも、積極的にとはいかない。
何かの弾みで目立ってしまえば、カースト上位のグループに目をつけられてしまうかもしれない。
それが、暴力しか取り柄のないグループであれば最悪である――と、事実とは無関係に、とても臆病な少年だった。
シロウは、自分に力があれば、自信をもって話すこともできるだろうとも考えていた。
事実、不良などのそれしか取り柄のない人たちは、どんな莫迦な言動をしても黙認されていた――と、偏見に満ちた目で他人を見ていた。
ああはなりたくないと思うと同時に、もしも自分に彼ら以上の力があれば、彼らのしているくだらないことを止めさせることもできるとも考えてしまう。
それが彼らと同レベルの行動であるとは考えもせずに。
力があれば、それだけで人が従うかもしれない。
頭が良ければ、会話そのもので人を惹き付けることができるかもしれない。
そのための努力は一切せずに、自分自身から目を逸らして、そうなった時のことを想像して、現実との落差に不満を溜める。
結局、そのどちらもない彼は、被害に遭わないように目立たなく過ごすしかなかった。
そんなシロウが夢中になっていたのは、漫画やアニメ、そしてゲームといった趣味だった。
幸いなことに、趣味に没頭している時間は、そんなことは忘れられた。
ゲームの中では、運動が苦手な彼でも強くなれたし、お互いの顔が見えない状況だと、若干過激な自己主張をすることもできた。
ゲームでの強さと現実の強さは別だと罵られることもあったが、どうせ現実で出会うこともないだろうと、強気に振舞うこともできた。
なお、オンラインゲームの中で恋をした相手が、実は性別を偽っていた――いわゆる「ネカマ」だったことに大きな心の傷を負った経験があるが、それはまた別の話である。
そんなシロウが、異世界マジカル無痛トラックに轢かれて、帝国の勇者として召喚された。
ラノベやアニメでは食傷気味な展開だが、我が身に起こったとなれば話は別だ。
残念ながら、過去に何人もの勇者が召喚されていたため、彼が初めての勇者というわけではなかった。
また、帝国以外の他国でも召喚されているため、ただひとりの勇者というわけでもなかった。
それでも、環境の変化に戸惑わない程度には日本文化が浸透していることは、快適さの点でプラスでもあった。
そして、お約束の展開――強い者でもレベル30ほどの世界で、レベルこそ1だったものの、超人級のパラメータに、反則級スキルを持った状態からスタートである。
その上、まだまだレベルは上がるし、スキルも取り放題。
さらに、美少女ばかりを集めたハーレム状態のパーティー。
彼の意思での人選ではなく、能力も申し分ないことから不満を口にすることはなかったが、健全な青少年が、この状況に舞い上がらないはずがない。
当然のようにラッキースケベ展開も盛り沢山。
中にはセクハラで訴えられそうなものもあったが、彼女たちも、口では悪態を吐きながらも心の底から嫌がっているという感じではないと、甘酸っぱい展開に胸をときめかせる。
そうしてシロウは、表面的にはほのぼのと、各地で困っている人を助けては感謝されて、可愛い従者たちに囲まれて、日本では想像もしていなかったような幸せな日々を送っていた。
レベルも上がり、魔物狩りにも慣れてきたところで、魔王討伐への第一歩を踏み出すことになった。
シロウが勇者になって初めて迎えたピンチは、魔王討伐戦ではなく、バケツを被った傲慢な――恐らく、少女。
それも、戦闘ではなく、彼女の発した言葉だった。
助ける力があるから助けるのではなく、助ける意思があるから助けるのだ。
その意思があるのなら、他人の目など気にせずに貫けばいい。
彼にはそれが、力がないから沈黙していた、日本にいた時の彼を責める言葉に聞こえた。
(違う! あの時の僕は、本当の僕じゃなかった! 僕は間違っていない!)
言葉にできない想いが、彼の中でぐるぐると渦を巻いていた。
彼は、ユノの言葉を認めるわけにはいかず――認めてしまうと、勇者としての彼まで否定されてしまうように感じて、理屈ではなく感情で反発した。
シロウは、勇者になってから自己主張することが増えていた。
それ自体は良いことである。
しかし、力のある者の発言は通るものという歪んだ認識と、これまでは実際に通っていたこと、そして、バケツを被った変人に諭される覚えはないという、都合の良いところだけの常識が、彼の判断を誤らせた。
ただ、勇者である彼を意にも介さず、自分の生き様を貫く彼女は、それが正しいかどうかは別として、彼女の言葉がその場限りの出任せでないことを示していた。
彼自身に自覚は無いが、その揺るぎない生き様は、かつての彼が憧れていた姿だ。
だからなのかは分からないが、彼は頑なにユノを認めることができなかった。
◇◇◇
帝国では、勇者の召還は「男性」を指定して行われる。
戦闘能力という点においては、性別で大きな差が出ることはない。
ただ、生理的な問題や、性格的な扱いやすさを考慮してのことである。
対してその従者となる者は、優れた能力と容姿を持ち、ある程度出自が保証されている女性から選ばれる。
勇者が特殊な嗜好を持っていない限り――いかに勇者が思春期真っ盛りの少年で、口では不満を言っていたとしても、その方が喜ばれるからだ。
それで、彼女たちに良いところを見せようとか、照れ隠しなどで任務に励んでくれるなら万々歳である。
広大な領土を持ち、その分魔物被害や魔物以外の敵も多い帝国では、勇者の活動期間は平均で5年ほどと、他国と比べて短い。
勇者は、必要に応じて帝国各地を飛び回り、その道中や目的地で戦闘に明け暮れる。
いくら能力が高くても、心身の疲労は蓄積していく。
そして、いずれは死ぬか、復帰不可能な傷を負ってしまう。
そうして勇者が戦えなくなれば、次の勇者を召喚する。
まだ生きているのなら、死ぬまで種馬として働かせる。
それもできなくなれば、実験材料に使われる。
帝国としては、そうなるまでに次の勇者を召喚できるだけの魔石を稼いでくれれば充分なのだ。
皇帝を頂点とする中央集権国家である帝国では、勇者をあまり信用していないこともあって、消耗品扱いするのが常だった。
当然、表面上は優遇されているように見せかけているし、実際に様々な特権も与えられているが、それらは体よく使い潰すための方便である。
従者として女性をつけるのもその一環で、情に訴えて縛るとか、勇者が死ぬ前に胤を残させるなどの目的がある。
その従者候補の女性たちも、嫌々やっているわけではない。
彼女たちの大半は、家格が高くなく、若しくは没落貴族の出で、なおかつ良縁に巡り合えなかった娘たちである。
大して家格の変わらない爺の妾になるよりは、勇者の妻――多くの勇者は夭折するものだが、上手く勇者の子を孕めば危険な任務からはフェードアウトできるし、生まれてくる子にも大いに期待できる。
当然、従者に選ばれれば、彼女たち自身にも危険は付きまとう。
しかし、勇者が死亡するより先に、従者が妊娠する確率の方が高いのだ。
彼女たちにとっては、人生の一発――下品な意味ではなく、逆転のチャンスである。
そのためにも、勇者に気に入られようと最大限の努力をする。
もっとも、その熱烈なアピールやアプローチが、勇者の疲労を蓄積させる要因のひとつになっているのだが、年頃の男の子がその誘惑に打ち克つことは難しい。
◇◇◇
舐めてかかっていたのは最初だけだった。
いくら感情的になっていたとしても、シロウには、女性を相手に本気で戦うことはできない。
それでも、手を抜いても勝てると思っていたし、余裕を見せて勝つことで、従者の少女たちや野次馬に強さと格好よさをアピールしようとも思っていた。
なので、死なせることは当然として、大きな怪我をさせるつもりもなかった。
当初は、適当に遊んでやれば音を上げるだろうと踏んでいた。
《鑑定》がまともに通じなかった時点でそれなりの実力者であることは分かっていたし、大魔法などの広範囲攻撃を使えないハンデもあったが、それも人数でカバーできると思っていた。
しかし、いくら攻撃の威力や密度を上げたところで、まるで手応えがない。
彼らもまだ本気ではなかったが、6人がかりで有効打のひとつも取れないというのは不自然である。
完全回避などというスキルは存在しないし、どんなにレベル差があっても手が――得物が届く距離であれば、命中率がゼロになることはない。
それがシステムが定めている摂理である。
まさか、奇跡的な確率で回避し続けているとも考え難く、何かの仕掛けがあるとは勘づいていたが、それがただの技術であるなど思いもしない。
ユノの回避能力が、彼らの未知のユニークスキルによるものであれば、対抗できる同格のスキルか、回避不能な広範囲攻撃を用いるしかない。
ただし、ユノの回避能力を攻略したとしても、直撃ではないにせよ、傷ひとつ付けられない防具の性能も異常である。
シロウの持つ聖剣は、下位とはいえ、竜の鱗ですら切り裂く性能がある。
それでも傷ひとつ付けられないものを攻略するためには、それこそ禁呪クラスの攻撃が必要になる。
しかし、いくら勇者という肩書があっても、町中で大破壊を起こせば罪に問われることは間違いないし、彼らにもその程度の分別はある。
そんな時に運良く――あるいは悪くか、かけ続けていた《鑑定》が僅かに功を奏した。
もっとも、開示された情報は「邪竜」などという断片だけで、それが装備の銘なのか、素材なのか、それとも「邪竜殺し」などといった称号なのかも分からない。
そもそも、この世界に邪竜という個体や種は存在しない。
少なくとも、彼らの知識には存在しないのだが、目の前の異質な存在の前では否定しづらい。
実際には、ユノに疑似生命を吹き込まれた鎧が「邪竜」と判定されているのだが、彼らにそんな由来が分かるはずもない。
むしろ、彼女自身が邪竜だといわれても納得してしまいそうな危機感を覚えていた。
彼らも、ユノが反撃できないのではなく、反撃しないだけ――彼女にとっては反撃する理由が無いだけか、その必要を感じるほどの脅威と看做されていない可能性もあると、気づき始めていた。
しかし、それもいつまでも反撃を受けないと保証されていることではない。
脅威ではなくても、あまりにしつこければ、寄ってくる羽虫を鬱陶しいと払い除けるように、攻撃してくるかもしれない。
彼らのレベルを考えれば、致命傷を負うようなことはそうそうないはずだが、底の見えないユノの強さと、“邪竜”というワードが重く圧し掛かる。
適当なところで切り上げるか、恥を忍んで撤退すべきだと、誰もがそう思っていた。
しかし、シロウは勇者としてのプライドが邪魔をして、従者の少女たちは勇者の不興を買いたくない一心で言い出せない。
自分以外の誰かが言ってくれれば――と思いながらも、戦意のある振りをする。
そうして問題を先送りにした結果、更に退き難い状況に陥った。
憲兵が現れた時には、落としどころが見つかったと安堵しそうになった。
しかし、憲兵たちが始めたのは、争いの収拾ではなく、野次馬の整理だった。
天国から地獄――そもそも、自分たちの蒔いた種なのだが、若い彼らはその落胆を呑み込むことができず、暴言という形で発散させてしまった。
彼らも、普段ならこんな軽挙に出ることはないのだが、追い詰められているという焦りからか、素が出てしまったのだ。
『これで私が簡単には死なない理由は分かってもらえたと思うけど』
そんな彼らを余所に、ユノはその手に持っていた巨大なカイトシールドを仕舞い、彼らに語りかけ始めた。
『そちらも手を抜いてたのは分かるけど、それでも一方的に攻撃して、多少は気が晴れたでしょう。この辺りで退いてくれないと、今度は助けなかった理由を見せないといけなくなる』
シロウたちも、「気が晴れたどころか、フラストレーションが溜まっただけ」とは言い返せない。
これが最後通告であることは、彼らにも充分理解できていた。
退かなくてはまずいと頭では分かっていても、勇者としての矜持――子供じみた意地が、この状況で素直に退くことを認めさせてくれない。
「好戦的な勇者様で残念だよ」
「ちょ、早――」
シロウの口から情けない声が漏れそうになったが、勇者としての意地で、すんでのところで踏み止まった。
しかし、この場合ではシロウが情けないというよりは、ユノの最後通告からの宣戦布告までの間が一秒ほどしかなく、本当に早かったのだ。
「死にたくなければ動かないで」
ユノはそう言うと、左手の手甲を外して、露わになった腕を水平に掲げる。
何が出るのか――と身構える面々の期待に反して、出てきたのは、重厚な鎧を身に着けていることからは想像もできない、透き通るような白さの細い腕だった。
もっとも、腕だけで人の心を魅了する人ならざる美しさは、ある意味では期待以上だったのかもしれない。
「あれ? これで終わり……なのか?」
「いや、確かに良いもん見せてもらったけど……」
「見事にハートを鷲掴みにされたぜ――腕だけにな!」
気の早い野次馬たちがそんなことを口にし始め、シロウたちの警戒が緩み始めた頃、それは起こった。
ユノの鎧の隙間から、漆黒の蛇とでもいうような触手が無数に這い出してきた。
それはこの世ならざる気配を発しており、まるで獲物を見定めるかのように鎌首を擡げている。
「何だあれは……!?」
「分からん……! 俺も長く冒険者をやってきたが、あんな悍ましいものは見たことがない! だが――」
「見たら分かる! ヤバいやつやん!」
つい先ほどまでの眼福ともいえる状況から一転して、今度は身動きひとつできないほどの恐怖に縛られる。
気の弱い者の中には、失禁したり、失神してしまう者もいた。
口を開く余裕があるのは、高レベルの冒険者や兵士だけ。
それも、自分が標的とされていないことが分かっている者だけである。
それは、明らかにシロウとその従者たちを獲物として見ていた。
下位とはいえ竜に立ち向かったこともある彼らだが、その時とは比べ物にならないプレッシャーを受けて、ヘビに睨まれたカエルのように身動きができなくなっていた。
《鑑定》などしなくても分かる。
それは、勇者であろうと絶対に手を出してはいけない、世界を喰らう闇――邪竜である。
動けば死ぬ。
当の彼らもそれが分かっているので、動けたとしても下手に動くことができない。
むしろ、動かなくても殺されるかもしれないし、自分たちだけでなく、野次馬たちをも巻き込んだ大惨事になるかもしれない。
そうなっていないのは、ユノが自身の左手を押さえて、『くっ、鎮まれ私の左手――』と、邪竜に抵抗しているからだ。
また、その様子から、ユノ自身には誰かを害する意思がないことは理解できたし、降参する余地も残されているようにも見えた。
しかし、彼らは動けない。
ユノ自身でも制御しきれていないものが、何が引金となって暴走するかも分からない。
ただ頭の片隅で、確かにあれだけの防御能力と、この得体の知れない能力があれば、どんな状況でも彼女だけは生き残れるだろう。
そして、この能力が敵味方の判別をしないような能力だとすれば、パーティーが彼女を残して全滅することも――むしろ、彼女以外が全滅してからでなければ使えないことも理解できる。
もっとも、今更理解したところでもう遅いのだが。
また、理解したからといって、納得できるかは別の話なのだが、今の彼らには、ただ耐え忍ぶことしかできない。
時間にすると僅かなものだった。
ただし、その異様な存在感を肌で感じた――魂に刻み込まれた人たちにとっては、永遠にも感じられた時間だった。
ユノが、世界の敵としか表現できないその能力を行使することなく、自らの腕とともに鎧の中に閉じ込めたのだ。
すると、すぐに禍々しいというのも生易しい気配も収まり、緊張から解放された野次馬たちが安堵の息をつく。
当事者の一方であるシロウたちは、どうしていいのか分からず呆然としていた。
当然、戦意などはとうに失っていたが、あれの制御にかなりの力を使ったのか肩で息をしているユノを見ても、「今なら勝てる」などといった考えは湧いてこない。
そして、彼らの他にも、ユウジたち――彼女の力の一端を見ていた者たちも、戸惑いを隠せない。
勇者たちは確かに強かった。
それこそ、強くなったと思っていた彼らが、足元にも及ばない――そう感じられるくらいの差はあった。
それでも、ユノならあんな能力に頼らずとも軽く制圧できたはずだ。
そもそも、彼らはこの騒動を、巻き込まれ系主人公が因縁を付けてくる相手を返り討ちにする、ラノベ的なイベントではないかと莫迦なことを考えていた。
そのため、なぜこんな大事になっているのかが分からなかった。
もしかすると、自分たちの判断は間違っていたのだろうかと――今更な考えと、「お仕置き」という言葉が彼らの頭を過っていた。
そして、あの地獄の日々を思い出して、恐怖に震えていた。
「そうか、ユノちゃんは戦争が始まる前に、これを見せたかったのか」
「どういうことだ?」
「そうか! ユノさんが戦争に参加したとしても、本気を出すには条件がある! ――いや、そのときが来るまで温存しておきたいってことなんだ!」
そんな折に聞こえてきた冒険者たちの会話に、一筋の光明を見出したユウジが飛びついた。
「そういうこった。よく気づいたな、坊主。さすが直々に鍛えられただけのことはあるな」
「まあ、あれだけヤバそうな能力なら、消耗もヤバいのが道理か。なるほど、納得したぜ。今回は、あれを見せるのに最適な生贄――おっと、万一のときに止めてくれるかもしれねえ勇者様がいたからってことかい」
「そのときってのが、俺たちがユノちゃんを残して全滅したときなのか、ユノちゃんの敵が現れたときなのかは分からねえがな。――とにかく、このことは他言無用だな」
「それがユノさんのためにもなりますし、それよりも、自分たちのために、ですね!」
ユウジが殊更に大きな声で相槌を打つ。
彼も生きるために必死なのだ。
『戦争についていって働かないなんて、いくら冒険者でも許されないでしょうし、ここにいる人たちだけにでも、そういう理由があるってことを知っておいてほしかった。勇者様をダシに使ったことについては申し訳なく思いますが、万一の場合でも、勇者様方なら何とかしてくれると信じていましたので』
そして、ユウジたちの推測を裏付けるように、ユノの方から言葉が紡がれた。
それに対して、シロウは無言でひとつ頷いただけだが、あれをどうにかできるイメージは湧いてこない。
そんな彼らの内心など関係無く、ユノが再び語り始める。
『勇者様をはじめ、軍属の方々や冒険者の皆さんも精鋭揃いです。前線の町の奪還だけなら大きな問題はないと思います。ですが、もしも、かの魔王やその側近が前線にいた場合は話が変わってきますし、あの魔王の性格なら、町を奪還させること自体が罠である可能性もあります』
「魔王のことをよく知っているような口振りだな」
『魔王の力は強大です。万が一にも遭遇すれば、魔王ひとりを相手にひとり残らず全滅ということも有り得るでしょう。それでも魔王が前線に出てこないのは、他の魔王の動向を窺っているからです。ただ、それも絶対とは言い切れません』
冒険者の問いかけには答えず、ユノはただ話し続ける。
「なるほど、ユノちゃんは、その万一に備えてついていくということか」
『おおむねそんなところ――といいたいところですが、魔王が相手となると、私ひとりでは、皆さんが撤退する時間稼ぎくらいしかできないかもしれません。町の奪還にどれほど戦略的意味があるのかは私には分かりませんが、それ以上の進軍――特に、魔王と本格的に事を構えるのは時期尚早、準備不足です』
ユノの言葉を、大袈裟だとか言いすぎだと思う者はいない。
「肝に銘じておくよ。ところで物は相談なんだが、これから軍の関係者と打ち合わせを行うことになっているんだが、ユノちゃんさえよければ同席してくれんかね」
そんなユノに声をかけたのは、ギルドの顔役ともいえる熟練の冒険者である。
また、ユノの素顔を知る数少ない者のひとりでもある。
彼は、自分たちの知り得ない情報を数多く有しているユノに、進軍にあたってのアドバイスを求めるべきだと判断したのだ。
「私でお役に立てるのなら喜んで。では勇者様、失礼します」
ユノも、それに快く応じる。
そして、勇者たちに優雅に一礼をすると、その冒険者の男にエスコートされて、その場を立ち去った。
そして、野次馬たちもその後に続き、後には勇者とその従者たちだけが残された。
結果として、シロウたちは、全員五体満足で生き延びることができた。
しかし、ユノだけでなく、冒険者や憲兵にまで全く相手にされなかった――というのは、被害妄想だが、軽く扱われたという屈辱は、彼らの――特にシロウの心に強く刻み込まれた。




