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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第七章 邪神さん、デビューする
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03 Pとキャットファイブ

「みんな、元気してたかな☆」


「「「うおおーーー! 元気でーす!」」」


 フリフリの衣装に身を包んで、ステージの上から客席にいる町の人たちに呼びかけると、地鳴りのような大歓声が返ってきた。


 アイリスたちはステージ最前列の特等席で、一般客席には町民全員が観にきている。



 当初は三部くらいに分けて行う予定だったのだけれど、希望が初回に集中して、調整が上手くいかなかった。


 だったらと、建設班と設営班が気合を入れすぎて、町民を全員を収容しても余裕があるものを造り上げてしまった。

 種族によって収容数に差が出るけれど、人族なら10万は入るレベルである。


 さすがにやりすぎだと思ったけれど、それでも、彼らの努力を(ないがし)ろにするようなことは口にできない。


 とにかく、それならもう一度で済ませてしまおうということになったのだ。



 私としても、回数が減ったことは有り難い。


 ただ、観客の多さには――戦うなら何とも思わない数でも、歌を聴かせるとなると少し緊張してしまう。

 歌と踊りは朔からは合格をもらっているものの、こんなに多くの人前で歌った経験などないのだ。


 リハーサルとかがあれば少しは慣れたのかもしれないけれど、それもアルに「朔が監修してるから大丈夫」のひと言で却下された。


 何が「楽しみは本番まで取っておく」だ。

 運営の人間が言っていい台詞ではない。




「みんな、プレゼントありがとうね☆」


 語尾に☆を付ける。


 何を言っているのか分からないと思うけれど、発音せずに、キラキラした何かを演出しろというのだ。

 言われたとおりにやっているつもりなのだけれど、できているかどうかは分からない。

 分かりたくもない。


 しかし、朔が何も指摘してこないことを思うと、できているのだろうか。



「「「どういたしましてー!」」」


「ユノ、とっても嬉しかったよ☆ だから、お返しにみんなのために歌を歌うね☆」


 正直に言うと、超恥ずかしい。

 しかし、恥ずかしがってしまうと、更に状況は悪くなる。

 仕事だと割り切って、突き抜けた方がダメージは少ないはず。

 もう既に致命傷だけれど、即死ではないだけマシなのだ。



「その前に、今日演奏をしてくれる仲間を紹介するね☆」


 ああ、憂鬱だ。

 ただでさえ恥ずかしいのに、それを何倍にもする悪魔的なアイデア。


 先日はあんなに焦っていたのに、自分の問題に目処が立ったと思ったら、いきなりとんでもないことを思いつくとか、仮にも恩人(予定)に対してすることではないと思う。



「まずは、ギター担当のユノちゃん☆」


「ユノちゃんでーす」


「そしてベース担当のユノさん☆」


「いえーい! 今日は頑張るぞー!」


「キーボード担当のユノっち☆」


「ユノっちだよー!」


「そしてドラム担当の謎のバケツ仮面☆」


「へーい、のってるかーい」


 端的に言って、恥ずかしくて死にそう――というか、いっそ殺してほしい。

 死ねないけれど。



「もう全部ユノがやればよくね?」


 などと、よくもそんな莫迦なことを思いつくものだと呆れるしかない――と思いきや、私以外には意外に好評で、あれよあれよという間に決まってしまった。


 私にできたのは、楽器の数やバックダンサーを減らすという僅かな抵抗のみ。



 普通に考えれば、髪形や衣装を変えただけの私で水増しなんて、誰も喜ばないと思う。


「ユノ様がいっぱい! ――これは夢か!?」


「どこを見ても幸せがあるよ! どこを見ればいいのか分からないよ!?」


「うおお! 何だか分からねえけど最高すぎんだろ!」


 予想に反して好評な様子だった。


 多様性は大切なことだと思うのだけれど、私の感覚がおかしいのだろうか?


 いや、妹も色違いの亜種だ何だと、個体差で済むようなもので水増しする風潮は駄目だと言っていた。

 もしかすると、妹もマイノリティだったのか。


 いわゆるオタクっぽいところもあったようだし、その可能性は捨てきれないけれど、今となってはその事実はどうでもいい。

 まあ、この世界の人は抜けているところもあるし、そういうものだと受け止めなければならないのだろう。


◇◇◇


――アルフォンス視点――


「「「私の歌を聴けえー☆」」」


 始まった。


 ライブがではなく、伝説が。


 どこかで聞いたようなユノの台詞を合図に、会場全体が興奮に包まれているのが、モニター越しにも分かる。



「始まったな」


 俺も柄にもなくテンションが上がっているのか、口から出たのは、一度は言ってみたかった台詞。

 もちろん、机の上で両手を組んでいる――が、ここには俺ひとりしかいないので、相槌はない。



 残念ながら今日の俺は裏方――ステージ裏にあるコントロールルームで、ステージの照明や演出などの雑務をしている。

 ある意味ではユノに最も近い場所といえなくもないけど、ステージの様子はモニターやスピーカーを通してしか分からない。



 俺だって生で見たかった。


 だけど、これは誰かがやらなきゃいけない仕事なんだ。

 ホムンクルスにさせることも考えたけど、事の重要性を考えると、臨機応変な判断のできる奴がするべきだろう。


 他に任せられそうな人材となるとアイリス様が思い浮かんだけど、前世も良いところのお嬢様だったらしく、機械の扱いに疎い。

 それと、とんでもなく不器用だ。

 そうでなかったとしても、価値観や事情の違いもあって、しないだろうしさせられない。


 意図を理解してくれて、機械の扱いにも慣れているクリスも、残念ながらアイドルの何たるかに関しては理解が甘いと言わざるを得ない。



 結局、勇者や英雄と同じで、俺がやるしかないのだ。


 一度やってしまえば、朔とか十六夜に引継ぎできるみたいだけど。

 というか、いつの間にかママになってるし。

 邪神くんが受肉したとかどういうことだよ。



 もっとも、ステージの方は順調で、当初の予想とは違ったけど――普段のユノからは想像もできない愛想の良さも含めて、彼女の仕上がりは予想を遥かに上回っていた。

 その適応力の高さと、朔の指導能力の高さには、ただただ感心するほかない。


 といっても、ユノの場合は「できることしかできない」という、知らない人が聞けば「何を当然のことを」と思うような制約がある。

 正確には、特大パラダイムシフトでも起きない限りはその傾向にあるということらしいけど、何にせよ、歌や踊りはできることに含まれていて助かった。



 もちろん、勝算はあった。


 あいつが神前試合のときに見せた演武は、正に神業だった。

 あんなことができるなら、歌に合わせて踊るくらいできない方がおかしい。


 歌の方は確証はなかったけど、普通に喋っているだけでも人の心を掴む、美しいというか可愛い声をしているのだ。

 むしろ、まともな歌を歌わせればどうなるかの保証がないので、今回はコミックソングとまではいかないけど、メッセージ性など全く無い、「歌ってるユノ可愛い!」するだけの歌に限定してある。


 また、せっかく多種多様な種族の揃っている湯の川でやるのだから、どの層にどんな曲が受けるのかというデータ収集も兼ねている。


 だけど、ポップス、ロック、バラード、演歌――どれも反応に大きな差はなく、ユノが歌って踊れば何でもいいのだろうという結論に至った。


 その気持ちも分からなくもない。

 みんなどんなジャンルが好きか以前に、ユノが好きなのだろう。


 ユノのすることは全て最高なのだ。


 実際、マジ神懸ってる。




 プログラムが進むにつれて、目に見える変化が現れ始めた。


 ステージの後方にある巨大な世界樹が、いつもは控えめに花を咲かせていただけだったのが、あっという間に満開になった。


 そこから、可視化されるレベルの――周囲の空間を歪ませるほどの濃度の魔素が溢れ出して、更に周囲の属性と反応して様々な色の光を放つカーテンとなって、夜空を鮮やかに彩る。


 オーロラがオーロラ()になるレベルの光景だ。


 荘厳とかそういうレベルの光景じゃない。

 正に神の奇跡――邪神だけど、何でコイツはこんな気軽に奇跡を起こすのか――いや、存在自体が既に奇跡みたいな奴だった。


 そして、奇跡はそれだけに終わらない。

 世界樹に連動するように、精霊たちの輝きというかオーラというかそんな感じのものが増していって、中にはプチ進化している個体までいるんだが?


 充分に配慮していたつもりだったけど、これでも読みが甘かったか……。

 このまま続けさせてもいいものか、それとも止めるべきか――と迷っていると、俺の頭部にも優しく包み込まれるような温かさを感じた。


 まさか、俺にも何か異変が――と反射的に頭に手を当てると、明らかにズレていた。

 幸い、ここには俺ひとりしかいないので、誰にもバレてはいない。

 だけど、何があってもバレないように、持てる能力の全てを使って対策はしていたはずなんだが。


 でも、神剣を使った代償――神に掛けられた呪いに手も足も出なかった俺の対策など、それを上回る邪神の祝福の前では何の意味も無かったようだ。


 ありがとう、邪神様!



 いやいや、そんなことより、俺以外にも変化の表れている奴がいないかを確認しなきゃいけないんだけど――視界が滲んで、モニターがまともに見えない。


 これはまずい、困ったことになったかもしれん。

 でも、もう止めようなどという気は起きない。

 恐らく、何だかんだで悪いことにはならない予感がするし、それ以前にユノが相手ではなるようにしかならない。


 ひとまず、今は素直な感想を伝えるだけでいいだろう。


◇◇◇


――ユノ視点――

『お疲れ様。良かったよ――というか、ユノもやればできるじゃないか』


 終わった。


 三度目のアンコールには、耳を塞いでどうにか控室まで戻ってきた。

 誰だよ、町の人にアンコールなんて教えたのは。



 朔の随分と上から目線のお褒めの言葉はともかく、私も自分自身を褒めてあげたい。

 何しろ、素人が単独で、しかも、リハーサルも無しに、二時間超のライブをやり切ったのだ。


 はっきり言って、私向きの仕事ではなかった。

 みんなが喜んでくれていたのがせめてもの救いか。



 ただ、達成感よりも精神的にいっぱいで、とにかくゆっくりと休みたい。

 二度とやらない――のは無理だとしても、当分はやりたくない。


 というか、普通は逆――人間が神に歌や舞を奉納するのではないだろうか?



『あ、アルフォンス。お疲れ様。アルフォンスも良い仕事だったよ』


「お疲れ様。……?」


 朔の声で思索が途切れたので、顔を上げて、アルにも労いの言葉をかける。


 今日のアルは、ひとりで裏方仕事をやっていたのだ。

 私と同様、労って優しくしてあげるべき人だと思う。



 しかし、何だかアルの様子がおかしい。


 いつもと雰囲気が違うような気がする――なぜかいつも以上に自信に満ち溢れているというか、ひと皮剥けたというか?

 大きな仕事をやり遂げて、彼も人間的に成長したとかそういうことなのだろうか?



「お前は――お前って奴は本当に最高だな! ハハハ!」


 アルがいつもと違うのは行動にまで及んでいて、アメリカ人かと疑うくらいに自然に、そして陽気にハグ――というより思いっ切り抱きついてきた。


 驚いたのは確かだけれど、下心があるような感じではない。


 というか、テンションが上がっているだけならまだいいのだけれど、私の歌でおかしくなっている可能性を考えると、下手に振り解くこともできない。

 後で何を言われるか分かったものではないし。

 アルひとりが被害を受けるのなら自業自得と言えなくもないのだけれど、奥さんたちに恨まれるのは御免被る。


 幸いすぐに我に返ったようで、「すまん」と謝罪を受けたけれど。

 何だったのだろう?


 そして、それに対して返答する前に、そのすぐ後に入ってきたアイリスとリリーにも飛びつかれた。


「ユノ! 私、ライブを見たのは初めてですが、本当にすごかったです!」


 アイリスは興奮した様子を隠そうともせず、人前なのも構わず私を強く抱きしめてくる。

 むしろ、「絡みつく」と表現してもいいかもしれない。


「ユノさん、格好よかったし、可愛かったです!」


 リリーはいつもどおり――のように見えて、頬擦りが追加されている分興奮しているようだ。


「儂も、ただの歌や踊りが、これほどのものとは思わなんだわ。酒と同じく、古くから神へ捧げられるだけのことはあったのじゃな。――つまり、ユノの歌を聴きながら飲む酒が最高ということじゃろうか?」


「ううう……。あんたの晴れ舞台、レティにも見せてあげたかったわ……」


 ミーティアやソフィアもテンションがおかしい。

 とはいえ、死者が生き返って踊り出すことに比べれば、これくらいは大した問題ではないのかもしれない。



「ユノちゃん、次は私の国でやってくれない? もちろん、お礼はするわ!」


「待つでござる! ユノ殿のファン第一号は拙者でござるゆえ、次は拙者の領域でやるのが当然でござろう! ついでに、ヤマトでもやれば、戦争などというくだらないものも終わるでござるよ!」


「さすがにそれは無理だろう――とは言い切れんのが恐ろしいな」


 魔神たちまでテンションが上がっているのか、笑えもしない冗談で盛り上がっている。

 さすがに歌で戦争が終わるなんて聞いたことがない。

 それより、なぜ私が知らない国で歌わなければならないのか。



「おお、勇者様。やはり貴方の仰っていたことは正しかった! 私は今まで、アイドルなど酒場で歌っている吟遊詩人と大差ないなどと、とんでもない思い違いを――」


「勇者様の言を疑うなど、私たちが浅はかでした! いつか私たちが貴方の旅立たれたニジゲン世界に辿り着いた時には、その素晴らしさについて存分に語り尽くしましょう!」


 クリスとセイラは号泣していた。

 さすがに少し引く。


 なお、彼らの勇者様のお墓は、城の敷地にある墓地に移してあるけれど、生き返った形跡はない。

 しかし、ふたりの作り物だった体は、作り物ではなくなっていた。

 一応でも謝罪しておくべきなのだろうか。



 とまあ、そんな軽微な影響はあったものの、ライブは成功――といってもいいのだろう。

 むしろ、無事に終わったことを喜ぶべきだろう。


 何にしても、これで肩の荷がひとつ降りた。


 とはいえ、なぜか私とは直接関係のない荷が増えているので、まだまだ気は抜けない。


 それでも、妹たちを召喚するために必要な人脈の構築だと思えば、必要経費だ。

 同時にあれもこれもというのも、必要な工程の前倒しだと思えば、少しだけ気が楽になる。


 というか、そうでも思っていないとやっていられない。

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