02 プレゼント
――ユノ視点――
アイリスたちから貰ったのは、ケーキであってケーキではない。
気持ちとか心とか、そんな感じのものだ。
元々、物に拘りがないというか、物欲が薄かったこともあって、高価な物を頂いても、あまり喜びの感情は湧いてこない。
とはいえ、例外は何にでもあるものだ。
アルから貰ったカメラ的な道具は、みんなとの思い出や雪風の成長記録をつけたいなと、私が欲しいと思っていた物だったので、とても嬉しかった。
なお、これは迷宮産の宝箱から採れる魔法道具で、かなり値が張る希少品だそうだけれど、忙しい中で、私の希望をリサーチして手に入れてくるとはやり手である。
しかし、アーサーから貰った金銀宝石はちょっと困る――というか、
「うおお! 駄目だあ! こんな物ではユノ様を飾り立てることなど不可能! 俺は莫迦か! そんなことは分かり切っていたはずなのに!」
などと、自分で駄目出し――むしろ、ひとりでコントをされた挙句に走り去って、取り残されたことの方に困惑した。
後、クリスとセイラからはなぜか絆創膏を貰った。
またニプレスとか、いかがわしい目的の物だと思っていたので、少し拍子抜けだった。
なお、その絆創膏は遠慮なくアイリスの指の怪我に使わせてもらったのだけれど、「そうではない! そうではないのだよ!」と、なぜか駄目出しをされてしまった。
絆創膏とは傷口に貼るものではないのだろうか?
もちろん、プレゼントは身近な人たちだけでなく、町中の人たちからも届けられていた。
万単位だよ。
嬉しいけれど、ちょっと困惑する。
アイリスたちには、少しの間来賓の相手をお願いして、私だけ席を外して、それらを受け取りに行く。
プレゼントは、シャロンたちが事前にひとつひとつ受け取って、預かってくれているのだけれど、それでも、私自身が今日中に受け取るのが最低限の礼儀だろう。
当のシャロンたちは、日常業務やそのチェックに追われて、大したものを用意できなかったと申し訳なさそうにしていたけれど、むしろ、私の方が申し訳なく思うくらいだ。
働きすぎだ。
それでも、何も無しというのは彼女たちの気が済まないようで、白衣緋袴千早のセットを頂いた。
それは彼女たちが普段着ているものと同じ物で、「時間がなくて、背中の開口も、袴の丈を短くすることもできませんでした」と悔やんでいたけれど、私としては普通の丈であることが何より有り難かった。
私とて、好き好んでミニスカートを穿いているわけではないのだ。
あまり意味があったとは言い難いけれど、元は男性だったこともあって、短いスカートに目を奪われる気持ちも分からなくはない。
しかし、清楚さの中に隠された魅力も、また良いものなのではないかと思うのだけれど、いかがでしょうか。
とはいえ、背中の開口処理をしなければ、着ることはできない。
いくら引っ込められるようになったからといっても、少し気合を入れるだけで出てしまうのでは、勢い余って他のところまでポロリする可能性もある。
なので、翼無しの状態に慣れるまでは、開口処理はしておいた方が無難だろう。
背中くらいなら、見えてもさほど問題は無いだろうし。
しかし、何度も言っているような気がするけれど、見られても恥ずかしくないというのは、時と場所と場合によるのだ。
自信がなさそうにしていたり、恥ずかしがっている姿を見せる方が余計にダメージを受けるので堂々としているだけで、見せたいということではないのだ。
さておき、意外なことに、町の人たちからのプレゼントの中で、最も多かったのが手紙である。
しかし、一通二通ならともかく、何千通もあると、圧がすごい。
今日中に全部読むなら、分体を使う必要がありそう。
朔に読んでもらうとか、領域に取り込んで認識するだけなのは、何だか駄目なような気がするし。
もっとも、つい最近まで読み書きのできなかった人が多いので、内容はシンプルなものが多く、表現も実にストレートだ。
誤字脱字や、言葉のチョイスを間違っている物も少なくなかったけれど、想像で補えるレベルのものなら問題は無い。
むしろ、このために頑張って文字を覚えたのかと思うと、嬉しいものだ。
そして、その中に、帝国領で保護したエルフの子供たちの物を見つけて――残念ながら、エルフ語で書かれているらしくて私には読めなかったけれど、少しは立ち直ってくれたようで何よりだと思う。
また、虎人の姉弟も手紙を書けない代わりに絵を描いてくれていた。
虎人の手は、筆を持つのに適しているとはいい難く、絵からもその苦労が見て取れた。
なので、お世辞にも上手とはいえないけれど、そうまでして描いてくれたという気持ちが嬉しい。
しかし、少々内容に問題があった。
そこには、当然のように帝国領での思い出が描かれていたのだけれど、口止めをしておくのをすっかり忘れていたことを、今更ながらに思い出した。
もちろん、帝国への潜入自体はもうバレているので、そこが問題にはならない。
ただ、子供たちをお風呂に入れてあげている場面が描かれているところがあった。
もっとも、子供たちの画力の問題で、事情を知っていなければ意味が分からないと思うけれど、よく見ると、全裸の私が虎人の子たちに悪戯をしようとしているようにも見えるはずだ。
いわゆる、「事案発生」の図である。
もちろん、事実とは異なるのだけれど、他人に見られると誤解の素になると思う。
また、これ以外にも、私に見せるには不適切な内容の物もあったそうだ。
もちろん、表現や画力の問題とか、価値観の差によるもので、決して悪気があったわけではないらしい。
それでも、あまりに酷かった物は、シャロンたちの検閲によって弾かれているのだとか。
一応、それらは単純に廃棄されたわけではなく、リテイクのチャンスを与えられているので、最後まで検閲に通らず廃棄されたものは少ないらしい。
個人的にはその廃棄された物の内容も気になるところだけれど、シャロンたちは「ユノ様のお目を汚すわけにはまいりません」と、頑として譲らない。
とはいえ、そうやって隠されると、無性に知りたくなるのが人情である。
どうにか頼み込んで、その中でもマイルドなものを教えてもらうことに成功した。
何だかんだと言いながらも、シャロンは私が本気でお願いすれば、大抵のことは叶えてくれるのだ。
そうしてひとつだけ聞き出せたのが「バブみを感じてオギャる。最高に尊い」という謎のメッセージ。
バブみって何だ?
オギャるってどういうこと?
どこかで聞いたような気もするけれど、思い出せない。
特定の種族とか地域に伝わる格言か何かだろうか?
それはともかく、その人にとって、尊いとまで思うものを否定するのはどうなのだろう?
私を案じてくれるのは有り難いけれど、シャロンには、もう少し余裕というか、寛容さが必要な気がする。
むしろ、私のことを案じてくれるのなら、この界隈にいる虫をどうにかしてほしいところだ。
温暖な気候の土地柄か、虫の類が非常に多く、それが苦手な私には気の抜けない土地でもあるのだ。
本音をいえば、虫除けを常用したい。
しかし、町にはハチとクモといった虫に近い種族もいる。
彼女たちにも若干苦手意識はあるのだけれど、私の決断で迎え入れた以上、私が原因で差別されるようなことは避けなければならない。
それに、この世界ではどうかは知らないけれど、「毒を以て毒を制す」という言葉もある。
何が言いたいかというと、この誕生日という名目で、私に与えられた採用権限を使って、害虫駆除の人材を雇おうと思う。
アシダカグモとか、Gの天敵だというし。
根絶は難しいと思うけれど、彼らの働きに期待したい。
なお、雪風やアイリスたちの騎馬の世話係というか遊び相手に、選抜に落ちてしょんぼりしていたケンタウロス族のアンネリースを雇っている。
もちろん、できることなら、雪風は私自身の手で世話をしたかった。
世話を放棄するわけではないけれど、二正面――それ以上の作戦を展開するに当たって、ここで能力を無駄遣いするわけにもいかない。
それに、雪風が私以外に懐かなかったりしても、後々困る。
なので、私は私のできる範囲で雪風の世話をして、足りない分は人を雇うことにしたのだ。
そこで、彼女なら面識もあるし、丁寧な仕事をすることは知っていたので、任せることにしたのだ。
問題は、雪風の遊び相手はそれなりに危険が伴うことだけれど、本人も「ユノ様が直々に――か、感激です! お任せください! はい! 体力には自信があります!」と言っていたし、大丈夫だと思いたい。
◇◇◇
手紙の次に多かったのは、獣とか魚、果物などだ。
狩猟や農耕など、文明レベルが低い――というか、原始的な生活をしていた人が、それだけ多かったということなのだろう。
もちろん、それが悪いと言っているわけではない。
むしろ、今現在彼らにできる最大限の努力ということで、前向きに受け止めたい。
それが、いかに「そんなの貰っても困る」物だったとしてもだ。
明らかに食用の物はいい。
頑張って食べるよ。
しかし、新鮮さを極限まで追求したのか、生け捕りにされた狼とか熊とかワイバーンとか、しかも群れ単位でとか、本当にどうすればいいのか分からない。
天使もいけたのだし、食べられなくはないと思うけれど、食べたいとは思わない。
美味しそうにも見えないし。
そして、食べなければどうするかを考えると、飼うくらいしか思いつかない。
ペットなら、辛うじてプレゼントとして成立するし。
問題は、野生の動物をペットにすることが可能なのかと、誰が世話をするのかである。
前者は、捕らわれた時によほど怖い目に遭ったのか、服従の姿勢を取りっぱなしである。
この様子なら、何とかなるか?
後者は、アンネリースだけでは手が足りないのは目に見えているし、また適当に人を雇うなりするしかない。
来年以降は、生物をプレゼントにするのは禁止の方向にしよう。
◇◇◇
それ以外のプレゼントは、お花や装飾品など、私がプレゼントと聞いて想像する一般的な物だった。
もちろん、湯の川にはそういった物を扱うお店はまだないので、全てが手作りである。
さらに、時期的にコンペと重なったことも合わせて、他のふたつよりも数が少ないのだと思われる。
とはいえ、数は少なくてもコンペ同様、品質は折り紙付きだそうだ。
コンペと違う点は、コンペのお題になったのは「神に奉納するに相応しい物」だったけれど、これらは普段の私を対象にした、機能性や遊び心を追求したものが多い。
そんな中で、ひと際異彩を放つ物があった。
ドワーフの職人たちを中心とした有志で造られた、高さ十メートル弱の、銀色に輝く私の胸像――いや、巨大ロボ。
ただし、作りかけ。
それでも一応、「メガユノ様」と命名だけはされているそうだ。
なお、“様”まで含めて名前である。
どっちにしても、ネーミングセンスが酷い。
とにかく、それは製作期間が足りずに、下半身とか塗装とか、いろいろと間に合わなかったけれど、プレゼントを無しにするという選択肢が無かったので、そのまま納品されたとのこと。
さすがに、ツッコミどころが多すぎて、どうリアクションをすればいいのか分からない。
なぜこんな物を造ろうと思ったのか。
なぜそれを誕生日プレゼントにしようと思ったのか。
なぜそんなに巨大なのか。
他にもいろいろ。
職人は、物作り以外はポンコツだから、管理してあげる人がいないと駄目というのがよく分かる。
とにかく、ロボットというからには、当然動かせる。
ウィーンウィーンと駆動音を響かせて、腕や首、そして、表情――というか、顔面が動く。
少し怖い。
しかし、なぜ眉まで動かした。
くいだおれるつもりなのか?
さらに、手と手を合わせて幸せ――ではなく、ライブ用の簡易ステージになるとかなんとか、頼んでもいない機能が勝手についてきた。
しかも、ドワーフ族驚異の技術で、音声認識機能が付けられている。
機械に疎い人でも容易に操れるようにという配慮らしい。
配慮するところを間違っている気がする。
なお、Bパーツとやらは来年までに用意するので、それまではオプション装備のキャタピラを使用してくださいとのことだった。
これを、悪ふざけではなく、大真面目に造っているというから驚きである。
職人さんにも、一般常識を学ぶ機会を作った方がいいかもしれない。
そして、自分に似せて造られたロボットに乗り込む本人の気持ちを察せるくらいにはなってほしい。
……彼らなら喜びそうだな。
……それより、これ、どうしよう?
また、グレゴリーを始めとした研究者たちからも、実験過程で入手した異世界産らしい物品の数々を頂いた。
扇風機とか、車のタイヤだとか、電柱だとか――本当にいろいろと。
大半はゴミだったけれど、特に電柱はあっちの世界では手軽な武器代わりによく使っていたので、当時を思い出して懐かしい気分になれた。
ちなみに、彼らはアルの用意していた隠れ里から湯の川に越してきている。
こっちの方が管理しやすいのと、ソフィアが彼らと連絡を取りやすくなるからだ。
◇◇◇
「そういえば昨日、見知らぬ女性がユノ様を訪ねてきまして、これを渡してほしいと――」
メガユノの前で固まっていた私にシャロンが手渡してきたのは、一枚の板状の物――というか、“ハッピーバースデー”と書かれたメッセージカードの添えられたスマートフォンだった。
この世界にこんな物があるのは不自然だし、そんな物を贈ってくる女性にも心当たりがない。
罠かとも思ったけれど、たとえ爆発しても私を害することは不可能だ。
むしろ、普通に起動して、変なインターネットに繋がって、高額請求される方が精神的なダメージが大きい。
『どんな人が持ってきたの?』
「――申し訳ありません。今思えば、もっと警戒してしかるべきでしたのに……。《認識阻害》か《精神支配》にでも掛けられていたのか、昨日のことなのにほとんど思い出せません……。それどころか、今の今まで報告することすら忘れて――」
「いいよいいよ。相手が悪かったのかもしれないし、そんなの相手に無事に済んでいるなら、幸運じゃないか」
シャロンだけでなく、他の四人の巫女までもが伏して額を地面に押しつけるので、慌てて止めるように声をかけた。
放っておくと、自害しかねない感じだったし。
「もったいなきお言葉……。今後はこのようなことがないよう、一層精進いたします!」
しかし、シャロンたちは感極まったような目で私を見上げるだけで、立ち上がろうとはしない。
この大袈裟なところは、もう少しどうにかならないものか。
さておき、その不審者のことは、このスマートフォンに何か手掛かりがあるかもしれない。
いくら私が機械音痴でも、スマホの使い方くらいは知っている。
画面を指で触って操作する――はずなのだけれど、いくら触ってみても何の反応も見せない。
壊れているのかとも思ったけれど、ふと音声認識機能を思い出して、「オッケーシリ」と話しかけてみたが無反応だった。
「ユノ様、いかがされましたか?」
聞こえてしまったらしい。
少し恥ずかしい。
「いや、ひとます危険や異常はないみたい」
「そうでしたか。さすがユノ様です」
何がさすがなのかは分からないけれど、ひとまず誤魔化せたようだ。
しかし、これ以上の醜態を晒すわけにはいかないので、これは後回しにしよう。
『でも、相手の素性が分からないのは面白くないね』
そう言われても、スマホの使い方分からないし。
『ねえ、シャロンにその気があるなら、巫女のスキルを弄らせてもらえないかな? ユノと――というより、ボクを通じてユノに繋がるように――って、何で泣いてるの? 君たちもその目は何? 話は最後まで聞こうよ?』
何だか、朔がヤバいことを言い出した。
なのに、シャロンは両手で口を押えながら滂沱の涙を流し始めて、他の巫女たちも、期待に満ちた目で私を見上げていた。
……そういえば、シャロンたちも充分ヤバい人たちだったな。
『効果が目に見えるスキルじゃないから、調整とか上手くいくとは限らないんだけど? それに、まだ直接の付与はできないから、基になるスキルが必要なんだよ』
「それでも! 私の祈りがユノ様に届くなら、それ以上の喜びはありません!」
「私たちも、その希望だけで更に修行に励むことができます!」
「今日はユノ様が誕生されたことを世界に――ユノ様に感謝を捧げ、貢ぎ物をする日なのに、私たちがこんな素敵な贈り物を頂けるとは――」
「ああ、ユノ様はいつも私たちのことを考えていてくれているのですね!」
「いろいろとつらいこともあったけれど、生きていて良かった! ――今、心の底からそう思います!」
朔の提案はある意味人体実験なのだと思うのだけれど、シャロンたちにはまるで臆したところがない。
ポジティブシンキングが過ぎる狂信者たちに少し引く。
彼女たちの喜びに水を差すつもりはないけれど、こんな声がいつでもどこでも聞こえるのは嫌なので、上手く朔にクッションになったままでいてもらおう。




