幕間 アルフォンス・B・グレイの浮沈
――アルフォンス視点――
やったぜ!
思わずガッツポーズを取りそうになったけど、どうにか最後まで真面目な顔で押し通した。
ユノアイドル化計画。
前世では、敏腕Pとして数多くのアイドルをプロデュースしてきた(※ソシャゲ)俺には、これだけの逸材をスルーすることはできなかった。
前世でユノレベルの素材を手に入れようと思ったら、課金額が恐ろしいことになっただろう。
天井がなければ身を滅ぼしてるかもしれん。
ユノは、その容姿や、一見するとクールに見える性格に反比例して、意外にチョロいところがある。
ついでに、ポンコツ要素も兼ね備えている。
また、自分の容姿については認識してるようだけど、それを誇るでもなく、なぜかバケツを被ることも普通に受け容れている。
それどころか、裸を見られても恥ずかしがるどころか、気にする様子もない。
ちょっと――いや、盛大にズレてる。
世の暴力系ヒロインは少しは見習ってほしい。
だけど、恥じらいがないのは――いや、恥じらいがないわけじゃないんだけど、そのポイントがズレてるというか……。
有り難いような、若干残念なような――とにかく、ユノは他人からどう見られているのかをそれほど気にしていないらしい。
唯一の例外が「神扱い」を嫌がることだけど、他人からどう見られていようが、どう思われようが、ユノがユノであることは揺らがない――と、ブレないところが神様っぽい。
一方で、ユノがユノであることを満たしていれば、それ以外についてはかなり緩い。
だからこそ、アイドルなんて無茶振りでも、やり方次第で言い包められたのだ。
それに、クールに見えるのは完全に見せかけだ。
大人しくなっている時は、大体他人の話を聞いていない。
関係無いことを考えているか、何も考えていないかだ。
さすがに興味がある話は聞いてるみたいだけど、それも話が長くなると、心太のように古い内容から押し出されて忘れていく。
まあ、完全に忘れたわけじゃなくて、変なタイミングで思い出したりするみたいだけど。
何というか、自由すぎる。
可愛いから許すけど。
容姿がそうだからというわけではないと思うけど、本当にネコのように自由に生きているのだ。
いや、ネコにもネコの社会があると考えれば、ネコよりも自由なのかもしれない。
好きな時に好きな所に行けるし、分体とかって反則級能力も覚えたから、拘束することもできないしな。
ネコといえば、ユノの耳と尻尾は、彼女の澄ました顔とは裏腹に、とても表情が豊かだ。
普段はゆったりと左右に揺れている尻尾だけど、機嫌が良ければピンと立てられるし、逆なら力なく項垂れる。
しかも、本人はそれに全く気づいていないのだ。
ちょっとあざといような気もするけど、そんなところも魅力のひとつなのは間違いない。
それに、動揺なんかも素直に表れるので、ユノと交渉する時は、前世のネコ知識がとても役に立つ。
前世で初めてできた彼女がネコ好きだったからあれこれ覚えたんだけど、その彼女が快楽に負けるメスブタだったとは盲点だったわ。
ブタの気持ちなんて分かんねえよ。
フォークで撫でられたら誰とでも寝るのか?
俺はそんなブタにナイフで刺されて死にかけたけどな!
まあ、ネコの知識は、異世界に来て超役に立ってるからいいんだけど。
もちろん、朔やアイリス様たちの協力もあってのことだけど、とにかく、俺は邪神をアイドルにスカウトするという偉業を成し遂げたのだ。
準備期間は短かったけど、著作権の概念すらないこの世界では「どこかで見聞きしたことのあるようもの」に文句を言う奴はいない。
ぶっちゃけ、ユノが可愛らしく着飾って、歌って踊ってれば何でもいいのだ。
それでも、敏腕Pとしては、直接ユノを指導したいという想いもあったけど、他にもやらなきゃいけないことが多かったことと、アイリス様の強い反対にあって断念した。
彼女の独占欲はなかなかのものだ。
ヤンデレの素養があるかもしれない。
楽しみがひとつ減ったのは残念だけど、お楽しみを後に取っておくのも一興だし、レッスンは朔に任せておけば大丈夫だろう。
それからは、ブラック企業も真っ青になるくらいの激務の日々が続いた。
当日のイベントスタッフの手配と教育、各種グッズなどの企画から作成といったイベント関連の物から、家族揃って遊びに来るために領地の仕事の前倒しと、王国では陛下たちのスケジュールも押さえなければならなかった。
なので、それ以外のことが疎かになっていたことは認めざるを得ない。
七番目の嫁――順位を付けるのは好きじゃないし、彼女が最後の嫁であればと思うけど、彼女は悪魔族だ。
五年ほど前、俺は不慮の事故で魔界に落とされた。
そこでいろいろとあって――本当にいろいろあって、現在こういうことになっているけど、彼女には妹がいる。
その義妹に限らず、彼女の家族はみんな魔界にいるんだけど。
それで、何か月かに一度手紙のやり取りをしたり、ごく稀に直に行ったりもしている。
本来なら自由に行き来することのできない場所で、それは手紙であっても同じなんだけど、そこはチート主人公の面目躍如といったところ。
といっても、自分と嫁の《転移》だけで精一杯で、新月か満月の夜のみという制約なんかもあるけど。
で、その手紙で、義妹から魔界から出るための選抜にエントリーしたと報告を受けたのだ。
お義父さんやお義母さんも事前に聞かされていなかったらしく、突然のことに、その日は落ち着いて話をすることもできなかったそうだ。
ちなみに、彼女の家には特殊な事情があって、普通に生活している分には問題はないんだけど、魔界から出ようとしたりすると問題が発生する。
嫁の時も、最後の方は命まで狙われるような事態に陥った。
まあ、いろいろと頑張って、嫁と一緒に魔界を出ることに成功したものの、俺は魔界に攻め込んで、大魔王を殺害しようとしたとして、指名手配犯となってしまった。
そのとばっちりで、彼女の家も、一時は公安的な組織にマークされることになってしまった。
だけど、義妹にはその時の騒動を暈して伝えていたので、彼女は本当のことを知らないのだ。
それで、彼女の両親がその辺りの事情を説明しようとしたらしいんだけど、反対の意思が先行したのか、拗れて上手く伝えられないまま今に至っているらしい。
お義父さんとお義母さんも、彼女の身の安全が保障できているなら反対もしないと思うんだけど。
とにかく、手助けするにも、俺は面が割れているので、かえって危険に巻き込むだけだと思う。
変装や《認識阻害》とかフルに使えば潜入はできるかもしれないけど、どっちにしても男だと目の届かないところもあるし、バレたときのリスクも大きい。
俺が何かするとしても、後方支援の方がよさそうだ。
次に思い浮かんだ解決策は、ユノの力を借りることだったけど、アイドルなんて無茶振りをした直後にこれは切り出しにくい。
何より、あいつに任せると、何がどうなるのかが全く想像できない。
むしろ、こういうときに頼りになるのは、アイリス様の方だろう。
防御と回復にかけては俺以上。
それに、上手くアイリス様を巻き込めば、ユノがついてくる可能性も高い。
何といっても、アイリス様のようなしっかりとしたお目付け役がいるなら、ユノも運用しやすい――かもしれない。
とりあえず、まずはアイリス様と交渉してみよう。
上手くいっても高くつきそうだけど、嫁の安心や、義妹の身の安全には代えられないしな。
◇◇◇
久々にユノの前に顔を出して、まずは楽器奏者が仕上がらなかったことを詫びた。
彼女たちも頑張っていたけど、魔王や古竜に無言のプレッシャーに曝され続けて平気でいられるほど、心が強くはなかった。
もっとユノに魅了させれば、狂信者になって乗り越えたかもしれないけど、さすがに良心が咎めた。
それは今はまあいい。
尻尾を見る限りユノの機嫌はいつもどおり。
話すなら今しかない――けど、アイドルの件を持ちかけた時以上に緊張する。
誰ひとり味方がいないんだから無理もないけど。
だけど、俺がやらなきゃ、嫁が悲しむことになるかもしれない。
頑張れ、俺!
気合を入れて口を開いた直後、何とも言えない不安に襲われた。
ユノとはまた違うもの――その正体はすぐに明かされることになったけど、またも俺の想像の遥か斜め上を行く存在だった。
古の魔王――しかも、神格持ちの、逆立ちしても勝ち目がない存在が三柱。
フレンドリーな態度とは裏腹に、いろいろな意味で俺を試しているのがはっきりと分かった。
ちょっとでも踏み外せば命は無い――今この場ではないと思うけど、俺の運命は終わりを迎えるのだろう。
アイリス様が慎重になっていることからも、絶対に気のせいじゃない。
全く、友達は選んでほしいところだ。
それでも、何がどう転ぶかは分からないものだ。
アイリス様の魔界行きが、アナスタシアさんの後押しで決まった。
ヤマトがピンチなのも知ることができた。
魔界での活動の後方支援するつもりだったけど、こっちに行かないと駄目だろうな。
どっちもかなり難題――っていうか、無理ゲーなんだけど、この状況に間に合わせたかのようなユノの分体っぽい能力のおかげで、どうにかなりそうな気がしてくる。
いや、頼りきる気はないんだけど。
それはそれで違う怖さがあるしな。
でも、分体か。
いいなあ。
しかも、能力の減衰無しとか反則だろ。
そんな能力があれば、嫁に順番を付けることも――ああ、いいこと思いついたかもしれん。




