26 身から出た錆1
「アルフォンス・B・グレイと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。王国貴族とか英雄といった肩書はありますが、ユノとは同郷の誼といいますか、そういうのは抜きで親しくさせてもらっています」
予想より早くアルが再起動したけれど、まだ緊張の色が濃い。
というか、沈黙を続けるのがまずいので、とりあえず口を動かしてみた感がすごい。
「あらあら〜? 緊張しちゃってるのかな? 案外可愛いところのある英雄さんねえ」
当然のように絡んでいくアナスタシアさん。
面倒くさい人である。
「ふむ、ユノの正体を知っておれば、我らなど取るに足らんと思うが」
バッカスさんは人聞きの悪いことを言う。
「ユノ殿と仲良しなのであれば、拙者とも仲良しといっても過言ではないでござる! さあ、存分にユノ殿の可愛さを語り明かすでござる!」
そして、頭のおかしいクライヴさん。
この様子を見る限りでは、三魔神の方に敵意はない。
むしろ、友好的なようにすら感じる。
もっとも、私はそういった気配だとかあやふやなものには疎いので、確証はない。
ただ、鈍感とか空気が読めないと思われたくないので、口にはしないけれど。
「そう言われましても、お三方の名は、私たち人間にとっては特別なものですから……。それに、神と聞いてしまっては――」
「クライヴも言ったように、神であること自体は気にしないでいいのよ? だから貴方もユノちゃんにするみたいに、もっと気楽に接してくれればいいのよ。もちろん、この町の中だけだけどね」
「うむ。それに我ら以上に危険なものと付き合っておきながら、今更であろう」
「何を水臭いことを! 拙者とアルフォンス殿の仲ではござらんか!」
恐縮してしまっているアルに、魔神たちが友好的に――ひとりは肩に手まで回して、馴れ馴れしく話しかけていた。
気さくなお偉いさんというのは、目下の人にとっては結構困るものらしい。
実際に、アルも気の毒なほど困惑しているけれど、さすがにどう口を出せばいいのか分からないので、傍観を決め込む。
「クライヴは、もう少し自覚を持った方がいいわね……」
「そうだぞ。お前さんの領域は今大変なのだろう? こんなところで油を売っている場合か?」
「大変なのは、拙者の領域ではなく、極東でござるよ。そっちは担当が違うでござるし、拙者が手出ししたりできないでござるよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 極東が大変って、どういうことでしょうか!?」
何か気になったことでもあったのか、アルが血相を変えて魔神たちのやり取りに口を挟んだ。
そこには、先ほどまでの遠慮とか恐縮といったものは感じられない。
それだけ深刻な問題なのか。
「いくらアルフォンス殿とはいえ、この件は拙者の口から話すべきではないのでござるが――」
「お願いします! ――そうだ、これを!」
なぜか渋るクライヴさんに、アルが何かの包みを取り出して手渡す。
「こ、これは――!?」
「これはまだ流通前の見本ですが、品質には問題ありません。というか、製品版は既に予約が多数入っていまして、通常の手段で入手するのは数か月後になるかと――」
「おい、ちょっと待って」
アルがクライヴさんに手渡していたのは、日本の書店で売っているような、グラビア写真集のような物――というか、そのもの。
それも、私が被写体の。
製品ってどういうこと?
それを売るつもりなの?
私に許可もなく?
というか、いつ撮ったの?
「拙者と貴殿との仲ではござらんかあ! おお、おお! これは素晴らしい――巻末お楽しみ袋綴じ!? 意味はよく分からんが、ドキドキするでござるよ!」
クライヴさんが、包みから取り出した本を高く掲げて、感動の涙を流していた。
この神、情緒不安定すぎてヤバい。
というか、この状況でアイリスが黙っているということは、アイリスもこれを知っていたのか?
アイリスの方に視線を向けると、ふいと顔を逸らされた。
こんなアイリスを見るのは珍しい。
まあ、アイリスも関与しているなら、あまり変な写真は載っていないということで、そこは安心してもいいのだろうか?
『見られて恥ずかしい顔や身体をしているわけじゃないでしょ』
朔もか!
「今回はイレギュラーですけど、販売するのは基本的に町の中に限定していますし」
「ユノさん、綺麗に写ってましたよ」
「まあ、実物には敵わんわけじゃが」
「さすがに、写真には匂いとか味はないしね」
「すまん、後で話そうと思ってたんだ」
「フフフ、俺も、観賞用、保管用、食用と、三百部ほど予約を入れさせていただきました」
朔の発言を切っ掛けに、みんなしてたたみかけてきやがった。
というか、知らなかったのは私だけか。
私はみんなのプライバシーに配慮して、監視をするようなことは控えていたのだけれど、逆に私のプライバシーとか肖像権が侵害されていたとか、何の冗談なのか。
それに、見られても恥ずかしくないというのは、見せつけたいということ同義ではない。
勘違いしてもらっては困る。
というか、アーサーは買いすぎ。
そんなに買ってどうするつもりなのか。
それと、写真集は食べ物じゃないよ?
「そんなことより、極東の話を――」
おっと、アルが強引に話を元に戻した。
それがアルにとって重要な話なことは分かるけれど、私の肖像権とかを「そんなこと」呼ばわりは酷いのでは?
「おっと、そうだったでござるな。うむ、あれは確か、今年に入ってしばらくした頃だったか、【オルデア共和国】が極東の――【ヤマト】に侵攻を始めたのでござるよ」
お隣が戦争中とか、それは結構な事件ではないのだろうか?
クライヴさんもこんな所に来ている場合ではないのでは?
「ちょっと待ってください。精々が中堅程度の共和国の国力で、しかも、海を越えた先にある島国を攻めるのは、さすがに無理がありますよ」
聞いたことがない国ということは、遠い国のことだと思うのだけれど、そんなところの情勢なんて、アルはよく知っているな。
貴族だと必修科目なのかな?
貴族も大変だねえ。
「だが、事実としてヤマトは侵略されていて、完全に陥落するのも時間の問題でござる」
「ええ!? そんな……! どうして……!?」
クライヴさんが嘘を吐く理由が無いので、恐らく事実だと思うのだけれど、アルには信じられないようだ。
いや、知り合いでもいて、それでショックを受けているのか。
しかし、私にとっては遠い地で起きている、特に関心の無いことで、「大変だなあ」と思うくらいだ。
もちろん、面倒ごとに巻き込まれないように、沈黙している。
「不可能を可能にする力。――お前さんにも心当たりがあるだろう?」
「勇者の力――ユニークスキルですか? でも、ひとりで一国を攻め落とすようなのは、インフレしすぎじゃ……? ユノじゃあるまいし」
いちいち人を引き合いに出さないで。
「あまり詳しくは言えんのだが、能力自体はそう特別なものではなかったのだが、システムの想定外の事態になっておるらしくてな」
「もちろん、システムだって完璧じゃないから、そういった事態が起きるたびにアップデートされるし、そういうときのために神がいるんだけど……」
「少々事情があって、神は静観を決め込んでいるでござるし、システムもいつまで経ってもアップデートされないのでござる」
こんな事態は初めてだ――と頭を抱える三魔神を余所に、みんなの視線が私に突き刺さる。
心当たりはあるけれど、あれに関しては双方に非があることだと思う。
向こうから手を出してきて、私がやり返しすぎた。
言い訳をするつもりはないけれど、一方的に被害者面をされるのは面白くない。
「やはりそうではないかと思っておったが、お前さんが関係しておるのか……」
みんなが私を見るからバレたじゃないか。
まあ、隠し通すのは不可能だと思っていたので、それ自体は構わないのだけれど。
「神の怒りに触れたとか言ってたから、その時にかしら? まあ、仕掛けたのはあっちが先みたいだけど……。それで済む問題じゃないのが、頭の痛いところね」
「さすがユノ殿でござる! 可愛いは正義! 正義は必ず勝つでござる!」
三魔神――アナスタシアさんとバッカスさんが、頭を抱えて溜息を吐く。
クライヴさんだけは、いつもどおりの壊れようだった。
しかし、他に味方がいないせいか、少しだけマシに見えてしまう。
「あれは不幸な出来事だった」
撃っていいのは、撃たれる覚悟がある人だけ――なんて言うつもりはない。
むしろ、撃つなら絶対に殺すつもりで、撃ち返されなくなるまで撃つべきだと思うし、撃ち返されて文句を言うのは、自身の能力不足も含めてお門違いだと思う。
それなら最初から「撃ち返さないで」とお願いしておけばいい。
聞くか聞かないかは別だけれど。
とにかく、私も殺す気で撃ち返した――当時の記憶はあやふやだけれど、そうだったように思う。
あの時にきっちり殺せていれば、後の問題は少なかったのではないかと思う。
とはいえ、どんな経緯があったとしても、できなかったものは仕方がない。
主神は朔に感謝した方がいい。
「それは分かってるんだけどねえ……」
「どんな理由じゃとしても、敗者が勝者に何かを要求するのはおかしいじゃろう」
「それも確かにそうなのだが……」
『ユノに責任の一端があるのは理解したけど、それでどうしたいの? まさか、ボクらに解決させようってわけでもないんでしょ?』
なぜ私が?
まあ、「未来志向」というのは良い言葉だと思うけれど、それは一方的に要求することではないはずだ。
『人間同士の戦争に神が出張るなんて聞いたことがないし、そうだとしても自分たちでやった方が確実でしょ?』
「ヤマトが落ち、その後、拙者の領域にまで侵攻してくるようなら、そうするのでござるが……」
「よほどの理由がない限り、神は他の神の領分を侵さないものなのですよ」
なぜかここでアーサーが口を挟んできた。
「そうなの?」
「アーサー君の言うとおりなのよ。私たちはもっと状況が悪化しない限り、手を出すことはできないの」
「神としてなすべきこととは、己の守護する概念や理念に従い世界を守ることなのだ。国や人を守ることではないのだ」
「今回の場合、ヤマトという国は消えても、人や世界は残るのでござる。だが、もしも拙者らが介入し、その地の神をも巻き込んだ争いに発展すれば、人も国もなくなってしまうでござる」
なるほどね。
全てに同意するわけではないけれど、一理はあると思う。
特に、人間同士のことなら、戦争とか、多少の逸脱は許容する姿勢はとてもいいと思う。
「そんな……」
ショックを受けているアルには悪いけれど、人の世界のことは人の手でということだ。
『だったら、何をそんなに問題視してるの?』
「侵略の方法が禁忌スレスレなのよね……」
こっち見ないで。
あー、あー、聞こえなーい。
「うむ。このままでは、あれは世界に大きな遺恨を残すだろう。それよりも問題なのは、オルデアの神が、それを容認している節があることだ」
「初動が遅れたこと、偶然が重なったこと、それが周到に用意されていたこと。――今では、拙者らでも苦労するような状態でござるよ」
力尽くで覆して終わりという状況じゃないということだね。
それは大変だ。
私の出る幕じゃないね。
「そんな……。それだとヤマトは……」
アルが救いを求めるようにみんなを見渡す。
止めて。
そんな目でこっちを見ないで。
「残念だけど、問題はもうヤマトの行く末どころの話じゃないのよね」
「お前さんがいくら英雄であっても、あれは無理だろうなあ」
「ヤマトより西は拙者の領域! この命に代えても、ユノ殿や湯の川には手出しはさせんでござるよ!」
「極東ということは、青竜がおったのではないか? かなりの高齢じゃとは聞いておるが、古竜であれば、己の縄張りを荒らされて、大人しくしておるはずがないじゃろう?」
三魔神の会話に、今度はミーティアが横槍を入れた。
しかし、竜は加減を知らないから、出てきたら出てきたでヤマトはピンチなのではないだろうか?
「それが、なぜか全く動きを見せてないそうよ」
「あのババアが? それは考えられないな……。なら、もうくたばっていたのかもしれんな」
アーサーは青竜と面識があるのかな?
友好的という感じではないようだけれど。
「――行かないと」
そんな会話の間に聞こえた、聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声。
しかし、私の耳は、強い意思の籠った、力強さを感じる声を聞き逃すことはない。
「止めておけ。無駄死にするだけだ。それより貴様にはまだやるべきことが残っているだろう」
「そうでござるよ。貴殿には期待しているのでござるよ」
みんなにも聞こえていたらしい。
アーサーとクライヴさんがアルを止めたけれど、心配しているのは、アル本人より、アルの企画力とかだろうか。
「嫁のひとりがヤマト出身なんですよ! 嫁の故郷がなくなるのを知ってて、黙って見過ごすなんて――嫁を悲しませるようなまねはできません!」
『矛盾してない? アルフォンスが死んだら、奥さん悲しむと思うよ?』
「俺は死なない――死ぬときは、家族に囲まれて畳の上って決めてるんだ。何があっても絶対に生きて帰る! それに英雄だ何だっていわれてるけど、俺は諦めが悪いだけなんだ。諦めちゃったら俺が俺でなくなるんだよ!」
あれ?
アルが輝いて見える。
ああ、不可能を前にしても頑張る主人公。
確かに格好いいかも。
ちょっと胸がキュンとしたよ。
できるかできないかじゃなくて、やると決めたからやる。
いいね!
「あらあら、男の子ねえ。でも大丈夫? 敵は強大よ?」
「それでこそ、やり甲斐があるってもんですよ!」
「その禁忌が、お前さんの世界の言うところの、戦車だとか艦船だとか航空機なのだが、勝算はあるのか?」
「できるかできないかじゃない。やるかやらないか――それだけです!」
とてもいいね!
「それぞれが、陸海空を埋め尽くすほどらしいでござるが」
「……」
すごいな、アル。
単身で軍隊に挑むのか。
まあ、残された奥さんたちのことくらいなら、うちで面倒を見てあげよう。
もちろん、彼女たちと一緒に、アルが無事に帰ってくることを祈っているけれど。
というか、時代が時代なら映画化されそう。
「……ユノ、手伝ってくれない? っていうかさ、ヤマトが滅んだらいつかここにも攻めてくるよね? だったら早目に対処してた方がいいよね!?」
……私の感動を返せ。
とはいえ、「行く」と言ったのを撤回しないとか、「手伝い」に限定した辺りは評価するべきだろうか。
それに、確かにうちに面倒がかかる可能性も皆無ではない。
何より、まだアルには利用価値があるし、死んでもらっては困る。
頭の中で、朔が(素直じゃないなあ)などと言っているけれど気にしない。
「仕方ないなあ。手伝うだけだよ?」
トラブルに自分から首を突っ込むなんて私らしくない。
しかし、さっきのアルはちょっと格好よかったし、またそんなアルが見られるなら、手伝いくらいはしてもいいかなと思う。
「マジか! ありがとう、ユノ! 恩に着るよ!」
「あ、でも、マカがどうとか言っていたのはいいの?」
「マカ? ああ、魔界か。そっちはアイリス様にお願いできればと思ってたんだけど……」
「ちょっと待ってください! 私もユノも、この町でやらなければいけないことが山ほどあるんですよ!?」
「ユノさんのライブはどうするんですか? みんな楽しみにしてたのに、がっかりしちゃいますよ?」
「ちょっと待ってほしいでござる! ユノ殿のライブが中止になるなど、拙者は断じて許容できぬでござる! そうなるくらいなら暴動を――いや、拙者が共和国を滅ぼすでござる!」
「待て、クライヴ。俺も一緒に行ってやろう。……ユノ様の晴れ舞台の邪魔をする奴らなど、この世界に存在する資格はない!」
「ちょっと待って! 魔界ってどういうこと? 魔界で何をするつもりなの――そもそも、貴方、魔界へ行けるの!? って、クライヴとアーサー君も、莫迦なことを言わないで」
「ちょっと待ちなさいよ! ユノは魔族領での調査もあるでしょ!? そっちはどうするつもりなの!?」
「ちょっと待て、それは本当に大丈夫なのか? 余計に大事になったりはせんか? それにクライヴよ、お前さんあの女と戦えるのか?」
ちょっと待てちょっと待てってうるさいなあ。
それは私の台詞だよ。
みんなどうして面倒事ばかり持ち込もうとするの?
「能力的には問題ないのじゃろうが、ユノが絡むと、なぜか物事が明後日の方へ進むからのう……」
「ああ、情報収集とか準備とか何やらありますし、そんなにすぐには出発できないんで、少なくともライブはきっちりとやりますよ。それまでに、アイリス様にもきちんと説明をしますから――」
「ならばいいのでござるが。――いや、第二回公演が遅れるようなことがあってはならんでござる」
「うむ。共和国、滅ぶべし!」
「嫌ですよ。私はこれからユノとここで幸せに暮らすんですから」
「えええ……。話くらいは聞いてくださいよ……」
「魔界は禁忌――とまではいかんが、軽はずみに手を出すべきではないのだが……」
「だから、魔界のこと教えなさいって!」
「魔界や極東より、レティを呼ぶ方が重要でしょ! お爺ちゃんもアンデッド辞めちゃったんだから、いつまでも時間があるわけじゃないのよ?」
「うん? アンデッド辞めたってどういうことかしら? ユノちゃん、後でお話聞かせてもらえる?」
問題が複雑化――というか、取っ散らかっている気がする。
迷走しているのは、私だけじゃないと思う。
そもそも、助けてもらいたいのは私も同じなのだけれど……。
誰か助けて。




