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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第六章 邪神さんの子育て大作戦
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21 歌ってみた

 想定外の出来事にもたついている間に、開けっ放しにしていた扉からゾンビが侵入してきてしまった。


 もっとも、子供たちは眠ってしまった時点で回収していたので、被害が出ることはない。

 私自身も、存在を薄めてみると、ゾンビたちは獲物を見失ったのか、再び彷徨(さまよ)い始めた。


 というか、用事も終わったし、さっさと帰ればよかったのだけれど、ゾンビの群れの中に、比較的新鮮なエルフの子供のゾンビを見つけてしまったのだ。

 そこで、どうしたものかと考えているわけだ。




 そもそも、ゾンビとは何なのか?


 この世界の人たちは、人や動物が死ねばそうなるものだと(はな)から受け容れているので、ゾンビの生態――というか、仕組みはよく分かっていないらしい。


 瘴気が発生原因のひとつではあるようだけれど、ゾンビを作る魔法というか外法も存在するらしいし、瘴気だけが発生原因でもないらしい。

 理由もそうだけれど、発想もわけが分からないよね。

 後者の方は、瘴気というか狂気だし。


 死体が動くことはまだいい。

 いや、あまりよくはないけれど。


 なぜ人を襲うのか。

 なぜ共食いはしないのか。


 疑問はいろいろあるけれど、この世界の人は、「ゾンビだから」で済ませてしまう。



 ということで、私なりに考えてみよう。


 まず、肉体はあるけれど、当然、徐々に腐っていく。

 肉が無くなって、骨だけになればスケルトンになるかというとそうでもない。

 スケルトンはまた別の魔物で、例えるならサルとチンパンジーくらいに違うけれど、興味の無い人には同じに見える。



 さておき、ゾンビとかスケルトンには真っ当な精神が無く、魂も明確なものは存在していない。

 それくらいは見れば分かる。

 あまり凝視したい物ではないけれど。


 ただ、魂と魔素――魔力には似ているところがあって、基本的に魔素は何にでも宿るので、死体にも一応は宿る。というか、残留思念なんかにも宿る。


 宿ったのが死体だけなら何も起きないと思うのだけれど、残留思念などと魔素や瘴気がそれと結びつくと、アンデッドとなるのではないかと思う。

 その際に、肉付きの死体ならゾンビ、骨だけならスケルトン、器が無ければゴーストとなって? ――その辺りのことは、今はどうでもいいか。


 ということで、重要なのは残留思念の方で、それが魔力やら瘴気やらで活性化して、疑似精神のようになっているのかな?


 人――というか、生者を襲うのは、憎しみとか恨みとか――ではないかな。

 攻撃性にはなっているようだけれど、同士討ちをしないところを見ると、生者とアンデッドを区別していると思っていいだろう。

 生者だけを襲う理由は――それも今はいいか。



 とにかく、一般的に信じられているように、ゾンビなどのアンデッドを倒したからといって、その人の魂が解放されるとかそういうことはない。


 時折、グレゴリーやヴィクターさんのような、名前だけのなんちゃってアンデッドがいるけれど、あれらは明確な魂や精神があるので別物だ。

 ソフィアのような吸血鬼に至っては、アンデッドの属性というか特性を持った、特殊な亜人といった方が正確だ。


 もっとも、この世界には一貫性がないというか、でたらめな法則が存在しているようなので、「こう」とは断言できないけれど。



 とにかく、アンデッドを斃して解放されるのは、死者の魂ではなく、生きている人の心の方なのだろう。

 なので、私がゾンビを破壊したり、十六夜に食べさせたりしても、特に意味は無い。


 しかし、ふと「人として、合理性だけで判断していいのか?」と思ってしまった。



 他人と自分を比べることにも大した意味は無いと思うのだけれど、元から「人として大事なものが欠けている」と言われ続けていて、更にごっそり人間性を失っているらしい私には、人間性の確保とか育成というのは、非常に重要なことではないだろうか?


 今はその意味が分からなくても、とにかく形からでも入ってみれば、いつかは何かが分かるのかもしれない。




 などと、気紛れで何かしてみようかと思っても、いきなりだと何をすればいいのか分からない。


 現代日本的に考えれば、通夜や告別式などの手配なのだろうか。

 今この場でできるのは、精々それらをすっ飛ばして、火葬や埋葬をすることくらいだ。

 というか、火は熾せない――火炎放射器くらいしか持っていないので、埋葬一択になるのか?


 そもそも、現代日本では、死者がゾンビになることは考慮されていない。


 そうなると、後学のために司法解剖するべきだろうか?

 いろんな意味で無理だ。


 日本式は諦めて、異世界的に考えれば浄化してあげるのが最善なのかもしれないけれど、塵にすることや塵ひとつ残さず消滅させることはできても、浄化はできない。

 というか、浄化って何だ?


 まあ、人には向き不向きというものがあるし、できないことは仕方がない。

 私は私のできることを、できる範囲でやればいいのだ。


 というか、目を閉じて、息を止めていてもあまり長居したい場所ではないので、さっさと終わらせて帰りたい。




 私にできることから逆算してみる。



 火葬は――無理をすればできなくはないか?

 火炎放射器で、異世界の頑丈なゾンビを消却できるのか? 油でも撒くか? 

 しかし、それではもう火葬というより放火、若しくは爆破ではないだろうか?



 埋葬はできる。

 掘って落として埋めるだけ。

 浅いと這い出てくるかもしれないけれど、百メートルも掘れば出てこられないだろう。

 ただ、個別対応は面倒臭い。



 後は、お線香をあげるとか、お供えをするくらい?

 またご飯でも出すか?

 でも、アドンには効かなかったしなあ。



 お線香といえば、セットに読経か。

 ファストフード店のセールストークみたいだね。


 もちろん、経文を覚えていないので無理だ。

 いや、女は読経! なんちゃって。


 ……そもそも、神ほどではないにしても、仏にも良い感情はない。

 何だよ、56億7千万年後に救済するって。

 そんなの、「後でな!」的な、体の良い断り文句じゃないか。



 しかし、読経は無理でも、鎮魂歌を歌うくらいならできそうな気がする。

 歌の練習は最近ずっとしているし。


 とはいえ、父さんがクラシックとかが好きだった影響で、私もBGM代わりに聞いていた程度なので、歌詞なんてほとんど分からない。

 まあ、そういうのは気持ちの問題なので、鼻歌でも、間違っていても構わないだろう。


 それに、コマーシャルなんかでも流れていたりして、よく覚えている部分もある。「Dies irae」とかいうあれだ。

 意味はよく分からないけれど、レクイエムなのだし、きっとこういう時に歌うものなのだろう。


◇◇◇


――???視点――

 ――歌が聞こえる。


 闇に沈んでいた意識が、急速に浮上する。

 力を失って以来、永い時間を眠り続けていたからか、何を歌っているのか、それがどんな意味を持っているのかは判然としない。


 ただ、母の腕の中――いや、胎内にいるかのような安らぎを覚える、その歌声の元へと意識を向ける。



 ――――我が目を疑った。


 驚いたなどという言葉では――言葉では到底表現できないほどの衝撃を受けた。


 瘴気に汚染されて、穢れた地となってしまったかつての聖地の、大量のアンデッドが徘徊する真っただ中で、女神のような美しい少女が無防備に歌っていたのだ。


 アンデッドどもがその少女を襲わないことより、心なしかアンデッドがご機嫌に見えることよりも、その少女の美貌、そして美声に一瞬で心を鷲掴みにされた。


 力を失い、百年以上も眠りに就かざるを得なかったとはいえ、神である私がだ。


 もっとも、神といってもピンキリで、私はその中でも下位に属する――司っている能力や守護する理を持たないただの土地神だが、それでも、神を魅了するなどただ事ではない。


 美の女神――実際は秩序の守護者だったか、その美貌ゆえに前者の名で呼ばれることが多い女神で、かくいう私も彼女に尻尾を振った愚か者のひとりであるが、ここにいる少女は、その女神と比べても何ら遜色のない――いや、別次元の美しさを有している。


 両者を並べてどちらが美の女神かと百人に問えば、百人が百人――むしろ千人が(※ひとり当たり10回投票する計算)ここにいる少女を指すだろう。


 そもそも、美の女神の本性を知っている者からすれば、一見優しそうなその笑顔も、気を持たせるための邪悪なものだと知っている。

 あの性悪女は、そうやって男どもを(たぶら)かし、自分の良いように扱き使っていたのだ。


 あの女に入れ込んでこの地を守護することを(ないがし)ろにして、ここまで荒廃させたかつての私は、愚かだったと認めざるを得ない。

 だが、あれほど一途に尽くした私が、こんなにも苦しんでいるのに、助けてくれないどころか、存在自体を忘れられているかのように音沙汰がないのがその証だ。


 死ねばいいのに――と、いつもなら思うところだが、ささくれ立った心に優しく染み渡るような歌声のおかげで、過去のことなどどうでもいいことに思える。



 なぜ彼女がこんなところで歌っているのかは、やはり分からない。


 ただの人間が死者のためにというなら分かるが、ここにいるのはアンデッドであり、生ある者にとっては討伐対象だ。

 仮に、人間より上位の存在――天使や神であるなら、世界の維持のため、一刻も早く浄化をしようとするだけであろう。


 他に思いつくような理由もなく、それならば、もしかして私のために――と思ってしまっても無理はない。



 しかし、その理由はすぐに判明した。


 この地を汚染していた瘴気が浄化されていく。

 それだけでなく、祝福され、急速に力を取り戻している。


 瘴気の浄化はシステムにしかできないはずなのだが……。

 彼女は一体何者で、何をやっているのか――と疑問を抱く。


 だが、そんな私の疑問などお構まいなしに、事態は急激に変化していく。



 瘴気に汚染されて死滅していたはずの大地から草花が芽吹き、あっという間に色取り取りの花を咲かせて大地を鮮やかに染め上げたかと思うと、その生を謳歌するように、歌声に合わせて揺れている。



 蘇ったのは草花だけではない。


 アンデッドもまた、時の流れを逆しまにしたかのように、生前の姿へと戻っていく。

 そして、それは表面上の姿形だけではなく、心臓が鼓動を始め、生を取り戻した個体までいる。


 もっとも、生き返ったのは全体から見ればごく一部で、それ以外のアンデッドは、実に満足そうな様子で瘴気と共に浄化されて塵になっていたが。


 草花は、種が生き残っていた――これほどの数が生き残っていたとは考えにくいが、そう考えれば辻褄(つじつま)も合う。

 だが、一度アンデッドになった者が生者に戻ることは、奇跡でもありえない。



 何が起こっているのか、神である私にも――神であるがゆえに理解できない。


 しかし、実際に瘴気を浄化したに止まらず、清純な魔素で満たされたこの地は、かつてのように聖地――いや、それ以上の浄土に変貌(へんぼう)し、蘇生不可能な状態の死者も蘇り、土地神である私の力も急速に回復している。


 システムのようなインチキではなく、真の奇跡を目の当たりにしているだ。




『ユノ、やりすぎ』


 どこからともなく聞こえてきた声によって歌が止み、それまで閉じられていたそのお方の目が開かれた。


 どんな宝石よりも美しい深紅の瞳は、その神秘さと合わせて、そのお方の――ユノという御名なのだろうか、その美貌を一層引き上げるものであった。


 私は、やはりユノ様こそが、真の美の女神なのだと確信する。

 いや、慈愛の女神も兼ねておられるに違いない。



「さすがです、お母様」


 今度はユノ様の足元、ユノ様とよく似た人形から声が発せられる。


 恐らく、その人形がユノ様の被造物で――「お母様」というのはそういう意味であって、ユノ様が子持ちということではないはずだ。

 そうであってほしい。



 ともあれ、この状況がユノ様のお力によるものだということがはっきりした。

 せめて、ひと言お礼を申上げねば。


 そうは思うものの、実体を取り戻すには今しばらくの時間が必要らしく、お礼を言うどころか、声を出して気を惹くことさえできない。



「いや、私のせいじゃない。――そう、春が近いからだよ。きっとそう」


 しかし、そんな私の心情を察したのか、ユノ様が自らの功績を否定された。


『春が近くなったらゾンビが人に戻るの? まあ、いいけど。で、この人たちはどうする――って、村に送るしかないか』


 またもやどこからか発せられた声の言うとおり、春になったくらいで瘴気が晴れたり死者が蘇ったりすることはない。

 恐らく、私を気遣っての言い訳なのだろう。


 これほどのお力を持ちながら何と優しく、そして謙虚なお方なのか。

 これは是非ともお礼をし、そして、少しでも恩を返すためにお仕えしなければならない。



「あ、ほら、きっとあれのせい」


 そう言ってユノ様が指差した先には、心地良い魔素を発する、一本の小さな樹の苗があった。


 ――まさか、世界樹か!?


 永く生きてきた私でも、実物は初めて見る――というよりも、世界樹とはシステムのことだとばかり思っていた。


 しかし、これを見れば、システムが世界樹を模したものであることは一目瞭然。

 自らの無知を恥じるばかりである。



『……こんなの残していく方が問題じゃない? といっても、人間の手でどうこうできるものじゃないと思うけど。とにかく、気が済んだならそろそろ帰ろう』


 待ってくだされ――という間もなく、ユノ様は「そうだね」とひと言言い残すと、生き返った人間たちと共に忽然(こつぜん)と姿を消した。


 《転移》ひとつとっても、空間や魔力の歪みも全く感じさせない見事な手腕。


 そして、これだけのことを成しておきながら、恩のひとつも着せようともしない人格。


 ユノ様のような御心までもがお美しいお方は、去り際すらも美しいものだった。

 あのクソ女神なら、何を要求されるか分かったものではないが、あんなクソと比べるなど、ユノ様に失礼というもの。



 ともあれ、私は早急に復活を果たし、ユノ様に直接お礼をお申上げねばならない。


 私は、受けた恩には報いるタイプなのだ。

 どこに去っていかれたのかは分からないが、あれだけ素敵なお方なのだから、痕跡はどこかに残されているはず。


 それに、私は鼻が利くのだ。


 絶対に見つけてみせる。

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