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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第六章 邪神さんの子育て大作戦
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20 デジャヴュ

――ユノ視点――

 廃教会の中では、何だかよく分からない怪物が「神」だと崇められていた。

 神性どころか、知性すら感じない怪物――魔物ではなく、怪物である。


 この世界の生物には「怪物」という分類はないけれど、真っ当な生物ではなさそうなそれは、「怪物」というのが相応しいと思う。



 さておき、神扱いされて困惑していたなら共感もできたかもしれないけれど、満更でもないというかご満悦状態で、しかも生贄を食べているとか、擁護のしようもない。


 世間一般では、私とあれが同じカテゴリーになるの?

 見た目も中身も――というか、共通点なんかどこにも見当たらないと思うのだけれど。

 勘弁してほしい。


 こういうのを放置しておくと、私にまで悪評がついてきそうなので、できれば処分したい。

 いや、する。

 それはもう、塵ひとつ残さないレベルで。



 しかし、もしもあれが本当に神の眷属だった場合を考えると、問答無用で乗り込んでの実力行使はまずい。

 あれが仲間を呼んで、何万とかに増えても困るし。


 いっそ、暗殺するか?


 ひとまず、子供たちだけをこっそり回収して、後はバレないように全てを隠滅して――いや、証拠など大して意味の無いこの世界では、疑われた時点でアウトなのだ。



 だったらどうするか。


 開き直って堂々と乗り込んで、話術と策略で勝負しよう。


 普通の相手なら採用しない案だけれど、あれはどう見ても知性を持ち合わせていない怪物だし、さすがに話術で負けるとは思いたくない。


『ユノだって一応は神のカテゴリーにいるんだから、それを利用すればいいんじゃない?』


 という朔の有り難いアドバイスに従って、簡単なシナリオを用意して――子供が食べられそうになったので、慌てて突入した。




 あまり自分が神だと喧伝するのは嫌なのだけれど――大体は「コイツ何言ってんだ?」と思われるのが関の山だし、信じられたら信じられたで面倒だし。

 というか、神なんて虫と同レベルで嫌いだし、そんなものと同列になるなど考えるだけで(おぞ)ましい。


 それに、その場限りのことだと思って適当なことばかりやっていると、いつかツケが回ってくる。

 そんな気がしてならないのだ。


 とはいえ、私の感情的なことで、せっかくの作戦を台無しにするのは合理的ではないし、それに、子供を食い物にするのも感情的に許せない。



 こうやって、確たる正解のない決断を迫られることは往々にしてある。


 恐らく、神にだって正解は分からないのだろうし、自分が望む未来に対して、少しでもマシだと思う方を選ぶしかないのだ。




 とにかく、私も神なのだし、貢物をもらってもいいよね? という、かなり強引な論法で子供たちを回収して、神を騙っていた怪物を処分した。


 本当に神か否かは分からないけれど、少なくとも、神の怒りは落ちていない。


 というか、それを確認するために、領域を解放するどころか展開すらもせず、分かりやすくポーズまで取って、極めて限定的な世界の改竄を行ったのだ。

 いや、むしろ、ポーズは効果を限定するために有効なので、必要だったといえる。



 世界の改竄といってもお遊び程度のものだったので、神域を使えば無効化とか軽減もできただろう。

 少なくとも、クライヴさんあたりなら、簡単に突破してきただろう。


 しかし、今回の結果は。「なす術もなかった」らしい。

 つまり、これは神ではないと思う。

 いや、神であるはずがない。

 それでも神だと言い張るなら、私への挑戦と看做す。

 受けて立とう。


 結果的に、ただの怪物に対して世界の改竄はやりすぎた気もするけれど、神を騙っていたのも悪いので、私だけの責任ではない。


 そもそも、神を騙るのは重罪ではなかったのか。


 神よ、無能なのは仕方がないにしても、怠惰なのはどうかと思うよ?

 私ばかりに嫌がらせをしていないで、少しは真面目に仕事をしてほしい。



 つまり、全責任は神にある。


 そう考えると、なぜに私が神の仕事を肩代わりしなければいけないのかと腹が立ってくる――いや、これもある意味嫌がらせなのだろうか。


 おのれ、神め。



 それはともかく、身体が半分吹き飛んでいたのに再生を始めたことには少し驚いた。

 そして、再生過程がとてもキモい。



 とはいえ、朔による魔法再現実験で、神の怒り《極光》の再現にも成功した。


 残念ながら、《極光》のように見えるだけの領域での干渉なので、朔に遮断してもらわないと嗅覚とか触覚とか果てには味覚までがダイレクトに伝わってくる。

 これでは使い道は少ないと思う。


 それに、威力的にはまるで比べ物にならなかったので、それを指摘したところ、

『ユノの能力で調整無しに撃ったら大惨事だよ。再現で一番気を遣ってるのは、使用可能なレベルに威力を落とすことだよ?』

 と、反論されてしまった。


 言われてみれば、私のやっている世界の改竄にしても、イメージを補完するための動作などを加えることで効果を限定したりしているし、朔の魔法再現にしても、そういう苦労があるのかもしれない。



 《極光》擬きを受けた怪物は消滅して、以降復活の気配は無い。


 まあ、《極光》に見えるだけで喰ったのだから、当然なのだけれど。

 我ながら悪食である。



 それでも、結局あれが何だったのかはよく分からなかったのだけれど、継ぎ接ぎの魂――とでもいうようなものは、恐らく自然のものではないだろう。

 朔がまともな情報を読み取れなかったというだけで、その酷さが分かる。


 何らかの事故――ならまだいいのだけれど、人為的なものだとすると、面倒なことになるかもしれない。



 タイミングを見て、王国かアルに情報を流すべきだろうか?

 いや、そもそも禁忌に触れるようなことなら、さっさと神が処理すればいいのだ。


 無能なだけとか怠惰なだけならまだしも、その両方とか、それに人の話を聞かないし、暴力的だし――おっと、いけないいけない。

 神が絡むとなぜか熱くなってしまうのは悪い癖だ。


『ユノはどちらかといえば働き者だけど、有能か無能かの判断は難しいね。というより理解不能かな? 性質が悪いよね』


 上手いことを言ったつもりなのか。

 何か言い返そうかとも思ったけれど、あながち間違っていないような気もするし、藪蛇になりそうなのでスルーしておいた。




 気がつくと、子供たちは全員眠ってしまっていた。


 私が与えたヤク〇ト擬きで、栄養状態などは良くなっているはずなので、心配はないけれど、よほど疲れていたのだろう。


 こういうのを見ると、もう少し早く助けてあげればよかったと思ってしまうものの、そうすると救う人と救わない人の境界線とか、それは神的に見てどうなのかとか、いろいろな問題が出てくる。


 下手をすれば、私の本来の目的の妨げにもなるかもしれないし。

 それでも、公平性を理由に何もしないよりは、縁があった人を助けるだけでも大サービスだと思う。



 それに、全ての人に対して安易な救済などしようものなら、間違いなく神に怒られる。


 普通に考えれば、全てが救済された世界はそれで完結してしまうわけで、全てが死滅した世界と大差がない。

 それと比べると、気分で見殺しにしたり依怙贔屓(えこひいき)したりする不公平な神の方が健全だ。

 だからといって、攻撃対象にされるのを受け容れるつもりはないけれど。



 とにかく、生き残った子供たちの回収を阻むものはなくなった。

 今後のことや、区切りをつけるのに必要であれば、最後まで見届けさせるのもいいかと迷っていたけれど、この先は残酷なシーンが含まれる可能性が高い。

 下手をするとトラウマを増やすだけになりかねないし、見ないで済むなら、その方がいいのかもしれない。



「お呼びじゃなかったみたいだし、帰るね?」


 目を焼かれてのたうち回っている邪教徒の皆さんに、一方的に告げる。

 どのみち聞こえていないだろうし、挨拶する必要も無いかなとも思ったけれど、誰も見ていないからと手を抜くのも違うような気がしたのだ。

 今は見られていないとはいえ、子供たちの前だし。



 さておき、彼らに生き残られて、私の情報が洩れたりすると困るので、玄関を開けっ放しにして、ゾンビが入れるようにしてから帰るつもりだ。

 対処としては、これで充分だろう。



「なぜだ!? お前が邪神だというなら、なぜ弱者を救済する!? なぜ供物や祈りを捧げた私たちにこんな仕打ちをする!?」


 さて帰ろうか――というところに、先ほどからいちいち私に突っ掛かってきていた邪教徒さんが、絞り出すように叫んだ。


 なぜなぜと訊かれても、彼の望む答えは返せそうにない。

 強いていうなら、そういう流れというか、気分だから。


 そもそも、邪神が弱者を救済をしないと誰が決めたのか、そもそも、弱者と強者の線引きはどこにあるのか?

 それに、彼らの崇めていたのは、あの変なのではなかったのか。


 何か勘違いしているというか、価値観が違うというか――しまった、うっかり真面目に聞いてしまった。



「強いとか弱いとか、私にとっては何の意味も無い言葉だよ? 貴方が救済の対象に入らなかったのは、貴方のこれまでの言動が帰結しただけのことだと思う」


 無視して帰ろうかと思ったけれど、彼らに残された時間も残り僅かなことだし、言い残したいことがあるなら聞いてあげてもいいのかもしれない。


 ついでに、扉を開いてロスタイム開始。



 さておき、彼は他人を――それも子供を生贄にするような人が救われるとか、本当に思っていたのだろうか?

 やはり、価値観が違いすぎて、何をもって救済とするのかも違う気がする。


 聞くだけ無駄かな。



「なぜだ!? それなら私より帝国の方が、世界の方が間違っているだろう! なぜそっちを壊さない!?」


「貴方たちが間違っているから救わないわけじゃない。ただ、貴方たちの性根が気に入らないから救わないだけ。というか、間違っているって、何がなの?」


「そ、そんなもの、全てが――」

「世界を理不尽だと思うのは、程度の差はあっても誰だって同じだよ?」


 まともな答えを期待した私が莫迦だった。


「いい歳した大人が、『自分は悪くない』って拗ねるだけで、他には何もしない。そうやって、漠然とした幸運に期待しているより、何かしら努力した方が建設的だと思うのだけれど? 貴方が向き合う必要があったのは、世界ではなくて、貴方自身。本心から、弱さから、みっともなさから、いろんなものから目を逸らして、世界だ何だと言い訳で覆い隠していると、それで得られるものは本質からかけ離れたものだよ? それに、仮に貴方の考える正しい世界というのが与えられたとしても、自分と向き合わずに停滞している貴方と、前に進もうと努力している人たちの差は依然として存在している。結局、貴方が変わらないと、新しい世界でも貴方の立場は変わらないと思うよ?」


 いやあ、我ながらすごく喋ったものだ。

 内容は自分でもよく分からなくなったけれど、雰囲気だけでも伝わればいいかな。

 無理かな。


「違う! 間違っているのは世界だ! そうだろう!? 何で私が――」


 無理だった。


 私の言っていることが正しいかそうでないかは別として――それ自体に大した意味は無いのだけれど、限られた状況の中で取捨選択しなければならないのは、彼に限ったことではない。


 帝国の皇帝や、恐らく、神にしてもそうだろう。

 もちろん、私だってそうだ。

 みんな、どこかしらに不満や不自由を抱えている。


 それを、自分だけが不幸であるかのように思い込んで、あまつさえ他人に迷惑を掛けるとか、子供の我儘ならともかく、いい歳をした大人がやっても見苦しいだけだ。



 酷い現状に嘆きたくなる気持ちは分からないでもないけれど、悪いのは「運」だけだったということも珍しくない。

 そんな中でも頑張っている人なら、応援してあげたくなるのだけれど。


 しかし、多様性とか可能性を広げるという意味では、彼のように全力で駄目な方向へ振れる人が出てくるのも仕方がないことなのかもしれない。

 そして、残念ながら、そういうのは死んでも治らないことは実証済みなのだ。



「でもまあ、ここでこうして会ったのも何かの縁かもしれないし――」

「わ、私たちも救済していただけるのですか!?」


 期待感を煽る言葉に反応したか、初めて中心人物っぽい男の人以外の邪教徒さんが声を上げた。


「ある意味では、救済なのかな?」


「「「おお、神よ……」」」


 現金なもので、邪教徒さんたち口から安堵の息と感謝の声が漏れる。




「おいで。――食べていいよ」


 おもむろに取り出した邪神くん2号に指示を出す。


 その直後、邪神くんが裏返って、例のあれが溢れ出した――と思うのだけれど、モザイクが掛かっているのでよく分からない。


 何度もバージョンアップを繰り返して、一を聞いて十を実行するようになっていた邪神くん2号は――もう「2号」を取るか? むしろ、邪神くんさんと呼ぶべきかもしれない。

 なんちゃって。

 とにかく、私が何かを言うまでもなく、私の意を酌んでくれるようになっている。

 このモザイクも、自発的に掛けてくれているのだ。



「う、うあわああ!?」


「ぎゃあああああ!」


「な、なぜだ! なぜこのような仕打ちを!?」


 邪教徒さんたちの口から、今度は困惑の声や悲鳴が漏れる。



 なぜこんな仕打ちをって、もちろん、死ねば今の苦しみからは解放されるからだ。

 もっとも、彼らは死んだ先でも――生まれ変わったとしても不満を言っていそうだけれど。

 なので、邪神くんさんに食べてもらって、転生もできないようにしてあげようと思ったのだ。


 ただ、なぜか邪神くんさんはゆっくりと、苦痛や恐怖ができるだけ長引くような喰らい方をしている。


 私がそう望んだとでも思っているのだろうか?


 いや、それを感じられるのも、彼らが生きている証だ。

 元々ゾンビに食べさせるつもりだったので、腐敗臭がない分マシかもしれない。

 それに、最期くらい、精一杯生きていることを実感してもらうための配慮と考えれば、悪くないのかも?



「ぐう……こんな、こんなことが許されると、思っているのかあ!」


 などと言われても、許されたいなんて思っていない。

 むしろ、許さないならどうするのか。

 そのための余地も残しているのだろうから、自分の能力の範囲で、精一杯抵抗してほしいと思う。


 それに、ある程度耐えられたなら、本当に助けてあげてもいいかもしれない。



「ああ、いや、いやだ! 死にたくない! た、たす――」


 残念ながら、そんな根性がある人はいないようで、聞こえてくるのは悲鳴と許しを請う声ばかり。



 ちなみに、映像に関してはモザイクが掛けられているので、かなりグロ度は緩和されている。

 音声の方は――咀嚼(そしゃく)音も立てずに静かに食べてはいるものの、捕食されている人の口から漏れるいろいろな物や、血生臭さや汚物の臭いはいかんともし難い。

 そこはまた工夫をした方がいいかもしれない。




 結局、助けてあげようと思えるほど頑張った人はいなかった。


 もっとも、モザイクのせいで頑張っていたのかどうかはよく分からなかったのだけれど、別に約束したわけでもないし、「死人に口なし」という便利な言葉もあるので問題無い。


 とにかく、室内に残されているのは、眠っている子供たちの他には、賞味期限が切れていてたり、ゾンビ化直前の肉片だけ。


 それと、なぜか元の人形の形に戻らなくなった邪神君さん。


 食品衛生的に、腐っていなければ大丈夫かと思っていたのだけれど、性根が腐っていても駄目だったのだろうか? 

 それとも、魔王とか私の創った失敗作とか、いろいろ食べさせすぎたせいか?



 いや、それなら天使をしこたま喰った私はどうなるのか?


 いやいや、私のことは今はさておき、邪神くんさんが、ドラム缶くらいの大きさのモザイクの塊から元に戻れないでいるのは、どうすればいいのだろう。


 ひとまず、このまま持って帰るか?

 そう思った直後、邪神くんさんの塊が激しく波打つように泡立ち始めた。

 タイミング的なこともあって、少し驚いてしまった。



 いくらモザイクが掛かっていても、これは少し――いや、かなり気持ち悪い。

 というか、時折モザイクから、見えてはいけない物がはみ出している。


 心情的には置いて帰りたいところなのだけれど、そんなことをすればどんな騒ぎになるのか分からない。

 むしろ、騒ぎで済めばいい。

 最悪、また神の怒りが落ちるかもしれない。


 そうなると、それを防ぐ力までは持っていない邪神くんさんと、この辺り一帯が消滅してしまう。


 それ自体は問題では無いけれど、状況証拠すら無しに私の責任にされるかもしれない。



 そんな心配を余所に、モザイクの塊を突き破るように、血塗れの腕が出現した。

 続いてもう片方の腕、そして頭とモザイクの中から這い出してくる。


 どこかで見たことのある光景だ。



『ちょっとホラーな光景だね』


 朔がそれを言うかな。


 これは、朔が初めて実体化した時の様子によく似ている。

 といっても、朔の時は影だったけれど、邪神君さんのそれはどうも肉――モザイクの塊らしく、グチャグチャという粘っこい音と血の匂いで、かなり恐怖度はアップしている。

 最初に見たのがこっちなら、私も卒倒していたかもしれない。



 そんなことより、なぜこんなイレギュラーばかりが起きるのか。

 とにかく、みんなにどう言い訳すれば丸く収まるかの方が重要だ。


『ボク知らない』


 朔があっさりと職務を放棄した。


 ここで朔に見捨てられるのは非常に厳しいのだけれど、だからといって安易に泣きつけば、今度は何をさせられるか分かったものではない。


 とにかく、何が出てくるのかを確認してからでないと、言い訳も考えられない。



 しばらくして、再び裏返ったというか、出現したのは、身長六十センチメートルくらいの人形だった。


 恐らく邪神くんさんだと思うのだけれど、以前までののっぺりとした外見とは違って、黒髪に紅眼の、どう見てもデフォルメされた私である。

 もちろん、耳と尻尾と翼に輪っかも、デフォルメされた可愛らしい物が標準装備だ。


 さておき、先ほどまであったはずのドラム缶サイズの何かがなくなっていることはまだいい。

 人形が服を着ていないことも、今はいい。



「初めまして、お母様。このたび、めでたく受肉を果たしました――ええと」


『……名前、付けてあげれば?』


 なぜか自律行動するように――というか、自我を持ってしまったらしい。

 前者はまだ想定の範囲内だったけれど、後者は完全に想定を超えていた。



 どこからツッコめばいいのか――いや、まずは名前だったか?


 朔は新月の時だったから――今は二十六夜くらい? 

 さすがに二十六夜は言いにくいので、さっきと同様に「二」を取って十六夜(いざよい)でいいかな?



「十六夜」


「素敵な名前をありがとうございます。十六夜は、これからもお母様のお役に立てるように精進しますね」


 人形なので表情は動かないし、口調も平坦なので、喜んでくれているかどうかの判断は難しい。

 どのみち、役所に届けたりするわけでもないので、気に入らなければ後で変えればいいだけかもしれない。


『今日は二十六夜じゃない? どういう経緯で「二」が取れてるの――いや、ユノのやることに理屈を求めちゃ駄目だった。それより、何で受肉してるのに人形のままなの?』


「お母様のお役に立つのに、様々なものに左右される肉の器は不便ですから。それに、お母様の味覚などの好みは把握していますので、人形だから分からないとかできないというお約束もありません。ご安心を」


『ユノよりしっかりしてるかも』


 言わないで。

 どこかにオチがあると思っていたのに、先回りして潰されるとは。


 いや、それより先に「お母様」呼びをどうにかするべきだった。


 ナチュラルにスルーしていたけれど、よく考えればスルーしてはいけないものだった気がする。

 スルー力が高すぎるのも考えものだね。

 いや、そんなことより、今からでも――

「というわけで、よろしくお願いしますね。お母様」


 また先回りされた。


 これも優秀さの証だと考えれば悪いことではない、のか?

 上手く思考がまとまらないけれど、呼び方も後で修正すればいい。


 全く、問題ばかりが増えて嫌になる。


 いや、十六夜が嫌ってわけじゃないからね?

 そんなに悲しそうな顔をしないで?

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しいお話ありがとうございます。 『普通なら成功することなどないと採用しない案だけれど』の部分では、うまく意味が読み取れず、しばらく止まってしまいました。『普通なら「成功することなどない」…
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