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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第六章 邪神さんの子育て大作戦
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19 場違い

『気のせいかな? 呼ばれた気がしたんだけど』


 それがいつの間に――いつからそこにいたのか、答えられる者はひとりもいなかった。


 不自然なほどの美少女が、極めて自然にそこに在る。


 しかし、生物特有の、アンデッドにすらある気配――乱れが一切無い様は、まるで絵画の中の世界に迷い込んだかと錯覚させるほど現実世界との乖離(かいり)が激しく、整合性の取れない者たちの正気度を削っていく。


 それでも、表現のしようがない感情を呼び起こす美しさが、誰もが経験したことのない存在感となって、彼らの意識を呑み込んでいた。


 少女の周辺は、悩みも苦しみもない、完成された世界だった。

 そんな荘厳な雰囲気を(たた)えている存在の登場に、邪教徒は当然として、怪物や草木ですら、呼吸を忘れたかのように静まり返る。




 少女にも、彼らの反応は予想外のことだったようだ。

 何らかの反応があるものだと思っていたのに、まさかの無反応である。


 しかし、状況的にも精神的にも限界だった者たちにとって、魔素――神気を纏う少女の登場は、思考停止するに充分な出来事である。


 彼らの理解できる範疇(はんちゅう)にない事態に、正常性バイアスすら働かない。

 そんな彼らが心の均衡を保つためにとった反応は、思考を放棄するというもの。


 その均衡も、その少女がこの場には相応しくない、可愛らしい様子で首を傾げたことで、脆くも崩れ去った。



 動きがなければ現実か幻かの区別もつけられず、さきに彼女が発していた言葉も「気のせいだったかもしれない」と流すこともできていた。

 しかし、少女のあざといようにも見える、それでいて可愛いから許せる仕草で彼らが受けた衝撃は、決して幻ではなかった。


 もっとも、その衝撃で思考能力が戻ったものの、混乱度合は更に増しているため、状況は悪化しているのだが。



「貴方が私を呼んだの? って、答えられる状態じゃないか」


 少女は、彼女の抱きかかえている少年に問いかけてみたが、返事がない。


 不思議なことに、少年の混濁(こんだく)していた意識は明瞭になっていて、直前まで抱いていた恐怖や憎悪も嘘のように霧散していたが、その問いに答えられるほど状況は把握できていないし、体力も回復していない。


 少年は、彼にもよく分からない謎の充足感で満たされていて、「このまま死ねれば幸せだろうな」――と漠然(ばくぜん)と考えることしかできず、精神的にも答えられる状況ではなかったのだ。



『まあ、来ちゃったものは仕方ないとして。――何? この酷い有様? ないわー』


 少女のその声も、容姿に相応しい美しさだったが、その内容は白々しく、感情が籠っていなかった。

 それでも追及を受けないのは、この場にいた全員が少女の存在に心を奪われていて、話の内容が上滑りしているからである。



『うーん、とにかくこれを飲みなさい。育ち盛りなんだから、しっかり食べて、思いっきり遊んで、いっぱい寝なきゃ駄目じゃない』


 少女はそう言うと、乳白色の液体が入った小瓶を取り出し、少年の口に(あて)がった。


 それは、上品な甘さを備えた濃厚なミルクのような、それでいて爽やかな酸味が後味をすっきりと整える――少年が今まで感じたことのない、えもいわれぬ感動を少年に与えた。


 しかし、少年が得たのは感動だけではなかった。


 全く力の入らなかった身体にも、急速に力が戻ってきたのだ。



「ほら、貴方たちも飲みなさい」


 部屋の隅で転がっていた奴隷の子供たちが、いつの間にか少女の足元に集められていた。


 少女は、その子供たちにも順番に、同様の液体を与えていく。


 すると、意識も定かではなく、心身共に虚ろだった子供たちの目にも光が戻った。

 中にははっきりと覚醒して、体を起こす子供もいた。



「な、何だ!? 何をやった!? お前は一体どこから――何者なのだ!?」


 その様子を見た男が、本能のままに声を荒げて誰何(すいか)した。



「オ、オデノメシ、カエセ!」


 それに触発されたか、奥で呆気に取られていた怪物が、聞くに堪えない濁声(だみごえ)を上げる。


 そして、手にしていたエサを投げ捨てて、ゆっくりと巨体を起こすと、少女に向かって歩きだした。



「そ、そうだ! それは我らの神への供物! 神に捧げたものを奪うなど、許されぬ行為だぞ! ただで済むと思うなよ!」


「オ、オデ、オメ、モ、クウ! ウマソウ」


 そう言って駆け出そうとする怪物と、恐怖に身を竦める少年少女、そしてこれから起こるであろう惨劇に、妙な興奮を覚える邪教徒たち。



「それなら、私が受け取っても問題無さそうだけれど」


 しかし、いつまで経ってもその瞬間は訪れない。


 少女は、その白魚のような指の一本を怪物に向けて差しているだけなのだが、離れた位置にいる怪物は、そこに縫いつけられたかのようにぴくりとも動けないでいた。


 不自然な姿勢で、声も出せずに固まっている怪物の様子から、少女が何かをしているのは明らかだった。



「貴方も神なの? 神性は感じないし、全くそうは見えないのだけれど……。もしかして、神格と神性は別の物なのかな?」


 少女が魔法やスキルを使ったような様子はなかった。


 使ったとしても、この怪物には通じるはずがない。

 エルフの子供たちはそれを知っていたし、邪教徒たちも皆そう思っていた。



「まあ、そうだね。確かめてみようか。貴方は何を司っている神で、何を目的としているのかな? ああ、口だけは動かしていいよ」


「オ゛オ゛オオ゛オオオア゛アア゛! オメ、クウ! オカス! クウ!」


 少女の問いかけに、怪物は耳障りな咆哮で返すだけ。



「ただの勘違いした獣かな? いや、いろいろ混じっている? というか、うるさいなあ」


 少女は人差し指を怪物に向けたまま、親指と中指で輪っかを作ると、いわゆるデコピンのような要領で中指を弾いた。

 それと同時に、その先にあった怪物の上半身が「ボン」という大きな破裂音と共に爆発して、肉片が辺り一面に飛び散った。



 それは、またしても非現実的な光景だった。


 村でも有数の戦士たちが、なす術もなく殺されていく様子を目の当たりにしていた子供たちも、それが神だと信じて疑わなかった邪教徒たちも、自分たちの目で見たことが信じられない。


 少なくとも、怪物が発していた威圧感や妖気から、間違いなく悪魔や邪神に類する存在だと思っていた。

 それが、こんなに簡単に退治――いや、駆除されるとは思いもしない。


 しかも、それを成したのが、争いとは全く無縁に見える美少女である。



「ああもう、汚いなあ。なぜ私が尻拭いを――。というか、神の名を騙るのは駄目だって知らなかったのかな? まあ、しょせんは獣だし、仕方ないか」


 少女は見えない誰かと話しているかのように何事かを呟いていたが、何かに納得したのか、最初に問いかけてきた男に向き直る。



「私が何者か、だったかな。私は通りすがりのただの邪神で、ユノっていいます。たまたま近くにいた時に――恐らく、この子に呼ばれたので来てみました」


 またもや思考能力が欠落していた邪教徒だが、「邪神」と聞いて色めき立つ。


「貴方たちのペット? を殺しちゃったのは悪かったと思うけれど、神を騙る方が悪いんだよ? まあ、せっかくだからこの子たちはもらっていくけれど。――おいたするのも程々にね。じゃあ、そういうことで」



「ちょっと待てえ!」


 一方的に告げて去ろうとするユノと名乗った邪神を、特に何も考えていない男が呼び止める。


「いきなりやってきて、我らの計画を台無しにしておいて、それでも神か!? いや、そもそも本当に神なのか!?」


 男は混乱の真っ只中にあり、自分が何を話しているのかを理解していない。

 ただ、混乱はしていても――混乱しているからこそ、そこには本性が出る。


 弱者を虐げる強者は、彼の理想とするところ。

 強者は強者として振舞わなければならない。

 強者が弱者を虐げることはあっても、救うことなどあってはならない。


 男は、自分たちが神だと思っていたものを、少女が殺したことを受け容れられずに思考放棄していたが、それでも奴隷を救済するのは違うと感じていた。

 むしろ、救済されるべきは自分であるはずだと、根拠のない確信があった。

 そうして、勝手に「裏切られた」と感じた男の怒りが、ユノに向けられた形になったのだ。



「いや、別に貴方に信じてもらう必要は無いのだけれど? でも、子供たちにそんな目で見られるのはつらいなあ」


 しかし、ユノの興味は専ら奴隷の子供たちに向けられていて、男の怒声など意にも介さない。



 その男以外の邪教徒と奴隷の子供たちは、どう受け止めていいのか分からず狼狽していた。


 確かに、ユノは人知を超えた美しさと強さを兼ね備えているようだが、カジュアルな感じの服装に軽い感じの口調といい、キュートに動く猫耳と尻尾もあって、彼らの中にある神のイメージからは程遠かったのだ。


 彼らには、追い詰められた状況で現れた、現実感の乏しい矛盾の塊のような存在は測れなかった。



「あ、あの、ご、ごめんなさい」


 ユノの「つらい」という言葉に反応した、ユノの腕の中にいるエルフの少年が、突然たどたどしく謝罪を始めた。


「どうしたの?」


「か、神様なんてだ、大嫌いだとか、それにし、死んじゃえとかって思って……」


「いいのよ! もっと思っていいのよ? 貴方、すごく良い子だね。ここだけの話だけれどね、神って何があっても助けてくれないくせに、嫌がらせだけはしてくる悪い奴なの。全部の神がそうじゃないかもしれないけれど、大体はそんな感じなの」


 少年は、なぜか妙に神ディスりを推奨してくるユノに戸惑ってしまうが、それに答える機会は訪れなかった。


 上半身をごっそりと吹き飛ばされたはずの怪物が、再生を始めたのだ。



「ふひっ、ふはは、見ろ! 我らが神はまだ死んではおらん! お前が何をやったのかは知らんが、神を殺すことなど不可能――」


 逸早くそれに気づいた男が、得意気にそれを指差して吠える。



 しかし、全員の見守る中、怪物を包むように積層型魔法陣が浮かび上がると、次の瞬間には天を貫くような光の柱が出現した。


 その光は音も熱も発していなかったが、程なくして光が収まった時には中にいた怪物の姿はなく、それどころか、血痕や肉片などの痕跡すらも残されていなかった。



「目が、目があ!?」


「うわあああ!? 目が見えない! 助けて!」


 その閃光を直視してしまった男や邪教徒たちは、あまりの光量で目を焼かれてそれどころではない。


 子供たちの頭には、なぜかバケツが被らされていたので失明は免れた。

 しかし、突然暗闇に包まれることもまた恐怖であったのか、何人かはそのまま意識を失ってしまい、そうでない子も、外で起きている阿鼻叫喚とでもいうような騒ぎに怯えきっていた。


 例外は、ユノ自身が視界を塞いでいた少年だけだったが、そうでなくても、彼はユノだけを見ていたので被害はなかったかもしれない。



「再現度はすごいと思うけれど、威力が低すぎない? ――――そうなのかな? まあ、これからだね」


 少年には、ユノが誰と何を話しているのかは分からなかったし、何が起きているのかも理解できなかったが、それでも最後まで見続けていたいと思った。


 しかし、いくら体が動かせるようになり意識もはっきりしてきたとはいえ、つい先ほどまで生死の狭間にいた少年の体力は限界に近い。


 少年は、襲い来る睡魔と懸命に戦っていた。


 眠ってしまうと、またあの悪夢に戻ってしまうのでは――と思うと、衰弱とともに鈍くなっていた恐怖が再び心を蝕む。



「大丈夫。終わったら起こしてあげるから、今はゆっくり眠りなさい」


 しかし、そんな少年の抵抗も、ユノの微笑みと優しい言葉であっという間に崩れ、その腕の中で安らかな寝息を立て始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく読ませてもらっています。 「積層型魔方陣」についてですが、正方形の魔法陣が積み重なっていると考えて良いのでしょうか。それとも「積層型魔法陣」の誤変換でしょうか。直後の光の柱がよ…
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