16 真に恐れるべき存在(ブーメラン)
パーティーとしての全体的なレベルアップは早々に諦めた。
個々のレベルアップを重ねて、とにかく死ににくくする方向で進めることにした。
むしろ、小手先の技術に頼らず、レベルを上げて物理で殴って、HPで受けた方が安定する。
ついでに死線を越えさせておけば、お遊び感覚や甘さも抜けるかもしれない。
そのためには、とにかく敵を斃させる。
とはいえ、私には彼らのちょうどいい相手というのが分からない。
明らかな格下が相手では大して経験を得られないそうだけれど、無理をして時間がかりすぎたりしても効率が悪い。
もちろん、死んでしまったりすれば元も子もない。
何にしても、時間制限もあることだし、最初から欲張っても仕方がない。
とりあえず、この辺りのゴブリンを狩り尽くしたときにまた考えればいいと、早速行動に移す。
ひとり先行して、片っ端からゴブリンを捕まえては武装解除して、ユウジさんたちのいるところへ投入する。
パーティープレイをするつもりは毛頭ない。
時間がもったいないので、遊ばせる時間が発生しないように、領域で広域を探査して、手当たり次第に収穫していく。
そして、距離的に離れすぎている所から投げ入れるのはゴブリンの耐久力的に無理なので、ユウジさんたちに分からない位置から、領域を使って投げ入れる。
それでも何割かのゴブリンは着地に失敗してそのまま死んでしまうけれど、生き残ったゴブリンは良い感じに弱っているので、ポンコツな彼らの相手にはちょうどよさそうだった。
武装を解除しているので、致命傷を負いにくいのもいい。
とにかく、安全な相手で数をこなさせる。
もちろん、万一に備えていつでも援護できるようにはしているけれど、実際に手を出すのはギリギリまで待つ。
簡単に助けてしまっては成長しない。
そうして、余計なことをしたり考えたりできる余裕が無い状況へ叩き込む。
これで、多少矛盾があったところで気のせいということで押し通せるだろう。
人目があるところでは、普通の冒険者に見えるように気を遣わなければならないのだ。
例えば、タンクなら敵を《挑発》して注意を自分に惹きつけたり、魔法使いならそれっぽい詠唱をしたりなどだ。
しかし、物理アタッカーとしては武器が使えない問題が解決していないし、使える魔法も種類が少ない。
そういう意味ではタンクはまだやりやすい方だとしても、人目を気にせずやれるならそれに越したことはない。
そもそも、そんな形に拘っていたら効率悪そうだしね。
最初は混乱していたユウジさんたちも、戦わなければ死ぬ状況だと理解すると、否応なしにでも応戦するしかない。
最初こそもたついていた彼らも、順応してくるにつれて、そしてレベルが上がるにつれて、徐々に余裕も出てくる。
しかし、判断を誤ったり、渾身の攻撃で息の根を止めきれなかったり、あまつさえ落ちてくるゴブリンの落下点に入ったりしてピンチに陥ることもままある。
それでも、軽微な反撃を受ける程度なら無視するのだけれど、戦闘続行に支障が出そうな場合は、時間がもったいないので手を出さざるを得ない。
なお、彼らはそれを先刻見せた投擲によるものだと思っているようだけれど、実際は、彼らから見えていないことをいいことに、不可視化した領域で攻撃している。
枝垂桜のような感じで領域で戦域を覆って、必要に応じてゴブリンの行動を阻害したり、場合によっては攻撃したり。
もちろん、普通に投擲してもできなくはないのだけれど、下手をするとユウジさんたちがその余波でダメージを受けかねないので、こちらの方が安全で確実なのだ。
それに、世界に悪影響を及ぼさないように配慮もしているし――それこそ、システムが提供している魔法よりはよほど世界に配慮しているので、神の怒りとかは落とされないと思う。
もっとも、今更神の怒り程度で私がどうにかなるとは思わないけれど、間違いなく、アイリスたちに私のしていたことがバレる。
そっちの方が怖い。
そんなことを考えながらやっていたからだろうか。
神への不満と、集団お説教の恐怖のせいか、力加減を誤った。
生きているものも死んでいるものも、全てのゴブリンが一斉に破裂してしまった。
いや、私がやったのだけれど。
もちろん、ユウジさんたちがそれで負傷するまでの失敗はしない。
ただ、獲物の供給が途切れてしまった。
彼らからは見えていないのに――見えていないからこそ、テヘッと誤魔化すように自分の頭を叩いて、急いで追加分を放り込んだ。
ユウジさんたちに怪我はなかった。
しかし、少しばかり盛大にパニック状態に陥っていた。
ゴブリンの血や臓物、そして自らの吐瀉物や汚物に塗れて、半狂乱になってゴブリンたちに襲いかかっている。
もう、どっちがゴブリンか分からない。
汚物を武器にこそしていないけれど、吸血鬼と戦っていた魔族の人を思い出してしまった。
もしかすると、先ほどのあれが、私からの警告だとでも思ったのだろうか。
確かにショッキングな光景ではあったものの、それで私が彼らに危害を加えると思われているのは心外だ。
やるならとっくにやっているし、今となっては見るも悍ましい姿になっているので、手を出すのはもう不可能だ。
◇◇◇
いろいろなものに塗れて、大地――というより、血溜まりと臓物の中で大の字になって、放心しているユウジさんたちの様子を見に戻る。
肉体的に、また精神的にも疲労の極致にあることは分かっているのだけれど、レベルアップ具合や、まだ正気を保っているのかまでは分からない。
特に、極限状態の中で――その中にあったとしても、いい歳をして、粗相をしてしまった彼らの精神状態が気にかかる。
精神はまともに見えても、狂っていることもあったり――湯の川の狂信者たちとかのことだけれど、狂ったまま安定していることもあるのだ。
とにかく、装備は貸与のつもりだったけれど、もう回収は諦めざるを得ない。
というか、改めて辺りを見渡すと、ものすごい惨状である。
相変わらずグロに耐性のない私には、かなりきつい。
小さな集落ひとつ分のゴブリンが肉塊になっているのだから、無理もないけれど。
さておき、本来なら残心の重要性を説くところだけれど、この有様では何を言っても届かないだろう。
ひとまず、見た目に優しくない全てを、朔から取り出した大量の水で押し流した。
ユウジさんたちも一緒に押し流されたけれど、このどさくさに紛れていろいろと処理をしてもらおうという、私なりの配慮である。
「ユノさん、さすがにこれは無茶苦茶ですよ!?」
「死ぬかと――殺されるかと思いましたよ!」
「矢が全然足りない! 接近戦は苦手なのに、ナイフで戦うしかなかったんですよ!?」
「うう……。魔力が切れたら何もできないのに……」
そして、戻ってくると同時に、不満を垂れ流していた。
よかった。
不満が出るということは、まだ正気は保っているようだ。
「矢が無いとか魔力が足りないなら、石でも投げていればいいじゃない。それよりレベルは上がった?」
さすがに投石と弓矢の殺傷能力は比べ物にはならないけれど、乱戦で弓矢を使うにはかなりの練度が必要だと思う。
現に、彼女は的に当てるどころか、まともに射つことさえままならなかった。
とち狂って矢を投げるくらいなら、石でもいいだろう。
それに、落とし穴を作ったり石礫を射出したりする程度の魔法なら、最初から石を投げていた方が遥かにマシだ。
いや、それも運用次第だと思うけれど。
もちろん、それだと魔法の練度が上がらないというのも理解できるけれど、そういうのはもう少し余裕のあるときにやればいい。
そもそも、彼女の実力で、乱戦の中で魔法を使うなんて、弓以上に危うい。
「超上がりましたよ!」
「ならよかったじゃない」
成果が上がっているのにケチをつけるとか、これがモンスタークレーマーというものだろうか。
というか、何の代償もなしに強くなれると思っていたのだろうか?
「連続撃破ボーナスなんて初めて聞きましたよ!? 効率はすごかったですけど、そういうことは先に言ってくださいよ!」
「でも、最初に聞いてたら、絶対無理だって思う条件だよね……」
「レベルが上がったのは良かったんですけど、水掛けるなんて酷いですよ! 私、泳げないんですよ!? それなのに、トイレの水を流すみたいに――」
「止すんだ、メイコ。その話題は止めよう」
「あ、その、ごめんなさい。わざとじゃないの……」
「と、とにかく! 連続撃破ボーナスってすごいですね。戦いが終わってホッとしたのは事実だけど、ボーナスが途切れてちょっと残念に思う自分がいたりして」
「あー、分かる! 最後の方、何か楽しくなってきたしね!」
「でも、休んでると経験値入らないし――あっ、石でも投げてろってそういうことだったんですね!」
何の話か分からなかったり、触れてはいけない話題が続いたけれど、要するに物足りないということだろうか?
これが俗にいうツンデレというものか。
というか、これだけ喋る元気があるなら大丈夫だろう。
「それじゃ、次行ってみようか」
「え!? いや、その、言葉の綾ってやつで……」
「もう少し休憩したいなーって……」
「むしろ今日はもう終わりでも……」
「無理無理! 無理無理です!」
詳しくは知らないけれど、ツンデレとは、素直になれずについつい反対のことを言ったりする人のことらしい。
まだ日も高いし、ここで切り上げるなんて考えられない――ということは、内心ではやる気満々だと受け取っていいのだろう。
その割には本気で嫌がっているように見えるけれど、甘やかしすぎては駄目なのはエルフの子供たちにも通じることだ。
そして、あの子たちからすれば、今の彼らの状態など生易しい。
「そんなに喜んでくれると鍛え甲斐があるなあ。ほら、立って」
「何でそうなるんですかあ!?」
「つべこべ言わない。ほら、走って行くよ!」
ツンデレかどうかは別として、彼らの愚痴に付き合ってはいけないのは理解した。
「走るってどこにですか……?」
「ここから二十キロメートルくらいの所に、もう少し大きな集落があるから、そこを襲おうか」
「二十キロメートルって、ほぼハーフマラソンじゃないですか……」
「しかも不整地だよ!? 山岳マラソンだよ!?」
「レベルも上がったみたいだし、準備運動にちょうどいいでしょ」
レベルアップ直後には、能力に感覚が追いつかなくて、しばらくは慣らしが必要――だと聞いたことがある。
それが本当なら、戦闘中とかにレベルアップすると困るのではないかと思う。
なぜそんな仕様にしたのか、私には全く理解できない。
もしかすると、神は莫迦なのかもしれない。
「私、魔法使いなんですけど……。体力はないんですけど……」
「魔法使いだって、体力がないとこの先やっていけないよ? といっても、今すぐには無理か。うーん、仕方ない」
魔法使いだから体力がなくてもいいという理屈は分からないけれど、すぐにどうこうなるものではないことも事実だ。
「何ですか? 丸太なんて取り出して……。っていうか、ユノさんの《固有空間》ってすごい容量ですね」
「走りたくない人はこれに乗って、しっかりしがみついて」
「……バナナボート的な? 引っ張るんですか?」
「いや、投げる。括りつけて」
「走ります」
「コントロールには自信があるから、大丈夫だよ?」
むしろ、丸太の強度の方が問題――空中で分解してしまわないかが心配だけれど、壊れない程度に改竄するしかない。
「走らせてください」
「というか、《転移》で――いや、何でもないです! じゃ、みんなで走りましょうか!」
半分くらいは冗談のつもりで言ったことなので、走るというならそれでいい。
以前、彼らがゴブリンから逃げていた時も、長距離を全力疾走していたのだし、できないはずがないのだ。
もちろん、あれが火事場の莫迦力であることは分かっている。
しかし、追い込まれなければできないというのであれば、追い込んであげるだけだ。
日本にいた時から、追い込むのは得意なのだ。
加減が難しいだけで。




