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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第六章 邪神さんの子育て大作戦
156/725

15 無能

 自分の見聞きしたことが信じられない。


 あの莫迦な子たちは、死神とよばれている人物の渡した正体不明の薬を、《鑑定》もせずに弱っている仲間に与えていた。


 理由はお金が無いからとか、私を信じてみたとか、理解し難いものだった。

 脳が腐っているのだろうか?

 心配していたのはただのアピールであって、実はそれほどでもなかったのかと疑ってしまう。



 しかも、この薬のことは秘密にするべきだと判断したらしく、サヤという少女の回復した理由は周囲の人には(ぼか)している。

 そして、暈された方は、私絡みで他人には言えないような理由があるのだと察して、深入りはしてこない。


 彼らが直前に私と会っていたことは既に噂になっていたので、厄介事に巻き込まれたくないと思ったのかもしれない。



 普通は、どんなことにもそれに見合った対価が必要になるのだ。

 それは、好奇心は猫をも殺すという言葉もあるように、「知る」という行為も例外ではない。

 知ったことで得たものより、支払った代償が大きくて、「知らない方がよかった」ことなど、よくある話だ。

 実に賢明な判断である。


 ……私に何か恨みでもあるのか?




 翌日、早速お礼を言いに現れた彼らに、開口一番お説教をかましたのは、決して腹癒せなどではない。


 この厳しい世界で生き抜くための、心構えを説いただけだ。


 彼らは彼らなりに考えて行動しているようだけれど、法に守られていた日本とは前提条件が違う。

 いや、その法とて保障しているのはのは権利だけであって、物理的に生命や財産を守っているわけではない。

 私のように、平気で法を犯す人の前では無意味――とまでは言わないけれど、守られた時にはもう遅いのだ。


 もっとも、自分が法を犯すことはあっても相手もそうするとは考えていない輩や、義務も果たさずに権利だけを主張している人は、一度くらい痛い目を見た方がいいと思う。


 それは今は関係のないことなのでさておき、町の外はもちろん、町の中でも人に化けた魔王や竜が何食わぬ顔で闊歩(かっぽ)している世界で、この認識の甘さは命取りになるのだ。


 とはいえ、どんなに用心していても、死ぬときは死ぬものだろうし、その逆もしかりだろう。


 彼らにはせめて、私が話を聞き終えるまで生きていてもらわなければならないのだ。

 それと、お説教の枠を超えてしまって、逃げられるのは避けなければいけない。




 一頻(ひとしき)りお説教した後は、「助かって良かったね」という方向に流れを変更して、前回同様に食事でもしながら用件を聞くことにした。


 昨日はそんな状況ではなかったこともあって、結局用件は聞けず仕舞いだったのだけれど――あれ? もしかして、仲間の治療だけが目的だったりする? 

 いや、仲間が回復しただけでは、その後の活動については何も解決していないのだ。


 彼らは、資金、新たな仲間、アドバイスなど――これから生きていくための何かしらを必要としていたはずだ。

 緊急性が高いのは仲間の治療だったかもしれないけれど、本題はそちらだと勝手に思い込んでいた。


 怪我した仲間が回復しても、死んだ仲間までは帰ってこないのだ。


 今までと同じやり方のままでは、6人でできなかったことが4人でできるはずがない。

 それに、彼らのような問題のあるパーティーが、すぐに人員の補充ができるとも思えない。


 さすがに何も考えずに再始動するような莫迦ではないとは思うけれど、昨日の失態を見るに断言はできない。

 というか、何だか私の方まで分からなくなってしまった。


 とにかく、戻ってきてくれたのは好都合なので、一から誘導し直すしかなさそうだ。


◇◇◇


 ひとまず、彼らの質問に答える形で、私の目的や要求などを伝えていくことができた。


 といっても、ほぼ朔が主体で話しているので、私はそれっぽいジェスチャーをしているだけだ。


 それを子供たちが不思議そうな顔をして見ているけれど、人にはそれぞれ得手不得手があって、みんなそれを補い合って生きているのだと、後で教えてあげようと思う。

 大事なことだ。



 とにかく、私が異世界――彼らの日本のことについて知りたいということは伝えた。


 理由は個人的なことだと言って伏せた。

 しかし、彼らは私が不死の魔王の領域に近い町にやってきた理由とか、何らかの理由で鎧が脱げないなどと思い込んで、それらをこじつけていろいろと邪推しているようだった。


 私がこの辺境の町に来て日本人と接触しているのは、不死の魔王とは関係ないし、鎧も脱げないのではなく人前では脱がないだけだけれど、本当のことを教える理由はない。


 それ以外にも、私のことをあれこれと訊かれたけれど、目的上差し障りのないところだけは素直に答えた。

 もちろん、朔が。

 もっとも、あながち間違ってはいないので問題は無い。


 というか、本当はあまり私自身のことを話したくないのだけれど、彼らの話を聞くためにも、今後の活動のためにも、面倒でもある程度は信頼を得ておく必要があった。



 ただ、一部に決定的な価値観の相違があった。


 というのも、仲間を喪っている(と思っている)彼らからすると、助ける力があるのにそれを使わない私は、許し難い薄情者らしい。


 私からすれば、なぜそこまで面倒を見なければいけないのかが分からない。



 力や立場があるから何かをしなければいけないと、そう思う本人が実行するならともかく、それを他人が言うのは筋違いだろう。

 やりたいなら、力や立場の有無を理由にせずに、自分でやればいいのだ。


 それに、安易な救済は、助けられた側の成長に繋がらない。


 そもそも、天すら自ら助くる者しか助けないし、仏の忍耐力にも限度があるのだ。

 他人がどうだからと言い訳するつもりもないけれど、他人の薄っぺらい正義感に配慮して、自分を曲げるつもりはない。


◇◇◇


 結局、彼らの要請を受けて、彼らを強くするのに手を貸すことになった。

 お金か武器防具を要求されると思っていただけに、少しだけ意表を突かれた。

 見直すかどうかはこれからだけれど。


 話を聞くだけのことに対価を払いすぎている気もするけれど、私の都合もあるので期間は限定しているし、その成果をもって死神の汚名を(すす)ぐことも狙える。

 それに、今回は共闘ではなく教導だ。

 そういう意味では、私にとってもチャンスになる。



 一概に強さといっても、戦う手段なんて様々だし、人によって異なるものだと思う。

 今回のケースでは、じっくり鍛えられる時間も無いし、レベルを上げるだけにするつもりだけれど。


 ……強さって何だろう?


 まあ、妹も「レベルを上げて物理で殴る」のが王道だと言っていたし、そういう強さもあるのだろう。



 とにかく、できるだけ多くの実戦経験を積ませるだけでいいのだ。


 しかも、この町に来る前に、基礎訓練と応用の訓練は修了しているそうなので、基礎的なことは必要無い。


 もちろん、その基礎とやらはスキルや魔法を使うためのものであって、私の知っているものとは全然違うけれど、今回はそこには触れない。

 私はともかく、彼らには一から覚え直すほどの時間も余裕も無いし。


 そんな中途半端な仕事をするのは不本意だけれど、与えられた条件の中で最善を尽くすのも、社会人として必要なスキルである。



 手を取り合って、能天気に喜んでいる彼らの笑顔がいつまで続くだろうか。


 湯の川に越してきた魔王たちも、私が相手をすると聞いて嬉々としていたのも束の間のことで、5分後にはみんなマジ泣きしていた。


 ただ、恐怖も許容範囲を超えると、脳と精神が整合性を取ろうとするのか、気持ち良くなるらしい。

 最近では、私に半殺しにされることを楽しみにしている節もある。


 もちろん、ただの一般人でしかない彼らに、魔王と同じレベルのことはさせられないけれど。

 とはいえ、どれくらいまでなら追い込んでも平気かというデータは蓄積されているので、多少の無茶は大丈夫だと思う。


 泣き言を言っているうちはまだまだ大丈夫。

 無口になってからが本番で、幻覚を見始めると黄信号だ。

 赤信号は吸血鬼と戦っていた汚物塗れの魔族の人たちだろうか。

 あれはヤバい。


 あそこまで追い込まないようには注意しよう。


◇◇◇


 この世界の一般常識もそれなりに覚えてきた。


 町のすぐ近くに危険な狩場があるケースは少ない。

 多くの場合は、町と狩場の間には、その中継地点というか拠点となるキャンプが存在している。

 町の防衛を第一に、キャンプ周辺の安全を確保して、新たなキャンプ地を開拓していく。

 そして、ある程度安全が確保されたキャンプが、村や町、若しくは砦へと発展していく。


 もちろん、安全といっても完全に保証されるものではない。


 近隣の市町村や拠点と距離的に連携しやすいというだけで、その全域をカバーしているわけではない。

 人間の数や能力と、魔物のそれを比較すると、それ以上は望めないということだ。


 ついでに、本能の赴くままに生きている魔物の行動パターンは把握しづらい。

 ある程度計画的に活動している人間とは違って、想定外の事態を起こすこともしばしばある。


 そして、その想定外で、何年何十年もかけて開発したキャンプや町が一瞬で失われる。

 正に諸行無常。



 もっとも、失うのは大きな痛手で、当事者にとっては災難だけれど、全体的に見ればその一か所だけで済めば御の字なのだとか。

 避けようがないなら被害を限定してしまおうという、いわゆる危機管理というものだ。



 つまり、最前線の町といっても、本当に最前線にあるわけではない。


 他の町に比べて危険度は高いけれど、本当の最前線はキャンプの更に先にある。


 町の近辺に魔物や獣がいないわけではないけれど、危険度は最前線とは比べ物にならない。


 当然、そこまで移動するだけでも、それなりの時間と物資が必要になる。

 高位の《転移》魔法の使い手でもいなければ日帰りでの冒険は望めず、普通の冒険者は、一度の冒険に数日から十数日の予定を立てて臨むことが多い。



 もっとも、そんな高レベルの転移魔法使いが、一介の冒険者をやっていることは少ない。

 転移魔法を活用すれば、もっと楽に、もっと安全に、遥かに大きな額を稼ぐことができるのだから当然だ。

 もしいたとしても、軍や貴族が引き抜こうとするだろう。


 もちろん、私も面倒事に巻き込まれるのは御免被るので、瞬間移動は私の能力ではなく魔法道具の能力だということにしている。




 この世界の事情がどうあれ、お風呂にも入れない生活は考えられない。


 いくら私が汗をかかない体質だといっても、お風呂は私の数少ない楽しみのひとつなのだから。


 それに、今回は子供たちの件もある。

 そんなに長時間留守にするわけにはいかない。


 私は毎日日帰りするつもりなのだ。


 なので、彼らを最前線の少しばかり手前のキャンプに向かわせて、彼らの訓練開始に合わせて移動する。


◇◇◇


「あれ? ユノさん――まさか《転移》で!?」


「え、嘘!? まだ何も用意してないよ!?」


「まだ馬車の時間じゃないって安心してたのに!?」


「zzz……」


 約束の日時ピッタリに合流すると、彼らは何の準備もしていなかった。

 それどころか、寝惚けている人までいる始末だ。


 どうやら、彼らは私が乗合馬車で来ると思っていたらしく、さすがに夜間に馬車が走ることはないだろうと、早朝には来ないと高を括っていたようだ。

 今日の朝から訓練をすると言っておいたはずなのに……。



 自分たちのことを棚に上げて、「《転移》できるなら先に言え」とか、「私たちも《転移》で運んでくれれば」などと、口々に文句を言い始める四人。


 これがキレやすい若者たちか。

 見事な逆ギレである。


 というか、何だかいきなり面倒くさくなったので、このまま訓練に向かうことにする。

 お遊び感覚とか甘えを抜くためにも、厳しくいこう。



 とはいえ、日本育ちのシステム頼りの彼らに、身体ひとつで戦えというのは酷だろう。

 かといって、ゆっくり装備や心の準備をさせるつもりもない。


 なので、手持ちにあった、サイズの合う適当な得物を貸し出すことにした。



 防具はともかく、棒術を嗜んでいれば、その辺りに落ちている棒なら何でも武器になるのだけれど――むしろ、防具も相手の攻撃に当たらなければ必要無いのだけれど、システムに頼りきりな彼らは、システムに対応している武具がないと何もできないのだ。


 まあ、矢を放つのには弓が必要といった感じだと思うのだけれど、魔法を発動するのに杖が必要という理屈は、今ひとつ理解できない。

 杖から魔法が射出されるわけでもないし、アイリスやアルも杖無しでも魔法を使っているし。



 また、性能が良い武器には、これまた私には理解できない制限というものがある。


 その最たるものが、使い手の能力が低いと、なぜか装備すらできないとかいう意味不明なものだ。

 性能を発揮できないならまだしも、装備できないとはどういうことか。

 持ち運びはセーフなのも、また混乱の原因だと思う。



 もっとも、一番理解できないのはなぜそんな面倒なシステムを作ったのかだけれど、それらの問題はレベルが上がると多少は改善するらしいので、とにもかくにも、レベルを上げるしかない。



「こんな良い物を使っていいんですか!?」


「特殊効果とかはないみたいだけど、すごく軽くて丈夫」


「すごい……。お店に置いてあるようなのとは全然違う……。職人さんの丁寧な仕事って感じがするわ。知らないけど」


「こんなの私に使いこなせるのかな……。ううん、使えるようになれってことかな?」



 彼らに渡したのは、湯の川製の装備のレプリカである。


 近いうちに城内勤務の採用選考を行う予定なのだけれど、その採用者に支給する装備の試作品を、朔の能力を借りて複製した物だ。


 正確には、まだ試作品コンペの段階の作品なのだけれど、これも採用選考のひとつということで、腕に覚えのある職人たちが気合を入れて、持てる能力の全てを注ぎ込んだ逸品である。

 なので、たとえそれが落選品であっても、充分な性能があるのだろう。



 ただ、残念なことに、私には細かな差は分からないので、クリスの新型高度鑑定機の《鑑定》で(ふるい)にかけた後で、私の好みで選ぶことになっている。


 意匠が優れている物には、自然と付加効果がついたりするそうなのだけれど、それよりも私が選んだという事実が重要らしい。

 という割には、機能性を重視したシンプルな物が良いと言ったら却下されたとか、微妙に理不尽なやり取りがあったりもした。


 そもそも、城内の警備なんて必要無いのだ。

 いや、虫退治くらいなら――しかし、制式装備なんて、ファッション以上の意味は無いはずだ。

 いやいや、これも雇用創出とか、公共事業的なものだと思えば、それなりに意義もあるのだろうか?


 というか、なぜ私がこんなことを考えなければならないのだろう?



 とにかく、彼らに貸し出したのは朔の複製した物なので、特殊効果などは全て消えてしまっている。

 しかし、代わりに素材の品質や耐久性などは向上していると思う。


 とまあ、そんな感じで、この世界の人にとっては劣化版である。

 しかし、現在の彼らの能力ではオリジナルを装備することは不可能だろうし、そもそも強くなるための訓練なのだから、何の能力もない複製の方が良いと思う。


◇◇◇


 しかし、分かっていたことではあったけれど、どんな道具も使い手次第なのだ。

 分かっていても、あまりに酷くて頭が痛くなる。



 個々の技量が低いのは仕方ないけれど、無理矢理チームプレイをしようとして足を引っ張り合う。


 真に恐れるべきは、有能な敵ではなく、無能な味方であるとはよくいったものだ。


 これを鍛え直すのは少々骨が折れるかもしれない。

 ある意味ではエルフの子供たちよりも難しい。

 死んでも治らないのは証明されているのだから。


 さて、どうしたものか。

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