13 迅速敗走
恐らく、日本人だけで構成されたパーティーなのだろう。
その上、パーティー単位で、数匹程度のゴブリンの相手が精一杯の、駆け出しであることも丸出しだった。
なお、野生のゴブリンも、湖の迷宮にいたものと同じく話が通じなかった。
というか、白銀の鎧姿だと一目散に逃げだすけれど、脱いだ状態だといきり立って襲いかかってくる節操のない魔物だった。
とにかく、敵からは逃げる。
獲物は襲う。
女は犯す――と、理性とか知性は感じられない生物だった。
ゴブリンもオーク同様――というか、人間も含めて弱い種族の宿命か、性欲というか繁殖力が旺盛で、他種族の女性にまで手を出そうとする。
そうしないと種を保てないのかと思いきや、自分たちの子孫に対しても暴力を働くし、時には殺してしまうこともあるようで、いわば、理性を失った人間に近いように思う。
なお、どうでもいいことだけれど、私が鎧を脱いでいて顔を隠していないと、ゴブリンたちは喜び勇んで襲いかかってくる。
そして、私のことを逆立ちしても勝てる相手ではないと悟ると、死の恐怖と湧き上がる欲望の間で揺れ動くユニークな姿が見られたりする。
別に面白いものではないけれど――というか、仲間を囮にして襲ってこようとしたり、錯乱してひとりでおっぱじめたりする個体もいたりして不愉快なのだけれど、彼らとの対話は不可能なことは理解できた。
迷宮ではもう少し理性的……いや、攻撃的? だったけれど、品種改良でもされていたのだろうか?
ふと、ゴブリンの魔王のことを思い出したのだけれど、彼は例外中の例外なのだろう。
ゴブリンには王たる器も、追い詰められて覚悟を決めるような精神性もあるようには思えない。
もしかして、中身は別物――転生者だったりは――はさすがにないか。
転生したらゴブリンだったとか、どんな罰ゲームなのか。
種族差別をしたいわけではないけれど、さすがにゴブリンでは絶望しかない。
肉体が魂や精神の影響を受けるように、魂や精神も肉体の影響を受けるのだ。
人間の魂や精神がゴブリンの器に入るなど、悲劇か喜劇にしかならないと思う。
それはともかく、私がこれまで見てきた経験上、彼らは全滅する可能性が非常に高いパーティーである。
理由はいくつかある。
日本人だけで――この世界の厳しさを知らないメンバーだけでパーティーを組む時点で、危機意識が足りていない。
私のような、日本にいた時から戦う術を持っていたイレギュラーでない限り、多種多様な魔物と戦える戦闘技術や知識などは持ち合わせていないと思う。
それ以前に、サバイバル能力など皆無だろうし、そういったことを補ってくれる人は必須だと思う。
現に、「遭難」が冒険者の死亡率の上位にあるとも聞いている。
そして、斥候がいない――というか、いるにはいるけれど、役に立っていないこと。
スカウトとかレンジャーといったクラスの技能である、危険や違和感の感知とか、《潜伏》や《隠匿》などのスキルは、戦闘には直接影響しないものの、有利な状況で戦闘を開始したり、戦闘そのものを回避したりできるそうだ。
戦いとは刃を交える前から始まっているものなのだけれど、それを理解しているのがリーダーっぽい少年だけ。
その彼は、斥候系の能力は持ち合わせていないように見えるし、斥候を上手く扱えていない。
さらに、軽い調子でひたすら前進するアタッカーと、その後ろを歩くタンク。
そして、後衛がついてこれずに間延びした戦列。
リーダーの少年がやんわりと注意しているものの、アタッカーのチャラ男くんはそれに取り合わず、タンクの少年は、自分の意見を言えずにオロオロしている。
他のパーティーメンバーの少女たちも、それぞれ自分のことで手一杯らしい。
ハイキングか何かと勘違いでもしているのだろうか?
いや、現代っ子らしくゲームをしているよな感覚なのか?
それでも、ゴブリンのような最底辺の魔物が相手なら、実力次第でどうにでもなる。
しかし、彼ら自身も最底辺の実力しかないときた。
日本人だけで構成されたパーティーを見たのは初めてではないけれど、素直に他人の話を聞かないとか、従うのが嫌なタイプのやんちゃな子たちの集団であることが多くて、それはそれで問題も多い。
それでも、思い切りの良さとか、勢いだけで行動できる度胸があるので、多少のことなら乗り越えたりする。
最終的には、乗り越えられずにみんな死んだけれど。
甘くないね、異世界。
それでも、この「余り物の寄せ集め」という表現がピッタリのパーティーに比べれば、いくらかマシだったように思う。
全滅するのも時間の問題だろう。
ということで、はりきって尾行を開始する。
私的にも、回収するなら、時間が経って喰い荒らされていたり、腐敗が進んだ物より、新鮮な物の方がいい。
◇◇◇
残念ながら――というべきか、その日は誰ひとりとして欠けることなくキャンプまで帰還した。
恐ろしいほどの幸運というか、数的有利な状況で、特殊個体でも何でもない普通のゴブリンを相手に長時間戦闘して、無事に勝利――というか時間を浪費する。
それから、戦闘時間以上に休憩をとる。
魔物避けの工作もせずに、油断だらけで談笑しているのだけれど、それが逆に罠っぽくて、彼らに気づいたゴブリンが襲撃を躊躇していたくらいだ。
ゴブリンどもめ、私には問答無用で襲いかかってくるくせに、この差は何だ?
彼らも、わざとなのか、天然なのか、評価に困る。
そして、それを3回ほど繰り返して帰還――という、効率とかノルマなどは度外視の、ゆとりのある冒険だった。
それで満足感を得ていたのが、今まで生き残ってこれた要因なのかもしれない。
このまま欲を出さなければ、あるいはやっていけるのか――と思ったけれど、その翌日、早々にやらかした。
明らかに囮に食いついてしまった一行――というか、チャラ男くん。
やはり、斥候が役に立っていないことと、リーダーのリーダシップも弱いことが痛かった。
私のように特殊な認識能力を持っていなくても、斥候がしっかり観察していれば、ゴブリンの潜伏や偽装程度は看破できた可能性は高い。
それ以前に、リーダーがしっかりとリーダーシップを発揮していれば、今回の件は防げたのではないだろうか。
お手々繋いで仲良くも否定はしないけれど、戦場では止めておいた方がいいかなと思う。
とにかく、問題と向き合わなかったり、先送りにしてきたツケは、いつかは支払うときが来るのだ。
「ウェーイ」と奇声を上げて、逃げるゴブリンを追うチャラ男くん。
集団行動に向かない問題児のようだけれど、パーティーの中では最も攻撃能力が高いようだ。
もっとも、それで勘違いが加速したのかもしれない。
それと、「ヒットアンドウェーイ」という言葉が頭を過ったけれど、それは今はどうでもいい。
延び気味だった戦列が更に間延びして、チャラ男がくん待ち伏せしていたゴブリンの不意打ちに倒れた。
アウェイはできなかったようだ。
なお、チャラ男くんが受けたダメージは致命傷ではなく、まだ息も意識もあるけれど、それ自体が新たな囮である。
そんな、よくある手口――なのに、タンクの少年がこんな時に限って積極性を発揮して、単身で救出に向かった。
お人好し――いや、莫迦なのか。
せめて、居場所の割れているゴブリンを無力化してから向かえばいいものを、ゴブリンの思惑どおりに動いてどうするのか。
頭の出来がゴブリン以下――いや、緊急時なので冷静な判断が難しかったことにしておいてあげよう。
そうであってほしい。
でないと、生き返らせてから話をしなければならない私の負担になる。
さておき、パーティーが前方に気を取られている隙に、背後に回り込もうとしているゴブリンの姿もある。
これは終わったな――と思いながら突入のタイミングを待っていると、リーダーの少年はそのふたりを見捨てて逃げる決断を下した。
そして、背後から迫っていたゴブリンたちの包囲網が完成する前に、その間を強引に突破していった。
判断が早かった。
もう少し遅ければ完全に包囲されていただろうし、動きも今までで一番良かった。
それでも、生き残れるかどうかは運次第だろう。
頑張る人は好きなのだけれど、私の個人的な都合により、今回ばかりはゴブリンに頑張ってほしいところだ。
我ながら、人が死ぬまで見守っているのは悪趣味だと思う。
しかし、生きているうちに助けても逆ギレされたり、困った時はお互い様的な理屈で流されることもあるので仕方がない。
というか、それは助けられた側が言う台詞ではないはずだ。
そもそも、自分たちの未熟さだとか暴走したことを反省することもなく、見捨てた相手に絶望したり呪詛を吐いているような人には期待できない。
ただそれも束の間のこと。
聞くに堪えない断末魔を上げて動かなくなった死体を、領域を展開して回収する。
時間を置くと、必要以上に切り刻まれたり、そのまま食われたり、男性であっても犯されたりもするので、早い方がいいのだ。
エリクサーRなら、死後1日くらいであれば、肉片からでも蘇生が可能だったりするけれど、あまり見ていて気持ちの良い光景ではない。
というか、モザイクが必要なレベルなので遠慮したい。
とにかく、突然死体が消えて驚くゴブリンたちは置いておいて、やはり日本人――召喚勇者であるはずの彼らが、どうしてこんなに弱いのかが気になる。
帝国にも勇者はいると聞いているし、その勇者は普通に強いらしい。
両者の違いは何なのか。
というか、異世界日本からの召喚というだけでも膨大な魔力を要するはずなのだけれど、そうやって召喚した彼らを、こんな辺境で使い捨ての駒にするのは割に合わないように思う。
だとすれば、彼らは一体何なのだろう?
とまあ、考えて分かることでもないし、調べる気もない。
ほとぼりが冷めた頃に、アルに教える程度でいいだろう。
◇◇◇
保護した亜人さんと奴隷、そして日本人ばかりを集めた廃村で、エリクサーRを使って彼らの蘇生を果たす。
予想どおり、「見捨てるなんて酷いよ!」とか「ありえんてぃー!」などとギャーギャーと喚き始めた。
彼らのようなケースも初めてではないので、死んでも治らないパターンなのは予想していたことだ。
それでも、多少の意識改革はあってもいいのではないかと毎度思う。
もっとも、今回の彼らは、私が彼らが死ぬのを待っていたことは知らないので、私に対する暴言はない。
それどころか、「辻回復ありがとうございました」とか「あざす」とか、感謝しているのかどうか分からないお礼を頂いた。
要らないけれど。
というか、辻って誰?
とにかく、事業が軌道に乗った今では、蘇生から先は私の仕事ではなくなっている。
現地にいる、同じ轍を踏んだ日本人たちや、ゴニンジャーが集めてきた亜人さんに任せればいい。
それと、彼らを見捨てて逃げた子たちはどうにか生き延びたらしく、キャンプにある教会の出先機関で、大怪我を負った仲間の応急処置を済ませると、すぐに町へ戻っていった。
完治させなかったのは、お金が足りなかったのだろうか。
彼らにとって、教会の料金は、ゴブリン以上に強敵だったのかもしれない。
なお、教会では、信徒になれば、治療費などはかなりの割引があるらしい。
しかし、それはそれで毎月お布施を要求されたり、新しい信徒の勧誘を義務づけられたりと、面倒事も多いのだとか。
やはり教会とは恐ろしいところだ。
湯の川には作らせないようにしようと思う。
というか、湯の川の祭神は私らしいし。
世も末だね。




