10 帝国領での活動
誤字脱字等修正
帝国辺境での活動に翳りが見えてきた。
私とパーティーを組んだ人たちが例外なく帰らぬ人になっていることから、「死神」などという有り難くない渾名というか、ふたつ名が付けられたことが理由だろう。
それどころか、一部では私が殺しているのではないかと噂する人もいたりもする。
もちろん、それはギルドカードで討伐記録を検めれば分かることで、ギルドが公式にそれを否定してくれているけれど、あまり効果的とはいい難い。
この町に影響力の大きいベテラン冒険者が少ないのも原因のひとつだろうか。
この町にも、アルスのギルドのように新人いじめがお仕事のエリート冒険者もいるものの、その数は新人に対して非常に少ない。
この町が、迷宮のあるアルスのように実力のある冒険者が滞在する魅力が無いことと、それに比して新人が多すぎるのだろう。
なので、そのエリート冒険者も「実力よりも信頼度」で選ばれている節があるようで、それがまた実力至上主義の冒険者から「いつまでもこの町にしがみついている、うだつの上がらない冒険者」と、舐められる原因になっている感じである。
というか、実力も実績も無い駆け出しのひよっこが、エリート冒険者様を舐めるとは何様のつもりなのだろうか。
そんな性根では、大成しないどころか、どこかでうっかり命を落とすと思う。
さておき、私が潔白だとしても、人が死んでいることは事実なので、命懸けで戦場に出る人たちにとっては縁起が悪いらしい。
いくら“邪神”よりはマシだといっても、どちらもろくでもないといわれてしまえばそれまでなのだ。
そもそも、そんなことを喧伝するわけにもいかないし。
だからといって、調査を打ち切るわけにはいかないし、ほかに名案も思いつかない。
それに、時間を浪費するのもよろしくない。
そこで、日本人調査という目的からは逸れるものの、奴隷を買うなどして、帝国の企みを少しでも邪魔しておくことにした。
奴隷制について思うところがないわけではないけれど、単純に気に入らないからと否定するつもりはない。
この世界では合法ということもあるし、更生の見込みのない犯罪者を強制的に奴隷に落としてしまうなどの処置には合理的に思える部分もある。
何より、それを含めて社会として成立しているものに、今更干渉するのは面倒くさい。
解決策とか代替案を示せるわけでもないし。
それに、現代日本においても、奴隷同然の労働者が存在すると聞いたこともある。
うちの会社は違うよ?
結局、程度の問題でしかないのだろうし、それを解決しようとすると人類の根絶くらいしか思いつかないので、基本的に余計なことはしない方向で利用するに止める。
しかし、平穏に暮らしている帝国民以外の人間や亜人の村を襲って、そこの人々を捕らえて奴隷にしてしまうようなのはあまり擁護できない。
弱さは罪であるという考えが罷り通って、そんな理不尽に備えることも当然なこの世界では仕方のないことかもしれないけれど、子供が犠牲になるのはやはり面白くない。
もっとも、思っているだけで介入しようとはしない時点で、私も充分に人でなしだけれど。
さておき、ノワールたちゴニンジャーの調査では、捕らえられた亜人たちは一度奴隷として売られて、それが更なる領土の拡大や奴隷調達の資金源となるようだ。
なお、売られた奴隷には、当然だけれど「利用目的」というものが存在する。
労役であったり、愛玩用であったり、購入者によって理由は様々だ。
しかし、運悪く――あるいは酷い扱いを受けて、病気や怪我などで目的を果たせなくなる奴隷も少なくない。
そういった場合、帝国が安値ではあるけれど買い戻してくれる。
といっても、消費者目線の温情ある措置というわけではないらしい。
買い戻された奴隷は、中央――帝都のとある施設に連れていかれる。
恐らく、そこでろくでもないことが行われていると思うのだけれど、今はまだ深入りするべきではないと考えている。
というか、したくない。
誰かが代わりにやってくれないかなあ……。
とりあえず、ゴニンジャーたちも使って、各地で奴隷を買い漁って――もちろん、犯罪奴隷を除いてだけれど、帝都に送られる奴隷を減らそうという作戦を展開している。
しかし、それだけでは帝国に活動資金を提供する行為にほかならない。
だからといって、湯の川のあれこれを持ち込んで帝国の経済を破壊してしまうと、一般の人にも迷惑が掛かってしまうだろう。
お金を複製することも可能だけれど、それも経済に与える影響が予想できない。
ちなみに、金貨などの貨幣の真贋は《鑑定》などで簡単に判別できるので、通貨に限らず、偽造は莫迦のする犯罪らしい。
さて、不正ができないなら正攻法で稼ぐしかない。
もちろん、冒険者業など、大金を稼いで目立ったり、履歴に残るようなものも駄目だけれど。
ここまで制限されると普通の人ならお手上げとなるところかもしれないけれど、私にはひとつ当てがあった。
この世界には、各地に貯金箱が存在している。
その貯金箱の名前を「砦」という。
世界に抗う人類の最前線。
多くの人材や、物資が集積されている場所。
現金はそれほど多くはないけれど、砦の数はそれを補って余りある。
多少減ったところで、大勢に影響は無いどころか――まあ、そこは一般の人に被害が出ないように調整するとして、上手く余力だけを殺げば、その周辺に暮らしている亜人さんの被害を減らすこともできるかもしれない。
もっとも、後者は根本的な解決にはならないけれど。
まあ、奴隷購入資金の補填の範囲だし、下手に湯の川で採れた金とかを持ち込むよりはマシだと思う。
どちらにしても不法行為なので、そこは言い訳はしないけれど。
◇◇◇
その日も特にすることがなかったのだけれど、昼間から公園で黄昏ているサラリーマンっぽい人のようになるよりはと、馴染みの奴隷商人さんのところへ顔を出していた。
日本人的価値観を持つ私からすると、奴隷商人というと、“や”の付く自由業と同じく悪いイメージがするのだけれど、こちらの世界では、一般的――むしろ、非常に信用を大事にする、真っ当な商人である。
現代社会における、宝石商とか高級ブランド店のようなものだろうか。
当然、一見さんなどお断りだったり、いくらお金を持っていても、取引相手として相応しくないと判断されると取引きを断られることもある。
少なくとも、バケツを被った小娘が相手をしてもらえるところではない。
実際、ノワールたちは、取引きに漕ぎつけるまでに、相当苦労したらしい。
まあ、私はなぜか一見でも――顔を出したら取引きできたのだけれど。
これが顔パスというものか。
「ようこそおいで下さいました! ささ、どうぞこちらへ――」
この見た目は胡散臭さ全開の、中年薄毛男性の奴隷商人さんは、ノワールの調査によると奴隷商人の中ではなかなかのやり手で、また信頼もできそうな人物だということだったので、初取引き以降頻繁に利用させてもらっている。
その評判どおり、彼の奴隷を仕入れてくる能力は確かなものだ。
それに、商品価値を高めるべく、奴隷を清潔に保っていて、充分な食事も与えて教育も施しているなどの点も好印象だ。
悪質な奴隷商人――いわゆるモグリのような業者だと、化粧や幻術で奴隷の状態を良く見せたり、ステータスを偽装して、教育を受けているように見せかけることもあるらしい。
さらに、このお店は、価格も良心的である。
そこを彼が言うには、
「私も長いことこの仕事をやっておりますから、お客様のような方に吹っ掛けるほど命知らずではないのですよ。お客様から漂う高貴なオーラと申しますか、それを感じれば、お客様と良い関係を築くことこそ、私の財産になるのだと確信しております。それが分からない商人など二流――いいや、三流でしょうな」
とのことだった。
さすが商人。
人を見る目があるというべきか、口が上手いというべきか。
その気になっちゃう私がチョロいのか。
「今回ご用意させていただきましたのは、虎人の姉弟――それも希少な白変種でございます! お客様の好みに合うと思い、競りに出る前にかなり無理を通して入手いたしましたので、その分、少々お値段が高くなってしまいますが……」
あら可愛い。
「ふぉぉぉおお」
「ありがとうございます。では次はこちらなどどうでしょう?」
あまりに可愛いらしい、ぬいぐるみのような虎型の獣人の子供たちを前に、言葉ではなく心の声が漏れてしまった。
しかし、奴隷商人さんは気にすることなく商談を進めていく。
内心ではほくそ笑んでいるであろう奴隷商人さんを思うと、微妙な気持ちになる。
しかし、ぬいぐるみのような容姿の子供たちに、上目遣いで見られると胸がキュンキュンしてしまって、そんなことはどうでもよくなってしまう。
彼は私の好みを逸早く把握して、単価が高くて幼くて可愛い奴隷を中心に、またそれの世話ができるであろう奴隷たちをセットで販売するという戦略を取っていた。
基本的に、犯罪奴隷以外は全て買うつもりなのだけれど、派手に悪目立ちするのは、私はもちろん、彼にとってもいいことではない。
もちろん、彼もその辺りの配慮はしているようで、さすがにノワールをして有能だと言わしめただけはあるらしい。
「毎度ありがとうございます。それでは、彼らの新たな主人は、いつものとおりマリアベル様で登録させていただいてよろしいでしょうか?」
「それでお願い」
この世界での奴隷は、魔法による契約で縛られる。
ということなので、彼らの能力では魔法の効きにくい私を主人として指定することはできない。
そもそも、ソフィアでさえできなかったことが、ただの人間である彼らにできるはずがないのだけれど。
なお、アドンやサムソン、マリアベルといった使い魔たちと結んでいる契約は口約束でしかない。
本来は、彼らを使役するための代償は魔法的な契約によって強制的に徴収されることになるのだけれど、私たちの場合は、彼らが活動するための魔素を、私が直接供給することで無理矢理成立させている。
代償というには微妙な気もするけれど、その分命令拒否されたりもするので、バランスは取れているのかもしれない。
ちなみに、日本では、申込みに対する相手方の承諾が届いた時点で契約が成立する。
その際、必ずしも書面などは必要無いそうなので、迂闊な約束はしないようにと釘を刺されていた。
誰にって?
みんなに。
当時の私は信用が無かったのだ。
それはともかく、私としては、私以外の誰かが主人でも困らない。
そもそも、いずれは奴隷の身分から解放するつもりなので、一時的な主人などどうでもいいことである。
ただ、業者側としては、売った奴隷が問題を起こすようなことがあっては困るらしく、どうしても登録を省略できないというのだ。
それでも、登録さえできればその後でどうなろうが、それが人でなしだろうが魔物だろうが構わないというので、マリアベルを指定したのだ。
腰を抜かしながらも仕事をこなす様は、さすがプロフェッショナルというほかない。
もっとも、それも何度も繰り返すと、恐怖には慣れるのか、それともお金の魅力がそれを上回るのか、今では揉み手をしながら胡散臭い笑顔を満面に浮かべて、マリアベルに愛想を振りまくようにまでなっていた。
その気持ち悪さは、マリアベルの方がドン引きしているくらいである。
しかし、奴隷になる人たちの方は、そうはいかない。
自分たちの主人になるのが、バケツを被った全身鎧の小娘――直接的には、高位のアンデッドであるマリアベルである。
もちろん、わざわざ彼女の素性を明かしたりはしていないのだけれど、生物としての本能が何かを感じるのか、恐怖のあまり泣き出すのは当たり前。中には錯乱して、失禁や失神をしたりする人もいる。
まあ、下種な貴族や商人に買われて、酷い扱いを受けるかもしれないという心配を飛び越えて、あの世からのお迎えが来たと思ってしまっては無理もないのかもしれない。
「今日はこれだけ? 他にもいるような気配があるけれど」
勧められた奴隷を全て購入して、手続きと精算を済ませながら奴隷商人さんに尋ねてみた。
白々しく「気配がある」などと言ったけれど、もちろん、領域でいることを知っていて訊いている。
「さすがユノ様、お気づきになられましたか。仰るとおり、いるにはいるのですが――以前の主人に酷い虐待を受けていた子供たちでして、心身ともに非常に状態が悪く、お引き渡しできる状態ではないのですよ……」
などと、彼の言うとおり、身体と魂と精神の状態が非常に悪い子供たちが5人いる。
「とある町の有力者のところにいた奴隷なのですが、その有力者が国家反逆罪で指名手配されまして……。まあ、そいつはまだ逃亡中らしいですが、いろいろとありましてそこから回収したものです。せめて、体力だけでも回復させてからご紹介させていただこうと思っていたのですが、食事もまともに摂れない状態で、回復の兆しも見えない有様て……。正直困っておるのですよ」
少なくとも隠すつもりはないようだけれど、ミーティアがいないので、嘘か本当かは分からない。
事実確認は後でノワールあたりにしてもらえばいいことだけれど、子供たちの治療はすぐにでも行わないとまずい。
「その子たちも買い取るから、今この場で治療してもいい?」
「ユノ様がそう仰るのであれば、私めに否やはございませんが、衰弱が激しいため、回復魔法の効果も今ひとつでして――」
「構わないから案内して」
奴隷商人さんの言葉を遮って、その手に充分以上の金貨を乗せる。
すると、彼もこれ以上の告知は不要だと悟ったか、それからの動きは早かった。
本当に持て余していたのだろう。
奴隷商人さんに案内されて、子供たちを治療している部屋――普段奴隷たちを住まわせている部屋より、幾分清潔な部屋に入った。
これがモグリだと、奴隷を野晒しにしていたり、不衛生な檻に閉じ込めていることもあるらしい。
彼は、量より質を重視していて、更に少しでも価値を高めるため、さきにも挙げたような処置を施している。
それでも営利目的である以上、赤字を出すような治療を行ったりはできない。
彼は飽くまで商人であって、慈善活動家ではないのだから。
それにしても、分かっていたことなのだけれど、子供たちの状態は非常に悪い。
彼らの治療の賜物か、大きな外傷こそ見当たらないものの、頬はこけていて、手足は枯れ枝のように細くて、意識も朦朧としている。
アイリスから聞いた話では、回復魔法は飽くまで回復を促進するもので、対象にある程度の体力が残っていなければ充分な効果は得られないのだとか。
術者の能力が上がれば多少は無理も利くらしいけれど、奴隷商人さんが利用できる範囲でとなると、教会くらいしかない。
そして、そこでは神の名の下にかなりお高いお布施が必要になる。
つまり、この状態は体力と外傷などのバランスを考慮した結果で、彼らの精一杯なのだろう。
もちろん、それはシステム上の理屈であって、それに縛られていない私にはあまり関係無いのだけれど。
まずは、体力の回復をさせなければならない。
エリクサーRでは効果が出すぎる――そもそも、子供を二十四時間働かせるなど外道の所業なので、《子供騙し》で、健康に良さそうな乳酸菌飲料を創りだす。
液体の色といい、容器といい、どう見てもヤク〇トだけれど、権利の関係上明言は避ける。
というか、魔素がいっぱい含まれているので、きっと別物だと思う。
それを、おもむろに子供たちの口に流し込むと、見る見るうちに顔色が良くなっていく。
ミル〇ルではない。
念のため。
日本にいた時は「効果には個人差があります」と、コマーシャルなどでよく耳にしていたけれど、私の創った飲み物の前では、個人差など誤差にもならない。
これで体力は回復した。
「――――――《快癒》」
全員の顔色が良くなったところで、アイリスから教えてもらった魔法を使う――正確には、使った振りをする。
すると、子供たちそれぞれの直上に魔法陣が出現して、柔らかな光が子供たちを包む。
その光が完全に収まった後には、目に見えないところの損傷まで全快した子供たちが、静かに寝息を立てていた。
これで、肉体的には危機的状況を脱した。
魂や精神の方は手付かずなので、まだ予断を許さない状態だけれど。
とはいえ、そこへの干渉は別種の危険があるので、よほどのことがなければ控えた方がいい。
さておき、これは、私が魔法を使えるようになったわけではない。
詠唱はでたらめで、浮かび上がる魔法陣や謎の発光などもただの演出なので、見る人が見れば、いんちきだとバレてしまうおそれがある。
いや、魔法自体はでたらめだけれど、効果は魔法以上に出ているので、混乱させてしまうだろうか。
なぜこんなことをしているのかといえば、「一般人の前で能力を使っても、怪しまれないように」という理由である。
それに、なんちゃってとはいえ、魔法を使っている気分になれて、少し楽しかったりもする。
なお、朔によるこの魔法関連の研究開発のせいで、私が喰い散らかした天使の処分が疎かになっているらしいのだけれど、今のところ実生活に支障はないし、朔にも息抜きは必要なので、黙認している。
「お見逸れいたしました。まさか、そのような高位の魔法までお使いになられるとは」
相手が商人なので評価を鵜呑みにはできないものの、少なくとも魔法には見えているようでひと安心といったところだ。
とはいえ、まだ開発途中なので、できることは少ない。
というか、朔ならどんな魔法も再現できるはずなのだけれど、私が行使するという点がネックになっているらしい。
なので、火とか雷とかを出す魔法はいまだに使えない。
出して何に使うかは分からないけれど。
朔が最も理解できない存在――それが私なのだ。




