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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第六章 邪神さんの子育て大作戦
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07 不意打ち

 狩人たちは、足音と息を殺して進んでいた。


 彼らはたび重なる吸血鬼との戦いを経て、戦闘能力以上に、隠密系のスキルの上昇が目覚ましかった。


 彼らの先祖と同じように、多少強くなった程度で正面から貴族級と戦えるわけでもなく、勝機は不意打ちや罠によるところが大きいとなると、

当然の進化だといえる。



 斥候の報告どおり、敵は下級貴族が1匹に出来損ないが2匹。

 まだ日の光があるからか、大きな木の洞の中で眠っていた。


 下級とはいえ貴族級が、こんな時間に、こんな場所で、見張りもできない出来損ない2匹だけが供でとなると、

お決まりの逸れか、若しくは暴走して追放された末端であると推測された。



 吸血鬼たちも、ただ衝動的に人間を食い物にして殺すだけではなく、必要最低限の人間を家畜として確保している。


 人間と同程度の思考力を有し、人間より長い時を生きるのだから、基本的に人間より知能が高い傾向にあるのは当然で、養殖くらいは普通に行う。


 ただし、長すぎる不死の人生は彼らの魂を腐らせるため、同族意識や協調性、共感性、社会性などは、寿命の短い人間に劣る。



 それはつまり、派閥に属していない吸血鬼は、血を得るためには自分で狩りをしなければならないということである。


 さらに、昨今は、彼らの吸血鬼社会の上層部にも様々な都合があって、人間狩りの機会も減少している。

 そのため、派閥に属していても、下級の吸血鬼にまで満足に血液は巡ってこなくなっていた。



 当然、それに不満のある吸血鬼は自力でどうにかするしかないのだが、上位の吸血鬼がそれを手伝うようなことはない。


 彼らが新たな家畜を仕入れてくるならそれでいいし、たとえ返り討ちに遭ったとしても、口減らしになる。


 眷属を作ることはあっても、子を作ることなどない彼らにとって、自分以外の吸血鬼も潜在的な敵であり、同族意識など存在しないのだ。




 戦闘が始まったのは、空が燃えるような赤い色に染まった頃だ。


 ほどなく太陽は完全に沈み、夜が――吸血鬼の時間がやってくる。


 しかし、付近には別動隊も含めて百人近い狩人がいたことと、下級貴族程度であれば、《憤怒》のスキルを使わなくても充分に渡り合えるライアンが同行していて、

「日没までには充分に吸血鬼を退治できる」と強力に主張したことが決め手となって、部隊長である【ミゲル】は渋々行動開始の号令を出した。



 ミゲルとしては、イレギュラーひとつで死地になる可能性のあるこのタイミングでの攻撃には反対だったが、

そういった消極的な理由ではライナーが命令無視するおそれがあった。

 実際、ライナーは《憤怒》の影響もあってか何度も命令無視をしていて、場合によっては味方に向けられるおそれすらある扱いの難しい駒だった。



 先制攻撃――といっても物資が乏しく、満足に補給も受けられない彼らには、まともに使える飛び道具など既に無い。

 魔法も、若干とはいえレジスト能力を持つ吸血鬼には有効打にはなり難い。


 そもそも、高い再生能力を持つ吸血鬼には、牽制程度の遠距離攻撃など役に立たない。


 そのため、狩人たちが主力として使うのは、聖水のような手軽で吸血鬼に特効効果を持つ物や、汚物のような悪臭兵器――

比較的お手軽に補給できる最臭兵器である。


 前者は高位の聖職者がいないためにダメージはあまり期待できないものの、水に困ることだけは少ないこの世界では大量に用意できる利点がある。

 後者は、人間より遥かに感覚の鋭い吸血鬼には意外なほど有効で、更に精神的なダメージも与えることができるので、胸がスッとするものだった。

 用意できる量に限りがあることと、人として大事なものを失うことが難点だが、彼らは吸血鬼を殺すために使えるものは何でも利用した。




 汚物塗れにされた吸血鬼が、聖属性を付与された武器で心臓を貫かれ、身の毛もよだつ断末魔を上げて斃れた。

 それは気の弱い者が耳にすればそれだけでショック死しかねない怨嗟に満ちたものだったが、狩人たちの耳には復讐を彩る甘美なメロディーでしかない。



 しかし、吸血鬼にとっての死とは一時的な状態異常のようなものである。


 心臓を潰されても、炎で焼かれて炭になっても、魂が無事であれば――復活に必要な魔力さえ残っていれば復活してくる。

 心臓に杭を打ち込むのも、貫かれている間は死んでいるが、抜けた途端に再生が始まる。



 狩人たちにとって厄介な点が、この再生開始のタイミングと再生速度には個体差があるということだ。


 理論的には、再生できなくなるまで殺し続ければ、いかに吸血鬼であっても本当の死は避けられない。


 すぐに再生するタイプであれば、再生する度に殺していればいずれは再生できなくなる。

 しかし、再生するタイミングが読めない吸血鬼の場合は、扱いが難しくなる。


 復活していない状態で、吸血鬼の躯を破壊しても大した意味は無い。

 吸血鬼の死体はただの死体であり、それに日光に当てても灰になったりはしない。

 死体のうちに、復活時に日光に当たるように細工をすることは有効だが、運が絡んでくるために確実ではない。


 吸血鬼にダメージを与えられるのは、それが吸血鬼として存在している間――肉体と魂が揃っている間だけなのだ。

 一応、肉体の再生にも魔力は必要なので、全くの無駄ということもないが、効果は基本的に誤差程度である。


 逆に、直接魂にダメージを与えられる手段があればそれで事足りるのだが、そのようなスキルを持っている者がいれば、狩人たちも苦労はしていない。



 しかし、狩人たちはそれを工夫で補った。


 抵抗力を失った吸血鬼の躯に、《清浄》の魔法が無数に撃ち込まれる。

 《清浄》の魔法は不浄を祓う魔法ではあるが、基本的にアンデッド発生の予防などに使われる魔法であり、攻撃を目的としたものではない。


 高位の聖職者であれば多少のダメージは見込めるかもしれないが、そうするくらいなら、攻撃魔法の《退魔》を使う。

 少なくとも、《清浄》は吸血鬼という難敵に対して使うようなものではない。



 しかし、狩人たちに浄化され続けた吸血鬼の躯は、しばらくすると日光に当たったときのように塵となって消えた。

 浄化された――聖別された器に吸血鬼の魂が繋がったことで、穢れた魂が大ダメージを受けたのだ。


 吸血鬼が吸血鬼としてある間は、《清浄》のような初級の魔法が彼らのレジスト能力を突破することはほとんどない。

 聖職者ではない狩人たちのものでは皆無といってもいいだろう。


 しかし、魂の抜けた状態の躯には大してダメージを与えられはしないが、レジスト能力も発生しない。

 そうすると、本来は浄化されることのない吸血鬼の器を浄化することができる。


 そして、吸血鬼はダメージを受けると分かっていても復活を拒否することもできない。


 発想の転換――というわけではなく、吸血鬼化された仲間を元に戻そうといろいろやった末に発見されただけのことであるが、

日光の下でなくても吸血鬼と戦えるようになった一因である。




 最後の吸血鬼が塵になり、勝利の余韻に浸っていたのも束の間のこと、彼らの周囲の空間に揺らぎが発生した。


 《転移》の前兆である。


 熟練者であれば、この《転移》の前兆は小さく短くできるのだが、それでもゼロにはできない。

 そこから推察するに、この術者の技量は並程度。


 とはいえ、狩人たちからすれば《転移》が使えるだけで相当格上の実力者であり、見え見えの前兆を妨害することもできない。



「まさか!? ――油断したらあかん! 来るでっ!」


 ミゲルに限らず、多くの狩人たちが「まさか」と思うのも無理はない。


 戦場に《転移》でやってくるなど、それから始まる戦闘にとって魔力の無駄遣いでしかなく、始める前からハンデを背負ってしまうのだ。


 仮に人員輸送だけが目的であったとしても、いつどこで起きるか分からないゲリラ戦に介入するのは、普通に考えれば不可能なはずである。



 しかし、吸血鬼たちも莫迦ではない。

 狩人たちが食いつきやすいエサを用意して、そちらに夢中で食いついている隙に態勢を整え、機を窺っていたのだ。



 空間の揺らぎが収まると、8人の吸血鬼が姿を現した。


「下級5! 中級2! ――上級1! あかん、撤退や!」


 ミゲルは出現した吸血鬼を見るや否や、撤退の指示を出した。

 それは狩人たちとは因縁の深い、勝ち目の無い相手だった。


「まあ、そう言わずにゆっくりしていきたまえ。――しかしまあ、随分と酷い有様だね。いや、家畜には相応しいというべきかな?」


 慌てる狩人たちとは対照的に、吸血鬼のひとりがゆっくりと辺りを見回し、侮蔑をたっぷりと含んだ言葉で語りかけた。


 それは言葉の上では提案だったが、家畜と対話する人間がいないように、最初から逃がすつもりは毛頭ないとばかりに、下級吸血鬼たちが展開していた。



「殺す!」


「ライアン、あかん! 退却や! もうすぐ夜がくる!」


 その細身で長身の貴族級吸血鬼を目にした途端、ライアンが逆上してしまい、ミゲルの制止を無視して飛びかかったが、その隣にいた細身の中級貴族によって、いとも簡単に阻まれた。



「やはり君もいたのか。せっかく用意したサプライズが無駄にならなくて良かったよ」


 そんなライアンを見て、その貴族級吸血鬼が嬉しそうに目を細める。


「【ニコル】様、やはり彼を?」


「そう。彼は私の眷属にする。殺さないように」


 ニコルと呼ばれた吸血鬼は、《憤怒》に呑まれそうになっているライアンを指差して、他の吸血鬼たちに釘を刺す。




 ニコルは、ほんの十年ほど前までは、魔術の道を志していたただの人族の冒険者だった。


 しかし、運悪く――否、運良く、冒険中に復活の途中にあった吸血鬼の魔王を発見した。


 魔術の深奥を探るには、人の時間は短すぎると常々感じていた彼は、共に冒険していた仲間を裏切って魔王の復活の手助けをし、自ら進んでその眷属となった生粋の狂人である。


 そうして不死の肉体を得た彼は、その復活途上の魔王を不死の大魔王に売り、更なる叡智と力を求めた。



 そんな経緯もあって、新参ではあるが上級貴族に連なった彼は、本来であればこのような前線に顔を出す必要は無い。

 しかし、古参の上級貴族からしてみれば、彼の存在は当然ながらに目障りである。


 隙あらばニコルを殺そうと無駄なことをしてくる彼らは、ニコルにとっても目障りだった。

 しかし、いずれ不死の魔王に対する手駒にするつもりでいたので、殺したりもできない。


 そこで、彼らに対する一時的な防波堤として、ライアンに目をつけたのだ。



 ニコルが前線に出てライアンを見つけたのは、ただの偶然だった。


 しかし、他の狩人たちとは一線を画する能力を持つライアンは、ニコルにとって格好の玩具であり、素材だった。

 そして、他の上位貴族に目をつけられる前に手に入れなければならなかった。


 そのために策を弄し、この状況を作り出したのだ。



「ふぅん、ワイルド系かあ。顔は悪くはないけど僕のタイプじゃないし、どうでもいいかな。それより、それ以外は殺っちゃっていいんですかあ?」


「好きにしたまえ」


 ニコルの許可を得て、もうひとりの中級貴族――まだ成人前の子供にしか見えない吸血鬼の顔が、邪悪な笑みを浮かべる。


「ライアン君といったね。君をこちら側の世界に招待しよう。光栄に思いたまえ」


「ふざけるなあ! 貴様らは全員殺す! 皆殺しにしてやる!」


「ライアン、吸血鬼のゆうことに耳傾けんな! ていうか、退却や!」


 《憤怒》に支配されつつあるライアンには、ミゲルの忠告や命令は届かない。

 吸血鬼を憎むあまり、その言動を無視することができないのだ。

 僅かに残ったライアンの冷静な部分が、この状況では勝ち目がないと告げていたが、恋人を連れ去った張本人を前にして、素直に引き下がることができるほど彼は大人ではなかった。



「こちら側に来れば、今君が感じている全ての不自由から解放されるというのに――そうだ、せっかく用意したものを忘れるところだったよ」


 ニコルは相変わらず余裕の表情のまま、自身の真横に時空魔法で《門》を作り出し、そこから無造作に、手足に枷を嵌められた全裸の女性を引き摺りだした。


「【ティナ】!?」


 ライアンが、恋人の名を声の限りに叫んだ。


「久し振りに再会した気分はどうだい? それはそうと、この魔法は魔力を食いすぎていけない。ひとまず、補給をさせてもらおうか」


「止めろ! 止めてくれ!」


 必死に叫ぶライアンを尻目に、ニコルは女性の首元へゆっくりと牙を突き立て血を啜る。


「見な……いで……」


 吸血鬼の吸血行為には、性的な快感に近いものが伴う。


 それは、吸血鬼本人だけではなく、吸血されている対象にも及ぶ。


 《魅了》スキルを備える吸血鬼の特性か、その快楽は人の身で耐えられるレベルのものではなく、ティナと呼ばれた女性もその意思とは裏腹に、

快楽に震える身体を止めることはできない。


 むしろ、言葉を発せたことだけでも大したものだと褒めるべきだ――とはいえ、意識して出た言葉ではないかもしれないが。



「――殺す!」


「ははは、こんな年齢まで貞操を守っているだけあって実に美味だよ。君が大人しくこちら側に来るなら、この女は君にプレゼントしよう!」


「――殺す! 殺す!」


「しかし、君が断るのであればこの女は用済み――出来損ないどもの慰み者にでもするとしよう」


「殺す! 死ね! 殺す! お前ら全員殺してやる!」


「まずい! 《憤怒》が暴走する――全員、死ぬ気で退路を作れ!」


 《憤怒》のスキルに侵されたライアンが、恋人が人質に取られていることも忘れて吸血鬼に襲いかかる。



 それを合図に、吸血鬼と狩人の戦闘の幕が上がった。



 この展開はニコルの狙いどおりである。


 いつ発動するか分からない《憤怒》が脅威なのであれば、さっさと発動させてしまえばいい。

 《憤怒》を発動できる時間は限られているし、一度発動させてしまえばオンオフを使い分けるような理性はなくなる。


 そして、ほんの少し時間を稼げば、夜――吸血鬼の時間になる。



 一方の狩人たちは、完全に手詰まりだった。


 ライアンを見捨てれば、何人かは生き延びることができるかもしれない。


 しかし、狩人たちの希望の象徴であるライアンを失えばどうなるか。

 それ以上に、ライアンが敵として現れた場合は――。


 ライアンに頼り切っていたツケが、そして甘やかせすぎたツケが、ここにきて回ってきていた。



 戦況は、僅かに狩人側が不利――で済んでいるのは、吸血鬼たちが、ライアンの《憤怒》のスキルが切れるのを待っているからだ。


 血のような赤に染まっていた空も、闇に染まるにつれて、吸血鬼たちが活性化していく。



(これはあかん――)


 ミゲルは活路を見出すべく必死に考えを巡らせ続ける。

 それでも、この絶望的な状況では、案らしい案は全く浮かんでこない。


 そもそも、彼もどちらかといえば現場の人間であり、その長いキャリアから戦術レベルの判断はできても、作戦立案や戦略に関する能力はほとんどないのだ。


 そのミゲルが、この状況を戦術レベルで「打つ手なし」と判断している。


 本当はひとつだけ打つべき手があるのだが、その命令を出すことを躊躇していた。


 自分たちの手で、ライアンを殺す――。



「リーダー危ないっ!」


 仲間の声で、ハッと我に返ったミゲルの目の前に、大きく腕を振りかぶった吸血鬼の姿があった。


 吸血鬼の爪にやられると、攻撃力の高さもさることながら、毒や麻痺、そして生命力を奪われるエナジードレインなどの状態異常を引き起こすことがある。

 最悪の場合は、掠っただけでも戦闘不能になる。


「しもた――ぐふっ!?」


 ミゲルの体が、錐揉みしながら宙を舞った。


 ただし、吸血鬼にやられたわけではない。

 ミゲルを襲おうとしていた吸血鬼も、錐揉みしながら宙を舞っていた。


 彼らは、突然音もなくやってきた黒光りする家――のような馬車に撥ねられていた。

 その馬車は、ふたりを轢いてからもしばらく直進していたかと思うと、あり得ない速度のまま180度転回して停車した。



 戦場にあった全ての視線がそこに集まる。


 次の瞬間、「ドン」という大きな音が鳴り響く。


 全員が慌ててそちらに視線を向けると、いつの間にか仮面をつけて顔を隠している、非常に露出の高い着物を着た少女が、地に伏したライアンを踏みつけていた。



「あーあ、すっかり《憤怒》に呑み込まれちゃって、まぁ。そんな使い方してると、いつか魔王に堕ちるわよ?」


 ライアンの《憤怒》のスキルはまだ解けていないはずなのだが、特に気負った様子もない少女を撥ね除けることができないでいる。


 つまり、その少女は、《憤怒》を発動させたライアンを鎧袖一触にできるだけの能力を持っていることになる。



 そもそも、いつの間にこんなことになったのかが誰にも分からない。


 この異常事態に、狩人たちだけでなく吸血鬼たちにも緊張が走る。



「えー……、本当にやるの?」


 そしてもうひとり、馬車の御者台に乗っている、服装こそカジュアルなものの、頭部にはバケツを被った謎の存在が、見えない何かと話していた。

 前方不注意どころの話ではない。


 そして、ミゲルと吸血鬼を撥ねたというのに、気にした様子もまるでない。



 馬車の姿が消失し、謎の存在が大地に降り立つ。


 謎の存在は体形だけを見ると女性のように見えるが、背中には絵画に描かれるような、しかし純白ではなく濡羽色をした大きな翼が生えている。

 胸の膨らみはただの鳩胸かもしれない。となると、バケツの中は鳩の顔なのかもしれない――と、不気味な想像をする者も少なくない。


 そんなことよりも、馬車が消えただけなら、人並み外れた《固有空間》を持っているのだと推測できるのだが、《固有空間》には入れられないはずの馬までもが消えている。


 空間系の魔法の可能性もなくはないが、空間系魔法の使い手であるニコルにも空間の歪みは認識できず、それ以前に、魔法を使った痕跡や前兆すら分からなかった。


 暴走状態にあるライアンを軽く押さえ込む怪力を持った痴女と、正体不明の能力を持った謎の存在の突然の登場に、

そのふたり以外の全ての者が動くことができなくなった。



「えーと、直ちに武器を捨てて、戦闘を停止しなさい。言うことを聞かない悪い子は、お仕置きしちゃうゾ☆」


 そこへ、謎の存在が、謎のポーズで、謎の勧告を出した。


 武器を捨てるも何も、吸血鬼たちの大半は武装しておらず、狩人たちの一部が持っているものは、武器ではなく汚物である。


 また、今現在、この闖入者たちのせいで戦闘は中断されている。


 声自体は不思議な魅力を持つ美しい声だったが、それ以外は何をどう受け取ればいいのか、誰にも分からなかった。



「ほら、やっぱり恥ずかしい目に遭っただけじゃないか」


『バケツを外してやらなきゃ効果ないよ。さすがにそれくらいは分かってると思ってたけど……。それに、原稿どおりに喋るとも思わなかったよ……』


 さらに、見えない何かと会話を続ける謎の存在。


 どう見てもヤバい電波を受信していてるようにしか見えないせいか、攻撃を加えるどころか非常に近寄りがたく、誰何することすら躊躇してしまう。


 アクシデントを望んでいたミゲルも、これをどう扱っていいのか理解できず、それ以前に何か行動を起こそうにも全身を強く打っていて重体で、

意識があるのかどうかも定かではない。


 この謎の膠着は、日が完全に沈むまで続いた。

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