05 帰郷
――ユノ視点――
魔族領とは、一般的に帝国以東に存在する大陸のことを指す。
ただ、大陸とはいっても、海や山などの地形で分断されているわけでもない。
まるで境界線のように南北に走る、長さ一千数百キロメートルに亘る大渓谷が存在するものの、そこを迂回すれば普通に地続きである。
主要都市を結ぶ直線上には簡素ながら街道も存在するし、渓谷を渡る設備もあるらしい。
もちろん、街道沿いの国境には関所が存在するので、簡単に行き来できるということでもない。
とはいえ、入出国検査自体は国際法に則ったもので、重犯罪者でなければ、亜人や魔族であっても通行はできる。
ただし、その際には通行料が徴収されるので、冒険者組合や商工組合などに属していなければ、結構な金額になるらしい。
しかし、私のような例もあるし、密入出国ができないこともない。
とはいえ、関所は砦に匹敵する防衛力を備えている上に、迂回しようにも北には不死の魔王の支配領域、南には赤竜の棲む山がある中で、比較的とはいえ安全を保障されている唯一の地域である。
どちらの領域もそれなりに距離はあるものの、命の値段を惜しんでまで、関所を避けて国境を越えようとする人はほとんどいない。
帝国ですら、これ以上の領土拡大で、両者を、そして更に東にいる獣人の魔王を刺激するのは得策ではないと判断して、この場所に関所を築いているのだ。
一般的な感覚では、無理が利くような場所ではないのだろう。
ソフィアの故郷は、そんな魔族領の中央部、不死の魔王の領域寄りではあるものの、どこの勢力にも属していない地域に存在していた。
勢力図はその当時からさほど変化していないそうだけれど、かつて村があった場所は、僅かに建物の跡が残るだけの廃墟と化していて、生い茂った草木が年月を感じさせた。
今より少し前、楽器奏者たちの馴致に3日欲しいとアルから要望があった。
僅か3日で何ができるのかは分からないけれど、朔が言うには、可能性を測るには充分な時間だとか、計画に支障をきたさないギリギリのタイミングなのだそうだ。
とにかく、思わぬ形で時間ができたので、本来の予定にあった魔族領の調査に行くことにしたのだ。
というか、アナスタシアさんに出された課題に、全く着手していないのは非常にまずい気がする。
それに、もしかすると妹たちの召喚の手掛かりや、世界の壁を壊さずに世界間を移動するヒントになる可能性もあるので、本来の優先順位はこちらの方が高いのだ。
現在判明している情報は、ソフィアが斃したはずの吸血鬼の魔王が復活していることと、不死の魔王ヴィクターさんが何らかの形でそれに関わっていること。
また、帝国に潜入中のノワールから、帝国中枢にもヴィクターさんの影が見え隠れするとの報告も届いている。
気にはなるところだけれど、既に妹たちのことだけでも手一杯なのだ。
そこに、わざわざ問題を増やしたり、複雑にするのは、莫迦のやることだ。
なので、ノワールたちにも深入りしないように厳命してある。
そして、私たちの目的は、遥か昔に吸血鬼の魔王が起こした事件の内容を正しく知ることである。
それは、吸血鬼の魔王の知識や記憶だけでなく、当時の資料や、生き残った人たちの――生存の望みは薄いと思うけれど、手記だとか口伝のようなものなど、集められるものは全て集めたい。
最初は、吸血鬼の魔王の知識と記憶を奪えばそれで充分だと思っていたのだけれど、その知識が間違ったものだったり、記憶も違っていたり、曖昧だったり――という事態もあり得る。
知識と記憶を誤魔化すことはできないけれど、奪ったそれらが正しいかどうかは別の問題なのだ。
それに、分業――というか、専門的なところは専門家に任せていたり、偶然などの要素が絡む認識外のことはがあれば、当然それらも奪えない。
リアルタイムなら片っ端から喰らっていけばいいのだけれど、さすがに遥か昔に死んでいるであろう人をどうこうというのは現実的ではない。
一応、再構築できるだけの情報があれば可能だけれど、そもそも、それで情報を得たとして、ソフィアたちにどう説明するかという問題も残っている。
情報を得ることと、内容を理解すること、それを他者に伝えられるかどうかは全て別のことなのだ。
どんなに優れた能力でも、運用が駄目だとゴミになるという好例だろう。
つまり、尋問には便利な能力だけれど、知識を得るとかそういった使い方は難しい。
ソフィアやグレゴリーと共有するためには、同時にふたりが理解できるような物証も得なければならないのだと思う。
神だなんていわれても、所詮はこんなものなのだ。
また、明言はされていないけれど、アナスタシアさんとバッカスさんからの課題には、「大きな問題を起こさずに解決しろ」という条件が付されているはずだ。
そうでなければ、自分でやっているだろうし。
というか、課題のことを抜きにしても、問題を解決してもそれ以上の問題を起こしていたりするとさすがにまずい。
もちろん、やむを得ない状況もあるかもしれないけれど、他人にそういう言い訳が通じるかは望み薄だろう。
彼らから見て、「何もしない方が良かった」レベルでは駄目なのだ。
そんな評価をもらうと、それ以降の活動に支障が出る可能性が非常に高い。
逆に、上手く解決できれば、彼らの信頼を得ることができるだろう。
もしかすると、いろいろと便宜を図ってくれたり、協力してくれるようになるかもしれない。
一応、神格も持っているらしい彼らのこと、私たちでは入手不可能な情報や技術も持っているかもしれない。
なお、クライヴさんは、心の病の治療のためにアナスタシアさんの下で療養中なので、彼の協力は期待していない。
とにかく、私も頭脳戦が苦手だからと、肉体言語に頼るのは卒業しなくてはいけないのだ。
もちろん、アイドルでどうにかなるなどとは思っていない。
しかし、何事もやる前から諦めるのは性に合わないし、成長しないとしても、努力は続けるべきだと思う。
もしかすると、私の能力でも可能な上手いやり方が見つかるかもしれないし。
そんなわけで、今日は朝早くから魔族領に訪れていた。
同行者はソフィアひとりだけだけれど、私には瞬間移動があるので、必要があれば、いつでもアイリスやミーティアも連れてくることもできる。
とはいえ、今回の訪問は偵察程度のつもりで、大人数で行動して目立つような真似はしない。
よって、特別な事情でもなければ、彼女たちを連れてくるつもりはない。
という名目で、せっかくの機会なので、しばらくは久々の帰郷となるソフィアの自由にさせるつもりだ。
ひとまずは、ソフィアたちの生家のあった場所に向かって、その裏手にある彼女の両親のお墓の周りを掃除して、花を供えて手を合わせる。
「さ、行きましょうか」
「もういいの?」
しかし、手を合わせてから十秒と経たずにソフィアが立ち上がって、先を促した。
「お墓の下には、お父さんもお母さんもいないもの」
詳しく話を聞いてみると、吸血鬼の魔王を倒したソフィアが、紆余曲折を経てこの村に戻ってきた時にはゴブリンの群れが居着いていただけで、両親や知り合いの遺体はおろか、形見すら見つけられなかったそうだ。
なお、そのゴブリンたちは幼いソフィアを見るや嬉々として襲いかかってきたものの、当然のように返り討ちに――八つ当たり気味に皆殺しにしたそうだ。
その後しばらく廃墟となった村で妹の帰りを待ち続けたそうだけれど、ゴブリンたちの集めていた食料が底を突きそうになったことを機に、再び妹を捜しに旅に出た。
その際に、形だけのお墓を作ったのがこれだそうで、結局今日まで一度も戻っていなかったらしい。
幼い頃に両親を殺され、妹を捜すために魔王にまで堕ちて、グレゴリーに出会うまでの長い間独りで彷徨っていた――つらい思い出が多いこの地は、ソフィアにとって気軽に訪れ難いものだったのかもしれない。
「何しんみりしてるの? 単純に、迷宮からここまでが遠すぎただけよ。往復するだけで何か月もかかるし、旅費だって莫迦にならないし」
ソフィアに感傷的なものを求めてはいけないらしい。
「そんなわけだから、今はレティシアの方に集中しましょう。息抜きも必要だけど、せっかくの手掛かりを見逃すわけにはいかないわ」
ソフィアは、痴女みたいな格好をしているけれど、根は真面目だ。
若干余裕が無いような気もするものの、今まで長い時間進展がなかったところに光明が差せば、こうなるのも無理はないのかもしれない。
「それじゃあ、次はレティも連れてこられるように頑張ろうか」
もっとも、感傷に浸るのは、全てが片付いてからでいいというのは同感だ。
「――っ!? ――――そうね。でも、突然真剣な表情になるのはズルいわ。あんたはそんな顔して喋るだけで、大した内容じゃなくてもすごい破壊力なんだから、頑張りすぎちゃ駄目。私もうっかり誑かせられるところだったわ……」
私なりに気を利かせたつもりなのに、何という言い草か。
「――――――っ! だから、私を誘惑してどうするの!? アイリスに言いつけるわよ!?」
なぜか理不尽な理由で責められているようなので、怒ってもいい場面なのだけれど、仮にもレティの実の両親の墓前でそうするのも憚られた。
なので、笑って誤魔化そうかと微笑んでみたのだけれど、なぜか更に怒られた。
私はどんな顔をすればいいのだろう?
その後は、情報収集のために廃墟から十数キロメートルほど東にある町へ向かった。
それくらいなら瞬間移動するまでもなく、走ってもすぐに着く距離だったけれど、人目に考慮してファントム号での移動となった。
ただ、マリアベルは別件で使っているので、御者台には私が座っていて、なぜかソフィアも隣に座っている。
しかし、座っているだけならよかったのだけれど、沈黙に耐えかねて出してきた話題が先ほどのクレームの続きである。
ソフィア自身も失敗だと分かっているようだけれど、口に出してしまった以上、そして魔王である以上、後には引けないらしい。
実に面倒臭い性質である。
もちろん、ソフィアも本気で怒っているわけではないのだろう。
やり場のない感情の発散というか、照れ隠しに近いようなものだと思う。
しかし、どうせ話題を振ってくるならレティシアのことにしてもらいたかったと、心の中で溜息を吐く。
それが分かっていても、私にもそれをどうこうする対人スキルはないけれど。
こんなふたりで旅をするなど、不安しかない。
着地点が定まっていないクレームは、町に着くまで続いた。
入市審査を受けるために中断された時には、ふたりして――旦那さんまでが安堵の息を吐いていた。
道中、最も神経を擦り減らしていたのは旦那さんなのかもしれない。
後でしっかり労っておこうと思う。
今回はバケツを被っていたからか、入市審査で問題が起きることはなかった。
それはそれでどうかと思うけれど。
とにかく、無所属の町にしてはかなり高額な入市料を支払ったものの、無事に通過することができた。
しかし、いつものことながら、こう易々と魔物や魔王を通して、治安は大丈夫なのかと心配になってしまう。
竜のように防壁を越えられる魔物には効果が薄かったり、実務的な限界があることも分かるけれど、ともすれば町の存続に関わるかもしれない審査がこうもザルなのはいかがなものか。
それはともかく、町の規模は、それほど大きくない。
といっても、比較対象となる町をほとんど知らないのだけれど、王国などに所属している町から比べると、インフラや建物のレベルはかなり劣っている。
そもそも、町を囲う防壁すらも薄く低く、兵器もろくに備えつけられていなかった。
リリーの暮らしていた村よりはマシだけれど、防衛能力という点ではそれほど差はないように思う。
また、門番や町を巡回している警備兵の装備も軽装で、練度でそれをカバーしているようにも見えないので、有事の際に役に立ちそうな感じはしない。
ソフィアが言うには、「お金のない町や村はどこもこんな感じよ。むしろ、ここはマシな方じゃないかしら」ということだけれど、引き籠りの意見なので、話半分に聞いておく。
とにかく、これが税などの義務を受け容れる代わりに支援を受けている町との差なのだろう。
しばらく町中を歩き回ってみたけれど、そこで見かける住人たちは至って日常の中といった雰囲気で、魔王復活の影響はここでは感じられなかった。
なので、サクッと本命の場所に向かう。
ひとまず、魔物のことに関する情報は、ギルドに行けば間違いない。
というか、町の人に過去の魔王の記録や魔王復活について聞いて回っても、無用な混乱を生み出すだけだろう。
情報が生命線である商人に話を聞くのもいいかもしれないけれど、私やソフィアの話術で彼らと渡り合えるとは思えないので、それはどうにもならなかった場合の最後の手段とする。
そもそも、ギルドであれば、情報が無くても依頼を出せばいいのだし、無駄足になることはない。
もちろん、普通の人間には魔王の相手は荷が重すぎるので、調査程度のものになるけれど、逸早く彼らが警戒態勢を取れるだけでも意味がある。かもしれない。
この町の防衛能力や住人の危機意識を見ると、望み薄かも。
そう考えていたのだけれど、この町にはギルドが存在しなかった。
後で聞いた話だと、ギルドも最低限の安全が確保できない場所には支店を出さないらしい。
考えてみれば当然である。
公共性は高くても、慈善事業ではないのだ。
おかげで時間を浪費してしまった。
それならばと、最後の手段として商工組合に向かおうとしたのだけれど、これも存在しなかった。
ギルドも存在しないこの町に、命を懸けてまで商売するような魅力というか見返りがないのだ。
いきなり最後の手段まで潰えてしまった。
それでも、方々歩き回って、この町の長がそれらの業務を一手に仕切っているという情報を得ることができた。
この程度の情報にどれだけ時間をかけているのかと思わなくもないけれど、バケツを被った不審者とコミュ障魔王のコンビでは、警戒されて逃げられるのだ。
たまに話を聞いてもらえそうだと思ったら、「話なら食事でもしながらゆっくり聞いてあげるよ」というようなナンパばかり。
これはソフィアの痴女のような格好がまずかったのだろう。
そんな感じで、まともに聞き込みができなかったのだから仕方がない。
なお、私たちの容姿が問題なら――と、目の悪そうなお爺さんに話しかけてみたものの、耳も遠くて駄目だったというオチがついた。
さておき、この町長は、過去に吸血鬼の魔王を倒した勇者の仲間の末裔なのだとか。
これには、ソフィアとふたりで首を傾げるしかない。
吸血鬼の魔王を倒したのはソフィアであって、この事実は揺らがない。
そのはずだ。
可能性として一番高そうなのは、手柄の横取りか。
他にも、復活した魔王を倒したとか、全く別の魔王を倒したという可能性もなくはないけれど、確認のしようもない。
とはいえ、ソフィアにとっても手柄や名誉などはどうでもいいことらしいし、情報交換や仕事の依頼ができればそれでいいことでもあるので、とりあえず町長の屋敷へ向かうことにした。
◇◇◇
「町長はお忙しい方ですので、お約束も紹介状もない方ですと、相談料として30分につき銀貨5枚かかりますがよろしいですか? それと、馬車のスペースにも限りがありますので、そちらも30分につき銀貨5枚、以降10分ごとに銀貨1枚お支払いいただくことになります。さらに――」
町長の屋敷の門を叩いて、使用人らしき男性が出てくる否や、料金説明が始まった。
ひとつひとつは大した額ではないけれど、隙あらば毟り取ってやろうという気迫に圧倒された。
それに何より、私たちにたかる神経が信じられない。
外見は不審者と痴女、肩書は邪神と魔王のどこにたかる要素があるのか。
状況や相手が違えば、殺されてもおかしくない。
もしかすると、その危険性も込みでの集金なのだろうか?
すごいな、町長!
それはともかく、これ以上調子に乗られて、ソフィアがキレる前に止めなければいけない。
この程度でキレることはないかもしれないけれど、魔王に堕ちる人は総じてスルー力が足りないというのが私の所見である。
使用人に手っ取り早く金貨を1枚握らせると、驚くほど迅速に町長への取次ぎを行ってくれた。
町長も、樽のような体を揺らしながら、息を切らせて駆けつけるあたり、金貨の効果は絶大だったようだ。
「お待たせしましたかな? 私がこの町の長を任されておりますゴードンと申します。随分お急ぎのようですが、本日は一体どのようなご用向きで? 心配なさらずとも、物資の調達から魔物の討伐まで、幅広い人脈と、魔王を倒したご先祖様に恥じぬ力を受継ぐ我が家に任せていただければ、解決できぬことなどありませぬ! ――もっとも、私を筆頭に皆忙しい身ですので、少々お時間をいただくのと、費用も高めになっておりますが――いや、成功率の高さは保証いたします! 大船に乗った気でいてもらって大丈夫ですぞ!」
挨拶もそこそこに、営業を始められた。
丸々と太ったというより、パンパンに腫れあがったといったほうがしっくりくる身体で、滝のような汗を流してるおじさんに、果たして魔物退治などできるのか? というのが正直な印象だ。
とてもお金で動くプロフェッショナルには見えない。
いや、確かに舌はよく動くようだけれど。
ということは、中抜きして丸投げか?
見た目で人を判断してはいけないことは理解しているけれど、どこからどう見ても胡散臭い。
『先ほど町長はご先祖が魔王を倒したと仰いましたが、それがどのような魔王であったかご存知ですか?』
朔が、アイリスを意識したような丁寧な喋り方で、町長に問いかけた。
いつものことながら多芸である。
「ははは、昔話をお望みですかな? では、ゴホン――ご先祖様が倒したのは、恐ろしい吸血鬼の魔王であったと伝え聞いております。今より何百年も昔、いくつもの町や村を襲い、暴虐の限りを尽くしていた魔王がおったのですが、生き残った者たちが魔王に対抗すべく力を合わせたのです。そして彼らは大きな犠牲を払いながらも吸血鬼どもを追い詰め――その際、私のご先祖様は終始最前線で活躍しておったそうで、ちなみに、ご先祖様は抵抗軍にこの人ありと謳われた猛者でしてな。それだけではなく、大層な人格者でもあった――」
「ちょっと、そ――」
ソフィアが余計なことを口にしないように、ゼリータイプの《鬼殺し》で口を塞ぐ。
そうして《鬼殺し》に夢中になったソフィアは、それ以外のことに気を回す余裕は無くなった。
『その辺りは結構。その吸血鬼の魔王をどうやって倒したかはご存知?』
「もちろん知っておりますが――門外不出の技でなければお嬢さんにお見せすることもできたのでしょうが、ふふ、残念なことです」
さすがに古竜でなくてもブラフであることが分かる。
いや、もしかすると、そのパンパンに腫れたお腹から何かが出てくるのかもしれない――やっぱりないか。
『倒し方を知っているのなら結構です。では本題に入りましょう。吸血鬼の魔王が復活したという噂はご存知ですか?』
「ははは、ご冗談を。そのような世迷言をどこでお聞きになったのかは知りませんが、彼の魔王は確かに私たちのご先祖様が――」
『吸血鬼を、そして魔王を甘く見すぎですね。残念ですが、先ほどは噂と申上げましたが、とある神からのお告げですので、確定事項と考えていただいて結構です。残念ですが、貴方のお話からは得るものはなさそうですので、私たちはこれでお暇させていただきますね』
神の名を出したことが効いたのか、町長の顔から一瞬で血の気が引いた。
やはり、魔族領でも神の言葉を騙ることは禁忌のようだ。
もっとも、怠惰な神が、今更この程度のことで罰を当ててくるとは思えないけれど。
そもそも、アナスタシアさんも魔王であると同時に神の端くれなので、嘘ではない。
とにかく、彼に期待できる要素は何もなさそうなので、ソフィアが正気に返る前にお暇してしまおう。
『そうそう、魔王が力を取り戻したとき、自分の仇の末裔がいると知ればどうするのでしょうね? 貴方だけで対抗――いえ、意地悪な質問でしたね。せめて無関係な町の人たちを巻き込まないようにお願いしますね?』
退出する途中でわざとらしく足を止めて、軽く脅しておく。
「い、いや、ちょっと待っ――そ、そうだ! 確かにいくら私でも、ひとりだけでは倒しきるのは不可能でしょう! だ、だが、ここより遥か北に、私と同様に魔王を倒した者たちの子孫が造った町があります! 彼らは今も魔物を狩ることを生業としていると聞く――彼らと再び力を合わせるべきでしょうな! 貴重な情報、感謝します――よければ食事を用意させますので、ごゆっくりしていかれては?
もちろん、料金など必要ございません! ですからもう少しお話を――」
出会って数秒で――いや、出会う前から駄目な種類の人だと気づいていたので、与太話は華麗に聞き流したけれど、次の目的地が決まる程度の役には立った。
そこにいるのがこの町長と同類の存在だったらと思うと気が重いけれど、ひとまず顔だけでも合わせておきたい。
形のある資料なら、領域を使って調べれば充分なのだけれど、口伝や魔法的な記録までは調べられないからね。
一応、町長の屋敷を領域で探ったところ、めぼしい物は何もなかった。
とにかく、彼らの今の地位が魔王を倒したという嘘の上に成り立っているのだとすれば、それを簡単に洩らすことはないだろう。
もしかすると、真実を知らされないまま代替わりして、本当にそう信じている可能性もある。
それでも、目の前に危機が迫っていると知れば、何かが出てくるかもしれない――というのが、朔の考えだった。
まあ、言葉だけの注意喚起では、危機感を煽るには弱かったのかもしれないけれど。
そんな理由もあるので、こんな胡散臭い相手であっても、必要以上に邪険にはできなかった。
結局、空振りだったみたいだけれど、せめて最悪に備えて行動してくれることを祈ろう。
何にしても、仲良くする必要まではないので、食事に限らず全てのお誘いは断って、町長の屋敷を後にした。
◇◇◇
「ああっ、ほんとにもうっ! 何なのよあれは!? 信じられない!」
町長の屋敷を出てからというか、《鬼殺し》の余韻から覚めてから、ずっとソフィアがこの調子だ。
現地で喋れなかった分を私にぶつける、いわゆる内弁慶のようなものだろう。
とにかく、ソフィアは手柄を取られたこと自体はどうでもいいらしいのだけれど、最後の最後まで助けなど来なかった、その時に感じていた無力感や絶望感を蔑ろにされるのは我慢ならないらしい。
『気持ちは分からなくもないけど、そういうのはユノみたいに適当に聞き流した方がいいよ? 今だって相槌打ってるけど、聞いてないからね?』
「ちゃんと聞きなさいよー!」
なぜバラした!?
というか、同じ話を何度も聞かされる身にもなってほしい。
それか、どうしても聞かせたいなら、ミュージカル調にするなどの飽きさせない工夫をしてほしい。
「それよりほら、もう少しで人目がなくなるから瞬間移動するよ?」
非難の目を向けるソフィアを余所に話を打ち切って、目的地周辺を探査しようとして――その手前で戦闘中の集団を発見した。




