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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第六章 邪神さんの子育て大作戦
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03 サプライズ

「ユノ様、準備が、整いました」


 いつもは何事も落ち着いてこなすシャロンが、珍しく息を切らせて戻ってきた。

 それほどまでに急ぐ準備とは何なのか。


「とりあえず、そちらから済ませましょうか」


 何が何だか分からないまま、アイリスに手を引かれて控室に連れていかれる。



 そこにあったのは大量の服だ。

 ただ、今まで着ていたゴスロリ服やメイド服、女神ルックに比べて質素――というか、カジュアルな物が多い。


「微妙なサイズ調整は朔の方でできるんだっけ?」


『うん』


 アルがそんなことを訊くということは、アルが作った物ではないのだろう。


 以前にもアルに服を作ってもらったことがあるのだけれど、直接見られたり触られたこともあるとはいえ、気持ち悪いくらい正確に仕上げてきたのだ。


 とはいえ、私の着る服は身体的な制約を受ける上に、朔のお眼鏡にも適わなければならないなどハードルが高い。

 作ってもらえるだけでも有り難い。


 オーダーメイドをするにしても信頼できる職人なんて知らないし、何かとヒートアップしやすい町の人に頼むのもリスキーだ。


 クリスやセイラなら作れるはずだけれど、最近の彼らの作る服は天才の一歩向こう側――ファッションショーでしか見ないような奇抜な物に走り始めているので、平服の依頼は難しい。

 それ以外はしっかりと賢者をしているだけにもったいない。


 今回も懲りもせず、大量の服の中に星形やハート形のニプレスを紛れ込ませていた。

 というか、最初はそれが何なのか分からなかったし、何なのかが分かっても、服のつもりであれを送ってきていたことには愕然とした。



 もちろん、廃棄した。


 いくら見られて恥ずかしい身体はしていないといっても、見世物になりたいわけではないのだ。


 とはいえ、シンプルな構造なので、朔ならサンプルなど無くても簡単に再現できてしまう。


 さすがの朔も下品すぎると感じたのか、採用の気配はないけれど、「微妙に恥ずかしがるユノが最高のアクセント」と言って、

女神ルックの時に頑なにパンツを穿かせてくれないのも朔なので、油断はできない。



 それはともかく、これを着れば少なくともコスプレ感は減るだろう。


 翼や尻尾といった身体的特徴と、太ももが大好きすぎるこの世界の人の嗜好のせいで露出の高さは相変わらずだけれど、

町の人たちとの差は小さくなったはずだ。


 よくよく考えれば、なぜかすっかり馴染んでいたけれど、普段着がコスプレだったのがおかしいのだ。




「ユノ様、次はこちらを――」


 シャロンに促されるまま次々と服を着替えていく。


 正確には着替えさせられているのだけれど、私の着替えにはタイムラグはないので、他人の目を気にする必要が無い。


 しかし、朔はゆっくり時間をかけて、ポーズをつけて変身させることを諦めていない。

 もちろん、何のメリットもなしにそんなことをするつもりはない。



 それはさておき、着替えるたびにファッションモデルのようにいろいろなポーズを取らされて、その度にアイリスたちによる寸評が入るので必要以上に時間がかかる。


 それでも、久々に私の希望に沿った服もあったりするので、嫌な気はしない。

 むしろ、ノリノリでポーズを取るくらいには気分が良い。


 途中で、私の胸が揺れすぎているとの理由で、ブラジャーをつけるべきだと主張するアイリスとそれ以外の壮絶な論戦があったけれど、

さすがのアイリスもアルにクリス、そして朔まで敵に回しては太刀打ちできなかった。


 立場的には味方をしてあげたかったところだけれど、私自身はブラジャーをつける必要性を感じない――どうせポロリはしないし、重力なんかには負けないし、

つけていようがいまいが見られるのだし。

 何より、朔がそれを服とかファッションだと認識してしまえば、大変なことになる気がしたのだ。



 そんな楽しい時間も、用意されていた服の数が減ってくると終わりが近づいてくる。

 正確には、服はまだ残っているのだけれど、普段着に隠されるように――恐らく隠されていたのであろう、普段着とはとてもいえない物を見つけてからは楽しさより困惑が勝ってくる。


 フォーマルなドレスの類はまだ分かる。

 それが必要な場に出ることもあるかもしれないし、用意しておくことは悪いことではない。



 しかしその奥にある、ドレスというにはスカートの丈が短く、お馴染みのゴスロリ服と同じくらいに装飾がゴテゴテしていて、若干ポップな感じがする物は何なのか。


 少なくとも平時に着る服ではないことだけは分かる。

 そしてVにも負けず劣らずの、恐ろしい角度のハイレグ水着――いや、レオタードなのか?

 Vよりは遙かにマシかと思いきや、潔いまでに開いた背面のお尻の部分は尻尾を避けるようにVになっていた。


 平時とか非常時とか関係無く、これを私に着ろと?

 というか、よくアイリスの審査を通ったものだ。



「それが気になるのかね?」


 表情に出てしまっていたのか、クリスがそれを手に取って近寄ってくる。

 気にならない方がおかしい。


「以前朔君から、『パンツを気にすることなく動ける体操服のようなものが欲しい』と君が言っていたと聞いていたので、作ってみたのだよ」


「そうはいっても、私たちは『体操服』なる物を知らないのよね。そこで、アルフォンス君に教えてもらったのだけれど、この『レオタード』は体操競技に使う物なのでしょう? 

私たちにはよく分からない競技だけれど、踊り子のようなものなのよね?」


 そうだけれど、そうじゃない。

 それはレオタードとはいわない。

 体操競技を冒涜している。


「ユノ君の踊り――皆に披露すればとても喜ばれるだろうね」


「私はその破廉恥な衣装には納得していませんけど、ユノが踊ってくれるなら仕方ありません……」


 はい? ちょっと!?


「心配する必要は無いのだよ。私たちの勇者様が仰っておられた――『パンツじゃないから恥ずかしくないもん』と。レオタードはパンツではない。

そして由緒あるラスボスの衣装なのだとも仰っておられた。よって恥ずかしくなどないのだよ!」


「私たちには分からない領域の話だけれど、勇者様が仰ったことなら間違いはないわ」


 その勇者、言っていることが無茶苦茶だ。

 頭おかしい。


「そうだな。確かにハイレグレオタードは由緒正しいラスボス衣装だ」


 ……アルまで?


「ふむ、本当に良く似合っているのだよ」


 いつの間にか着替えさせられていた。


「素材が良いと本当に何でも似合うわね」


 身体のラインを隠す要素がなく、裸同然の状態で――透けていないのが唯一の救いで、それが似合うってどういうことなのだろう?

 裸を見られるより、真顔でこんな物を着る神経を疑われる方が嫌だ。

 恥ずかしい。


「でも、さすがにこれはみんな前屈みになっちゃうだろうし、その後ろにあるのでいいんじゃないかな?」


 アルが若干前屈みになりながら用途不明だったフリフリの服を指差す。

 ハードルが超下がった。


「ということで、それ着て、歌って踊れ。ユノ、お前はこの世界初のアイドルになるんだ――いや、俺がトップアイドルにしてやる!」


 そんな心の隙を見透かしたかのようにアルが何かを言った。

 意味が理解できない。


 ただひとつ分かるのは、この一連の流れは用意周到に仕組まれた罠だということだ。

 それに、私の窮地に朔が沈黙を貫いていることから、この件では朔も敵か中立の立場なのだろう。


「莫迦なの?」


 孤立無援の状態で、どうにか絞り出せた反論はそれだけだった。




『ユノはさ、ずっと戦闘以外で問題を解決する手段が欲しいって言ってたじゃない?』


 突然何を言い出すのかと不審に思ったけれど、確かに言った。

 今もそう思っている。


 本気を出した私に戦闘で勝てる人はあまりいない――というか、戦闘なんて手段に頼っているうちは話にならない。


 もちろん、私にも譲れないものはあるし、そのためには利用できるものは何でも利用するつもりだけれど、それ以外のことに関してはできれば戦闘以外で、

言葉で解決したい。

 どうしても戦わなければいけないときもあるけれど、戦闘による単純な勝ち負けではなく、試合的な――というか、

だからこそ今こうしてわけの分からない状況に陥っているのだ。


『でも、どれだけ訓練してもユノって口下手なままじゃない? 頭ではいろいろ考えてるみたいだけど口には出ない――恐らく、それも成長しないと思う。

いくら時間があるからって、無駄遣いしていいってことじゃないよね』


「たまに素晴らしく良いことを言いますが、考えなしに勢いで喋ってるというか――それが良いところなんでしょうけど、駆け引きは苦手ですよね」 


 貴重なご意見をありがとうございます。

 けれど、言葉はときに凶器となるので、オブラートに包んでもらえればと思います。


 それに、どうせ報われないから努力しないというのは好きではない。


『努力することに意義があるとか考えてるんだろうけど、ユノの本質的なところは努力でどうこうできるものじゃないし、

人間性の部分は、これ以上失われないように保護してあげないといけない。それを保護したままユノの現状を変えるのは簡単じゃないし、

変えるにしても何百、何千万年かけてのことだと思うよ?』


 図星。

 そしてそうだったのか!?

 というか、単位おかしくない?


 まあ、元々いろいろなことに対する執着が弱かったし、薄情だとか人でなしといわれていた私がどれくらいの人間性を失ったのかは分からないけれど、

そこまで深刻な状況だったのか?


「その人間性を失わないためにもそういった努力は悪いことではないですが、問題の解決手段にするには気が長すぎる話ですよね」


「そこでアイドルだ」


 再び話が飛躍した。


「ごめん、ちょっと待って。アイリスの話から、どうなればそれに繋がるのか分からない」


 これ以上自由に話させていては取り返しがつかないことになる――と、思考が追いつかないままにとりあえず口を挟んだ。

 本音では理解したくもないし、これ以上聞きたくもない。


 恐らく、入念に私の反論を潰すシミュレーションをしていることだろうし、そうでなくても相手の土俵だ。

 力尽くでひっくり返すことは簡単だけれど、そんなことをすれば私の決意や今までの努力は何だったのかということになる。


「私に敵意を持ってる人たちの前でアイドル――歌って踊るの? さすがに無理があると思う」


「当然、時と場合を選びます。ですが、アドリブでの交渉が望めないのであれば、普段から主張を歌や踊りに乗せて伝えておくのもひとつの手だと思います」


「ユノさんのお歌聞きたいです!」


「アイドルとやらが何なのかは知らんが、吟遊詩人や踊り子は普通に戦闘参加しとるぞ? そやつらにできて、お主にできん道理がなかろう?」


「やる前から否定するってアンタらしくないわね。やってダメならダメでいいじゃない。ここには努力を嗤う奴はいないんだし」


「ユノ様は自己評価が低すぎます。ユノ様の歌の前では争いなど無意味。いずれはユノ様の歌が、世界を遍く幸福で満たすでしょう」


「ユノ君、歌の力を侮ってはいけない。歌には万人の心を震わせる力があるのだよ。勇者様も仰っておられた――『ヤッ〇・デ〇ルチャー』と」


「もちろん、いきなり戦場でってわけではないの。まずはこの町で様子を見て――この町での成果次第では、他の町や国でも同様の流れになるかもしれないわ。

世界平和も夢ではないのよ!」


「私たちとしましては、年に一度――いえ、数年に一度でも構わないのです。ユノ様が私たちの前で本当の姿をお見せになってくれれば、町の者たちも喜びます。

そして乳派も、尻派も、太もも派も、腋派も、ユノ様は全てが素晴らしいのだということに気づくでしょう」


「ユノの言ってた『イメージを覆したい』ってのにも役に立つと思うぞ」


 言葉の洪水を一気に浴びせられた。

 ツッコミどころはいくつもあった。

 しかし、それと同じくらいに、ぐうの音も出ない正論も含まれていたように思う。



『このままだとユノのイメージはポンコツエロ邪神のままだよ? それでもいいの?』


「ポ……エロ!?」


 止めとなったのは、朔の辛辣なひと言だった。

 確かにできないことは多いけれど、トータルで見ればポンコツ呼ばわりされるほどではないと思う。

 そんなことより、エロってどういうことだ?

 何よりそれをそういう格好をさせている本人に言われるのは釈然としないのだけれど?


「『妙にエロい絶対者ユノ様』から『ぐうかわアイドルユノちゃん』に変わるチャンスは今しかない! 

なあに、前世ではアイドルマスターとして名を馳せてた俺に任せとけば問題無い!」


 何この究極の二択。

 というか、アルの前世は無職ではなかったのか?


 とにかく、何を言っているのか理解できないことも多かったものの、要はみんな私で遊びたいのだろう。


 ここまで回りくどいことをしなくても、本気で頼まれれば断らなかっただろうに――いや、さすがに言葉の代わりに、歌で意思の疎通ができるなどお花畑にもほどがある。

 とはいえ、そういうお茶目なところも見せておけば町の人たちの私のイメージも和らぐかも――ということには期待が持てる。

 祭神と狂信者の関係から、アイドルとファンの関係になるなら結果オーライになるだろう。


 それに、アイドルといっても多種多様。

 歌って踊る正統派アイドルから、ローカルエリア限定のアイドルだっているし、農業や漁業に勤しむアイドルだっている。



 欲をいえば、みんなで一緒に遊べればよかったのだけれど、それはまた次の機会に期待――いや、精一杯楽しくやってみせて、

みんなにも「やってみたい」と思わせられるくらいに頑張ってみようかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あれ……?でも、ファンとアイドルの関係性は結局、狂信者と神では……? むむむむ……
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