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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第六章 邪神さんの子育て大作戦
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02 準備

 湯の川の年度初めが4月1日に決まった。


 なお、この世界に年度という概念が存在しない。


 1年は1月1日から12月30日まで。

 分かりやすくて実によろしい。


 湯の川もそれに倣えばいいと思うのだけれど。




 そもそも、常夏の国には桜の季節はなく、ハルちゃんのおかげで、咲いている所には一年中咲いている。


 散っても散っても咲き続ける、枯れない桜とかちょっと格好いい。

 風情が無いようにも思えるけれど、咲いてはすぐ散る桜も知っている身からすると、力強く咲き続ける桜にも、「逞しくなったなあ」と変な感慨が湧くものだ。

 世界樹が元気すぎるせいかもしれない。



 そして、精霊のおかげか、農作物は時期を選ばず何でも育つ。

 いつ何を食べても旬なので、旬とは何なのか分からなくなってくる。


 さらに、湖から排出される水のせいか、海も豊かになってきて、魚介類も採れるようになってきた。

 人魚や猫人族が喜んでいるけれど、変な虫が湧かないようにだけは警戒が必要だ。




 さて、年度の話に戻すと、そもそも、湯の川には税が存在しない。

 ついでに、決算という概念も存在しない。


 そもそも、こちらの世界では、一般的にも税制度が適当なのだ。

 納税方式や税率は、国家や地域によって、又は業種によって違う。


 魔物などの脅威が存在する世界で、それに対する備えというコストが重いため、基本的に税率は高めで、社会保障は低め。

 それでも、貴族や国家が富を独占しているというわけではなく、非常時に対する備えやら開発事業やらで、ほとんどの所では財政が厳しいらしい。


 好景気だというグレイ辺境伯領でも、農業だと六公四民。

 専業農家でやっていけるところは少ない。

 それでも、優遇制度が色々あるとか、他領よりはマシだそうだけれど。


 ただ、その程度の税だけでは領地運営は赤字になるらしく、プラスになるような何かを考えるのが領主のお仕事なのだとか。



 さておき、湯の川での収穫物は、一旦シャロンたち――というか、神殿に預けられて、その後適切に分配される。


 生活に必要な最低限は私か私の眷属が保証しているで、町での生産分は、全てが余剰生産ともいえるのだけれど。


 その最低保証以上に、若しくはそれ以外の物が欲しい場合には、成果ポイントや貢献ポイントを使うことで、その余剰分などの入手が可能になる。


 この制度? 体制? は何というのだろう? 

 最低保証だけならベーシックインカム?


 でも、医療や教育にもお金はかからないし、やりたいことをやってもらうために、最低限の食糧は保証しているし――自動販売機で出せるものに限っているけれど、それでよければ何もしなくても生きてはいける。


 とにかく、あまり考えずに始めた制度だからなあ……。

 誰も不満を言っていないというだけで、どこかに問題があるかもしれない。


 学生時代――いや、大人になってからでも、もっと勉強をしておけばよかった。

 今からでも遅くないだろうか?

 何もしないよりはマシか……?



 さておき、そういう事情なので、湯の川では年度なんて必要無いはずなのだ。


 しかし、アイリスたちとの雑談の中で、誕生日の話題で盛り上がっていたところ、たまたまそれを聞いていたシャロンが、私の誕生日を湯の川の記念日にしようと企んだ。


 そして、それがアイリスたちに逆輸入されて、本人を余所に「お祝いしないわけにはいきません」とか、「その日を町の年度初めに指定しましょう」とか、「お祭りがいいです!」と盛り上がった。


 そこに、更にいろいろな噂などが混じって、あっという間に町中に広がったのだ。



 それからの町は、その話題で持ち切りだった。


 その中でも、狂信者たちの熱狂ぶりはドン引きするレベルで、最早撤回などできる状態ではなかった。

 彼らもこれさえなければ穏やかな良い人たちなのだけれど、エスカレートしかしないこの状況には、何か手を打つべきかもしれない。



 とにかく、狂える彼らを鎮めるためにも、正確な情報を発信しようということになった。




 それから3日後。


 本人が全く関与できないまま決まった内容が以下のものである。


 3月30日から4月4日までの5日間を、私の誕生日を祝うお祭り期間とする。


 誕生日を町中でお祝いされるのはこそばゆい感じもするけれど、みんなが満足なら、まあいい。



 しかし、それがなぜお祭りになるのか。

 リリーの希望なので反対はできないけれど、これが毎年続くのかと思うと精神的に厳しい。

 一応、今回限りにしてもらおうと打診はしてみたのだけれど、却下された。



 とはいえ、町の人の息抜きの面も大きく、そういう場も必要なことは理解している。

 私をダシにしてみんなが楽しめるなら、それはそれでいいのだろう。

 私の感情など些細なことだ。



 なお、開催期間が長いのは、祭りの期間だからといっても(ないがし)ろにできない仕事もあったり、屋台や夜店などを出す人にも交代で楽しめるようにとの配慮だそうだ。



 そして、私に供え物――プレゼントをしていいのは、この期間に限る。

 ただし、ひとりにつき1個までとして、生物(※生贄含む)や食べ物(※生贄含む)は禁止とする。

 また、この件に関しては、各種ポイントの加算は行われない。



 プレゼントなどなくても、気持ちだけで充分なのだけれど、これも町人たちの創作意欲や技術向上に繋がると言われては拒否できない。

 それに、受け取りも私本人がしなくても、神殿で代行してくれるそうなので、余計な手間もない。


 少々不義理な気がしないでもないけれど、5桁にまで膨れ上がった人口の相手をするなど、祝いではなく呪いになってしまう。

 素直に従うしかない。



 ということで、祭りの最終日に、誕生日を祝ってくれた人に、そしていつも頑張っている人に対して、私から何かの形でお返しする。

 来年からはポイントと交換になるけれど、なんと初回は特別サービスで全員無料。

 ただし、その権利をポイントと交換することはできません。


 どういうこと?


 他にも細かい取り決めがいくつもあったものの、私に関係するものはそれくらい。

 それほど難しいものではなかったのだけれど、最後のものだけは理解できない。




「説明しよう!」


 意味が分からず首を傾げていると、まるでタイミングを見計らっていたかのように、アルが謁見の間に突入してきた。

 一応ここは公の場なので、そんな礼儀も何もない入場をしてくるのはどうかと思うのだけれど、アイリスたちやクリス、そしてシャロンまで一緒にいる場で、彼女たちが何も言わないのであれば、特に私から言うこともない。

 というか、アルも一枚噛んでいたのか。



「まずは私の方から説明させていただきます」


 アルを中心に横一列に整列した中から、シャロンが一歩進みでた。

 何だこれ?

 新手のいじめか?



「私たちは当然ですが、町の住人たちも皆、ユノ様に感謝しています」


「突然改まってどうしたの?」


 それくらいは知っている。

 ただ、感謝されると悪い気はしないけれど、感謝されすぎだと怖いことに気がついた。



「実はここ最近、町の住人たちの間で派閥ができつつありまして――といっても権力的なものではなく、考え方の違いによるものなのですが、その溝が想像以上に深いものでして」


「派閥くらいは仕方ないんじゃないの?」


 権力的な意味ではないというのが理解できないけれど、彼らの意思で派閥を生み出したのなら、それに私が干渉するべきではないと思う。

 もちろん、無いなら無い方がいいのかもしれないけれど、せめて元の勢力でとか種族ごとに派閥を作るのではなく、個人の主義とか信念に従って作ってほしいと思う。



「ユノの考えていることはよく理解しています」


 今度はアイリスが一歩前に出てきた。


「ですが、その派閥ができた原因がユノにあるんですよ」


「そんな――」


「町の住人たちと、ユノ君の接点が少なすぎるのが原因なのだよ」


「彼らは、ほんの少し見ただけのユノちゃんが全てだと思い込んで、それ以外を認めようとしないの」


 言いがかりだ――と言おうとした私を遮るように、クリスとセイラが口を開いた。



『それをユノのせいだとするのは暴論のような気もするけど、何か良い案でもあるの? ユノも誤解は解いておきたいよね?』


「もちろん」


 それはそう。

 解けるものなら解いておきたい。

 やはり自由意思には干渉するべきではないという考えは変わらないけれど、間違った情報を基に、私のことを曲解して狂信者になられても困るし。



「では、ユノ様の正しい姿を知ってもらうための手段を講じることを、許可していただけますか?」


 シャロンはシャロンの理解の範囲内で布教活動のようなことをしていたと思うのだけれど、あながち間違いではなかったり、そういうことにしておいた方がいいことなどもあって、多少の逸脱は黙認していた。


 今更そんなことの許可を取る必要があるのかと思うものの――もしかすると、悪い面も話すようにして、高すぎる期待値を下げてくれるのだろうか?



 私が完璧ではないことは、私が一番よく知っている。

 なので、何でもかんでも「さすがユノ様」と言われるのは、私の精神衛生上、非常によろしくないのだ。



「任せる。でも、危ないことはしないで、必要な場合は私がやるから」


 だからといって、狂信者と化した住人の前で、教祖自らがそれを否定すればどうなるかは考えたくない。

 そんな危ないことを、シャロンや他の誰かにさせるわけにはいかない。

 それが彼女たちの意思だとしても、彼女たちに死なれたりすると私が困るのだ。



「ありがとうございます。では、早速準備に取りかかります。――皆さま、後のことはよろしくお願いします」


 私の返事にシャロンは深々と頭を下げると、みんなの方にもお辞儀をした後、妙にウキウキとした様子で部屋を出ていった。

 というか、どう見てもスキップしていたよね?



「それで、まだ何かあるんだよね?」


 シャロンは「後を任せる」と言って出ていった。

 まだ何か用件が残っているはず――というか、そもそもはお祭りの最終日の話だったと思う。



「そうだけど、それは置いといて、ユノは音楽――ってか歌は好きか?」


 突然の話題転換と、その内容には首を傾げざるを得ない。

 今ここでする話題なのか――とは思うものの、訊かれて困るものでもないので素直に答える。


「人並みには?」


 答えてから音楽が好きというより、音楽を聴いていられる落ち着いた時間が好きなのかもしれないと思い直した。

 しかし、空いた時間や勉強のお供に音楽を流すことが多かったし、一応数少ない趣味のひとつといってもいいのかもしれない。



「カラオケだと、どんな歌を歌うんだ?」


「行ったことない」


「なん……だと……」


 そんなに驚くようなことなのだろうか?

 日本にいた時は、遊んでいられるような時間はほとんどなかったのだ。

 仲の良い友達がいなかったことは確かなのだけれど、憐れまれるようなことではない。



 その後も世間話のような、アンケートのような微妙なやり取りは続いた。


 そんな中、とある考えが頭に過った。


 これはもしかすると、サプライズ的な何かを用意してくれるのではないだろうか――いや、この手探りな感じは、そうとしか考えられない。


 私がお返しをするという名目で警戒感をそこへ向けさせて、実は私に何かするためのアンケートを取っているのだ。


 だとすれば、変に警戒するのも野暮というもの。

 何も知らない振りをするのが優しさだろう。



「ところでユノはさ、神様扱いされるのって好きじゃないんだよな?」


「うん」


 またまた何の話かは分からないけれど、それは間違いではない。

 他人より力を持っているのは確かだし、他人からはそう見えるのかもしれないけれど、決して万能ではないし、できれば個性で通したい。

 そもそも、私のイメージする神とは、世界で最も不要な存在である。


『いくら否定しても神殿は豪華になっていくし、町を歩いててもいまだに拝まれてたり、供え物をされそうになったりするからね。もうちょっと普通に接してもらいたいよね』


 鉱山を創って以来、そこで採れる金銀宝石で神殿は進化を遂げた。

 大神殿である。


 もちろん、何度も止めてほしいと、命令ではないけれど、お願いはした。

 しかし、聞いてくれない。

 命令すれば止めてくれるとは思うのだけれど、それはある意味私の負けでもある。



「まあ、いきなり冬がやってきて居着いたり、島が浮いたり、世界樹が生えたり……。神話レベルの脈絡のなさだからな?」


「普通の評価を挽回というのもおかしな話ですが、そうなるまで大人しく過ごして――いえ、エスカレートする可能性の方が高いですよね」


 確かに私にも原因があることは認めよう。

 しかし、それ以上に、何でもかんでも私の功績にカウントされてしまうことが問題なのだ。


 今日もご飯が美味いとかお酒が美味い。ユノに感謝! ――ならまだしも、今日もいい天気だとかまで私に感謝されても困る。

 もちろん、雨が降っても私の功績にされる。

 もう私にはどうしていいのか分からない。


(話の流れ的に、そこにサプライズを仕掛けてくるのかもね)


 私にだけ聞こえる朔の囁きに、まさかそんな――とは思うものの、期待がないわけでもない。

 アルやクリスだけでは不安が残るけれど、アイリスもついているし。


 そうではなかったとしても、私のことを考えてのことなのだから、落胆したりするのは筋違い――私のことは、私がするのが筋なのだから。

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