表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/725

幕間 勇者になれなかった者たちのレッツパーティー

「《鑑定》もせずに使ったの? 覚悟? 貴方たちは何を言っているの?」


 ユウジたちは、翌日の朝早くからユノにお礼を言うためにサヤも連れてホテルに押しかけ、そして呆れられていた。



 ユノ自身はそれを薬だと知っていたし、彼らを騙すつもりもなかった。

 むしろ、彼女の都合で、彼らに《鑑定》してもらった方が都合が良かったので、鑑定書を付ける必要を認めなかった。

 いくらユウジたちでも、少なくとも毒か薬かの判別くらいはすると思っていたのでそうしたのだが、ユウジたちの思い切りの良さというか無鉄砲さに見事に裏切られていた。



「《鑑定》するお金がない? それくらいは稼ぐ手段もあったでしょう? 解体のお手伝いとかでも。――最悪、私にもう一度頭を下げるとか考えなかったの?」


「それは……。ここまでしてもらっているだけでも有り難いのに、それ以上甘えすぎるのもどうかと……」


「甘えすぎとか、今更何を言っているの? 格好つけていられる状況なのかな?」


「うっ……」


 ユノの指摘は、至極当然のものばかりだった。


 しかし、「ありがとう、貴女を信じて良かった! めでたしめでたし!」というような感動的な展開を予想していたユウジたちには、ホテルのロビーに正座を強いられて説教をされる展開は、とてもつらいものだった。


 なお、ホテルのスタッフは全てユノの味方であり、他の客は極力かかわりを避けようと目を逸らしている。



「あ、あの……、薬を使うことを決めたのは私自身だから……」


「怪我をして動けない子に、正体不明の薬をいきなり持って行った? 他に選択肢が無ければ、自分のためにみんなに迷惑を掛けられないからって使うに決まっているじゃない。莫迦なの?」


 サヤが見兼ねてフォローしようとするも、ばっさりと一刀両断にされてしまった。

 ユノの言葉は、サヤの内心を見透かしたようなもので、サヤもそれ以上の反論はできなかった。


 むしろ、ユウジたちの間違った行動を強く非難してくれているのはサヤにはできなかったことであり、そこに対しては有り難ささえ感じていた。


 しかし、サヤはそれ以上に空腹を感じており、彼女の胃は意に反して可愛い音でそれを訴えてしまう。

 そのあまりのタイミングの悪さに、サヤは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 もっとも、サヤは怪我以降ほとんど食事を摂れておらず、宿舎で支給された僅かな朝食だけではそれは解消できなかったので、仕方のないことではある。



「でも、治って良かったね。それと、良い仲間を持って良かったね。少しお莫迦さんだけれど」


 ユノはそれに触れることなく、サヤの肩にポンと手を乗せる。


「――はい! みんな最高の仲間です!」


 お説教が終わったことが嬉しかったのか、仲間を褒められたことが嬉しかったのか、サヤは満面の笑みで答えた。

 同時に、またも彼女のお腹が限界を訴えたが、今度は俯かなかった。



『そう。私たちはこれから朝食なんだけど、よければ君もどう? 最高のばか……仲間も一緒に』


 ユノの言葉は、微妙に「莫迦」が強調されていたが、ユウジたちにもまだ話したいことは残っていたので、彼らは若干苦手意識を植え付けられつつも、申出を受けることにした。




 ユウジたちもサヤ同様、宿舎で食事を摂ってきている。


 ただし、宿舎で出される食事は量も少なく、味も美味しいとは言い難い。

 忌憚(きたん)なくいえば、クソ不味い。

 死なないために胃に入れるだけのエサである。



 対して、ホテルの食事は、肉体労働に従事する食べ盛りの少年少女にとっては量的に物足りないが、味に関しては文句のつけようがないものだった。


 そして、不満の残る量に関しても、ユノから「何でも好きなだけ食べていいよ」との許可が出ており、彼らは意趣返しのつもりもあって、遠慮も甘えもなしに、次々と注文してはそれらを平らげていった。


 その様子はユノも意趣返しだと気づくレベルのものだが、彼女がそれに気を悪くする様子はない。

 それどころか、もっと食べろと言わんばかりに注文して、ユウジたちの蛮行に驚愕していた奴隷の子供たちにも、遠慮しないように勧める。


「貴方たちも育ち盛りなのだから、遠慮しなくて――遠慮しちゃ駄目だよ? 大きくなれないよ?」


 ユノが子供たちにそう優しく促すと、「……じゃあ、お子様ランチ頼んでもいいですか?」「ぼ、僕もいいですか」「私も」と、まだ遠慮がちではあったがほのぼのとしたやり取りが交わされていた。



 それを見たユウジたちは、子供たちを更に安心させてあげようと、食事のペースを上げた。


「でもよく噛んで食べるのよ? よく噛まない子は莫迦になるから」


「「「はい、ユノ様!」」」


 ユウジたちの心遣いは、別のところに活かされた。



 しかし、この場で最も異質なのは、グレートヘルム――否、バケツを被ったまま食事をしているユノである。


 当然、それを指摘できる勇気ある者はここにはいない。


 ユウジたちも彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないので、ユノには全てが許されるだけの理由があるのだと、無理矢理自分たちを納得させていた。


◇◇◇


「ユノさんの目的は何なんですか? それと、その子たちをどうするつもりなんですか?」


 食事も一段落したところで、ユウジがひとつ大きく深呼吸してから切り出した。

 ユノにしてみれば当然訊かれるはずの質問で、ようやくスタートラインに立ったところだ。


 しかし、先に大きな借りを作ってしまったユウジたちには踏み込みづらいもので、この話を切り出すまでに若干の紆余曲折があった。


『君たちの異世界のことを知りたい。もちろん、差し障りのない範囲で構わない。この子たちを買ったのは――子供は大人が庇護するべきだと思うのと、ただの気紛れとか成り行き』


「異世界――日本のことですか?」


「そう」


 ユノの回答は、ユウジたちにとっては予想外のものだった。

 彼らの元いた世界と言われても、彼らはそこで特別な存在だったわけでもないので、ユノの求めているようなことを話せる自信はなかった。


「気紛れとか成り行きって、ユノさんって露悪趣味――もしかして、照れ屋さんなんですか?」


『そういうことでもないよ。――庇護するべきだとは思うけど、それを他人にまで強制するつもりはないし、私も全ての子供たちを救おうとは考えてない。機会を与えてあげるのは、たまたま縁のあった子供たちだけ。君たちだってそうだよ?』


 空気の読めないシノブの質問にユウジたちは肝を冷やしたが、ユノはそれを気にしたふうでもなく、丁寧に返した。


「俺たちもって、――俺は17ですし、一番若いメイコでも15ですよ?」


『この世界では成人年齢だけど、君たちはこの世界の同年代に比べて圧倒的に経験が足りないから。知識は多いみたいだけどね。私も偉そうなことを言えるほど大人ではないけど、それでも人生の先輩としてアドバイスはできるんだよ』


 ユウジたちも、ユノに言われるまでもなく、自分たちが大人だと胸を張っていえないとは考えていたが、子供扱いされるのは心外だった。

 それでも、経験が足りないという指摘に対しては反論できなかった。

 皆、頭のどこかで、自分たちに足りないのがそれであると気づいていたのだ。



「もう噂を信じてるわけではないんですけど、その言葉が本当なら、どうして貴女とパーティーを組んだ連中は全滅したんですか?」


 ユウジは子供扱いされたことには触れずに、更に踏み込んだ質問を投げかけ、残りのメンバーは固唾(かたず)を呑んで成り行きを見守る。


『私の鎧は、この辺りの魔物の攻撃では傷ひとつつかないの。そんな私がパーティーに参加する目的はさっき言ったとおりだけど、パーティーなんだから私は私の役割だけしかしない。楽して稼ぎたいだけなら、最初から金銭を報酬にすればいいんだからね』


「そんな理由で、仲間が倒れていくのを見守るんですか!?」


 ユウジの声が少し険を含んだものになる。

 ユノの言葉のとおりなら、助ける力はあるのに見捨てたと取れる。


 それは、つい先日苦渋の決断を下したユウジには理解できないものだった。


『もちろん、常にアドバイスはしてあげるけど、最終判断は本人がするべきだよね。それに、いくら私でも、従わない子や調子に乗る子――いつまでも遊び感覚の子の面倒までは見切れないよ。君たちはそこまで幼くないはずでしょう?』


 憤りに近い感情を抱いていたユウジだが、ユノの言葉で冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。


 やはり、力を持ちながら注意しかしないユノには納得いかない。


 しかし、いつまでも緊張感に欠ける仲間たちを、注意すらしなかったユウジは何なのか。

 その分を自分が頑張ればなどと甘く考えていたユウジ自身が一番遊び感覚だったのではないか、と。



「でもそれって、ちょっと冷たくないですか?」


 ユウジが口を噤んでしまったので、咄嗟にシノブが流れを継いだ。


『そうかもしれない。でも警告はしてるし、その上で選択したのは彼ら自身だよ。自分の命に最後に責任を持たなきゃいけないのは自分自身だし、私に助ける力があったとしても、助けなければいけない義務はないの』


「でも……」


「私は無為に生きるより、自分の意思で前に進む人が好きなの。たとえそれで命を失うとしてもね。まあ、価値観の違いだね。貴女に助けたい人がいるなら、貴女が助ければいいだけ」


 どうにか食い下がろうとするシノブだが、適切な言葉が見つからない。


 日本で生まれ育った彼らとしては、命あっての物種だと思うのだが、生まれ育った環境が違う人には――この世界ではそうやって強い意思を持ち、命を懸けなければ前に進めないのかもしれない。

 そう考えてしまうと、彼女たちは信念の無い意見を貫くことができなかった。



「たとえば、僕らが――いや、僕たち以外の異世界人からパーティー参加依頼が来た場合、その子たちはどうなります?」


 ユウジには、ユノの考え方は感情的には納得はできそうになかったが、理屈的には無理矢理理に解した。


 ユウジたちは、元よりユノをパーティーに誘おうと――根本から鍛え直してもらおうと思っていたのだが、それによってエルフの子供たちがどうなってしまうのかが気懸りだった。


『普通に部下に預けるだけだよ? 私をパーティーに誘いたいの? 失礼だけど、君たちはお金を選ぶと思ってたよ』


「それも考えましたけど――それを選ぶと、きっと僕たちは何も変わらない。そんな気がするんです」


『随分ふわっとした理由だけど、他の子と相談しなくていいの?』


「異議無し! もうあんな思いをするのは嫌です!」


「私も――武器とか防具が新しくなっても、それを使う私たちが変わらなきゃ、いつか同じことになると思う!」


「わ、私も、何もできないのは、もう嫌です」


 ユノの問いかけに、サヤ、シノブ、メイコがそれぞれ順に答えた。



「ユノさん、お願いします! 僕たちのパーティーに――いや、僕たちを強くしてください!」


 全員の意見が一致したところで、彼らは人目も(はばか)らずに立ち上がって、勢いよく頭を下げる。


『面白い言い方をするね。メンバーじゃなく、教官とか引率が望みなの? 私の指導は厳しいよ?』


「「「はい! 望むところです!」」」


 ユノの挑発するような言い方にも、ユウジたちは真っ向から返す。


『訓練中、私の指示は絶対』


「「「イエス、マム!」」」


『分かった、引き受けるよ』


 ユノの承諾に、ユウジたちは顔を見合わせて喜びを(あらわ)にする。



『でも、魔王も泣いて逃げ出す訓練に、一般人の君たちがどこまで耐えられるかな?』


 ユノの言葉はもちろん冗談だと思われたが、その不思議な迫力にユウジたちは揃って顔を引き()らせていた。


 そして、ユウジたちの楽しい訓練の日々が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ