21 大冒険
集会から10日が経った。
「ユノ様、町の警邏部隊より連絡がありまして――」
移住を希望していた魔王とその仲間、支配下にある民衆の受け入れも一段落したというところで、シャロンから問題発生の報を受けた。
警邏部隊ということだから、住人同士のトラブルではないようだけれど、それも含めて自分たちで解決してほしいところ。
ただ、聞く前から撥ねつけるのはよくないので、一応、聞くだけは聞いてみる。
しかし、ここ最近の激務が解消して、ようやくゆっくりできると思った矢先のことである。
といっても、私の役割は人の運搬だけ――いや、帰りたくないと駄々を捏ねていたクライヴさんを、アナスタシアさんのお城に捨ててきたりもしたけれど。
抵抗されなければ種子の能力だとバレる要素は無く、抵抗されないように、朔が油断を誘うような会話をしてくれたりしたので、今のところはみんな《瞬間移動》だと思っているようだ。
なお、魔王たちの住居には、お城の敷地内にあった用途不明のホテルを寮代わりに利用することにした。
魔王も町に入れてしまうと、魔王を頂点とした派閥ができる――入れなくてもできてしまうことは想像に難くない。
しかし、魔王と眷属たちに物理的に距離を作ることで、彼らの帰属意識が、「魔王の眷属」から「湯の川の住人」になればいいな、と思っての措置だ。
もちろん、無理をしてまで仲良くしろというつもりはないし、必要なら住み分けしてもらってもいいのだけれど、最初からその可能性を排除されるのは、みんなが満足ならと「湯の川」の名称を容認した甲斐がない。
さておき、ホテルの使用に当たって、一応建築主であるアルの了解を取りたかったのだけれど、
あれ以来彼の姿を見ていないし、こちらからの連絡にも応じない。
シャロンに変なことを吹き込んだことを責められると思っているのか、単純に忙しいだけか、またどこかでトラブルに巻き込まれているのかは分からない。
一応、ミーティアの竜眼で生きていることは確認しているし、こちらとしてもトラブルに巻き込まれるのは御免なので、これ以上は踏み込めない。
とにかく、魔王の住居についてはそれでいいだろう。
以前までの邸宅と比べれば見劣りするかもしれないけれど、それでも一般人視点からすると豪華なスイートルームだ。
いろいろと制限はつけているものの、家族を泊まらせることも許可しているし、特別な事情でもない限り我慢してもらおう。
なお、受け入れた魔王の総数は、ギルバートを含めて16名。
【巨人】だとか【虎人】といった亜人から、【天狗】や【キキーモラ】のような魔物か精霊かあやふやな種族まで、バリエーションも豊富で、最早町というよりテーマパークの様相を呈してきた。
それもいいかもしれない。
一部、伝統の一戦を繰り広げそうな種族がいるけれど、そのときはモフモフな方を応援しようと思う。
心の中で。
魔王以外の人は、能力や地位に関係無く町に放り込んだ。
人数にして、およそ八千人。
一気に人口が増えた。
勝手に増える精霊も含めれば、そろそろ一万の大台に乗るのではないだろうか。
それでも、今のところは、そこでトラブルが起きたという報告は届いていない。
とはいえ、中には突出した能力を持つ人もいたかもしれないので、しばらく注意は怠れない。
何にしても、急ピッチで受け容れ態勢を整えてくれた精霊や職人たち、そして連絡役をしてもらったギルバートに感謝だ。
魔王の扱いに話を戻すと、眷属と分断した魔王を遊ばせていても仕方がないのだけれど、町で仕事をさせるわけにもいかないし、かといって、お城の雑事ができるような人たちでもない。
テレーゼだけは別だけれど。
彼女には城内のホムンクルスのまとめ役になってもらおうと思う。
彼女以外の魔王は、基本的に脳筋ばかりで、内政や外交に家事は優秀な部下たちがやっていたのだ。
そんな彼らは、いつか引き抜きたいと思う。
とにかく、魔王たちの主な役割は、外敵に対する抑止力だとか対処だったのだけれど、その役割はここでは存在しない。
なので、教育機関の講師でもさせようかという案が浮上した。
もちろん、本人の意思を尊重するつもりで、その旨を充分に説明した上で募集した。
驚いたことに、全員が希望した。
腐っても魔王だ。
同調圧力があったとは思えないけれど、条件も聞かないうちに全員が即答というのは、適性に疑念を抱かざるを得ない。
魔王とひと言でいっても、多種多様である。
泡沫魔王などは、勇者などの特殊な存在に襲われれば、容易に討伐される程度の力しかないらしい。
特に、ハチの蜂の魔王などは、少し強い冒険者にすら余裕で退治されてしまいそうなほど弱く、魔王であることが罰ゲームでしかない。
これは、日本にいたときによく耳にしていた、少し活躍しただけで過剰に○○王とか○○王子と持て囃していたあれに似ているかもしれない。
ソフィアの話を聞いた限りでは、魔王化に必要なのは、能力ではなく状況による部分が大きい。
つまり、状況を打開できない弱者ほど――覚悟は必要になるにしても、魔王化しやすい傾向にあるのかもしれない。
もちろん、そんな彼らを、そのまま教壇に立たせるわけにはいかない。
実体験を伴った失敗談はそれなりに有益だと思うけれど、そればかりでは若者の希望を失わせることになりかねない。
だったら、どうするか?
特訓――いや、研修である。
人は育てるもの。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、そうやってどこに出しても恥ずかしくない魔王にしてしまえばいいのである。
上手くできれば褒めてあげよう。
名目が何であれ、自身が強くなるのに否定的な魔王はいない。
そして、同意が取れれば、遠慮など要らない。
アイリスによる礼儀作法から、リリー・ミーティア・アーサーによる、段階を踏んでの戦闘訓練。
もちろん、アイリスがいるので、怪我程度では離脱は許されない。
さらに、睡眠時にも、クリス謹製の睡眠学習装置で一般教養を刷り込む。
これがなかなかの負荷のようで、朝起きる頃には、「精神汚染」という状態異常に掛かっているらしい。
人権無視も甚だしいけれど、この世界には人権など存在しない。
訓練前にアイリスの魔法で治すしね。
私が何もしていない?
私も何日かに一度、魔王やミーティアたちを相手に模擬戦――私の攻撃から生き残る訓練をしている。
さすがに段階を飛ばしすぎていると思うのだけれど、彼らのたっての希望である。
無下にはできない。
とはいえ、さすがに本気でやるわけにもいかない。
それぞれの能力に合わせて、私の花弁型領域による単純な物理攻撃を凌ぎ続けるだけの簡単な訓練にしているけれど、反撃する余裕があるのはミーティアとアーサーくらい。
領域に慣れていない魔王たちは、防御もろくにできずに、阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。
稀に参加するリリーでも回避や防御はしっかりできるので、私の力加減がおかしいわけではないと思う。
もちろん、殺さない程度に手加減はしているつもりだけれど、誰にでも間違いはある。
いや、まだ死者は出していない――ギリギリ息が残っていたか、ロスタイムだったのでセーフだ。
魂が見える私が言うのだから間違いない。
それに、万一の場合でも、クリスが開発した新薬――むしろ、神薬とでもいうべき【エリクサーR】を投与すれば、途端に体力魔力は全快して、24時間働くどころか、死亡状態からでも弱体化もなしで蘇生できる。
原材料が世界樹から採れるものなので、あまり量産できないことと、朔の能力で複製しようとしてもなぜかお酒になることが難点だけれど、さすが賢者とよばれるだけはある仕事ぶりだ。
そして、訓練の無い日も、何もしていないように見えるだけで、他人には分からないあれこれをしているのだ。
それに、玉座――というか、神座? に座っているのも立派な仕事である。
ロメリア王国では、国王がずっと玉座に座っているということはなかったけれど、どうにも、私がフラフラして余計なことをしないようにという配慮のようだ。
さておき、私の所に問題報告に来られるのは初めてのことだ。
「いつものように外縁部を警邏しておりましたら、人族の集団を発見しました。――恐らく、冒険者かと思われるのですが、数が多く、増援を呼んで対処に当たりましたところ、彼らはなぜかユノ様のことを知っている様子でして。現在も睨み合いが続いております」
報告をしているのは、ケンタウロスの青年だ。
名前は知らない。
警邏部隊の中で最も足が速く、持久力もあるということで、現場からここまで走ってきたそうだ。
初めての登城で緊張しているように見えるけれど、口調はしっかりしている。
というか、あまり畏まられると私の方が緊張する。
もっとも、彼が顔を真っ赤にして俯いているので、それを悟られる心配はないだろう。
しかし、それも私が痴女い格好をしていることが原因かもしれないので、安堵していいのか微妙なところ。
服に関する裁量権が無い私の現在の姿は、古代ローマとかギリシャ神話の女神を彷彿とさせる女神ルック。
服というより、布。
なのに、ボディラインは結構出ていたりする理不尽さ。
そして、当然のように胸元と腋と背中はこれでもかと開いていて、スカート部? は念願の足首まであるロングタイプであるものの、なぜかスリットが腰の上まである。
さらに、シルエットが映るのが邪道ということで、穿いていない。
もちろん、私が望んだことではない。
朔やクリスやセイラの趣味だ。
恐らく、この隙間の多さは、アルも関わっている。
『今まで同様チラリポロリはないし、穿いてないのも大人しくしていればバレないよ』
そういう問題ではない。
ないのだ。
「パンツを脱がせる楽しみが減ってしまったのは残念だけれど」
「うむ。次の課題はそれを両立することなのだよ」
彼らはもう駄目かもしれない。
というか、錬金術って何なの?
それはともかく、人間で、私のことを知っていて、ここを目指すような人に心当たりはない。
領域を展開して探査すればすぐに分かることなのだけれど、緊急時でもなければプライバシーは尊重したいし、何よりこっそり別の能力の実験中なので、余計な負荷をかけたくない。
また、ミーティアやアーサーを呼ぶほどのことではなさそうだし、それなら彼に連れて行ってもらえばいいかと、神座から立ち上がって、跪いている――というより、お座りしているケンタウロスの青年の背に腰掛ける。
「ユノ様!?」
「乗せていってくれないの?」
シャロンが抗議するような声を上げたけれど、それを片手を上げて制し、フリーズしてしまったケンタウロスの青年に問いかける。
「もしかして人は乗れない? じゃあ、私に乗る?」
この形状で人を乗せられないのは非合理的にも思うけれど、ミーティアのように、種族的な戒律でもあるのかもしれないし、無理強いはできない。
「「!?」」
言葉を失って崩れ落ちるシャロンに、興奮して鼻血を流すケンタウロスの青年。
どうやら言葉のチョイスを間違ったらしい。
『現場まで案内してほしいんだけど、そこまで乗せてもらえるか、担がれて案内するか、どっちがいい?』
朔が補足してくれている最中、フリーズしてしまった青年に、座ったまま軽くチョップを浴びせる。
体罰ではない。
壊れた家電は、こうやれば直るらしいのだ。
それでケンタウロスが治るのかは知らないし、そもそも家電は破壊したことしかないのだけれど――まあ、気付けのようなものだ。
「し、失礼しました。もろち――もちろん、お乗りいただいて結構です」
「じゃあ、お願い」
何が原因かはさておき、再起動を果たして、立ち上がった青年にひと言告げる。
「では飛ばしますので、しっかりと掴まっていてください!」
ケンタウロスの青年は、フリーズから一転、今度はやたらとやる気に満ち溢れていた。
私が振り落とされるようなことはないと思うけれど、彼がその方が走りやすいのであれば従うことに否やはない。
若干下心は感じるものの、彼の人間の胴体部分に手を回す――と、彼はブルりと震えて、小さくガッツポーズを取っていたので軽く抓っておいた。
この程度のことなら可愛らしいものだし、他人のことをとやかくいえた義理でもないけれど、みんな本当に莫迦だなあと思わずにはいられない。
「では、い、イキます!」
「じゃあ行ってくる。後、よろしくね」
放心しているシャロンにそう言い残して、ケンタウロスの青年を走らせる。
シャロンがなぜこの程度のことでショックを受けるのか分からないけれど、もしかすると、シャロンも私に乗られたかったり――特殊な嗜好があったりするのだろうか?
いや、彼女はきっと働きすぎなのだ。
そうに違いない。
そうだ、保養所も造ろう。
◇◇◇
「「「ユノ様!」」」
特に会話こそなかったけれど、妙にハイテンションなケンタウロスの青年の上で揺られること一時間。
ようやく現地に到達した。
そして、到着と同時に、ケンタウロスの青年は貧血で倒れてしまった。
「ユノ様を乗せて走るなんて、何と羨ましい!」
「コイツ、こんな状態でここまで走り切ったのか――」
「俺だったら暴発してたかもしれない! ――悔しいけど、尊敬しちまうぜ」
女性陣の冷たい視線の中、男性陣がそケンタウロスの青年を褒め称えていた。
本当に莫迦だなあと思うけれど、こんな莫迦なことを言い合える友人がいるのはいいことだ。
多分。
「「「ユノちゃん!?」」」
警邏隊を掻き分けて、件の人族の集団の前に姿を現すと、彼らから一斉に名前を呼ばれた。
確かに私のことを知っているようだし、どこかで見たことがあるような気もするものの思い出せない。
というか、彼らの髪や髭は伸び放題。汚れは酷く、手足を失うような、部位欠損などの大きな傷を負っている人も多い。
これでは思い出せなくても無理は無いと思う。
「ちゃん付けで呼ぶなど不敬な! ユノ様と呼べ!」
警邏隊からそんな声が上がるけれど、むしろ様付けを止めてほしい――とも今更言い出せない雰囲気だ。
まあ、言っても無視されると思うけれど。
「あれ? ユノちゃん、何か綺麗に――おっぱい大きくなってるし、翼も生えてる!?」
「お前ら何言ってんだ? ユノちゃんは最初から俺たちの女神だったじゃねえか! 翼が生えるくらい不思議でも何でもねえぜ。ユノちゃん――いや、ユノ様。やっぱ違和感ねえわ!」
「俺も、ユノちゃん――ユノ様を見たら痛みも疲れも吹っ飛んだぜ! へへっ、今ならこのまま天まで逝けそうだぜ!」
「……アルスの冒険者さん?」
外見は変わり果てていて、面影はない。
それでも、この莫迦なやり取りには記憶がある。
「ユノ様、ご足労いただいて申し訳ございません。――それで、彼らはお知合いですか?」
警邏隊の隊長らしい、ダークエルフの女性が進み出てきて敬礼すると、その後、若干顔を赤くしながら問いかけてきた。
「うん。とりあえず、こんなところで立ち話もなんだし、町に入れてあげて」
「ユノ様がそう仰るなら我々に依存はありませんが、彼らの中には怪我人――重傷者もいます。案内の前に、治療を行う必要があると思うのですが――」
「そんなのはいないから大丈夫」
「あれ? 怪我が治ってる――お前の足生え変わってるじゃねーか!?」
「再生魔法も効かない古傷まで治ってる! どうなってんだこりゃ!?」
「まだ逝くには早いってか。――ユノ様は本当に焦らし上手だな。そこがまた良いんだけどな!」
少し頑張って能力を使って、彼らの傷病をなかったことにした。
名誉の負傷だとか、治療を望まないものもあるかと思ったけれど、面倒なのでそこまでの配慮はしない。
幸い、文句を言う人はひとりもいなかったようで、みんな手を取り合って喜んでいる。
そして、ダークエルフ隊長や警邏隊の隊員たちは、うっとりとした様子で私を見詰めている。
こんなもの、エリクサーRでも治るのだから、ちょっと大袈裟だと思う。
「じゃ、町に戻ろうか」
私がそれだけ言うと、テキパキと撤収の準備が始まった。
ダークエルフ隊長は、冒険者たちのリーダー――恐らく、ギルドの支部長さん? と、町までの行程について話している。
彼らの中には、受付嬢さんや事務方の職員さんも混じっているので、彼女たちを馬やケンタウロスに乗せる相談でもしているのだろう。
というか、非戦闘員を連れて、これだけの大所帯でよくここまで辿り着いたものだ。
さておき、私も帰りの足を確保するために、近くにいたケンタウロスの少女に声をかける。
「ね、貴女」
「はい――あ、ユ、ユノ様!? わ、私にご用でしょうか!?」
みんないつもはユノ様ユノ様言ってくる割に、私から話しかけると決まってきょどる。
解せぬ。
それはともかく、彼女は何のジェスチャーか分からないけれど、手をわたわたと動かして、それに釣られて幼い外見に不相応な大きな胸が揺れている。
そこまでテンパらなくても。
「貴女、名前は?」
そういえば、行きに乗った子の名前を聞いていなかったことを思い出して、それは失礼だったかと反省して、今度は名前を訊くことから始める。
「あ、【アンネリース】と申します!」
「いい名前だね。ということで、帰りは乗せてもらっていいかな?」
「ありがとうござ――ええ!? どういうことか分かりませんけど、私なんかでいいんですか!?」
「『なんか』なんて卑下はよくない。でも、駄目なら他の子に――」
男の子に乗るとちょっと生理現象的な問題があるようだし、この子なら同性だし、可愛らしいので最低条件はクリア。
それに、先ほどまでの様子を見る限り、不器用ながら人一倍一生懸命な、決して◎や○ではないけれど☆を付けたくなるような娘だ。
――?
上手く表現できないけれど、、何かがおかしい気がする。
それが何かは分からないものの――無理して慣れない能力を使った反動か?
「い、いえ! 精一杯務めさせていただきます!」
「ありがとう。よろしくね」
よく分からないけれど、冒険者たちを連れて町に戻るという判断には間違いはないはず。
とりあえず帰ろうと、アンネリースの馬体にここに来たときと同じように横向きに座って、人体の胴に手を回す――と、アンネリースが「ひゃっ!?」と可愛らしい声を上げた。
「くすぐったかった?」
考えごとをしながらだったので、無遠慮になってしまったのだろうか。
「い、いえ、その、あ、当たってます……」
何が――と思ったけれど、胸か?
「私より立派なのがついているのに、何を言っているの?」
同性だし、いいかな――と後ろから持ち上げてみると、ミーティア以上のボリューム。
というか、なぜこの娘は鎧を身に着けていないのだろう?
とにかく、アンネリースが顔を真っ赤にして困っているし、それを見ている人たちも羨ましそうな顔をしていたり、前屈みになっていたりしていたので、早々に切り上げた。
もしや、これはセクハラだったのだろうか?
町に戻る道すがら、冒険者さんたちがなぜここにいるのかを聞いた。
町に着いて落ち着いてからでもよかったのだけれど、疲れ果てていたはずの冒険者さんたちが、なぜか活力を取り戻していて、とにかく喋りまくったのだ。
それによると、予想どおりというか――彼らは、私を追いかけてきたのだ。
私の消息が、神前試合から途絶えた――というほど時間は経っていないはずだけれど、新年会の展開が突飛すぎたこともあって、居ても立っても居られなかったそうだ。
そして、エリート冒険者としての地位を捨てて、あるいは安定した職であるギルドを辞めて、資産は処分して軍資金に、死と隣り合わせの大冒険を覚悟してまで臨んだのだ。
何がそこまで彼らを――私が何かしでかしたのかと思うと、迂闊には踏み込めない。
いや、彼らの意思で決めたことなので、軽々しく口を出してはいけないのだ。
さておき、彼らがここまで辿り着けたのは、ほぼ奇跡である。
私の居場所の大まかな方角は、ギルド支部長の特権や人脈を使って様々な情報を得て、私との繋がりの濃いアルをマークして割り出したそうだ。
それからは、冒険者としての知識と経験を総動員して、強大な魔物を避け、様々なトラブルを乗り越え、みんな傷付きながらも誰ひとり欠けることなくここまでやってきた。
いくらエリート集団とはいえ、非戦闘員も抱えてこの成果は、本当に奇跡としか言いようがない。
人間ってすごいね。
その労に報いた――というわけでもないけれど、彼らにも町に居住する許可を与えた。
本来は私が許可するべき事案でもないのだけれど、私のいる前でというのはまだ難しいだろうし、追々自分たちで判断できるようになればいい。
その冒険者たちは、町に魔物や魔王の配下がいることに対して動揺することもなく、あっという間に馴染んでいた。
そもそも、私がデスを使役していることも知っていたので、魔物や魔王に傅かれようが、「さすがユノちゃん――ユノ様だぜ!」としか思わなかったのだとか。
そして、彼らはこの町に「冒険者本舗湯の川本店」を作るそうだ。
大冒険を終えたばかりで、今度はどんな冒険をするつもりなのかは知らないけれど、彼らの冒険の知識と経験は得難いものだ。
教育機関にも協力してもらえるように打診しようと思う。
どうでもいいことだけれど、アンネリースが鎧を着ていなかったのは、サイズの合う装備が無かっただけらしい。
みんな好きな仕事だけをやっている弊害のようだ。
まあ、至らないところが見つかったのなら、改善すればいいだけの話だ。
◇◇◇
「随分と大冒険していたみたいですね?」
「いや、その――」
「男の人に乗るとか、乗せるとか――ユノさん、不潔です!」
お城に戻ると、なぜか誤った情報が流れていたらしく、アイリスたちによる吊し上げを食らうことになった。
「儂というものがありながら、人馬ごときに乗るなど! ――この浮気者が!」
浮気者――って言われるほどのことなの?
「『ごとき』なんて言っちゃ駄目」
「あんた、女の子までナンパしてたみたいじゃない? なるほど、これがあんたの大冒険ってわけ!?」
ソフィアまで何を言っているのか。
「ユノ様は、大きい胸の女性がお好きなのでしょうか? ――いえ、それ自体は構わないのですが、そうやって特定の者だけに優しくされますと、不平不満の火種になるかと――」
シャロンまで何を――いや、言っていることは正論のような気もするけれど、そんな大袈裟な問題なのだろうか?
「そうですね。ここではユノは私のものですが、町の人たちにとっては、みんなのユノでいてほしいはずです」
「町の住人は皆わきまえてはおりますが、それでもユノ様のお姿やお言葉に触れられればと願っているのも事実です。ですので、住人との交流を持っていただくこと自体は有り難いのですが、特定の者だけですと……」
『そうだね。現状、不満が出るとしたらそこくらいだろうし、何か考えた方がいいかもね』
何を言っているのか、なぜそこまで責められているのかよく分からないけれど、心なしか、いつもと雰囲気というか方向性が違う気がする。
それでも、その違和感の正体を突き止めることもできず、理不尽にも感じるお説教は夜遅くまで続いた。
この時、恐るべき計画が、私の知らないところで動き始めていた。
しかし、この時の私は、お城や町のこととか、新能力の実験で頭がいっぱいで、そんなことに気づく余裕は無かった。




