20 温泉町と世界樹
ひとまず集会は終わった。
六大魔王の何人かは面白くなさそうだったけれど、アナスタシアさんが私の本拠地を見たいからと強引に終わらせては、強く抗議できなかったようだ。
さておき、予想以上に移住を考えていた魔王が多かった。
正確には、即座に加護を求めた6名の泡沫魔王と、彼らとギルバートとの会話に聞き耳を立てて、心が揺れている多数の弱小魔王。
朔の予想では、最初の6名には間諜はいないらしい。
その理由は、徹頭徹尾、集会の蚊帳の外にいたからだそうだ。
彼らが間諜であれば、その対象であるミーティアたちの能力を探ろうとするはずで、実際、上位の魔王さんたちは食い入るように観察していた。
それが、彼らは万が一にも巻き込まれないように、ずっと後ろの方で息を潜めていたらしい。
移住を即決したのは、私が外している間にギルバートから話を聞いたか、それ以前から――何だか面倒臭くなってきた。
私ひとりなら、騙されようが裏切られようが構わない――むしろ、どんとこいだ。
その意思を尊重しよう。
蠅の大魔王のような、生理的に無理なものでなければとりあえずはいい。
ひとまず、移住希望を表明している6名の魔王たちに意識を向ける。
エルフの魔王は、現在町にいるダークエルフの色違いだろうか?
妹は、「単なる色変えでの水増しは悪い風潮だ」と言っていた。
当時は何のことか分からなかったけれど、確かに彼は魔王になっているし、こういうことだったのだろうか?
さておき、この魔王は金髪碧眼のなかなかのイケメン。
お供の女性エルフも美女なので、何の問題も無い。
次に【シルキー】という、幽霊だか精霊だか分からない種族の魔王。
人型で、見た目はそこそこの美人。
魔王だけれど、家事が得意だそうだ。
家庭的な魔王とか、なかなかポイントが高い。
そんな人がなぜ魔王になったのかはさておき、こういう平和的な人は大歓迎だ。
問題は、ヘビとクモの魔王――どちらも上半身は人間の女性で、下半身はそれぞれの名が示すとおりのものだ。
似たようなのが既に町にいるし、可能な限り下を意識しなければ大丈夫か。
ヘビはともかく、クモは益虫だしね。
町に蔓延る、リアル害虫を駆除してもらおう。
もうひとつの問題は、ハチの魔王。
だから、虫は苦手だって言っているでしょう?
一応胴体手足は人型っぽいし、百歩譲って複眼は我慢するとして、臀部についている虫の腹部、それは必要か?
アウト!
と言いたいところだけれど、掌サイズなことと、スカートか何かで隠せばいけそうなのでギリギリセーフにしておく。
最後に【リザードマン】――二足歩行する屈強なトカゲ。
腹部や陰部が丸出しならアウトにしたかもしれないけれど、服や鎧を着けていて見えないのでセーフ。
なお、お供の人との区別はつかない。
正確には、魂や精神の差異は認識できるのだけれど、どっちがどっちか分からないというか、それと物質的な彼らが結びつけられないというのが現状だ。
慣れれば分かるようになるのだろうか?
彼らは魔王としてはまだ若く、個人の能力も勢力としても弱い。
ギルバートと同じく、魔王というよりは少し強いだけの町長とか村長レベルなのだろう。
戦力としては微妙すぎたため、他勢力に口実を与えてまで獲得しようとした魔王はいなかったようだけれど、それで彼らが自由を得られていたわけではない。
魔王になった理由や経緯は様々だけれど、現状を変える必要はあったのは共通していて、そのために力を求めた。
しかし、魔王化前に思っていたほど力は得られず、状況は大して変わらず、むしろ、魔王という肩書が足を引っ張る。
結局、魔王になった甲斐も無く、進退窮まったまま。
そうして、自滅していく魔王も多いのだとか。
そんなところに希望の光が見えれば、飛びつくのも致し方ないのかもしれない。
また、ヘビとクモの魔王は、弱小のみで構成された魔王連合に属していて、そこを無許可で脱退しようとしているけれど、何の異論も出てこない。
連合としては、連合の力が落ちることは認め難いけれど、彼らも私たちの庇護下に入ることも検討している段階なので、下手にペナルティを課すこともできない感じか。
ギルバートの話した条件が全て本当なら、うちは間違いなく彼らにとって理想郷なのだ。
飢えとは無縁で、先住者との面倒な柵も無い。
魔王という地位は失うけれど、プライド以外のデメリットは存在しない。
そもそも、連合が一枚岩ではないとか、有事の際に機能するかが怪しいのだ。
ただ、ヘビとクモの魔王よりは余裕のある環境にいるため、「そんなに美味い話があるはずがない」と踏み止まれるのだ。
なので、彼らも「元とはいえ、盟友だった者を預けるに値するか確認させてほしい」などと苦し紛れな言い訳をしながら、揃って視察にくることになった。
別にそんな言い訳をしなくてもいいのだけれど――むしろ、邪眼の魔王エスリンさんのように「この目で確かめてやろう」と堂々としている方が気持ちが良い。
もっとも、エスリンさんには、私が彼らを受け容れることに何のメリットもないことを不審がられているようだけれど、実際に酔狂以外の何物でもないので、言葉では説得できないと思う。
しかし、大陸の覇権を狙う魔王さんたちには、実際に自身の目で見ようと、脅威か、攻略対象にしか映らないだろう。
覇道も、国を豊かにとか向上心といえば聞こえはいいのだけれど、覇権を取った後のことなど考えていない、若しくは甘く考えているようでは、自己満足でしかないと思う。
あるいは、彼らにも目指すべき国や世界があるのかもしれないけれど、そういうのが伝わってこないので、評価のしようがない。
私?
私が町を造っているわけではないので、特に目標などはないけれど、それぞれがやりたいことをやれるような、努力する人をいろいろな形で応援できるような町になればいいなと思う。
とはいえ、自分の力を試したいという気持ちも分からなくはない。
それも、方向性は好みではないけれど、一種の努力だろうし。
けれど、ただ壊すことや奪うことなど、程度の差はあれ誰にでもできることだ。
それに見合う以上の想いがあるならともかく、付き合わされる無関係な人は堪ったものではない。
本当に自分の力を試したいなら、アルのように人の役に立つ分野で試せばいいのにと思う。
とはいえ、それは私の個人的な考えでしかないので、他人に押し付けようとは思わない。
どちらが正しいとかではなく、間違いが存在しても、それが許容される世界であることが重要なのだ。
決して自己擁護ではない。
とにかく、やるべきことはやった。
主だった魔王の顔も見れたし、目下最大の警戒対象である堕天使の魔王には、手下はおろか友人もいないボッチだということが判明した。
というか、彼の立ち位置が全然分からない。
アナスタシアさんたち魔神とは違うようだし、以前に遭遇した天使とも違うようだし、そもそも、アナスタシアさんを過剰に意識していたのはどういうことか。
分からない。
仲良くなれば教えてもらえるだろうか?
その三魔神とも、友好関係とまではいかないけれど、悪い関係にはならなかったと思う。
ひとまずは上出来だ。
そういうことにしておこう。
さておき、いつまでも天空城にいても仕方がない。
もちろん、ある程度事前に説明していた方が問題を減らせるとか、見学に来る人たちも安心できると思うけれど、いくら言葉で説明しても、埒が明かないところもある。
恐らく、実際に見なければ信じられないこともあるだろうし。
なので、説明は最低限に、町に戻ることにする。
ついてくるのは、6名の泡沫魔王と、その様子を窺っていた魔王たちと、大魔王の命令を受けて潜入する生贄たち。
6名の泡沫魔王以外の所属などは分からないけれど、いきなり暴れるような莫迦なまねはしないだろうし、とりあえずはアイリスや朔にお任せだ。
さらに、当然のように、三魔神とエスリンさんが見学に来ることになった。
お城に残っているアイリスたちに、「今からいっぱい連れていくよ」との連絡をしたところ、彼女たちの反応は「まだ想定の範囲内」だそうだ。
なお、最悪のパターンとして考えられていたのは、見学者ゼロ――全てを敵に回したか、皆殺しにしてきた場合だったそうな。
いくら私でもそれはない。
考えはしても、実行しないだけの分別はあるのだ。
◇◇◇
事前に連絡を入れていたこともあって、見学希望者とギルバートたちを連れて戻った時には、既に庭園でのお茶会の準備ができていた。
城内ではないのは、マザーとか邪神くんとか、見せられないものも多いからだ。
こんなことが続くようなら、迎賓館的な物も用意しておいた方がいいかもしれない。
「想像以上にすごいところね……。あの巨大な木は一体……?」
「赤よ……。お前さんは何をしておるのだ」
「ぐぬぬ、羨ましいでござる……!」
三魔神がお城や庭園、そして私の椅子になっているアーサーを見て感想を漏らした。
「しかし、聞いていたほど人がいない――随分と話が違うようだが?」
エスリンさんの言うとおり、精霊たちは彼らを警戒して姿を隠していて、いつもより寂しい感じになっているのは確かだ。
「ここは自宅。町はあっち。あの大きな木のもっと向こう」
そもそも、ここは町ではないのだと、勘違いを正すために町がある方を指差す。
なお、現在お城の敷地の中央には、直径が一キロメートル、高さも三キロメートル以上ある巨木が聳え立っている。
お城からだと遠近感が狂う程度のものでしかないけれど、近くで見ると、なかなか壮観なものである。
これは、この辺りの濃すぎる魔素濃度の言い訳用に創った、疑似世界樹である。
実際に魔素を放出する仕様なので、言い訳としては完璧――むしろ、疑似ではないレベルで世界樹である。
もう元祖とか本家とか付けてもいいレベルなのだけれど、ちょうどいい放出量になるような微調整が難しくて、魔素濃度が更に上がってしまったのが目下の悩みの種だ。
恐らく、精霊たちは、世界樹の周辺に行けばいると思う。
私の創った世界樹は、設定した範囲を均一な魔素で満たすので、「世界樹に近いほど魔素が濃い」などという不完全なものではないのだけれど、やはり綺麗なお花が咲くこともあってか、世界樹の近くの方が好まれている。
さておき、町の方は後で案内するつもり――私はあまり町の事情に詳しくないので、シャロンか手の空いている巫女に案内してもらうつもりだ。
その前に、まずはお茶会だ。
集会でもお茶は出たのだけれど、それを楽しめるような雰囲気ではなかったし。
ここではちゃんと歓迎する姿勢を見せておきたい。
それに、いまだに参加者の名前もほとんど知らないのだ。
少なくとも、移住を決意している魔王の名前くらいは覚えておいた方がいいだろう――ということで、順番に自己紹介と移住志望動機などを聞いていった。
もちろん、やりすぎるとお茶会ではなく面接になってしまうので、程々にだ。
しかし、
「間諜として送り込まれた方も、ペナルティを与えたりしませんので、素直にそう仰っていただいて結構ですよ」
と、怒らないから正直に白状しろ的なことを言われても、さすがに素直に暴露する人はいなかった。
かと思うと、中にはとんでもなく挙動不審になっていた分かりやすい人もいたけれど。
人選くらい考えればいいのに。
もちろん、アイリスが言ったとおり、間諜であってもペナルティを与えるつもりはない。
やられて困るのが、お城や町で採れた物を、度を超えて外に持ち出されることくらい。
情報は、種子関連のものが漏れなければ問題無いようだし。
なので、緊張してせっかくのお茶やお茶菓子を楽しむ余裕が無いのは、残念だとしかいえない。
とりあえず、エルフの魔王【エミール】、シルキーの魔王【テレーゼ】、蛇の魔王【アースラ】、蜘蛛の魔王【グロリア】、蜂の魔王【ローズマリー】、リザードマンの魔王【パコ】。
この6名は覚えた。
多分。
敬称も要らない――付けてはいけないことも覚えた。
多分。
その腹心とか副官とかは追々覚えるか、しばらくは名札でも付けさせようか。
お茶会が終わると、本来の目的である町の視察に向かうことになった。
アナスタシアさんはお城を見たがったけれど、お城はまだ未完成の部分が多いということで遠慮してもらった。
移住する人たちには、彼らが暮らすことになる町の方が重要だろうし。
しかし、お城から町に向かう途中で、必ず経由することになる神殿で、早速躓いた。
そこに祀ってある私の立像を見て、それをどう解釈していいのか分からない魔王たち。
「吾輩も一部では筋肉の神などと呼ばれることもあるし、同様にクライヴも闘神と呼ばれておる。お前さんの美しさなら神聖視されても不思議ではないし、彼らが勝手にやっておることなのだろう?」
などと、筋肉神がフォローを入れてくれたけれど、闘神の方は、私の石像を持って帰ろうとして、神殿職員とトラブルを起こしていた。
その闘神は、今回は初犯ということもあって厳重注意だけで釈放されたけれど、最終的には私の良さが分かる同志として巫女たちと意気投合し、神器と引き換えに公式グッズを入手していた。
さて、本人が全くあずかり知らないところで、公式グッズが製造販売? 配布? されている現状をどう捉えればいいのか。
しかし、タオルやシャツに、デフォルメされた私のイラストが載っているだけの物に目くじらを立てるのもどうなのか。
何より、良い出来ではあるものの、神器と引き換えに手に入れるほどの物なのか。
金銭にさして価値がない町で、他に代価となりそうなものを持っていなかったという事情はあるにしても、物事には適正範囲とか限度というものがあるのだ。
ひとまず神器は返却して、貸しひとつということにしてもらった。
それも大概だけれど。
貧富の差が発生する可能性はあるけれど、貨幣経済の取り入れも考えた方がいいかもしれない。
さておき、神殿をグッズの販売所と勘違いしているクライヴさんのおかげというか、神殿の話題はアンタッチャブルなものに変わった。
少しでも話題に出そうものなら、すぐさまクライヴさんにまとわりつかれ、彼の手に入れたグッズがいかに素晴らしいものかを語り始められるからだ。
「失礼だが、あれほどの贅となると、民から限界以上に搾取しているのかと思ったが――違ったようだ。謝罪しよう」
そして、エスリンさんの突然の謝罪。
町を歩いていると、いつものように、ひっきりなしに、「ユノ様」「ユノ様」と声をかけられる。
もっとも、彼らは何か用事があって声をかけているのではなく、私が視線を向けたり手を振ってあげるとそれだけで満足なようで、少し気恥しい以上の被害は無い。
それを見たエスリンさんが、ようやく私が支配者ではなくマスコット的な何かだと理解したのだ。
黙っていればいいことだ思うのだけれど、どうにも彼女は魔王らしからぬ真っ直ぐな性格をしているようだ。
「こそこそするのは性に合わんのだ。この眼でしっかりと確かめさせてもらうので、よろしく頼む」
そういえば、ついてくる時の口上もこんな感じのド直球だった。
可愛らしい名前とは裏腹に、言い訳など一切せずに堂々としている姿には、男らしさすら感じてしまう。
軍服っぽい格好も相まってちょっと格好いい。
私もパンツルックの服装をしたいとか、格好よさのパラメータを上げてもらえないだろうかと朔に頼んでみたけれど、そんなものはないと朔に一蹴された。
どういうこと?
半日ほどかけて、町の主要部分をひととおり巡り終えた。
いつの間にか、随分と広くなったものである。
食料や家畜などは、ロメリア王国のグレイ辺境伯との繋がりがあって、そこからある程度の調達ができるため、現状では物資に不足はなく、先の状況についてもある程度目処が立っている。
ドワーフの職人がそれなりにいるので、技術面でも問題無し。
ついでに、暑さ寒さに悩まされることもないという部分については証明できたと思う。
さすがに、常夏の地に冬の領域が存在することにはドン引きされたけれど、この件には深く関わるべきではないと判断したアナスタシアさんが、上手く誤魔化してくれた。
そして、世界樹があれば、大体の無茶は押し通せることを知った。
世界樹があれば大丈夫、世界樹があれば繁栄が約束されているとか、何かふわっとした感じで尊ばれるのだ。
とにかく、もう移住を決めていた6名はもちろん、半信半疑でついてきた魔王たちも、すっかり新生活に想いを馳せているようだ。
それでも、全ての不安が解消されたわけではない。
ひとつは社会構造。
基本的に、魔王諸君の社会構造は、魔王を頂点とした完全な縦社会だ。
対して、この町には上下関係は存在せず、各々が誰に命令されることもすることもなく、自由に振舞っている。
町の人たちに敬われている巫女たちも、立場的に上位にいるわけではない。
問題点として顕著な例が仕事だろうか。
全体を統括する人がいないので、重複や偏りなど無駄が多い。
しかし、サボる人はひとりもいない。
そこに関しては、楽しんでやっているところも大きいのだろう。
そして、仕事が重複したりしても、
「やっちまったなあ!」
と笑い飛ばして、どうすれば上手くいくか、より良くできるかを話し合い、時には競ったりもする。
競争はあるけれど争いはない。
少なくとも表面上は。
魔王たちには、これで上手く回っていることが不思議でならないらしい。
私にも不思議でならない。
私たちが支援していることで、決定的な破綻はないという、安心感というか心の余裕が生まれるからかもしれないけれど、それだけではない気がする。
もうひとつは防衛の問題。
お城と町は、それぞれ独立しているので、原則的に自分たちの領域は自分たちで守るべきである――という私の主張は、彼らには無責任に感じられるらしい。
弱いなりにも一族を率いてきた彼らの考えも分かる。
特に、エスリンさんの「民を導くのは、力ある指導者の責務だろう」という言葉からは、苛立ちに近いものを感じた。
しかし、私が町の住人に求めていることは、自立してもらうことだ。
そのための援助は惜しまないけれど、過保護になるようなまねはしたくない。
それは、彼らの成長の機会を奪う行為だと思う。
何より、守り抜けと、結果を求めているわけではないのだ。
最低限、守ろうという意思を示して、そのために備えていてほしいだけだ。
私の考えを理解してくれている巫女に言わせると、
「ユノ様に守っていただく? 結果としてそうなることはあるかもしれませんが、最初からそう考えていては私たちの存在意義がなくなってしまいます。それでは、私たちは家畜――いえ、何ひとつ貢献などできないようでは害虫でしょうか。そうなるくらいなら自ら死を選び、大地の糧にでもなった方がマシですね。ですので、むしろ私たちがユノ様の代わりに戦う――いえ、これもユノ様のお力を疑うことになるのでしょうか? とにかく、私たちの些事で、ユノ様のお手を煩わせることは本望ではありません。ユノ様に心安らかにお過ごしいただくことこそが、町の住人一同の願いです。それに、ユノ様は教育、医療、福祉などの施設も用意すると約束してくださいましたし、自立に必要なものは惜しみなく援助してくださるのです。これだけ与えていただきながら、言うに事欠いて無責任などと罵るようでは、恥知らずにもほどがあります。そもそも、ユノ様が私たちのために存在しているのではないのです。私たちがユノ様のために存在しているのです! それに――」
シャロンはそれまで沈黙を守っていたものの、地味にフラストレーションを溜めていたのか、マシンガンのように喋り出して止まらない。
理解が私の想像を超えていた。
守ってもらえるとの確約がほしい魔王さんたちとのやり取りが面倒になったので、参考までにと現地の声を聞いてみたのだけれど、人選を間違ったかもしれない。
「お、おお。こんな統治――いや関係もあるのだな。そしてお前さんは随分信頼されておるのだな。うむ、素晴らしい。して、この素晴らしい町の名は何という?」
一考に止まる気配の無いシャロンを、バッカスさんが慌てて遮った。
見た目は変態なのに、一番空気が読める。
やはり、人は見かけで判断してはいけない。
それはさておき、町の名前――そんなことは考えたこともなかった。
いや、そもそも命名権は私にあるのか?
やはり、彼らの自主性に任せるべき?
自分たちで名付けた方が愛着とか責任感も湧くだろうし、任せようか。
「筋肉の方、分かっていますね。貴方には後ほど畑で採れた新鮮なプロテインを差し上げましょう。さて、町の名前は『湯の川』です。ユノ様の故郷の言葉で、『お湯の流れる川』という意味なのですが、温泉の流れる水路が特徴のこの町にぴったりですので」
「それは有り難い。そして、良い名だ」
プロテインって畑で採れる物だった?
さておき、湯の川か――私の名前をもじっているようだけれど、まあ悪くないと思う。
「さらに、ユノ様の故郷の言葉で『ユノ様可愛い』、略して『ユノかわ』というのもかかっているそうです。というより、そちらが本命です。これからこの町の名を口にする人は、みんな『ユノ様可愛い』と口にするのです」
なん……だと……?
「考えた奴は天才でござるなあ!」
奴しかいない。
あの悪魔め、何ということをしてくれたんだ!
「もちろん、その方にはたっぷりと褒美を取らせました」
せめて、後半は黙っていてもらえれば気がつかなかったかもしれないのに……。
後で聞いた話では、この時の項垂れる私の姿が、私と町との関係を一番よく表現していたらしい。
そして、多くの魔王さんがこの町への移住を表明した。




