18 最強の武器
「ねえ、この子連れて帰ってもいい?」
「駄目じゃ」
「駄目に決まってるでしょ」
善戦したミーティアとソフィアをギュッと抱きしめて、魔力の回復をしながら労っていると、空気を読まないことに定評のあるアナスタシアさんが、私を持ち帰ろうとして抱きついてきた。
「うわ!? 何この子!? めっちゃ抱き心地良いんだけど!? ふおおおお、癒されるううう!」
「落ち着けアナスタシア! さすがに今日は悪ふざけがすぎるぞ!」
ついさっきまで私を虐めていたふたりが、ひとりは私にしがみついて駄々を捏ねていて、もうひとりがそれを引き剥がそうとしていた。
「だってこの子、こんな子がいるなんてずるいわよ! ね、お姉さんと一緒に帰りましょ? いっぱい可愛がってあげるから」
「嫌です」
「んもー、いけずなんだから! でも気紛れなところも猫っぽくて可愛い! それじゃ、尻尾の上、トントンって叩いてもいい?」
「駄目です」
何が「それじゃ」なのか分からない。
「だからいい加減にしろと――おっと、そろそろプロテインの時間か。少し失礼する」
頼みの綱のバッカスさんは、そう言い残してどこかへ去っていくし、ミーティアとソフィアは回復中だ。
他に頼りになりそうな人はどこにもいない。
というか、六大魔王も巻き込まれるのが嫌なのか、目を合わせようとしない。
ふたりが回復したらさっさと帰ろう。
むしろ、帰ってから回復するべきか?
「せっかくの良い勝負だったというのに、なぜ外野の方が盛り上がっているのだ……」
武人肌のクライヴさんにとっては、戦闘の話ができないことが不満らしい。
「そんなの、この子の方がすごいからに決まってるからよ。――クライヴは見ない方がいいわよ? きっと古傷が開くから」
「古傷?」
「こいつは大昔、とある女神に懸想しておってな、勇気を出して告白に行ったものの、結果見事に玉砕してだな。そのショックで更に修行にのめり込むように――」
いつの間にか戻ってきていたバッカスさんが、クライヴさんの傷口を掘り起こしていた。
この人たちには血も涙もないのか。
鬼だ――いや、魔王だったか。
「あーあーーあーーー! 何のことかなーー? 知ーらーなーいーなーーー?」
アナスタシアさんとバッカスさんが当時の話を語り始めると、クライヴさんが大声で阻止しようとしたものの手遅れだった。
彼が修行にのめり込んでいたのは代償行動だったのだろうか。
となると、よほど酷い振られ方でもしたのだろうか。
見かけとは違って繊細な魔王だ。
「女神の居場所を知っているんですか?」
しかし、私にとってはこちらの方が重要だ。
「え? そんなこと聞いてどうするつもりなの? まさか、本当に喧嘩でも売りに行くつもり?」
「女神に用はないけれど、しゅ――んっと、責任者と少し話をするべきかなと」
危うく「主神」と口に出してしまうところだったけれど、堕天使がいる場所で迂闊なことは口にしない方がいいと思って、咄嗟に言葉を濁した。
幸い、部屋の反対側にいる堕天使には気づかれなかったようだけれど、アナスタシアさんたちの顔色が変わってしまった。
やはり、喋るのは朔に任せておいた方がよかったかもしれない。
「ふぅん、知ってるんだ。――口に出さなかったのは褒めてあげる」
「なぜ知っているのかには興味はあるが、分別は持っておるようだの」
「その姿はやはり天使に関係があるのか?」
そして詰問の嵐。
というか、「女神」とか「天使」とかの単語もまずいのでは?
「誰もいない所で話そっか」
私と同じことを思ったのか、アナスタシアさんがそう言うと、もうすっかりお馴染みになった気持ち悪さを経て、風景が切り替わった。
身を刺すような寒さが肌に突き刺さる。
もっとも、それも単なる情報でしかなく、不快感はあるけれど、私の存在に何ら影響を及ぼすものではない。
「ここは私の城よ。ここなら誰にも邪魔されることはないわ」
そこにはアナスタシアさんの他にバッカスさんとクライヴさんも揃っていて、先ほどまでの緩い雰囲気は無く、絶妙な距離を取って油断なく私の出方を窺っている。
ミーティアとソフィアは念のために残してきたけれど、消耗している状態であの場に残してきたのは失敗だったか? こっちよりマシか?
しかし、「主神」というワードは、そんなに危険なものなのか。
『ソフィアの話と重複するけど、ボクたちはできれば平穏に暮らしたい』
そこへ唐突に出現した子猫の人形に、三人は少々意表を突かれたようだけれど、それでも警戒は緩めていない。
『ところで、ボクたちのことをいろいろと知ってるんだよね? どこで、誰に聞いたのかな?』
「当然だが、それについては明かせん。それより、今話しておるお前さんは何なのだ?」
『ボクのことは聞いてないのかい? ボクは朔。ユノの影のようなものであり、君たちのいう種子でもある。繰り返すけど、ボクたちは平穏を望んでいる』
とぼけているのか、本当に知らなかったのかは判断できない。
しかし、「種子」と聞いてまた少し雰囲気が変わった三人に、朔が私たちの主張を繰り返し伝えた。
『ところで、ゴクドー帝国のやっていることを魔王としてどう思う?』
「下らぬことをやっているようだが、人の世のことには興味が無いな。――もっとも、我が道を妨げるようなら滅ぼすことも吝かではないがな」
突然変わった朔の質問に、拍子抜けした感はあるけれど、クライヴさんが心底興味無さそうに答えて、続けてアナスタシアさんとバッカスさんも首肯した。
己の領分を侵すまでは放置するということなのだろうか。
『ああいうのを放置した末に何が起こるか、知らないわけじゃないよね?』
「なぜ私たちにそんなことを訊くのかしら?」
『だって、君たち三人は魔王であると同時に、神か、それに近い存在なんでしょ?』
え、そうなの?
何となく苦手なタイプだとは思っていたけれど、まさか神だとは。
「それこそ、なぜそんなふうに思うのかしら?」
「なぜ分かった?」
莫迦がひとりいた。
神にも莫迦っているんだ。
「クライヴ! ――この莫迦者が!」
バッカスさんが莫迦を叱責するも、もう遅い。
「すまん――が、向こうも正直に正体をバラしているのだし、こんな腹の探り合いをしていても仕方ないだろう?」
「そうね。確かに私たち三人は神としての側面ももっているけど、それと帝国の件と、どう関係しているのかな?」
『種子の危険性については知ってるよね』
「その種子が意思を持つとは知らなかったがな。で、知っていたからどうしろと? まさか、帝国を滅ぼせとでもいうのか? それともお前さんがどうにかしてくれるのか?」
『いや、ボクたちも積極的に人間たちのことに介入するつもりはない。君たちや他の神と一緒だよ。なのに、天使や主神はボクたちの言い分も聞かずに攻撃してきた。挙句の果てに神の怒りなんてものまで落とされるし。ユノのこの姿は、仲間を守るために命懸けで頑張った結果だよ』
何だか美化されている。
そういう側面が無かったとはいわないけれど、それはミーティアに任せていたし、神の怒りを受けた時なんかはそんなに意識していなかったと思う。
『そもそも、自分たちだって種子の力使ってるくせに、ボクたちが使うことは認めない? 横暴だよね。恐らく、システムが壊されたり乗っ取られたりすることを危惧してるんだと思うけど、ボクたちにその意思は無い。むしろ、条件次第では協力してもいいと思ってる。でも、主神がどうあってもボクたちを認めないというなら、ボクたちもしかるべき対応を取るしかない。できればそうなる前に話し合いを行いたい』
アナスタシアさんたちに口を挟まれる前に、朔が一気に主張を言い切った。
『さすがに、いきなり信じてほしいとは言わない。自分たちの目で確かめて』
そして、いろいろと考えを巡らせている様子の三柱に向かって、そう締めくくった。
何だかよく分からないけれど、良い感じなのではないだろうか?
「小難しいことを考えるのは性に合わん。俺と立ち会え! その上で判断してやろう!」
しかし、莫迦には朔の話は難しかったらしい。
仮にも神がそんなことでいいのかと思うのだけれど、アナスタシアさんとバッカスさんも静観の構えだ。
戦って何が分かるのかは知らないし、勝った負けたで正誤が決まるのもどうかと思うのだけれど、ここで断るという選択肢は無いらしい。
「仮にも神が、それもそっちから挑んでくる。私に手加減してあげる理由がないのだけれど、いいの?」
どちらかというと、魔王成分が強いからか、存在自体にそれほど嫌悪感は感じない。
ただ少し、苦手意識があるくらいだ。
しかし、私の反応を見るためにミーティアとソフィアを挑発したことと、大した意味も無いのに傷付けられたことには、少なからず思うところもある。
それでも、報復をするならミーティアとソフィア自身がするべきことであって、私にできることはそのための訓練に付き合うことくらい――なのだけれど、それとこれとは別の話だ。
「その仮にも神に向かってよく言った! ここは極寒の地だが、魔素の豊富な地上。こちらも、手加減抜きで行かせてもらう」
「城を壊されたくないし、場所を移すわ」
アナスタシアさんがそう言うと、再び景色が変わる。
だったらなぜここに連れてきたのか。
やはり、魔王成分が強いと、どこかポンコツになるのかもしれない。
◇◇◇
今度は見渡すばかりの雪原。
その真っただ中。
私は雪の上に立っているけれど、クライヴさんは腰の辺りまで埋まっている。
もっとも、彼の能力であれば、この程度のことは障害にならないだろう。
「いつでもどうぞ」
私が構えることもなく、自然体のままそう言ったのを合図に、クライヴさんが目にも留まらぬ速度で斬りかかってきた。
六本の腕に多様な武器を持って、体捌きも各武器の技術も申し分なく、身体能力もミーティアたちと遊んでいた時よりも遙かに高い。
弱者なら、気迫だけで消滅しかねないのではないだろうか。
さらに、システムの力も借りて、直撃すれば山を砕き海を割ると評してもおかしくない攻撃が、無防備な私に向かって振り下ろされる。
「くっ、硬いな!」
しかし、私の足元から出現した花弁状の領域が、それを苦もなく弾き返す。
苦もなく――といっても、クライヴさんの攻撃は、神域に近い、他者を侵食するような領域を纏っていて、充分に私を傷付けることが可能な攻撃だ。
私以外を――例えば地面などに当たった場合は、巨大な隕石でも落ちたか――そのくらいのクレーターができるだろう。
ただ、その程度では私の領域を突破できないだけだ。
「あれが種子? 見る限り、花――よね?」
「我らの知るものとは随分毛色が違うな。――いや、意思を持っている時点で、我らの知るものではないが」
一撃で駄目なら連撃で、と攻撃を繰り返すクライヴさんの後方で話すアナスタシアさんとバッカスさんの様子も確認できる。
自力で領域を展開できるようになった今、朔の能力を全て情報処理に充てることができる。
すると、私の苦手なものを、私が認識することは無くなる――今はまだ天使の処理中なので、万全ではないらしいけれど、それでも私単独で全てを行うよりはマシなので、思い切って能力を使うことができる。
とにかく、たとえ神でも、システム頼りで私の領域を突破しようなど、いくら何でも甘く見すぎである。
「ははは、ここまで俺の攻撃を寄せ付けぬとは! ――だが、俺の必殺ゲージも貯まった今、降参する最後のチャンスをやろう!」
必殺ゲージって何だ?
必ず殺すゲージ?
意味が分からない。
システムは時々私に理解できないものを提供してくるな……。
それでも、システムに依存する攻撃であれば、傾向は把握している。
能力や威力が上昇する。
特殊な効果が付加される。
システムに用意されたコンビネーションが撃てる。
大体そんなところだろう。
まあ、威力が十倍になろうが、状態異常が付加されようが、秒間百発撃ち込まれようが関係無い。
きっちり受け止めれば、力の差をわきまえてくれるだろうか。
「あっ、駄目、もう出ちゃう! 早く答えて! ああっ、《六道巡り》出ちゃうー!」
答える前に暴発した。
クライヴさんの、6本の手それぞれに持つ得物の先に集まっていた、初撃の百倍近い魔力が、彼の正面に収束していって、あっという間に暴発した。
「さすが早撃ちクライヴ」
「堪え性がないのが女の子に嫌われる原因なのに……。全く成長してないわね」
知っていたなら止めてよ、と心の中でツッコむ。
触れる物全てを砕こうかというような攻撃に、私はともかく、自然破壊が酷いことになっている。
そして、大きく抉り取られた大地が、見渡す限り私の背後に広がっていた。
ミーティアのブレスのように、特殊な属性はないようだけれど、とにかく出力が高い。
私が受け止めなければどうなっていたことか。
これが、曲がりなりにも神のすることか――というか、今更ながらに、主神からして自然破壊上等だったことを思い出した。
それを懸命に食い止める私。
いや、特に懸命でもなかったけれど、とにかく、これではどちらが邪神か分かったものではない。
「違うのだ。その、久し振りの強敵の出現で、テンションが上がってしまって、あれだ。あれしたんだ」
「だが無傷――」
「それどころか、クライヴの吹き飛ばした大地も元通りね」
「自然破壊、よくない」
なぜ私が尻拭いをしているのか?
もちろん、口撃材料にするためだ。
『巻き添えになった生物たちには何の関係も無いんだし、攻撃するのはボクたちだけにしてほしいな。ミミズやカエルだって生きてるんだよ? 同じ星に生きる友達なんだよ?』
いや違う。
そいつらは不倶戴天の敵だ。
死滅してくれて一向に構わない。
「それができないなら、私の相手はまだ早い」
「吐かしおったな! それだけ大口を叩くということは、もちろんお前にはできるのだろうな! やって見せろ!」
奥の手らしい攻撃も完全に防いだわけだし、「そんなことができるはずがない」という会話に繋がると予想していたのだけれど、クライヴさんは想像以上に血の気が多かった。
とはいえ、彼を納得させるには、挑発に乗る必要がある。
手の2、3本でも落とせば頭に上った血も下がるだろうか。
「何っ!?」
クライヴさんの腕を斬り落とした世界に改竄――しようとして、激しい抵抗に遭った。
「クライヴの防壁が一瞬で剥がされただと!? 何をやった!?」
「原初魔法――いえ、魔法の発動は感知できなかった! ――こんなの知らない!」
アナスタシアさんとバッカスさんが驚いているけれど、私からすれば失敗もいいところだ。
世界の改竄はなされず、クライヴさんの腕も健在のままなのだから。
『さすがは神、と褒めるべきだろうね。抵抗力が高い――改竄するためには、もう少し出力を上げるか、手順を踏む必要がある、というところかな』
と朔の言うとおり、クライヴさんは腐っても神であるらしく、他の有象無象と同じようにはいかないようだ。
とはいえ、下手に出力を上げると、また世界が壊れて、主神に怒られる可能性がある。
もちろん、世界が壊れない程度の怒られ方では痛くも痒くもないのだけれど――いや、本当は痛かったり痒かったりもするけれど、私の本質には影響しない。
それでも、私はならず者ではないのだ。
争いたいわけではないので、必要以上に挑発するようなまねは控えるけれど、そうなると、何らかの手順を踏んで改竄できる状況にするしかない。
「少し舐めすぎていたみたいです。でも、次はもう少し本気出しますね」
本来なら徐々に試していくべきなのだろう。
しかし、実験台扱いすると後々禍根が残ることも考えられるし、何より、連続して失敗するのは恥ずかしい。
領域を解放する。
展開ではなく、解放だ。
今までやっていた領域の展開は、ひたすら薄く広げたものだとか、濃密だけれど花の形を模して効果範囲を限定したものなど、世界への影響を可能な限り抑えたものだ。
対して解放は秘匿などは考えずに、世界を壊さないギリギリまで攻める。
無制限に解放してしまうと本当に世界が終わる予感があるので、局地的、そして限定的に本気を出す。
世界を侵食して、簡単に壊れないよう補強した上で、別種の侵食をする準備とでもいうか。
飽くまで、元の世界がベースになっているところがミソである。
私の領域は私の世界なので、完全に世界を侵食してしまうようなまねは、単なる侵略行為だと認識されかねないのだ。
その違いが彼らに理解できるかどうかは分からないけれど、今の戦略目標は平和的解決なので、あまり派手なことはできないのだ。
『何やってんの!?』
しかし、朔までもが驚きの声を上げる。
あれ?
そういえば手順で解決するはずではなかったのか?
なぜ出力を上げた?
いや、これもある意味手順。
「手伝って」
もちろん、私ひとりで制御しきれるものではなく――できなくはないけれど、うっかり予想外の被害が出たりするので、頼れるものは頼っておく。
そうして私の侵食した世界は、極めて不安定とか曖昧な状態に陥って、同時に私の領域を受け容れられるだけの階梯に引き上げられた。
これによって階梯の差が逆転して、花を模した領域の末端が制御できずに千切れ飛んでいて、まるで燃え盛る炎か花吹雪かのように舞い散っている。
語感的には後者の方がいい。
「な、何だこれは!」
「これは神域!? だがこんな禍々しい神域が――いや、むしろこれが真の神域か!」
「でも、これはこの世界に存在していいものではないわ! ――こんなときに限って主神に救援要請もできないなんて!」
もっとも、いくら言葉を選んだところで全体的な印象は覆らない。
私の周囲に限っていえば、私の色の花が荒ぶっている程度で済んでいるのだけれど、影響を受けた世界は――空の色は不規則に移り続け、稲妻が縦横無尽に駆け巡り、大地は不気味な音を立てて鳴動していた。
世界が世界であろうと抗っているのだ。
目に映るもの全ての色彩がでたらめで統一感がなく、見る者の心を蝕む。
ついでに、各種物理法則も無茶苦茶になっているようで、音声にもボイスチェンジャーというか変なエフェクトがかかっていて、非情に聞き取りづらいものになっている。
私のような、特殊な認識能力がなければ、悪夢そのものだろう。
……これは、普通に私の世界として再構築した方がよかったかもしれない。
どう見ても、元凶はその中でただひとりだけ存在を保っている私である。
こればかりは誰の目にも明らかだ。
さすがに、これは言い逃れできない――いや、朔もいるし、ギリギリいけるか?
「ここまでの力を持っているとは聞いていない――俺が足止めをしている間に脱出しろ」
「無理よ。《転移》禁止区域に苦もなく侵入された上に、天空場まで移動して疲労の色も見せない子から逃げ切れる気がしないわ」
「暴走状態のアレを止められるとは思わんが――ここで我らが敗れれば世界は終わる!」
あれ?
あれれ?
また暴走していると思われている?
クライヴさんだけでなく、アナスタシアさんとバッカスさんまで戦闘体勢に入ってしまった。
一応、領域で牽制しているけれど、何だか徐々に覚悟を決めている感がある。
弁明したいところなのだけれど、今の状態の私の言葉――というか意志には、世界を変える力が宿る。
一応、元の世界をベースにしているといっても、私が侵食して出来た世界でもあるので、やはり下手なことは考えられないのだ。
とはいえ、ひとまず動きを封じた方がいいだろうか?
「動くな」
今の私の領域下にある世界は、私の意のままに改竄できる。
たとえ神であっても抵抗は無駄だ。
多分。
いや、少し盛ったかもしれない。
さっきも失敗したばかりだし。
なお、特に声に出す必要は無かったのだけれど、彼らにも分かりやすいように声を出してみただけだ。
「「「――――!?」」」
私の念じたとおりに、彼らの動きはピタリと止まった。
しかし、少々まずい。
確かに三人の動きは止まったものの、彼らの呼吸や脈まで止まってしまった。
というか、このままでは息の根まで止まりそう。
私のように、呼吸や心拍動が無くても生きていられるなら別だけれど、顔色が悪くなっていっている彼らは、そうではないらしい。
いわゆる、生命の危機というやつだ。
もしかすると、呼吸や心拍動が必要無かったとしても、身体と魂と精神はそれぞれ影響を受け合うようなので、身体が停止した以上、魂や精神も停止するのかもしれない。
とにかく、いくら彼らが神でも、生命活動が停止するのは時間の問題らしい。
「今の無しで。縛り上げよう――それも無しで。どうしよう?」
梨が出てきたりすればどうしようかと思ったけれど、キャンセルは普通に作用した。
その後、捕縛しようかと思ったものの、女性やブーメランパンツ一丁のマッチョが縛られていては卑猥な感じになりそうだったので、再びキャンセルして、どうしたものか悩む。
『武器を取り上げるとか』
「それだ」
と言った瞬間に、クライヴさんの持っていた武器が、巨大な鶏の手羽元のから揚げ――いわゆる【チューリップ】に変化した。
とり、あげ――そういうことなの?
梨はスルーだったのに、なぜ?
とにかく、この混乱した状態で、これ以上領域を解放し続けるのは危険と判断して、展開状態に移行する。
同時に、それまでの混沌が嘘のように、世界は平穏を取り戻した。
これ、あまり使っちゃいけない能力だな。
「世界が元に戻った。――だが、俺の得物はどうなったのだ!?」
「良い匂い――揚げたてね。ひとついただいてもいいかしら?」
「吾輩としてはささみがいいのだが、たまにはいいだろう。どれ、ひとつ貰うぞ」
ただし、クライヴさんの武器はチューリップのままだ。
そして、アナスタシアさんとバッカスさんの胃袋に消えていった。
というか、さっきの今でよくそんな風に振舞えるものだと感心する。
いや、目が泳いでいる辺り、混乱はしているのかもしれない。
『さっきのはただのデモンストレーション。もちろん暴走はしてないよ。ただ、加減して能力を使うのが難しいだけ』
朔が混乱している三人に語りかける。
朔にも内緒にしていた――「何となくできそう」という思いつきで使った能力なのだけれど、上手く合わせてくれて、今も上手く説明してくれていて感謝しかない。
『この能力の危険性は重々承知しているけど、それでも必要なら使わざるを得ない。黙って死んだり、捕まったりする気はないからね。だから、使わせないでほしい。最後にもう一度言うよ。ボクらは平穏を望んでいる』
すごい、これが話術か!
(今だよ!)
朔の合図で、バケツを外す。
そして、魔素も惜しみなく垂れ流す。
千の言葉を尽くすより、私の笑顔の方が効果が高いとか、朔が何を考えているのか分からないけれど、とにかく、今は朔の言葉を信用して会心の微笑みをお見舞いする。
効果がなくてもデメリットがあるわけでもないし――今までの茶番は何だったのか何だったのかということになるけれど、少しでも効果があれば儲けものか。
「うわぁ、あざとい! ――悔しい、でも許しちゃう!」
「おお……。これは確かに……」
「オウフ」
あれ、ヤバくない?
全員の瞳にハートマークが見える。
(ゲインロス効果ってやつだね。いわゆるギャップ萌えってやつ。魔素も垂れ流してるし、更に効果的なのかも)
何それ知らない。
アナスタシアさんは、興奮してやたらとボディタッチしてくるし、バッカスさんは、なぜかその筋肉美を見せつけてくる――対抗しているのだろうか? クライヴさんに至っては、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけて、大きなレンズの付いたカメラを取り出すと、私の撮影を始めている。
やはり神というだけのことはあるのだろうか。
彼らの興奮して荒くなった鼻息で、足元の雪が舞い上がっている。
件の効果が何なのかは知らないけれど、さすがにこれは異常ではないだろうか。
(ボクが解析と再現に特化してるのは知ってるよね)
三人の様子を不審に思っていると、突然、朔に問いかけられた。
答えは、「もちろん」だ。
自分の相棒の能力くらいは把握している。
(論理的にいえば、システムにできることは、ユノにもできるはず――ってことで、ユノの能力を使って、システムを一部再現してみようと実験中なんだ。それが上手くいけば、武器や道具を使っても壊れることはなくなるかもしれないし、面倒な物理法則に悩ませられることも減るかもしれない)
なるほど。
それはとても素晴らしい。
しかし、それとこれとの関係性は?
(システムの権能のひとつにパラメータってあるじゃない? STRとかいろいろ。まあ、システムと同じならユノには全く意味の無い数字なんだけど、項目をちょいちょいと弄って実験してたら、上手くいっちゃったというか、いきすぎたというか)
ふむ。
分からない。
私自身に変化は感じない――いや、もしかして?
(ご明察。ユノは今、ユノ独自のシステム的なもの――ユノ自身の魔素の補正を受けてる。項目は”可愛さ向上”とか、”女子力向上”とか、他にもいろいろ。ちなみに、可愛さ向上は何もしてないのに勝手にカンストした。それで、アナスタシアたちにも効いたってことは、まずまず成功かな? まあ、効きすぎたっぽいから調整が必要だけど。調整できるかは別にして)
分からない――というか、理解したくない。
というか、こんな大事なことを、なぜ今まで黙っていたの?
(ユノだって、ボクに話してないこと多いんじゃない?)
それは……。
単なる思いつきとかで……。
とりあえず、効果をオフにしてください。
(そんな機能は無いよ)
何……だと……!?
(あ、大丈夫だよ。補正が掛かってるだけで、顔の造形とかは変わってないから。魔素を利用して相手が受ける印象に補正を掛けるだけだし)
何が大丈夫なのかも分からなかった。
(そうそう。順を追って魔法とかも使えるようにする予定だから、期待して待ってて!)
魔法が使える――確かに魅力的な響きだけれど、この状況で何を期待しろというのだろうか?
何より恐ろしいのは、朔に全く悪気がないことだ。
朔は私を一体どうしたいのか。
じっくり話し合うべきなのだと思うけれど、口では勝てる気がしない。
困った。




