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17 奥の手

 結局、会議というほど建設的なものではなかったけれど、口を動かす時間は終わったらしい。


 というか、この会議に何の意味があったのか、さっぱり分からない。


 少なくとも、私たちの主張は述べられたので、私たち的には良かったのだけれど、これは本来何をするための場で、他の参加者には何の目的があったのだろう?


 考えても仕方のないことだけれど、結局微妙なエサに釣られて、全員が最も興味があるであろう、ソフィアたちの実力を測られる展開になってしまった。



 ミーティアの露出嗜好はもう諦めるとして、ソフィアまで手の内を見せるのはどうなのだろう。


 そもそも、ソフィアは《憤怒》のスキルと魔王化のおかげで能力だけは高いけれど、頭脳派――とはいいたくないけれど、戦闘より研究職に向いているのだと、ソフィア自身が分析していたはずだ。

 得意の召喚魔法は対面での戦闘ではあまり役に立たないし、《剣術》とかは趣味だと言っていたし。


 つまり、ソフィアは身体能力が優れている研究者であって、森の賢者といわれるゴリラみたいなものなのだ。


 力はあっても、対策されてしまうとハンターには敵わない。

 ソフィアをハンターから守ってあげられるのは、ハンターと同じ人間である私たちだけなのだ。



 ゴリラの保護はさておき、この私闘に異議を唱える人はいない。


 むしろ、アナスタシアさんの配下のメイドさんたちが円卓や椅子を片付けているのを、積極的に手伝う人までいるくらいだ。


 まるで予定調和だといわんばかりの流れ。


 魔素の薄い場所ゆえに、地上にいるときほど本来の力を出せるわけではないと思うけれど、その分地力の差が大きく影響するのだろう。



 しかも、相手は闘神とまでいわれるクライヴさんである。

 これからミーティアたちとやろうというのに、彼の意識は私に向いたまま。


 舐めすぎだ――といいたいところだけれど、それだけ力の差があるのかもしれない。

 それは同様の洗礼を受けたらしい魔王の中に、暗い喜びを覚えている人もいることが、その裏付けなのだろう。

 ただ、一定以上の強さを持っている魔王にしか洗礼を与えないのか、ギルバートのように知らない魔王もいるのだろう。


 当のギルバートは、この展開に超焦っている。


 分かっているから心配しなくていいよ。



「ふたり同時で構わん。俺に一撃でも有効打を入れればお前らの勝ち。時間は10分間――銀は竜型の方が良いのなら移動するが?」


「このままでよい。ただの遊びじゃしな」


「ハンデが大きすぎてムカつくけど、せめてひと泡吹かせてやるわ!」


 10分か。

 短いようにも思えるけれど、魔素の薄い空間で格上相手となると、当事者には果てしなく長い時間に感じるのかもしれない。

 加えて、直径15メートルほどの、アナスタシアさん謹製の結界内での閉所戦闘だ。

 そういう訓練はほとんどしていないので、上手く立ち回れるかという不安もある。


 しかし、どんな理由があろうと、戦うことを選んだのは彼女たちの意思だ。

 最悪の事態になることはないと思うけれど、そうなる寸前までは見守ろう。

 本来は、それを含めて最後まで見守るべきなのだけれど、そこまで大層なものを懸けているわけではないだろうし。




「いつでもいいぞ」


 クライヴさんがそう言うと同時に、ソフィアがヒヒイロカネの刀で斬り掛かる。

 ミーティアも、人型のまま部分的に竜化して戦闘形態になる。


 2対1の戦いだけれど、クライヴさんは6本の手それぞれに武器を持っていて、私の目から見ても上手く扱っているので、手数という意味では負けている。


 いや、基本能力と技量でも負けている上に、相手の土俵での戦い。

 勝負というレベルではなく、クライヴさんの言うとおり、一本取れるかどうかのゲームというのが妥当なところだろう。


◇◇◇


――第三者視点――

 ソフィアの斬撃は、以前と比べると格段に進歩していた。


 刀線刃筋を立てるのは当然のこと、呼吸や初動を読ませないようにする技術や、冬将軍との訓練で学んだ居着きを嫌う体術なども一部取り入れて、攻防共にかなり高い水準に達している。


 しかし、元々ソフィアは望んで魔王になったわけでもなく、戦うことも好きではなかった。

 素質や適性という面では、極めて凡庸である。


 もっとも、ソフィアが必要としたのは戦う力ではなく、妹を捜すことができる能力であり、戦闘はその手段のひとつでしかなく、優先順位も低かった。


 幸いなこと――といっていいのかは分からないが、魔王化したソフィアの能力は非常に高く、片手間の訓練と、見様見真似の戦い方でも誰にも負けることはなかった。


 ユノと戦うまでは。



 ユノとの戦いでは、手も足も出なかった。

 それどころか、とんでもない制限をかけている状態ですら弄ばれ、少しばかり本気を出された時には恐怖しか覚えなかった。


 その後、竜形態のミーティアにも、手も足も出せずに消滅させられるだけの実力差があることを知って、ソフィアは自身が慢心していたことを思い知らされた。


 それでも、今ではユノは妹を探すための同志であり、生き別れになってしまった妹を保護してくれていた恩人でもある。



 それに、彼女は何だかんだと迷走しながらも、最良の――最良に近い結果を引き寄せる。


 家に帰りたいといいながら、婚約者を作ったり、迷宮に潜ったりと、理由を聞けば仕方がない部分もあるが、傍目には手当たり次第に手を出しているようにしか見えない。


 それでも、迷宮ではソフィアと出会って一歩前進したり、グレゴリーの人生を取り戻したりもした。


 天使に襲われて返り討ちにするような懸念もあるが、不可能を可能にする彼女と一緒にいれば、いつかは妹との再会も果たせるはずだとソフィアは考えていた。


 もっとも、それがどこでどんな形で実現するかは分からないのだが。



 しかし、ユノはそれ以上に、ソフィアが吸血鬼だとか魔王だと聞いても物怖じしない、数百年振りにできた友人なのだ。


 相変わらず戦うことは好きではなかったが、友人と対等でいるために必要なのことだと考えれば割り切れたし、厳しい訓練も一緒にやれば楽しいものに思えた。


 それに、最近では、アイリスの特殊な嗜好に感化されたのか、ソフィアも女性同士の恋愛にも興味が出てきていた。


 そもそも、友人も恋人も、彼女が吸血鬼に、魔王になった時点で諦めたものである。

 しかし、彼女以上に特殊な存在であるユノなら受け容れてくれるのではないかと、甘い錯乱が始まっていた。

 吸血行為以外に快楽を覚えないはずの吸血鬼が、彼女の料理やお酒で、生の、そして性の喜びを覚えることも一因だったのかもしれない。


 というより、あれだけ可愛い娘が無防備に隙を晒していれば、性別や種族など関係無く、間違いのひとつやふたつは起こると逆ギレしそうなレベルだった。


 とはいえ、ユノにはアイリスという先約があり、明らかにリリーは後釜を――むしろ、掠め取ることを狙っていて、ミーティアも彼女なりの好意を寄せている。


 普段は空気を読まないソフィアだが、何となく恥ずかしいこともあって、上手く立ち回ることができない。


 それ以上に、アイリスたちも大事な友人であって、彼女たちを傷付けないように、この想いは気の迷いだと胸にしまっておこう――と思っているのは彼女だけであって、無意識にユノとの接触や甘える場面が増えていることからも、彼女の好意はアイリスたちにもバレバレだった。



 さておき、この可愛らしい友人は無敵ではあるが、頭の螺子(ネジ)がいくつか――かなり欠落している。


 目的を達成しても、それ以外の様々なものを台無しにしてしまうことも充分に考えられた。


 そんなことにならないためにも、戦闘でも、それ以外でもフォローできるだけの力を身につけたかった。


 当然、彼女に見てもらいたいという想いが一番にあるのは言うまでもない。


 ユノが、他人が努力する姿を好んでいるのは周知の事実である。

 研究や訓練を怠らない限り、彼女に見放されることはない。


 そして、この戦いはその成果を見せる場である。

 クライヴの提示する対価が弱いことは充分に理解していたが、その対価や勝敗以上に大きなもののために、ソフィアは戦っていた。




 ミーティアは、半竜形態でも以前よりも遙かに大きな力を引き出せるようになっていた。


 レベルが上がったことによる絶対値の上昇や、引き出せる力の割合の増加という意味だけではなく、その運用においてだ。


 生来の強者であったミーティアは、努力とは無縁の存在だった。

 竜としての本能か、強者と戦いたいという欲求は常にあったが、強くなりたいと思ったことはなかった。


 ユノと出会うまでは。



 強者という意味では、時折嫌がらせに来るアーサーは確かに強かった。

 しかし、決してリスクを負わない逃げ腰の姿勢は敬意を払うに値しないもので、性格的にも好きにはなれなかった。


 自身の認めたパートナーを殊更に自慢する白竜を羨ましく思ったこともあったが、ミーティアの前に立つのは小物ばかり。


 身の程知らずの人間の王たちが、幾度となく彼女の討伐を掲げて部隊を送り込んできたが、終ぞ彼女を満足させてくれる者は現れなかった。



 永い時間を、退屈と不満を持て余したまま過ごしたが、その末に現れたのがユノ――当時はユーリと名乗っていた少年だった。


 しかし、ミーティアにとっては、性別など些細なことだった。


 人間の美醜には疎いミーティアでさえも美しいと思える美貌に、桁外れ――規格外――形容のしようがない能力。

 脆弱な人の身でありながら、スキルによらない高い技術や駆け引きを巡らせて、彼女と互角以上に渡り合っただけに留まらず、渾身のブレスすらも受け止められた。


 恋愛感情とは少し違う気もするが、ひと目惚れに近い感覚だったのだろう。


 それは、キラキラと光るものを好む竜の性質ともいえるかもしれないし、彼女の象徴する災厄――流星をその身ひとつで体現した、莫迦莫迦しいほどの能力に運命を感じたのかもしれない。

 無論、酒の影響も大きいが。



 ミーティアは、それを背に乗せた時の感動を今でも忘れない。

 世界中の竜に自慢したい気分だった。


 余計なものもついてきたが、それを背に乗せることの誘惑には勝てなかった。


 そして、この座を失うわけにはいかないと強く思った。



 既にパートナーのいる白は別として、赤や金といった自分よりも強い竜に奪われるかもしれない。

 そうならないためにも、努力が必要だった。


 そして、ミーティアの心配していたとおり、アーサーや雪風といったライバルが出現し、ユノ自身も自力での飛行や瞬間移動という邪道な能力を獲得してしまった。



 今のユノにとって、戦闘も飛行も遊びでしかない。

 それでもユノがミーティアの背に乗り続けるのは、彼女が努力を続けていることの褒美なのだろうと、彼女は理解している。


 その理屈でいけば、いずれユノがアーサーや雪風――下手をすればリリーやそれ以外の者の背に乗ることもあるかもしれない。



 ミーティアにとって――いや、ユノを狙う全ての者にとって、リリーの存在は危険だった。

 ミーティアたちから見たリリーは、無邪気に見える態度や、可愛らしい容姿に加えて、自身が子供であることも計算高く利用している女狐である。


 ただそれだけであればよかったものの、獣型に変化して騎乗できるようになるとは侮れない。


 それでも、浮気は強者の甲斐性だと笑い飛ばせるように、努力を続けて正妻の座を守らなければならない。


 なお、ミーティアの――竜の考える「正妻」とは、共に空を飛ぶことである。

 竜の感覚では、お互いに心と身体を許し、大空で一体になる行為からすると、地上で愛の言葉を交わすだけの婚姻など片腹痛いものだ。


 当然、まぐ合うことと婚姻もイコールではない。


 それは生物としての本能であり、種を存続させるために必要な行為でしかない。

 ユノが誰としようが正妻として許容するし、それは愛の有無とは関係無い――が、できれば自分もヤリたい。

 それも偽らざる彼女の本心である。


 努力に努力を重ねて、アイリスを懐柔した上で拝み倒せばできそうな気がする。


 それを実現するために、ミーティアの努力は止まらない。


◇◇◇


――ユノ視点――

 魔剣を使わず、得意の召喚魔法も、クライヴさんに通用するレベルのものは戦闘中には使えないソフィアは、必然的に刀での攻撃のみになる。


 もちろん、それでは腕の差――質も数も勝っているクライヴさんに敵う道理がない。


 それを、以前に私がやって見せた曲芸――数本の剣をジャグリングのように取っ替え引っ替え持ち替えながら、変幻自在な攻撃で相手を惑わせる名前のない剣技――やっぱり曲芸をまねて、狙うのはダメージではなく有効打と割り切って上手く立ち回っている。



 とはいえ、それだけではクライヴさんに強引に突破されて終わりだろう。


 しかし、それを邪魔するようにミーティアの強打がクライヴさんを襲っている。

 残念ながらクリーンヒットはないものの、インパクトの瞬間、防御したクライヴさんの身体に爆発が起きたり、回避された後の床が凍りついたりしている。



 特殊な例を除いて、強者になればなるほど、同格以上との近接戦闘で魔法は使わない――というより使えない。

 《無詠唱》であっても、魔法発動に集中力を割く行為自体が致命的な隙となる可能性があるからだ。


 アルのような、隙を隙と見せない戦い方は見事ではあるけれど、やはりレベル差に頼った部分が大きく、この先を見据えると通用しなくなってくる可能性が高い。


 極端な話、魔法は過程を省略するだけで、不可能を可能にするものではないのだ。

 結局は、「レベルを上げて物理で殴る」のが確実だろうか。



「原初魔法まで使えるなんて、本当にすごい成長ね」


 ミーティアが使っている、半ば気合で発動させているでたらめな魔法――私の能力により近いものは、アナスタシアさんが言うには原初魔法というらしい。


 さきの戦闘中の魔法についての評価とは変わるけれど、これは例外中の例外なのだろう。


「だが、あの戦い方ではもたんだろう」


 しかし、バッカスさんの言うとおり、ミーティアの行っているのはシステムを介さない――この世界の常識的には非効率的な戦闘方法である。

 とはいえ、それなしではとっくに戦いは終わっているだろうし、判断は間違っていないと思う。


 もちろん、最良の判断は、戦わないことだった。


 何が彼女たちを戦いに駆り立てているのだろうか?

 というか、なぜに私はアナスタシアさんとバッカスさんに取り囲まれているのだろうか?



 しかし、頑張っている彼女たちの姿はとても美しい。

 不本意ながら、それを技術で捌いているクライヴさんもだ。


 それでも、どちらを応援するかとなると、普段頑張っている姿を見ているふたりを応援するのは当然だろう。



 ただ、残念ながら届かない。


 六大魔王や白黒の竜たちは、ふたりの善戦に驚きを隠せず、無表情を装いきれず、大袈裟なリアクションをしている。


 それでも、クライヴさんに有効打を与えられない。

 ミーティアの原初魔法とやらも僅かにクライヴさんを鈍らせる程度のもので、それも時間の経過と共に、威力や精度を弱めていく。


 竜型で戦えればもう少し善戦したかもしれないけれど、そうするとソフィアとの連携は取れないだろうし、結果は変わらないだろう。


 いわゆる、ジリ貧だ。



「仲間がピンチなのに随分落ち着いてるのね。心配じゃないのかな?」


 アナスタシアさんが、何食わぬ顔で私の顔をバケツの上から覗き込む。

 もちろん、バケツの中の表情は見えていないはずだし、それは多少下から覗き込んだくらいでは変わらない。


「勝敗には意味が無いですし」


 ふたりがクライヴさんに勝てないのは確かだろう。

 それでも、負けても何かを失うわけでもないし、命を懸けるような想いがあるようにも見えない。


「それに、ふたりとも自分の意思で戦っています。それを邪魔はしたくはないです」


「お前さんが出た方が丸く収まるとしてもか?」


「良いとか悪いとかも関係ありません。私はふたりの意思を尊重するだけです」


「いざとなればどうにでもできる――うふふ、そういう傲慢さ、お姉さん嫌いじゃないわ」


 この人は何をどこまで知っているのか。


 それはともかく、勝ち誇ったような顔が気に食わない。

 ただ、単純に力で捻じ伏せるのも悪手になるような気がして、何だか分からない苦手さがある。


「私も、自分を『お姉さん』だって言い張れる――」


「おい!?」


「あ゛!?」


「何でもないです」


 危なかった。

 このままマウントを取られるのはまずいかと思って、チクリと刺してやろうと思ったのだけれど、少し選択を誤った。


 世の中には、言っていいことと悪いことがある。

 どんな理由があろうと、その一線を越えてはいけないのだ。



「お姉さん、ちょっと傷付いちゃったかも? そうねえ、お詫びに――そのバケツの下の素顔、見せてくれないかなあ?」


 そこに少し踏み込んだだけでこうなるのだ。

 口は災いの門とはよくいったものだ。


「……はい」


 もちろん、突っぱねることもできるのだけれど、そうすると後々までこの件を引き摺られるのは目に見えているので、早めに清算しておいた方がいい気がする。



 少し後ろに下がって、アナスタシアさんを手招きする。

 バッカスさんをはじめ、他の人にまで――特に、堕天使の魔王にまで見せるつもりはない。


 そもそも、私の頭の輪っかは何なのだろうか?

 いまだに何の役に立つのか分からないのだけれど?


「おい、儂は無視か?」


「バッカスも見ちゃダメよ―――はうあ!?」


 念には念を入れて――というほどでもないけれど、ミーティアたちに背を向けてバケツを外す。


 アナスタシアさんが、乙女にあるまじき声を上げて、同時に彼女の張っていた結界が少し緩んだ。


 当然、ミーティアたちの戦闘の余波が、会場中に吹き荒れる。


 それはほんの一瞬のことで、すぐさま何事もなかったかのように結界は張り直されたけれど、魔王の多くはその衝撃で踏鞴を踏んで、実力不足の弱小泡沫魔王は宙を舞った。


 そして、バケツに収まるように結い上げていた私の髪も、その衝撃で解けてしまった。



「おいおいおい!? 一体何をしておる!? ――そんなに、すごかったのか?」


「――ゴメンゴメン。ちょっと、これはヤバいわ。ええ、バッカス――男の子は見ない方がいいわ。というか、同性でもヤバいわ」


「そこまで言われると余計に見たくなるのが人情だろう……」


「ダメダメ! 盗み見た子たちを見てみなさい! 魂抜けちゃってるわよ? ――これ、本当にヤバいわ。危険物よ。――持って帰ってもいいかな?」


「駄目です」


 さすがに少し大袈裟すぎる。

 とにかく、アナスタシアさんの瞳にハートが浮かんでいるような気がして怖かったので、バケツを被り直す。

 髪がはみ出ているけれど、仕方がない。


 私の顔を見られる範囲にいたのは泡沫魔王ばかりだけれど、アナスタシアさんの言うとおり、みんな揃って視線は私に釘付けになっている。

 既に見たことのあるギルバートまでがガン見していた。


 私が可愛いのは自覚しているけれど、みんなも大袈裟すぎる。



「ああっ!? ――残念。でも良いもの見れたわ。有り難すぎて寿命が延びたレベルよ。うん、クライヴもこれには勝てないわ」


「そんなにか。――やはり見てみたかったのう」


「人間の噂は当てにならない――いえ、語彙が貧困だわ。美の女神が、美の女神(笑)になるくらい可愛いわ。量産すれば世界平和も夢じゃないわ!」


 世界平和には興味をそそられるけれど、量産した私を何に使うつもりなのか。

 そもそも、神に喧嘩を売るような表現で、他人の語彙をどうとか言えたものではないと思うのだけれど、そんなことを余所に戦いは終局を迎えていた。



 ミーティアの攻撃が、クライヴさんに防がれた――のに、爆発も氷結も起こらない。


 ガス欠か。


 制限時間までまだ少し時間があるけれど、むしろ、よくここまで粘ったと褒めるべきなのだろう。


 しかし、ミーティアの豪打とソフィアの手数――どちらが攻めでどちらが守りというわけでもなく、

上手く調和の取れていたコンビネーションのバランスが崩れた。


 その結果、状況はミーティアとソフィアの敗北に向けて加速する。


 ミーティアが魔力切れで死に体だと判断したクライヴさんは、ソフィアを牽制しつつ、ミーティアに止めを刺そうと、鈍器を持つ腕を大きく振り上げる。

 見え透いた罠だけれど、割り込まなければミーティアは小さくないダメージを負う。


 殺すつもりではないようだけれど……。


 介入するか――と逡巡している間に、ここに来て《憤怒》のスキルを発動させたソフィアが、クライヴさんの罠を強引に突破して、ミーティアを庇うために立ち塞がる。


 クライヴさんや他の観衆はソフィアの《憤怒》のスキルに、私はソフィアの行動そのものに驚きを隠せない。


 そして、ミーティアを庇うためにサンドバッグになろうとしたソフィアに、クライヴさんが容赦のない攻撃を放った――けれど、クライヴさんの攻撃は空を切る。



 ソフィアのいた場所には、彼女の代わりに一枚のタオルが宙を舞っていた。

 私が投げ入れたのだけれど、この世界で通じるものかは考えていなかった。


「ごめん、手を出しちゃった」


 ミーティアとソフィアは私の足元にいた。

 何だかいろいろな感情がグルグルと回って混乱して、思わず回収してしまった。

 命を懸けるほどの想いがあったなら最後まで見守ったと思うけれど、ただの力試しにそこまでのものはないだろう。

 ふたりの意思を踏み躙ったのは悪いと思うけれど、それは誠心誠意謝るしかない。



「いや――決着こそまだじゃったが、勝負はついておったしのう」


「そうね、正直もう限界だったし――ありがと。助けてくれて嬉しかったわ」


 ふたりが謝罪を受け入れてくれたのでひと安心だ。


「無粋――といいたいところだが、お前たちの見事な戦い振りと、アナスタシアの結界を苦もなく突破した技量に免じて不問にしよう」


「ほら、やっぱりいつでもどうにでもできたんじゃない」


「ふたりの意思を尊重といっておいてそれか」


 当のクライヴさんは気にしていないというのに、アナスタシアさんとバッカスさんが私を虐める。


「理想と現実は違うんです」


 世の中、正しいことだけで構成されているわけではないのだ――と言い訳してみても、罪悪感というか自己嫌悪は残る。

 それでも、あのままふたりが傷付けられるのを見る意味は無かった。


 お互いにそこまでのものを懸けていたようには思えないし、引き際としては妥当だと思う。

 でも、やはり何だかふたりの気持ちや頑張りを踏み(にじ)ったような気がして心苦しい。


 今日は優しくしてあげようかな。

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