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16 挑発

「――だから、私たちの目的は、異世界に飛ばされた妹を探すこと。それが終われば、平穏に暮らすことを望んでいるわ」

 レオンの紹介を受けてから、ソフィアが挨拶から主張までをひと息で言い切った。

 よくやったと褒めてあげたい。



 もちろん、それで終わりというわけにはいかないらしい。


「ふむ。平穏に暮らしたいと言う割には、なぜ竜を囲ったりしているのかね?」


 六大魔王のひとり、骨――いや、不死の魔王という通り名の白骨死体が口を開いた。

 彼は、「死人に口なし」という言葉を知らないのだろうか。



「ミーティアは友人よ。平穏に暮らすことと友人がいることは両立しないのかしら?」


「そんな言い分で通るとでも思ったか? んなわけねえだろ。ついでにそこのギルバートも咥え込んだろ。とんだビッチだな」


 今度は蠅の魔王が、汚い口調でソフィアを罵った。

 汚いのは人間大の蠅の姿だけで充分なのに。

 しかし、これだけ大きいと、並の殺虫剤では効かなさそうだ。



 それはともかく、たった3日でギルバートとの関係が知られているのは、どういうことだろう。

 彼らの情報収集力が高いのか、内通者がいるのか、わざとらしく隣に並んだことから鎌をかけているのか。


 まあ、アーサーについての言及がないので、後者だろうか。



「我らは確かに彼女の所に居を移したが、魔王ソフィアの支配下に入ったわけでも同盟を組んだわけでもない」


 ギルバートが、嘘にはならないように、上手く切り返す。


 蠅の魔王の後ろに立っている、パンキッシュというかV系というか、存分に勘違いの入っている青年は黒竜の人型らしいので、嘘は見抜かれてしまう。


 なお、黒竜はその名のとおり服も黒一色で、両目とも健在なのに眼帯をしていたり、怪我もしていないのに腕に包帯を巻いたりしているので、恐らく歴史も黒い。

 妹のひとりが罹患した時はどうしようかと悩んだものの、もうひとりの妹の協力もあって、無事に更生したけれど、彼にはそういった機会が無かったのかもしれない。



「嘘ではない……ようだが、我の中の何かが奴らは危険だと叫んでいる……! 特に漆黒の翼を持つ天使よ、貴様は何者だ!?」


 黒竜は片手を顔に宛がい、指の隙間から忌々しそうに私を睨みながら、もう一方の手で「ビシィ!」と効果音がしそうなほど激しく私を指差した。

 同じような黒い服が、彼の対抗心を煽ってしまったのだろうか。



「アレと一緒にされるのは勘弁してくれ。アレは断じて天使ではない。いくら堕ちても、天使はバケツなど被らぬ」


「【パイパー】、そういうのは後でやれ。ってか、マジでアレは何なんだ?」


 堕天使の魔王が、天使というところを即座に否定してくれて、蠅の魔王が呆れたような感じで黒竜を制した。

 一瞬バレたのかと思ってしまったけれど、黒竜パイパーの心の病気だと思われたようだ。


 この場でこれ以上の追及がないことを思うと、私の素性はバレなかったと思っていいのだろうか。



「竜がこれだけいる中で、嘘なんて吐きようがないでしょう。見たままのことが全てよ」


 レオンさんに催促されて、白竜が口を出す。


 彼が言っていたとおり、この場ではレオンさんの発言力は低いのだろう。

 虎の威を借る狐のようで情けないようにも思うかもしれないけれど、頼られた白竜は嬉しそうなので、バカップル的には問題無いのだろう。



「話を元に戻そう。つまり君たちはそれだけの戦力を持ちながら平穏を望むと? ここにそんな言葉を信じる者がいると思うのかね?」


「信じてもらう必要は無いわね」


 ソフィアが想定問答――というか、私的回答を返す。


 というか、この骨の人は何を言っているのか。


「そうじゃな。どうせ口で言っても分からんのじゃろうし、事実をもって示すしかないじゃろう」


 ミーティアの言うとおりだ。

 信じる気がない人には何を言っても時間の無駄でしかない。


 もちろん、私がそういう世界に改竄してしまえば可能だと思うけれど、そういう使い方はしたくない。

 シャロンのような狂信者を生み出しそうだし。

 あの盲目的なところが無ければ優秀なのだけれど……。



「……まぐれで赤に勝ったくらいで調子に乗るなよ?」


 そこに、ちょっと様子のおかしい獣人の魔王が、挑発……? してきた。

 発言内容は挑発っぽいけれど、なぜかそんな雰囲気でもない。

 何だろう、とりあえず発言してみた感とでもいうか、あまり考えて話していない感じがする。


「勝ち目が無いからと引き籠っておった奴が、よくも偉そうに吠えられたものじゃな。そうまで言うなら、まぐれかどうか試してみるか?」


 ソフィアが頑張っているのに、ミーティアが挑発に乗ってどうするの!?

 やはり人選ミスでは?



「新しい子や変わった子にも興味はあるけど、お姉さんはやっぱりミーティアちゃんに興味があるわ。貴女、アーサー君に勝ったんですって? すごいじゃない!」


 険悪になりかけた空気を、アナスタシアさんの能天気な声が打ち破った。

 同時に、私たちに向けられていた敵意は、アナスタシアさんの不興を買うのを躊躇(ためら)っているのか、それ以上の言葉にはならずに呑み込まれたようだ。

 いや、ウザ絡みされるのが嫌なのかも?


「うむ。儂もいつまでも負けてやるわけにはいかんのじゃよ」


「本当にすごいわねえ。たった数十年でこんなに強くなってしまうんですもの。一体何があったのかしら? ――それはそうと、アーサー君はどうしたの? 殺したわけではないんでしょう?」


 恐らく知っていて訊いているのだと思うけれど、悪意のようなものは感じないし、ただただ愉しんでいるだけのようで、それゆえに彼女の性質の悪さが存分に窺える。


「うちにおるよ」


 ここでは嘘が吐けない――嘘を吐くと余計に状況が悪化するのは目に見えているので、正直に答えるしかない。

 案の定、知っていた人も知らなかった人も大袈裟に驚いて、一部の人はより大きな声で糾弾するためにわざとらしく周囲を巻き込んでいる。


 面倒臭い上に回りくどい。


 気に入らないなら気に入らないと、要求があるならそれをはっきり言えばいいのに。

 受け容れるかどうかは別の問題だけれど。


 駆け引きといえば聞こえは良いけれど、それならそれで、もっと上手く進めてほしいものだ。

 こんな茶番と比べれば、アーサーの最低のプロポーズの方がいくらかマシかもしれない。

 いや、ないか。

 でも、真剣さというか必死さだけは本物だったし。



「一応言っておくがの、赤の奴は儂やソフィアが従えておるわけではないぞ。あやつはただ、こやつに惚れただけじゃ」


「魔王の集会って、他人の恋愛事情に口を出すような野暮な場なの?」


「あらあらあら? いいわねえ。とってもおもし――素敵よね。それでどうなったの?」


 しかし、ミーティアが私を指差して機先を制して、ソフィアが釘を刺して、アナスタシアさんがそれに飛びついて、女性だけの会話の輪ができあがる。

 アナスタシアさんの抑止力もあると思うのだけれど、こういった場に迂闊に口を出すと、女子が謎の結束力を発揮した学級会のように吊るしあげられて、収拾がつかなくなるだろう。


 さておき、「君子危うきに近寄らず」というのは君子だけでなく魔王にも通じるものらしく、六大魔王たちはみんな苦虫を噛み潰したような表情で、違う綻びを探して思考を巡らせているようだ。

 アナスタシアさんを、それだけ恐れているか、面倒臭く思っているのかもしれない。


「ねえねえ、どうなったの? アーサー君に春は訪れたの? ねえねえ?」


 アナスタシアさんはお構いなしだった。

 これは後者だろうか。

 この人、何だか面倒くさい


「お断りしました」


「あらら、アーサー君の春はまだ先だったか。――君のことはいろいろと噂で聞いてるんだけど、ちょっとイメージと違ったなあ。それで、アーサー君は君のどこに惹かれたのかしら?」


 主導権が握れないのは仕方ないけれど、アナスタシアさんのペースで進行するのは面白くない。

 もちろん、気分的なことではなく、状況的な意味で。

 良くも悪くも、この人の影響力が大きすぎる。


「顔かな……? 知りません。本人に訊いてください」


 そして、この絡み方は鬱陶しい。


 邪険にできない状況で、表向きはガールズトークに見せかけて情報を引き出そうとするとは。

 アナスタシアさん、恐ろしい魔王だ。

 というか、実家の近所のおばさんがこんな感じだった。


「あらあら! それじゃあ、そのバケツの下には素敵な顔が隠されてるのかな? それとも【エスリン】の眼帯みたいに、隠さなきゃいけない理由があるのかな?」


 アナスタシアさんが言った「エスリン」というのは、左目に飾り気のない眼帯をした邪眼の魔王のことだ。

 黒竜パイパーとは違って、彼女の左目からは異質な魔力を感じる。

 それ以外では、軍服のような服装で男勝りな印象を受けるものの、やはり強さに比例しているのか、整った顔立ちと、軍服がはち切れんばかりの胸がとても目立つ。

 ミーティアといい勝負だ。


 しかし、せっかく女性の独擅場になっているのに会話に入ってこれないとは、女子力が低すぎるのではないだろうか。

 というか、誰か助けて。



「彼のように押しかけられても困りますから」


 質問や望まれている答えではないと思うけれど、さっさと着地点を決めてそこへ向かう。

 かなり自惚れているとも取れる回答だけれど、私が可愛いのは事実である。


 そして、一応は警告した。


 それでも見たいというなら見せてもいいのだけれど、うちの住人が増えても文句は言わないでほしい。

 いや、言ってもいいけれど、ついでに遺言も残してね。




「一本取られちゃったかな。今回の新しい子たちは優秀ね!」


 そうなるように誘導したところも大きいだろうに、ぬけぬけと言い放つアナスタシアさん。

 糾弾したいだけなら、もっと上手くやっただろう。


 私のことを知っていたようでもあるし、何を考えているのか分からない。


「うむ。筋肉はまるで足りんが、肝は据わっておる」


「左様。特に銀の成長には目を見張るものがある。一度手合わせ願いたいものだ」


 体育会系の魔王たちも、下らない覇権争いには興味が無いらしく、ひとまずは彼らと敵対することは避けられたようだ。



 というかこの三人、少し引っ掛かるものがある。

 何がとか、何にという具体的なものは分からないけれど、本質的に他の魔王と違う気がするのだ。



「嫌じゃよ。儂らは平穏に暮らしたいと言っておろうが」


「それは残念だ。だが、気が変わったらいつでも来るがよい。――では、ソフィアといったか、お主はどうだ?」


「嫌よ。勝てそうにないし、得る物もなさそうだし。それ以前に、私にはやるべきことがあるのよ」


「身内捜しか……俺に勝てばとまでは言わん。一本でも取れれば力を貸してやろう。――どうだ? 銀も一緒にでもいいぞ」


 この魔王はどれだけ戦いたいのか。

 身のこなしというか、立ち居振る舞いには強そうな雰囲気はあるけれど、それにしては好戦的すぎるというか。

 いや、洗礼――試練なのか?


 しかし、事が事だけに、協力には期待できないとしても、六大魔王以下への示威にパイプ作りにとメリットは大きいのか?


 もっとも、私は蚊帳の外なので、決定権は無いらしいけれど。


 それ以前に、堕天使のいる前で私の能力を見せすぎることもできないのだけれど、彼はなぜこのふたりを指名したのだろう?



 闘神クライヴが意識しているのは私であって、ふたりを挑発した今でも、私を意識している。

 このふたりを負かせば私が出てくると思っているのだろうか?

 いや、それなら最初から私に吹っ掛ければよかったはずだし?


 レベルやパラメータのようなものは分からないけれど、ミーティアとソフィアには提示された条件の達成が結構難しいような気がする。

 ふたりも、それが分かっていないわけではなさそうだけれど、やる気になってしまっている。


 協力の内容も提示されていないし、衆人環視の中で戦う意味も分からない。

 それでも、ふたりが決めたことなら邪魔はしたくないのだけれど、あまり無茶はしないでほしい。

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