15 サミット
魔王の集会が開かれるのは、帝国領と魔族領のほぼ中間を、北にずーっと進んだ人類未踏の地。
その遥か上空にある天空城。
かつては古い神の居城だったらしいのだけれど、いつの頃からか、北の魔王の別荘になっていたそうだ。
古い神は北の魔王に打ち滅ぼされたとも、世界に見切りを付けて去ったとも噂されているけれど、真実は北の魔王にしか分からないか、誰も知らないか。
天空城は、浮遊島と同じく特殊な立地にあるため、移動手段がなかったり、時間的余裕の無い人は、望めば迎えが来ることになっている。
というか、天空城は宇宙ギリギリの超高高度にあって、空気と魔素が非常に薄くて、自力で辿り着けるのは高レベルな《転移》魔法が使える人だけだそうだ。
それも、意地を張って自力で到着しても、魔素の薄い地では魔力の回復に時間がかかるだけで、何のメリットもない。
下手をすると帰れなくなる。
つまり、事実上、迎えが来るのを待つだけである。
ギルバートも、最寄りの指定地点から、魔王レオンさんと一緒に先に行ってもらっている。
しかし、私には距離の遠近や魔素の濃淡などあまり――というか、全く意味が無い。
大まかな位置さえ分かっていて、ギルバートという目印があれば、魔法無効化空間とか《転移》不可領域であっても、瞬間移動が可能なのだ。
行こうと思えば、月や太陽にだって日帰り――いや、本当に一瞬で行けると思う。
行っても面白くなさそうなので、行かないけれど。
今の私の興味は、グリフォンの雛の世話に占められている。
もちろん、ギリギリまで現地入りしないのは、決してグリフォンの雛とギリギリまで遊ぶためではない。
なお、この仔には、どんな状況からでも生還できるようにとの願いを込めて、【雪風】と名付けた。
だからかどうかは分からないけれど、名付けてしばらくすると雷撃を放つようになった。
元ネタの雷撃とは違うものだけれど、まあ、私の願いが届いたのだろうと前向きに受け止めた。
腕白でもいい、逞しく育ってほしい。
雪風との至福の時間を奪われて少々不機嫌だけれど、幸い今日もバケツを被っているのでバレる心配も無い。
さっさと終わらせれば、またすぐに会える。
それか、新能力の上手い使い方を考えるか。
◇◇◇
ミーティアとソフィアを連れて、天空城の正門前に瞬間移動する。
そこは、白亜の城――とでもいえばいいのだろうか。
神の住む城として相応しいものにも見えるけれど、同時に拒絶されているかのような冷たさも感じてしまう。
やはり神は好きになれない。
それはともかく、そこにはアナスタシアさんの配下であろう、執事さん以下、大勢のフットマンさんやメイドさんたちがいた。
彼らは、予兆もなく現れた私たちに一拍遅れて気がつくと、一瞬で整列して、表面上は慌てた様子もなく、丁寧に対応してくれた。
正確には、ミーティアとソフィアには、だ。
「あれ? 貴女、どこの所属? こんな娘いたかしら――というか貴女! お客人の前でそんなはしたない格好にバケツなんか被って、どういうつもりですか!?」
なぜか私はメイド長らしき人に捕まって、お説教されていた。
はしたない――そうストレートに言われると、心に刺さるものがある。
私だって長いスカートの方が嬉しい。
多少なりとも足運びとか見えにくくなるし。
ただ、それが許されない立場にあるだけなのだ。
「すまんな、それは儂らの連れじゃ」
ミーティアが身元引受人になってくれなければ、どうなっていたことか。
「あら? ――てっきり新人と間違えてしまいました。申し訳ございません。……格好はかなりユニークですが、所作は素晴らしいですね。良いメイドになりなさい」
それと、変なお墨付きと励ましをもらった。
いや、それよりも、部下の顔くらい覚えた方がいいですよ?
……ああ、バケツなんて被っていたら分からないのか。
「こやつら、こんな形をしておるがかなりの強さじゃな」
「下っ端のメイドでも、そこらの魔王じゃ太刀打ちできないわね。特にあの執事には――私でも勝てないかもね」
ミーティアとソフィアが、小声でそんなことを伝えてくる。
ソフィアは身体能力の割に弱いから当てにならないけれど、ミーティアが言うならそうなのだろう。
もちろん、私にはさっぱり分からない――いや、身のこなしというか立ち居振る舞いは綺麗だと思うけれど、それには負けたくないなとしか思わない。
「じゃが、最も性質が悪いのが」
「ここにいるわね」
私のことか?
確かに、今日の私ははしたないメイドルックだけれど、性質が悪いというのは言いすぎ――いや、確かに料理を出すくらいしかできないけれど。
ああ、他にもこのお城にいる全員を一瞬で掃除することもできる。
無駄な争いを防ぐために魔素の薄いところを会場にしているのだと思うのだけれど、ここでは魔素を自力で生み出せる私の独擅場だ。
――いけない、思考が物騒になっている。
心がささくれ立っているせいか――早く帰って雪風と戯れたい。
やはり、新能力の完成を急ぐべきか。
時差も考慮してギリギリでやってきたため、メイドさんに直接会場まで案内される道すがら、レオンさんとギルバートから聞いた要注意人物を反芻する。
魔王の中でも特に力のある3人。
最も有名なのは【暴虐の魔王】、若しくは【北の魔王】と呼ばれる、現存する魔王の中で最も古株の魔王【アナスタシア】さん。
美しい女性の姿ながらも、気さくな性格。
それだけならいいのだけれど、悪戯好きで、気に入った人にはちょっかいをかけずにはいられない困った魔王だそうだ。
また、彼女は悪魔族でありながらも、人間界の支配などには興味の無い穏健派らしい。
そして、現在最も強い魔王であると目されているけれど、彼女の真の実力を見た人は存在しない。
見た人は死んでいる的な意味で。
気に入った人にはちょっかいをかけるけれど、気に入らない人はぶっ殺す系の魔王だった。
なお、過去に彼女の怒りを買った国が一夜にして消滅したという話は有名である。
次に、自身を高めることにしか興味の無い魔王【クライヴ】さん。
六本の腕を持っていて、様々な武器を巧みに操る寡黙な武人肌。
闘神との異名を持つらしいけれど、神を騙るのはいかがなものかと思う。
彼は、弟子たちとひたすら修行を続ける変人だけれど、力を認められた人には恩恵が授けられることもあって、一部の自殺志願者の間で彼に挑戦することが大流行している。
最後に筋肉の魔王【バッカス】さん。
見た目は、ひと言でいうと筋肉。
身に着けているのは際どいブーメランパンツ一丁で、にこやかな表情を絶やさない悪夢の産物。
クライブさんと若干被るけれど、こちらは筋肉を鍛えることに傾倒しているようで、筋肉を認めた人に恩恵を与えるところまで被っている。
筋肉で繋がれた同志と、一部の特殊な性癖を持った人から大人気の魔王だ。
彼らは、彼らの領分を侵さなければ、基本的に無害らしい。
しかし、世界征服を企む人などから見ると、非常に高い障害になっている。
ある意味では優秀な抑止力である。
そんな彼らに次ぐ力の持ち主が、不浄の魔王、堕天使の魔王、不死の魔王、邪眼の魔王、獣人の魔王、ゴブリンの魔王の六大魔王。
私もこの時まで知らなかったのだけれど、人間の間で有名な八大魔王には、ここにいる堕天使の魔王が含まれていないのだ。
理由は分からないけれど――いや、神の怒りを買わないようにか、力はあるものの、その名が表に出ることはないらしい。
この六大魔王には、野心を抱いている人も多く、またそれぞれの仲も悪いので、水面下で様々な工作や衝突を繰り返しているらしい。
ギルバートを狙っていたのもこの勢力のいくつかで、私たちも充分に注意するように言われている。
とはいえ、具体的に何を注意するのかまでは分からないので、注意のしようがないけれど。
そして、残りはレオンさんに代表されるような普通の魔王、ギルバートたち弱小泡沫魔王と続く。
彼らのほとんどは大魔王勢力のいずれかの支配下にあるか、同盟や連盟を組んで大魔王勢力に抵抗している。
つまるところ、以前聞いたとおりに、人間の国家とやっていることはそう大差ない。
恐らく今日の会議次第で、ギルバートのように、うちに庇護を求める勢力が現れて、他の魔王を敵に回すことになる。
後者は面倒だけれど、いずれ敵になる可能性が高いので、前倒ししたとでも考えればいい。
しかし、移住者に少なからず間諜が紛れ込むのはどうするべきか。
泳がせて情報操作に使うも、二重スパイに再教育するも良し。
手間を考えなければ。
とはいえ、スパイを見つけ出して管理するなんて、面倒以外の何ものでもない。
ああ、でもミーティアたちに嘘は吐けないはずだから、そう難しくもないのか?
後で考えればいい――いや、アイリスたちならそういうことも予想しているはず。
よし、任せよう。
◇◇◇
憂鬱な気分のまま、会場に足を踏み入れる。
今回の集会の名目は、新しい魔王のお披露目なので、大魔王であるソフィアがゲストで、私とミーティアはおまけである。
コミュ障で空気の読めないソフィアが表に立つのは不安もあるけれど、想定問答以外の余計なことを話さなければ大丈夫だろう。
ひとまず、第一関門の入場は済んだ。
可能性は低いけれど、罠とか洗礼とかあったらどうしようかと思っていたところだ。
場内の中央には大きな円卓があって、既に多くの魔王が着席していた。
着席しているのが人間ではないことを除けば、日本にいた時にニュースで見たG7とかG20といった国際会議のような雰囲気かもしれない。
そして、場内では再会の挨拶や情報交換など、表向きは和やかな茶番が繰り広げられていた。
それを証明するように、私たちが入場すると、会場にいた魔王やその従者たちの意識が一斉にこちらへ向いて、様々な反応を見せた。
まあ、パラメータだけを見る分には、ソフィアは強いんだよね。
警戒する気持ちも分かる。
しかし、実際の戦闘能力はロケーション次第だ。
屋外や昼間だとポンコツだと思う。
さておき、平静を装いながらも、必死にソフィアやミーティアを見定めようとする六大魔王に、気の毒そうな表情だったり、暗い笑みを浮かべるその他大勢。
もしかすると、やはり新入りに対する洗礼的なものでもあるのだろうか。
ギルバートたちからはそんな話は聞いていなかったけれど、まあ、彼らは洗礼を受けるほどでもないし、本当に知らなかっただけかもしれない。
最上位者たちは、特に興味無さそうにその様子を眺めていたけれど、彼らですら他の人たち同様、私を見ると怪訝な表情になる。
一部の人に至っては、《鑑定》しているのを隠す気配もない。
骨――いや、不死の魔王だ。
眼球が無いから、どこを見ているのか分からないとでも思っているのだろうか。
いや、《鑑定》も含めて、気配は分からないのだけれど。
ギルバートから聞いていたイメージでは、してそうというだけだ。
もっとも、私を《鑑定》しても、まともに見える情報は年齢くらいのもの。
当然、「邪神」とか危険な部分については厳重に秘匿してあるし、仮に突破されて真実を見られたとしても、それが真実だと気づける人がどれだけいるだろうか。
なので、堂々としていれば偽装としか思えないだろう。
何しろ、女子力しかないからね。
しかも、それが無病息災していたり、五穀豊穣していたりするんだ。
女子力って何なのかな?
さておき、私としては堕天使を警戒していたのだけれど、その堕天使は私には興味がないようで――いや、ソフィアとミーティアにも興味が無いようで、つまらなさそうにアナスタシアさんの方を観察している。
その堕天使の魔王は、身体のサイズは人間並みだけれど、翼が4枚もある――といっても1枚の大きさが、私の翼の半分にも満たない。
なぜ私の翼だけがこんなに大きいのだろう?
何にしても、天使が種子のことを知らないということはないはずなので、警戒は怠れない。
まだ騒めきの残る会場の中、それでもいきなり喧嘩を売られるようなこともなく、着席したソフィアの少し後ろに、ミーティアと並んで立つ。
隣にはギルバートのところのオウルとクロウがいるので、分からないことがあれば彼らに訊けばいいだろう。
「それでは、今回の主役が揃ったところで始めさせてもらう」
今回の発起人であるレオンが開催の音頭を取ると、魔王の集会が始まった。




