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12 来客

 強制イベントという名のお茶会から数日後、有翼人の魔王が挨拶にやってきた。


 律儀に先触れというのだろうか、使者を飛ばしてアポを取った上で、時間どおりに手土産持参で尋ねてくるとは、なかなかできる。



 有翼人の魔王の外見年齢は二十代半ばだけれど、ソフィアの例もあるように、実年齢は分からない。


 身長は百九十センチメートル近くあって、細身ながらも筋肉はしっかりと付いている細マッチョ。

 そして、短めの茶色の髪に、彫りの深い外人顔。


 以前訪れた有翼人たちは、翼があるせいかみんな上半身裸だったけれど、今回は布を体に巻き付けて――古代ローマのトガだったか、そんな感じの衣装を身に纏っている。

 これが彼らの正装なのだろうか?


 さておき、この世界は、強さ――というか、レベルと外見レベルが比例していることが多いらしい。


 この魔王もその例に漏れず、映画俳優のように絵になる人だったけれど、聞くところによると、弱小どころか泡沫勢力らしいので、噂は噂でしかないのだろう。


 というか、以前のお茶会の時も思ったのだけれど、彼らの翼は私のものとは違って随分コンパクトだ。


 そして、私の翼は天使に生えていたものよりも一回り以上大きい。


 クリスには、翼のある種族は珍しくないと言われていたけれど、当の有翼人から珍しそうに見られていては説得力に欠ける気がする。



「本日はお招きにあずかり――」

『堅いのはなしで』


「アンタ、腐っても魔王でしょ? そんなにヘコヘコしてちゃ家臣が可哀想よ」


「弁えぬのは論外じゃが、こやつは無闇に謙られるのを嫌うぞ」


「すみません、ここの人たちはみんなフリーダムですから。ですが、お客様なのですから、もっと楽に構えてくださって結構ですよ?」


 シャロンに案内されてテラスにやってきた有翼人の魔王が、私たちの前で跪いて、挨拶をしようとしたところに、駄目出しの嵐が吹き荒れる。

 アイリスだけはフォローしていたけれど、これもある種の飴と鞭なのだろうか。



 リリーが有翼人の魔王と、前回のお茶会にもいたオウルと名乗っていた有翼人、ソフィアと順に見渡して、不思議そうに首を傾げる。


 恐らく、魔王が来ると身構えていたのに、あまり強そうに見えないのが来たことが不思議なのだろう。

 子供の無邪気さは、時に残酷だ。


 私には相変わらず他人の強さは分からないのだけれど、感覚の鋭いリリーの感じたことなら、残念ながら大した実力ではないのだろう。



 さておき、挨拶で躓くとは思っていなかったであろう有翼人の魔王が困惑していた。

 もっとも、面会が城内の広大な謁見の間とかではないことから、察してほしかったところだ。


『気遣いを台無しにしてしまって悪いけど、ここはそういう堅苦しい場じゃないから』


 そこに朔がフォローを入れる。

 主導権を取りに行っているのだろう。


「目的は後ほど伺いますので、よければお茶でも飲んでください」


 アイリスも、有翼人の魔王をというより、朔のサポートをしているのだろう。


「そうだね。ようこそ、ギルバート」


 なぜか、事前にアイリスたちから、彼らに敬称を付けないようにと釘を刺されているのだけれど、初対面の人に対して礼儀を欠いているようで不安になる。


「すまない――いや、感謝する。――魔王? ユノ、様」


「私は魔王じゃない。ただのユノ。“様”も要らない」

「公の場でなければですが」


 私の称号についてどう言ったものかと悩んでいたギルバートだけれど、少なくとも私は魔王ではないし、邪神と呼ばれるのは嬉しくない。

 というか、いちいち変な敬称や称号を付けないでほしい。

 そういうのが変な誤解を生むのだ。


 いや、公の場って何?

 アイリスは時々おかしなことを言う。


 とにかく、朔とアイリスのフォローもあって、どうにかお茶会の体裁が整った。




 今日も初対面の魔王がいるので、私はバケツを被っている。

 しかも、今日は“危険”の文字というか警告が描かれているのだけれど、やはり彼らも何も追及してこない。


 ただ、やはり手すら使わずお茶やケーキを飲食する様子は不思議なようで、鳩が豆鉄砲を食ったような反応をしている。

 無意味な能力の使い方をしているけれど、そういう姿を見るのはなかなか愉快なものだ。


 とはいえ、彼らはそれ以上に重要な何かを抱えていて、それどころではないというのが本音なのかもしれない。

 ものすごく精神が不安定になっているし。



「貴女方は、この地を――住人たちを支配していないというのは本当なのですか?」


 当たり障りのないやり取りが一段落すると、ギルバートが本題を切り出したようだ。


『支配しているつもりはないけど、命令したりすれば従うだろうね。でも、住人同士で上手くやっているうちは自由にさせるつもりだよ』


「むしろ、大半の者は支配してほしいと思うておるのじゃろうがな」


「支配された方が楽だしね」


「できれば自立してもらいたいので、彼らの自主性を最大限尊重するようにしています」


 お城と町の関係や、その周辺事情を各人がバラバラに話し始めたけれど、ギルバートたちはひとつとして漏らすまいと真剣に聞いていた。

 ここは特殊な町だと思うので、彼らの参考になるような情報はないように思うけれど。

 むしろ、お城と町の関係は、まだどうなるか分からないというのが正確なところだと思う。


 それでも、ギルバートたちの質問――会話というより質問攻めは、お城と町、そして私たちのことばかり。

 メッセンジャーとしては、いろいろ知ってもらっていた方が都合がいいのだけれど、過剰な必死さ――切迫したものを感じてしまう。


 というか、これはもしかすると――。



「莫迦が……」


 そんなことを話している中、険を含んだミーティアの呟きに、有翼人たちが身を竦ませる。

 目視できる範囲にいた精霊たちもスーッと逃げていったので、殺気か何かが漏れているのだろう。


 もちろん、私には全く感じられない。


 もしかすると、私は空気の読めない人間だったのだろうか?



 冗談はさておき、領域を展開してミーティアが睨んでいる方角を探ってみると、赤竜が動ける程度に回復したらしく、こちらに向かってふらつきながら飛んできているのが認識できた。


 とても戦闘可能な状態には見えないけれど、一体何を考えているのだろう?

 もっとも、分からなくても追い返すしかないのだけれど。



「ちょっと行ってくる」


 この場はアイリスたちに任せても大丈夫――というか、交渉はアイリスに任せた方が上手くいく。

 ミーティアに行かせて興奮されても面倒だし、前回のあの様子では、私も恨みを買っているだろうし、対話は難しいかもしれない。

 最悪は肉体言語になるけれど、殺さない程度に加減すれば大丈夫だろう。


◇◇◇


 みんなに反論される前に赤竜の前に瞬間移動して、翼を目一杯に広げてシャーっと威嚇する。


『止まれ!』


 周囲に赤竜以外の生物がほぼ存在しないのを確認して、少しだけ朔の気配も乗せて強引に足を止めさせた。


 威嚇か脅迫の、どちらが効果があったのかは分からないけれど、赤竜は驚くほどピタリと静止した。



「お、おお……!」


「次はそれなりの覚悟をしてって言ったはずだけれど、あまりしつこいようだと殺すよ?」


 驚き(おのの)く赤竜に、青い三日月を発生させたレーザーブレードを突きつけて警告する。

 ドワーフの人たちの伝承が正しければ、これはかつて赤竜を撃退した武器だ。


 いや、サイズが全然違うので、これが有効なのかどうかは分からないけれど、他に良さそうな武器を持っていない。


「今なら見逃してあげるから、帰りなさい」


 手負いの竜を殺しても得にならないどころか、魔王の集会とやらで不利になる可能性もある。

 少なくとも、平穏に暮らしたいという主張が胡散臭くなることは間違いない。

 どの口でそう言っているのだと。


 最悪は、取り込んで知らんぷりをするか――。

 正に神隠し、完全犯罪だ。



 私がそんなことを考えて躊躇している間に、赤竜は人型へ変化していた。


 鮮やかな赤い髪に、ギルバートと同じくらいの背丈だけれど、ひと回り以上がっちりとした体格。

 忌々しいことに、顔は実力に比例しているのか整っているものの、やんちゃな感じが残っているせいで若干幼く見える。

 服装はなぜかスリーピーススーツ。

 人型のまま翼や尻尾を出す時にどうなるのかは考えたくない。

 


 そして、何のつもりかは分からないけれど、空中で跪いて、私を見上げている。


 片手を後ろに回しているけれど、何も持ってはいない。

 もちろん、《固有空間》から何か出すことは考えられるけれど、それだと手を後ろに隠す意味が無い。

 もしかして、莫迦なのだろうか?


 攻撃してくるようなら、正当防衛ということで気兼ねなく手足の2、3本は落としてやるつもりなのだけれど、眼差しは真剣そのもの――勝負に打って出る人のそれに近い。


 ただ、攻撃しようという体勢というか、雰囲気には見えない。

 心拍動の音が聞こえてきそうなほど緊張はしているようだけれど……。


 もしかすると、赤竜もだろうか?

 ミーティアに負けたことで心境に変化でもあったか――しかし、ミーティアとの因縁がある以上、私の一存で決めていいものなのか?


 そもそも、荒事でなければ私の出てきた意味が無い。

 とりあえず、一発殴っておこうか?


 どうしようかと考えていると、赤竜は跪くような体勢から、何も持っていない手をそのまま私の前に差し出した。


 明らかに攻撃ではない。

 攻撃であれば、レーザーブレードの試し切りをしてやったものを。



 赤竜は、両手を揃えて、私に何かを差し出すような格好だけれど、その掌には何も乗ってはいない。

 何かを強請っているのか――と首を傾げると、赤竜は大空の真っただ中で叫んだ。



「お、オレと結婚してください!」


 その言葉と共に、赤竜の差し出した手の上に指輪と花束が出現する。



「――はあ?」


 あまりに突飛なことに、脳が理解することを拒否している。


 もしかして、血を失いすぎているせいで、意識や視界が朦朧としていて、ミーティアと私を間違えているのだろうか。

 確かに、クリスが狂喜するほど血を回収したけれど、今からでも残った分を体内に戻せば、正気に戻るだろうか。



「お断りします。それに人違い」


 ミーティアの返事を勝手に代弁しつつ、ついでに言葉でも誤解を解いておく。


「違っていません! ミーティアではなく、貴女に求婚しています! ――オレは、真実の愛に目覚めました!」


「え、ミーティアが好きで追いかけていたんじゃないの?」


「ミーティアへの気持ちはただの性欲です!」


「うわあ、最低……」


 最低のプロポーズを受けて、脳が完全に思考を放棄した。



 一生懸命な人間は嫌いではない。

 たとえそれがどんなに下らないことでも、努力しているその姿に好感を覚える。


 赤竜の態度は真剣そのもの――だけれど、あまり好感は覚えない。

 ついこの間までミーティアに執心していたかと思えば、あっさり乗り換えて、あまつさえミーティアへの感情をただの性欲だと言う。


 だからといって怒りが湧くわけでもなく――乗り換える分だけ、ルークさんよりマシなのかとか思ってしまう。

 気持ち悪い――けれど、虫ほどではない。


 駄目だ。

 感情が、考えがまとまらない。


 恐らく、私は汚物を見るような目で赤竜を見下ろしているだろう。


 バケツを被っているので赤竜からは見えていないはずだけれど――というか、なぜバケツを被っている不審者に惚れる?

 ミーティアにやられて、頭がおかしくなったのだろうか?


 いや、僅かな時間だけれどバケツを外した――外しはしたものの、本当にあの短時間で?


 プロポーズされたのは初めてではないけれど、こうも真剣な眼差しを向けられると、やはり困惑する。

 というか、混乱している。


 落ち着け、私。

 冷静に考えよう。


 赤竜のターゲットがミーティアから私になったことは、動機とか経緯は置いておいて、対処しやすくなったと考えれば悪いことではない。

 え、そうなのか?



 今一度、冷静に赤竜を観察してみる。


 最低だと言われて蔑まれているのに、なぜか赤竜の顔は上気していて、息を荒げている。

 やはり気持ち悪い。


 ないな。

 ただでさえ恋愛はよく分からないのに、求婚に至るだけの過程が抜けているように思うので、余計に理解できない。


 これが価値観の相違というものか。

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