08 赤竜
城下町の北部に、直径で十キロメートル超の防壁と結界で区切られた区域を造る。
そして、冬将軍をその中に配置して、冷気の及ぶ範囲を限定する。
もちろん、冬将軍ひとりでこの広大な敷地を冬にすることはできないのだけれど、自動販売機を応用した「つめた〜い発生装置」を利用して、冬将軍の力を増幅している。
むしろ、今にして思えば冬将軍も必要無かったくらいだけれど、それはあえて口にしない。
それに、彼には武術教官としての役目も与えてあるし、決して役立たずではない。
また、彼自身も常夏の国の中に冬の領域が存在することに非常に満足していて、更にその領域を広げんと野心を燃やしているので何も問題は無い。
北の国の人の領土的野心は、止まるところを知らない。
なお、「つめた〜い発生装置」は敷地中央にある、標高五千メートルほどの高い山に集中して配置してあるので、敷地の中央付近は極寒の世界なのだけれど、離れるほどに気候は和らいで、防壁付近は肌寒い程度で済んでいる。
そこへ、雪女や首狩り兎族のような暑さが苦手な種族や、闘犬族のように庭を走り回る種族が移り住んでいる。
これで、完璧とまではいえないけれど、気候的な問題は解決したことにしていいだろう。
私たちもいろいろと遊べそうな感じなのは楽しみだけれど、寒暖差で体調を崩さないようには気をつけなければいけない。
そして、春――ハルちゃんと呼べと言って聞かない宴会の妖精はシャロンに預けて、神殿とその周囲を春っぽく演出させている。
石造りの神殿が心持ち華やかというか和やかになった気がするので、これはこれでいいように思う。
ただし、あくまで「春っぽく」であって、気候的には何ら変わっていない。
そこに関しては気分の問題だ。
ということで、ハルちゃんには何か慶事でもあったときに宴会でも取り仕切らせようと思う。
何というか、悩みとか無さそうな明るい感じは好印象だし。
もちろん、宴会の開催は彼らの財政の範囲でだけれど。
町は順調に発展――というレベルではなく、急速に繁栄している。
ノームが大地を充分に締め固めると同時に平らに均すと、アルの作った都市計画図どおりに区画割りや道路、側溝なども整地していく。
もちろん、道路などには排水のための僅かな勾配をつけることも忘れない。
下水については他の大都市と同じように、個別の魔法道具を利用する。
そのトイレ型魔法道具も町の職人さんたちの手作りで、しかも、トイレの素材や流す水にも精霊の祝福がかけられているため、使用感は従来の物とは一線を画すものに仕上がっているそうだ。
さらに、ノームがどこからともなく石材を調達しては、ウンディーネがそれを高圧の水の刃で加工して、道路の舗装や建物の建材として利用される。
ドライアドも、負けじとどこからとなく木材を提供しては、同様に建材や家具などに加工されていく。
なお、これらは非番の精霊たちが自主的にやっていることで、お城の方はお城の方で精霊たちが働いてくれている。
働きすぎではないかとちょっと不安になるものの、彼らの勤怠はシャロンたちによってきっちり管理されているので、問題は無いそうだ。
というか、この短期間で精霊の数は倍くらいに増えていて、ただでさえ真水以外は豊かだった土地が、途轍もなく豊かな土地になっていた。
出稼ぎにきたドワーフの職人さんたちも、武器や防具に道具、それに家具やら装飾品などの生産に大忙しの様子だ。
彼らの製品は機能性を重視する傾向にあるのだけれど、それは限られたコストの中で最良の物を作りたいという考えから、機能性以外を削ぎ落としているにすぎないらしい。
そうやって作り上げるのも一種の職人の技だと思うのだけれど、希少で良質な素材を好きなだけ使っていいとなれば、やはり全てにおいて完璧なものを目指したくなるようだ。
希少な素材を使った挑戦的な試行錯誤は、アナグラにいた時には望めなかった経験を彼らに蓄積させていて、それこそ目に見えるレベルで彼らの技量は上がり続けている。
もちろん、そんなお金にならない趣味全開の物ばかり作っていては、彼らがこの町に来た「出稼ぎ」という目的は果たせないのだけれど、
「もう帰らねえ。帰りたくねえ。どうしても帰れって言われるなら、俺はこの町の土に還るぜ!」
というのが、今の彼らの共通意識になっているそうだ。
出発前は乗り気ではない人が多かったと聞いているので、気に入ってくれたのなら、いろいろと用意しておいた甲斐があるというものだ。
ただ、嬉々として神殿に飾る私の石像のクオリティを上げようと一致団結していたりと、馴染みすぎているのが少々気になった。
そっち方面はやりすぎないようにお願いしたい。
他の住人たちも、それぞれの能力に応じて、自分たちのできることをやっている。
私としては、できることではなくやりたいことをやってほしいのだけれど、強制することでもないので、しばらくは静観するつもりだ。
さておき、適材適所で能力の高い人材は多くても、全体を統括する人がいないので、多少のロスも発生している。
もちろん、そんなに効率化を突き詰める必要も無いと思うし、口を出すつもりもない。
時折ひとりで、又はアイリスたちと一緒に町を視察――という名の散策をしたりもするのだけれど、褒めたり励ましたりすることはあっても、要求や命令は極力しないようにしている。
そもそも、視察自体、必要以上にするべきではないと思っていたのだけれど、私が視察に来るかもしれないという期待感が住人のモチベーションになるのだと言われては、そうそう断れない。
それに、完成後に遊びに行くだけというのもどうなのか――という理由もあった。
とにかく、干渉は彼らの意思決定に影響を及ぼさない程度に抑えておきたいということだけは、最初から変わっていない。
例外は、教育、医療、福祉などの公共性が高いものなのだけれど、施設だけならともかく、そこに従事する人材に全く目処が立っていない。
そもそも、教育と福祉については、そんな概念すらない人が大半ではないだろうか?
とにかく、準備だけは進めておくものの、始動がいつになるかは神にも分からない感じだ。
こんな感じで飛躍的な発展を遂げていると、当然、様々な勢力のアンテナにも引っ掛かる。
お城だけであればそれほど目立たなかったかもしれないけれど、基本的に町の外縁部にはまだ防壁はなく、それでいて支配域は拡大を続けているので、至る所で原生生物と衝突して、それらを取り込んだり駆逐したりしている。
そうしていれば当然のように森のバランスが乱れるし、局地的に生物の大移動などが起こったりもしている。
それでも森全体から見れば小さな変化でしかないのだけれど、目端の利く人からすれば充分な変化だそうだ。
現に、偵察任務に就いていたダークエルフやケンタウロスから、それらしい痕跡があると報告が入っている。
その何者かと接触するのも、そう遠くない未来のことかもしれない。
とはいえ、少し不安は残るものの、初動は彼らに任せるしかない。
私もお城や町にいるときは、私以外の人のプライバシーに配慮して領域を展開することはほとんどない。
というか、常時展開していると情報量が多すぎて気分的に疲れるという理由が一番だったりする。
それに、最初から私を頼らせないのは、自分たちの町は自分たちで守るという当然の意識付けにもなる。
そう思っていたのだけれど、最初に遭遇したのは予想外の存在だった。
逸早くそれに気づいたのはミーティアだった。
町の外縁部では、視力や聴力に優れたダークエルフたちが、油断なく哨戒活動を行っていたものの、相手は空を飛ぶ存在だった。
そして、やはり空はミーティアの領域で、彼らが気づく遙か前からその存在を感知していた。
「面倒な奴に見つかってしもうたのう……」
雪山で盛大な雪合戦――アイリスやリリーといったお城の住人を隊長として、雪女や寒さに強い亜人たちを率いて、広大なフィールドを使っての陣取りバトルロイヤルをしていたのだけれど、ミーティアがそれを察知したことによって、中断させられることになった。
そしてミーティアの指さす方に領域を展開すると、すぐにそれを見つけることができた。
ミーティアと同じくらいの体躯の、真っ赤な竜。
ミーティアとの一番の違いは二対四枚の翼。
何でもかんでも数を増やせば偉い強いという、この世界の安直さには辟易させられるものの、それだけの力を備えているという証明でもある。
とにかく、彼の目的はミーティアだろうし、町の住人たちに相手をさせるのはさすがに無理がある。
今回は私とミーティアで対処することにして、万一を考えて町の住人たちには避難を指示した。
なぜかヤる気満々だった住人たちも、私の指示には素直に従った。
どう考えても古竜には勝てないどころか、相手にもならないと思うのだけれど、当初の弱々しかった彼らの面影は全くない。
一体何があればこんなに好戦的になってしまうのだろうか?
竜型になったミーティアに乗って、一路北へ――真っ直ぐに赤竜を目指して飛ぶ。
そうして幾ばくもしないうちに、赤竜を視界に捉える。
既に町の外縁部からは十キロメートル少々離れているけれど、戦闘になれば被害が出るかもしれない。
魔法の射程距離ではないけれど、その余波は届くかもしれない距離だ。
「久しぶりだな、ミーティア。久し振りに可愛がってやろうと巣に行ったら、いないどころか人間に荒らされてやがった――まあ、そいつらは皆殺しにしておいてやったぞ。感謝しろよ――と、もしかして俺のところへ来る気になったのかと家に戻ってみたがいないし、随分と探したぞ」
「儂は遭いたくはなかったのじゃがのう……」
更に程なくして、件の古竜と対面できたのだけれど、ふたりは随分と温度差のある挨拶を交わしていた。
以前、ミーティアがルークさんに似ていると評したとおり、彼の思考は少しばかりお花畑らしい。
これだけ露骨に嫌われている相手が留守だったのに対して、どうしてそこから自分のところに来ているという結論になるのが理解できない。
「――なぜだ? なぜ俺の誘いは断るくせに、そんな亜人……? ごときに背を許す!?」
ここで、ようやくミーティアの背に私が乗っていることに気づいたらしく、赤竜が不満の声をあげる。
「貴様の眼は節穴か? しばらく見ぬうちに耄碌したか」
なお、私は覆面――というか、またしてもバケツを被っている上に、気配は完全に抑えているので、今回は赤竜の言い分の方が正しい。
どうにも、私の容姿は人を惑わすらしいので、いろいろと試しているところなのだ。
「まだ俺のものになる気はないのか。――仕方ない、また少し躾けてやる必要があるようだな!」
「ふん、命を懸けることもできん臆病者が。今日はいつものようにセコイ勝ち逃げができると思うな!」
やはり――というか、この世界の生物は短気すぎる。
言葉を尽くして穏便に解決――は無理だとしても、顔を合わせてからまだ一分も経っていないのに、戦闘態勢に入っている。
つまり、これがこの世界の流儀であって、私が悪いわけではない証拠なのだ。
「戯言は聞き飽きた。いい加減諦めろ! 諦めて俺のモノになれ!」
「儂がやる。手を出すでないぞ」
「そう? なら任せる」
こうなる予感はあって、それに基づいて動いていたし、因縁もあるようなので任せるのは全然構わない。
というか、元より私は、立会人とか保険のつもりでついてきただけ。
本来なら、ミーティア自身で決着をつけるのが筋だし、両者とも引き際を見誤るほど莫迦でもないだろう。
私がミーティアの背から離れると同時に、映画のように大迫力な竜同士の戦闘が始まった。
戦闘は上空三百メートルくらいで行われているにもかかわらず、流れ弾で辺り一帯が更地にされてしまいそうなほど激しいものだった。
私がミーティアに同行した理由のひとつ、赤竜が余計なことをした場合の保険――竜の矜持があればそんなことはしないと思うけれど、町を盾にするとかに対応するつもりだった。
それ以外では手を出すつもりはなかったのだけれど、せっかくの豊かな自然を破壊されるのも避けたい。
クリスさんの所のように、森林火災を起こされても困るし。
ということで、流れ弾の全てを、地上に被害が出る前に無力化していく。
世界を改竄できれば楽なのだけれど、どう改竄すればいいのかよく分からない。
なので、いつもの触手――花弁のような領域を、目視できない状態で展開して、それで地上を保護している。
随分と慎重すぎる気はするけれど、これだけ領域を広範囲に展開していれば、また神に怒りを落とされかねない。
かといって、瞬間移動を駆使してひとつずつ無力化していくのも面倒臭い。
もちろん、取りこぼして自然破壊を容認するようなことはない。
ミーティアはかなり改善したものの、竜は力は強いけれど、その使い方が大雑把すぎるので、大体予想できてしまう。
赤竜の動きというか思考は、出会った頃のミーティアとよく似ているので、非常に読みやすい。
もちろん、奥の手のひとつやふたつはあると思うけれど、ミーティアと戦いながらだし、一方的に発動されることもないだろう。
とにかく、しばらくそうやって自然保護をしてみたけれど、神の怒りも落ちてこないし、自然破壊もない。
いわゆるWIN−WINというものだろうか。
一体誰が勝ったのだろう?
とにかく、両者の激突によって剥がれた鱗や血なんかも降ってくるのだけれど、アルやクリスが言うには竜の素材は貴重品らしいので、これも残らず回収しておく。
きっと何かに使えるだろう。
◇◇◇
――第三者視点――
赤竜【アーサー】は《未来視》の竜眼を持っていた。
ほんの2秒程度の未来ではあるが、彼自身の能力の高さも含めれば絶対的に有利な状況で戦えるし、無理をすれば5秒先まで観ることもできた。
北の魔王や一部の古竜など、極一部の強者には無効化されてしまう能力だが、それでも、自身の「もしも」の行動に対して、高い可能性を提示するような使い方もできる。
世界にはそれ以上先の未来を視る能力もあるが、それは《未来視》ではなく《予知》などであり、《予知》では《未来視》に比べて、実現可否の揺らぎが大きい。
しかし、彼が視たかったのは、夢や希望的観測ではない。
だから、彼は真の竜眼を得る際に、《未来視》の能力を選択した。
《未来視》は、古竜であっても魔力や脳への負担が大きく、常時発動はできない強力な能力である。
それでも、瞬時の判断を迫られても常に最善手を選択できるというのは、大きな強みである。
未来の視えない相手でも、彼自身を対象にすれば直近の成否くらいは分かる。
そして、銀竜ミーティアには《未来視》を妨げる能力はなく、負けないどころか、ダメージを極力抑えて戦うこともできた。
この数十年ほどの間に何があったのか、今の彼女の基礎能力は驚くほど上がっているが、それでもまだ《未来視》の優位は動かない。
多少速く強くなったところで、手の内がバレていれば対処は容易い。
それでも、必要以上に深追いはしない――否、できない。
銀竜の特殊な属性のブレスは、発動までが遅く命中率も低いが、発動してしまえば防御はできないし、命中率の低さも至近距離ではあまり関係無い。
万が一にも撃たれるようなことがあれば、そして掠りでもすれば、同じ古竜であってもただでは済まない。
だからこそ、ミーティアは一発逆転のチャンスに賭けて、アーサーの攻撃に耐え続ける。
いつも無駄だと分かっている攻撃を繰り出しつつ、傷付きながらも、逆転のチャンスを狙っている。
勝てないことは分かっているのに、心は絶対に折れない。
今まではそうだった。
これからもそうだと思っていた。
アーサーは、そんなミーティアだからこそ屈服させたかった。
汚したかった。
奪いたかった。
初物とくれば、なおさらだった。
そう考えていたのに、ミーティアがその背に乗せることを許した者がいる。
彼にはそれが許せなかった。
お仕置きが必要だ。
いつもより余分に痛めつけてやろう。
その後で、バケツを被った亜人――変人を殺して絶望を与えてやる。
そんなことを考えながら、いつものようにミーティアを嬲っていたアーサーだが、その変人の未来が見えていないことに気づいていなかった。
(相変わらず厄介な能力じゃのう)
ミーティアの感想は、言葉にすると数十年前に戦った時と同じだったが、意味合いは正反対だ。
確かに、事前に最善を選択できるのは、反則ともいえるほどの能力だ。
しかし、ユノと出会ってレベル以上の成長を果たしたミーティアの目には、力あるがゆえの傲慢や慢心など、付け入る隙などいくらでもあることが見えるようになっていた。
アーサーにとっての最善は、飽くまでアーサーに実現可能な範囲でしかない。
そして、最善の行動であると信じるがゆえに、徐々に実現可能な範囲を狭められていることに気づかない。
この程度の能力など、何の脈絡もなく全てを可能にする、ユノのような規格外に比べれば些細なものだった。
(儂がいつも何と遊んでおると思っておる)
ユノが遊びでしかないという戦闘だが、その戦闘においてユノは天才的だった。
ユノとの勝負を重ねる中で、間合いを制し、虚実を織り交ぜ、全体の流れを読むことを覚えた。
そうして、目には見えない形での成長を続けて、通算戦績は九割以上が負けであったが、奇跡的に一本取れることも出てきた。
それも、ユノが彼女たちの能力や成長に合わせて自身の能力を調整して、常に高い壁として成長を促してくれている結果である。
そんなユノの相手をしていれば、多少の未来が見えるだけの能力など、決定的なハンデにはならない。
(かつての儂と同じじゃな。力に振り回されておるわ。――今回は儂の勝ちじゃな)
ミーティアは、彼女が思い描いた結末に向けて、現実を収束させていく。
◇◇◇
――ユノ視点――
奇妙な戦闘だった。
ミーティアの攻撃は、ことごとく空を切るか防がれる。
一応、ダメージはあるようだけれど、有効打とはいえないものだ。
速度的には――基礎能力はどんぐりの背比べなのだけれど、そのミーティアを弄ぶように、赤竜が一方的に攻撃を重ねていく。
赤竜の、反撃を受けそうな状況なら迷わず引く判断力は素晴らしいと思う。
それはただ勘が良いというのを遙かに超えたもので、私のやる封殺や誘導とはまた違う。
恐らく、何らかの手段でミーティアの行動を予測して、最適解を求めているのだろう。
そうだとすると、かなり悪質な能力だと思う。
少なくとも、私と出会った頃のミーティアにとっては。
戦いの基本であって、神髄でもあるのは、間合いを制することである。
間合いとは空間的なものだけでなく、技術的なものだったり意識的なものだったり状況的なものも含む。
究極は「認識させない、認識していても防げない」攻撃――というか、状況を作ることである。
とはいえ、身体能力に差がありすぎると、技術だけではどうにもならないこともあるのだけれど、今の両者の間にはそれほどの差はない。
というか、今更だけれど、彼は何のために戦っているのだろう?
ミーティアは分かる。
絡まれたから反撃しているだけだろう。
負けを受け容れると、戦って負けるより酷い目に遭いそうだし。
赤竜は、この戦いに勝って何を得るのだろう?
言葉のとおり、ミーティアを屈服させて自分のものにしたいの?
それなら、竜のくせにチキンな戦術に終始していないで、細かい打算は捨てて、攻めるときは攻めるといった気概のようなものを見せれば、負けてもミーティアの興味を惹けるのではないだろうか。
とはいえ、敗北がそのまま死に繋がることもあるので、素直に勝利を目指した方が良いのだけれど。
赤竜は、フェイントにまで莫迦正直に対応している。
さすがに全ての可能性を予測して行動するには処理能力や反応速度が足りないので、次に来る攻撃とその対処だけを見ているといったところだろうか。
当たる前に手が止まるようなフェイントなら避けないけれど、軽くでも当たるものは避けてしまう。
避けずに受けた方がチャンスであってもだ。
改めて確認すると、どうにも使い勝手の悪い能力に思える。
未来を見通す目よりも、膨大な情報を処理する脳の方が重要なのだろう。
つまり、行動は予測できても、その本質とか意図するところは、何も理解できていないのではないだろうか。
ミーティアが不利な状態からスタートするのは仕方がない。
しかし、ミーティアは先の先のそのまた先まで予測して、少しずつ赤竜の選択肢を狭めていくような戦い方をしている。
時が経つにつれて赤竜の手数が減っていって、無理な姿勢からの回避や防御でより状況を悪化させていくなど、徐々にミーティアのペースになっていく。
ようやく赤竜も異変に気づいたようだけれど、既に離脱することもままならない状況に追い込まれている。
無限に近い未来を見通す目を持っていながら――持っているからこそ、近い未来に拘泥して、本質が全く見えていない。
そのせいで、彼自身の未来がひとつの結果に向かって収束していくのは、皮肉としかいいようがない。
そして、遂にはどうにもならない状況で、「なぜだ」と呟いた赤竜の首に、ミーティアの牙が突き立った。




