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05 真理の探究者

 やるべきことは山ほどあったのだけれど、ひとまず城下町に鉱山や湖を創り終えて時間ができたので、手土産を持って恩人のところを訪ねた。


「これは本当に美味いのだよ! おお、勇者様――我らはまだまだ自惚れていたようです」


「ユノちゃん、ありがとう。――これでもう、思い残すことは何もないわ」


 神話級の美味しさに悶絶している彼らには悪いのだけれど、私が創ったからといって必ずしも日本食というわけではない。


 しかし、そこまで厳密に説明して水を差す必要も無い。


 それよりも、感動のあまり幽体離脱して旅立とうとしているセイラさんを止めなければならなかった。



「いやあ、感謝するよ。日本の食事がここまでの物だったとは、それなり程度の再現に成功しただけで満足していた自分たちが恥ずかしいのだよ」


「ユノちゃんは良いお嫁さんになれそうね」


 満足そうな顔で天に昇っていくセイラさんの魂を鷲掴みにして身体に押し込んで、何とか無事に食事を終えることができた。


 とにかく、喜んでもらえたことも合わせて、ようやく安堵の息を吐けた。

 クリスさんたちは膨れ上がったお腹をさすりながら、殊更に私の料理を絶賛しているけれど、これは創造したものであって調理したものではない。


 こんな私でもお嫁さんになれるのかはともかく、私の料理で死人が出なくて何よりだ。




 クリスさんとセイラさんのふたりには、この世界に来たばかりで途方に暮れていた私を拾ってもらった恩があった。

 それに、今でもホムンクルスを譲ってもらったりしているので、足を向けては寝られない。


 特に、ふたりが多少なりとも日本語を話せるとか、《翻訳》のスキルが込められた指輪を借りていなければ、どうなっていたか分からない。


 それこそ、間違って帝国の方にでも向かっていれば、言葉も分からないまま盛大に迷走していたかもしれない。

 今でこそ人や天使を喰ったおかげで異世界の言語を理解できるようになったけれど、それでもまだ異世界的な思考や価値観には慣れない。



 もちろん、日本的な価値観が最高などとというつもりは毛頭ない。

 平和ボケ――戦争を知らないという意味ではなく、他人を攻撃しても自分は攻撃されないと思っている能天気さとか、自由や権利をはき違えているような人も多いところは笑えない。

 中には、私のように容易に一線を越える人もいるというのに。



 もっとも、この世界の人たちもスキルや魔法なんてものがあるせいか、注意力が散漫だとか、脳みそが腐っているのかとか――信じられないくらい鈍かったりするので、どんな環境でも、駄目になる人はいるということかもしれない。


 というか、この世界の人は、町に出入りする際やギルドなどでの検査や照会の雑さだとか、私のような小娘が湯水のようにお金を使う不自然さとか、日本では間違いなくツッコミが入るようなものでも動じない。

 もう少し、いろいろな意味で賢くなるべきである。

 私にとっては好都合なのだけれど、この世界に召喚された勇者が詐欺師だったりすればどうなるのかと心配してしまう。



「それはそうと、今日は他のみんなの姿が見えないが、ユノ君ひとりかね?」

 いつものように思考が逸れ始めていたのを、クリスさんの声で引き戻された。


「今日は新しい能力の試運転も兼ねているので、ひとりで来ました」

 嘘ではないけれど理由はそれだけではない。


「ふむ、何かあったのかね?」

 それは私の台詞だ。


「来てくれたのは嬉しいのだけれど、今はちょっと立て込んでいて……。大したもてなしもできなくてごめんなさいね」

 立て込んでいるとか、そういうレベルではないように見えるのだけれど……。



 改めて周囲を観察すると、全壊とまではいかないものの、六割強を瓦礫の山に姿を変えた館に、焼け焦げた木々。

 奥の方には、かつては森であった所が焼け野原と化して広がっている。


 更に領域を広げてみると、未だに森林火災が拡大している最中だったので、以前と同じように、これ以上被害が拡大しないように世界を改竄して消火しておいた。

 こういう使い方なら、どこからも文句は出ないだろう。


「ははは、見通しが良くなっただろう?」


「笑いごとじゃないですよ。一体何があったんですか?」

 帝国が森に火を放った――だけでは、結界に護られている館を破壊することまではできないはずだ。



「つい先日、魔族領にいるはずの赤竜がやってきて暴れてね……。ああ、百年に一度くらいのペースで、ミーティア殿と赤竜が小競り合いをするのは有名な話でね」


「そのたびに、この辺りも大きな被害は出るのだけれど……」


「今回はミーティア殿は不在。その代わりに、懲りずに竜の棲む山を調査していた帝国兵と戦闘になったらしくてね……。もっとも、戦闘などとよべるものではなく、蹂躙だったようだがね。その後、よほど虫の居所が悪かったのか、その余波だけでコレなのだよ」


「幸い私たちはすぐに避難したから無事だったのだけれど――資料や設備はまた一からやり直しね」


 やり直すといっても、こんな焼け野原の真っ只中では資材にも事欠くだろうし、それ以前に安全性や機密保持の観点からも問題がある。

 というか、問題しかない。



「呼んでくれればよかったのに」

 好き好んで戦いたいわけではないけれど、大事なものを守るためなら躊躇(ちゅうちょ)はしない。

 むしろ、積極的に攻める。

 攻撃は最大の防御なのだから。


「それも考えたのだが――君なら、赤竜相手でも後れを取ることはないかもしれないがね、それでも、再び神の介入がないとは限らないだろう?」


「結界やシェルターもあるし、死ぬことはないと思っていたしね。それに、私たちはユノちゃんを応援する立場なのに、邪魔するのは悪いと思って」


「邪魔だなんてそんな――あ、今からでも赤竜をぶち殺してきましょうか?」


「いやいや、こうして生きているし、これ以上騒動を起こす必要は無いのだよ」


「それじゃ、何か手伝えることでも……」

 信頼と実績のグレイ工務店でも呼ぶか?

 名前はブラックに近いけれど、土木建築の腕は超一流だと思う。


『うち来る? セキュリティとかは万全だけど――ああ、勇者の墓守とかあるなら、無理にとは言わないけど』

 それがいい。

 さすが朔だ。


「勇者様の墓は王都にあるので、それは問題ではないのだがね」


「私たちの身体にはちょっと秘密があってね。申出は有り難いのだけれど、気持ちだけいただいておくわ」


『秘密って、その身体が本体に似せたホムンクルスの素体で、本体は別にあること? なら知ってるよ』


「おっと、これは失礼したのだよ。やはり君たち相手に隠し通せるようなものではないね。――それを知っての上での提案だと思っていいのかね?」


 言葉ほど驚いているようには見えない……というより、本気で隠しているようにも見えなかったけれど。


「もちろん。良質な魔素を存分に使用できる環境を用意します。それと、不老や延命を望むなら進化や吸血鬼化、魔王化などの相談にも乗れると思いますよ」

 他にも家賃や食費に水道光熱費も無料で、邪神くんによる24時間セキュリティも万全。

 近くグレイ辺境伯領や王都と繋がるポータルも設置する予定だ。


 他では類を見ない好条件だけれど、恩返しの他に、私たちの遠征中に留守を預かってもらえればという打算もある。

 しばらくはお城にいる予定だけれど、いつまでもというわけにもいかないのだ。


「後半のはともかく……いえ、リリーちゃんが心配ね。そういうことなら、お世話になってもいいかしら?」


 少し藪蛇だった気もするけれど、研究者にとって前半の条件は垂涎のものだろう。

 それに、今ならまだアルもいるはずだし、新居や研究所も数時間あればできるだろう。


◇◇◇


「ということで、今日からお城に住むことになったクリスとセイラ、それとホムンクルスたちです。はい、拍手ー」


 アイリスたちと、シャロンをはじめとした巫女たち、何のことだか分かっていないフェアリーや精霊たちの前でふたりを紹介する。


 パチパチと拍手するアイリスやシャロンたちに釣られて、精霊たちも拍手をし始めたけれど、数が多すぎてうるさい。

 後のことが続けられないではないか。


 なお、移住に際してクリスとセイラにも敬称を付けて呼ぶことを拒否された。


 ここでの私の立場とかを考えればそうなのかもしれないけれど、日本人的な感覚では、礼節を弁えていないような感じがして気が乗らない。

 別に私の部下になったわけでもないのだから、敬称を付けて呼ぶことは問題無いはずなのだけれど、彼ら自身に「居心地が悪い」とか、「それなら、友人だと思って接してほしい」と言われてしまえばどうにもならない。


「よろしく頼むのだよ」


「よろしくね」


 ふたりの挨拶も、相変わらず何だか分かっていない精霊たちの拍手に掻き消された。



 それはともかく、お城から少し離れた所にふたりの研究所兼住居を造って、そこに彼らの本体や回収できた機器や家財などを置くことになった。


 私としてはふたりにもお城に住んでもらって、研究所も城内に場所を用意するつもりだったのだけれど、

クリスがその方が都合が良いと言うので別館を用意することになったのだ。


 どちらにしても敷地はまだまだ余っているし、造るのも私の手間ではないので構わないのだけれど。


 しかし、お城の方もスカスカなのだけれど、いずれ入居者で埋まるようなことがあるのだろうか?



 余談だけれど、リリーの尻尾が増えていたことはしっかり怒られた。




 その日の夜は、当然のようにクリスたちの歓迎会という名目の宴会になった。


 実際は名目があるかどうかだけで、毎日宴会をしているような気もするけれど、気にしてはいけない。


 今日からは、自動販売機やマザーでもカバーできない異世界料理も、ホムンクルスたちが提供してくれる。

 これでほぼ死角はなくなった。



 夕食前に一度領地に帰ったアルは、今度はアンジェリカさんを伴って再訪していた。

 どうやら、長く家を空けていたため、いろいろと身の潔白を証明しなければならないらしい。



「すごいわ! ――どこまでも広がる青い海、白い砂浜――船に乗って遊べるというのは本当ですの!?」


 しかし、ここはこの世の楽園といっても過言ではない最高級のリゾート地。

 ひと通り見て回ったアンジェリカさんが、とても興奮していた。

 そこには疑惑を感じている様子は一切見られない。


「ああ、もちろんだよ。魔物がいないってわけじゃないけど、護衛に海竜がついてくるし、人魚たちと一緒に泳ぐこともできるぞ」


「ああ、素敵ね! 庭園もこんなに手が行き届いていて、見惚れるくらいに美しいし、精霊や妖精にまで祝福されているなんて、まるでお伽噺の中みたい! そんな所に、プールや温泉まであるなんて!」


 フェアリーたちは可愛いだけのただの賑やかしだけれど、精霊が大地や水や木々に祝福を与えているのは事実だ。

 本を正せば、邪神の祝福というか魔素なのは言わぬが花だろう。



「極めつけなのは、料理が美味しすぎますわ! 王宮の料理やアルフォンスさんの手料理も美味しいのだけれど、これはちょっと別次元――それに、いくら食べても太らないなんて夢のようだわ!」


 生粋の淑女であるはずのアンジェリカさんが、ハムスターのように頬を膨らませていた。

 料理が美味しいのは分かるけれど、そこまで慌てなくてもいいのに。


 なお、いくら食べても太らないのは私由来の料理だけで、ホムンクルスの作った料理は、食べすぎると普通に太る。


 なぜ私の出した料理を食べても太らないのかは謎だ。

 朔は女子力の差だと言っていたけれど、多分違うと思う。



「疑ったりしてごめんなさい。それにしても、素晴らしいお仕事――惚れ直しましたわ」

 アンジェリカさんは、そう言ってアルにしなだれかかった。

 衆人環視の中だというのに、随分と大胆な人だ。


「俺は場所と建物を用意したくらいで、後はユノたちがやったことだよ。あ、風呂は俺が作ったんだ――今日は一緒に入ろうか?」

 さすがにそういうのは内風呂でやってね。


「そうですね、久し振りに――って、人前で恥ずかしい……!」

 潤んだ目でアルを見上げていたアンジェリカさんだったけれど、私たちの視線に気づいて慌てて取り繕っていた。

 テンションが上がって、周りが見えていなかっただけか?

 というか、これがバカップルというものなのだろうか?


 ともあれ、アンジェリカさんもすっかり陥落――いや、歓楽のご様子。なんちゃって。


 私のあらぬ疑いも晴れたようで何よりだ。



 アルとそういう仲になるとか――まあ、アルは好ましい人間ではあるけれど、男女の関係とかは分からないので答えようがない。


 私も二十四年間男として生きてきたので、男性寄りの思考をしていると思うのだけれど、そういうことに縁がなかったせいかよく分からないのだ。


 しかも、今の私の身体は女性のものになってしまって、これまでの経験や価値観も全てゼロからの再出発になってしまった。

 知識だけは、こっちの世界に来てから喰った人たちの中にあった、特殊な嗜好なものがあるけれど、恐らく活用されることはないだろう。



 そんな歪な知識を埋めるために、セイラさんが持っていた――焼け残った漫画を読んで、知識を仕入れてもみた。

 しかし、朔の大好きな「魔法少女もの」では、友情やライバル関係なんかが主題のものが多いようで、恋愛ものは思いのほか性行為の描写が多くて、肝心の「恋人同士が普段どうしているのか」の知識はほとんど得られなかった。


 一応、魔法少女ものの中の一節に、「恋愛と戦争ではあらゆる戦術が許される」と、なるほどなあと思う記述があったけれど、数ページ後に、魔法少女が戦いに負けて凌辱されていた。


 これの何が聖典なのか。

 むしろ、性典じゃないか……。



 できれば、ここ最近元気がないように見えたアイリスを元気づけてあげたかったのだけれど、さすがに性行為を実行するのは駄目だと思う。


 そもそも、なぜ元気がないのか、その理由も分からない。

 やはり、神なんかを信仰しているから、疲れてしまったのだろうか?


 それとも、元日本人の彼女が、人殺しに加担したことで、精神的に参っているのか?

 しかし、山賊とかは殺しても何もなかったようだけれど……。



 とにかく、少しでも癒しになればと思って、漫画の中にあった行為――雛にエサを与える親鳥のごとく、相手の口元に食べ物を運ぶ、いわゆる「あーん」を敢行していると、アイリスの表情に少し笑顔が戻った。

 私としては、異性愛というより、大人が赤ん坊に対して行う、家族愛とか母性とかではないかと思うのだけれど、そういうプレイを好む人もいると聞く。

 とにかく、こうやっていっぱい「あーん」をすれば、いっぱい笑顔になるかもしれない。



「百合良いよね」


「良い……」


 アルとクリスが何やら悟ったような表情でこちらを見ていて気になるけれど、今はアイリスとの親睦の方が重要なのだ。


 そんなことをやっていると、すぐにリリーがやって来て、物欲しそうに私を見てくるので、同じように「あーん」をしてあげる。

 まだ幼いリリーには、男女の――今は女同士だけれど、機微はまだ理解できないと思うので、仲間外れにするのは可哀そうだしね。


 そうしていると、ミーティアたちもやってきて、いつもの団欒になった。




 最近の私たちの話題は、「お城や町をどうするか」と「明日は何をして遊ぼうか」に尽きる。

 妹たちのことはもちろん最優先だけれど、焦ってどうこうなる状況ではないし、妹たちを召喚できる下地を作るためにも、必要なことだ。


 それに、あまり期待はしていないけれど、王国やグレゴリーから朗報が届くかもしれない。



 もう少し町が落ち着いたら、ソフィアの里帰りに付き合うつもりなのだけれど、先に町の人がある程度不自由なく暮らせる程度に、しばらくは足元を固めることに注力することになった。

 そこから何かアイデアとか出るかもしれないしね。



 そんなわけで、明日はアルたちと一緒に、船を使って遊ぼうかという話題で盛り上がっていた。


 船を買ったはいいものの、操縦できる人が誰もいなかったので、まだ一度も使っていなかったのだ。


 チャレンジしてみようかとも思ったけれど、自動車どころか自転車にも乗ったことがない私に、船の操縦はハードルが高すぎる。

 アイリスやソフィアも、そういうことは苦手らしい。


 そんな中で、アルが操船を覚えてきたというのだ。

 さすが英雄だ。

 良い機会なので、シャロンやホムンクルスにも操船を覚えてもらおう。



「ところで、ユノにひとつ訊きたいことがあるんだ」

 良い感じにチヤホヤされて、良い感じに出来上がっていたアルが真剣な顔で話しかけてきた。


「真面目な話?」


 だとすれば、酔っていないときにお願いしたいものだ。


 お酒の力を借りないと無理なことだとすると、ろくなことではない気がする。



「ある種の信仰に係わる話だ」


「我らの勇者様も生涯を通じて答えを求め続けたが――終ぞその答えに辿り着くことはなかったのだよ」


 ここで出たか、変態勇者。


 いい歳した大人の趣味嗜好にとやかくいうつもりはないのだけれど、彼は何かを拗らせすぎていた。

 クリスさんたちの館の片付けで見つけたあれこれは、一見すると健全なのだけれど、どこか不健全というか、どこか歪んでいるものが多かった。

 私の知識が不足しているせいか、何がどうとはいえないのだけれど……。


 とにかく、この話が駄目な類のものなのは確定したも同然だ。



「ユノって自己修復能力が他とは違って、普通の生物の治癒とも吸血鬼みたいな再生とも違うだろ?」


 何の話だろう?

 確かに私の身体には、基本的に回復魔法は効かないようだし、自然治癒も他人から見ると不自然なレベルらしい。

 というか、私のコンディションはいつでも最高なので、病気とかはしたことがないし、剣で心臓を貫かれても元気だ。


 しかし、それが何だというのだろう?

 昼間の話から何かに思い至ったのだとすると、思ったよりも真面目な話なのかもしれない?


「ユノってさ、エッチした後、処女まグボァ!?」

 やはり酔っ払いの下ネタだったようだ。


 もっとも、猛烈な勢いで駆け寄ってきたアンジェリカさんのボディブローが、アルの脇腹に深々とめり込んで、最後まで口にすることができなかったけれど。

 彼女は貴族然とした洗練された外見とは裏腹に、かなりのパワーファイターだったらしい。


「オホホ、ごめんなさいね。主人が飲みすぎたようなので、先に部屋に戻らせていただきますね」

 アンジェリカさんはそう言い残して、ぐったりしたアルを引き摺って自分たちの寝室へと戻っていった。




「何だったんだろうね……」

 それを聞いてどうするつもりだったのか――いや、衆人環視の中でそれを訊く意味が分からない。

 私が処女かどうかなどで信仰がどうとか、何の関連性があるのだろう?


 そういえば、処女でないと巫女にはなれないなどという話も聞いたことがある。


 しかし、アイリスが訊きもしていないのに教えてくれたのは、彼女の祭神は愛と豊穣を司っていることもあって、産めよ増やせよが基本方針らしい。

 なので、少なくとも神によって違うのだろう。


 もしかすると、神が処女でなければいけないとか?

 いや、神話に出てくる神のほとんどは処女ではなかったように思うけれど……。


 というか、私のステータスには“処女”の表示があるけれど、備考欄ならまだ分かるのだけれど、性別の欄である。


 よく考えれば性別が処女って何なのだろう?

 女性と処女は違うの?

 分ける意味は?


 とにかく、肉体的には人間と同じなので、そういうこともできるとは思う。

 ただし、私の肌は鉄の剣とか普通に弾くので少なくともそれ以上の攻撃力というか、世界を貫くような強い意志が必要だと思う。

 それに、内面的にはお砂糖とスパイスと素敵な何かでできているらしいので、繁殖――子供を産むのは、それこそ世界を創るだけの意志と能力が必要になるのではないかと思う。



「それで、どうなんです?」


「へ?」

 なぜかアイリスまで食いついた。


 酔っているのか、それとも、そういうことに興味があるお年頃なのか。

 というか、ミーティアやソフィア、それにリリーまでもが興味津々といった雰囲気で私を凝視していた。


「どう表現すればいいのかしら? 綺麗なものを汚したり壊したりする衝動、とでも言えばいいのかしら」

 キュートアグレッションかな?

 それにしては物騒な感じだけれど。


「何だかとってもドキドキしますね!」

 リリーまで!?

 リリー、良い子は寝る時間だよ?


「儂、その気になれば生やすこともできるのじゃが、試してみるか?」

 何を、とは口にしない。

 ろくなことにならないのは目に見えている。


 というか、今日はいつものじゃれ合いより、格段にみんなの目がヤバい。



「クリスたちが見ているよ?」

 にじり寄ってくるみんなに言い知れぬ恐怖を感じたので、距離を取りつつ、冷静さを取り戻してもらえるよう説得を試みる。


「私たちはただの観察者――いえ、観葉植物だとでも思ってもらって構わないわ」


「大丈夫だ。安心したまえ。この研究結果は、必ず後世に残すことを約束するのだよ!」

 全然大丈夫じゃない。

 安心もできない。


 私もそういう行為に興味が無いわけではないし、肉体のことはある程度どうにでもなるとはいえ、そういうことはそういう仲になった人だけでいい。


 女でいることにはすっかり慣れたものの、そういうことにまで慣れたわけではない。

 もちろん、衆人環視の中でなんて御免被る。


 初めては、せめてムードとか大事にしてほしいと思う。

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